リツコは、受話器を手にとった。
彼女の研究室の、自分のデスクである。

シンジについているガードを、解こうとしていた。
そして、シンジをダミープラントに呼び寄せるつもりだった。

だが、しばらく考えて彼女は首を振った。
席を立って、自分の研究室を出る。
そしてある決意を込めて、ひとりで地下へと向かうエレベータに乗った。

そして、この物語は、ここから始まる・・・。



数時間後__。

「何故、レイの素体を破壊した?」
司令室の顔の前で手を組み、ゲンドウはリツコに言った。

リツコは、ゲンドウの前で手錠をしたまま立っている。
「・・・よろしいのですか。」
その能面のように無表情な面持ちのまま、逆にリツコは尋ねた。

「なんのことだ。」

「奥様のサルベージが成功したとき、あれの存在を知られてしまって、 お困りになるのは、
失礼ですが碇司令のほうかと。」

「何! これまでできなかったサルベージを、今になってできる様になったとでも言うのか。」
「はい・・・」

「説明したまえ。」

リツコは語り始めた。
アルミサエルを殲滅し、3人目のレイが病院を退院してから、2日がたっていた。




--- 人 身 御 供  第一話 ---

  (100万Hit記念投稿 <改訂版>)



半月後__。

「いいのか、碇。もしものことがあれば、補完計画を遂行できなくなるばかりか、 ユイ君に二度と会えなくなるのかも知れないのだぞ。」

冬月は、『ゲートカプセル』に乗り込んだゲンドウに、ヘルメット状のコントローラを渡しながら言った。

ここは、エヴァ初号機の格納庫である。

ゲートカプセルと呼ばれるそれは、エントリープラグを短くした様な刑状をしていたが、
エントリープラグと異なるところは、エヴァの体内に挿入されているのではなく、
初号機のコアと直接ケーブルで接続されていることだった。
カプセル自体はアンビリカブル・ブリッジの上に置かれている。

「問題ない。
ユイにもう一度会うことが出来なければ、補完計画自体、俺には何の意味もない。
逆に言えば、かってユイのサルベージに失敗したからこそ、俺たちは補完計画に一縷の望みを託してきたのだ。」

ゲンドウは、コントローラ・ヘルメットを被りながら言った。

「それは、そうだが・・・」

「赤木博士が言うとおり、『身内の者が迎えにいく』ことにより、サルベージがより確実なものになるのであれば、試してみる価値はあるだろう。」

「だからと言って、何もおまえがその役をかって出ることもなかろう。
チルドレンでもあるシンジ君にまかせた方が、安全ではないのか。
おまえまで、初号機に取り込まれる危険性は、ないとは言えないのだぞ。」

そう冬月に言われたゲンドウは、ふっと遠い目をした。

「冬月先生、やはりこれは、私の役目なのです。
こんな私的なことに、人類の未来を託すべきチルドレンを、危険な目にあわせる訳にはいきません。
なにかあったときは、シンジを、チルドレンたちを頼みます。」

「碇・・・」
冬月にはそれ以上、言えなかった。

「よろしいですか。」
スピーカーからリツコの声がし、

「ああ、宜しくたのむ。」
ゲンドウは短く答えた。

リツコは少しためらっている様だったが、意を決したように一連の操作を始めた。
やがて、発令所に歓声が湧き上がり、ややあって怒号と悲鳴が響き渡った。




騒動が収まったのはその日の深夜になってからであった。

リツコは、ひとり自分の研究室に戻ると、ため息をついて言った。
「・・・これでよかったのね、かあさん。」




シンジは、冬月に呼び出されていた。

「君に、会わせたい人がいる。」
「ぼくに? (それも、こんな時間に?)」

シンジが案内されたのは、ネルフのVIP専用の病室だった。そこには一人の若い女性が眠っていた。
「だれ、なんです?」
シンジは冬月に尋ねたが、何かを思いつめているのか、返事はなかった。

そのとき、雲間から月明かりが差し込み、病室内を照らし出した。
カーテンの隙間から、月光が眠り続ける女性の顔を照らす。
レイにも似たその横顔に、シンジはどことなく見覚えがあった。

