来年も一緒に

 今日はクリスマス。
 毎年この時期になるといろいろ思い出す。
 普段はあまり触れないよう、忘れないようにしている栞の事とか。
 あの頃の私とか。
 だから私はサンタクロースが街に溢れる頃から憂鬱になる。まして今年は大学生になったから薔薇の館の皆とパーティーなんてのもない。
 ……そんな時にこの吉報。
 蓉子からのクリスマスデートのお誘い。もちろん蓉子はデートなんて言わなかったけど。
 浮かれ気分で電車を出る。待ち合わせは8時に渋谷駅近くのイタリア料理店の夜景の見える窓際の席。予約してあるから先に来た方がお店の人に言って待とうと言っていた。
 蓉子と会うのはどれ位ぶりだろう。確か夏休みに蓉子の家に泊まりに行ったのは覚えてるけど…それ以来かな? 1時間程早めに着いてクリスマスプレゼントを買う予定だったのだが、時計を見るとまだ6時だった。
「う‥時間間違えた」
 寒空の下独り言と共に白い息が出る。天気予報では例年程寒くないと言っていたが雪が降ってもおかしくない位だ。クリスマスプレゼントはだいたい何を買うか決まっていたので1時間潰すために駅を出る。
「やめなさい!」
 女の人の声に驚き後ろを見たら、男二人が女性一人になにやら迫っていた。どこにもこんな奴はいるのか。
「男が二人がかりで何しようとしてんのよ」
 つい喧嘩腰で言ってしまった。
「あ?誰だおめぇ」
「なぁ、こいつも美人じゃね?」
「‥そうだな。良さそうだ。……ちょっといいバイトあるから二人共おいでよ」
 ぐい、と手を引っ張ろうとしてきた。…馬鹿め、この私を知らないな?
 ……当たり前か。
 腕を捻り上げ地面におねんねさせた。
「いてーー!!!」
「て、てめえ!」
「動くな!少しでも動いたらこの腕を折る」
 こうゆう時はどこまで自分がいかれてるかを見せればいい。もちろん演技だけど。
「くそ!こんな怖え女こっちから願い下げだ!」
 合気道サークルに行ったら二ヶ月でそこの誰よりも強くなってしまった私なのだ。
 それにしても捨て台詞にしては陳腐な事を言うもんだ。
 ふと周りを見ると大分ギャラリーが集まっていた。だが助けた相手はいない。薄情な奴。お礼のひとつ位言うだろ普通。
 ま、別に礼を期待してたわけでもないので当初の目的の時間を潰す場所を探しにそこを離れる。
 すると少し歩いた所で後ろから肩をトントン、とされた。
 振り向いた途端に相手はほっぺにチュとかしてきた。痴漢かと思いまた捻り上げようとちゃんと向き直ると…
「私強い女の人って好きよ」
「よ・蓉子?」
「??何で私の名前知ってるの?確かに私はヨーコよ」
「何言ってるの?蓉子でしょ?」
「ようこ?ヨーコよ」
 ヨーコ?
 蓉子じゃないの?人違い?
 嘘!ありえない!
 確かにお化粧とかばっちりして、服装とかも良く言えば今風、悪く言えばギャルっぽいけど‥顔は瓜二つ。ド・ドッペルゲンガー?
「じゃ、ヨーコは私の事知らないのね?」
「ええ。あなたの名前すら知らないわ、強い女性さん」
「聖よ」
「聖?この時期によく似合う名前ね」
 ほっとけ。
「さっきのお礼がしたいんだけど。聖どこかいい所知らない?」
 お礼がしたいのに他人任せかい。蓉子とヨーコ、陽と陰というと悪いか、正反対だな。
「お酒でいいなら知ってるけど」
「そこにしましょ」
 ‥酒で即決だし。


