絆 (ウラ)

- き ず な  アスカ編 -


「ねえ、ファースト。あんた、明日ヒマ?」
あたしは、ファーストチレドレン、綾波レイに声をかけた。
彼女は、校内のベンチに腰掛けて本を読んでいた。

また、物理だか生物だか知らないが、小難しい本を読んでいる。
それを見るたびに、やはり優等生なんだな、と思う。
あたしも去年大学を出たけれども、実際のところの学力や知識は、勤勉な彼女には
とうていかなわないだろう。

ま、物好きなだけなんだろうけどね。

どうせ、学歴なんておまけみたいなもんだし、要はエヴァをいかにうまく動かすかが
あたしたちチルドレンの最重要事項なんだから。

でもまあ、あたしは邪魔しちゃ悪いとは思ったから、自分の影が彼女の本には
かからないように気はつけた。

『そういや、初めて会ったときも、この子は本を読んでいたわね。
 あのときは、随分と無愛想な奴だと思ったけど。』

あたしは、彼女と初めて出会ったときのことを、ふと思い出していた。



「ハロー、あなたが綾波レイね。」
あたしは、精一杯明るい声で彼女に話しかけた。

「プロトタイプのパイロットね。」

そのときも、ファーストは校内のベンチに腰掛けて本を読んでいた。
彼女は、顔を上げてちらりとあたしを見た。
だが、それだけだった。

再びファーストは、本に目を落とし、こちらを見ようともしなかった。

『な、なによこいつ!』
あたしは、むっときた。
人が話しかけているのに、無視するなんて失礼にもほどがあるわ!

でも、大勢の生徒が興味深げに私たちを見ている。
ここで怒鳴りつけても、新参者のあたしは立場が悪くなるだけだ。

あたしは、ぐっとこらえて、よく聞こえるように少し声を大きくして言った。

「あたし、アスカ。
惣流・アスカ・ラングレー。エヴァ弐号機のパイロット。
仲良くしましょ。」

そのときの、ファーストの返答は、
「どうして。」
それだけだった。

「その方が都合がいいからよ。『いろいろ』とね。」
本当は、『お互いにね』と言いたかった。
そんなことも、わからないのだろうか。

「命令があれば、そうするわ。」

あたしは、あきれた。
「変わった子ねぇ。」

心底、あきれた。怒る気もなくなっていた。
命令がなければ、この子はなにもしないのだろうか。

それに、嫌が応でもあたしたちは、これから本部で顔をあわせることになる。
表面上は、『お互いにうまくいっている』ように見せないと、自分の立場が
悪くなるということを、知らないのだろうか。

まあ、いいわ。
あたしは一応、歩み寄ろうとしたのだから。
サードチルドレンを含めて、証人はたくさんいる。

別に、本気で仲良くなりたかったわけではない。
新参者としての、礼は尽くした。
そのことで、あたしは満足することとした。



あたしがファーストのことを、初めて嫌いだと思ったのは、第7使徒の再侵攻を
阻止するための訓練をシンジと始めたときだった。

そのときのシンジは、はっきり言って、本当にどうしようもなかった。
運動神経が、なさすぎる。
リズム感はそれなりにある様だが、体がついてこないという感じだった。

これでは、ユニゾンなどできるわけがない。
大体、ミサトが選んだ曲自体が、スローすぎる。
あたしにしてみれば、テンポが遅すぎて待ちきれない。
それなのに、シンジはそんな曲にすらついてこれない様だった。

