超人機エヴァンゲリオン

第10話

マグマダイバー

 「ラッキィ〜!加持さんにショッピング付き合って貰えるなんて。」
 歩行者天国になっている街中を加持にしがみ付いて?歩くアスカ。
 アスカが加持を連れて来たのは…。
 「な、何だぁ?ここ、水着売り場じゃないか…。」
 周りは全て女性用の水着。こういう所に男がいると、よからぬ見られ方をするのでちょっと加持は焦り気味。
 「ねえねえ、これなんかどお?」
 アスカが選んだ水着は、赤と白のストライプ模様のビキニで、トップは胸元をチャックで止めるタンクトップ型、ボトムはハイレグカット。
 「いやはや…中学生にはちと早過ぎるんじゃ無いかな?」
 「加持さん、おっくれてるぅ〜♪今時こんくらい当たり前よぉ〜?」
 とにかくアスカは気に入った水着を買い、その後喉を潤す為にデパート屋上のビアガーデンにやってきた。
 アスカはクリーム・ソーダ、加持は勿論生ビール。
 「そう言えば修学旅行はどこ行くんだ?」
 「お・き・な・わ♪メニューにはね、スキューバ・ダイビングも入ってんの♪」
 「スキューバか…。もう三年は潜ってないな。」
 「ねえ、加持さんは修学旅行、どこ行ったの?」
 「ああ、俺達そんなの無かったんだ。」
 「どうして?」
 「…セカンド・インパクトが有ったからな。」

 「えぇ〜っ!修学旅行に行っちゃダメぇ〜っ!?」
 夕飯後の葛城邸でアスカが絶叫した。元々は作戦の為に葛城邸に住む事になっただけだったのに、何故かアスカはそれ以降も住み着いている。鍵の無い襖とか床に寝る事とか、不平不満だらけだったのに。
 「そっ。」
 テーブルに身を乗り出すアスカに全く動ぜず、ビールを飲むミサト。
 「どうしてっ!」
 「戦闘待機だもの。」
 「そんなの聞いてないわよっ!」
 「今、言ったわ。」
 「誰が決めたのよっ!」
 「碇司令。」
 「ぐ…。」
 流石のアスカもゲンドウの名前を出されてはそれ以上何も言えない。
 隣ではシンジが平然とした様子で食後のお茶をすすっている。
 「シンジ!お茶なんかすすってないで、あんたも何か言ってやったらどうなのっ!?」
 「ま、どうせこうなるだろうと思って…。」
 「最初っから諦めてたんだ。根性無いのね。」
 「そう言う言い方は無いだろう。」
 「まあまあ、二人の気持ちはわかるけど、こればっかりは仕方無いわ。あなた達が修学旅行へ行っている間に使徒の攻撃が有るかもしれないでしょ?」
 「いつも、いつも!待機、待機、待機、待機!いつ来るかわかんない敵を相手に守る事ばっかし!たまには敵の居場所を突き止めて攻めに行ったらどうなの!」
 「それができればやってるわよ…。まあ、二人ともこれを良い機会だと思わなきゃ〜。クラスのみんなが修学旅行に行っている間、少しは勉強ができるでしょ?」
 実は二人とも心当たりが大有りなので少々顔色が変わる。
 「あたしが知らないとでも思っているの?」
 ニヤリとミサトは笑い、シンジ、アスカの名前が書かれた2枚のディスクを出した。
 あっと驚くタメゴロー…じゃなくてシンジとアスカ。
 「見せなきゃバレないと思ったら大間違いよ。あなた達が学校のテストで何点取ったかなんて筒抜けなんだから。」
 だが、それがどうしたと言わんばかりにアスカは肩を竦める。
 「はんっ!ばっかみたい、学校の成績が何よ。旧態然とした減点式のテストなんか何の価値も無いわっ!」
 「郷に入れば郷に従え。日本の学校にも慣れて頂戴。」
 「イ〜だっ!」
 アスカの抵抗はそれぐらいだった。


