これもまた、よしかな

-1-

 学園祭を間近に控えた放課後のリリアン女学園。薔薇の館の2階。
薄暗くなっていく部屋の中で島津由乃はただひたすら千枚通しでプリントに穴を空けていた。
リズミカルに見えるその作業は時折大きく狂い、机の保護の為においた木材を突き刺しそうな勢いになる。
(由乃さん、怖い・・・・)
祐巳はそんな由乃さんの様子をさっきからビスケット扉の影からのぞいていた。

(由乃さん、一体何が?)
薔薇の館の2階の部屋に入ろうとした祐巳は、扉の先に異様な物音がした為、開けようとした寸前の手を止めて、ひっそりと中を覗く。
以前同じような事があった時には由乃さんに見破られたから、今回は細心の注意を払った。
そのお陰で由乃さんには気づかれなかったが、ために、祐巳は異様な迫力で千枚通しを刺し続けるという、ホラー映画の一場面のような由乃さんの様子をずっと見る羽目になった。
怖いなら扉を閉めて回れ右すればいいのだが、どうにも一度恐怖にとらわれると行動がうまく行かないもので。
もし扉を閉めるとき音がしたらどうしよう、戻る時に気づかれたらどうしようかと思ってしまい、結局は動けないのだ。
ばれたとしても、入ろうとしたが忘れ物を思い出したので戻りかけたとでも言えばいい。
別に由乃さんが祐巳をとって食うわけでもない・・・・と思うが
千枚通しという立派な武器を持っているのが恐怖を倍増する。
これが祥子さまがハンカチを引きちぎっているのなら・・・・やっぱり怖いか
(落ち着け祐巳)
祐巳は自分に言い聞かせた。
私は忘れ物をしたんだ!えーとそう身体を忘れてきちゃった・・・・
いかん、まだ、混乱している。
祐巳が廊下で一人百面相をしていると階下から楽しげな話し声がしてきた。

「・・・上に羽織るのは、男物でいいんだよ。それも一回り大きいくらいの・・・」
(令様と可南子ちゃん)
声のした方に目をやった祐巳は、そこに、仲良さげに会話をしながら入ってきた令さまと可南子ちゃんを見た。
二人の手にはコピー用紙の箱があり、祐巳や由乃なら薔薇の館の一階から2階に移すだけで筋肉痛になりそうなそれを軽々と持ちながら薔薇の館に入ってきた。
「ほらマトリックスみたいに女性が革コート着ても結構似合うでしょう。」
「だけど革コートの方が高くつきますよ。」
「革じゃなくても、普通のジャンバーやコートでいいんだよ。
そうねえ袖口を一回折り変えす位大きいのがいいね。」
「それは男っぽ過ぎません?」
「いや、それが意外とセンが細く見えるんだよ。」

(ははぁ、由乃さんの不機嫌の原因はこれだ)
体育祭の賭けで祐巳が勝ったことにより、山百合会の手伝いをする事になった可南子ちゃん。
本来は祐巳の手伝いなのだが、重いものの運搬や高い所の作業では最近、令さまとコンビを組むことが多くなっている。
剣道で鍛えてきた令様はもちろん、可南子ちゃんも体育祭で見せた通りなかなかパワーの持ち主。
祐巳や由乃さんなら2回、3回とかけないと持ってこれない荷物も、二人が行けばたった一回で持ってこれるし、高い所の作業も祐巳たちなら大きな脚立を持って移動し、脚立を広げて、ずれないように固定してそれから上るという作業をしなければいけないが、二人なら椅子を片手に移動して、ポンと椅子を置いて、その上に乗る。
それだけで作業ができるのだから仕事の効率がハナから違う。
自然と何かあれば二人で行動する様になるし、最近ではせっぱつまった他の委員や部からも高身長コンビに声がかかり、結果、令さまと可南子ちゃんが一緒になる頻度はますます上がっている。
 それプラス由乃さんをいらだたせるのが、その間に交わされる二人の会話。
二人とも女性として恵まれた身長の持ち主だけに、服や靴などの共通の悩みや情報を交換しあっているのだ。
令ちゃんとの事に関しては自分が一番!と自認する由乃さんだけに、自分の関与できない話題をされるのは我慢できないらしい。
(確かに、あんなに仲良さそうに話をされたら不機嫌にもなるよね)
そう思いながら階段に近づいてきた二人に、あわてて部屋の方に向き直る。
そして、祐巳は自分の方をじっと睨む由乃さんに気づいた。
「ごっ、ごぎゃっぎゃんよう!」
祐巳の口から悲鳴混じりの挨拶が出た。



