超人機エヴァンゲリオン

最終話

世界の中心でアイを叫んだけもの

 “僕は、この星に何の為に来たのだろうか?”
 “僕は、この星に留まっていいのだろうか?”
 “僕は、この星に干渉していいのだろうか?”
 “………いや、何を今更迷う必要がある。”
 “たとえ、それが過ちだったとしても、自分が信じるままに生きるべきだ。”
 “そうだ。それが、僕がこの宇宙に生まれた理由なんだ。”

 ゲンドウとレイはLYLISの前に来ていた。二人はこれから行う儀式を前に無言でLYLISの巨体を見上げていた。
 「お待ちしておりましたわ。」
 二人の右斜め前、LCLのプールの前のステップに腰掛けていたリツコは、ゲンドウに声を掛けて立ち上がると無表情のまま白衣のポケットから拳銃を取り出して二人に向けた。
 「ごめんなさい。貴方に黙って先程、MAGIのプログラムを変えさせて貰いました。」
 ゲンドウはレイを庇うようにしてその前に立った。
 「終わりにしましょう、碇司令、いえ、ゲンドウさん…。貴方が私を捨てるのなら、記念に貴方の大切な物を頂いていきます。恨みっこ無しですわ。」
 リツコは白衣のポケットの中のスイッチに手を触れた。
 「娘から最後の頼みよ…母さん、一緒に死んで頂戴…。」
 リツコはスイッチを押した。そして覚悟を決めてその時を待った。だが、何も起きなかった。
 「作動しない!?何故!?」
 リツコは白衣のポケットからポケコンを取り出して見た。ネルフ本部の自爆について、MAGI・メルキオールとMAGI・バルタザールは承認していたが、MAGI・カスパーだけが否定していた。
 「カスパーが裏切った!?…母さんは、自分の娘よりも男の方が大事なの!?」
 カスパーには、赤木ナオコの女としての人格が移植されていたのだ。
 ゲンドウが銃をリツコに向かって構えた。
 「赤木リツコくん…本当に………。」
 最後の言葉は聞き取れなかった。だが、ゲンドウが今更何を言おうと、リツコには本当とは思えなかった。
 「…嘘つき…。」
 が、銃声がしたものの、リツコは撃たれていなかった。
 「そう簡単に生きる事をあきらめるもんじゃないよ。」
 いつのまにかそこに現れた加持の銃が、ゲンドウの左手から銃を弾き飛ばしていた。
 「きさま…。」
 「おっと、動くともう一方の手も撃ちますよ。大事な大事な右手でしょう?」
 ゲンドウは右手をポケットに入れて隠す。
 「…どうして…死んだんじゃなかったの?」
 リツコも加持が生きている事が信じられなくて呆然としている。すると、加持の背後からクミが横に立った。
 「貴女は!?」
 「確かに死にかけたんだけどね…クミが助けてくれたのさ。」
 あの時…ネルフの諜報部員に胸を撃ち抜かれた加持は死を待つばかりだった。が、そこに駆けつけたクミが加持の胸に手をかざすと、胸の傷はたちまち治ってしまったのだ。
 「碇司令。彼女は貰っていきますよ。」
 クミは加持とリツコの腕を取ると、何処かへと転移した。
 EVA五機の出撃前の事だった。

