「私ひとり、生き延びてしまって・・・。
ATフィールドは展開したのですが、誰も救うことができませんでした・・・。」
そういうと、ユイは嗚咽した。

ゼーレとの戦いが終わり、ゲンドウがユイと再会したときだった。

「ユイ・・・。」
ゲンドウは、ユイを抱きしめた。
「もう、いいのだ。
ユイ、おまえは本当に、よくやった。何も気にすることはない。」

リツコは、広場に着陸した弐号機専用支援機を降りたときに、
ゲンドウに縋って泣いているユイの姿を見た。
思わず立ち止まり、その表情が一瞬こわばる。

リツコの後に続いて支援機を降りてきた青葉が、それに気付いた。

「どうかしましたか?」
青葉の問いに、
「いいえ、なんでもないの。」
そう答えるリツコ。

ちょうどそのとき、カヲルがアスカを抱きかかえて戻ってきた。

「彼女の手当てを。」
カヲルがそう言い、リツコはアスカの様子を診る。

「アスカを支援機の医務室へ!」
そばにいたスタッフにリツコは命じ、カヲルには
「あなたはここに残って。
準備が出来次第、また弐号機に乗ってもらうことになるわ。」
と言う。

そして、青葉には、
「輸送機のクルーに、弐号機への補給作業をさせて。
ゼーレへの援軍が来るかも知れないから、急がせて頂戴。
私は、アスカの応急処置をしてくるわ。」

てきぱきと指示を下す。
いつものリツコに戻っていた。

結局、ゼーレへの援軍というほどのものは来ず、ネルフのドイツ支部のVTOLが
ずいぶん後になってからやってきた。
戦闘が起きていることは察知していたが、プライドの高い委員会の連中からは
『来るな』と言われており、待機していたらしい。
そこへジオフロントが突然現われ、大気圏外に去るという信じられないことが起こり、
ドイツ支部では大騒ぎになった。
混乱がやや収まってから、様子を見にきたというところであった。
すでに弐号機が戦闘配備して待機していた上、ある人物から帰投を命じられたため、
納得のいく説明を後日受ける約束をとりつけた上で、彼等は撤収していった。

その人物とは、シンジとレイが連れてきてネルフで手当を受けさせていた、
ゼーレのトップ、キール・ローレンツであった。




--- 人 身 御 供  エピローグ ---
    


ゼーレとの最終決戦から、一ヶ月がたとうとしていた。
シンジたちは今、松代で暮らしている。
ネルフの施設の一部がそこにあるというのが、主な理由だった。

第3新東京は、ジオフロントが浮遊した時に壊滅していた。
その跡地は今は数キロに渡って大きな窪みとなり、周囲から水が流れ込んでいる。
いずれ、日本でも指折りの大きな湖になるのではないかと思われた。

大半の人間が、戦自の空爆が始まった時点でジオフロント内に避難していたため、
死亡者数こそ少なかったものの、被害としては甚大なものであった。
周囲との交通網の分断を含めて、都市が一つなくなったのである。

当然、その責任を追及しようとする動きがあった。

「よくわかっていない、危険なものの上に何故、都市を建造したのか。
軍事施設ならいざ知らず、一般住民を危険に巻き込んだ上、経済活動に深刻な
打撃を与えたことについての責任を、どう考えるのか。」

追及者の言い分は、概ねそういうことであった。
だが、それは危険が去ったからこそ、言えることだった。
もともと、第3新東京自体が、使徒をおびき寄せるために建造された都市であり、
都市壊滅の危険性は、常についてまわっていたことだった。
事情を知る者は、何を今さらという思いでそれを聞いていた。



世論の大半は、ネルフに同情的であった。
その背景として、キール・ローレンツの働きが大きかった。
彼は、ゼーレの生き残りとして、記者会見の場で次の様に証言していた。

