超人機エヴァンゲリオン

鋼鉄の女錬金術師 後編

 芦ノ湖湖畔の辺に新兵器を使用するエヴァ零号機がいた。ちなみにその新兵器は<使徒捕獲用垂直式キャッチャー>と名づけられてはいるが、要するにエヴァの通常兵器と同様に巨大化された只の釣竿に過ぎない。
 『手応えは?』
 「ありません。」
 仮設テントからミサトが確認を入れたが、未だに引きは来ていなかった。尤も、レイは釣りは初めての筈だが…。
 「ロボットは二機目撃されていて、うち一機は見つかったけれどね。」
 「もう一機は芦ノ湖の中ですか?」
 「その筈なんだけど…エサが悪いのかしら?」
 一体、何をエサにしたのだろう…?
 「ロボットの事件とネルフは関係無いのに、何故調査するんですか?」
 「女の意地よ。碇司令は何か隠してるわ。だから焦らすの。本当の事、知りたいでしょ。」
 「ミサトさんも仲間外れですか…。」
 「っと、キツイなぁ。」
 シンジの何気ない一言にミサトは思わず苦笑い。と、そこに電話が掛かってきた。
 「はい、葛城ですが。」

 とある一室にミサトとシンジはやってきた。そこにはゲンドウ、リツコ、アスカが待っていた。
 「碇司令。これはどういう事ですか?」
 ミサトは何故か少々怒りを含んだ物言いでゲンドウに質問した。
 「二人とも座ってくれ。」
 「葛城三佐、貴女が保護者の代わりを務めているんでしょう?しっかりしなさいよ。」
 ゲンドウの代わりにリツコがミサトを咎めるような言葉を発した。
 「だから、どういう理由でシンジくんが呼ばれたのか、訊いているんじゃないですか。」
 「あたしが霧島さんの事、報告したのよ。あの娘スパイだもの。」
 「アスカ!」
 「何よ!」
 睨み合いになるシンジとアスカ。
 「二人とも落ち着いて。シンジくん、その霧島さんという女の子から何か受け取った物は無い?例えば、身に付けるものとか。」
 “!”
 シンジは一瞬うろたえた事を誤魔化せず、すぐに顔に出してしまった。
 「ペンダントよ。」
 シンジの代わりにアスカが答えた。
 「…嫌だ。」
 「出すんだ、シンジ。」
 「父さんに、どんな権利があってそんな事言うんだ!」
 マナに大事にしてほしいと言われたペンダントだ。誰の手にも渡したくなかった。
 「シンジくん、言葉を慎みなさい!貴方はネルフのみんなを裏切ろうとしているわ。」
 「リツコさん…。」
 「ペンダントを出して。それを調べれば、彼女の疑いは晴れるから。」
 「シンジくん…。」
 ミサトもマナへの疑いを晴らすにはそれしかないと悟り、シンジを促した。
 「…判りました。」
 シンジはマナを信じて、ペンダントをリツコに渡した。
 「分析を急げ。時間など掛ける必要は無いからな。」
 「はい。」
 リツコはすぐに分析を始めるべく、準備を指示する為に電話を架け始めた。
 「シンジ。エヴァの操縦が不服ならば出て行け。目障りだ。」
 「碇司令!?」
 ゲンドウのあまりに辛辣な言葉にミサトは耳を疑った。
 「葛城三佐。用は済んだ。戻っていい。」

 「…ミサトさん…僕は…恥ずかしいです…父さんの前で何にも出来ず…遊んでいるみたいに思われて…。」
 エレベーターの中で、シンジは己の心情をミサトに打ち明けた。
 「大丈夫、シンジくんはよくやったわ。自分を責めなくていいのよ。また、霧島さんに会いに行けばいいじゃない。」
 ミサトはシンジの両肩に手を置いて優しく慰めた。


 翌日、マナは学校を休んだ。
 「シンジくん、今日のランチ、美味しい?」
 下校中に夕立に見舞われたシンジがイタ飯屋で雨宿りがてら軽食を取っていると、そこにミサトが現われた。
 「ミサトさん?何でここが判ったんですか?」
 勿論、シンジが外にいる間、陰からガードを続ける諜報部のお陰だった。
 「シンジくんの事はなーんでも判るのよん。」
 そう言ってミサトはシンジにある物を渡した。
 「マナのペンダント…。」
 「正真正銘、普通のペンダントだって。良かったじゃない、これで彼女が無実だって事、証明されたんだから。」
 「でも、僕がマナと付き合ってるの、誰も歓迎しないんでしょう?」
 「シンちゃんったら、もう、ラブラブゥ、なんちゃってねー。マスター、ビールとシーフードピザ!」
 ミサトは自分もオーダーすると、シンジに向き直った。
 「ねえ、彼女を明日、家に連れてきなさいよ。仕事を早く切り上げて、あたしが夕食の用意するから。」
 「夕食?…食べるんですか?…ミサトさんのを?」
 お湯で温めるだけのレトルトカレーさえ、激マズにしてしまうミサトである。明日は全員、胃薬や整腸薬が必須のようだ。

 その夜、シンジはマナに電話して夕食に招待する事を告げた。アスカはそれをいつぞやのようにうろうろしながら見ていた。
 『ミサトさんって、ネルフの人なんでしょう?』
 「優しいお姉さんみたいな人で、僕達の味方だから。」
 『でも…。』
 「僕が、家まで案内するよ。」
 『私…。』
 「それに、ミサトさんに認められれば、ネルフに気兼ねせずに済むし。」
 『…わかった。』
 「絶対来てよ。」
 『絶対行く。』
 「楽しい夕食になるといいね。」
 『うん。ありがとう。お休みなさい。』
 「おやすみ。」
 「あの娘、来るんだ。」
 シンジがマナへの電話を切ると、それを待ってたかのようにアスカが口を開いた。
 「喧嘩しないでよ。」
 「喧嘩してほしくなければ、連れて来なければいいのよ。」
 「そんな…。」
 「お休みなさーい。」
 言うだけ行ってアスカはジェリコの壁を築いてしまった。