 雲の上を縦に並んで飛行してきた九機の全翼機。それらは前後左右に隊列をばらけ出した。それらはEVAの輸送に使われるものだが、その機体下部が開いた中には、白い巨人がいた。
 ‘KAWORU’と刻印のある赤いエントリー・プラグ、いや、ダミー・プラグがその巨人に挿入されると、盾を持った白い巨人達は一斉に全翼機から分離されて降下を始めた。そして、翼を広げて青空の中で弧を描きながら滑空していく。
 「EVAシリーズ!?それも9体全機投入とは、大袈裟過ぎるな…まさか、ここで起こすつもりかっ!?」
 冬月はそれらがここに飛来した目的を推測して眉間に皺を寄せた。
 ミサトは冬月のその言葉に、何かに気付いたようにはっとした。
 9体の白い巨人、EVAシリーズは五機のEVAを取り囲むようにしてジオ・フロントに降り立つと、背中の翼を身体の中に収容した。
 その頭部には目は無く、まるでトカゲのような不気味な形態をしていた。
 「何だ、こいつら?」
 「EVAのようで全然違うみたいだけど…。」
 「何か、気持ち悪い奴らやな〜。」
 「この不気味さ、正に不快だね。」
 「これが、最後の敵…。」
 シンジ、アスカ、トウジ、カヲル、レイが、周囲の白い巨人達を凝視した。
 「そいつらはゼーレが送り込んだEVAシリーズよ。」
 ミサトが五人にその白い巨人達について説明した。
 「EVAシリーズ?」
 「つまり、量産型のEVAよ。いい、みんな。サード・インパクトを防ぐには、そいつらを全部殲滅するしかないわ。」
 「だけど、9対5よ。どうやって…。」
 「まずは動く事だ。」
 アスカが作戦を聞こうとした時、冬月が指示を出した。
 「敵が多い場合、停まっていれば袋叩きに逢う。常に移動していれば1対1か1対2だ。チャンスはある。」
 「しかし、1対2では勝てるかどうか…。」
 ミサトの不安も尤もだ。だが、冬月には僅かだが確信があった。おそらく敵EVAにはダミー・プラグが搭載されている。ならば、人間のような柔軟な思考ができない筈…。
 「作戦は随時説明する。EVA各機はEVAシリーズに突進後、攻撃距離に入る寸前で転進。」
 「わかりました。みんな、聞いたわね。転進は必ず左よ。」
 冬月の意図がまだわからないが、ミサトはシンジ達に命令を出した。転進の方向も指示したのは転進した際にぶつからないようにする為だった。
 「了解。」
 EVA各機は其々突進する目標を定めた。
 「スタート!」
 ミサトの号令でEVA各機は敵EVAへ突進する。そして攻撃距離に入る寸前で左に転進した。
 EVA各機の予想外の行動に敵EVAは一瞬うろたえ、慌ててEVA各機を追い掛ける。ゼーレは敵を殲滅せよという命令しかまだ出していなかった。その命令だけで事足りると考えていたからだ。
 だが、EVA対敵EVAの戦いは今や只の追いカケッコの態を成していた。
 「よし。次に、EVA各機は地底湖を中心にして円を描くように走れ。」
 冬月の第二の指示が出た。
 EVA零号機、敵EVA2機、EVA初号機、敵EVA2機、EVA弐号機、敵EVA2機、EVA参号機、敵EVA2機、EVA四号機、敵EVA1機、という順で14体のEVAが地底湖を中心にして走り回る。
 「此処からが重要だ。EVA各機は180度反対の地点に着地するよう、一斉にジャンプする。合図は君に任せる。」
 「そんな!それでは地底湖の上空で激突します!」
 ミサトは冬月の指示に異議を唱えるが。
 「寸前にATフィールドを展開すれば激突を回避できる。バランスを崩しても下は地底湖だ。パイロットへの衝撃は少ない。だが、EVAシリーズはそんな咄嗟の判断等できまい。」
 「成る程、EVAシリーズは激突してそれぞれダメージを受ける訳ですね。」
 敵EVAの同士討ちを誘発させるのが目的だったのだ。冬月の奇想天外な作戦にオペレーター達も流石年の功と納得する。
 「その時こそ、本当の攻撃開始だ。」
 「みんな、わかった?」
 モニターに映る五人の少年少女達は無言で頷いた。
 「それじゃ、そろそろ行くわよ。………ジャンプ!」
 ミサトの号令の直後、五機のEVAはジャンプした。続いて敵EVAもそれを追ってジャンプする。そして、地底湖上空で激突する寸前、ATフィールドを自機の前だけに展開すると、EVA五機の前に円柱上のATフィールドが出来た。それは、先ほどの移動方向と同じく左に各EVAを弾いた。各EVAは地底湖に着水、だが敵EVAは冬月の予想通り咄嗟の判断ができず、モロに大激突、そして地底湖の周囲に弾き飛ばされた。