「なかなかいい所ね!」
「でしょ?たまに来るのよ」
 蓉子と会う前の時間潰しに酒はまずいと思い、ここは除外して新しく探そうとしてたのに‥来ちゃった。お酒臭いと言われるのは諦めよう。
 二人並んでカウンター席に座る。
「ブラック・ルシアン」
「マンハッタンはあるかしら?」
「かしこまりました」
「…ヨーコずいぶん強いのいくのね」
「聖だって」
 私はお酒に強いのだが、ヨーコも強いようで二人でどんどん飲んだ。バーテンダーも驚く位で30分もするとお互いかなり酔っていた。
「…聖って好きな人いる?」
 何の前置きもなく聞いてくる。
「いる‥かな?」
 どういう基準の好きな人で聞いたのか少し迷ったが、パッと頭に浮かんだのはあの顔。
「どんな人?」
「顔はヨーコに瓜二つ」
「顔じゃなくて」
「う〜ん‥まずお節介な人ね。その次にもお節介な人。で、エスパーのように人の心がわかる人。…でも皆の事を一番に考えるの。時には厳しいけどすごく優しい人で、人の心だけじゃなく人の気持ちもわかっちゃうから誰からも好かれていたわ。それで‥私の事を一番分かってる人ね」
「ふーん、たくさんでるのね」
 自分でもこんなに思ってるなんてびっくりした。
「それ程‥好き‥ってことね」
「そうだね。…おっともうこんな時間か。私この後予定があるから」
 時計は7時40分を指している。……やば、プレゼント忘れてた。
「その予定は大事?」
 立ち上がった私の腕をつかんでヨーコが聞いてきた。
「大事よ」
「そう………でも私聖が好きみたい。一目惚れしちゃった。この後…行かない?」
 頬を赤らめて、
 潤んだ瞳で、
 上目使いで、
 ヨーコが、
 聞いてくる。
  私の脳は完全に麻痺した。ヨーコの行動の一つ一つが私の理性を破壊していく。
 ヨーコが蓉子に見える。
 ヨーコは蓉子だ。‥どっちでもいいじゃないか。こんな最低な考えさえ一瞬浮かんだ。さすがに一瞬で消したが。
 グラスに残っていたブラック・ルシアンを一気に飲み干す。
「ごめんね。確かにあなたは好きな人とそっくりよ。でもそれじゃ顔だけしか好きじゃないのと同じ。私が好きなのは残念ながらヨーコではなくて蓉子よ」
「…ごめんなさい、急に変な事言って」
「いいよ。じゃ私忘れてた事があるから」
「支払いは任せて!今日はお礼だから」
 ヨーコが明るく言う。
「ごちそうさま。じゃね」
 駅に向かって走る。駅にはクリスマスプレゼントを買いに行くためで、待ち合わせ場所は今いた所の近く。つまり行って戻ってくる。考えるだけでだるい‥


 案の定待ち合わせには20分も遅刻してしまった。絶対蓉子怒ってるよ‥
 急いで蓉子のいる席に行く。やっぱりヨーコと似てるけどお化粧とか服装とかは全然違う。
「ごめん蓉子!」
「あら、何が?」
「え?20分も遅刻したから…」
「あぁ、いいわよそれ位」
 機嫌いい?普段ならあなたって人は‥みたいに怒られるのに。
「それよりちょっと行きたい所があるの。ここの席はまた取っておいてもらって行きましょ」
「どこに行くの?」
「もっと高い所からこの夜景が見たいわ」
 そう言って窓の外を指差す。
「ここでも十分綺麗じゃない」
「いいから!聖と見たいの」
 何か今日の蓉子は少し変だ。
「分かったわよ」
 聖と見たいの、という事が嬉しかったし最初から断る理由もなかったので店を出る蓉子に着いていく。そしてこ
の辺りで一番高い建物を聞きそこに向かった。そこは確かに周りを一望できる位高く、景色も格別だった。
「綺麗ね!」
「そうだね」
 珍しく蓉子がはしゃいでいる。
「……クス」
「どうしたの蓉子?」
「いえ。今日嬉しい事があったからね」
「どんな事?」
「聖が私の事好き、って言ってくれたから」
 ―――――はい!?
「会ってそんなに経ってないけど、私の記憶喪失?全然言った覚えないんだけど」
「‥ふふ、会って大分経ってるわよ?」
 …まさか…まさか!……まさか!?
「‥ヨーコって」
「私の演技力もなかなかね。女優目指せるかしら」
 顔から火が出そう、ってのはこういう時か。チューしてくれた祐巳ちゃんの気持ちが分かった。
「ひどいわよ蓉子!」
 隣にいた蓉子に襲いかかる、がよけられた。
「最近寂しい思いをしてると思って、クリスマスだし聖を明るくしようとしただけよ」
 …いや、遊んでたってか試したでしょ。
「何で時間がわかったの?」
「聖の行動なら予想がつくわ」
 …やっぱり蓉子ね。
「でもそれなら蓉子のあんな格好も本物だったのね」
「それは‥」
「あぁいう蓉子も新鮮で良かったな〜。なにより綺麗だったし。こんな夜景よりもずっと」
「何馬鹿な事言ってるのよ、すごく恥ずかしかったんだから…
……ち・ちょっと!」
 恥ずかしがって横を向いた蓉子のほっぺにキスした。
「お返し。…そうだクリスマスプレゼントがあるの」
 はい、ってクリスマス用に包装された箱を渡す。
「開けてもいいかしら?」
「もちろん」
「…素敵ね!ありがとう」
 丁寧に包装をはがして言う。
「いえいえ。それよりちゃんと指輪入る?」
 そう言いさりげなく蓉子の薬指に指輪をはめる。
「よかった。何号か分かんなかったからさ」
「…でも私としたことがいろいろ準備が忙しくてクリスマスプレゼント忘れちゃったのよ…」
「クリスマスプレゼントならもうもらったよ?」
「え?」
「ほっぺにチュッしてくれたじゃない」
「もう‥聖ったら…」
 蓉子と会えるだけで私は嬉しいから。
「じゃ、この後の食事もごちになっちゃおっかな〜、これで」
 後ろから財布を取り出す。誰のだろね?
「あ!私の財布!待ちなさい聖!」
 屋上を走る私を追ってくる。財布はさっき襲いかかったときにスッといた。
「待ちなさい!」
 急に立ち止まったら蓉子がぶつかってきた。
「痛っ…どうしたの?」
「雪だ」
「本当ね」
 雪がふわふわと降ってきた。
 ああ。
 こんなに楽しいなら。
 蓉子といるとこんなに楽しいなら。
 時よ止まれ、
 とはもう願わない。
 来年のクリスマスも蓉子と一緒に、
 と願おう。
 そうだ。