『サードインパクトは、先史文明の遺産が数多く残る南ドイツで起きそうになった。
そのことを事前に察知したネルフは、インパクト発生直前に現地に駆けつけ、
被害を最小限に抑えようとした。
ネルフはゼーレと協力して最大の努力を払ったが、インパクトは発生してしまい、
セカンドインパクトをはるかに凌駕する災厄は避けられないところであった。

そこへ、先史民族の遺産の一つであるジオフロントの安全機構が働いた。
それは問題の地に突然現れ、どの様なメカニズムによってかはわからないが、
サードインパクトの発生要因を「吸収」し、いずこかに消え去った。』

「サードインパクトとは何か?
セカンドインパクトは、大質量隕石の落下によって引き起こされたと聞くが、
それとは違うのか。」
ジャーナリストの一人が、そう尋ねた。

キールは、それに答えて言う。

『サードインパクトは、最強の使徒を召喚してしまうことによる人類史上最悪の
災厄である。単なる隕石落下で終わったセカンドインパクトとは異なる。
ただ、どちらもそのきっかけは先史民族の遺産に誤って触れてしまったことだった。』

「ジオフロントが動き出す前に、第3新東京を戦自が爆撃していたというが、
それはいったいどういうことか。」

『ネルフの留守を狙って、第3新東京にも使徒が現れたのだ。
おそらく、ジオフロントの安全機構に気付いた使徒が、それを無効にしようと、
おのれの分身を送り込んだのであろう。
戦自はそれを殲滅するために出撃していたのだが、安全機構の発動のことを知らずに
巻き込まれてしまうことになった。気の毒なことをした。』

「そもそも、ゼーレのお膝元でサードインパクトが発生しかけたのは何故か。」
さらに、別のジャーナリストが尋ねる。

キールは言う。

『正直に言おう。先史民族の遺産の中のいくつかに、インパクトを起こす鍵が
含まれていたのだと思う。
十数年前、葛城調査隊が南極でそれに触れてしまったように、我々ゼーレも、
そうとは知らずに発掘したものを研究するうちに、パンドラの箱を開けてしまった
のではないかと思う。
今回のことは、ネルフ本部にはなんの責任もない。責任は全てゼーレにある。
彼らはたまたまMAGIでその危険性を察知し、駆けつけてくれたのだ。』

「MAGIは、何を根拠に、どの様な危険を予想したのか。」

『ジオフロントとともにMAGIも失われたので、今となってはわからない。
わかったとしても、この様な場で言えることではない。』

「一部には、サードインパクト騒ぎは、狂言ではなかったかという者もいるが、
それに対して反論はあるか。」

最後に尋ねたジャーナリストの問いに、キールはこう答えた。

『狂言で、ゼーレを事実上の壊滅に持ち込めるものではない。
それに、本部前広場に今もなお存在する、あの十字架をどう説明するのか。
ジオフロントの最下層にあった筈の、先史文明の遺産の一つがなぜそこにあるのか。
ジオフロントが、それを運んできたからに他ならない。
サードインパクトは、確かに起こりかけたのだ。』

皆、それで納得してしまった。全ては、サードインパクトのせいとなった。
キール・ローレンツ、なかなかの役者であった。



世界的な世論では、
『ゼーレ本部と第3新東京の壊滅だけで、サードインパクトが回避できた』
ことを素直に喜ぶべきだ、ということになっていた。

まだ、セカンドインパクトから十数年しかたっておらず、
人々の記憶の中には当時の恐怖と困窮が根強く残っているからである。

それでも、壊滅したゼーレと弱体化したネルフ本部の後釜を狙って、
様々な軋轢は生じていた。
何かというと主導権を得ようとする、ネルフのドイツ支部とアメリカ第1支部。
補完計画を放棄したキールに反発して姿を消したロバートを中心としたゼーレの残党。
・・・問題は山積みであった。