 そして、次の日、何事も無く時間は過ぎて行った。
 「…知らない人の家に行くの…怖いな…。」
 エレベーターが降りて来るのを待っている時、シンジが傍に居るにも関わらず、マナはか細い声で呟いた。

 台所でミサトが料理に挑戦している間、リビングではシンジ、アスカ、レイ、マナ、そしてペンペンが料理が出来るのを今や遅しと待っていた。
 「おっそいわね〜、ミサト。何やってんのかしら?」
 自分も料理出来ないくせに、自分勝手な女である。と、ペンペンは思ったに違いない。
 「そうそう、アスカは最近、調子どう?」
 シンジは当たり障りの無い話題を振ったつもりだったが。
 「あらぁ、急に改まっちゃって。あたしとシンジの仲じゃなーい。」
 何故かアスカは笑顔でシンジに答える。シンジは何か嫌な予感がした。
 「へ、変な事言わないでよ、マナが誤解するから。」
 「だぁってぇー、シンジとはお風呂も一緒、寝るのも一緒だもーん。」
 「ち、違うよ!お風呂も寝るのも、別々じゃないか!」
 「あ、此間、あたしの下着が一枚なくなっちゃったのよね。返してくれる?」
 「マナ、本気にしちゃダメだよ!みんな嘘なんだから!」
 「シンジ、うるさい。…霧島さん。」
 「はい?」
 「素敵ねー、好きな人の家を訪ねて、その家族に会うのって、正直羨ましいわ。」
 「家族?」
 「あたし達は本当の家族じゃないけど、ミサトがそう決めてるの。尤も、愛されてるのはシンジだけだけど。」
 「シンジくんだけじゃなくて、アスカの事も愛してるわよん。」
 そこへ、ようやくミサトがカレーの入った鍋を持って現われた。
 「ミサトさん。良かった、料理出来たんですね。」
 「まっかせてよー。霧島さん、さっきの事は気にしなくていいのよ。」
 「はい。」
 「さあって、本日のメインイベント。お毒見の時間でーす!」
 アスカが声高らかに夕食会の始まりを宣言した。
 「三回、作り直したからね。」
 ミサトが真面目な顔で言った。
 「三度目の正直ですね。」
 シンジは苦笑しながら答えた。
 「二度ある事は三文の徳かもね。」
 アスカもふざけて言ったが、何か言葉がおかしい。
 「アスカ、それを言うなら『二度ある事は三度ある』よ。…ん?そんな訳ないでしょっ!」
 ミサトは全員の皿にご飯とカレーを盛り付けた。
 「さて、頂きましょうか!」
 「「「「「いっただっきまーす!」」」」」
 …とは言ったものの、何せミサトの作った料理である。一同、すぐには手をつけなかった。
 「…来賓の方からどうぞ。」
 アスカは何を企んだか、マナをトップバッターに指名した。
 「あ、まず、僕が味見してみるよ。」
 シンジは思わず助け舟を出したが。
 「ダメよ!…霧島さん、召し上がってください。」
 「あ、はい。」
 一同が見守る中、マナは恐る恐る一口食べた。
 「…どう?」
 ミサトが緊張の面持ちで訊く。
 「…美味しいです。」
 「ホント?」
 シンジも半信半疑の顔。が、何故かアスカは不愉快な顔。一方、ミサトは喜色満面。
 「良かったぁ〜。みんなも食べてみてよ。」
 夕食を囲む一家?団欒の情景がそこにできた。
 「ところで、霧島さんはシンジくんのどんなところが好き?」
 「…目…かな。」
 ミサトの質問にマナは少々はにかみながら答えた。
 「目?」
 シンジは何やら恥ずかしいようで黙々とカレーを食べている。
 「…何か…奥に輝きを秘めているって言うか…シンジくんって、目が綺麗でしょ?」
 「シンジの事、何も判ってないのね。」
 マナの言葉をお惚気と取ったのか、アスカが挑発的な事を言った。
 「まあまあ、食事はみんなで楽しく、ね。」
 一触即発の事態を収拾せんとミサトが努めて明るく言ったのだが。
 「霧島さん、本当の目的は何?」
 「アスカ!何でそんな事言うの?」
 「シンジがはっきり訊かないからよ!」
 「ほら、二人とも喧嘩しないの。霧島さん、気にしないでね。いっつもこうなのよ。」
 「フン。ごちそうさまっ!」
 アスカはカレーを半分近く残して退席してしまった。
 「…ゴメンね、せっかく来てくれたのに。っとにアスカったら…。学校では、仲良くしてあげてね。」
 「ええ。」
 「ごめん。こんなつもりじゃなかったのに。」
 「ううん、いいの。」
 マナは何となく寂しそうに微笑んだ。

 夜道、シンジがマナをバス停まで送っていく途中、マナはぽつんと呟いた。
 「私…シンジくんと一緒に居ると迷惑になるのかもしれない…。」
 「そんな…誰と一緒に居ようと自由だよ!」
 「自由か…自由って、いいね。」
 最初は寂しそうに自由という言葉を呟いたマナは、シンジに振り向いて同じ言葉を繰り返した時は微笑んでいた。
 二人は、謎のロボット兵器の残した足跡らしきものの傍に来た。
 「私、惣流さんの事、気にしてないから。」
 しばらくそれをじっと見ていたマナはいきなりそう切り出した。
 「急に…どうしたの?」
 「パイロット同士は仲良くしないといけないんだもんね。」
 「や…やだな…。」
 何となく、マナがシンジとアスカはお似合いだと言ってるような気がした。
 「碇くんは惣流さんと同じ、エヴァのパイロットなんだから…ケジメつけなきゃ…。」
 マナは自分を諭すように独り言ちた。
 「私の自由も…ここまでかな…。」
 マナの寂しそうな横顔にシンジは何と言ってあげればいいのかわからず、言葉を捜そうとした。が。
 「私…シンジくんと出会えて良かったと思ってる…。」
 何故か、マナはそんな事を言った。
 「マナ…。」
 「それじゃあね。」
 マナはシンジの言葉を最後まで聞かず、後姿のまま別れの言葉を言って駆けて行った。


 翌日、マナは学校に来なかった。その次の日も。
 そしてその夜、謎のロボット兵器が姿を現した。それを戦自の戦車隊が迎え撃ったが歯が立たず、爆発音とともに戦車隊は全滅した。