幼いときの曖昧な思い出、そして、レリエルの虚数空間の中で感じたもの。

「まさか・・・かあさん?」
「ああ、そうだ。」

「生きて、いるんですよね?」
「眠っているだけだ。朝には、目覚めるだろう。」

「サルベージしたんですね。」
「ああ、黙っていてすまなかった。
だが、それよりも、君にあやまらねばならないことがある。
シンジ君、よく聞いてくれ。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・そんな!」

「・・・・・・・・・。」

それは、ユイと入れ替わりにゲンドウが初号機に取り込まれたという内容であった。



翌日__。

ユイが目覚めそうだということで、ネルフの主だったメンバーは、病院のロビーに集ってきていた。

「そう、碇司令が・・・」
最後に来たレイが、事情を聞いてそうつぶやく。

シンジはだれとも話しをせず、ロビーの片隅で蹲る様に座っていた。

「まったく、ネルフはどうなっちゃうのよ!」
アスカがいらいらした口調で、わめく。

「なるようにしか、ならないわね。」
ミサトが言う。
「私たちは、まだいいわ。問題は、シンジ君よ。」

「・・・そうね。」
さしものアスカも、シンジの今の境遇には同情を禁じ得ないようで、それ以上愚痴を言うのをやめた。

やがて、担当医師が病室から顔を出して告げた。
『間もなく、お目覚めになります。面会の方は、どうぞ。』

「シンジ君、行こう。」
冬月がシンジに声をかけた。

「・・・はい。」

二人は病室に消えた。



「そう、あの人が私のかわりに・・・。」

ユイは、冬月の報告を聞き終わると少しの間俯いていたが、やがてシンジの方に向き直ると、

「シンジ、あなたにはずいぶんと、辛い目にあわせてきたわね。」
「かあさん・・・。」

「その上、今度は父さんまで奪うことになって、ごめんなさい。」
「いいんだ、あんな父親なら、いない方が。」

「何をいうんだ、シンジ君!」
冬月が気色ばんでさえぎる様に言った。

「碇は、万一の場合は君たちチルドレンのことを頼むと、気にかけていたのだよ。」

シンジは唇をかみ締め、俯いた。

「冬月先生、」
ユイは決意を込めて言った。

「何かね。」
「私が、あの人のかわりになります。」

「かわりというと?」
「司令の代行を、つとめさせていただこうと思います。」

「君がか!(かあさんが!)」
冬月とシンジは驚き、しばし沈黙した。

「・・・わかった。止めても無駄だろう。 昔から君は、こうと決めたらひかなかったからな。」

こうして、当面の間、ユイがネルフの司令代行をつとめることとなった。



ユイの司令代行にあたって、ネルフのスタッフに対しては、特に問題はなかった。
碇司令の妻であること、高名な博士であること、
さらには、ゲヒルンであった頃からの職員で、ユイを知っている者もいたためである。

問題は、「委員会(ゼーレ)」と、「初号機」であった。

「初号機」の問題はひとまずおくとして、「委員会」に対してどの様に報告したものか、
冬月は苦慮していた。
だが、その委員会に対して、ユイが驚くべき対応をとるであろうとは、彼は思ってもみなかった。



その委員会の席上__。

冬月は、碇の代理として出席していた。

「冬月、碇はどうした?」

「緊急報告会を召集できるのは、司令の立場にあるものだけだ。
 副司令といえども、例外は認められない。」

ゼーレの面々から罵られ、冬月は針のむしろに座らされる心地だった。

「実は、その碇司令のことですが・・・」
「碇がどうした。」

「重大な事故がありまして、補完計画の遂行が不可能になりました。」
「なに!」 
「どういうことだ!」

冬月は覚悟を決めて、事情を説明しようとした。

そのとき、
「それは、私からご説明いたします。」
会議の場に、ユイが入ってきた。

「ユイ君!!」

「「「「碇博士!」」」」

「生きていたのか。」
「いや、初号機に取り込まれたままだったはず!」

ゼーレのメンバーはもちろんのこと、冬月にもこれは予想外のことであった。

「どうやってここに入ってきた、いや入ってこれたのだ?」

「委員会といっても、ネルフ本部の一角で立体ホログラフで行っているものでしょう。
MAGIに解析させれば造作もないことですわ。」

「さすがだな、碇博士。だが、部外者が立ち入り禁止であることには違いがない。
速やかに退場願おうか。」
興奮冷めやらぬゼーレのメンバーの中で、さすがにキールだけは冷静であった。