ネルフ内の主導権争いについては、ロシア支部のゴルボフスキーが調停役をかって出、
なんとかなっている状況であった。

ゲンドウたちは、日本政府や戦自への対応を何とかしなければならなかった。
世論が味方であり、弐号機とそのパイロットであるカヲルが健在であるため、
公式にネルフの解体を言ってくることはなかったが、それでもいろいろと難題を、
ふっかけてきていた。

そういうわけで、ゲンドウもユイも忙しく、せっかく親子三人そろったというのに、
シンジはまだゲンドウと同居はしていなかった。
日本に戻ってきた直後に一度、三人で食事をしただけだった。
それ以後は、ゼーレ出撃前と同様に、ユイ、ミサト、レイ、アスカ、カヲルたちと
6人で暮らすという生活を、松代でも続けている。
ユイとミサトは忙しくて家をあけがちで、この二人がそろうことはめったになかった。



だが、ゲンドウがシンジたちと同居できないのは、別の理由があった。
リツコの失踪である。



先の戦いで、初号機に取り込まれていたゲンドウは、解放されて戻ってきた。
リツコは、広場に着陸した支援機を降りたときに、ゲンドウに縋って泣いている
ユイの姿を見た。
ユイが嗚咽する実際の理由を、リツコは知らない。
だがリツコは、どういう思いでそれを見ていたのだろうか。

かってユイが初号機に取り込まれ、赤木ナオコが自殺をとげた後、
リツコはゲンドウに愛人としての関係を迫られたことがあった。
最初は強要されてのものだったが、リツコ自身も寂しさを紛らわすために、
みずから望んで応じる様になった。

だが先にユイが、今またゲンドウが戻ってきたことによって、リツコの居場所は
なくなってしまっていた。
日本に戻ってきてすぐに、リツコは誰にも知らせずに消息を絶った。

ゲンドウは、リツコはやはり、自分を恨んでいるのだなと、思った。
リツコのことをさしおいて、自分たちだけが幸せに暮らしていくわけにはいかない。
そう思い、先日三人で食事をしたときに、ゲンドウは言っておきたいことがあると、
全てを語ることにした。

「父さんが、リツコさんと・・・。」
ユイは既に知っていることだったが、やはりシンジにはショックだった。

「すまない。」
ゲンドウは頭を下げた。

「過ぎたことを、とやかく言うつもりは、ありませんが・・・
どうなさるおつもりです?」
ユイが尋ねる。

「わからん。だがこのままにしておくこともできない。
赤木君を探し出し、会って話をすべきだろうと思う。
謝って済む問題でもないだろうが・・・。」

「彼女が、それを望んでいなかったとしてもですか?」
ユイは、まっすぐにゲンドウを見て言った。

ゲンドウは、一瞬ためらったように見えたが、すぐに、
「そうだ。」
確信をこめて、そう応えた。

「わかりました。」
ユイは、うなずくと言った。

「私も、リツコさんと、一度じっくりと話し合うことは必要だと思います。
ですから、あなたが彼女を探し出し、きちんと話をするまでは、
もうしばらく、別々に暮らすこととしましょう。」

「そ、そんな。」
うろたえた声でそう言ったのは、シンジだった。
せっかくみんなが揃ったのに、と思った。

「大丈夫よ、シンジ。」
ユイは安心させるように、微笑んで言った。

「私たちが、家族であることに変わりはないわ。たとえ離れて暮らしていても、
会おうと思えばいつでも会えるでしょう?」

「それは、そうだけど。」

「リツコさんを、このままにしておいていけないのは、わかるでしょう?
彼女にも、幸せになる権利はあるわ。
私にも、責任はある。
だからだれもが納得できる道をみつけるまでは、父さんと母さんはいっしに
いるべきではないのよ。わかる? シンジ。」

「うん・・・。」

「でも、あなたにはだれと暮らすか、選ぶ権利があるわ。
父さんと、母さんと、どちらと暮らす?
ごめんなさいね、あなたはちっとも悪くないのに、こんな言い方しかできなくて。」