 「よしっ!」
 自分の作戦が大成功し、冬月は思わず拳を作った。
 敵EVAは大激突のダメージのせいでなかなか起き上がれない。
 「今よ!各機、個別にEVAシリーズへ攻撃開始!」
 ミサトの号令で各EVAは一斉に敵EVAへ突進していった。
 「でぃああああっ!」
 シンジのEVA初号機がソニック・トマホークを一閃した。
 首から上で切断された頭部を後方に吹っ飛ばされ、敵EVAは首から血を吹き上げながら大地に倒れ伏した。
 「たああああっ!」
 アスカのEVA弐号機がソニック・グレイブを構えて敵EVAの一体に突進した。グレイブが一閃され、袈裟斬りされた敵EVAは血を吹き上げながら仰向けに倒れた。
 「うおりゃあああっ!」
 熱血・トウジのEVA参号機もアスカに続いた。トウジの得物はソニック・ソード。敵EVAは持っていたシールドでその斬撃を防ごうとしたが、数合のうちにバランスを崩してシールドを弾き飛ばされ、脳天唐竹割にされた。
 「そこだっ!」
 カヲルのEVA四号機はソニック・スピアーを構え、敵EVAの腹部を刺し貫いた。
 そして、レイのEVA零号機は…。
 「レイってあんな戦い方知ってたっけ?」
 ミサトは驚いていた。EVA零号機は得物を持たず、徒手空剣で敵EVAに立ち向かっていた。敵のシールドでの薙ぎをジャンプしてかわし、そのままローリング・ソバットを一閃。足刀が見事に敵の首をへし折る。続いて背後からの敵の攻撃には、後ろが見えているかのようにカウンターの後ろ蹴りで逆に敵を吹っ飛ばす。更に敵の一体に突進、突如跳躍し、ミサイル・キックでシールドごと敵を地面に叩き付けた。止めの貫手が喉に突き刺さり、敵は動きを止めた。
 そして、アスカも敵の2体目を葬っていた。これで1対5。勝利は目前と思われた。が。
 「な…何これ…倒した筈のEVAシリーズが…。」
 自分のノート・パソコンで状況データを見ていたマヤはギョッとした。
 「何っ!?」
 シンジ達も驚いていた。やっつけた筈の敵EVAが活動を再開したのだ。倒れていたものは起き上がり、斬られたものは傷が再生し、頭を飛ばされたものはなんと頭を拾って首の上にくっつけた。
 「どうなってるんだ!?」
 「こいつら、不死身か!?」
 「どうやら、敵はS2機関を搭載しているみたいだわ。」
 シンジとトウジの驚く声の後、ミサトが追加説明を入れた。
 「何ですって!」
 それが何かを知っているアスカも驚きの声を上げた。
 「S2機関って!?」
 「何やねん、それ?」
 シンジとトウジは知らない。
 「一度動き出したら止めようとしない限り永久に動き続けるエンジンみたいなものよ。」
 レイが冷静に説明した。
 「それだけじゃない。どうやら敵はダミー・プラグで動いているようだね。」
 カヲルが悲しみの表情で付け足した。
 「とにかく、こちらで敵のS2機関がどこにあるか調べるわ。その間、密集隊形で防御に徹して。」
 「了解。みんな集まって。」
 シンジが指示を受け継いだ。円状に並んでATフィールドで敵の攻撃を防御するのだ。だが、EVA零号機が遅れ、他の四機との間に壁を作られてしまった。
 「綾波!」
 「いい。みんなはフィールドで防御して。私は外を回りながら敵を牽制するから。」
 「レイ、がんばって。こちらも全力で調べるから。」
 「お願いします、葛城さん。」
 「え?ええ…。」
 ミサトはレイのその返事に何か心に引っ掛かるものを感じた。
 “気のせいかしら?レイってあんな話し方だったっけ?”
 EVA零号機を除く4体のEVAはATフィールドを張った。そして、その周りを取り囲む敵EVAの周りをEVA零号機が走り始めた。
 だが、敵EVAも4体だけが攻撃、5体は外側を向いてEVA零号機の牽制攻撃に備え始めた。
 敵EVAはS2機関がある為に永久に動いていられるが、味方のEVAは肩に搭載したバッテリーを考慮しても後10分しか動けない。
 「チッ、このままじゃ埒が開かないか。」
 レイは舌打ちすると、急に方向を変えてEVA零号機を敵EVAの一体に突進させた。
 だがその瞬間、敵EVAの持つシールドが形を変えた。
 「ロンギヌスの槍!?」