あまりにもどんくさいシンジに、あたしが切れかけたときだった。
ミサトが、ファーストをマンションに連れてきたのは。

「このシンジに合わせてレベル下げるなんて、うまくいくわけないわ!」
あたしが怒鳴るように言うと、

「・・・レイ。」
「はい。」

「やってみて。」
「はい。」
ミサトは微笑んで、ファーストに向かってそう言った。

そこから先のことは、今でも思い出したくない。
悔しいけど、シンジとファーストの息はぴったり合っていたのだ。

「これは作戦を変更して、レイと組んだほうがいいかもね。」
追い討ちをかけるような、ミサトの言葉。

あたしは、マンションを飛び出していた。

すぐに、後悔した。
これでは、逃げ出したのと同じではないか。
少なくとも、そう思われても反論ができない。

帰るに帰れなくて、コンビニでぼんやりしていたら、シンジが追ってきてくれた。
こいつ、いい奴なんだ。口には出さなかったが、そう思った。

「なにも言わないで!」
あたしはシンジに言った。
慰めの言葉なんかかけられたら、よけいみじめになるだけだったからだ。

「こうなったら、何としてもファーストやミサトを見返してやるのよ!」

とくに、さんざん人のことを無視しておいて、ここぞというときには、
あっさりとあたしを打ち負かしたファースト。
・・・許せなかった。

「傷つけられたプライドは、十倍にして返してやるのよ!」
そういうと、あたしはコンビニで買ったジュースをングングと飲んだ。
シンジは、わずかに微笑んであたしを見ていた。

結局、あたしも本気になったし、シンジもがんばったことにより、二人の呼吸が
ぴったり合うようになり、本番では使徒をあっさりと倒すことができた。
ざっとこんなもんよ。

でも、ファーストはなにも言わなかった。
おめでとうとも、すごかったとも・・・。
ほんと、いけ好かないやつ。



浅間山で見つかった、第8使徒を捕獲しようとしたときも、
ファーストはいやな奴だった。

一応、あたしがD型装備で火口に潜ることになったのだけど、
耐熱スーツのあまりの格好悪さに、
「いやだ、あたし降りる! こんなので人前に出たくないわ!!」
と言うと、

「では、わたしが弐号機で出るわ。」
と、自信ありげに手をあげて、しゃしゃり出てくるのだ。

冗談じゃないわよ!
あたしが、弐号機を自在に動かせるようになるまで、
どんだけ苦労したと思ってるの。

「あんたには、あたしの弐号機に触ってほしくはないの!
悪いけど、ファーストが出るくらいなら、あたしが行くわ。」

だれにも、弐号機は傷つけさせない、触らせたくない。
結局、あたしが出撃することとなった。

このときは、大変だった。

捕獲途中で孵化を始めた使徒と、火口の中で戦うはめになった。
「熱膨張」を利用して使徒の殲滅に成功したものの、弐号機の命綱が切れて、
あたしと弐号機は火口の底に沈みかけた。

シンジが耐熱装備のない初号機で、火口に飛び込んで助けてくれたけれども、
そうしなければ命を落とすところだった。



シンジは、なんだかんだ言いながら、いい奴だと思う。
問題は、ファーストの方だ。
なんで、あんなひねくれた性格なんだろう。
あたしは、そのへんのところを、リツコに聞いてみようと思った。
ミサトに聞いてもよかったのだが、リツコの方がファーストとの付き合いは
古いと聞いていたからだ。

「いい子よ、とても。」
リツコは、そう言った。
「ただ、ちょっと不器用なだけ。」

「不器用って何が?」

あたしが不審に思って尋ねると、リツコは一瞬目を伏せ、
かすかな笑みを浮かべて言った。
「生きることが。」

そうなのか、とあたしは思った。
ひととの付き合い方を、知らないだけなんだ。

どういう教育を受けてきたのか知らないが、おそらくエヴァの操縦とシンクロテスト
に明け暮れてきたのだろう。
このあたしが、教えてあげればいいのよ、他人との正しい接し方を。

そう思うと、今までの彼女の生意気な態度も、なんとなく許せる気がした。



とりあえず登下校とネルフ本部に行くときは、三人いっしょに行動することにした。

「どうして?」
登校時に、通学路の途中で待ち合わせようと言ったら、ファーストはそう尋ねた。

「その方が、安全だからよ。」
あたしは辛抱強く説明した。

「それぞれにガードがついていることを、あんたも知っているでしょ。
だったら、三人いっしょに行動した方がいいわよ。」

「そう、わかったわ。」
ファーストは納得したのか、それからはあたしたちは、いつも一緒に行動するように
なった。

そんなある日、あたしは本部からシンクロテストの呼び出しを受けて、
ファーストといっしょに、校内でシンジを探し回ったことがあった。

「あんたも、もう少し社交性があればねぇ。」
ファーストと二人きりになったこともあり、間を持たせる意味もこめて、
あたしは彼女にそう言った。

「社交性?」
ファーストが聞き返すので、
「そう、社交性。あんた、ほとんど人としゃべらないでしょ。」

「・・・必要ないもの。」

「あんたにとってはそうかも知れないけど、あんた確実に損しているわよ。
『自分自身』を発信しないと、余計な誤解を招くだけだしね。
ま、あたしには関係ないことなんだけどね。」

