レ ゾ ン デ ー ト ル
 
-  二人の想い W -



「…あのさ、アスカ。」
「なによ。」
「加持さんにかけようとしているのなら、やめた方がいいよ。」

アスカが第15使徒、アラエルを倒して数日を経た、とある日曜日の午後のことである。
キッチンの電話台に向い、受話器をとってプッシュし始めたアスカにシンジは言った。

「なんでよ!」
苛々と、アスカは聞き返す。

幾分、機嫌が悪かった。
些細なこと…ほんの些細なことで、アスカは鬱憤が溜まっていた。
ミサトが休日出勤でいないものだから、久し振りに昼食のチャーハンをシンジに作ってやった。
『うーん、ちょっと、辛すぎるんじゃないかな。』
シンジの第一声が、それだったからだ。

「たぶん、つながらないと思うから。」
「なんで、あんたにそんなことがわかるのよ。」

「その、加持さんは、もういないから。」
「はぁ? なに、わけわかんないこと言ってんのよ!」

なにかと口うるさいわりに、ちっとも要領を得ないシンジの態度がアスカは気に入らなかった。
シンジを無視して、再び番号をプッシュしようとする。

シンジは思わず、叫ぶように言ってしまった。
「だからもう、加持さんはいないんだってば!」

「…もう、この世にはいないんだ。」

「うそ…。」
信じられない言葉に、アスカは受話器を取り落としそうになった。

シンジは受話器をアスカの手から奪い取ると、そっと電話機に置いた。
そして、留守録を再生してみせた。

『葛城、おれだ。多分この話を聞いている時は、君に多大な迷惑をかけた後だと思う…。』

「これって、加持さん?!」
そう言って固まるアスカの前で、加持のメッセージは続く。

「…葛城、真実は君とともにある…」

そして、
『…もう一度会えることがあったら、八年前に言えなかった言葉をいうよ。じゃ。』

加持のメッセージはそこで終わっていた。

「アスカがいないときに、ミサトさんがこれを聞いていた。」
シンジが、固い声でそう言った。

「そのあとで、ミサトさんは長いこと泣いていたんだ。
 …加持さんの仕事は、そういう仕事だったんだ。」

「うそよ!」
アスカは叫んだ。

「いい加減なこと、言わないでよ!」
そう言うと、アスカはマンションを飛び出していった。

「アスカ…。」
シンジは、ひとり取り残された。

すぐに、追う気にはなれなかった。
おそらく、加持を探しに出かけたのだろう。
だが、心当たりのある場所など、ほとんどない筈だ。

傷ついた心を引きずって、すぐに戻ってくるだろうと思った。
そのとき、自分はどんな顔をして迎え入れたらいいのだろう。
シンジは、気が重かった。

「…はぁ。」
ため息をついて、テーブルの椅子に座ろうとしたときに、チャイムが鳴った。




「だれだろう?」
立ち上がり、インターフォンに出る。

「はい。」

「綾波です…。お邪魔します。」
訪問者は、レイだった。

「ああ、上がってよ。」
シンジは、レイを迎え入れた。

「さっき、そこでアスカとすれちがったけど…どうかしたの?」
入ってくるなり、レイは尋ねた。
「すごい勢いで飛び出していったわ。けんかでもしたの?」 

「うんまぁ…。たいしたことじゃ、ないんだ。
 たぶん、すぐに帰ってくるよ。」

「それなら、いいんだけど。」
 
「それより、今日はどうしたの?」
シンジは気まずい雰囲気を振り払いたくて、話題を変えようとした。
「綾波の方から、訪ねてくるなんて、珍しいじゃない。」

「ええ…。」
レイは束の間、逡巡しているかの様だったが、やがてシンジを真っ直ぐに見据えて言った。

「碇君、今日、時間ある?」
「とくに、予定はないけど。」

「見せておきたいものが、あるの。 わたしに、ついてきてくれる?」
「いいよ。じゃあ、ちょっと着替えてくるね。」

「そのままの格好でいいわ。手間は、とらせない。」
「そ、そう?」

シンジは、拍子抜けした様な気がした。
ひょっとしたら、デートのお誘いかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

