第5話

蓋なし閉じ箱の人々

警察の事情聴取ははやばやと終わった。
 理由は、アリバイ証明をした人間がサワラ・サロウだったからだ。
私が彼と一緒にいたと言うと、とても早く事情聴取は終わり、警察署の玄関にはサワラとヨーコが待っていた。
「お疲れさま」
とヨーコは困ったような顔で言う。
「問題がある」
とサワラは言った。
 私は思うんだが、これ以上の問題があるだろうか。
「問題?私は深酒でわけわからん連中に不法侵入されてほぼ徹夜明けで大学へ行ったら殺人事件に巻き込まれたんだけど、これ以上の問題があるっていうの」
「ある」
「何よ」
「ノートは、君の言う場所になかった」
「そんなんどうでもいいでしょ!人が殺されてんのよ!」
「今更、一人や二人、殺されたところで僕にとっては大した問題ではない。殺されたのが問題というなら、僕は何人か殺して、こうして捕まりもせずに生きている。僕らの世界では、人が殺されて犯人がつかまらないなんてことは、たいしたことではない」
「そういう問題じゃないの。同じ大学の学生なのよ」
「それは警察に任せる。僕は、ノートを回収するのが仕事だ」
平行線だ。
 確かに私がこの問題について考えても仕方がない。私はただの第一発見者に過ぎず、この問題の当事者では全くない。それぐらいはわきまえている。
「で、どうするの?」
「そうだな。あそこの部員が持ってるのかも知れない。君の忘れ物を保管してる訳だ。だから彼らに聞いてみよう」
「お前にそんな権限ないだろ」
「刑事の格好でもするさ…いや、ミステリ研究会、だったな」
そう言ってサワラは悪戯っぽく笑った。