 翌日の放課後。芦ノ湖畔の道を歩くシンジ、アスカ、ヒカリ、トウジ、ケンスケ、クミがいた。
 「早く行ってよ!」
 ゆっくり歩くシンジを急かすアスカ。
 「そんな事言ったって…。」
 早く歩けない事情があるのだ。
 「ひどい泥濘…。」
 そう、途中から舗装がなくなっており、至る所が泥濘だったのだ。
 「シンジよぉ〜、彼女の家、一度も行った事無いんか?」
 「シンジだもんな、そりゃ無理だよ。」
 「そこまで言うか。」
 「でも、ミサトさん家に行ったって噂は聞いてるけど。」
 「えっ、ホンマか?おいシンジ、白状せい!」
 「…一度だけ…。」
 「ええっ!?ッキショー、何でシンジばっかりやねん…。」
 「ちょっと黙っててよ、歩きにくいんだから。」
 「怒られましたね。」
 「イインチョのヒステリーや…。」
 「大体、プリント届けるだけなのに、何でこんな大人数になるのよ!」
 「ほな、ワシ帰るかな。」
 「何も此処で帰らなくても…。」
 「あれ?何か、引き留められてるような…。」
 「やっぱ、そうなんかな〜?」
 「もうっ!」
 トウジ、ケンスケの掛け合いに更にヒカリがツッコミを入れて、シンジの背後は大騒ぎ。
 只一人、クミだけは何故か無言で周りを注視しながら続く。
 「ねえ、住所本当に此処で合ってるの?」
 「先生に訊いた住所なんだけど…あれだ!」
 アスカに訊かれたシンジは湖畔にぽつんと佇む一軒家を見つけると駆け寄った。
 「お、ここやここや。おーい、霧島〜。」
 トウジが無遠慮にノックをしながら声を掛ける。
 「ちょっと、鈴原!」
 「誰?こんな奴連れて来たの?」
 ヒスを起こしかけるヒカリと呆れるアスカ。
 「なんやとぉ!?」
 「まあまあ、今日の主役はシンジなんだから。」
 「そやそや。」
 ケンスケが場を治め、すぐにトウジも阿吽の呼吸で同調する。
 「「それでは、碇先生、どうぞ〜。」」
 「そういう状況じゃないのよ、こいつらは…。」
 さらに呆れるアスカ。
 「すいません、誰か居ますか?」
 シンジが声をかけながらノックするが、返事は無かった。試しに玄関のドアのノブを回してみると。
 「…開いてる。」
 「よっしゃ、入ろう!」
 「ダメ!あたしとシンジが入るから、ここで待ってて。」
 先走るトウジをアスカが引き留めた。
 「仲間外れかいな。」
 「いいから待ちましょう。」
 「爆弾が仕掛けてあるかもしれないからね。」
 「「「ええーっ!?」」」
 アスカの言葉にトウジ、ケンスケ、ヒカリの三人は吃驚仰天。が、クミは何故か湖面をじっと見ていた。