「では、行きましょう。」
「あ、うん…。」




レイがシンジを連れて行ったのは、ネルフだった。
日曜日ということもあって、そこで働く人はそう多くはない。

すれちがう人々の中には、二人をちらりと見る者もいるが、とくに咎められることもなく、
レイとシンジは本部施設を階下に進んでいく。

「綾波が、ぼくに見せたいものって…。」
シンジはときおり自分に浴びせられる視線を気にしながら、おずおずと尋ねる。

レイは全く気にしていない…というより、人々の関心自体が、レイには向いていない様である。
レイ一人なら、本部施設の中を自由に移動するのは、日常茶飯事であるかの様だった。

レイは、黙ったままどんどん先に進んでいく。
シンジはその場に取り残されないよう、ついていくしかなかった。

やがて、人気のない一角に二人はたどり着いた。
ここまでは、シンジは来たことがない。
目の前に、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉が並んでいる。

レイは扉のひとつの脇にある、カードリーダにIDカードを通した。
音もなく、扉が開く。

「乗って。」
「?」
そう言うと、レイは部屋に入っていく。
シンジは、わけがわからぬまま、後に続いた。

小さな部屋だった。
レイが壁のスイッチを操作すると、ガコンと音がして、部屋が下がり始めた。

『エレベータ?…というか、リフトなんだ!』
おそらく、他に並んでいた扉は、ダミーなのだろう。
だとすると、まさにごく限られた者しか利用できないリフトということになる。

「何処へ行くの?」
不安に駆られて、シンジは再度尋ねる。

「ターミナルドグマよ。」
そのとき、初めてレイは答えた。

「ターミナル…って、ロンギヌスの槍があったところ?」

「ええ。」
小さく頷くそのレイから、シンジは彼女の不安と決意を感じ取っていた。




そのリフトは、扉と反対側の壁に小さな窓があって、そこからわずかではあるが、
リフト坑の様子が見てとれた。
等間隔に縦に並んだ光が、下から上に移動していくのが見える。
シンジとレイは、もう随分と深いところまで、リフトで下っていた。

「………。」
「………。」
二人とも、一言も発しない。

沈黙に耐えかねて、シンジが何か言おうとしたときだった。

不意に、レイが口を開いた。
「わたしは、本当の自分を、知られることが怖かった…。」

つぶやく様に、そう言った。

「でも、知られることはつらいけど、黙っていることは、もっとつらいとわかったの。」

「それは、ダミーシステムのこと?」
「そうね、そうかも知れない。」

「だったら、気にすることはないよ。そのことは、言ったはずだよ。」

「いいえ、わたしはまだ、碇君に言っていないことがある…。
 それをこれから、見せようと思うの。」

「…うん。」

_黙っていると、もっとつらい_。

前回の使徒戦で、レイはそれを思い知ったのだろう。
心理攻撃_。
心の傷につけ込んで、そいつは攻撃してきた。
疎外されることの哀しみ…誰しもが持っている弱みを、使徒はついてきた。
シンジにも、アスカにも、そしてレイにも。

だからレイは、戦いが終わった後で、ダミーシステムの開発にかかわっていたことを、
シンジに打ち明けた。
シンジの親友、トウジの片足を奪ったのは、『自分』であると。
ずっとそのことを、気にしていたのだと。

シンジはそれを、受け入れていた。
『綾波は、悪くない。』
はっきりと、そう言った。

『まだ、碇君に言っていないことがある』
_まだ、気にしていることが、レイにはあったのだ_。

「大丈夫だよ、綾波。
 何があっても、ぼくは綾波のことを、きらいになったりはしない。」

確信を込めて、シンジはレイにそう言った。

「…ありがとう。」

リフトの下降は続く。
窓から次々と入り込むリフト坑の光が、思いつめたようなレイの横顔を照らしていた。




リフトが最下層に到着し、シンジは再びレイの後について歩く。

とある一室に入った。
そこは、壁のコンクリートがむき出しになった、ベッドと何かの実験台しかない部屋だった。

「ここは? どこかで見たような雰囲気だけど…。」
「わたしが、生まれ育ったところよ。」

「……。
 (まさか、こんなところで暮らしていたなんて。じゃあ、あのレイのアパートの、部屋の
 イメージは、ここの…)」

シンジが絶句していると、

「でも、わたしが碇君に見てもらいたかったのは、ここではないの。行きましょう。」
「あ、うん…。」

レイに促されて、シンジは先に進んだ。




「ここよ。」
レイに案内されたのは、広大な部屋だった。

中央に、身長ほどもある透明なカプセルが直立している。
その上辺に繋げられた太いパイプが天井付近で複雑にからみ合い、一つの塊を形づくっていた。
それは、巨大な人間の脳にも見えなくはなかった。

