シンジとレイ、ユイの3人は今、ターミナル・ドグマにいた。

「これが、リリス・・・。」
シンジが、ぽつりとつぶやく。
3人が見上げているのは、七つ目の仮面をかぶり、十字架に磔のようにされている白い巨人である。

「生きているの?」
思わず、シンジは聞いてしまう。
目に見える動きや、動きそうな気配は全くない。

しかし、レイを生み出したのだから、ある意味では生きているのだろう。
自分の『記憶』では、永き眠りにつくと言っていたような気がする。
「生きているんだよね。」
そうつぶやき、そう思うことにした。

レイが、2,3歩前に進み出た。
「ただいま・・・。」
ひとこと、そう言うとリリスをじっと見つめる。
なんらかの会話が、レイとリリスの間でなされているのだろうか。
それとも、ただその生死を確認しているだけなのだろうか。
ユイはもちろん、シンジにもそれはわからなかった。

やがて、レイはシンジとユイを振り返り、言った。
「行きましょう。」

「リリスと、話はできたの?」
ユイが静かに尋ねる。
レイは、ゆっくりとかぶりを振った。
「私が、一方的に話しかけただけです。リリスからの返事はありませんでした。」

「綾波は、何を話していたの。」
今度は、シンジが問う。

「碇君のこと。」
「え・・・。」

「遠い昔の約束通りに、巡り会うことができたと。
私のことを、『大切にする』と言ってくれて、嬉しかった・・・。
だから、安心してゆっくり休んで、そう言ったの。」
「綾波・・・。」
シンジの顔が、少し赤くなった。

「ありがとう、レイちゃん。」
ユイは微笑んでそう言った。
「リリスも、安心したでしょう。行きましょうか。」
「ええ・・・。」
3人はリフトに向かって歩き出した。

「たぶんもう、本当の意味でのサードインパクトは、起きないと思います。」
歩きながら、レイは言った。
「どういうこと?」
ユイがいぶかって尋ねる。

「リリスはもう、ほとんど抜け殻の状態です。
使徒を呼ぶ波動も出ていません。
ロンギヌスの槍を引き抜いたときに、S2機関で両足を再生させましたが、
無意識に行ったそれが、最後の生命活動だったようです。
もう、リリンを生み出すこともできず、このまま徐々に朽ちていくでしょう。
・・・今のうちに、私がリリスの胎内に戻ればわかりませんが。」

「綾波は、そんなことはしないよね。」
シンジはそう言ってから、我ながらなさけないことを言うと思った。

レイはやさしい笑顔を見せると言った。
「安心して碇君。私ももう、一人でいるのはいやだもの。
この先ずっと、ヒトとして、碇君と一緒にいたいもの。」



--- 人 身 御 供  第十七話 -- -
    


リフトに乗るため、ターミナル・ドグマのヘブンズドアをくぐろうとしたとき、
ふと、シンジは振り返ってリリスをもう一度見た。

「どうしたの、シンジ。」
シンジが立ち止まったのを見て、ユイが声をかける。

「いや・・・。」
そう言いながらシンジは、なにかひっかかるものがあった。

リリスの様子に、変化はない。
レイもさっき、リリスはもう抜け殻の状態だと言った。
それなのにシンジは、リリスが自分に、何か重要なことを伝えようとしているかの様な気がしていた。

そう言えば、レイはさっきなにか、気になることを言わなかったか。
なんだっけ、話の流れの中で、聞き流してしまったが・・・。

「そうだ、ロンギヌスの槍!」
突然思い出し、同時にシンジは目の前が真っ暗になった。
「シンジ! どうしたの、シンジ!!」
ユイの叫びを聞きながら、シンジは気を失った。



その使徒は、長い紐の様な姿をして、上空を旋回していた。
素早い動きでぼくたちを撹乱し、隙あらばエヴァかイーヴのどちらかに取り付こうとしているのは、明白だった。
迎え撃つエヴァとイーヴの白い巨体は、丘の上で警戒体制をとっている。