 “何か、マナを探す手掛かりになる物は…。”
 シンジは無人の家の中をあちこち見て歩く。
 実は、プリントを届けるヒカリに便乗してシンジがマナの家に来たのは、電話をしても誰も出ない事を心配したシンジがクミに相談した結果、「家に行ってみたら?」というアドバイスを聞いたからだった。
 「霧島さんの気持ち、わかるな…湖の上で暮らすって、ロマンチックだもんねー。」
 アスカはマナが使っていたであろうベッドに寝転んで窓の外に見える芦ノ湖の湖面を眺めていた。
 「でも、意外だったよ、湖の傍の家なんて…。」
 そう言いながらも、シンジはマナの部屋の中をいろいろ調べている。
 「不満そうね?」
 「デートの時、湖に行くの、楽しみだって…。」
 「はあぁ〜、もう、だからシンジは子供なのよ。」
 「子供じゃないよ。」
 大きな溜息をつき、シンジをバカにするアスカの言葉をシンジは直ぐに否定した。
 「女の気持ちも判らないで。」
 「知ってるよ。彼女は僕への思いやりから黙ってた、って言いたいんでしょ?」
 言い返しながらも、シンジは手掛かり探しの手を休めない。
 「じゃあ…あたしが今考えてる事…判る?」
 「こうしてる間にも、マナが危険に晒されてるかもしれないんだよ!アスカも、何か手掛かりになる物探してよ!」
 「ねえ…ミサトのマンションを出て、二人で生活しようか?」
 「…えっ?」
 アスカの大胆な同棲提案に思わずシンジは手を止めて振り向いた。
 「ミサトが居なければさ、何でも出来るわよ。…此処では、あたしの悲鳴も聞えないでしょうね…シンジに襲われても。」
 「アスカ、やめてよ。」
 「なーんてね。ちょっと言ってみただけよ。やーねぇ、期待しちゃって。」
 「アスカ!!手伝う気が無いんだったら帰ってよ!!」
 「何ですってー!」
 やる気を見せず、ふざけるアスカの態度についにシンジは声を荒げた。
 「やれやれ、こんな事だろうと思ったわ。」
 いつの間にか扉が開いてクミが立っていた。
 「「真辺先輩。」」
 「とりあえず、プリントは置いとこうと思ってね。」
 クミはヒカリから預かったプリントをマナの机に置いた。
 「何か手掛かりは見つかった?」
 「いえ、まだ何も…いろいろ探したんですけど…真辺先輩、何かヒントを。」
 「そうね…私が気付いた点は、ゴミが無い、洗濯物が無い、食器も全部洗ってある、といった事ね。」
 「それが何か?」
 シンジにはまだ判らない。
 「水鳥後を濁さず、って事ですか?」
 アスカは何か気付いたが、何か間違っている。
 「正しくは、立つ鳥跡を濁さず、なんだけど。」
 シンジはすかさず正解を言う。アスカはシンジに諺の間違いを指摘されたので膨れっ面をした。
 「ま、そんな事はどうでもいいのよ。問題は、彼女はシンジくんに会えなくなる事を自覚してたんじゃないか、という事。」
 シンジははっと気付いた。自分にも同じ経験があったからだ。
 「でも、置手紙なんてどこにもありませんでした。」
 「メッセージは文章だけとは限らない…アスカちゃん、そこのラジカセにテープ入ってる?」
 クミはベッドの枕元に小さなラジカセがあるのを見つけてアスカに言った。
 「…入ってます。」
 「スイッチを入れてみて。」
 アスカはPLAYのボタンを押した。
 少しして、マナの告白が始まった。
 「…シンジくん…貴方がこれを聞いてる頃、私はもういなくなってると思います…私は、この街に来る前は戦略自衛隊附属中学校に通っていました。私を含めて何人かの生徒は、ロボット兵器グリフォンのパイロット候補生に選ばれ、訓練を受ける事になりました。最初、私達は新しい乗り物を操縦出来るんだって喜んでいました。私の仲間はムサシとケイタ。訓練を楽しむうちに打ち解けたの。でも、ロボット兵器の操縦は難しくて…私は、激しい振動で一ヶ月もしないうちに内臓をやられちゃったわ。そんなある日、6年間も縛られるのは嫌だって、ケイタが逃げようとしたらしいの。しかしそれでは、ロボット計画全体がダメになってしまう。…大人達は力ずくで私達を塀の中に押し込めたわ。みんなは段々いらだってきて、大人の目を盗んではケイタを苛めるようになったの。それを、ムサシと私が止めたんだけど、ダメ…。みんなそれを見て笑ってたわ。私はムサシとケイタに、いつかロボット兵器で脱走しようって、冗談で言ってたのに…それを本当にしてしまうなんて…。このままじゃ、いつかムサシとシンジくんが戦う事になっちゃう…だから、私はムサシを止めに行きます…。いろいろ優しくしてくれて、嬉しかった…何も話さなくて、シンジくんを苦しめてしまって、ゴメンね…。」
 マナの告白はそれで終わっていた。
 「…やっぱりあの子、スパイだったんだ…。」
 「アスカちゃん、早合点はよくないわ。」
 クミはアスカの言葉を否定した。
 「でも、戦自側の人間だったじゃないですか!」
 「だから、早合点だと言ってるの。今の告白では、彼女が戦自側の人間だったという事しかわからないわ。スパイだったという証拠にはならない。」
 「でも、状況証拠として…。」
 「状況証拠だけで犯人と断定するのは圧倒的に冤罪になるケースが多いのよ。」
 「……。」
 アスカはクミに論破されて押し黙った。
 「…苦しめていたのは僕の方だ…マナは、僕を傷付けたくなくて、何も言えなくて、それで苦しんでいたんだ…。」
 シンジは俯いたまま、声を絞り出すように言った。
 “秘密を絶対に漏らさない事…それが転校を許可する条件だったんでしょうね…。”
 クミはそう推測しながらも、事態の打開の為にシンジの意志を確認する事にした。
 「で、シンジくんはどうするの?これで終わりにするの?」
 後は戦自内部の問題だ。ネルフは無関係である。
 「そんな!…マナも、僕と同じなんです…利用されてるだけなんだ…僕は、マナを助けたい…。」
 その時、ケンスケが窓の外から声を掛けた。
 「シンジ!外にロボットの足跡が有ったぞ!」
 三人が直ぐに行ってみると、確かにロボット兵器の足跡があり、湖の中に消えていた。
 「まさか…霧島がロボットのパイロットなんか!?」
 「違うよ!ロボットのパイロットが霧島さんに会いに来たんだ。」
 「じゃ、じゃあ、ロボットは芦ノ湖の中に隠れてるって事?」
 ヒカリは慌てふためいた。
 「みんな、帰りましょう。もし、ロボットが出てきたりしたら大変よ!」

 その夜、シンジはロボット兵器の行動範囲を整理してみた。
 「最初のロボットが激突していたのが、白糸の滝…富士山の南側を挟んで、芦ノ湖とちょうど反対側…御殿場には、軍の演習場が有るって話だから…多分、其処から二つのロボットが暴走して来て…一機は芦ノ湖に潜って、もう一機は富士山の反対側に行ったんだ。…でも、こんなに長い距離じゃ、エヴァでは無理だ…5分間しか持たない内部電源が切れてしまう…もし出動要請が出て本当に戦う事になったら…一撃で止めを刺すしかない…。」


 翌日、シンジ達が登校していると。
 「何や、あれ?」
 交差点の左側から軍の物々しい車列が走ってきた。
 「軍のトレーラーだ!」
 そしてその一台に檻のような物が積まれていた。そして、その檻の中に居た人物は…。
 「マナ!」
 慌ててシンジは駆け出した。
 「マナ!!」
 「えらいこっちゃ!」
 「人権問題だよ!」
 トウジとケンスケもシンジに続く。
 「マナ!」
 「シンジくん!」
 「どうして檻なんかに!?」
 「シンジくん、気を付けて!」
 「そこの少年達、どきなさい!」
 背後の軍の車両から怒声が聞えてきた。
 「シンジ、どないせいっちゅうんじゃ!?」
 「マナを助け出すんだ!!」
 「工具が無いと無理だよ!」
 「コラッ、そこの小僧ども!どけってんだ!!」
 後ろの車両はどんどん迫って来る。
 「トウジ、このままじゃ…。」
 「よっしゃ!」
 ケンスケはトウジに目配せした。トウジはその意図を察知し、二人でシンジを捕まえ、歩道に退避した。間一髪、軍の車両は三人を跳ね飛ばしかねない勢いで通り過ぎて行った。
 「何するんだよ!?」
 「シンジ、やめとけ。あのままじゃ、どうにもならんかったやろ。」
 「とにかく、もう一度出直そう。」
 「でも、あの車がどこに行くのか…。」
 既に、トレーラーの姿はシンジの視界からは消えていた。
 だが、いつの間にか現われた黒い750ccバイクがそれを追跡していた。