大学の講義が全て終わり、ミステリ研の部室。
 ハンチングをかぶったアホが名刺を差し出している。
「私は、こういうものです」
差し出された名刺には、名探偵 佐原砂狼と書かれている。
どこの世界に名刺に、『名』探偵なんていれる馬鹿がいるんだ?
 でも、ミステリ研究会では大絶賛。
どうなっているんだ、この世界は。
 まあ、警察しか知らない捜査情報を知っているんだから、佐原が凄く見えても仕方ない。
それに、佐原のことはアカネのせいで皆知っているのだ。
「現実に名探偵がいたなんて!!」
「素敵!!」
「サインを!!」
モテモテだ。
 満更でもない感じの馬鹿が、鼻の下を伸ばしている。
ほっておこう、好きに生きてくれ、あいつの人生なんだし。
「私の作品読んでください!」
「私のも!」
みたいな感じで読むはめになっていくサワラ。
 ああ、以前を思い出すなあ。
サワラは、かなり強引に部員を牽制した、部長の作品を読んでいる。
 あのお喋りでお喋りで煩いサワラが、あれを読んで黙っていられる訳がない。
ちなみに部長の作品のあらすじは、昔アメリカのMITに飛び級で行ったけど日本に帰ってきたうだつのあがらない大学生が主人公で、ひたすら引きこもるくせに女の子にもてて孤島に行こうと言われてほいほい行き、やっぱり愚にもつかない戯言をぐちぐちいいながらも色んな女の子にもてながら、意味も無く人を殺す殺人鬼(犯人ではない)と仲良くなり、密室殺人を解き明かしたら、主人公に惚れた女の子のうちの一人が犯人で、よくわからない普通の友情批判をひとしきりして、甘えるな、の一言で締めくくられる。
 さて、それではここからサワラさんから有難いご講話を頂きます。
それでは、どうぞ。
 読み終わって一言。
「お前が甘えるな」
さすが、よく言った!
「いや、どう読んだってそうだろう。他人と通常の人間関係を結べないのは甘えだろう。普通。結局人は他人がいなきゃ生きていけないんだから、他人にサービスしながら生きていかなきゃいけないのは当然だ。僕なんか飲みたくもない奴と飲んで、ゴルフにまで行ってるぞ。社会人はみんなそうだ。その程度のことを嫌がったりびびったり嫌悪したりするのは、余りに繊細で弱い。大体、何で主人公が惚れられるのか全くわからん」
部室の空気も無視して厳しい批判がとびまくりますよー。
『恋愛というのは所有欲に近い、そういう愚劣な欲望を崇拝するような習慣は悪い影響しか与えない』
それに対して、サワラさんの一言。
「そういことはマスをかかなくなってから言え」
さすが!周りはみんな女の子なのに!
「この主人公、男だろ?マスかくだろ普通。大体、そういう人間の普通の感情を認められないのは、人間自体を認められないからじゃないか?だいたい、悪い影響ってなんだ?恋愛の肯定が社会の悪影響だった例なんか僕は知らないんだけどな。戦時下に男達に戦場に行ってさっさと死んでもらうために、恋愛を軟弱とした時代があったのは知ってるけど、それの方が余程危険じゃないか?人間はマスをかくし恋愛する、これは動かせない事実だ。まず、そういう事実さえ認められない人間の理論なんて、現実の見えない戯言だろう。僕はマスをかけない思想というものは一切信用できない」
まだまだビシバシやりますよー。聞きたくない奴は聞き流せー。
『人を殺すのに意味はない、社会が意味をねつ造するだけで、動機は存在しない』
サワラさん、どうぞ。
「この落書きの方が意味がない」
うわ!言っちゃった!
「何で殺人だけに意味がないことになるんだ?この理屈でいけば、窓を開けるのも飯を食うのも小銭をサイフに入れるのも意味がないことになるだろう。君ら、殺人を肯定したいだけじゃないの?人間が歪んでるから」
まだまだ続きます。
『無意味なことは人間だけが出来ることで、それが芸術をうみ、無意味なことこそが人間らしさであり、無意味な殺人は芸術的行為ということができる。まあ、殺人は決して認めないものの、それは素晴らしい行為だ』
サワラさん、一言コーナー。
「病院に行った方がいいんじゃないか?」
わーい、絶対零度の部室!オーロラエクスキューション。
「芸術の定義なんか、十人十色で、これ、物凄く偏った定義だろう。意味の定義も間違ってないか?価値がないから無意味なんだが?芸術は、社会に認められて芸術になる…っていうかそれ以前に、何でそんなに無意味な殺人を肯定したいの?なんなの一体?人を殺して悪い理由が分からないって問い、一時期はやったけど、僕たちはそこで、何故殺人がいけないかの倫理を説くべきだった。それを文学も哲学もちゃんとやれずに、思想家は思想を若者に届けるような努力を怠った。もう僕は思想界なんてそんなに信用しちゃいないが、それにしたって、その代わりがこれでは話にならない。僕はミステリも読むから知ってるけど、一部のミステリ作家がこういう言説をとても喜んで書いてる。なんか新しい現実だのなんだの褒めまくられてるけど、そういう、若者に届くミステリ小説家の、新しい現実を示す思想がこれでは、僕は少なくてもその思想部分は一切肯定できない。彼らの読者はこんな殺人肯定の思想を自分達の思想にすべきではない。それが君たちの新しい現実だというなら、僕は徹底してその新しい現実とは敵対する」
部長が、殺人を肯定しているわけじゃないと反論した。
「馬鹿か君は。殺人は素晴らしく芸術的だが、社会の下らないルールに縛られているからできない、という風にしかこの文は読むことはできない。さんざん社会性や協調性を否定したあとでこの文を読んでも、殺人鬼万歳としか読めない。いま、殺伐と若者が殺人してる状態で、どうして彼らに理論的な裏づけまで与えなきゃいけないんだ?無意味無意味連呼するのは、自分の中にある意味を見透かされたくないからだ。意味を背負うことができない脆弱さを、芸術性とか言い換えるな」
何か反論しようとした部長に、とどめの一言。
「大体これ○尾○○と○○嗣のパクリじゃないか」
終了。
 全てが終了した。
もう、誰もサワラに本を読ませようとはしない。
 サワラは悠々と本の行方を聞き込んでいる。
とんでもない奴だ。
「どうも、本は行方不明だな。部員は知らないようだ」
お前は、本当にそれしかないんだな。
私達が部室を出ると、モリムラ教授とすれ違った。
「!?」
すれ違ったあとで、サワラが振り返る。
「いまの男…」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
私達が乗ってきた車まで戻ると、車内で待っていたヨーコは手を振っていた。

