初詣−紅薔薇姉妹の場合− 前編

「うぅ・・・どうしよう」
福沢祐巳は何度目かのため息とともに言葉をはきだした。
ここは福沢祐巳の自宅。そして今日は元旦というおめでたい日。
祐巳は電話の前で右往左往していた。家族が声をかけられないくらいに暗い雰囲気のなか。
どうしてそんな日に暗い雰囲気で電話の前を右往左往しているのかというと。
お姉さまである小笠原祥子さまに初詣にでかけないか、というお誘いの電話をかけるかどうか悩んでいるのだ。
もし祥子さま以外のご家族がでたらどうしよう・・・と不安になっているのだ。
なにしろ今日思いついたから昨日のうちに練習することもお誘いすることもできなかったのだ。
しかし元旦は今日だけ。できることなら今日誘って祥子さまと2人で行きたい。
そんなことを思いながらなおも右往左往していると電話が鳴った。
「えっ?!あっ、と、とらないと」
あわてながら子機をとり耳にあてた。
「もしもし、福沢ですが」
『もしもし、福沢さんですか?私、リリアン女学園高等部2年生の小笠原――』
「お、お姉さま?!」
『あぁ、祐巳だったの?』
「はい。どうされたんですか?」
いきなり祥子さまからの電話ではあったが祐巳はもちろん嬉しかった。きっと顔に現れていることだろう。
祐巳はなんとなく誰にも聞かれたくないと思い、自室への階段を上がっていく。
『えぇ。あなた、もう初詣はすんで?』
「いいえ?まだ・・・ですけれど?」
『そう、ならよかった。それなら私と一緒に初詣に行かない?』
「えっ?!」
祐巳は自室のベッドに座った所だったのでよかったと思った。階段だったら確実に踏み外してまっさかさまに落ちていた。
『・・・失礼ね。その驚き方は』
「す、すみません・・・」
『まぁ、いいわ。それで私と初詣に行く気はあるの?ないの?』
後半は多少強い口調で祥子さまは言った。
姉の命令は絶対だ、ってことは祥子さまは知らないわけなのに・・・。
「も、もちろんご一緒させていただきますっ」
『そう。よかった。それじゃ・・・30分後にそちらに行くわ』
「えっ?!私の家にですか?」
『えぇ、もちろん。いい機会だから祐巳のご両親に挨拶することにしていたの。それとも・・・嫌なのかしら?』
「い、いえ・・・めっそうもないっ!用意してまっているので」
『えぇ。それでは30分後に』
そう言って祥子さまは電話を切った。
祐巳はしばし呆然としていた。
まさか祥子さまから初詣のお誘いがくるなんてっ・・・!
で、でもその前に挨拶があるんだった!私、そのときにどうすればいいんだろう・・・?
祐巳が喜んだり落ち込んでいたりするとお母さんが祐巳に声をかけた。
「祐巳ちゃん。今の電話、誰からだったの?」
「祥子さま。初詣のお誘い」
「祥子さま?!しかも初詣のお誘い?!」
お母さんはかなり動揺していた。
ふーん・・・私ってこんな驚き方をしていたんだ、と祐巳は冷静に見ることできていた。
「挨拶してないっ!」
「しなくてもいいんじゃない?そういうの、祥子さま達は気にしないみたいだし。
あ、お母さん。私の晴れ着どこ?着ていきたいんだけど」
「あ、あぁ、そうね。えっと・・・どこだったかしら・・・」
お母さんは晴れ着の入っているタンスのある場所に向かっていた。祐巳はそれについていった。
 
30分後――
祐巳はぎりぎり間に合っていた。
晴れ着に和風の鞄を持っている。和風の鞄にはお財布などが入っている。
ピンポーン
玄関のインターホンが鳴る音がした。多分、祥子さまであろう。
「誰かしら?バタバタしているのに・・・」
お母さんはブツブツ言いながら玄関に向かいドアを開けた。
「あ、祐巳さんのお母様」
「えっ?!さ、祥子さん?!」
「はい。いつも祐巳さんにお世話になっています。今年もよろしくお願い致します。あ、あけましておめでとうございます」
「あ、あけましておめでとうございます!こちらこそ!いつもご指導ありがとうございます」
お母さんはとまどいながらも挨拶をした。
後から追いついた祐巳に祥子さまは少し怖い顔をしてまちかまえていた。
「祐巳。お母様、慌てていらっしゃるわよ。もしかして言っていなかったの?」
「え?あっ・・・すみません。忘れていました・・・」
「はぁ・・・しょうのない子ね」
祥子さまは祐巳にしか聞こえない声で言った。
祐巳は恥ずかしさのあまり小さくなっていた。
うぅ・・・ここで20メートルくらい掘って十年くらいうまっていたい・・・。
「えっと・・・祐巳と初詣に行ってくださるんですよね?」
「はい」
「初詣でも祐巳のフォローは大変でしょうがよろしくお願い致します」
「はい。あ、でもフォローも楽しんでしていることなのでお母様はお気になさらないでください」
「はぁ・・・」
お母さんは半分くらしか納得していないような顔をしていた。まぁ・・普段からの祐巳を知っているのだから当然だ。
 
その後祐巳は祥子さまの自家用車である黒塗りの車に乗り込み神社へ向かって発進した。
お母さんは見えなくなるまで手をふって見送ってくれていた。