 再び、LYLISの前のレイとゲンドウ。
 「ADAMは既に私と共にある。ユイと再び逢うにはこれしかない。ADAMとLYLISの禁じられた融合だけだ。」
 と、レイの左腕の肘から下が、突然ちぎれて落ちた。
 「時間が無い。ATフィールドがお前の形を保てなくなる。」
 ゲンドウは加持に脅されて庇った右手の手袋を外した。その掌には胎児状のADAMが融合していた。
 「始めるぞ、レイ…。ATフィールドを、心の壁を解き放て。欠けた心の補完…不要な身体を捨て、二つの魂を今、一つに…そして、ユイの許へ行こう。」
 レイは目を閉じてゲンドウを待った。
 ゲンドウは右手をレイの胸に伸ばした。そして、レイの乳房に触れたその手にゲンドウがゆっくり力を入れると、何とその手はそのままレイの身体の中に潜り込んだ。更にゲンドウはゆっくりとその手を胸から下に押し下げていく。
 「…ウッ…。」
 子宮にADAMが入り、レイは小さく呻いた。

 ロンギヌスの槍の前にはATフィールドとて絶対ではない。それは第15使徒戦で証明されていた。
 「みんな、避けてっ!!」
 ミサトは思わず叫んでいた。だが、時遅く、敵EVAのロンギヌスの槍はATフィールドを突破し、シンジ達のEVAの腹部を刺し貫いた。
 「うわあああーっ!!」
 シンジ達の絶叫が発令所に響き渡った。

 “!…碇くん…。”
 レイはシンジに起きた異変を察知して目を見開いた。

 「EVA初号機から四号機、全て活動停止!」
 「パイロットは!?」
 「全員、失神しました!」
 「生命維持システムはどうなってんの!?」
 「だめです!作動しません!!」
 ミサトの切羽詰った大声にマヤも声を張り上げて返答した。
 「何ですって!?シンジくん、しっかりしてっ!!アスカ!鈴原くん!渚くん!」
 ミサトはインカムでパイロット達に呼びかけるが一人として反応しない。
 「レイは!?…えっ!?」
 EVA零号機だけは、ロンギヌスの槍に刺し貫かれてはいなかった。更に正確に言えば、EVA零号機はATフィールドとは違う光のバリアーでロンギヌスの槍の攻撃を無効にしていた。
 「みんな!…いけない、渚くんが!」
 その時、発令所の誰もが見た。主モニターに映る、EVA各機のプラグ内映像…その一つ、EVA零号機のプラグ内からレイの姿が消えたと思ったら四号機のプラグ内に現れ、かと思ったら今度はカヲルごとレイの姿が消えたのだ。

 ジオフロントに呆然と佇む五体のEVA。パイロットのいなくなったEVA零号機もロンギヌスの槍に刺し貫かれてしまっていた。敵EVAは四体のEVAを蹴り倒し、残るEVA初号機―――LYLISの分身を取り囲んだ。
 それを見ていた、どこかの暗闇の中のモノリスの中から声が上がる。
 「遂に我らの願いが始まる。」
 「ロンギヌスの槍もオリジナルはないが、やむを得まい。」
 「EVAシリーズを本来の姿に。我ら人類に福音を齎す、真の姿に。」
 「等しき死と祈りをもって、人々を真の姿に。」
 「それは、魂の安らぎでもある。」
 「では、嘗て無かった儀式を始めよう。」
 敵EVAは、EVA初号機の両腕を掴んで上昇を始めた。
 「EVA初号機、拘引されて行きます!」
 「高度1万2千、更に上昇中!」
 「ゼーレめ、EVA初号機を拠り代とするつもりか。」
 日向と青葉の報告を聞いて、冬月はゼーレの意図に気付いた。
 “シンジくん…もう、私達にはどうする事もできないの?”
 ミサトは自分の無力さに歯噛みしながら、主モニターに映る光景を見ていた。

 “誰…ああ、真辺さんか…。”
 カヲルは地底湖の畔に横たわっていた。傍にはレイの姿をしたクミがいる。
 “話さないで…今、何とかするから…。”
 クミはレイの姿から元の姿に戻ると、両手をカヲルの腹部にあて、治癒を試みる。
 “無駄さ…僕は使徒なんだ…四号機と同化していたから、ロンギヌスの槍で刺されたらおしまいなのさ…。”
 カヲルは力無い笑みを見せた。
 “駄目!シンジくんと約束したじゃない、人として生きるって!”
 “いいんだ…短い間だったけど、僕は人として生きた…愉しかったよ…これ以上望むものは無い…。”
 “あきらめないで!人も、使徒も、共に生きていける。貴方は、その為に生きるべきなのよ。向こうの世界では、私もそうだったんだから!”
 カヲルはその言葉で、クミがどこから来たのかを朧気に気付いた。
 “真辺さん…君は…。”

 EVAシリーズは雲海の上に出ると、ロンギヌスの槍でEVA初号機の両掌と足を貫いた。まるでゴルゴダの丘で十字架に貼り付けられたキリストのように、EVA初号機は空中で静止した。
 「EVA初号機に聖痕が刻まれた。」
 「今こそ中心の樹の復活を。」
 「我らが下僕、EVAシリーズは皆、この時の為に。」
 EVA初号機の上下左右を取り囲むように静止していたEVAシリーズの身体が発光を始めた。
 「次元測定値が反転!マイナスを示しています!観測不能、数値化できません!」
 日向のディスプレイにはまるで暗号のような、出鱈目なアルファベットと数字と記号の羅列が動き回っていた。
 「EVAシリーズ、S2機関を解放!」
 「アンチATフィールドか。」
 青葉の報告に冬月は苦々しく呟いた。
 そして、EVAシリーズはEVA初号機を中心にして、ついにセフィロトの樹を形成した。
 「全ての現象が15年前と酷似している…じゃあ、これって、やっぱりサード・インパクトの前兆なの?」
 AD2000とAD2015。自分のノートパソコンの二分割されたディスプレイで高速スクロール表示されていくデータを見比べ、マヤは驚愕に目を見開き、今にも泣きそうなか細い声で呟いた。



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION

EPISODE:FINALE  Take care of yourself.