リリスと最後の約束をかわしてから、まだ5年しか経っていない。
こいつも、やはり「幼体」だった。
リリスの予言どおりに襲来した最初の使徒、サキエルから数えて、こいつで14体目。
出現時期が早すぎるのか、これまでの使徒は全て幼体・・・つまり、成獣ではなかった。

「こいつも、あたしたちの警告を聞きそうもないわね。」
アロマはそう言い、ぼくの方を見ると不敵に微笑んだ。
かきあげた彼女の長い金髪が、風にやさしくなびいている。
「リチャード、殲滅してもいい?」

アロマはチルドレンの中でも、特に格闘能力にすぐれており、それが理由でぼくは彼女をイーヴの使い手として抜擢していた。
が、少なからず好戦的なのが悩みの種だった。

ぼくはかぶりを振って言った。
「だめだよ。何度も言ったじゃないか。
彼だって、アダムの許しがあれば、ぼくたちの替わりに地上の長を務めていたかも知れない。
しかも、まだ子供だ。
あくまでも、追い返すだけにしておくんだ!」

「やれやれ、おやさしいことね。」
ため息混じりに彼女は言った。

「奴が幼体でいるうちに、コアを潰しておくべきじゃないの。
アダムだって、リリスにふられて南極の地下深くで不貞寝を決め込んでいる以上、
自分の息子がどうなろうと、知ったことじゃないんじゃないの?」

「言った筈だよ。」
ぼくは、ゆっくりと言った。

「リリスの分身を使わせてもらっている以上、
ぼくたちはリリスの弟たちの命をどうこうできる立場にはいないと。
それともアロマは、ぼくの命を聞かずにイーヴの担当を降りるというの?」
・・・脅しではあったが、本気ではなかった。
実際のところ、彼女以上にイーヴを操れるチルドレンを、ぼくは知らない。

「はいはい、わかりましたよ。リアルチルドレンどの。」
「・・・来るよ!」
ぼくがそう言うと同時に、上空を旋回していた使徒は、一直線にイーヴを目指して襲い掛かってきた。

「おっと。」
アロマの掛け声とともにその思念を受けて、イーヴは軽いステップでそれを躱す。
ぼくはその隙をついて、使徒に向けて金属の鞭「メタルウィップ」を振るう様、エヴァに命じた。

メタルウィップは、要塞都市の技術部門長であるゴーマンが開発した、
使徒撃退用の武器の中では最高のものだった。
文字通りの金属の鞭だが、その縁は鋭い刃になっている。
なにより、エヴァやイーヴから展開されるATフィールドを纏わりつかせることができた。
ぼくとアロマは何度となくこの武器を用いて、次々に襲来する使徒を撃退していた。

だが、今回の使徒は手ごわかった。身をくねらせてメタルウィップを避けようとする。
せいぜい、その体を掠めることくらいしかできなかった。
相手もATフィールドを展開しており、そんな程度のことでは傷ひとつつけることはできなかった。

「はさみうちで行くわよ。」
アロマがそう言い、イーヴは使徒の左側から鞭を振るう。
ぼくは頷くと、一瞬遅れて使徒の右側から鞭をみまうよう、エヴァに思念を送った。

うまくいった。
イーヴの鞭を避けようとした使徒は、待ち構えていたエヴァの鞭に絡め取られた。
そこへ、追うようにしてついてきたイーヴの鞭が絡みつく。
鞭どうしが捻じれ合い、二重のらせんとなって使徒を拘束した。

そのときだった。
突然、メタルウィップの表面が、黄金色に輝いたのは。
使徒のATフィールドが、あっという間に消し去られていた。
使徒が激しく痙攣し、次の瞬間には、虚空に溶け込む様にして、消え去っていた。

「消えた?」
「勝った・・・勝ったのよね?」
ぼくもアロマも、事態がよく飲み込めないでいた。

「非常に興味深いですね・・・。」
技術部門長のゴーマンに、ことの経緯を伝えると、彼は目を輝かせて言った。

「二重らせん構造に、意味があるのかも知れません。
ATフィールドを二重のらせん形で展開すると、相手のフィールドを消失させ、
さらにはS2機関までも停止させる効果がある様ですね。
S2機関・・・スーパーソレノイド機関自体が、二重らせん構造をしていることに
関係があるとも思えますが。」