 「アスカ、お土産買ってくるからね♪」
 「ああ〜三人とも残念だったなぁ〜。」
 「お前らの分まで楽しんできたるわ!ナハ、ナハ、ナハハハハッ!」
 修学旅行の目的地、沖縄へ飛び立つ飛行機。
 ちなみに、セカンド・インパクトの際の地極変動で日本は常夏の国である。
 さらに、南極大陸の融解で、海面は10m近く上昇しており、日本の海岸から砂浜は完全に消滅した。
 “沖縄に行く意味なんてあるのかしら?今更戦争の傷跡でも見る気?”
 退屈な授業に飽きて、クミは窓からボケッと飛行機雲を見ながらそんな事を考えていた。
 「真辺さん!」
 教師のお怒り気味の声にクミは顔を戻した。
 「はい?」
 「授業を聞かなくてもいいくらいなら、あの問題を英訳できますね?」
 「はい。」
 クミは黒板の前に立つと、すらすらと答えを書いた。
 【It‘s self−perpetuating a parahumanoidarianised】
 「………正解です。」
 できなかったり間違えたら今度こそ水の入ったバケツを持って廊下に立たせてやろうと思っていた教師の思惑は外れた。
 こういう事は英語に限らず、またずっと前から繰り返されている事であり、最初の頃は驚いていたクラスメートも最早それが普通の事だとわかっているので、今回も驚く事さえしなかった。
 「♪Back to Humans♪」
 クミはそのフレーズを歌いながら席に戻った。
 そのフレーズを聞いた教師は目を剥いた。その問題はある古い洋楽の歌詞から持ってきたのであり、生徒達が知る訳も無い筈だったのに、クミがその曲を知っていたからだ。
 “このコは一体…。”

 『浅間山の観測データは可及的に速やかにバルタザールからメルキオールへコピーして下さい。』
 ネルフ本部発令所も[使徒]が来なければ平和なものだ。
 マヤは文庫本を静かに読み、日向はマンガを読んで笑い、青葉は趣味のギターを引く真似をしてくつろいでいる。お前ら、仕事しろ!
 「修学旅行?こんなご時世に暢気なものね…。」
 書類を見ながらリツコが呟く。
 「こんなご時世だからこそ、遊べる時に遊びたいのよ。あのコ達…。」
 と言うミサトも内心では少々羨ましいようだった。

 一方、待機の為に修学旅行に行けなかったシンジ達は特別に貸切にして貰ったプールで時間を過ごしていた。
 シンジがノート・パソコンと睨めっこしていると…。
 「シンジ!」
 声をかけてきたアスカは先日買った水着を着ていた。
 「じゃーん!沖縄でスキューバできなかったからここで潜るんだ。」
 「アスカは気楽でいいね…。」
 シンジは物理の問題に再挑戦。
 「もう、ホントにシンジはいいこちゃんなんだから…。」
 「そんな事言ってもやらなくちゃいけないんだ。仕方ないよ。」
 「ふーん、どれどれ…何だ、こんなの簡単じゃない…はい、できた。」
 アスカはシンジが何に苦戦してるのかとディスプレイを覗き込み、横からキーボードを打ってあっという間に問題を解いてしまった。
 「どうしてこんな難しい問題ができて、学校のテストがダメなの?」
 「テスト用紙にどんな問題が書いて有るのかわからなかったのよ。」
 「それって、日本語の設問が読めなかったって事?」
 「そ。まだ漢字全部覚えていないのよね。向こうの大学じゃ習ってなかったんだ。」
 「ええっ!?アスカって大卒なの!?」
 「まあね。」
 「じゃあ、高校は?」
 「何にも知らないのね。向こうじゃ、理解が早ければどんどん新しい事を学べるの。年齢に関係無くね。」
 つまり、飛び級した訳だ。シンジは唖然としている。大卒なのに、何で今更中学校に通う必要があるのだろうか、と。
 「で、こっちの問題は何が書いてるの?」
 「え?ああ、熱膨張の問題だけど…。」
 「熱膨張!?また幼稚な問題やってんのね。とどのつまり、物ってのは暖めれば膨らんで大きくなるし、冷やせば縮んで小さくなるって事じゃない。」
 アスカはそう言って自分の胸に手を当てた。
 「私の場合、胸だけ暖めれば、少しはおっぱいが大きくなるのかな?」
 「そ、そんな事僕に訊かないでよ!」
 シンジは顔を赤くして目を逸らしてしまっている。
 「キャハハハ、シンジったら何、顔赤くしてんのよ。そんな事ある訳無いじゃない。」
 アスカは笑いながらプールサイドに置いてあるスキューバ・セットの方に歩いていった。
 アスカから顔を背けていたシンジだが、視線はアスカを追っていた。と、水音がした。
 シンジとアスカのやり取りにもそ知らぬ顔で泳いでいたレイがプールから上がったのだ。
 バスタオルで頭を拭いているレイを無意識のうちに注視しているシンジ。レイの表情はいつもと変わらず無表情のままだ。
 「見て見て、シンジ!」
 アスカが呼ぶ声にそちらを見ると。
 「バックロール・エントリー!」
 酸素ボンベを背負ったアスカは、背中から回転しながらプールに入った。
 “プールの中に何があると言うのだろう…。”
 シンジは溜息をついた。