「蓉子。メリークリスマス」


あとがき

ごきげんよう、皆様。
クリスマス、やっぱり聖と蓉子は一緒に過ごしてほしいなぁという妄想でつくりました。私の妄想のせいで蓉子が暴走してしまいましたが・・ま、クリスマスだしvv 年に一回くらい、だめですか?   ファイ

黄薔薇放送局 番外編

『そう………でも私聖が好きみたい。一目惚れしちゃった。この後…行かない?』

令  「……(由乃と二人で……私が由乃に由乃に、いや私が……ってのも)」
由乃 「……(令ちゃんにもこのくらい甲斐性があったら……)」
乃梨子「……(志摩子さんからは……ないよなぁ。っていうことは私が!?)」
江利子「はいはい、三人とも顔を真っ赤にしていないで。
	令、悶絶するのは家に帰ってからにしなさい。ここじゃ迷惑よ」

令  「わ、私そんなにもだえてた?(真っ赤)」
由乃 「……してた(ため息)」

蓉子 「ていうか人を酒のつまみにするのをヤメなさい!!」
江利子「あっ蓉子」
蓉子 「なにが『あっ蓉子』よ。まったく」
江利子「顔が赤いわよ?」
蓉子 「そ、それはあなたにツッコミ疲れたからよ!!」
江利子「ふ〜ん(ニヤニヤ)」
蓉子 「な、何よ…… あ、あなただって例の先生相手なら(ごにょごにょ)」
江利子「私? もちろんいつでもウェルカムよ! 来て! 山辺さぁ〜ん♪
	あ、私自身をリボンでくるんでプレゼントなんていうのもベタだけど効果的かしら♪
	そうと決まったら今すぐ準備しなくちゃ! 待ってて山辺さん、今寂しい夜を埋めに行きますわ!!」


……
……


乃梨子「行ってしまわれましたね」
蓉子 「山辺先生と娘さんには悪いけどここは平和になるわね(ほっと一息)」
令  「でも本当に紅薔薇さまもお幸せそうですね」
蓉子 「あ、ありがとう。(赤)
	ま、まぁ私の話は置いておいて今日は楽しいクリスマスだし、早く終わりましょう、ね?」
由乃 「そうだよ令ちゃん、二人で約束したじゃない」
乃梨子「私ももうすぐ志摩子さんとミサが……」
蓉子 「はい、ではみんな揃って!」
全員 「Merry Xmas!!」


乃梨子「……江利子さまがいらっしゃらないだけで本当にまとまるのが早いですね」
令  「ハハハ(苦笑)」