「それって、武器のレベルアップに応用できるの?」
アロマが、足元に寄ってきた白い子猫を抱き上げながら尋ねた。

「もちろんです!
リチャード様、私はあらかじめメタルウィップを二重らせん構造に捻り合わせ、
槍の形をした武器の開発を提案いたします。
おそらく、対使徒戦においては、究極の武器となるでしょう。」

「わかりました。大変でしょうけど、宜しくお願いします。」
ぼくがそう言うと、
「おまかせ下さい! では私はこれで・・・。」
ゴーマンはすぐに取りかかるつもりなのか、足早に去っていった。

アロマは、抱き上げた子猫に軽くキスをすると、
「お利口してた? タブリス。」
そう話しかけていた。



「シンジ! シンジ!!」
シンジは、ヘブンズドアを出たところで気を失ったままだった。
ユイは、シンジを揺り動かすが、いっこうに起きる気配がない。

「碇君! お願い、起きて!」
レイが呼んでも、同じだった。

「仕方ないわ、医務室まで運びましょう。レイちゃん、手伝ってくれる?」
「・・・はい。」
ユイとレイは、協力してなんとかシンジをリフトまで運んだ。

ユイが行き先の階のボタンを押す。
動き出したリフトの中で、心配そうにシンジを見つめながらレイは言った。
「碇君に、何が起きたんでしょうか。」

「わからないわ。でも、ひょっとすると・・・。」
「・・・・・・。」
レイは、無言でユイを見て、次の言葉を待った。

「ひょっとすると、リアルチルドレンとしての、最後の覚醒が行われているのかも知れない。」
そういうユイであったが、自信があったわけではなかった。



アロマは、戦闘を離れるとやさしい娘だった。
いつも、白い子猫のタブリスを連れて歩いて、可愛がっていた。
身寄りのない彼女にしてみれば、タブリスが唯一の家族のようなものだった。

今日も、例の槍が完成したと聞いて、ぼくとゴーマンのもとを訪れるときに、 タブリスを連れてきていた。

「完成したの?」
「ええ、『ロンギヌスの槍』と名づけました。」
彼が見せてくれた槍は、2本のメタルウィップを捻り合わせて柄の部分を構成し、
途中からそれが二股に分かれて刃の部分を構成していた。

「エヴァやイーヴのATフィールドを武器全体にまとわりつかせるという点では、
メタルウィップと同じです。
ただ、その形状によって特殊な場を発生させ、相手のATフィールドを無効にした上で、
その付近にあるS2機関を停止させます。
もちろん、槍として使う上での強度は持たせています。」
ゴーマンが得意そうに説明していた。

「・・・だってさ、タブリス。」
アロマはタブリスを抱き上げて話しかける。
ミィィと、タブリスは一言鳴いた。

今のところ、完成した槍はこの1本だけだった。
とりあえず、武器の扱いに慣れているアロマがこれを使うこととなった。
さらに、細かい打ち合わせを行った後、アロマは所用があるからと言って先に退出した。

アロマが倒れているという知らせを聞いたのは、それから間もなくだった。
ぼくが駆けつけたときには、アロマは研究施設の建物を出たところで仰向けに倒れており、
その首筋のところに、タブリスがとりついていた。

「アロマ!」
ぼくが駆け寄ろうとすると、タブリスはアロマから離れ、ぼくの方に向き直った。

『遅かったね。』
子猫が人語を話すのを聞いて、ぼくは目を見開いた。
『取りあえず、これで邪魔者のひとりは消えた。次は、君だ。
もっとも、さすがにリアルチルドレンの君には、同じ手は使えないだろうね。
使徒としての力を全て使わないと、倒すのは難しいことは知っているさ。』