「お久しぶりですね、キール議長。でも、退場するわけにはまいりません。
なにしろ、この報告会は、私が碇司令の名のもとで召集させていただきましたもの。」

「なにぃ!」

「正確には、碇司令・代行ですけどね。」

「・・・碇に何があった。」

「ひとことで言えば、私のかわりに初号機にとりこまれた、と申し上げればよろしいでしょうか。
そこで、私が主人のかわりに司令の代行をつとめさせていただくことになりました。
『碇司令』であれば、委員会への参加には、問題ない筈です。」

「まあ、よかろう。 だが、冬月君の言っていた、補完計画遂行不可能の件は、君に説明できるのか。
だいたい君は、人類補完計画の何たるかを知っているのかね。」

「はい。」
再び、会議の場はざわめいた。

「初号機の中にいたときから、主人が私に語りかけてくれたことでおおよそのことは知っていました。
さらに、MAGIの中から最高レベルの情報を引き出したことにより、あなたたちの企みは全て掌握できたつもりです。」

「企みだと!われわれの崇高な計画を、言うことにことかいて企みだと!」
「さよう、一介の学者でしかないきさまに、何がわかる!」

【企み】という言葉が気に入らなかったのか、ゼーレのメンバーが口々に罵る。

「お黙りなさい!」
ユイが一喝した。予想外の迫力に、その場にいた者は全て、言葉を失った。

「老いさらばえた肉体を、機械で補強してまで、どうしてそこまで生に執着するのです!
さらには、それすら限界が近いものだから、いったん世界を『死』に追いやり、
再生しようというのがあなたたちの言う【補完計画】でしょう。
そのとき、自分たちだけは、自らの肉体を意識を残したまま若返らせようというのでしょう。」

「われわれは、選ばれた者だ。遥かな昔より、人類を、そして歴史を統べてきた。
それは、これからも変わらない。いや、そうしなければならないのだ。」

キールの言葉にユイは、

「それは思いあがりというものです! 
あなたたちは、結局ご自分の存続しか考えていないのです。
再生のために全てを破壊するのが正義というのであれば、
消えていく者たちがこれまで培ってきたものはどうなるのです! 
あなたたちは、家族の愛とか、人々の努力が生み出したものを、何と考えているのです。」

「われわれには無意味なものだ。所詮は、下賎の者に世の理などわかる筈もないか。」

「・・・でしょうね。 ですが、残念なことに、補完計画の遂行は事実上、不可能になりました。
まず、リリスをコントロールしながら、初号機を依代にしてサードインパクトを起こすことについてですが、ロンギヌスの槍が失われたこと、だれも初号機に乗りたがらないことで、その可能性はかぎりなくゼロに近くなりました。」

「むうぅぅ。」

「さらにはネルフの最高責任者、
すなわち私に計画の遂行の意思がないことで、これは決定的になったと考えます。」

ユイの凛とした口調に、ゼーレの老人たちは歯噛みしながら反論した。

「うぬぬ、そんなことが許されるとでも思ったのか!」
「われわれは、おまえが司令代行であるなどと、断じてみとめるわけにはいかん!」

「そう、残念ですわね。
ですが、私を解任したところで、不利になるのはあなたがたですよ。
私に何かあった場合は、全世界のMAGIを通じて、
『よくない知らせ』が届くようになっていますのよ。」

「そんな、馬鹿な!」

「試していただいて、けっこうですよ。」

ただちに、ドイツ支部のMAGIが調べられた。

「情報検閲の機能の一部が、ネルフ本部のMAGIのコントロール下にあります!」
「通信機能、決済機能の一部についても同様です!」

次々と信じられない様な報告が寄せられる。

通常の運用には差し支えなかったが、こと外部との情報伝達においては、
完全に日本のネルフ本部のマギの支配下にあることが判明した。
しかも、ハッキングを受けたというログなどは、一切残っていなかった。