 UNの無人の強行偵察ヘリが浅間山山頂付近上空を飛び、マグマ内を観測していた。
 浅間山地震観測所から、火口内に何かの影が見えるとの報告が入り、冬月、リツコ、マヤ、そしてもう一人の発令所オペレーター青葉シゲル二尉の四人が送られてきたデータを検証している。
 「これでは良くわからんな…。」
 マグマの赤と黒の斑点だけの写真に正直なコメントを言う冬月。
 「しかし、浅間山地震観測所の報告通り、この影は気になります」
 青葉の言うとおり、微かだが黒い点が集中している箇所が有る。
 「勿論、無視はできん。」
 「MAGIの判断は?」
 「フィフティ・フィフティです。」
 リツコの問いにマヤが答え、それを聞いて冬月は少し考えた。
 「…現地には?」
 「既に葛城一尉が到着しています。」
 現地のミサトは耐熱バチスカーフの観測機を使い、より正確なデータを収集しようとしていた。
 「もう限界です!」
 モニターに光る幾つもの警告文字にたまらず所員が声をあげた。既に深度は650。通常、潜らせる深度はここまでだ。
 「いえ、あと500お願いします。」
 更に観測機は潜り続けるが、遂に警告音が鳴った。
 『深度1200、耐圧隔壁に亀裂発生。』
 「葛城さん!」
 観測機を心配する観測所員が抗議する。
 「壊れたら、うちで弁償します。あと200。」
 日向がネルフより持ち込んだ端末の音が鳴った。
 「モニターに反応!」
 「解析開始。」
 「はい!」
 が、さらに大きい警告音が鳴った。
 『観測機圧壊、爆発しました。』
 「解析は!?」
 「ギリギリで間に合いましたね。パターン青です!」
 「間違いない…使徒だわ!」
 モニターに映る卵の中には、胎児の様に丸まっている[使徒]の影が透けて見えた。
 ミサトはすぐに断を下した。
 「これより、当研究所は完全閉鎖。ネルフの管轄下になります。一切の入室を禁じた上、過去6時間以内の事象は全て部外秘とします!」
 廊下に出たミサトは、携帯から本部に電話を掛けた。
 「碇司令宛てにA−17を要請して。大至急!」
 『気をつけて下さい。これは通常回線です。』
 「わかっているわ。さっさと守秘回線に切り替えて!」

 「A−17!こちらから撃って出るのか!?」
 「そうです。」
 緊急に召集された人類補完委員会のメンバーはゲンドウの提案に驚いた。
 「ダメだ、危険すぎる!15年前を忘れたとは言わせんぞ!」
 だが、あくまでもゲンドウは冷静だった。
 「これはチャンスなのです。これまで防戦一方だった我々が、初めて攻勢に出る為の。」
 「リスクが大きすぎるな…。」
 人類補完委員会の中心人物、議長キール・ローレンツも訝しむ。
 「しかし、生きた使徒のサンプル、その重要性は既に承知の事でしょう?」
 「…失敗は許さん。」
 ゲンドウの答えに一応納得したのか、キール議長はゲンドウに釘を刺して会議を終了させた。
 「失敗か…。その時は人類そのものが消えてしまうよ。…碇、本当に良いんだな?」
 冬月にゲンドウは返事をせずにいつものポーズのままニヤリ笑い。