 とあるビルの屋上から双眼鏡を覗くシンジ。その傍らにトウジとケンスケもいた。
 「どうだい、いい双眼鏡だろ?ドイツ製だぜ!」
 「日本製のがええに決まっとるやろ。」
 「わかってないな〜、レンズが違うんだよ。立体はより奥行き間を、色合いはより美しく、なんたってドイツの誇るカールツァイスなんだから!」
 「カールルイス?なんじゃそら。」
 「マナ…。」
 トウジとケンスケの漫才をよそに双眼鏡を覗いていたシンジはやっと視界にマナの姿を捉えた。その声にトウジとケンスケも何やら妙な期待をして双眼鏡の傍に駆け寄った。
 「ワシにも見せてくれ!」
 「俺のなんだから、俺が先だよ!」
 「シンジ〜、貸せや。」
 「やめてよ。」
 が、トウジは無理やりシンジを押し退けて双眼鏡を覗き込んだ。
 「お?おるおる…はー、えげつない事するなー。」
 更にケンスケも。
 「ほら、俺にも…ホントだ、湖の風に晒されて、可哀想に…。」
 マナはノースリーブのシャツにミニスカートという姿で、風が冷たく感じるのか両手で自分の肩を抱いていた。
 シンジは決意し、立ち上がった。
 「…マナのところに行ってくる。」
 「待てよ、シンジ。」
 「お前一人やったら無理や。」
 「でも、みんなで行ったら見つかっちゃうよ。」
 その時、シンジの携帯が鳴った。
 「はい、もしもし…真辺先輩!」
 『あのコの位置はわかった?』
 「ええ。でもどうやったら近づけるか…。」
 『私が対岸から注意を引くわ。白い煙が合図よ。時間は今から30分後。いいわね?』
 「はい。」
 実は、軍のトレーラーが芦ノ湖周辺の何処にいるのかをシンジに連絡してきたのもクミだったのだ。

 その頃、戦自は芦ノ湖の周遊道路に陣を敷いていた。
 「ちくしょう、暑いな、全く。おい、エアコンはちゃんと入ってるか?」
 「最強になってます。」
 「しかし、戦車ってのは日本で乗るもんじゃないな…蒸し暑うてかなわん。」
 「隊長、対岸から煙が上がってます。」
 「…ホンマや。全車、目標、対岸の煙の根元!…汗でよう見えん…。」
 すると、白い煙は止まったり、上がったりを繰り返し始めた。