 「S2機関、臨界!」
 「…作戦中断。各部隊は速やかに撤退。」
 「これ以上は、もう分子間引力が維持できません!」
 「作戦は、失敗だったな…。」
 戦自師団長は上空に浮かぶ10個の光球を見上げながら力なく呟いた。
 どこからか、風の吹き荒れるような轟音が近づいてくる。しかし、その音は突然爆発にも似た衝撃音に取って変わられた。
 ジオフロントから巨大な光の柱が立ち上った。それは最初はジオフロント上空に開いた穴と同じ太さだったが、更にその径を拡大していった。
 凄まじい衝撃に、モニターのEMERGENCYの赤い光に染められた発令所が激しく揺れた。
 「直撃ですっ!!」
 「地表堆積層融解!!」
 「第2波が本部周囲を掘削中!外郭部が露呈していきます!!」
 日向と青葉の報告の声も絶叫になっていた。
 「まだ物理的な衝撃波だ!アブソーバーを最大にすれば耐えられる!」
 流石腐ってもネルフ副司令、冬月は冷静に指示を出した。
 『戦自主力大隊消滅!』
 『大気オゾンが分解されていきます!』
 一方、某所ではゼーレのモノリス達が儀式の言葉を連ねていた。
 「悠久の時を示す…。」
 「赤き土の禊を以って…。」
 「まずはジオフロントを…。」
 「真の姿に。」
 衝撃波が治まると、ジオフロントがあった場所には半分地中に埋もれた暗紫色の球状ドームが現れていた。その中心に何かが光っていたが、しばらくするとその光も消えた。
 「人類の生命の源たるLYLISの卵、‘黒き月’…今更その殻の中へ還る事は望まぬ。だが、それもLYLIS次第か…。」
 球状ドームの上にちょこんと乗っかっているピラミッド状のネルフ本部の中で冬月は誰に聞かせるとも無く、言葉を吐いていた。

 三度、リリスの前のレイとゲンドウ。
 「事が始まったようだ。…さあ、レイ。私をユイの所へ導いてくれ。」
 だが、突然、ゲンドウの右手首に締め付けられるような痛みが走った。
 「まさか!?」
 「私は貴方の人形じゃない。」
 ゲンドウが目を見開いた瞬間、レイは決別の言葉を告げた。その直後、ゲンドウの右手首は血も出さずに切断され、ADAM諸共ゲンドウの右掌はレイの身体の中に消えた。
 「何故だ!?」
 ゲンドウは後ろによろめきながらレイに問わずにはいられなかった。
 「私は貴方じゃないもの。」
 答えたレイはちぎれた左腕を自己修復した。
 「レイ!?」
 ゲンドウの呼び掛けに応えず、レイはゲンドウに背中を向けると宙へ浮かんだ。
 「頼む!待ってくれ、レイ!!」
 「待ってて、碇くん。」
 「レイ!!」
 レイのその言葉で、レイの心は既にシンジのものだった事を初めて知り、ゲンドウは愕然とした。
 LYLISの胸元まで上昇したレイは呟いた。
 「…ただいま。」
 “おかえりなさい。”
 どこからかの応えの声がレイの心に聞こえた。
 と、レイの身体はLYLISの胸の中に飲み込まれた。
 そして、ついにLYLISが復活を始めた。自分を十字架に磔ていた釘から、粘菌のように粘つきながらも両掌を抜き取り、その巨体は一時LCLのプールに落下した。その際の水飛沫をゲンドウは身じろぎもせずに浴びながら、目の前の状況を只見る事しかできない。
 続いて、LYLISの顔に被せられていた、ゼーレの紋章が描かれた偽りの仮面が落下すると同時に、LYLISの体型が細身の女性のフォルムに変化していった。
 「レイ…。」
 ゲンドウは力なく呟いた。