 さて、晩飯をサワラは私達のところで食べることになった。
ヨーコがせっかくだから一緒に食べましょうというのだ。
 何でヨーコがサワラを気に入り気味なのか分からないが、正直イライラした。
私は夕飯の材料を一人で買いに行くことを提案したが、ヨーコもついてくると言う。
 そんなに私が信用できないか?
まあ、信用できないことしようと思ってるんだけどね。
 酒をナチュラルに買い込みつつ、私はそれを指差した。
「今日の夕飯のために、たくさん買っていきましょう。作りたい料理があるのよ」
「ふうん?聖が?」
不思議そうなヨーコを横目に、私はそれを籠に大量に入れた。

さて、楽しい食卓です。
「………」
「あれ?どうしたのかな、サワラくん?私とヨーコがとっても頑張って作ったから、ちゃんと食べてね」
「僕、君と一緒に車に乗って、淡路島の話したよね?」
「あれ〜?そうだったかな〜?覚えてないな〜」
テーブルの上には、酢豚、サラダ、ナポリタン、ハンバーグ、ジャガイモと玉葱の味噌汁など、多種多様な料理が並んでいる。
「全部玉葱入りじゃないか……!」
サワラの魂の叫びを私は無視する。
「ヨーコー、早くこっち来なよ〜」
「わざとだな!?わざとなんだな!?」
「え〜?何言ってるかわかんな〜い」
「死ねい!貴様は死ねい!!」
サワラが私の首を締める。おお!凄い感情的な珍しいサワラが見れた。
 ヨーコが来たと同時に、サワラは手を離す。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
にやにや笑う私に、サワラが絶対零度の視線を向けてくる。
「いただきま〜す」
びしばしと酒を勧めながらご飯を食べる。サワラもやけになったみたいに飲んでいる。良い雰囲気だ。
 玉葱をかわして酢豚を食べるのは分かる。サラダだってオニオンスライスをかわすことができるだろう。しかし驚いたのは、ハンバーグをひき肉部分だけ食べる超絶技術だ。
 物凄い勢いで箸がハンバーグをついばみ、玉葱だけの残骸にしていく。
「おお、凄い」
サワラは一言たりとも、玉葱嫌いとは言っていない。
 今のところ。
でも、ヨーコはこの明らかに不審な状況に気づいた。
「ねえ、サワラくん」
「なにかな?」
「あなた、玉葱嫌いなの?」
「まさか!」
かなり大げさなリアクションをするサワラ、両手をあげてホールドアップだ。
「じゃあ、その酢豚の玉葱、食べてくれると嬉しいんだけど」
今だ!チャンスだ!はやしたてる私。
「そうだそうだ!ヨーコがそれを作るのにどれだけ丹念に心を込めたか分かってるのか!まさか食べられないとか言うのか!?ヨーコが作ったものを!?」
「…地獄へ落ちろ」
「う〜ん?どうしたのかなサワラく〜ん?玉葱嫌いじゃないんでしょ〜?自分は椅子に座ってるだけで手伝いもしなかったくせに、ヨーコが作った料理を食べれないと!?まさか!?」
 数秒間の沈黙。
サワラが切れた。
「うがーーーーー!!!」
私の頭頂部に平手が命中した。サワラが叩いてくる、半泣きで。
「もとはと言えば貴様が!死ね!いいから死ね!この!このこの!死ねい!!」
手の平でポカポカはたいてくる。
「暴力はんた〜い」
「ちょっと!二人とも!食べてるときにふざけないの!!」
う、ヨーコが怒っている。こういうときは逆らってはいけない。
 しゅ〜ん、と反省のそぶりを見せる私とサワラ。
「で、サワラくん、玉葱、嫌いなの?」
「まさか、大好きです。今度は嘘じゃないっす」
「そんなスラムダンクのまねはいいから」
「安西せんせ〜、玉葱…食べたいです」
分かりにくいが、三井がバスケに復帰する名シーンである。
酔ってるのか?サワラ。
「じゃあ食べて」
「………」
サワラの箸が玉葱に触れる。
 緊張の一瞬。
サワラの一言。
「たまねぎきら〜い」
その幼稚園児みたいな甘えた言い方と、素のギャップが私とヨーコのツボに入ってしまった。
 笑い転げる私とヨーコ。
ひとしきり笑って、私は隠してあった、暖めるだけの揚げ物をサワラのために電子レンジに入れ、時間を忘れて酒宴は続いた。
 なんだか楽しかった記憶がある。
ヨーコが好き嫌いをサワラに説教したり、サワラを見た目通りの年下扱いして、面白いシーンもあった。
 ショックだったのは、ヨーコがサワラを可愛い可愛い言い出して、めちゃくちゃ照れまくるサワラの額に…。
 思い出すだけで不愉快だ。
でも、されたサワラが額を両手を抑えて、半泣きで頬を染めてる姿は、その手の人(どんな人だろう?)の心を鷲掴みするだろう、と私でさえ思った。
 ほんとは、たぶん、サワラは子供だ。
そして、昔の私にも似ている。どこがと言われても分からないけど。
 間違っていた頃の自分に似ているから、私はこいつが不愉快だったんだ。
そして帰る手段を全て失ったサワラが部屋で眠るとき「僕はヤクザの組長相手だって一歩も引かずに交渉して反論してきたのに、彼女に何か言われると、何でか分からないけど全然反論できないよ。こんなことは初めてだ」と私に耳打ちした。
 素直に楽しかったといえないのか、と思うのと同時に、その後「彼女には適わない」とサワラが言ったのに苦笑する。
 そんなところまで、私に似なくていいのに。
そう思いながら眠った。

