休日。
 
マナは本屋で、雑誌を手にレジに並んでいた。
 
と、前に並んでいたビジネススーツ姿の女性が、手に持っていた文庫本を落とした。
 
すっとそれを拾ったマナは、落とした女性に差し出す。
 
「あ、ありがとうございま・・・」
 
落とした女の人・・・軽く化粧をした、若い眼鏡をした女性はそうマナにお礼を言い、そこで目が合う。
 
 
 
次の瞬間、時間が止まった。
 
 
 
マナは、その女性に向かい、呟くように言った。
 
 
 
「や、山岸・・・さん?」
 

 

 


出ます・出します・出させます

                                                                                      からす堂 作


 
 
 
本屋を出た二人は、公園にいた。
 
マユミをマナがここまで無理矢理引っ張って来たのである。
 
 
 
やがて・・・マナが言った。
 
 
 
「あの・・・マナさん。この事は・・・」
 
「安心してよ。みんなには言わない・・・」
 
 
 
ほっとした表情のマユミに、マナは続ける。
 
 
 
「何やってるのかも別に聞かない・・・でも
 
やめた方がいいんじゃない?
 
前から思ってたんだ・・・山岸さんっていっつも本いっぱい買ってて、お金持ってるんだなあって。
 
そりゃあマユミ自身の事だし・・・私がとやかく言う事でもないのかも知れないけど。
 
・・・でも、そんな事してお金稼ぐのはやめた方がいいよ。
 
もっとさ、自分を大事にしようよ?」
 
 
 
スーツ姿のマユミはマナの言葉にうなだれながら・・・
 
ふと、心の中に浮かんだ疑問を口にする。
 
 
 
「あの・・・マナさん、何か勘違いしてません?」
 
 
 
マナはマユミを、やや寂しそうな瞳で見ながら言う。
 
「・・・マユミ、気づいてないかも知れないけどさ。
 
少し煙草のにおいがするよ」
 
「え!?」
 
「黙ってて欲しいって事は、やっぱ心の中にやましい気持ちとかあるんでしょ?」
 
 
 
そのまましばらく会話を続ける二人。
 
やがて・・・マユミが叫んだ。
 
 
 
「私!援交なんかしてませんっ!!」
 
 
 
翌週の日曜日。
 
 
 
マナは軽く化粧をすると
 
自分が持っている中で一番大人っぽい服に袖を通し、家を出た。
 
 
 
『自分は断じてそんな自分を切り売りするような事はしてない。
 
嘘だと思うなら一緒に来てください』
 
 
 
と、言うマユミの言葉に『わかったわ』と返事をし、同行することにしたのである。
 
 
 
集合場所は駅前。
 
時間は朝の9時半。
 
 
 
援助交際でなければキャバクラにでも行っているのかと思ったが
 
にしては妙に早い時間である。
 
 
 
そして、駅前。
 
 
 
5分前にマナは着いたが、マユミはもう先に来て待っていた。
 
 
 
「お早う、待った?」
 
「いいえ、私もついさっき来た所ですから・・・
 
じゃあ行きましょうか」
 
 
 
そう言ってマユミは駅とは反対の方角へ歩き出す。
 
 
 
「・・・電車に乗るんじゃないの?」
 
「いえ、あそこです」
 
 
 
そう言ってマユミが指さした先は・・・・
 
 
 
「こ、ここ?」
 
「ええ」
 
 
 
まだ日が高いうちから、ネオンがキラキラと輝くパチンコ屋だった。
 
 
 
既に店の前にはある程度列が出来ていて、マユミとマナも後ろに並ぶ。
 
列のなかで、ふとマナは聞いた。
 
「そういえば、朝からパチンコ屋に並んでる人ってよく見るよね」
 
 
 
マユミが答える。
 
「モーニングがありますもん」
 
「モーニング?・・・サンドイッチか何か出るの?」
 
「言うと思った(笑)」
 
 
 
マユミはそう言ってくすくす笑い、言った。
 
 
 
「そうじゃなくて・・・パチンコって全部コンピューター制御で液晶画面でルーレットみたいなのが回るんですけど・・・」
 
「うん、テレビで芸能人がやってるの見た事ある」
 
「一部の機種は、朝、電源が入った直後は当たる確率が大きくなってるんです。
 
朝一の開店直後が一番当たりやすいんですよ」
 
「は〜、なるほど、それで朝から並ぶ人多いんだ・・・」
 
 
 