「・・・・祐巳さんが可南子ちゃんを連れてきてくれて、ほーんと助かっているわっ!なんていったらいいのかしらっねっ!」
先程から祐巳は由乃さんの怒りに、たった一人でさらされていた。
祐巳を窮地に陥れた二人は、今は薔薇の館の外で、窓の補修を二人でしていた。
祐巳はこわごわと聞く
「由乃さん、怒ってる・・・・?」
「怒ってなんかいないわよっ!!!」
これ以上ないという位の怒声で由乃はどなる。
(ひーん、祥子さまー!)
祐巳は今頃、白薔薇姉妹と一緒に、先生たちとの会議に出ている祥子さまに、心の中で助けを求めた。
もちろん届くわけはないし、万が一届いたら、今度は、紅薔薇様対黄薔薇のつぼみの壮絶なヒステリー合戦が始まってしまいそうだ。
心の一方ではお姉さまを求め、また一方ではここには来ない事を望む。
妹の心はなかなか複雑なのだ。
 一方単純に、怒りを撒き散らしている由乃さん。
今は千枚通しで穴を空けた用紙を、紐でまとめている。
千枚通しに比べたら安全に見えるが・・・
用紙を紐でキュッと締め付ける時の、由乃さんの手つきはなんとなくこわい。
祐巳は、昔見た時代劇を思い出した。
たしか、どっかの悪徳商人が按摩さんに身体を揉み解してもらうシーンで、極楽極楽と悪徳商人がいうと、突然按摩さんの目がぎょろりと動いて袖から出した紐を・・・
その時に悪徳商人を成敗する按摩さんの顔がもの凄く怖かったのが記憶に残っているが、今の由乃さんの手つきはそれを思い出させる。
(由乃さん、その手つき怖いんですけど・・・・)
そう思いながらも、由乃さんの苛立ちは仕方がないなとも思った。
今の所、可南子ちゃんは良くやってくれている。
いや、予想以上の大健闘だった。
由乃さんだって、それを分かっているから、可南子ちゃんはもちろん、令さまにだって文句を言わずに我慢しているのだ。
自分たち以上に仕事をしている二人に文句をいう筋合いはない。
それは分かっている、それでも我慢できない。
本人も分かっていて、それでもどうしようもない事を他人が指摘してもますます苛立たせるだけだ。
とにかく今は祐巳も我慢をして、由乃さんの怒りが和らぐのを待つしかない。
そんな役割も友達の務めだから・・・・・
 そんな祐巳の心配りをあざ笑うかの様に可南子ちゃんと令さまののん気な声が階下から聞こえてきた。
「・・・・靴なら、福生の辺りにいい店がありますわ。」
「福生かー!なるほどー」
「ええ、服も結構ありますわ。でも、買う時は絶対に試着しないとダメですわよ。
柄がとってもかわいいから、つい買ったものの、家に帰って着てみたら、背中ががら空きのデザインだったなんて事がありますから・・・」
「というと、可南子ちゃん、そのセクシーな服を買っちゃたんだ。」
「まったく、大損でしたわ。」
「見たいなー、可南子ちゃんのセクシードレス」
「いやですわ、黄薔薇さまったら」
ブチッ!
由乃さんの手に持った紐が切れた。
ますます荒ぶっていく由乃さんに、祐巳は縮みあがり、再び心の中で祥子様に助けを求めるのだった。
(ふえーん、祥子さま。ここは零下の世界です〜)