 戦車隊がクミの策略に気を取られている頃、シンジは茂みの中を歩いてマナへ近づく事が出来た。
 「マナ。」
 「シンジくん!?」
 「食料を持ってきたよ。」
 「どうして此処に来たの!?」
 「マナを助けに来たんだ。」
 「ダメ。ここは危険よ。早く逃げて。」
 「でも!」
 「私はロボットを誘き寄せる囮なの。」
 「囮って…。」
 「私がここで誘き寄せれば、国連軍だって無理しない筈よ。」
 「無茶だよ、マナ。砲弾の破片は、カッターナイフみたいに鋭いんだ。もしそれが、マナの身体に刺さったら…。」
 「ムサシを助けたいの。」
 「ダメだよ!マナをこんなふうに扱う奴らなんか信用できない!」
 その頃、対岸の白い煙は消えていた。
 「隊長、白い煙はモールス信号でした。」
 「それで、意味は?」
 「…それが…。」
 「何だ?」
 「…グリフォン参上、です。」
 「何いいっ!」
 <グリフォン>…それこそ、戦自がエヴァンゲリオンに対抗する為に開発した二足歩行型ロボット兵器のコードネームだった。
 その時、湖面の中央が突然泡だって真っ白になった。続いてその部分が徐々に上に持ち上げられ、水中から何か巨大な物体が姿を現した。
 「あれが例のロボットか!?」
 「ビ、ビデオカメラ、ビデオカメラ!!」
 マンションの屋上の二人の傍観者は大騒ぎ。
 「隊長!グリフォン、浮上しました!」
 「わかっとる!戦闘準備!」
 カンガルーにも似たフォルムのグリフォンは水面にホバリングで浮上すると、戦車隊へ向かって移動を開始した。
 「シンジくん、逃げて!私は大丈夫だから!」
 「この檻さえ開けば、マナを助けられるんだ!」
 「ダメよ!巻き込まれるわ!」
 グリフォンは次々と戦車隊の砲弾を受けながらも接近してくる。
 「くそっ、人がいるのに何で撃つんだよ!」
 と、其処にミサトが愛車で駆けつけてきた。
 「シンジくん!」
 「ミサトさん!」
 「初号機を出すわよ!」
 「本当ですか!?」
 「これ以上設備を壊されたら迷惑だもんね!」
 もちろんそれは建前である。
 「マナ、必ず助けに来るからね!」
 シンジはマナにそれだけ言うと、ミサトの車に乗ってネルフ本部へ向かった。
 ミサトはハンドルを右へ左へ切って砲弾の破片をかいくぐる。
 「戦車のバカは何処狙って撃ってんのかしら、全く!」
 「何故僕の居場所がわかったんですか?」
 「シンジくんが囮の傍にいるって、軍から通報が来たのよ。」
 「軍!?」
 「本来、ロボット兵器の暴走は起きてはならない事件だった。慌てた兵器開発部は霧島さんを囮に使ったの。ロボットのパイロットを誘き寄せる為にね。でも、暴走したロボットを目の当たりにして怖くなったんでしょ、ネルフに助けを求めてきたわ。海を越えて他の国に突入されたら、それこそ大事件だもの。」
 ネルフ本部に到着するとシンジはすぐに初号機ケージへ、ミサトは発令所へ直行した。
 「これは救出作戦よ。みんなで協力してロボットの暴走を押さえ込み、停止させるの。もし失敗したら、軍がロボットの頭上にN2爆雷を投下するわ。その時は、中のパイロットも助からない。つまり、パイロットの命が救えるかどうかは、貴方達次第よ。」
 「でも、ロボットが外輪山の外に逃げ出したら、エヴァでは追えませんよ?」
 『その時は、アンビリカル・ケーブルを切断して全速力で追って。内部電源が切れても構わない。』
 “電源が切れたら終わりじゃないのよ。”
 アスカは口には出さず、心の中でツッコミを入れる。
 『各機、発進を急いで。』
 エヴァ各機が出撃していく。
 一方その頃、ミサイルで戦車隊を壊滅させたグリフォンは右のマニピュレータでマナのいる檻を掴んで持ち上げた。 
 “ムサシ…。”
 罠だと気付いていながら自分を助けに来てくれた…マナはムサシの友情―もしかしたら愛情かもしれない―に胸が嬉しさで一杯になった。
 だが、その隙を狙ってVTOLの攻撃が始まった。やはり戦自はマナの命など考慮するつもりは無いらしい。
 グリフォンは機関砲で応戦する。
 「きゃあああ!」
 耳を劈く爆発音に恐怖し、マナは悲鳴をあげた。
 と、VTOLの攻撃が突然止んだ。マナが振り向くと、エヴァ初号機が身構えてグリフォンと対峙していた。マナが恐れていた事態になってしまった。
 「シンジくん!」
 「マナ!」
 が、動こうとしないエヴァ初号機を見てミサトの指示がシンジに飛んだ。
 『どうしたの、シンジくん!早くロボットを押さえ込んで!』
 「マナが、ロボットに…。」
 『いいから体当たりしなさい!』
 「そんな…マナが潰れますよ!」
 『このまま逃がしたら爆撃されて彼女も死ぬわ!急いで!!』
 「今は無理です!」
 「確かにシンジくんじゃ無理ね。檻の中の子があの高さから落ちたら助からない。」
 リツコが冷静に状況を分析した。
 「判ってる。」
 「初号機、シンクロ率5%低下、非常に不安定です。」
 「厚木基地から入電。N2爆雷を積んだ爆撃機の出撃準備が整ったそうです。状況を逐次報告してほしいとの事です。」
 「日本政府と軍司令部が回線に割り込んできていますが、どうしますか?」
 伊吹、青葉、日向が報告するが。
 「全てキャンセルして。」
 ミサトはいらただし気に答えると、アスカにコンタクトを取った。
 『アスカ、聞いてる?』
 「お呼びが掛かると思ったわよ。」
 『OK。合図したら、ロボットの横っ腹に突っ込んで。』
 「霧島さんが大怪我するわよ?」
 『他に方法が無いのよ。お願いね。』
 「任せてよ。」
 続いてミサトはレイにもコンタクトを取った。
 『レイ。ロボットは長尾峠を越えて行く可能性が有るわ。その時は、ロボットを大破させても構わないから、絶対食い止めてね。』
 『判ってるわ。』
 その時、ゲンドウが口を開いた。
 「葛城三佐。」
 「はい。」
 「初号機に傷を付けるな。」
 「しかし、戦いに衝突は付き物です。」
 「初号機に退避命令だ!」
 「救出が先です!」
 『無駄だ。』
 『10分で終わります。』
 『人助けを気取って我々を巻き込むな。厚木基地の爆撃機に出撃命令だ。』
 『…判りました。青葉君、厚木基地に状況を逐次報告してあげて。』
 『はい。』
 「待って下さい!!」
 発令所の会話を聞いていたシンジは待ったを掛けた。
 『シンジくん、撤退命令よ。其処を離れなさい。』
 「嫌だ。僕が捕まえれば、彼女は助かるんだ。それとも、爆弾で焼き殺すつもりなの!?父さん!!」
 『作戦司令、作戦行動はどうした?』
 『アスカ、体当たりスタート!』
 『行くわよ、おりゃあああ!』
 エヴァ弐号機は猛然と走り出した。
 「ちくしょう、させるか!」
 シンジはグリフォンとエヴァ弐号機の間に立ち塞がった。
 『シンジくん!?』
 「シンジ!ジャマよ!」
 その時、グリフォンはエンジンを目一杯吹かし始めた。
 『ロボットが逃げ出すわ!』
 「マナ!」
 「シンジくん!」
 グリフォンはホバリングして移動し始めた。
 「目標のロボット兵器、移動を開始。初号機と弐号機が後を追います。」
 「N2爆弾を積んだ爆撃機が厚木基地を発進。到達時刻は5分後です。」
 「初号機、アンビリカル.ケーブルを切断、活動限界まで残り5分。続いて、弐号機も切断。」
 『レイ、目標はそっちへ向かったわ。お願い!』
 「了解。」
 レイの目前にグリフォンが迫る。だが。
 「目標、零号機と接触。」
 「零号機、強い衝撃を受けました。」
 「ダメです、目標は外輪山を越えます!」
 「御殿場測候所より連絡。ロボットを肉眼で確認。御殿場市へ緊急避難勧告が発令されました。」
 山を越えて土煙を上げながらやってくる謎の物体に御殿場市の人々は大パニックになった。
 「零号機、アンビリカル.ケーブル切断。」
 「全機、目標を追撃中。」
 『シンジくん!』
 「くそっ、相手が速過ぎる!」
 ミサトが呼び掛けるが、シンジは聞いてはいない。
 『目標、御殿場市街を抜け、愛鷹山方面へ。』
 『軍の航空警戒管制室から入電。エヴァをどけろと言ってきています。』
 『初号機、目標に引き離されます。』
 『爆撃機、目標への計測を開始。弾倉の扉が開きます。』
 「初号機、活動限界まで1分を切りました。これ以上の追撃は危険です。」
 「御殿場測候所より入電。目標、見失います。」
 「管制室から、再度エヴァを停止させるように言ってきています。」
 「初号機、停止!」
 ミサトはシンジに命令したが。
 『まだ行けます!』
 シンジは従わなかった。
 「リツコ!」
 ミサトはリツコに助けを求める。
 「初号機に停止信号を送って。」
 リツコも直ぐに反応し、伊吹に指示を出した。
 「停止信号を送信…受け付けません!初号機、暴走しています!」
 文字通りの暴走だ。こうなったら、零号機と弐号機で初号機を押さえ込むしかない。
 「レイ、アスカ。目標を変更、シンジくんを捕まえて!」
 ミサトは二人に指示を出した。だが、時既に遅かった。
 「初号機、機能停止。」
 次の瞬間、エヴァ初号機は地面に倒れ伏していた。
 「シンジくん!」