 青葉のコンソールのディスプレイに表示されているエネルギー計測データが急上昇した。
 「ターミナル・ドグマより、正体不明の高エネルギー体が急速接近中!」
 「ATフィールドも確認!分析パターン、青!」
 「まさか、使徒!?」
 マヤは日向の報告を聞いてギョッとした。
 だが、日向の次の言葉は…。
 「いや、違う!…ヒト!人間ですっ!!」
 その直後、真っ白な巨大な人の形をした者が発令所の床をすり抜けて姿を現した。
 「嘘っ!?…まさか、そんな…。」
 ミサトは巨大な顔が誰の物であるかを知ってうろたえながら後ろによろめいた。
 「…い…か…り…く…ん…。」
 純白の巨人は想い人の名を呟きながら、上昇、巨大化を続けていった。
 やがて、純白の巨人は雲海の上に身体を突き出すほどの大きさになった。
 そして、彼女の前にはEVAシリーズに取り囲まれているEVA初号機があった。
 LYLISはEVA初号機の中にいる、自分の想い人に声を掛けた。
 “…碇くん…碇くん…起きて…目を覚まして…私に気付いて…碇くん…。”
 LYLISのシンジへの想いは、シンジに届いていた。
 “…誰?…アスカ?…ミサトさん?…リツコさん?…マヤさん?…委員長?…真辺先輩?…綾波!?”
 はっと気付いたシンジが前を見ると、そこには目がただのがらんどうになっている巨大な顔があった。
 自分に呼び掛けて来た声…それが誰の声だったのかを思い出し、シンジは恐る恐る声を掛けた。
 「あ…綾波…レイ?」
 声を掛けられた巨大な顔は一度目を閉じてすぐに開いた。それはレイの顔そのものだった。
 「う、うわああああーっ!!」
 信じられない物を見てシンジは絶叫した。
 その瞬間、月面に突き刺さっていたオリジナルのロンギヌスの槍が勝手に抜け、猛烈なスピードで地球に向かっていった。
 「大気圏より、高速接近中の物体有り!」
 「いかん!ロンギヌスの槍が!!」
 あっという間に地球に戻ってきたロンギヌスの槍は、EVA初号機の胸元で浮遊したまま、停止した。
 ここぞとばかり、ゼーレのモノリス達が一斉に声を揃えて唱和を開始する。
 「エヴァンゲリオン初号機パイロットの欠けた自我を以って、人々の補完を。」
 「三度の報いの時が今。」
 只一人、キールだけがモノリスからホログラムに変わり、最後の言葉を諳んじた。
 EVAシリーズはEVA初号機の前に規則正しく並ぶと、白い翼を黒く変色させ、更にその翼に六つの目を出現させた。
 続いてEVAシリーズの身体が再び輝き始め、白く輝く美しい曲線を描き始めた。
 「EVAシリーズのATフィールドが共鳴!」
 「更に増幅しています!」
 「レイと同化を始めたか…。」
 青葉と日向の報告で、冬月は外で何が起きているのかを悟っていく。
 冬月の言葉どおり、EVAシリーズはレイと同化を始めていた。だが、その光景は…。
 ある1体がその不気味な口を開くと、そこからレイの顔が現れた。
 他の1体はそのレイの顔を三つ出現させた。
 酷い物は、その首の周りに無数のレイの顔を出現させ、まるで人面瘡のようだった。
 他にも、顔面を真っ二つに割られたままでレイの顔を出現させるもの、頭蓋を砕かれて脳味噌垂らして反吐を吐きながらレイの顔に変えるもの…。
 「うわあああああああああああ!!!」
 シンジは恐怖に顔を歪ませ、絶叫した。
 EVA初号機も同じように絶叫の咆哮を上げ、胸部のコアを露出させてしまった。
 「心理グラフ、シグナル・ダウン!」
 「デストルドーが形而下化されていきます!」
 「これ以上は、パイロットの自我が持たんか…。」
 シンジの心理グラフは、第15使徒の心理攻撃を受けたアスカの時と同じように滅茶苦茶な物になっていた。
 「伊吹二尉、何とかならないのっ!」
 ミサトは無理だと薄々感じていながらも一縷の望みを託してみたが。
 「もはや、ここからは制御不能です!」
 マヤの答えはミサトの予想どおりだった。
 「…いやだ…もういやだ…もう嫌だあっ!誰か、誰か助けてっ!」
 何と言う酷い仕打ちだろうか。シンジはあまりの恐怖に失神寸前だった。だが。
 「助けてよぅっ!父さんっ!母さんっ!アスカっ!…真辺先輩っ!!」
 その直後、突如、光輝く槍が下方から飛んできて、EVAシリーズの一体を貫き、消滅させた。
 「な、何っ!?」
 キールは信じられない出来事に思わず立ち上がって声を上げていた。
 「エ…EVA四号機、再起動…。」
 マヤの言葉に他の四人は耳を疑った。
 「そんな…どうやって…っ!…誰が乗っているの!?」
 ミサトの声に日向が反応し、主モニターにEVA四号機のエントリー・プラグ内の様子が表示された。
 「ま…真辺さん!?」
 EVA四号機に乗っているのはクミだった。そしてその身に纏っているのはレイ専用の白いプラグ・スーツ。
 「まさか…さっきのレイって…。」
 戦闘方法も、言葉遣いも何となくそれまでのレイとは違っていた。と言う事は…。
 “真辺さんがレイの姿に変身していた…。”
 あまりにもSF的且つ非現実的な推論をして、ミサトの頭は混乱してきた。
 わからなければ、当人に聞くしかない。
 「真辺さん!?貴女は一体!?…。」
 ミサトが話し掛けてきたが、クミは無視して、EVA四号機の腹部に突き刺さっているロンギヌスの槍を引き抜き、両手で頭上に構えた。と、持っている部分からロンギヌスの槍は黄金色に発光し始め、光の槍となった。
 EVA四号機は光の槍を天空に向かって投げ上げ、またもEVAシリーズの1体を貫いて消滅させた。
 「何だって!?」
 突如、青葉が驚きの声を上げた。ミサトがすぐに青葉の傍に駆け寄る。
 「どうしたの!?」
 「EVA四号機のエネルギーは先程のLYLISを遥かに上回っています!」
 ディスプレイに表示されているエネルギー計測データは計測限界を振り切り、真っ赤になっていた。
 「異世界より来たる超人…おそらく、星よりも永い命、神にも匹敵する力を持っているんだろうな。」
 後方から声が掛けられ、ミサトは振り向いた。そこには、加持とリツコがいた。
 「…加持…あんた…。」
 「ミサト、怒るのか泣くのかどっちかにしたら?」
 加持の姿を見たミサトが怒りだすとも泣きだすともわからない複雑な表情をしたのを見てリツコが突っ込んだ。
 「う、う、うるさいわね!」
 ミサトは顔をクシャクシャにしてリツコに言い返した。
 一方、ゼーレも慌てふためいていた。
 「こ、これはなんとした事だ!?」
 「我らの希望を支えるEVAシリーズが消えていく!!」
 「こんな、バカな!!」
 このままではシンジの自我が消滅する事は無く、EVA初号機が生命の樹に還元する事も無く、そうなればサード・インパクトも発生せず、人類補完も潰えてしまう。
 EVA四号機はソニック・トマホーク、ソニック・グレイブ、ソニック・ソード、ソニック・スピアー、そして自分達に突き刺さっていた四本のロンギヌスの槍を全て光の槍に変化させ、EVAシリーズを消滅させた。だが、残り1体を残して得物がなくなってしまった。
 「仕方ないわね。」
 クミは呟くと、EVAの両手をそのまま頭上にかざした。すると、何も無い筈のその掌から光が生まれ、その光は前後に伸びて光の槍を作った。
 本物の光の剣が、最後の1体を貫き、EVAシリーズは完全に消滅した。
 シンジが恐怖から開放されたと知ったLYLISは、ここぞとばかりにシンジにアタックをかけた。
 「碇くん…もう、大丈夫…怖いものは消えたわ…だから、顔を上げて…私を見て…。」
 「えっ?」
 恐怖に目を瞑り頭を抱えていたシンジは、LYLISの優しい声に顔を上げた。
 「あ、綾波…?」
 シンジは落ち着きを取り戻した。先程の恐怖に較べれば、それはただ単に巨大であるというだけで、見慣れたレイの顔であるからだ。
 LYLISは微笑んでいた。その笑顔は、シンジとレイが絆を結んだあの夜にレイが見せたものだった。
 「碇くん…私と一つになりたくない?…心も体も一つになりたくない?…それはとてもとても気持ちのいい事なのよ…私は貴方と一つになりたいの…。」
 LYLISは優しくEVA初号機を手にすると、その両手と腹と足に刺さっていたロンギヌスの槍をそっと引き抜き、EVA初号機を自分の胸元に引き寄せた。
 「わわっ、ちょ、ちょっと、待ってよ、綾波っ!」
 迫ってくるLYLISの白い肌―――巨大な白い壁にぶつかると思って、シンジは思わず目を閉じた。だが、ゲンドウの右手がレイの身体に潜り込んだ時と同様に、EVA初号機はLYLISの中に取り込まれていった。