-2-

 由乃の堪忍袋の尾が切れたのは3日後の朝だった。
学園祭の準備も切羽詰って来て、その日は、普段は放課後のみ手伝いに来ていた可南子も朝から手伝いに来てくれていた。
彼女は今は祐巳の手伝いで、案内や注意書きを書いていた。
ある程度書き上げ、インクが乾くまで皆にお茶でも入れようかと祐巳が思った時、演劇部の朝錬に出ていた瞳子が薔薇の館を訪ねて来た。
手に小さな包みを持っていた彼女は挨拶をすると、入り口の近くにいた令に、事務室に劇に使う小道具があるので、取りに来て欲しいと伝言をしてきた。
令は、可南子に目を合わせアイコンタクトをとると可南子も黙ってうなづき二人一緒に立ち上がる・・・・その時
「なんで、令ちゃんと可南子さんが行くの!」
突然、由乃が叫んだ。
「令ちゃんさっきまで予算のチェックで頭抱えていたじゃない!それを中断してまでいく必要はないでしょ!」
「だけど、よしの・・・」
由乃の突然の癇癪に令が声をかける。
「何、おねえさま?」
キッと睨み返されて令は途端にひるむ。
祐巳ならそのまま何も言えなくなる程の迫力だが、由乃のヒステリーに慣れている令は、なんとか言葉を続ける。
「・・・小道具といっても結構重いかもしれないし・・・・それに途中階段もあるし・・・・」
「単なる小道具でしょ?そんなのお姉さまの手を煩わせるまでもありませんっ!」
その時、自分の伝言で、由乃のヒステリーが始まった事に責任を感じたのか、瞳子が助け舟をだした。
「由乃様は演劇部の道具の確認をお願いできませんか?」
そう言って瞳子は手に持っていた荷物を由乃に差し出した。
瞳子が手に持ってきたものを見た由乃は聞いた。
「なんで鎖鎌なんかを劇に使うの?」
「今度、「お昼に斬る!」という仇討ち道中時代劇を上演するのですが、瞳子がその中でやるイケイケ薩摩という隠密が使うんですの。
先生の許可は頂いているのですが、一応山百合会にも事前に確認をして貰いましょう、と皆が言うものですから・・・・」

「わかったわ。」
ビュンッ!
由乃はいきなり鎖鎌をつかむと振り回し始めた。
棘つきの分銅が室内を飛び回る。
ある時は螺旋を描き、ある時は一直線に。
向こうに飛んだかと思えば、突然目の前に・・・
「ひっ」
ぎりぎりで部屋の中を飛び回る分銅(とげ付き)に皆、言葉をなくす。
見事なコントロールで鎖鎌を振り回した由乃は立ちすくむ瞳子に鎖鎌を返した。
「チェック終わり!さあ行くよ、可南子さんっ!」
「はっ、はいっ!」
もう誰も由乃を止めることはできなかった。