「わたしは、このカプセルに入り、司令の命じるままに、ダミーシステムのためのデータを
 提供してきた。
 そして、それは今も続いている…。」

「そんなの、おかしいよ!」
シンジは、叫ぶように言ってしまった。

「綾波は、綾波の意志で生きなきゃ。
 エヴァの操縦だって、そうだよ。
 せっかく、自分がエヴァに乗るって決めたんだから。
 使徒を倒すためだけにエヴァを騙して動かして、あげくの果てに制御できなくなるなんて…!
 どう考えても、おかしいよ。エヴァにだって、心があるだろうに!」

言いながら、シンジは自分でも、何を言っているのかわからなくなってきた。
どう表現していいか、わからなかった。ただ、間違ったことは言っていないと思った。

「…そうね。」
レイは肯定した。
「わたしも、碇君の言っていることが正しいと思う。でも、違うの…。」

「なにが?」
「存在理由が…。」

「え、なに?」
「わたしの存在理由、レゾンデートルが。碇君たちとは、違うの。」

そう言うとレイは、壁際にまで歩み進んだ。
今初めてシンジは気付いたが、周囲の壁の一部が部屋を取りまく様にガラス張りになっている。

「真実を、見せてあげるわ。」
そう言うとレイは、壁のどこかのスイッチを押した。

明かりが、灯った。
ガラスに見えたのは、部屋の周囲に作られた水槽であった。
その中に、無数の少女が浮いている。それらは、シンジがよく知っている、同じ顔をしていた。

「あ、綾波?!」
シンジのつぶやきに、少女たちが一斉に振り向く。

「そう、これはダミーシステムのコアとなる部分。その、生産工場よ。」
レイの、感情を押し殺した様な声が聞こえた。

「綾波…君は、誰なの?」

「わたしは、綾波レイ。エヴァを操縦するために選ばれた、ファーストチルドレンよ。」
「………。」

「でも、その魂は、選ばれた一体にしか宿らなかった。ここにあるものは、ただその入れ物に
 すぎないわ。わたしに何かあったときのための、スペアなのよ。」

「スペア…。」
シンジは、その言葉を口にする。が、実際には理解できなかった。

その様子をみてとると、レイは、

「これを見て。」
そう言うと、また壁のどこかで何かを操作する動きを見せた。

近くで、また明かりが灯いた。
壁に半ば埋め込まれた、等身大のもう一つのカプセルが照らし出されていた。
中に、全裸の女性の人影がある。

「この顔に、見覚えはない? もう、10年以上も前に、碇君が見たものだけど。」

思考を半ば失ったシンジは、言われるままにカプセルの中の女性の顔を見た。
薄明かりでぼんやりと照らされている顔を見つめるうちに、シンジの目が大きく見開かれる。

「まさか…、まさか、母さん!」

「ええ。」
レイは頷くと、カプセルに近づき、ガラスの上から女性の頬にあたる部分をそっと撫でた。

「あなたのお母さん、碇ユイよ。 …もっとも、そのクローンだけど。
 初号機からのサルベージを失敗した後で、せめてもと、生前に保管していた細胞から碇司令が
 造り上げたものよ。
 でも、彼女にも、魂は宿らなかった。それは、わかっていたことだけれど。
 彼女の細胞と、あなたがヘブンズドアの向こうで見た、リリスから採取したリリンの原形_。
 それを融合したのが、水槽の中のこの子たち、そして…わたしなの。」

「いったい、何のために、そんなことを。」

「碇司令が、何を望んでいるのか、わたしには、わからない。
 ただ、『約束のとき』のために必要だからとしか、聞かされていないの。
 ひとつだけ言えることは、ダミーシステム自体は、その副産物でしかないということ。」

シンジは、がっくりと膝をついた。
「母さんを…、綾波を…。何をやってるんだ、父さんは!」

「わたしが、碇君に見せたかったのは、これだけ…。」
そう言うとレイは、シンジに近寄り、その手をとった。

「もう、ここには用はないわ。行きましょう。」
そっと手を引いて、シンジを立ち上がらせる。

シンジは茫然と、されるがままであった。

帰りのリフトの中でも、シンジは終始無言だった。
レイはそんなシンジの横顔を、淋しそうな顔で見ていた。




ミサトのマンション_。

玄関のドアが開き、
「ただいま…。」
力ない声で、帰宅が告げられた。

入ってきたのは、シンジである。
「アスカ…。まだ、帰ってきていないんだ。」

玄関口には、だれの靴もなかった。
まだ、日は高い。
出かけてから、それほどには時間がたっていないから、アスカがまだ加持を探し回っていても、
心配するほどの時刻でばない。