 「これでゼーレの野望は潰えたようだが…。」
 と、冬月。
 「この後どうなるのか、もはや予測不可能ですね。」
 答える加持。
 「正に神のみぞ知る、か。」
 と、実に正しい事を述べるミサト。
 「あのコなら、何かわかるんじゃないの?」
 と、主モニターに映るEVA四号機のエントリー・プラグ内のクミを指差すリツコ。
 「それは、シンジくん次第ね。」
 と、クミは発令所の会話が聞えているかのように話に加わってきた。
 「ま、若いから…3回ぐらいは大丈夫かな。」
 指を三つ折って答えるクミ。
 「何の事ですか?」
 潔癖症のマヤには意味不明。
 「ク、クミ…こんな時に何を下品な事を言ってるんだ?」
 極大の汗を額に浮かべて焦る加持。言葉の意味の想像はつくが、何故この時にそんな言葉が出てくるのかがわからない。
 「さっき上に昇って行ったレイちゃんの心を読んだのよ。」
 「心を読む!?」
 日向と青葉のリアクションは全く同じだった。
 「そ、それで?」
 「シンジくんと一つになりたい、だって。」
 「そ、それって…。」
 ようやく意味に気付いたマヤは真っ赤になって絶句した。もしかして、幼いのは顔だけじゃないのかも…。