シンジはちょっと考え、
「・・・今までどおり、母さんと暮らすよ。」
と言った。

「ごめんよ、父さん。」
「いや、私の方こそ、すまない。」
そう言うと、ゲンドウは再びシンジに頭を下げた。

「・・・そうね。当面は、今までどおりがいいかも知れないわね。」

そして、シンジたちは松代に引っ越してきた。
以前と同様にユイ、ミサト、レイ、アスカ、カヲルたちと6人で暮らすという生活を
続けているのだった。



それから、一ヶ月__。
その日、シンジはレイ、カヲル、アスカとともに、共同墓地に行った。
アスカは車椅子に乗り、カヲルがその背を押している。
シンジはこれで三度目だったが、アスカはここに来るのは初めてだった。
これまで、入院していたからである。

一行は、とある墓標の前で立ち止まった。
レイが墓標の前に花束を供える。

「ここなの?」
とアスカ。

「そうだよ。」
とカヲルは応えた。墓標には、『蓮華サクヤ』の名前が刻んであった。

アスカは、一心に祈る。
誰かが、微笑んでいるイメージが返ってくる。
アスカはそれに呼びかけようとするが、応えはなかった。
振り向いてカヲルを見上げると、カヲルも一心に何か祈っていた。

やがて、カヲルがそれに気付く。
「うん? どうしたんだい、アスカ。」

「サクヤさん、何か言っていた?」
「いいや。もう、墓標と同化してしまったようだね。」
「そう・・・。」

サクヤは、数年前にゼーレの研究施設で、カヲルとともにアダムに触れたとき、
使徒化に失敗してその肉体を失っていた。
普通、人は死亡してしばらくすると、その精神も肉体を離れて行き場を失い、
意識を拡散して消滅してしまう。
それがサクヤの場合、その精神は数年もの間、カヲルの傍に居続けた。

だが、今のカヲルにはアスカがいる。
サクヤはもう、兄の傍から離れるべきだと思った。

三週間ほど前、サクヤはカヲルに話しかけた。
『にいさん、お願いがあるの。』

『うん? なんだい、サクヤ。』
『私の墓標を、造ってほしいの。』
『え? 今さら、どういうことだい。』

『私の心は、間もなく消える。
本当は、もうとっくに消えているべきだったの。
今までにいさんの傍にいられたのは、にいさんのことが気になっていたから。
でも、それももう、終わりに近い。

私の意識は、周囲のものに溶け込んで消えてしまうでしょう。
その前に、居場所を造ってくれれば、私はずっとそこにいる様にするわ。
たとえ、意識が散ってしまっても、私がそこにいることに変わりはないから。』

『そんな、サクヤ・・・。』
『もう、どうしようもないの。最後のお願いとして、聞いてくれない?』
『・・・わかった、そうしよう。』
『ありがとう、にいさん。』

そういうやりとりがあって、カヲルはミサトに相談し、この墓地に墓標を建てて
もらうことになった。
すぐ傍には、建て直されたミサトの母の墓標と、加持の弟の墓標がある。

「ひとこと、お礼が言いたかったんだけどなぁ。」
サクヤの墓標を見ながら、アスカは言う。

先日の戦いで、カヲルがヒトの心を残したままタブリスの力を解放し、
シンジを救うことができたのは、サクヤの助言によるものが大きかったし、
レイとカヲルがリリスを呼ぶ間、自分を見守っていてくれたのもサクヤだったのだ。

「アスカの気持ちは、充分に伝わっていると思うよ。」
「そう? ありがとう。」

それから、アスカはシンジを見る。
「シンジ、相変わらず暗いわねぇ。元気出しなさいよ。」

「そうだね、ごめん。」
俯いていたシンジは、顔を上げ、そう言う。

「お父さんのこと、ショックだったのね。」
「まぁ、あたしたちに相談してくれるようになっただけ、成長したんだろうけどさ。」
「時間が解決するさ。焦ってもしょうがないよ。」