「ひぃ・・・・」
 十数分後、由乃は可南子と共に息を荒げながら階段を上っていた。
二人が抱えているのは劇の衣装をまとめてシーツで包んだものだった。
重さ自体はたいした事はなく、一人でも持てるほどだが、問題はその大きさだった。
由乃の両手一杯広げたよりも長く、可南子ですら精一杯。
おまけに衣装という柔らかな荷物は、掴んだ先から形を変え、手から滑り落ちそうになり、どうにも持ちにくい。
更に問題なのは由乃と可南子二人の身長差だった。
可南子の身長にあわせて運ぶと由乃に重量のほとんどがかかってしまい。
一方由乃にあわせると可南子が不自然な格好で運ばないといけない。
たちまち由乃の息はあがってしまった。
「ちょっと休もう」
あえぎながら由乃がいうと二人は荷物を放りだすようにして床において、座りこんでしまった。
「ごめんね、可南子ちゃん」
由乃は可南子に言った。
元々可南子には何の罪もないのだ。自分の嫉妬に巻き込んだけ。
由乃は素直に可南子に頭を下げようとした・・・・その時、
可南子が顔をうつむいたままじっと動かない事に、由乃は気づいた。
「可南子ちゃん!」
由乃が叫んでも可南子はうつむいたままで、すぐに反応しなかった。
「可南子ちゃん!しっかりして!」
もう一度由乃が叫び手を伸ばした時、焦点の合わない目を上げた可南子は、少し青ざめた顔を振って、それでもハッキリした声で答えた。
「ああ、もう大丈夫ですわ。ちょっと、貧血気味になっただけです。」
「本当?ずいぶん辛そうだったけど。」
「いえ、朝はちょっと・・・・いつも朝食を取らないもので」
「朝を抜くのは体に悪いよ。」
何気なく言った言葉だった。
だが可南子は、突然激しく反応した。
「体なんか、壊れたっていいんです!もう一ミリだって伸びたくないんです!」
彼女の突然の反応に由乃は言葉をのむ。
「可南子ちゃ・・・・」
「後一センチ、いえっ数ミリ伸びたら私180ですよっ!それだけは絶対イヤなんですっ!」
そこまで叫んだ所で、可南子は我に返ったのか「すみません」と言い、頭を下げた。
その後、自嘲気味の笑みを浮かべて言う。
「すみません、本当に、私って、なんて女なんだろ・・・祐巳さまだけでなく由乃さまにまで、また自分勝手な言い草を・・・・
由乃さまからしたら私の身長が1センチ2センチ伸びようが、伸びまいが関係の無い話だってのに・・・・・
どうして私ったら、自分の側にいる人を、ことごとく傷つけて壊すような事ばかりするんだろ・・・・・
どうして、この女は・・・・」
そして可南子は力なく笑う
「そんな事ないよ、可南子ちゃん!」
由乃が言っても、可南子は首を振った。
「いいんです、分かっています。
どうしようもない事だって、食事を抜いても、髪を伸ばしても、今更何をやったってこの女が可愛い女の子になれる筈はないんです。
だから、せめて・・・・・
・・・・せめて、理想の女の子を見守るだけでも良かったんです!
祐巳さまとの事は、私にとっては、せめてもの事だったんです!
なのに、そのせめてすら本人から否定されるなんて・・・せめてすら、許されないなんて!・・・」
「・・・・・・・・・・・」
可南子の言葉に由乃は声を失う。
それは、由乃への言葉というよりも、悲鳴のようだった。
「わかっています!自分がどんな理不尽で自分勝手な振る舞いをしたか・・・どんなに祐巳さまを傷つけたか・・・
だから、終わりにします!
この手伝いが終わった後、祐巳様とは写真をとっておしまい!
・・・例え、写真の中だけでも私は理想の祐巳様と永遠に一緒にいられる。
それでいいんです!
それだけを、せめてもの支えにして、私は祐巳様から離れます。
ええ、この女が祐巳さまにまとわりつくことは、もはやありません!」
可南子の宣言に由乃は言葉を失う。
何かを言わなければならないのは分かっている。
しかし、今の可南子の心に、生半可な言葉は届きそうになかった。
 しばらくの沈黙の後、可南子は結局、暴走していらない事まで言ってしまった自分に気づき、自嘲の笑みを浮べた。
そして由乃に向かって、大きく頭を下げた後、床に置いた衣装一式を一人でつかむと、先ほどの調子の悪さが嘘のように軽々と荷物を持ち上げ、肩に担ぎあげた。
二人で持った時は、さまざまに形を変え持ちづらかった荷物が可南子の肩を中心に、前後に折れ曲がり、しっかりと体に乗る。
可南子は、何も言えずに立ちすくむ由乃に言った。
「無理に腰を曲げて二人で運ぶより、背筋を伸ばして一人で持った方が楽な事もあるんですよ」
そして彼女は一人だけで荷物を担いで行ってしまった。