だが、ミサトの部屋の扉が少し開いて、明かりが洩れていた。

「ミサトさん、いるんですか?」
返事はなかった。

扉を開けて、ミサトの部屋を覗いてみる。
だれも、いない。
一旦帰ってきたミサトが、また慌てて出て行ったように思われた。

机の上に、電源の入ったノートパソコンが、置きっ放しになっている。
最近、ミサトがいつも持ち歩いているやつだ。
少し前までは、『重いから』と出勤時も家に置いてあったノートパソコンだが、
加持の留守番電話があった頃から、ミサトは常にそれを持ち歩く様になった。

そのノートパソコンが、省電モードにもならず、画面が表示されたまま、放置してある。

「不用心だなぁ。」
無意識に近づき、シンジはそれに手をのばした。
せめて、蓋を閉めようとしたのかも知れない。
だが、シンジの動作は、そこで凍り付いてしまった。

『…エヴァのコアに、チルドレンの肉親の魂が宿った場合、シンクロ率は大幅にアップし…』
そのような、テキストが読めたからだった。

「チルドレンの肉親…まさか、初号機には、母さんの魂が?!」
かじりつく様にして、シンジは読みふける。

『…加えて、ATフィールドも強化されることとなる。ATフィールドは本来、個体である使徒が
 自身の防衛手段として身に纏った【絶対障壁】であるが、エヴァの場合、コアに宿った肉親
 の魂がチルドレンを保護しようとするためにその効力が倍加されると考えられる。
 ATフィールドが、別名【心の壁】と呼ばれる所以である…』

「母さんが、ぼくを守っていてくれた?」

他にも、いろいろなことが書かれていた。

『…以上のことから、18番目の使徒は、人類であると想定される。
 群体として生きることを選んだ彼等は結果として全ての生命の上に君臨することとなったが、
 そのことがATフィ−ルドの存在を忘却させることとなった。だが、それは退化を意味する
 ことではなく、稀有な例ではあるが…。』

『ATフィールドが展開される限り、使徒には通常兵器は通用しない。
 唯一、第1使徒アダムのコピーであるエヴァンゲリオンに限り、その殲滅が可能である。
 加えて先述の様にコアに肉親の魂が宿っているケースにおいては、そのATフィールドが…』

それらはここ最近ミサトが、加持の意志を継いで調べている事柄であった。
ときには、MAGI本体に潜り込んでノートパソコンを直接つなぐという、危ない橋を渡る様な
こともしていた。

休日出勤と称して、ミサトがそんなことをしていたとは、シンジは知らなかった。
だが、今のシンジにとって重要なことは、

「初号機には、サルベージに失敗したユイの魂が残っており、シンジを守っている」
その、事実であった。

「…父さん、あんまりだよ。」
シンジは、力なくつぶやいた。

レイのみならず、初号機まで。
いったい、どこまで自分を翻弄するつもりなのか_。




その頃、レイは集合住宅の自宅に戻り、壁に掛かった鏡の前にいた。
思い悩んだ自分の顔が、そこに映っている。

『碇君に、全てを知られてしまった…。』

全てを見せたのは、自分である。
だが、本当にこれで、よかったのだろうか。

シンジは、少なからずショックを受けていた。

_大丈夫だよ、綾波。
 何があっても、ぼくは綾波のことを、きらいになったりはしない。_

そう言っていたシンジが、がっくりと膝をつき、茫然としていたのだ。

『碇君は、わたしを、避けるようになるかも知れない。』
そう思うと、悲しくなる。

しかしそれは、自分で選んだ道なのだ。
_約束のときは、近い。_
ゲンドウが、初号機に向ってそうつぶやいていたのを、レイは知っている。
そのときになって、全てをさらけ出すよりは今、シンジに知ってもらっておいた方がいい。

だが、本当にこれで、よかったのだろうか。

好きだからこそ、黙っているのがつらい。
そして、それが暴かれたときの哀しみ_。
それを前回の戦いで、使徒に突かれ、思い知らされた。
騙し続けるよりは、全てを告白し、嫌われた方がいい。