「・・・・・・・・・。」
ファーストは、考え込んでいるようだった。

あたしの言うことを、少しは理解しようとしているのだろうか。
一朝一夕にとはいかないだろうけど、多少は人づきあいというものが必要だと、
わかってくれればいいんだけどね。

シンジはシンジで、ファーストとなにかと接しようとしているようだ。
あいつはおとなしくてやさしい奴だから、ファーストにはお似合いなのかも
知れない。
でも、あたしにしてみれば、なんだかおもしろくないような気がする。
どうしてだろう・・・。

ま、シンジはファーストに気があるようだけど、ファーストはそんなこと、
全然気付いてないようだ。
なんとなくおもしろくはないんだけど、一度はファーストに教えてやったほうが
いいんだろうな。
傍目には、二人の仲は悪くはないんだから。



でも結局それは、予想どおりの結果に終わった。
その日、あたしはシンジとファーストの三人で学校に登校する途中だった。

「綾波、今日の進路相談の面接のこと、だれかに言った?」
あたしの背後で、シンジがファーストにそう尋ねているのが聞こえた。

「言ったわ。」
「だれに?」
「赤木博士。いちおう、保護者だもの。」
「そうなんだ。」

しばし、間をおいてからシンジはまた言った。
「で、リツコさんは何て言ってたの。」

「別に。 
『私は行けないけど、あなたの進路のことは気にすることはないわ。
 先生とは、ちゃんと話がしてあるから。』と言ってたわ。」

「そうか・・・。」
それっきり、シンジは黙り込んでしまった。
なんか、聞いてていらいらするわね。

「碇君は、だれかに言ったの。」
ファーストの方から、シンジに尋ねると、
「う、うん・・・。」
シンジは、もごもごとそう言っていたが、
「やっぱりぼく、父さんに電話してくるよ。悪いけど、ちょと待ってて。」

「早くしなさいよ。」
あたしがそう言うと、シンジはタバコ屋の公衆電話に走り寄った。

「あんたたち、仲いいわねぇ。」
シンジを待っている間、あたしはファーストにそう投げかけてみた。

「そうかしら。」
「シンジが何か相談するときは、いつもあんたにしているみたいだし。」

「そうでもないわ。」
「でも、シンジはあんたに気があるみたいよ。
 この間も、室内プールであんたのこと、じっと見てたしね。」

「そう?」
・・・だめだ、こりゃ。まるで、反応がない。

「はぁーあ、つまんない奴。」
あたしは、ため息をついた。

「どうして。」
「ちっとは、恥ずかしがるか、喜ぶかしたらどうなのよ!」

これじゃ、何かとファーストに気をつかっているシンジが、うかばれないわね。

そこへシンジが、がっくりと肩を落として戻ってきた。
どうやら、碇司令とは、うまく話せなかったらしい。

「それは司令、本当に忙しかっただけじゃないの?」
あたしがそう言うと、

「そうかなぁ、途中で切ったというよりは、なにか故障した感じだたんだけど・・・。」
「もう、男のくせに。いちいち細かいこと気にすんのやめたら?」



結局、ネルフは何者かの工作により、主・副・非常用すべての電源が落とされて
いたのだった。
あたしたちは、ともかく本部に向かおうということになった。

「当然、あたしがリーダーね。」
あたしはそう言って、先頭に立って歩き出した。

だけどあたしの選ぶ道はことごとく外れ、いつまでたっても本部にたどり着けない。
その上、第9使徒が侵攻してきていることがわかった。
もう、一刻も猶予すべきではない・・・あたしは焦り始めた。

「こっちよ。」
みかねたのか、ファーストが先頭に立って歩き出した。

あたしは、むっときた。
わかってるなら、最初からそう言えばいいのに。
やっぱり、ファーストのそういうところが嫌いだ。
仕方なく彼女についていくが、皮肉のひとつも言いたくなった。