レイ、アスカ、カヲルがそれぞれ、シンジに声をかける。

「うん、そうだよね。大人たちのことを、焦ってもしょうがないよね。」
シンジは、少し明るさを取り戻してそう言った。



さらに、一ヶ月がたった。
ネルフは再編成され、ロシア支部が本部を継承することとなった。
松代にある施設は、正式に「日本支部」と呼称されることになった。
なまじ権限があると叩かれるものだが、ただの一支部となった日本のネルフに対しての
風当たりは随分と柔らかくなった。

ようやく事態は一段落してきたところだったが、まだ予断を許さないこともあった。
ゼーレの残党が、何事かを企んでいるようだった。
これについては加持が、ヨーロッパに何度か足を運んで調査を行っている。

一方で、日本支部としての新しい仕事も、着々と進められていた。

マヤは、MAGIシステムのことを猛烈に勉強している。
リツコがマヤのためにこっそり残しておいた資料を読み漁り、ときにはユイに教えを
乞いながら、もうすぐプロトタイプを製作するところまできていた。

また、エヴァをもう1体、製作しようという計画もあった。
素体となるのは先のゼーレ戦で唯一、コアを破壊されなかった量産機の1体である。
頭部は初号機のATフィールド塊でつぶされていたが、頭部を交換しカラーリングを
変えて、あらたに拾四号機として再生させる予定であった。

だが、シンジ自身はその機体に乗ることには気が進まなかった。
いくら改装するとはいえ、もとはイーヴに似せて造られた量産機なのだ。

反面、自分が一番適任であることも知っている。
それに、S2機関搭載タイプは汎用性の高い重要な機体であることも。

「結局、ぼくが乗ることになるんだろうな。なんか、やだなぁ。」
シンジは声に出してそうつぶやき、自分がこれまでにもなんどとなく、
その台詞を吐いていたことに気付く。

「結局、ぼくは進歩してないのか。」
あきらめて、覚悟を決めることにした。



そんなおり、リツコらしき人物がロシアにいるという情報が入った。
ネルフのロシア本部が、ロンギヌスの槍の変形機能を解析するために、
とある民間企業と共同研究を行おうとしたところ、その相手先の研究所に
リツコらしい人物がいたとのことだった。

「会いにいかれるのですね。」
ユイが、ゲンドウに問う。

「ああ。」
答えるゲンドウに、
「私も、ごいっしょしますわ。」

「会うのは、私ひとりの方がいいだろう。
私たちふたりで彼女に会うと、彼女は心を閉ざしてしまうかも知れんぞ。」

「それは、わかっています。
少なくとも最初は、あなたひとりで会われるのがいいでしょう。
ですが、どういう話になっていくのか、私にも予想がつきません。
私が加わった方が、いい場合もあるかも知れません。
そのときのために、私も待機できるようにしておきたいのです。」

「まさか、ユイ・・・。」
「なんです?」
「まさか、場合によっては、私が赤木君と駆け落ちでもすると疑っているのでは?」
「うぬぼれないで下さい!」
珍しく、ユイに一喝されてしまった。

「・・・わかった、そうしよう。」
ゲンドウはユイと二人で、ロシアに向けて旅立つこととなった。



二人が留守の間、冬月とミサトでネルフを切り盛りすることになった。
いっときのあわただしさがなくなり、ミサトもようやくシンジたちと顔を合わせて
生活できるようになっていた。

次の日曜日の朝__。

ミサトは、やはりまだ少し元気のないシンジに気晴らしをさせるために、
皆でピクニックにいくことを提案した。

「いいんじゃないの。」
アスカは、真っ先に賛成して言った。

「あたしも長い入院生活で体がなまっている感じがするし、
たまには郊外の空気を吸うのも、いいかもね。」
アスカが普通に生活できるようになって、2週間がたっていた。

「そう言えば以前、そんなことしようとか、言ってましたよね。」
カヲルが、柔らかい笑みを浮かべて言う。
複座プラグの訓練をしていた頃、全てが終わったら皆でピクニックに行こうと、
カヲルはミサトと話し合ったことがあったのだった。

