雨の日は憂鬱。

誰が言ったか知らないけど、誰もが一度は想うこと。

そして、今日も雨。

 

 

 

雨に微笑を

 

 

 


 

毎朝、毎朝、変らない日常。

至福の眠りを目覚ましに叩き起こされ、そのままシャワー。

濡れた髪を乾かしながら、教科書と制服の準備。

ブラウスに袖を通したら、食卓。

牛乳、トースト、サラダに卵焼き。

あ、今日の卵焼き、ちょっと甘め。

そんなことを思いつつ朝食を終えると、いってきます。

玄関開けたら、そこは雨。

なんだかなぁ…って気分だけど、めげずに傘差し、バス停まで。

 

やっぱり雨は嫌い。

雨が跳ねて靴下にかかるし、太陽も空も見えない。気持ちまで暗くなっちゃう。

でも、小さい頃は好きだったって、母さんから聞いたことある。

水たまりで泥んこになって遊んでた、って。

幾つぐらいの時かなぁ…四歳、五歳ぐらいの時だと思う。

小学校に上がった時には、もう嫌いだったし。

給食の時間に窓の外を見ながら、いつも思ってた。

(雨が降ると、どうして空は暗いんだろう…。)って。

プシュッ。

-早めの御乗車をお願いします。-

学校行きのバス、御到着。

空色に黄色いラインが、何となく気に入ってたりするんだけど、今日はそんな気にもなれない。

雨の日のバスって蒸すんだよね。

傘を閉じて、ちょっと湿気た昇降段を上る。

う゛…、堪んないなぁ。

熱気、蒸気、眼鏡っ子はレンズが曇っちゃうてば。

ま、私は眼鏡の世話にはなってないんだけど。

しかも、今日、何か人が多くない?

雨の日に限って、バスになんか乗るなってーのッ。

暑いやろーもん!

と、心の中で関西弁で怒鳴ってみても、熱気は消えたりしない。

こめ髪に汗しつつ、とりあえず吊革へ。

ニュッ。

げっ、吊革がヌメってる〜。最悪〜。

これだから、雨の日ってのは…ん?

音楽?

洋楽?

聴いたこと無い音楽が、暑苦しい車内に小さく流れてる。

とりあえず、顔を音のする方、二人がけの椅子へと視線を下げてみる。

男の子?

私とおない年っぽい男の子。

黒髪の男の子が、青髪の女の子と、SDATで音楽を聴いてる。

仲良くイヤホンを分け合って。

(何か…お似合い。)

二人の様子に微笑みつつ、音楽に耳を傾ける。

男性ボーカル、曲は50年代調、ピアノがメインなのかな?とにもかくにも、極上のポップスなのは確か。

いいなぁ…こんな感じの曲。

音楽が好き。

洋楽が好き。

たまらなく好き。

参っちゃうなぁ…。こんな雨の日に、こんな素敵な音楽が聴けるなんて。

案外、雨の日も悪くないかも。

そんなことを想った途端、道がカーブに差しかかり、バスが大きく揺れた。

迂闊〜。

いつもなら此処でキチンと踏ん張るのに、音楽に耳をとられて、スッポリ忘れちゃってたよッ。

グッ。

背後のサラリーマンに押され、私はそのまま前の席へ。

ガキッ。「ぼびッ!」

擬音と共に、男の子の声が私の鼓膜に響く。

やっちゃった?やっちゃった?…やっちゃったんだろうね、私。

恐る恐る顔を上げて、音のした方を見つめてみると、やっぱり。

「…痛ぅ」

男の子が顔面を抑えていた。

どうやら私の鞄が見事に命中したようだ。

ワザとじゃないんだよ。許してね〜。と心の中で叫びつつ、とりあえず男の子に謝罪。

「ご、御免ね!大丈夫?」

「…痛いけど、大丈夫」

男の子は顔を抑えたまま答えてくれた。

良かった〜。一安心ってな想いを感じつつ、私はゆっくりと体を起こす仕草を見せた。

ギュッ。

安心も束の間、いきなり男の子が私の腕を掴んだ。

(な?何?)