 「初号機の上空に、爆撃機を確認!」
 「N2爆弾、投下10秒前です。」
 日向と青葉の報告が入る。だが、続いて伊吹の入れた報告はとんでもないものだった。
 「大変です!初号機エントリー・プラグがエジェクトされています!」
 「爆撃中止!急いで通達して!!」
 ミサトは慌てて青葉に指示を出した。このままではシンジも死んでしまう。
 「いかん!」
 「まずいぞ!」
 ゲンドウと冬月も慌てた。
 『零号機、弐号機、どちらでもいい、初号機を担いでその場から逃げろ。』
 ゲンドウの焦り声の命令がアスカとレイの耳に入った。
 「中止が間に合いません!N2爆弾、投下されました!」
 青葉の悲鳴にも似た報告が発令所に沈黙をもたらした。
 「なんてこった…。」
 発令所の面々が真っ青な顔で絶望に沈む中、冬月がポツリと呟いた。

 エントリー.プラグから出て地上に降りたシンジの目にはムサシと抱き合うマナの姿が映っていた。
 「私は…シンジくんの事、好きでした…デート、楽しかったです…ミサトさん家の夕食、みんなで食べる食事は最高です…でも…もう、終わりにします…貴方を…楽にさせてあげます…ごめんなさい…さようなら…シンジくん…。」
 富士山の裾野に何か光る物体が落下していった。
 一拍置いて、辺りを真っ白な閃光が覆いつくし、巨大な火柱が立ち上った。

 「…無茶をしないで、碇くん…貴方が死んだら、代わりはいないのよ…。」
 「…ゴメン…。」
 間一髪、シンジはレイに助けられ、エントリー.プラグの中で危機を逃れていた。
 「…彼女…生きてるよね…。」
 「…わからない…。」
 「…生きてるよ…。」
 しばらくして、二人は外に出た。そこは、全てが焼け焦げ、岩と石と砂と土に覆われていた。
 「…マナ…。」
 シンジは力なく呟いた。目の前には、飴のように溶けたロボットの残骸があるだけだった。
 二人の耳に、遠くから近づいてくるヘリコプターのローターの音が聞えてきた。
 『軍の管制室から入電。作戦は成功した。ネルフの被害状況を尋ねてきています。』
 『被害は無し。ロボット側の生存者を確認して。』
 『ロボット側の生存者…ゼロ。爆心地に確認できたのは、ロボットの溶けた残骸だけ、だそうです。』

 「僕は、マナが生きていると思います…。」
 ネルフ本部へ戻るヘリコプターの中で、シンジは呟いた。
 「そう…。」
 ミサトの声も元気が無い。
 「断定できるの?」
 「…あのパイロットは、マナを助けられる自信があったから、彼女を引き留めたんだ。」
 アスカの疑問にも、シンジは直ぐに答えてみせた。
 「…そうかもしれないわね…。」
 シンジの答えには何の根拠も無い事がわかっているミサトの声は沈んでいる。
 「でも、ロボットだってどろどろに溶けていたのよ。どうやって助かる訳?」
 「それは…脱出用の救命カプセルとかがあって、それで遠くに…今頃、どこかに埋まってるかもしれない、早く助け出さないと…。」
 「それは出来ない。私達ネルフの作業はここまでだから。」
 ミサトはシンジとアスカの問答を打ち切らせた。

 「何故、退避命令を無視した?」
 初号機ケージに待ち構えていたゲンドウの第一声がこれだった。
 「…父さんは…人間よりエヴァの方が大事なの?」
 弐号機が初号機を抱えて逃げた事を聞いたシンジは皮肉とも取れる言葉を返した。
 「……今後、初号機を傷付ける事があったら、パイロットを辞めて貰う。」
 内心、痛い所を突かれたものの、ゲンドウはおくびにも出さず言い放った。
 「…父さんのエヴァなんでしょう…父さんの好きにすればいいじゃないか!今すぐ僕を降ろせばっ!!」
 自分の想いに気付いてくれないゲンドウにシンジは絶叫した。
 「…シンジ…ゆっくり休め…。」
 ゲンドウは命令とも優しさを含めたとも思える言葉を残して戻っていった。


 山の中、焚き火を囲むシンジ、トウジ、ケンスケの姿があった。
 「記念写真?」
 「マナが、通りがかりの人に頼んで撮って貰ったんだ。」
 「ええなー、こんなデートしてみたいわぁ。どないして誘ったんや?」
 「…どうって…。」
 「今のシンジに、そんな事訊くなよ。」
 「カプセル探すの手伝わされたんや、冗談の一つぐらいええやろ。」
 「…ゴメン…一晩中、付き合わして…やっぱり、救命カプセルなんか無かったんだ…良く判ってきたよ…僕がバカだったんだ…。」
 「またそれか…昼間は霧島探すんやってごっつ張り切って、それが夜になってちょっと疲れたから言うて、出した結論がそれか?お前、ホンマにええ加減な男やな!」
 「トウジ、やめろよ。」
 「霧島がおらんようになって、簡単に諦めるんや、お前はよぉ。」
 シンジは口を噤んだままだ。
 「ワシには判る!シンジ、今度は惣流とくっつくつもりやろ?」
 「アスカは関係ない。」
 「あいつもお前も、周りの気持ち判らんで好き放題やりおって、恥晒しが!」
 トウジの言葉についにシンジもキレた。
 「アスカを悪く言うな!」
 「なんやとぉ!!」
 シンジとトウジは立ち上がって睨み合った。
 「二人とも止めろって!」
 ケンスケも慌てて立ち上がり仲裁しようとした。
 「ふん、ワシは帰る!こんな奴に味方できるかいな!」
 トウジは言い捨てて夜道の中を歩き出した。
 「おい、ちょっと待てよ、トウジ!」
 ケンスケは慌てて追い掛け、トウジを捕まえた。
 「この夜道の中をどうやって帰る気だ?」
 「根性があれば何とかなるわい。」
 「根性だけじゃどうにもならない事だってあるさ。」
 ケンスケはポケットから懐中電灯を取り出してトウジに差し出した。
 「済まんのう、ケンスケ。…ついでにシンジの事、頼むわ。」
 先程のシンジへの言葉は本心ではなく、怒る事でシンジを元気付けようとした芝居だったのだ。
 「わかってるよ。」
 トウジは帰り、ケンスケは戻った。
  「シンジ、元気出せよ。」
 「…どうせ僕は、いい加減な奴さ…放っといてくれよ。」
 力なく座り込んでいたシンジは自嘲気味に呟いた。
 「シンジ、自分を苛めるなよ。トウジはちょっと羨ましかっただけだ。エヴァに乗ったり、ミサトさんや惣流に心配して貰ったり、霧島さんとのデートなんて、いい想い出だよ。いいよなぁ、俺ら、そういうの無いもんなぁ。」
 ケンスケは星空を見上げて言った。
 「エヴァは父さんの物で、僕は利用されてるだけ…ミサトさんやアスカに心配されても、僕は何も応えてあげられない…。」
 シンジは地面を見つめて言った。
 「…マナは…何処かへ消えてしまった…想い出なんか…辛いだけで……要らないよ。」
 シンジはマナと一緒に写った記念写真とともにマナから貰ったペンダントを焚き火の中に投げ込んだ。