-3-

「そんなことがあったんだ・・・」
 その晩、由乃から昼間の事を聞いた令が言う。
由乃は言った。
「・・・可南子ちゃんね、放課後にも手伝いに来ていた。
何も言わずにね。
あんな事言って気恥ずかしい筈なのに・・・・
何も言わずにただ黙々と、手伝いをしていた。
 私も何も言えなかった。
何を言えばいいのか分からなかったし、それに哀しかった。
あの子がそんなに祐巳さんとの写真を・・せめてもの支えを必要としているんだと思うと。」
由乃はうつむく。
うなだれた由乃に令は黙ってココアを入れる。
それを一口、コクンと飲んだ由乃は令を仰ぎ見た。
「ねえ令ちゃんも、女の子らしくしたかった?」
令は少し照れながら、それでもはっきりと答えた。
「・・・・私には由乃がいたから。」
「令ちゃん!」
由乃は思わず笑みを浮かべる。
そんな由乃を見ながら令は言う。
「女の子らしくしたいとか、そういう事よりも、由乃と一緒にいられる事がどんな事よりも一番うれしいんだ。
だから、由乃の為におろおろしている私もやっぱり私なんだよ。
もっとも由乃は、そんな私はきらいだろうけど」
「令ちゃん。」
「ん、何?」
「私が嫌いなのは、私の為に無理をしている令ちゃんよ。
令ちゃんらしくおろおろしているなら、大好きよ。」
由乃の言葉に令は苦笑する。
「私らしく、おろおろか・・・・」
「うん、令ちゃんたら、本当は誰よりも女の子らしいのに無理して強がっていた。
それが私のせいだと分かった時とてもつらかったの、
世界で一番令ちゃんが好きよ。
なのにその令ちゃんに、私の為に無理をさせたくない。
令ちゃんは令ちゃんらしく、私は私らしく、お互い自分の足でしっかり立って、一緒に歩いて行きたいの。
だから令ちゃんは、好きなだけ令ちゃんでいていいんだよ。
うろたえたかったら、うろたえていていいし、家庭的でいたかったら、家庭的でいればいい。
かわいい服を着たかったら好きなだけ着ていい!
誰にだって可愛くなる権利はあるんだから、
うん、誰にだってある!」
強く言いながら、心の中で、ある決心をしていた。
由乃はこぶしを強く握る。