「使徒だって!」
『ああ、そうさ。』

「今初めて、ぼくは君たち使徒に怒りを覚えた。
リリスとの約束において、人類存続のためにタブリス、ぼくは君を討つ!」

『リリスとの約束だって?
君がいつかアロマと話していた、遠い未来にヒトとして巡り会うというあれかい。
くくく・・・おめでたいね、使徒がヒトに生まれ変わるなどというたわけたことを、 君は本気で信じているのかい。』

そういうと、タブリスは後ろ足二本で立ち上がった。
同時に、その白いからだが、みるみる黒ずんでいく。
そして、その形状までも変化し始めた。

巨大化するつもりだ!
そう悟ったぼくは、エヴァを呼び寄せた。

地中から現われた白い巨人は、その出現時に建物の一部を損壊させてしまったが、
そんなことにかまっている場合ではなかった。
眼前のタブリスも同様に巨大化しているのだ。

早速使う羽目になるとは思わなかったが、エヴァはロンギヌスの槍を手にとって構えた。

『無駄だね。』
ヒト型の体に、猫のような頭部を持つタブリスは、そう言ってほくそ笑んだ。

エヴァは次々と槍を繰り出すが、タブリスは軽い動きでそれを躱していく。
「・・・駄目だ、タブリスの動きを捉えきれない。」
だが、タブリスも連続する攻撃をかいくぐって反撃することはできない様だった。

このままでは、埒があかない。
そう考えたぼくは、イーヴも呼び出すこととした。

格闘技の技量はアロマに及ばないものの、ぼくはリアルチルドレンだ。
エヴァとイーヴの2体を同時に操ることなら、なんとかできる。
ロンギヌスの槍を構えさせて、エヴァで隙をうかがう様にみせかけた。

そして、こっそり呼び寄せたイーヴに、タブリスに体当たりする様命じた。
タブリスは予想外の攻撃に対処できずにあっさり跳ね飛ばされた。
『なにぃ!』
そして、イーヴに組み敷かれる。

タブリスは、なんとかイーヴを振りほどこうとしているが、
イーヴはしっかりと組み付いて動きを封じている。

「アロマ、ごめんよ。」
そう言うと、ぼくはエヴァに命じてアロマのイーヴごと、ロンギヌスの槍でタブリスを刺し貫かせた。

『ぬぁぁぁぁぁぁっ!!』
タブリスの体が痙攣し、やがて動かなくなった。

ぼくは、ゆっくりとタブリスに近づいた。
『・・・やられたね。幼体のうちに出てきてしまったのが、失敗だったか。』
タブリスは、つぶやく様に言った。

『だけど、これで終わりじゃない。
成熟していないコアを潰した場合は、完全に殲滅することはできないんだよ。
知らなかっただろ。

人類が、アダムかリリスに関わる限り、その波動を感じとってぼくたち使徒がまた、
目覚めるときが必ずやってくる。そしてその度に、ぼくたちは知恵をつけていくんだ。
いつか、人類にとってかわる日が、必ずやって来るさ。

ぼくは、【自由の天使】だからね。
転生にあたって、姿形を自由に選ぶことができるんだよ。
この次は・・・そう、君がリリスに望んだように、ヒトの姿をとってあげようか。』

ぼくは黙ったまま槍に念を込め、タブリスとイーヴを消滅させた。
完全にタブリスの気配が消えたことを確認すると、ぼくはアロマのもとに駆け戻った。

「アロマ!」
ぼくはアロマを抱き起こす。アロマは、力なく目を開けた。

「リチャード、タブリスを許してあげてね。
あの子に悪気はなかったのよ。
ただ、使徒の本能を抑制できない、子供だったのよ。」
「・・・わかってるよ。」
生体エネルギーの大部分を吸い取られて、アロマが長くないことをぼくは知った。

「リチャード、いつか言ってたよね。
いつの日か・・遠い未来に、ヒトとなったリリスと巡り会うときが来るって。
あたしも、タブリスと再会できる未来が来るのかなぁ。
そのときは、敵同士でなく、わかり合えるといいんだけど・・・。