「それより、マナさん、何か小さな物持ってませんか?コンパクトとか・・・
 
口紅みたいに転がる物は駄目です」
 
 
 
「ん〜と・・・ごめん、今ない」
 
「じゃあ、はい」
 
 
 
マユミはそう言ってマナに百円ライターを渡す。
 
 
 
「・・・これは?」
 
「じきにわかります・・・あ、開店ですね・・・
 
しっかり、ついてきて下さいね」
 
 
 
マユミはそう言うと、マナの手を握った。
 
 
 
時報と共に、店の自動ドアが開く。
 
店内に入るなり、マユミはマナの手を握ったまま走った!
 
 
 
「え、ちょ、ちょっと!?」
 
 
 
マユミはかまわず、素早い動きで台の列に行くと、
 
いつもの動きからは想像もできないスピードで台を見て回り・・・
 
素早く一つの台の前に百円ライターを置く!
 
 
 
「マナさん、隣にライター置いて!早く!」
 
「は、はいっ」
 
 
 
慌ててライターを置くマナを見・・・そこで初めていつもの笑顔で言った。
 
 
 
「これで大丈夫。
 
お疲れ様、じゃあ玉を取りに行きましょうか」
 
 
 
かくして、二人は玉を2000円分、交換機で借りると
 
台に戻った。
 
 
 
ちなみにマナの玉は
 
「私が誘ったんですから・・・」
 
とマユミが渡したプリペイドカードで払った。
 
 
 
「それ5000円のですから、後3000円分あります。
 
お金はもしいっぱい出たら、その時でいいですから」
 
そう言われ、渡されたカードを見・・・
 
 
 
(どっちにしても後で払わなきゃ・・・2000円・・・ううっ、まだ月の頭なのに苦しいなあ・・・)
 
そんな事を思いながら、マナは玉を台にいれ、打ち始めた。
 
 
 
しばらくして・・・玉が中心部に入る。
 
ルーレットが回り始めた。
 
 
 
「あ、入った・・・あ、駄目だ、揃わないや・・・あれ?」
 
「どうかしました?」
 
「忍者が出てきた・・・」
 
「そうですか、それは半蔵リーチと言って
 
持ってる手裏剣投げるんです。
 
それがうまく当たって目がそろうと・・・」
 
 
 
「あ、投げた。・・・あ、揃った♪」
 
「え`!?」
 
 
 
マナの台が激しく点滅を始め、台のなかで下部の引き出しのような部分がパカッと開き
 
本来ただ下に吸い込まれるだけの玉がバラバラと引き出しに入っていく。
 
 
 
”チーン!””ざらざらざら””チーン!””ざらざらざら”
 
 
 
アナウンスが響く。
 
『おめでとうございます!138番台!138番台!本日の開放一番乗りです!お見事〜っ!』
 
 
 
「凄い!確変だわっ!」
 
「か、かくへん?」
 
いつものマユミとは想像も出来ない激しい口調に驚きながらも聞き返すマナ。
 
「確率変動よ、今のですっごく当たりが出やすい台にプログラムが変わったのっ!
 
は、箱持ってきますねっ!」
 
慌てて、ドル箱を取りに行くマユミ。
 
 
 
40分が、過ぎた。
 
 
 
『おめでとうございます!137番台!137番台!本日8回目の開放です!
 
続いて!138番台!138番台!本日14回目の開放です!』
 
マナの強運はマユミをも、そのフィールドに引きずりこみ、マユミの周りにもドル箱が積み上がり始める。
 
慣れているマユミでも、滅多にない大勝だ。
 
 
 
たが・・・
 
マナのビギナーズラックはこれで終わらなかった。
 
 
 
バラバラと引き出しに吸い込まれた玉が、再びルーレットを回す。
 
 
 
「あ、黒い船が出てきた」
 
 
 
「ぶっ!」「えっ」「な・・・」
 
思わず吹き出すマユミと共に、そばで打っていた客も慌ててマナの台を見る。
 
 
 
