Symphony

それは、ある12月の火曜日のこと。
「年末と言えば・・・何?」
事の発端は紅薔薇さまのこの小さな呟き。
「えっ?」
咄嗟に理解できず声を上げたのは私、不肖紅薔薇のつぼみの妹、福沢祐巳と由乃さん。
ああ、仲間がいてよかった、そう思ったらやっぱり顔に出ていたらしく由乃さんにじろりと睨まれた。
「何って、お姉さま。『年末』から何を連想するか、ということですか?」
気を取り直して祥子さま。さすがは祥子さま、これが良い聞き手というものだ。因みに良い聞き手というのは、話し手の問いを別の言葉で言い換えて問い返すことのできる人のことらしい。最近、英語の授業でそんな長文をやった。
「ええ、皆なら『年末』から何を連想する?」
(年末・・・年末・・・年末・・・)
ふと視線を感じて顔を上げると、私の顔をじっと見つめる瞳が7対。苦笑から腹を抱えて笑う寸前まで、7種類の笑いが目の前にあった。
「一生懸命考えていたみたいだし、祐巳ちゃんからいきましょうか?」
瞳と額をきらきらと輝かせながら黄薔薇様がおっしゃた。どうしてそんなに楽しそうなんだろうか。ともかく、指名されたからには答えなくてはならない。・・・この場合、ぼけるのとまじめに答えるのとどちらが正解なのだろうか?
「あー、えーっと・・・紅白歌合戦・・・です。」
祐巳ちゃんらしい普通の答えだ・・・って、失礼じゃないですか、白薔薇さま。
ほんの少し仕返しのつもりで白薔薇さまを睨んでいる途中、由乃さんが言ったのは『特番』。たぶんその瞬間、私だけじゃなく全員の脳裏に『時代劇』という言葉が浮かんだに違いない。本人もそれを察したらしく、令さまに八つ当たり。
続いては志摩子さん。いつの間にか回答は年齢の順番に決定したらしい。
志摩子さんの答えはと言うと、『除夜の鐘』。流石と言うべきなのだろうか、味覚と同様に渋いと思われる。
「祥子は忘年会で、令は大掃除・・・やっぱり道場の掃除よね?」
紅薔薇さまの問いに苦笑いで返す令さま。
聞くところによると、裸足で道場全体の雑巾掛けをするらしい。剣道は裸足でするものだから、当然と言えば当然なのだが・・・想像するだけでも寒い。
「じゃあ、次は・・・江利子、どうぞ。」
「・・・・・・」
たっぷり一分は経過して。
「特に面白いことはないわね。」
やっぱり問題はそこなんですか。いつものつまらなそうな表情に戻っているし。
「次は私か・・・うーん。やっぱり、年越し蕎麦、かな。」
ありきたりな回答にがっかりする一同。こらこら、一体何を期待しているんだ。この辺、確実に黄薔薇さまの影響を受けている。
「最後は蓉子。面白いのをお願いね。」
まだ言っているし。そもそも黄薔薇さまが面白いと感じる年末の事柄など存在するのだろうか?
「面白くはないと思うけれど・・・私は、第九かな。」
『第九?』
これは綺麗な七重奏。だがその中身は、「ああなるほど」英語で表すなら「Oh, I see.」が数人と、「そんなのやっていたんだ」が残りの数人。
「ベートーヴェンの第九番交響曲、通称「合唱付き」・・・ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン・・・生没年は覚えてないけど。ドイツの作曲家で代表作が、第一番から第九番までの交響曲にピアノ・ソナタなど多数。・・・個人的には「田園」のほうが好きだな。」 と、白薔薇さま。
「第一楽章から第四楽章まで約1時間20分。第四楽章の詩はシラーの『歓喜に寄す』ね。」 と、黄薔薇さま
「フリードリヒ・フォン・シラー。ドイツの作家で代表作は詩『歓喜に寄す』、戯曲『群盗』・『ウィリアム=テル』」 と、祥子さま。
「確か、日本だけでしたよね。年末に第九って・・・。」 と、志摩子さん。
まるで模範解答をあらかじめ見ていたかのようにすらすらと出てくる言葉の海で、溺れる哀れな子羊が3匹。言わずと知れた、私、由乃さん、令さまである。
「私も、どうして年末に第九なのか不思議だったの。でも、最近父が理由を教えてくれたのよ。」
溺れる子羊には目もくれず、話を進める泳げるどころか荒波にだって乗れます組。
「理由は何ですの?」
「一つ目は、第九がベートーヴェン最後の交響曲だから。」
最後と年の暮を掛けたわけだ。これくらいなら、国語の成績が中の中の祐巳だって理解できる。
「二つ目は、経済的な効果があるから。」
こちらはさっぱり。経済的な効果って何だろう?
「お手上げです。」
一分ほど考えた後、令さまが代表しておっしゃった。
「簡単なことよ?・・・オーケストラに合唱団に・・・出演者がたくさんいるでしょう?その家族が晴れ舞台を見に来るとしたらどうなると思う、祐巳ちゃん?」
こればかりは問われた瞬間ぴんと来た。
「チケットが売れる!!」
「よくできました。この経済的効果が見込める限り、年末の第九はなくならないわね。」
ふふふと笑って、紅薔薇さまは話を締めた。
最初からかなり話はずれた・・・結局、紅薔薇さまは第九の話をするために話を振ったのだろうか?まあ、そんなことをいちいち気にしていては薔薇の館の住人にはなれない。言い換えると、気にしていては身が持たない。
ああ、薔薇の館の住人のイメージって何なんだろう?外見と内実の違いがすごい。まあ、住人になってみないとそれも知ることはないのだが。