「あんた司令のお気に入りなんですってね。
やっぱり、可愛がられている優等生は違うわね。」

「こんなときに、やめようよ。」
シンジが、生意気に口を挟んできた。
なによ、あんた、こいつの味方をするの?
プライドを傷つけられたあたしは、もう止まらなかった。

あたしは、ファーストとシンジを交互に見ると、
「ふうん、そういうこと。」
と、いやみたっぷりの声で言った。

「シンジは、この子の味方をするんだ。
優等生をかばうことで、パパにも気に入られようという魂胆かしらね。」

バシッ!
派手な音とともに、一瞬あたしの目の前が真っ暗になった。

すぐに、視界が戻った。
あたしの頬が、異様に熱い。そのうえ、じんじんする。
ファーストが、あたしの頬をはたいたのだ。

「綾波!」
「な、なにすんのよ!」
シンジとあたしは、同時に叫んでいた。

「わたしに何を言ってもかまわない。
でも、碇君にそういうこと言うのは、許せない。」
そう言うと、ファーストはあたしをにらみつけた。

「綾波・・・。」
シンジが茫然とつぶやいている。
あたしは頬を押さえたまま、ファーストをにらみ返した。

が、痛みがひいていくにつれ、あたしは冷静さを取り戻した。
『ファーストが、真剣に怒っている・・・。』
なんだ、ファーストもシンジのこと好きなんじゃない。
だとすると、さっきの言葉は冗談が過ぎたかも知れない。

あたしは、ふっと表情を緩めた。
「そう、悪かったわね。」

「いいえ。・・・行きましょう。」
そう言うと、ファーストはまた歩き始めた。
その態度に、あたしはまた少しかちんときたが、深呼吸をひとつして気を静めた。
使徒が来ているのだ。無駄に時間をつぶしている余裕はなかった。



なんとか本部には着いたものの、それからがまた大変だった。
人力でエントリープラグを挿入し、エヴァでリフトをよじ登っての出撃となった。
だが、使徒はリフトの真上で待ち構えており、溶解液をしたたらせてきた。
そのおかげでパレットライフルをリフト孔の底に落としてしまう。

横穴に退避して溶解液を避けながら、3人で対応を打合わせることにした。
「作戦はあるわ。」
あたしは、そう言った。

「ここに留まる機体がデフェンス。A.T.フィールドを中和しつつ、
奴の溶解液からオフェンスを守る。バックアップは下降。
落ちたライフルを回収し、オフェンスに渡す。
そしてオフェンスはライフル一斉射にて目標を破壊。
これでいいわね。」

「いいわ。デフェンスはわたしが・・・。」
ファーストがそう言いかけるのを遮って、あたしは言った。
「おあいにく様。あたしがやるわ。」

「そんな! 危ないよ。」
シンジが言うが、
「だからなのよ。あんたにこの前の借りを返しとかないと気持ちが悪いからね。」
そう、浅間山でシンジに命を助けられたものね。

「シンジがオフェンス、優等生がバックアップ。いいわね。」
「・・・わかったわ。」 「う、うん。」

ファーストに頬をはたかれたことは、まだ少し腹立たしかったが、
たしかに非はあたしの方にある。
いつまでも、そんなことにこだわっているわけにはいかなかった。

第9使徒との戦いは、あたしの作戦どおりにことは進み、
初号機によるパレットライフルの一連射で、使徒を殲滅することができた。

その後、三人で夜景を見ようとシンジが提案した。

「いいわよ。」
あたしは賛成した。ちょうどあたしも、そうしたい気分になっていた。
ファーストも、今回は付き合うことにしたようだ。

夕闇がしだいに濃くなる中、土手の上から眺めていると、街の灯がぽつりぽつりと
増えていくのが見える。
人工の光が、これほど綺麗だと思ったことは、これまでなかった。



それから、数日後___。

「ねえ、ファースト。あんた、明日ヒマ?」
あたしが声をかけたとき、彼女は校内のベンチに腰掛けて本を読んでいた。

「夕方空いているなら、ちょっとウチに来てほしいんだけど。」
「どうして?」

「ミサトの昇進祝いということで、パーティをやるのよ。
あの軍事オタクが言い出したことでね、あの三バカがそろうことになるんだけど、
あいつらと馬鹿騒ぎをするのは真っ平だし、あまりに女ッ気が少ないからね。
ヒカリにも声をかけたけど、できればあんたにも来てもらいたいのよ。」