再会のとき、今の自分を思い出すことができないかな。
せめて、名前だけでも、今の名前に近い名前だといいんだけど。
リチャード、あなたの名前はあなたの国では、どういう意味なの。」

「【真実の子供】という意味らしいよ。」
ぼくは、アロマの手を握った。
冷たかった。
アロマの最後の言葉を、ぼくは聞き逃すまいと思った。

「あたしの名前はね、あたしの国の言葉で『香り』という意味なの。
未来のあたしは、『未来の香り』とでもなればいいんだけど。
『明日の香り』でもいいかな・・・。

未来のタブリスも、あたしと同じ『香り』の意味を持つ名前だったらいいのにな。
そうしたら、きっと、あたしたちは・・・。」 
そう言うと、アロマは事切れた。

「アロマ!」
ぼくは、アロマの名前を呼んだ。だが、もう返事はなかった。

「リチャード様。」
アロマを抱きかかえて肩をふるわせるぼくの背後から、ゴーマンが声をかけた。

「今回の戦いで、ロンギヌスの槍は、トドメにしか使えないことが判明しました。
そこで提案なのですが、槍のレプリカの開発の許可をいただければと思います。
オリジナルのロンギヌスの槍よりは一回り小さくなりますが、まず、相手の戦闘力を奪うために、普段は接近戦用の武器として、ツィンブレードの形をとる様にしたいと考えています。
そして、トドメを刺すときにのみ、チルドレンの思念によって槍の形をとる様にしたいと思います。
お許しいただければ・・・」

「もう・・・いいよ。」
ぼくは、力なく言った。

「は?」
「使徒は全て、撃退した。当分現れることはないよ。」
「しかし、それでは・・・。」
「君たちが、研究目的でそれを作ることは、止めはしないけどね。
もう、ぼくには、どうでもよくなった。」
そう言うと、ぼくはアロマの亡骸を抱き上げ、立ちあがった。

「リチャード様・・・。」
ぼくは、ゴーマンに背を向けたまま、アロマを抱きかかえて立ち去った。

その後、ゴーマンに会ったことはない。
彼は要塞都市を去り、西に向かったという。
風のたよりで彼が「黒の森」と呼ばれる地方で、槍のレプリカの研究を始めたと聞いた。
だが、その後続いた平和の中で、ぼくは彼と二度と会うことはなかった。
彼のことはきらいではなかったが、武器の開発のことしか頭にない、悲しい男だと思った。

ぼくの最後の仕事は、南極に眠っているというアダムを探し当て、
エヴァともどもロンギヌスの槍で封印することだった。

『人類が、アダムかリリスに関わる限り、その波動を感じとって使徒がまた、
目覚めるときが必ずやってくる。』
タブリスが最後にそう言った言葉が、思い出されたからだった。



シンジが目を覚ましたのは、リフトが間もなく目的の階に着こうとするときだった。
「ここは・・・?」
「碇君、気がついたの?」
シンジを膝枕していたレイが、声をかけた。

シンジは身を起こした。
「南極じゃ、ないんだ。」

「ここは、ターミナル・ドグマから帰還するリフトの中よ。」
ユイがそう告げる。

「ターミナル・ドグマ・・・そうか、ぼくはあそこで気を失って・・・。」
「何が、あったの。」
ユイの問いに、シンジは一度目を閉じた。

そして、再び目を開く。
「全てを、思い出した。」
「碇君?」
レイは、不安そうに言った。
いつものシンジとどこか雰囲気が違う、レイにはそう感じられた。

「リリスとの約束、エヴァとイーヴ、次々と襲来する使徒との戦い、
そして、ロンギヌスの槍・・・。」
「それは、昔のリアルチルドレンとしての、記憶?」
ユイもシンジの口調に、戸惑いを感じていた。
シンジのこんなに堂々とした態度は、今まで見たことがなかった。