-4−

 次の日、由乃は手伝いに来た可南子と二人きりになった時に、次の学園祭で可南子も劇に出ないかと誘った。
予想していた通り可南子は拒絶した。
「もう、私のことは放って置いてください!由乃様まで、私のせめてを奪うおつもりなんですか!」
由乃は立ち上がると、椅子に座ったままの可南子に近づき、後ろからその肩に手をかける。
そうすれば可南子は椅子から立ち上がれず、由乃に見下ろされる形になる。
可南子に負けるつもりはないが、見下ろされるのはさすがに不利だと思った由乃の思惑だった。
「ううん、だけど、どうせなら、もうちょっと近づいてもいいんじゃない?
祐巳さんが、可南子ちゃんを食うという訳でもないし。」
「由乃さま?」
不機嫌そうな表情の可南子、ここで下手な事を言えば彼女はたちまち壁を作ってしまい、以後は何を言っても届かなくなるだろう。
由乃は丹田に力を込める。
そして意を決して言った。
「・・・私、祐巳さんにすがった事があるの。」
「由乃さまが!?」
可南子は、目を丸くして驚く。
いつも毅然としている由乃が祐巳にすがった事があるとは、到底考えられなかった。
「以前ね、祐巳さんと祥子さまの仲が駄目になりそうになった事があったの。
原因はちょっとしたすれ違いと勘違いが元だったんだけど、一度は祐巳さんも、次に祥子様にあった時はスールをやめなきゃいけないとまで思い詰めたことが・・・・
その時、私、祐巳さんに抱きついてすがったわ。
『山百合会と一緒に、私を捨てないで』って」
「そんな・・・・・・・」
「それまでお姉さま以外の他人に、すがった事なんかはなかった。
すがる所か、自分がもし、いなくなったら?と考える程だった私が、祐巳さんがいなくなると思っただけで、どうしようも無くなっったの!
どうしようも無くなって、祐巳さんにすがったの!
祐巳さんの側にいたいという気持ちは私だって同じだよ!」
「だけど、由乃さまは祐巳さまと同じつぼみで・・・・」
可南子が何か言おうとした時、由乃はじっと可南子を見つめた。
まっすぐ自分に向けられたその瞳に、可南子は言葉を失う。
その可南子に由乃は、まっすぐに聞いた。
「可南子ちゃん!
あなたは祐巳さんを傷つけたって言ったよね。
そのあなたが傷つけた祐巳さんは今どうしている?」
「ゆっ、祐巳様は・・・・・」
可南子の頭に笑顔の祐巳が浮かんだ。
「祐巳様・・・私が・・・勝手につきまとって・・・・勝手に理想を押し付けて・・・なのに・・」
てへっと笑う祐巳の顔が、可南子の頭一杯に広がる。
由乃は言う。
「可南子ちゃん、祐巳さんは、強いよ。」
「由乃さま!?」
「祐巳さんは不思議な人。自分では何もできないと思っているけど、どんな時も自分らしくいて、周りを変えていくことの出来る人。
私が心臓の手術をする気になったのも、祐巳さんと祥子さまを見てて、自分の足でお姉さまと同じように歩きたくなったったから
祐巳さんを見てて、自分を変えたいと思ったから。」
「自分を・・・変える・・・・」
自分自身に問いかけるようにつぶやいていた可南子に由乃は強く言う。
「可南子ちゃん!本当に祐巳さんと離れられる?」
由乃の言葉に、可南子は、ビクっと体を震わす。
しばらくわなわなと震え・・・
震えはだんだん大きくなり・・・・そしてっ
「祐巳さま!祐巳さま!ゆみさまっ!・・・・・・・
ひどいこと言ったのにっ、拒絶したのにっ!
『本当の祐巳は火星に行ったから、私と・・・』なんてっ・・・
なんてふざけた人!なんてバカなひとっ!なんて・・・・」
 言葉に詰まった可南子を由乃の両腕がささえる。
可南子は体を傾けると、由乃の胸に顔をうずめた。
 その彼女を由乃は包むように抱きしめながら思った。
この子は決して自分勝手な子なんかじゃない。
本当は過剰なまでに自分を押さえ込んでしまう子なんだ。
相手の理屈の間違いや、対応の理不尽さを良く分かっていても、それに反応して道化になったり、周りの人間に迷惑をかける事を恐れて、過酷なまでに自分を抑えてしまう。
だから、ちょっとでも崩れ出すと、自分を抑えようとしても抑えられなくなってしまうんだ。
 この子が今まで感じてきた気持ちや苦しみを自分が完全に理解する事はできないだろう。
以前、自分を腫れ物のように扱う周囲に、腹を立てながらも、思い通りにならない体に、結局はその扱いを受け入れなければならなかった時の気持ちを完全に説明できないように。
 可南子に向かって”あなたの気持ちは分かるわ”なんて事は決して言えない。
だけど、完全に理解する事ができなくても気持ちを同じにできるのなら・・・・・
「・・・・ほんとうに、祐巳さんて、なんて人だろうね。」
由乃の言葉に、可南子は腕の中で目を閉じてつぶやく。
「ほんとうに、なんて・・・しい人・」





-5-

 その後の由乃の行動はすさまじかった。
学園祭間近にも関わらず、決まっていた内容を大幅に変更し、自分の決めた新しい内容に強引に変更させたのだ。
もちろん理不尽なことが大嫌いな祥子さまの反対があった。
しかし、由乃はそれすらも見事に言いくるめてしまった。
更に由乃は変更における問題を自分の責任で引き受け、その全てを時には駆け引きで、時には強引に、それでもダメなら脅してでも解決してしまった。
その時の由乃がどんなにすごかったか。
突然の対応をさせられた出入りの業者たちは、以後、彼女のことを「リリアンの鬼島津」と呼んだ程だった。