 シンジ達はすぐさまネルフ本部のブリーフィング・ルームへ集合。
 「これが使徒?」
 「そうよ。まだ完成体になっていない、蛹みたいな状態ね。今回の作戦は使徒の捕獲を最優先とします。でき得る限り原型を留め、生きたまま回収する事。」
 「できなかった時は?」
 「即時殲滅。良いわね?」
 「はい!」
 「作戦担当者は…。」
 「はいは〜い!私が潜る!」
 リツコの声を遮り、手を挙げて元気な声で立候補するアスカ。
 「アスカ。弐号機で担当して。」
 「了解。こんなの楽勝よ。」
 アスカは自信満々だ。
 「初号機は弐号機のバックアップになります。」
 「私は?」
 「プロト・タイプの零号機には、特殊装備は規格外なの。レイは本部待機よ。」
 マヤが他の二人の任務を告げた。
 「残念でした。しっかりお留守番しててね〜。」
 「A−17が発令された以上、すぐに出るわよ。支度して!」
 リツコの声にシンジ達はロッカー・ルームに向かった。

 アスカはロッカー・ルームで今回の作戦の為に準備された耐熱用のプラグ・スーツに着替えた。
 「耐熱用のプラグ・スーツと言っても、いつものと変わらないじゃない?」
 「右のスイッチを押してみて。」
 傍らにいるリツコが書類から目を離さずに指示した。
 アスカが言われた通りスイッチを押すと、何とプラグ・スーツは風船の様にどんどん膨らんでいった。
 「あ〜ん、いやぁぁ〜っ!」
 思わず悲鳴を上げるアスカ。でっぷり太ってしまったアスカはとうとうロッカーとロッカーの間に挟まってしまった。
 「何よ、これぇぇ〜っ!」
 「EVA弐号機の支度も出来ているわ。」

 「いやぁぁ〜っ!!何よ、これぇぇ〜っ!!」
 ケイジに到着するなり、アスカはさっきと同じ悲鳴をあげる。
 「耐熱耐圧耐核防護服。局地戦用のD型装備よ。」
 「これがあたしの弐号機…。」
 EVA弐号機はアンティークな潜水服を着たみたいな不格好な姿で、まるでヌイグルミの様。
 「嫌だっ!あたし降りる!こういうのはシンジがお似合いよっ!」
 「そいつは残念だなぁ〜。せっかくアスカの勇姿が見れると思ったんだが。」
 一つ上の通路に加持が現れた。
 「いやぁぁっ!」
 アスカは慌てて物陰に逃げ込んで姿を隠す。
 「でも、こんな恥ずかしいカッコで加持さんの前に出るなんてできないもん!」
 「困りましたね…。」
 困惑の表情のマヤ。
 “でも、どうせまた僕になるんだろうな…。”
 等とシンジが思っていると、隣のレイが手を上げた。
 「私が弐号機に乗って出ます。」
 その瞬間、アスカの表情が変わった。
 「貴女には私の弐号機に触って欲しくないの!悪いけどっ!」
 アスカはレイに敵意むき出しにして怒鳴った。
 「やれやれ…アスカ、頑張るんだぞ。」
 「はーい…。」
 加持に励まされたものの、アスカは立候補した時の元気が嘘の様に弱々しく答えた。
 「格好悪いけど我慢してね…。」
 自分の愛機を慰めるアスカだった。



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION

EPISODE:10 MAGMADIVER



 EVA弐号機とEVA初号機は全翼機で空輸されてきた。
 ミサトの作戦は、火口よりクレーンでD型装備の弐号機を有線降下させ、[使徒]の捕獲を行うと言う、単純且つ確実な方法だった。
 発進準備を待っているアスカはふと加持が来ていない事に気付いた。
 「あれ?加持さんは?」
 『あのバカはいないわよ。仕事無いもの。』
 「ちぇー、せっかく加持さんにいいとこ見せようと思ったのに。」