「そうね。随分とお待たせしちゃったけど。」
「うれしいですよ。覚えていてくれて。」

「碇君は、うれしくないの?」
レイが、シンジに尋ねる。

「いや、うれしくないわけではないんだけど・・・。」
シンジは、わけのわからないことを言う。

「なによ、覇気がないわねぇ。男なら、はっきりしなさいよ!
まったく、ちょっとは凛々しくなったかと思ったら、すっかり元にもどっちゃって。」

いらいらしながら毒づくアスカに対して、レイは
『それはしょうがないわ。』
と思った。
『平時では大衆の中に埋没することを、碇君は無意識に願っているのだから。』

「なんだよ、そんな言い方ないだろ。」
「なによ、事実じゃない。」
シンジとアスカは言い合いを始める。

そんな二人を、レイは黙って見ている。
『リアルチルドレンが平時にその才能を発揮するということは、
権力の座への近道でしかない。
それでは、ゼーレの二の舞になりかねないわ。
あえて決断力のない人格を選んだのね、碇君は。
私は、それでもかまわない。
だって、碇君は、碇君だもの。』

「大体、あんたは・・・・・・」
「なんだよ、自分だって・・・・・・」
シンジとアスカの言い争いは終わりそうにない。

「まあまあ、二人ともそのくらいにしておきなさい。」
ミサトが苦笑しながら、とうとう止めに入る。

「もとはと言えば、ミサトさんが悪いんですよ。」
そう言うシンジに、ミサトは戸惑う。
「は? 私が??」

「だって、何処へ行くつもりなのか、まだ聞いてないですよ。
約束していたカヲル君はともかく、いきなり何処へ行くかもわからない話を聞いて、
単純に喜べるわけないじゃないですか。」

「だぁぁ! だからあんたは、ひねくれているっていうのよ!」
アスカはシンジをびしっと指差して言う。
「せっかくみんなで遊びに行くというんだから、素直に喜んでみせればいいのよ。」

「あ、あのねぇ。 喜んでみせるというのもね・・・。」
ミサトは少しひきつっている。

「わかったわ。少し遠いけど、ミニバンを借りて飯綱高原まで行きましょう。」

「ひゅう。」
そう言ったのは、カヲルである。
「そいつは、素晴らしいね。」

「カヲル君は、日本に来て日が浅いのに、何処か知っているの?」
ミサトは、不思議そうに言う。

「いいえ。」
カヲルは、きっぱりと言った。

ミサトは、ずるっとこけそうになる。
「あ、あのねぇ〜。」

「そう言うもんじゃないんですか。アスカもさっき、『喜んでみせろ』とか・・・。」

「全く、ろくでもないことばかり教わるんだから。」
ミサトは嘆息した。

「それで、ピクニックっていつ行くんですか。」
シンジが尋ねる。

「今日、これからよん♪」

「え〜〜〜!! お弁当はどうするんですかぁ。」

叫ぶようにシンジが言うと、アスカが、
「みんなで手分けして作ればいいじゃない。あ、ミサトは手伝わなくていいからね。」

「そうね。」
レイも同調する。

「なによ、ちょっと、レイまで!」
ミサトは憤慨するが、

「葛城三佐は、車の手配をした方がいいと思うわ。」
そうレイに言われて

「わかたわよ、もう。」
そう言うと、心当たりに片っ端から電話をかけ始めた。
すでにアスカとカヲルは、弁当作りの準備でキッチンに入っている。

「碇君、行こ。」
そう言うと、レイはシンジの手をとった。

「あ、うん。」
シンジはレイに手を引かれるようにして、キッチンに向かうのだった。