そして学園祭直前の衣装合わせの日。
演目は「若草物語」
キャステングは長女メグが令、次女ジョオは祐巳、三女のベスは由乃、そして末っ子エイミーは・・

「なんで俺が女装しなきゃならないんですか!?しかもフリフリ、どピンクの衣装でっ!」
突然の配役変更に叫ぶ祐麒だった。
しかし、由乃はしれっと答える。
「だって出演者を変えたらどうしても女の子がたりなくなっちゃたのよ、まあ、いいじゃない、たまにはこんなのも。」
「そんな〜由乃さん、僕は近所の男の子の役じゃなかったんですか?」
「祐麒さん、ここに来て情けなくてよ!」
「祥子さん!?」
祐麒が振り向いた先には、本来祐麒がする筈だった近所の男の子=ローリーの男装をした祥子が威圧するように立っていた。
「祐麒さん!!あなた言ったじゃない、僕にできることなら何でもしますって」
「それは、男手として、力仕事とか・・・・」
「お黙りなさい!一度口に出した事を翻すのはみっともなくてよ!」
「そんな〜横暴だ!祥子さんの意地悪!」
そう言って祐麒は逃げようとしたが、エイミーの衣装を持った祥子は、祐麒の退路をふさぎ、きつい表情で祐麒に詰め寄った。
「祐麒さんっ」
祥子のただならぬ雰囲気に祐麒は戸惑う。
「祥子さん、一体どうしたんですか?」
「あなたローリになって舞台の上で祐巳といちゃつくつもりだったんですってね!」
「はいっ?、なんの事ですか?」
突然の祥子の言いがかりに祐麒は唖然とする。
そのせいで、彼は、その時由乃が、舌を出したことに気づかなかった。
「祐麒さん、一言言っておくわ!」
ギラッと祐麒を睨みつけた祥子は言った。
「祐巳は私のものよ!!」
波乱の宣言の後、祥子はパーティ用スーツ姿で迫ってきて、祐麒を壁際に追い込んだ。
話しても分からなそうな、異様な迫力の祥子にうろたえる祐麒を、祥子は男嫌いとは思えない程の手際の良さで、詰め襟制服の前のファスナーを下ろした。
「助けて」
後ろを向かされ、そのまま上着が剥ぎ取られた。
「祥子さん!なんで、そんなに馴れているんですか!?」
上はTシャツだけになった祐麒が叫ぶ
「馴れているという程ではないのだけれど、少なくとも無理やり服を脱がすのは初めてではないわね。ねえ、祐巳」
祥子は艶然とした笑みを浮かべ、これ見よがしに祐巳に声をかける。
「いやだー、おねえさまったらー。」
一年前、祐巳が祥子の妹になるきっかけとなったシンデレラ劇での、衣装合わせを思い出し、祐巳はぽっと顔を赤らめた。
「祐巳おまえ・・・」
祐麒がよからぬ不安にひるんだ隙に、祥子は、あっという間にエイミーの衣装を上から被せてしまった。
「さて、祐麒さん、ズボンはどうなさるつもり?未だ抵抗するというのなら、脱がして差し上げてもよろしくてよ。」
フリルに体をつつまれた祐麒は、一番まともそうな令に助けを求めた。
「黄薔薇さまー、助けて下さいよー!」
しかしメグ役の令はニヤつくだけで、
「いやー、私もこんな格好恥ずかしいのだけどね。」
といいながら令はくるりと一回転し、フリルのつきまくったスカートをふわりと浮き上がらせた。
「嘘ダー!目が笑ってるっ!」
「いやだなー、苦笑いだよー」
令が当てにならないと知った祐麒は実の姉に救いを求める。
「祐巳!女装した弟をもつ姉なんて下級生に軽蔑されるぞっ!」
「うーん、姉としては、スカートでもフリルでも依存はないのだけれど・・・瞳子ちゃんどう思う?」
「とっ、とっ、とっ、瞳子ちゃん!!!!」
祐麒は側に瞳子がいる事に気づき、鶏になる。
その祐麒に瞳子はにっこり笑ってあるものを差し出した。
「祐麒さま、どうぞ、瞳子のお手製ですの!」
そう言う瞳子の手にはこれ以上ない程凝った縦ロールのウイッグがあった。
「白薔薇さまー、助けてくださいー」
祐麒は志摩子に助けを求めた、彼女のお姉さまである佐藤聖には柏木の魔の手から救って貰った事がある、彼は最後の希望を志摩子にかけた。
「安心なさい、祐麒さん。」
4人の母親であるメアリー役の、地味目の衣装に身を包んだ志摩子はやわらかく微笑んだ。
「白薔薇さま♪(ホッ)」助かったと、胸をなでおろしたのもつかの間・・・
「キレイにしてあげる(スチャッ)」
志摩子の手にはルージュやマスカラが握られていた。
「エギャーッ!」
叫びと共に祐麒は逃げ出そうとした!その時!
「にがしません!」
逃げようとした祐麒をがっしり捕まえたのは、男嫌いの筈の可南子だった。
彼女はメグの友達のサリーとして、皆と同じようにヴィクトリアンスタイルの華やかな衣装に身を包んでいた。
三段式フリルのスカートからなる、細かな手縫いのドレス。
それは急遽出演が決まった彼女の為に令と由乃が、由乃の部屋の草色のカーテンを使って、徹夜で縫い上げたものだった。
等身の高い彼女にそれは良く映えた。
 可南子にしっかりと抱きつかれた事で祐麒はついに立てなくなり、その場に座り込む。
「・・・もう、どうにでもして下さい・・・。」