 「…碇くん…碇くん…起きて…目を覚まして…碇くん…。」
 気持ちよさそうな寝顔で安らぎに身を任せていたシンジは、LYLIS…いや、レイの呼び掛ける声で目を覚ました。
 そこは海だった。ただ、ちょっと違っていたのは、青い海ではなく、赤い海で、空も先程の青空ではなく、星空だった。シンジはその中に漂っていた。そしてシンジの傍にレイが寄り添っていた。
 「綾波…ここは…って、わあっ!」
 シンジは慌てて飛びのいた。傍にいたレイは一糸纏わぬ姿だったからだ。
 「ああ綾波っ、なななんで裸なんだよっ!」
 「碇くんも同じだけど…。」
 レイは首を傾げながら答えた。確かに、シンジもレイと同じく一糸纏わぬ姿だった。
 「わぁ!?ど、どういうつもりだよ!?僕の服はどこ!?」
 慌てるシンジをレイは不思議そうに見ながら答える。
 「最初から無いわ…ここでは誰もが本当の姿…命が生まれる時の姿…。」
 シンジはもう一度周囲を見回した。どこまでも果てしなく赤い海が広がり、陸地はどこにも見えない。つまり、海のど真ん中。なのに、背が立たない筈が、二人は海の上に座っている。
 「訳が…訳がわからないよ…綾波は僕をどうしたいの?こんなところに連れて来て?」
 「碇くんと…一つになりたい…。」
 ぽっと頬を染めるレイ。
 「一つになりたい、って…ええっ!?」
 シンジもその意味に気がつき、顔を赤くする。
 「碇くんは…いや?」
 レイは心配そうな顔で訊いてくる。
 「い…いやじゃ…ないけど…。」
 チラッとレイの方を見て、その美しい裸体に魅惑され、顔だけでなく全身まで赤く染まるシンジ。知らず知らずのうちに、バッテリーはビンビンだった。それを見つけたレイも、全身を赤く染めた。
 「碇くん…嬉しい…。」
 「あ、いや、これはその…。」
 レイの反応で自分の変化に気づいたシンジは、慌てて自分の分身を隠すようにレイに背を向けた。
 「碇くん…私と一つになりましょう…心も身体も一つになりましょう…それは、とてもとても気持ちのいい事なの…。」
 レイは背後からそっとシンジを抱きしめた。ミサトやアスカに較べればまだ未発達の、レイの小ぶりな乳房が背中に触れるのをシンジは感じていた。
 “…いいのかな?…僕にはアスカがいるし…これって浮気になっちゃうかも…でも、綾波の方から求めて来たんだし…これで断ったら綾波を傷付けるかもしれないし…女のコに恥を掻かせちゃいけないって言うし…据え膳食わぬは男の恥とも言うし…。”
 シンジがなかなか行動を起こさないので、レイは急に悲しくなった。
 「…やっぱり…だめなのね…私が碇くんと違うから…人間ではないから…。」
 シンジの肩にぽとりと雫が落ちた。
 それが何なのか、シンジはすぐにわかった。そんなにも自分の事を想ってくれているレイのいじらしさに、ついにシンジの心の堤防が決壊し、自制心が流れ出た。
 「あ、綾波っ!」
 シンジは振り向くや否や、レイを押し倒した。

 「始まったみたいね。」
 クミは虚空を見上げて呟いた。
 「何がですか?」
 さっき気付いたのに、とことん潔癖症のマヤは一拍置けばすぐに忘れてしまっていた。なんと言う鳥頭。
 そんなマヤに呆れ、ミサトも加持もリツコも日向も青葉も、顔を明後日の方角に向けてマヤの質問に答えようとしない。
 “こんな展開でいいのだろうか?”
 冬月は思わずこめかみを押さえた。



超人機エヴァンゲリオン

最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」―――発動

完
あとがき