ファーストは少し考えているようだったが、
「わたし、行かない。」
しばらくしてから、そう答えた。

『迷っている? 脈があるかも知れないわね。』
そう思ったが、あたしは
「やっぱりね。
いいわ、無理に薦めるつもりもなかったし、正直、期待もしていなかったから。」
そう言って、その場は去ることにした。

「シンジ、あんたの出番よ。」
あたしは、すぐにシンジをつかまえると、そう言った。

「え、なんのこと?」
「ミサトの昇進祝いパーティのことよ。
 あんた、ファーストを誘ってきなさいよ。女っ気が足りないんだから。」

「なんで、ぼくが? アスカが誘ってくればいいじゃないか。」
「今言ってきたところよ。
 あたしじゃだめだったから、あんたに頼んでるんじゃないの。」

「アスカでだめだったら、ぼくが言っても同じじゃないか。」
「ばっかねぇ〜。あんたが誘えば、あいつは喜ぶのよ。
 そんなこともわからないの。」

「え・・・!?」
シンジは、顔を赤くしている。半信半疑のようだ。
まったく!なんでこの前、あたしはあいつに叩かれたと思ってるのよ。
 
「あたしが誘ったとき、あいつは迷ってたみたいだから、あんたが誘えば確実よ。
 さあ、行った行った!」
無理やりシンジに、ファーストを誘いに行かせた。

しばらくしてから、シンジは少ししょんぼりして戻ってきた。

「だめだったよ。」
シンジは、力なく言った。

もう! なにやってるのよ。 押しが足りないのよ!!



そして、パーティの翌日__。
第10使徒が、やってきた。

衛星軌道上から、体の一部を爆弾がわりに投下して位置を確認した上で、
本体はネルフ本部を目指して落下しようとしているとのことだった。

「えーっ!? 手で受け止める?」
ミサトから作戦を聞いたときの、あたしの第一声がそれだった。

「作戦といえるの!? これが!?」
そうも言った。
先日の第9使徒との戦いで、あたしが適切に役割とその行動を決めたことの方が、
よっぽど作戦らしいわよ。

「ホント、いえないわね。だからイヤなら辞退できるわ。」
だれも辞退はしなかった。

「すまないわね。終わったら、みんなにステーキご奢るから。」
ミサトはそう言ったが、ファーストは肉がきらいだからと、断った。

3体のエヴァで、第3新東京を大きく囲む様な配置につく。
問題は、誰が真っ先に使徒の落下地点に到達するか、そして
使徒を受け止めてから、他の2人が合流するまで支えきれるかどうかだった。



あたしは弐号機に乗って、町外れで待機していた。
これで最後かも知れないと、漠然と考えていた。
不思議と、恐怖はなかった。
死ぬときは、皆といっしょだからかも知れない。
心残りといえば・・・。
あたしは同じ様に山の麓で待機しているファーストに向けて、
通信回線を開いた。

「これで最後かも知れないから、言っとくけど・・・。」
と、あたしは言った。

「もし、『奇跡』が起きてみんな助かったら、あんたも食事会に行くのよ。」
「わたしは・・・。」
「わかってるって。肉がきらいだっていうんでしょ。」

「綾波が、好きなものにするからさ、何だったら食べられるか、教えてよ。」
いきなりシンジが割り込んできた。

「うるさいわね、バカシンジ! 横から口出すんじゃないわよ。」
「・・・ごめん。」

「まあ、シンジの言うとおりなんだけどね。」
自分が言いたかったことを、シンジに先に言われたことが少し口惜しかった。

「ミサトの財布の中身も検討がつくしさ、『生きてる』ことを実感するには、
日頃食べなれたものの方がいいんじゃないかと思って。
ファースト、あんたが普段食べてるもので、『美味しい』って思うものは
ないの。あたしたち、それに合わせるからさ。」

「あ、ありがとう。でも・・・。」
珍しく、ファーストがうろたえていた。

「ぼくたちに、遠慮することなんかないよ。好きなものを言ってよ。」
「え、ええ・・・。」

シンジの言葉にファーストはしばらく考えたあげく、
「ラーメンだったら・・・。」
小さな声で言った。

「ラーメンなら、いいのね?」
「ええ。」
あたしへの返事は、普通の声だった。
なんであたしに対してはそうなのよ、とも思ったが、

「きまりね。あんた、けっこう庶民的なものが好きなんだ。
でも、生き延びた後、ってのはそういうものの方がいいかもね。
ミサトも、出費がかさまなくて喜ぶだろうし。」

「あ、綾波。うれしいよ、楽しみにしてるよ。」
「シンジも、言うようになったじゃない。」

まったく、バカシンジがもっと早くそういう口の聞き方をしていれば、
ファーストだって今ごろは・・・
そう思っているところへ、
「どうして。」
ファーストがいきなり聞いてきた。