 その頃、加持はロープウェイのゴンドラの中でとある女性と一緒に居た。
 「A−17発令ね。それには現資産の凍結も含まれているわ。」
 「お困りの方も…さぞ、多いでしょうな。」
 話の内容からデートとは違う様だ。
 「何故、止めなかったの?」
 「理由が有りませんよ。発令は正式な物です。」
 「でも、ネルフの失敗は世界の破滅を意味するのよ?」
 「彼らはそんな傲慢ではありませんよ。」
 加持はネルフの一員であるのに他人事であるかのような台詞を吐いた。
 「だといいんだけど…ところで、クミと接触したそうね。」
 「おや、もうご存知でしたか。」
 「わかってると思うけど、あのコはまだ15歳なのよ。」
 加持は苦笑した。
 「ご心配無く。あのコは俺にとっては妹みたいなものです。手を出したりしませんよ。」

 その頃、クミは迷彩模様のシャツと茶色のジーンズに身を包み、とある大木の天辺付近に座って双眼鏡を手にしていた。
 双眼鏡で見ているのはD装備のEVA弐号機。
 「うわ、カッコ悪ぅ〜。あれをデザインした人、センス無いわね。惣流さんも可哀想に…。あら?何で国連軍が?」

 クミが見つけた機影をシンジも確認していた。
 「何ですか、あれ?」
 「UNの空軍が空中待機してるのよ。」
 「手伝ってくれるの?」
 リツコの返事にアスカは喜んで訊くが、事実は非情なものだった。
 「逆よ。私達が失敗した時の後始末の為よ。」
 「N2爆雷で使徒を熱処理するのよ。私達も一緒にね。」
 リツコの傍のマヤも淡々と告げた。
 「酷い…そんな命令、誰が出すんですか!?」
 「碇司令よ。」
 リツコの言葉にシンジはショックを受けた。