『そのほうが、碇君のためなのだ。』
そう、思うことにした。

後悔はしていない。
ただ、たまらなく、淋しかった_。




ネルフ本部の発令所_。

ミサトは今、「CASPAR(カスパー)」と呼ばれるMAGIのCPUの内部にいた。
今日、ここに来るのはこれで二度目である。

一度目は、早朝から自宅のノートパソコンを持ち込んで、ハッキングを行っていた。
加持の『想い』を受取ったミサトは、エヴァや使徒に関する情報をMAGIから直接収集しよう
としていたのだった。侵入方法については、対イロウル戦でリツコがやっていたことを横から
見ていたので、大体のことはわかっていた。あとは、持ち前の思い切りと勘でなんとかなった。

その後、あわててここに戻ったのは、ミサトが通信ログを含めてMAGIと接触した痕跡を、
消し忘れていたことに気付いたからだった。
採取したデータを自宅で確認していたときに、はっと思い当たった。
我に返ったときは、ネルフに戻る車のハンドルを握っていた。

…あぶないところだった。
いくら、リツコが使ったパスをたまたま憶えており、アクセス権の入手方法を知っている事実を
他のだれにも気付かれていないにしても、不審なログが残っていればやがては疑われるだろう。

「ふう、これでよし。」
手にしたPDAで、アクセスした痕跡が全て消えたことを確認し、ミサトはほっと息をついた。

まさにそのとき、
突然の警報が、鳴り渡った。

「気付かれた?!」
ミサトの表情に、一瞬緊張の影が走る。

「違うか…。この警報は…使徒ね! こうしては、いられないわ。」
急いで、CASPARの中から這い出る。

間もなく、他のスタッフもここに駆けつけるだろう。
ミサトは、服装を正した。
真っ先にこの発令所に到着したという顔をして、作戦時のメンバーの到着を待った。




「目標は、大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています。」
発令所に、青葉の緊迫した声が響く。
メインモニタには、天空に浮かぶリング状の使徒の姿が映し出されていた。

「パイロットは?」
ミサトは振り返って尋ねる。

「レイは既にエヴァに搭乗して待機しています。」
マヤは即答する。

「アスカはまだ、見つからないの?」

日向から回答があった。
「依然、2時間前からロストしたままです。」

「シンジ君は、…シンジ君は、どうしたのよ!」

「報告では、駅に向っているとのことでしたが…。
 今、連絡が入りました。
 サードチルドレンも、ロストしたとのことです!」

「なんですって!
 アスカに続いて、シンジ君までロスト? 保安諜報部は一体、何をやってるのよ!」

「落ち着きなさい、ミサト!」
リツコにそう言われ、ミサトは押し黙った。

その目は、
『監督能力不足はあなたの方よ、ミサト。保護者失格ね。』
とでも言いたげだった。
MAGIへのハッキングという負い目があるミサトは反論はせずに、

「仕方ないわ、レイだけでも先に出撃させて!」
そう命じた。




パレットガンを構えて、レイの零号機は待機する。
使徒は、相変わらず一定の高度を保ちながら、リング状の形態のまま定点回転を続けている。

「どういうつもりかしら。」
ミサトはつぶやく。

「あの形状が、最終的なものでないことは確かね。」
リツコが、感想を述べる様に言う。

「このままじゃ、埒が明かないわ。
 レイ、敵の出方を見るために、威嚇射撃をしてみて。」

「わかりました。」
レイは応えると、命中しない様にわずかにポイントをずらし、引鉄に手をかけようとした。

そのとき、
「来ます!!」
青葉の叫びとともに、リングの一端が切れ、一本の紐状と化した使徒が零号機を襲っていた。

「は、速い!」

今まさに発砲しようとしていたレイには、照準を修正することはもちろんのこと、ATフィールドを
展開する暇もなかった。
零号機の腹部に体当たりする使徒の胴を、片手で受け止める様にして掴み、衝撃を和らげる
ことくらいしかできなかった。

「くううぅっ!」
レイの口から、苦鳴がもれる。

「装甲が破られたの?!」
リツコは、信じられないといった表情で言った。
いくら速いとはいえ、あれしきの運動エネルギーでエヴァの装甲が破られるとは思わなかった。
だが、現実にレイは苦痛を感じているのだ。

「違います!」
モニタを凝視していたマヤは、激しく首を振った。
「エヴァの生体部品が、侵されています!!」

「うっ、くくくっ…。」
レイの苦悶が、続く。

零号機の腹部の使徒との接触面から、葉脈状の侵食が始まっている。
同時に、エントリープラグ内のレイの腹部にも、使徒の侵食は広がっていた。


                                完