その日。祐巳は具体的に説明はできないが、一つ賢くなった気がした。
 
 
黄薔薇放送局 番外編

福沢邸、祐巳の部屋にて

祐巳 「……うん? 音? どこからだろ? 外?」

窓を開けてみると、ゴミ箱に片足を乗せ鼻歌を歌っている人物がいる。

○  「ふ〜んふふふふふふふふふふふ〜んふふ……
	歌は良いね、人類の生み出した文化の極み、って祐巳ちゃん、窓締めないでよ」
祐巳 「……ヘンタイさんに用はありませんけど?」
優  「そんなこと言わないでさ、いいモノ持ってきたんだよ?」
祐巳 「……いいモノ?」
優  「そう、そうこなくっちゃ。さて、ここに第九演奏会のチケットが二枚あります。
	さっちゃんを誘って行ってこい、と渡されたのだけど急用ができるかもしれないんだ」
祐巳 「……」
優  「さぁ、そうすると困っちゃうよねぇ、このチケット。
	せっかくのチケットだ、どぶに捨てるのは惜しいし有効活用するべきだと思わない?」
祐巳 「……何が狙いなんです?」
優  「そんな! 狙いだなんて!
	ただ、演奏会の日に用事が入ってしまったら仕方がないよね。
	たとえば、可愛い後輩からのお誘いがあったらそちらを優先したくなるよね?」
祐巳 「……祐麒はその日、暇のようですけど」
優  「へぇ、あいつが! それは初めて知ったなぁ〜
	あっ、そうそう、その日の用事を思い出しちゃったよ!
	まいったなぁ、さっちゃんを誘うのはまた今度にしようかな。
	このチケットはもう用がないし、惜しいけどここに捨てていくことにしよう」
祐巳 「……」
優  「あぁ! 今日は散歩の途中だったんだ。
	じゃぁ、今度また会おうね、祐巳ちゃん」

鼻歌を歌いながら退場

祐巳 「(許せ弟よ…… 姉さんは祥子さまのためなら畜生にでもなるのさ)」


演奏会当日、ご機嫌な表情を浮かべるものと不機嫌な顔立ちの二匹の子狸が見られたという。



由乃 「とうとうここまで出番カット!? 覚えていなさいよぉ〜!」

あとがき

ごきげんよう。テスト前モード、つまり妄想暴走中の白藍です。
これは私にとっては最速の二時間で書けました。その分、不安要素で一杯なのですが・・・(笑)
まず、落ちがない。次に会話が多い。・・・まだいくらでもあげれます(汗)
今回は、今野先生の作風を目指して、見事玉砕しました。ちなみに、祐巳・祥子・由乃・令は初登場です。
本作中に登場する「田園」が好きなのも私で、父から年末の第九の理由を聞いたのも私だったりします(笑)
感想・批評などなんでも構いませんので、送っていただけると嬉しいです。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。