 『レーダー作業終了。』
 『進路確保。』
 『D型装備異常無し。』
 『EVA弐号機発進位置。』
 捕獲作戦の準備が開始され、クレーンで浅間山火口の中心に運ばれるD型装備のEVA弐号機。
 「了解…。アスカ、準備はどう?」
 『いつでもどうぞ。』
 「発進!」
 ミサトの号令で使徒捕獲の為のキャッチャーを持ったEVA弐号機が、クレーンよりケーブルで徐々に火口へ降下してゆく。
 「うわぁ〜、熱そう…。」
 グツグツと煮えたぎるマグマを見てアスカの頬に汗がつたう。
 『EVA弐号機、溶岩内に入ります。』
 『見て、見て、シンジぃ〜♪』
 「え?」
 『ジャイアント・ストローク・エントリー!』
 EVA弐号機はマグマに入る手前で両足を前後に大きく広げたポーズを取ってマグマの中にダイブしていった。
 「視界はゼロ。何もわかんないわ。CTモニターに切り替えます。」
 それでも、視界は良好という程ではなかった。
 そのまま降下を続けるEVA弐号機。
 エントリー・プラグの中でサウナに入ってるように茹でられ、不快感を訴えるアスカにミサトは後で近くの温泉に行ってさっぱりしようと言って励ます。
 さらにEVA弐号機は降下を続け、安全限界深度を突破した。
 圧力によりEVA弐号機の防護服に亀裂が発生、脚につけていたプログ・ナイフも脱落していった。
 「葛城さん!もうこれ以上は…今度は人が乗ってるんですよ!」
 日向が危険を唱えるが。
 「この作戦の責任者は私です。続けて下さい。」
 ミサトは信念を貫く。
 「ミサトの言うとおりよ。大丈夫、まだいけるわ。」
 アスカは汗だくのまま、口元に笑みを浮かべた。しかし、言葉とは裏腹に、内心では余裕等全く無い。
 深度1780。アスカの視界に黒い楕円の影が捉えられた。
 「…いた。」
 [使徒]の蛹に接近するEVA弐号機。
 アスカはタイミングよくキャッチャーの電磁柵を展開し、見事捕獲に成功した。
 「目標、捕獲しました。」
 アスカの声に見守っていた一同の緊張が解けた。
 「ナイス、アスカ。」
 ミサトがワンパターンの言葉でアスカを労った。
 「捕獲作業終了。これより浮上します。」
 EVA弐号機は[使徒]を伴って上昇を開始した。
 「やっぱ楽勝じゃん。でも、これじゃプラグ・スーツと言うよりサウナ・スーツよ。ああ、早いとこ温泉に入りたい。」
 「一気に緊張が緩んだのね。」
 「そうみたいね。」
 リツコの声にミサトもアスカと同じ心地だった。
 「今日の作戦、怖かったんでしょ。」
 「ま、ね。ヘタに手を出せばアレの二の舞ですもの。」
 「そうね。セカンド・インパクト…二度とゴメンだわ。」
 その時、突如警告音が鳴り響いた。
 「何よこれぇーっ!?」
 思わぬ状況に声を上げるアスカ。
 電磁柵の中の[使徒]のシルエットや色の変化が突然始まった。
 「マズイわ!羽化を始めたのよ!」
 [使徒]は己が捕獲されたのに気付いたのか、急激な変態を遂げようとしていた。
 「そんな…計算より早すぎるわ!」
 完全に変態を遂げた[使徒]は電磁柵を突き破ろうとする。
 「電磁柵が持たない!」
 リツコの声にミサトは決断した。
 「捕獲中止!キャッチャーを破棄!」
 ジョイント部が爆破され、[使徒]は電磁柵ごとEVA弐号機から離れていく。
 「作戦変更!使徒殲滅を最優先!弐号機は撤収作業しつつ、戦闘準備!」
 「待ってました!」
 捕まえるよりもやっつける方が好きだったアスカはミサトの命令に不敵な笑みを浮かべ、EVA弐号機は[使徒]迎撃のポーズを取る。しかし、何か忘れているアスカ。
 「しまった!ナイフは落としちゃったんだわ!」
 [使徒]が正面からEVA弐号機に迫る!
 「バラスト放出!」
 EVA弐号機の機体からバラストが外れて落下した。軽くなった為に上昇速度が速くなり、ぎりぎりで[使徒]をかわすEVA弐号機。
 「アスカ、今のうちに初号機のナイフを落とすわ。受け取って!」
 ミサトの指示でEVA初号機がプログ・ナイフを火口内に投げ込んだ。
 「ナイフ到達まであと40!」