皆が、楽しそうに祐麒をおもちゃにしている中、由乃はその輪の中で笑みを浮かべる可南子に声をかける。
「可南子ちゃん、可愛いよ!」
伸びやかな声が響く。
「はい!」

あとがき

 こんにちわ、ユッケです。
原作の可南子の身長179cmと、あまりにも急変すぎた「ツーショットが欲しかった」が、今後の展開につながるのではないかと、と私なりにいろいろと考えて・・・・・・と何を偉そうにっ
すみません、普段は「くだらない」がほめ言葉の話ばかり書いているもので、慣れない話を書いて舞い上がっています。
 ただ、姉妹だけでなくファミリーとして考えれば、可南子の黄薔薇入りも結構いけるのではないかというのはマジメな話。
少なくとも無条件で可南子をかわいがる祥子さまというのはちょっと考えづらいと思うのですが。
むしろそれなら暴走プロフェッショナルの由乃さんに、暴走慣れした令さまの黄薔薇の方が・・それに、父親の問題も、父親のみならず兄弟まで問題ありの上もしかしたら近い内に「あんな人、ママじゃないもん」と言われるかも知れないイエローローズ・グレートのあのお方も・・・
 激戦を極める山百合妹戦線、瞳子・可南子(あるいは笙子や新キャラ)、どんな組み合わせもまだまだ、可能性ありかなと思います。
では、ごきげんようっす!

黄薔薇放送局 番外編

由乃 「みなさん、ごぎゃっぎゃんよう!」
祐巳 「よ、由乃さん止めてよ!」
由乃 「ふふふ、ごめんなさい。だってあのときの祐巳さんおかしいったら(笑)」
祐巳 「だ、だってあのときの由乃さん……」
由乃 「あのときの私がなんだって(ギロリ)」
祐巳 「な、なんでもないですぅ」
乃梨子「お二人ともそろそろ……」
由乃 「そうね。令ちゃんもアレもいないしさっさとやってしまおうか」
祐巳 「あ、アレって(汗)」
由乃 「修学旅行の時ですら考えないといけない羽目になったのよ! アレで十分!」
乃梨子「……まぁ、とにかく今回の話のまとめを」
祐巳 「可南子ちゃん、あんなに気にしていたんだねぇ……」
由乃 「(祐巳さんって本当に普段は鈍いわよねぇ……)」
乃梨子「(同感ですね。たまにすごく鋭くなられるときがありますけど普段は……)」
祐巳 「なに、何?二人して何を内緒話しているの?」
由乃 「祐巳さんはすごいなぁ、という話をしていたのよ」
乃梨子「はい」
祐巳 「え〜〜、私なんて全然すごくないよ」
由乃 「はいはい、そういうことにしておきましょう」
祐巳 「むぅ」
乃梨子「いよいよ原作も文化祭に突入しそうですし、このあたりどうなるか気になる所ですね」
二人 「うっ」
乃梨子「先輩お二方の姉妹選び、参考にさせていただきますね(笑)」
二人 「うぅ……」
乃梨子「それでは黄薔薇放送局番外編、今日はこのあたりで失礼します。みなさま、ごきげんよう」


乃梨子「あ、そうそう。ここまでユッケさまのご投稿を遅らせた馬鹿管理人は
	由乃さまの鎖鎌の餌食と化しました。管理人に変わりお詫び申し上げます。それでは。」

祐巳 「……ねぇ、由乃さん」
由乃 「……なぁに、祐巳さん」
祐巳 「私たちここに来た意味あったのかなぁ?」
由乃 「……」