「そう、リリスがぼくに何かを思い出させようとして・・・。」
そこまで言いかけて、シンジははっと気付いた。

「そうだ、ロンギヌスの槍だ。
母さん、ロンギヌスの槍に、レプリカがあることを知ってる?
オリジナルより一回り小さくて、普段は接近戦用の武器として、ツィンブレードの形をとるというんだけど。」

今度は、ユイがその目を見開く番だった。



シンジは一応医務室で検査を受けたが、特に異常は認められないとのことだった。
ユイは大事をとって、複座プラグの搭乗テストは中止しようと言ったが、
シンジは是非やりたいと主張した。

ユイ自身、焦りもあった。
もし、ゼーレ側がロンギヌスの槍のレプリカを入手しており、しかもそれが複数存在するとなると、現時点ではこちらが圧倒的に不利になる。

そのギャップを埋めるためには、複座プラグの実用化を急ぐしかなかった。
仕方なく、シンジの主張を取り入れて搭乗テストは行うことになった。
ただし、今回行うのは「高シンクロモード」と「TSSモード(ツーシフトシステム、すわわち交代制モード)」に留めることとした。

複座プラグは、二人乗り戦闘機のコクピットの様に、それぞれのシートが縦に並んでいる。
シンジが前の席に座り、後ろの席にはレイが座る様、着座位置が決められていた。

まず、高シンクロモードをテストすることとなった。
LCLが注水され、シンジとレイの神経接続が開始される。

「どう?」
ユイの問いかけに、
「違和感は、ないよ。」
「私もです。」
シンジとレイは、こともなげに応える。

「シンクロ率、上昇しています。」
マヤが計器を見ながら、落ちついた声で報告した。 「92.8, 94.2, 97.1, 98.7, 99.8・・・
・・・リミッター、作動しました!」

シンジひとりでもシンクロ率は100%に到達できるためか、
レイが同乗すると、その上昇度合いは異常に早い。
放っておくとあっという間に100%を超えてしまうため、100%に到達した時点でリミッターが作動し、シンクロをカットする様になっていた。

「高シンクロモードについては、初号機は全く問題ないようね。
むしろ、弐号機がどこまで100%に近づけることができるか、ということかしら。
これについては、明日のテストで確かめてみないことには、なんとも言えないわね。」
ユイは、そう結論づけた。

「いいわ、では次に、TSSモードに入るわ。
シンジから始めるけど、いいかしら。」
「いいよ。」と、シンジが応える。

「それじゃ、楽にして。」
そういうと、プラグスーツの背中から、圧力注射がシンジに射ち込まれた。
「うっ・・・。」
一瞬、うめいたものの、直ぐにシンジは寝入ってしまった。

TSSモードとは、パイロットのどちらかが負傷したり疲弊した場合に、
強制的に休ませるというものだった。
その場合、もう一方のパイロットが、エヴァの操縦の全てを受け持つ。
それでも、一人で操縦するよりは、高いシンクロ率が出るものと期待されていた。

たとえ、前後不覚でもパイロットがそこにいれば、多少なりともシンクロはする。
カヲルが先日まで『レム睡眠時シンクロ実験』なるものを行っていたが、それはそのことを実証するものだった。
TSSモードなら、覚醒しているパイロットのシンクロ率に、意識がないパイロットのそれが付加される・・・その筈だった。

まずは、シンジが休み、レイが起きている状態のテストを行っていた。
「どう、測定結果は。」
ユイが、マヤに尋ねる。

「68.3%です。」
「レイ単独のときよりも、5.9%アップしたわね。予想どおりね。
では、今度は交替してみましょう。」

その結果は、シンジが覚醒している場合は、レイの状態がどうであれ、100%を維持できることを証明しただけだった。
そういう意味ではそのテストは無意味かも知れなかったが、運用上の問題がないことだけは確認できた。

「シンジ、今日はここまでにしておきましょう。あまり無理をしてもいけないからね。
もうひとつの設定は明日、アスカちゃんとカヲル君のペアで確認すればいいから。」
ユイがそう言って、本日のテストは終了となった。