 プログ・ナイフがマグマの中を沈降していくが、その間にも[使徒]がEVA弐号機に再接近する。
 「あーん、来ないでぇ、あーん、早く来てぇっ!」
 前者は[使徒]に対して、後者はプログ・ナイフに対しての言葉だ。
 ようやく届いたナイフを手にしたEVA弐号機が迫ってきた[使徒]に反撃しようとしたが、[使徒]は怯まずにEVA弐号機の左脚に組み付いてきた。
 「このおおおっ!」
 愛機を傷付けられたアスカは逆上し、ナイフを何度も[使徒]に突き立てた。しかし、[使徒]はビクともしない。
 モニターを見ていたリツコが呟いた。
 「高温高圧、これだけの極限状況に耐えているのよ。プログ・ナイフじゃだめだわ。」
 左脚部のパイプが破れ、冷却液が噴出した。
 「耐熱処理!」
 アスカは素早く左脚を切り離し、耐熱処理を施した。
 [使徒]はEVA弐号機からやっと離れた。だが、そのままマグマの奥へ泳いで行き、アスカはそのまま[使徒]を見失った。
 「ちっ、こんな時に見失うなんて。」
 『アスカ、とにかくこのまま引き上げるわ。出直しよ。』
 「ダメよ!今倒さなかったらいつ倒せるか、わかんないわ!」
 『命令よ!』
 「…わかったわ。」
 アスカは不満そうに了解した。
 だが、EVA弐号機がマグマから出た瞬間、[使徒]がマグマから飛び出して襲い掛かった。
 「きゃああっ!」
 突然衝撃が走り、視界が真っ暗になった。
 「くっ、カメラが…。」
 アスカは衝撃でカメラが壊れたと思ったのだが。
 『…アスカ、落ち着いて聞いて。』
 「何よ、ミサト。」
 『貴女、使徒に食べられたわ。』
 「えっ!? 」
 『弐号機は使徒の体内にいるのよ。』
 「何ですってぇっ!?」
 EVA弐号機は上半身を[使徒]に飲み込まれ、片足だけが出ている状態だった。
 「何でいつもこうなるのよっ!」
 初めての[使徒]との戦闘の際も[使徒]に飲み込まれた。あの時はシンジが一緒にいたが。
 「シンジくん、アスカの救出、急いで!」
 「はい!」
 EVA初号機がパレット・ライフルで[使徒]を攻撃した。が、弾丸は全て弾き返されてしまった。
 「全然効かない!」
 「くっ、どうすれば…。」
 ミサトは他の策を考えるが思いつかない。すると。
 「そうだわ!あれなら!」
 アスカが何か閃いた。
 『ミサト、下に戻して!早く!』
 「どうするの!?」
 『いいからっ!』
 「引き上げ中止!」
 上昇が止まり、EVA弐号機は[使徒]にマグマの中に引きずり込まれた。
 「これならどうだっ!」
 アスカは何を思ったか、左腕のパイプを切断した。
 「冷却パイプ3番が切断されましたっ!」
 マヤが椅子に座ったまま振り返り焦った声をあげる。
 『次っ!冷却液の圧力を全て3番に回してっ!早くっ!』
 「なるほど、熱膨張ね!」
 リツコはアスカの作戦に気付いた。
 「マヤ!」
 「了解!」
 感心したリツコの指示が飛び、5本ある冷却パイプの冷却液が全て3番に集まる。
 冷却液が高温で気化を始め、[使徒]の中で体積を増加させていく。
 体外からの高温高圧には耐えられても、中からは無理のようだった。
 もがき苦しんだ[使徒]はたまらずEVA弐号機を吐き出し、断末魔をあげバラバラに崩れ去った。
 だが、その直前、[使徒]の手がEVA弐号機の命綱のケーブルを切断していった。
 「せっかくやったのに…。」
 切断された冷却パイプからの冷却液噴出が止まった。
 防護服がへこみ、頭部の覗き窓にも亀裂が発生した。
 「やだな…ここまでなの?」
 僅かに一部分だけ繋がってた最後の一本が切れた。
 沈降していくEVA弐号機。呆然としているアスカ。為す術は無かった。
 だが、アスカが俯いた瞬間、予期せぬ衝撃が襲った。
 アスカが見上げるとそこにはEVA初号機がいた。パイプを身体に巻きつけたその姿は、特殊装備もしていない。
 マグマの中で、下から見る初号機の顔は、不気味な陰影のせいもあって凶悪に見える。でも、アスカはそれを頼もしく感じた。
 「…シンジったら…無理しちゃって。」
 アスカは素直に心情を吐露し、穏やかに呟いた。