「なによ?」
「どうして、わざわざ、わたしに合わせてくれるの。」

「それは・・・。」
「ぼくたち、仲間だからだよ。」
あたしが答える前に、シンジの奴がまた口を出してきた。

「むぅぅぅ・・・。」
気に入らなかったが、とりあえずシンジにしゃべらせておくことにする。

「大丈夫、きっとうまくいくよ。
そして、無事に終わったら、みんなでそれを喜びあおうよ。
ぼくたちは、同じエヴァのパイロットだし、チームなんだからさ。」

「仲間・・・チーム?」
ファーストが繰言のようにつぶやいた。

「そうよ!」
あたしは、力強くうなずいた。
「だから、付き合うのよ。戦うときはもちろん、勝利を喜ぶときもね。」

「そう、わかったわ。」
ファーストはそう答えた。
・・・わかってくれたみたいね。

そのまま、あたしたちはミサトの作戦開始の合図を待った。



「エヴァ全機、スタート位置。」
ミサトの声とともに、あたしの弐号機はスターティングポーズをとる。
今このとき、他の二人も同じ姿勢、同じ思いでそのときを待っているのだろう。

「使徒接近、距離およそ2万!」
青葉二尉の報告があり、
「では、作戦開始。」
ミサトがそう告げた。

ここから先は、全てあたしたちにまかされている。

「行くよ。」
シンジの声に、あたしは頷く。
エースのあたしをさしおいて、シンジが仕切ることは少し不満だったが、
まあいいだろう。

外聞電源コンセントが切り離され、内部電源に切り替わる。

「スタート!」
シンジの合図とともに、あたしは走り出した。

土煙をあげ、送電線を飛び越え、エヴァは走る。
何かを守るために?
いいえ、我が身に降りかかる火の粉をはらうためよ。

あたしという存在を脅かすものは、なんとしてでも排除する。
あたしが、あたしであるために。

でも今はただ、目標に向かって走るだけだ。
迫り来る使徒が、肉眼ではっきり見える。

「距離、1万2千!」
青葉二尉の声。

落下地点がわかった。
町外れの、小高い丘だ。
シンジの初号機が、一番近い。
初号機の到達は、余裕で間に合うだろう。

だが、あたしたちの到達まで、初号機は使徒を支え続けなければならないのだ。
今、シンジの初号機が、使徒の落下地点に到達していた。

両手を高くかざし、使徒を受け止めようとしている。
巨大な質量が急速に接近することによる、衝撃波が初号機を襲っている。

『もっと速く!』
あたしは、弐号機に言い聞かせる。
初号機1体では、到底ささえきれまい。
間に合わなければ、あたしたちの存在意義も、人類の未来もそれで終わりだ。

「フィールド全開!!」
使徒を受けとめた、シンジの叫びが聞こえる。

『急ぐのよ!』
さらにあたしは、弐号機に命じる。
__無事に終わったら、みんなでそれを喜びあおうよ__。
ついさっきの、シンジの言葉が思い出される。
そう、あたしも、あんたたちも、同じエヴァのパイロットなんだから。



あたしの弐号機は、シンジの初号機のもとに、ようやくたどりつこうとしていた。
初号機の足は地にめり込み、腕は折れそうになっている。
もう、いくらも持ちそうにはない。

初号機を挟んで向こう側から、零号機が駆け寄ってきているのが見えた。
なんとか、間に合いそうね。

「弐号機、フィールド全開!」
このごにおよんでわかりきったことを、ファーストは言ってくる。

「やってるわよ!」
あたしは怒鳴り返す。不思議と腹は立たなかった。

あたしたち二人は、ほぼ同時に初号機のそばに到着した。
使徒を支えていたエヴァの腕が、2本から6本に増える。

「綾波、アスカ・・・。」
スピーカーから、シンジの声が聞こえる。
その声は、あたしには微笑んでいるように感じられた。