突飛な行動に戸惑って、驚いて、私は口をパクパクさせながら男の子の顔を見つめた。

男の子は顔に置いていた手を離すと、痛みを堪えたような顰(しか)めっ面で一言。

「唯で済むと思ってるの?」

ひぇ〜!鬼ですかッ!アンタわ〜!!

可愛い顔して、んな無茶苦茶なことを言い出すなんて!

こうなったら霧島家一子相伝の最終奥義、『逆ギレ』を使うしか…。

決断。

私が最終兵器を使うべく、体を起こした途端。

「じょーだん♪」

男の子が楽しそうな笑顔を見せた。

呆気にとられるような、心の隙間を撃ち抜くような好感触120%の笑顔。

「あぅ、あぅ」

複雑な想いを感じてか、私はオットセイのような声しか立てれなかった。

かっこ悪すぎるよ、私。

けど、男の子はそんな声なんか気にした様子も無く、笑顔で言葉を紡ぐ。

「座って、この席。また鞄が直撃したら堪んないし」

は、恥ずかしいッ。

男の子の冗談に気づかなかったことも恥ずかしいけど、自分の行動に恥ずかしさを感じる。

カァ〜っと顔を真っ赤にしながら、とりあえず俯く。

恥ずかしさ、緊張、胸の高鳴り。

ううっ、なんちゅう朝。

スクッ。

恥ずかしさに俯いていると、男の子の立ち上がる音と、優しげな声が私の耳に届く。

「座ってよ」

「は、はい。どーも」

顔を真っ赤にしたまま、私は男の子が座っていた席へ腰を下ろす。

気不味い、気不味い、非常に気不味い。

カップルの邪魔をした挙句、席まで奪い取ってしまうなんて、…最悪な朝。

とりあえず、無事に学校に着くことを願おう。

うん、それしか無い。

私が固い決意を胸にした途端。

「聴く?」

今度は女の子が話しかけてきた。

勘弁してよ〜。許してくださいってばぁ。

半ば泣きが入ってるんだってぇ〜。

だが、私の想いなどお構いなしに、女の子はイヤホンを手に無垢な瞳を見せる。

純粋な瞳。

う゛、そんな目で見ないで…私が悪者に思える。

1

2

3秒。

君の瞳に完敗。

「…是非、聴かせてください」

くだらない冗談を思いつつ、女の子が差し出したイヤホンを耳へ。

…あっ。

音楽。

さっきの曲と違うけど、同じ声。

しかも、この曲知ってるし。

なんだか少しだけ嬉しい気持ち。…ん、悪くない。

心地良い音楽に耳を傾けながら、ゆっくりと目を閉じてみる。

周囲の雑音も、楽しげな音楽に溶けてゆく。

自然と指はリズムを刻み、首は振り子と化す。

心と体が音楽と一つになる瞬間。

嫌なことも、辛いことも、悲しいことも、全て忘れることが出来る瞬間。

この瞬間、私は大好き。

誰が何て言っても、言われても。

流れる時間。

私は時を忘れ、音楽に聴き入ってしまった。

女の子達に話しかけられるまで。

ポンポン。

「…私達、降りるから」

私は女の子に肩を叩かれ、ようやく音楽から耳を離した。

「あ、御免。聴き入っちゃった」

照れ臭さを感じつつも、とりあえず女の子へイヤホンを返す。

女の子は静かに頷くと、イヤホンとSDATを男の子へ手渡す。

大事そうにSDATを鞄にしまうと、男の子は笑顔で私に話しかける。

「音楽、好きなんだね」

「うん、大好き♪」

多分、この時の笑顔は今日一番の笑顔だったと思う。

だって、男の子達が降りた途端、私の一日は最悪なものになったんだもん。 

プシュッ。

バスの発車する音と共に、アナウンスが車内に響く。

-次は芦ノ湖、お降りの方はお近くの…。-

なぬぅ〜?!

芦ノ湖〜?!

私の学校は、遥か手前にあるのに〜ッ!!

 

芦ノ湖へと向かうバスの中、私は思う。

…やっぱり雨の日は嫌い。

 

 

 

おわり