 “…僕は、これからどうすればいいんだろう…。”
 昼休み、シンジの足は知らず知らずのうちにクミのいるであろう新聞部の部室に向かっていた。
 「真辺先輩、いますか?」
 「あ、ちょっと待って、今着替えているところだから。」
 「着替え?」
 部室で着替えると言ったら運動系の部で、それらの部室はグラウンドの方にある筈だが。
 「もういいわよ。」
 「あ、はい。」
 シンジが中に入ると、体操服姿のクミがいた。
 「何で体操服に?」
 「5時間目が体育だから。こっちで着替えた方が時間を有効に使えるのよ。」
 「そんなに新聞部って忙しいんですか?」
 「記事のデータは先手先手で作っとかないと、締め切り間際に泣きを見るからね。」
 そう言って、先程まで着ていた制服を入れたビニール製の巾着袋の口を閉じたクミは、それをパソコンの脇に置いて椅子に座った。
 「でも、ここで真辺先輩以外の人、見た事ないですけど。」
 「みんなは放課後しか使わないのよ。ま、大抵は机で原稿用紙に向かって記事を書いてるわ。で、パソコンは一台だけだし、私が一番使うの上手いから、締め切り間際は私がみんなの原稿を入力して編集するって訳。」
 「へーえ。」
 「シンジくんも新聞部に入る?ネルフの特命リポーターとかやってくれたら面白いんだけどな。」
 「いえ、それはちょっと…。」
 勿論、それはクミの冗談だ。只でさえエヴァのパイロットとして実験に訓練に戦闘に忙しいシンジである。そんな余裕など有る筈も無い。
 「ま、それはともかく、今日は何の相談?」
 クミの言葉に、シンジは顔を暗くして俯いた。
 「…僕は…マナを助ける事ができませんでした…もっと上手く行動すれば、怪我はさせても死なさずに済んだかもしれないと思うと…。」
 「彼女は死んだの?」
 「…生死不明です…。」
 「じゃあ、生きてるかもしれないんじゃない?」
 「僕も最初はそう思いました。救命カプセルとかが有って、それで脱出したんじゃないかと…一日中、山の中を探しました…でも、見つからなかった…きっと、救命カプセルなんか無かったんです…。」
 「シンジくんも早合点してるわね。」
 「えっ?」
 クミの意外な言葉にシンジは思わず顔を上げた。
 「見つからなかったから救命カプセルは無かったと結論付けるのはおかしいわ。シンジくんが見つけられなかった、それは事実だけど。」
 「…どういう事ですか?」
 「機械は壊れたら修理するとかもう一度作ればいいけど、人間は死んだらどうにもならない。特にロボットみたいな特殊な兵器は、兵器そのものよりもパイロットのほうが重要よ。だから、万が一の時はパイロットを緊急脱出させる装置が付いてるのが当然。ベルクカッツェもそうだったし。」
 「ベルク…何ですか?」
 シンジがその言葉を知ってる筈も無い。
 「ああ、知らなければ聞き流して。で、エヴァンゲリオンにだってそれぐらい付いてるでしょ?」
 確かに、エントリー.プラグは万一の場合は救命カプセルとしてエヴァから射出されるようになっている。ただし、TPOを間違えるとレイのように大怪我する事になるが。
 「…だから?」
 「グリフォンにも緊急脱出装置・救命カプセルが付いていたと考えるべきね。」
 「…証拠は?」
 「無いわ。私が言ってるのは、証明論ではなく確率論。」
 何となくはぐらかされているような気がしてシンジは怪訝な表情になった。。
 「早い話が、彼女は生きてるだろうって事。」
 「ホントですか!?何処を探せばいいんですか!?」
 シンジはクミの言葉に急に顔色を明るくして訊いてきた。
 「そこまでは判らないわよ。私は全知全能の神じゃないんだから。」
 「あ…そうですか…。」
 シンジは俯いたが、顔色までは暗くはならなかった。
 「…少しは元気になったみたいね。」
 「…済みません…いつも頼ってばかりで…。」
 「いいのよ。シンジくんはこの街を守るヒーローなんだし、私はシンジくんのファンだから、応援するのは当然よ。」
 「真辺先輩…ありがとうございます…僕は、もっと強くなります。」
 シンジは立ち上がると拳を力強く握って言った。
 「うん。頑張って。」
 クミはそう言ってにっこり笑った。
 「それじゃ、失礼します。」
 シンジが出て行くとクミはパソコンの画面に向き直った。
 「さてと、お兄ちゃんに渡すデータも整理しなくちゃ。」
 クミはマウスに手を置いてパソコンを操作し始めた。


 良く晴れた満月の夜。
 シンジはウォークマンで音楽を聴きながら月を見ていた。
 その後、グリフォンの暴走事件は闇に葬られる事無く新聞沙汰となり、軍の関係者は事件の責任を取らされて鋼鉄じゃなくて更迭されたらしい。グリフォン計画は頓挫、パイロット候補生はみな只の戦自附中の一般生徒に戻った。だが、マナ、ムサシ、ケイタの三人の消息は知れない。
 “マナ…きっと、何処かで生きてるよね…。”
 シンジは月を見ながらそう祈るのだった。



超人機エヴァンゲリオン

「鋼鉄の女錬金術師」―ー―クミ、登場

完


あとがき