ミサトのマンションには、ユイと一緒に帰ることになった。
テストを早めに切り上げたこともあり、今日はユイが夕飯を作ると言い出したのだった。

「ただいまぁ。」
シンジ、レイといっしょにユイがこの玄関をくぐるのは、初めてではないだろうか。
ミサトは今日も、帰りがいつになるかわからない。
本部に行かなかったアスカが、一足早く帰宅している筈だった。

「あら、お帰り。遅かったじゃない。」
空き部屋から、アスカがひょっこり顔を出す。
予想外のところから現われたものだから、3人は一瞬固まってしまった。

「アロマ・・・?」
シンジは、思わずつぶやいていた。
その姿が、記憶の中にある金髪の少女にだぶって見えたのだった。

「誰よ! アロマって。」
「あ、いやその・・・アスカだよね? (アスカ・・・【明日の香り】なのかな)」
「あったりまえじゃないの!
目の前にいるのが、稀代の美少女、惣流・アスカ・ラングレー以外の、
誰に見えるっていうのよ!」
「あ、いや・・・ごめん。」

『・・・いつもの、碇君だ。』
アスカにやりこめられるシンジを見て、レイは少しほっとしていた。

「まぁ、まぁ、アスカちゃん。シンジは、ちょっとした事故があってね。
いっとき気を失っていたから、変なことを口走るかも知れないけど、気にしないでね。」

「え、おばさま、本当なの?」
「ええ・・・。」

「ちょ、ちょと。大丈夫なの、シンジ。」
「大丈夫だよ、心配しないで。検査も受けたけど、なんともなかったから。」
シンジは、そう言うと、微笑んで見せた。

「ところで、アスカは、そんなところで何をしてたの。」
「はぁ? 見てわからないの。掃除よ、掃除。
全くもう、明日カヲルが来るっていうのに、誰も帰ってこないんだから!」

「そうだ!忘れてた。ここ、カヲル君の部屋になるんだ。 
じゃあ、ぼくも手伝うよ。」
「いいから、あんたは休んでなさい! どのみち、もうすぐ終わるんだから。
レイ、窓拭き手伝ってくれる?」
「ええ。」

結局その日、シンジは掃除も炊事もさせてもらえなかった。
『主夫』が身についてしまっているのか、なんとなく落ち着かなかったが、
今日くらいは仕方ないと、あきらめた。

ユイの手料理を食べるのは、レイの退院祝い会以来だった。
ついこの間のことなのに、もうかなり前のことの様にシンジは感じた。

夕食を一緒にとりながら、ふと、シンジは随分静かだな、と思った。
それぞれが、なにかしら物思いに沈んでいる感じだった。

「ねえ。」
そんな中で、アスカが口を開いた。
「ちょっとみんなに、相談があるんだけど・・・。」

「私にも?」
ユイが尋ねる。

「ええ、おばさま・・・いえ、司令代行にも、是非聞いていただきたいのです。」
「なにかしら。」

アスカは、何から言うべきか逡巡していたが、
「霧島マナという、女子生徒のことですが・・・。」

アスカの話とその後のやりとりは、その日の夜遅くまで続いた。



翌朝__。
カヲルは、第一中学校の2年A組に、一番で登校し、自席についていた。
そこへ、マナが登校してきた。

「おはよー、カヲル君。」
「やあ、霧島さん、おはよう。」

マナはそっと周囲を見回し、アスカたちがまだ登校していないことを確認すると言った。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけれど。」

「なんだい。」
「カヲル君と、惣流さんとの関係だけど、実際のところ、どうなの?
惣流さんが言ってた、『仕事上の大事な話』というのが気になるんだけど。」

ついに来たか、カヲルはそう思った。



あとがき

ロンギヌスの槍の由来が、明らかになりました。
しかしゼーレはどのようにして、そのレプリカを手に入れたのでしょうか。

覚醒したシンジと、ユイたちが開発している複座プラグは、
不利な形勢を逆転することができるのでしょうか。

そしてマナは、今後の展開にどう絡んでいくのでしょう。

次回をお楽しみに