 その日の夕刻。シンジ達は温泉のある旅館に居た。今日はここに泊まって明日帰還である。
 「すいませーん、ネルフの方、いらっしゃいますか?」
 「あ、はーい!」
 部屋に居たシンジが出ると、宅急便が届いていた。
 「加持さんから?…何だろう…。」
 ダンボールのガムテープを剥がすと、中からペンペンが顔を出した。
 何度も左右を見て何かを探している。
 シンジはすぐにペンペンが何を探しているのかわかって苦笑した。
 「温泉なら、奥へ行って右だよ。」
 ペンペンは早速タオル片手に駆けて行った。
 「じゃあ、僕も温泉に入ろうかな。」

 「ふ〜…お風呂がこんなに気持ちいいなんて、知らなかったな…。」
 シンジはタオルを頭に載せて極楽気分。ペンペンも気持ちよさそうに泳いでいる。
 さっきはアスカを助ける為に無我夢中でマグマの中に飛び込んだはいいが、マグマの高温であっというまにLCLの温度が上昇し、EVAの中にいながらにして熱湯コマーシャルのように熱いお風呂を必死に我慢しているという状態だったが、ここは程よい温度で、薬効成分も身体を癒してくれる。
 「ねえ、シンジくーん、ボディシャンプー取ってくれる?」
 ミサトが女湯から声を掛けてきた。
 「持ってきたやつ、無くなっちゃったのー。」
 アスカが訳を言った。
 「わかりました。」
 シンジはボディシャンプーを取ってきて、女湯との境まで行って声を掛けた。
 「それじゃ、行くよー。それっ。」
 シンジがボディシャンプーを投げると。
 「イタッ!もう、どこに投げてんのよぅ。」
 「どこって…。」
 境の向こうが見える筈も無い。
 「もう、変なトコにぶつけないでよね。」
 「どれどれー?あー、アスカの肌って、すっごくプクプクしてて柔らかーい。」
 「あんっ!やっだぁ〜!くすぐったいぃ〜!」
 その向こうからミサトとアスカの妙な掛け合いが聞こえてきた。
 「じゃあ、ここはぁ〜?」
 「そんなとこ触らないでよぉ〜!」
 どうやらミサトが何やらアスカの身体を触り始めたようだ。
 「いーじゃなーい、減るもんじゃないしぃ〜。」
 一体、ミサトはアスカの身体のどこを触っているのだろうか?
 だが、アスカが艶っぽい声を出して反応している事からして…シンジが不埒な想像をするのも若さ故の過ちか。
 ふと気付くと、自分の前のペンペンが不思議そうな顔をしている。
 「うわっ。」
 シンジは慌てて湯の中にしゃがみ込んだ。
 “膨張してしまった…恥ずかし…。”

 身体も洗い終わり、ミサトとアスカはのんびりと夕陽が山に沈み行くのを見ていた。
 と、アスカがミサトを見て、胸にある大きな傷跡に気付いた。
 そのアスカの表情を見てミサトもすぐに話した。
 「ん?ああ、これね。…セカンド・インパクトの時、ちょっちね。」
 そして、沈黙する2人。
 アスカが沈黙を破る。
 「…知っているんでしょ?私の事もみんな。」
 「ま、仕事だからね…。お互いもう昔の事だもの。気にする事無いわ。」
 ミサトはアスカに、そして自分に言い聞かせる様に呟いた。
 「ところで、あの土壇場でよくあの作戦を思いついたわね。」
 「たまたま、ね。前に海で戦った時も使徒に飲み込まれたけど、その時はシンジが一緒だった。で、今日プールに行った時、いいこちゃんのシンジは熱膨張の問題がわからなかったのよ。」
 「今日もまた使徒に頭から飲み込まれかけたから、閃いたって訳ね。」
 「そ。でさ、ふざけて私の場合、胸だけ暖めればおっぱいが大きくなるのかな≠ネんて言ったらシンジのヤツ、真っ赤になってるの。もう可笑しくって。」
 「ふふっ、シンジくんはまだお子様だからねぇ〜。」

 誰もいなくなった、浅間山火口。
 クミは崖の上からその中を覗いていた。
 「別に巣や卵がある訳でも無いか…。」
 それだけ確認すると、クミはバイクに乗ってスタートさせた。
 “使徒、か…。”
 一体どこで生まれどのように成長し、どうして第三新東京市にやってくるのか?
 “…ある時は海から…またある時は空から…そしてまたある時は地中から…。”
 その形状も、二足歩行体だったり、動物形態だったり、よくわからないものだったり。
 “そして、それらを倒す為に存在する、ネルフとエヴァンゲリオン…。”
 ネルフは有無を言わさず[使徒]を殲滅する任務を持っているが、その理由は?
 “よくよく考えたら、使徒って人を殺したりはしてないよね…。”
 人間が攻撃してくるから、それを排除する為に応戦しているのではないか、ともクミは思う。
 “それとも、人がただ忌み嫌っているだけ?…結局、どこでも同じなのかな…。”



超人機エヴァンゲリオン

第10話「マグマダイバー」―――監視

完
あとがき