「これ・・・」
 
「黒船リーチだ!」
 
「決まるの見た事あるか?」
 
「いや・・・雑誌でしか・・・」
 
「頼む!決まるの見せてくれっ!」
 
 
 
(な、なんかまた珍しい事起こってるのかな・・・)
 
当事者のマナは何が何だか解らずに
 
台を見ながら玉を送り続ける。
 
 
 
ルーレットは既に1つ・2つと揃い、3つ目・・・
 
”どどどどどーん”
 
揃う前に画面上の船が大砲を乱射した。
 
もうもうと上がる砲煙にルーレットが隠れる。
 
なんだか解らないマナを余所に、固唾をのんで画面を見る客達。
 
 
 
 
やがて、煙が晴れる。
 
 
 
そこには・・・
 
当たり目のみを残し、他の目全てがうち砕かれたルーレットが残った。
 
 
 
「や」「「「うぉっしゃーっ!!」」」
 
マナの声をかき消し響きわたる大歓声。
 
 
 
マナはパチンコ初体験にして
 
確率「500万分の1回」と言う黒船リーチを決めた。
 
 
 
「凄えっ!」
 
「おっしゃあ!俺もやるぞーっ」
 
 
 
一気にハイテンションになり、自分の台に挑む客達。
 
 
 
『ゴーーーーールッ!おめでとうございまーーーーすっ!
 
138番台!138番台!
 
黒船リーチを決めましたーっ!
 
鬼の確変連荘スタートーーーーっ!』
 
 
 
”チーン!””ざらざらざら””チーン!””ざらざらざら”
 
”チーン!””ざらざらざら””チーン!””ざらざらざら”
 
”チーン!””ざらざらざら””チーン!””ざらざらざら”
 
 
 
「ね、ねえ・・・何があったの?」
 
「今日はマナさんに玉代おごってもらうようですね♪」
 
「へ?」
 
「これでその台はこの後当たりが続くんです。2時間」
 
「え・・・」
 
 
 
そして、1時間後。
 
「あれ・・・」
 
玉が出なくなった。
 
首をかしげるマナに、後ろから店員が声をかける。
 
 
 
「おめでとうございます。
 
お客様。打ち止めでございます」
 
「マユミ・・・打ち止めって・・・何?」
 
「この台に入ってた玉が全部なくなっちゃったのよ(苦笑)」
 
マユミはそう言って時計を見・・・
 
「3時間・・・切りもいいし・・・マナさん、出ましょうか♪」
 
「うん、お腹減ったし・・・何か音で耳痛いし・・・(泣)」
 
マユミはマナの様子に笑うと、席を立つ。
 
店員がマユミに声をかけた。
 
 
 
「よろしいのですか?お客様はまだ確変中ですが」
 
「ええ、今日は彼女のおごり決定ですから」
 
 
 
マユミはそう言って苦笑した。
 
 
 
”ざーっ”
 
計測用のジェット・カウンターに、店の台車によって運ばれたマナのドル箱が開けられる。
 
やがて、カウンターが「28994」を指して止まった。
 
 
 
「それだけ、お金に変えてもらえるのよマナさん」
 
「へえ・・・あはは・・・臨時収入だ♪嬉しいな♪
 
マユミに5000円払っても2万円かあ♪」
 
 
 
「ううん、ここは等価交換で1発4円計算よ」
 
 
 
「・・・え・・・て事は・・・え・・・え・・・
 
えーっ!?」
 
 
 
ちなみに換金後・・・金額の多さに驚くマナに
 
「今日は無茶苦茶ツイてましたけど・・・いつもこう行くとは思わないほうがいいですよ。
 
お店も景気の悪い時は、設定変えて取りにきますしね」
 
と、さすがにマユミは「釘を刺す」のを忘れなかった。
 
 
 
結局、マナはあの音に絶えかねて、これ以後パチンコをする事はなかったが
 
マユミのこの
 
「変わったお小遣い稼ぎ」
 
を止める事もしなかった。
 
 
 
「山岸さんって、ほんと本が好きなんだね」
 
「ええ」
 
そう答える、眼鏡の似合う文学少女・山岸マユミの愛読書に
 
『パチンコ必勝ガイド』と『週刊パチンカー』
 
が入っている事は、マナとマユミだけの秘密である。