「まさか・・・」
ロシア支部のMAGIについても調査されたが、まったく同じ結果であった。
それはつまり、ネルフ本部のMAGIから命令があれば、これまでのゼーレの悪行の数々を、
一斉に世界中に発信することが可能であるということだった。

「いたずらが過ぎたな、碇博士。」
「さよう、それほど死にたいのかね。」

「私を殺す気ですか。」

殺意のこもったゼーレのメンバーの声に、ユイは平然と答えた。

「いたしかたあるまい。碇(ゲンドウ)が裏切ったときのために用意していたものだが、
まさか君に使うことになるとはな。」

キールがそう告げると次の瞬間、
バシッ !!
凄まじい雷光が、ユイに向けて降りかかった。同時に、
キンッ !
赤く光る六角形の壁が一瞬浮かびあがり、ユイは雷光の来た方向を睨むように見上げた。

「まさか!」
「ATフィールド!」

ゼーレの面々は明らかに動揺していた。

「これでおわかりでしょう。」
ユイは平然として言った。

「私は長い間、初号機のコアの中にいたせいか、ある程度のエヴァの力を身につけています。
対人用の兵器で、私を傷つけることはできません。
それでもなお、あなたたちが人類の平和のために補完計画の遂行が必要であるというのなら、
姑息な手段を使わず、私を納得させるだけの証拠をもって説明してください。
納得のいく説明があれば、私は協力を惜しまないつもりです。
当面は、私たちの共通の敵である、使徒を殲滅することを優先させましょう。
いかがですか、キール議長。」

「・・・わかった。使徒を殲滅することが最優先であることは、我々も同感だ。
すまなかったな、碇博士。いや、碇司令代行だったな。
次に会うときまでに、君を説得するだけの材料をそろえておくとしよう。
それで、よいかね。」

「けっこうです。」

「では、いずれまた会おう。」
キールの一言で、ゼーレのメンバーの姿が、次々と会議の場から消えていく。

最後に、キールの姿が消えると、冬月はその場にへたり込んだ。

「冬月先生。大丈夫ですか。」

「ああ。しかし、驚いたよ。いつの間に君は、MAGIを掌握したんだ。
しかも、オリジナルだけでなく、世界中のMAGIを・・・」

「もともと、MAGIはセキュリティに弱いところがありました。
それに、ナオコさんが裏コードを全て残しておいてくれたので、
プロテクトを解除することはそれほど難しいことではありませんでしたわ。」

(この人は、赤木ナオコ君をはるかに凌駕する天才だ・・・それに先ほどのエヴァの力!)
冬月は震撼した。

「さあ、先生。ゆっくりしてはいられませんわ。
老人たちは、表向きは矛をおさめましたが、すぐにも何らかの手を打ってくるでしょう。
こちらも迎え撃つ準備が必要です。」

冬月は、ユイの手を借りて立ち上がった。

「ああ、そうだな。しかし、大丈夫なのかね。
委員会を、ゼーレを敵にまわして、生き残ることなど・・・」

「いずれは、こうなることは先生もご存知だった筈です。」

「だが、あまりに性急ではないか。」

「だから、です。 彼らに時間を与えてはならないのです。
予定外の展開になれば、必ず彼らをミスを冒します。そこが狙い目なのです。」

「だが、今はまともに乗れるエヴァもないが。」

「大丈夫です。私を信じてください。」

ユイの自信に満ちた目を見て、冬月は
『そうだ、ユイ君になら、この命を預けられる。彼女を信じてみよう。』
と思った。



あとがき

人身御供 第一話の改訂版です。
思えば、100万Hitの記念投稿から、この連載は始まりました。
この第一話は、舞台設定だけで終わってしまっていました。

それでは、以下に連載開始当時のあとがきを載せておきます。

 ・
 ・
 ・
ここから先が難しい。
ゲンドウとユイが入れ替わり、ゼーレと明らかに対立関係になりながら、
物語を収束させていかなければなりません。

次回からは、シンジの視点、レイの視点、アスカの視点、リツコの視点、
そして初号機に取り込まれたゲンドウの視点を織り交ぜながら、
物語を追って行きたいと思います。

一度は取り上げてみたかったテーマなので、書いてみました。
できるだけ早く、完結させたいとは、思っています。