次の日、私はサワラと一緒に、再びミステリ部に行くことになる。
 何かサワラが思いついたらしい。
そして、そこでアカネとサワラは出あう。
 悲しい予感と共に。

 
 
黄薔薇放送局 番外編

江利子「退屈だわ」
令  「お、お姉さま…… いきなりそのようなことを言われても……」
江利子「だって暇なんですもの。
	セイとヨーコは楽しくやっているみたいだけど私の出番ないし」
令  「は、はぁ……」
江利子「あんまり退屈だから魔法でも使おうかしら?」
令  「ま、魔法って……」
江利子「召喚魔法。 とりゃ!!」
(盛大な音、白煙とともに人影が)
○○ 「っっう! (頭を抱えながら)何なのよ一体!」
江利子「いらっしゃい〜♪」
令  「(唖然)」
セイ 「って、あんた、エリコ! ここはどこよ!? おまけにあんたなんで制服なんか着ているの?」
令  「(登場人物のセイさまを呼んじゃったの!? 無茶苦茶な……)」
江利子「まぁまぁ、そんなことどうでも良いじゃない。隠れた特技の一つっていうことで」
セイ 「隠れた特技ってあなたねぇ…… で、なんの用?」
江利子「最近暇でねぇ。
	まぁあなたがヨウコに言っていた私のことは不問にするとして……」
セイ 「(ギクッ)」
江利子「ヨーコとケイさんの三角関係について今日はたっぷり語ってもらっちゃおうかなぁ(ニヤリ)」
セイ 「な、な、なんのことよ……(汗)」
江利子「おやおやセイさん。ツンツンしていた昔よりも分かりやすくなっちゃいましたねぇ(笑)」
セイ 「だ、だから彼女たちがどうしたって……」
江利子「まぁ、私はここからゆっくり見せてもらうけど、そろそろきちんと考えないとヤバイかもね」
セイ 「そ、そんなことあなたに言われなくっても……」

……
……

江利子「まぁ今日は久しぶりにセイのそんな顔を見られたから満足しましょう。
	それでは帰っちゃって良いわよ、お疲れ様。また話の終わり頃にでも会いましょうね!」
セイ 「ちょ、ちょっと一人で満足して終わらせないでよ……ってまた!?」
(白煙と音)
江利子「暇もつぶせたし、こんなところかしら♪」
令  「お姉さま、あまり他人様の作品で無茶は……」
江利子「これくらい良いじゃない。 セイに考える機会もあげたんだし。
	そうだ。ここのみんなで賭をしましょうか。最後のセイの選択について」
令  「(ため息)」
江利子「なによ、そのため息は。まぁいいわ。
	続きの読みたい方はぜひとも隠上さまに感想送って差し上げてくださいな」
二人 「それではごきげんよう」