文明の章

第六話

◆第3新東京市の夏

7月15日(水曜日)朝、ネルフ本部第2監禁室。
扉が開かれミサトが入って来た。
「おはよう・・・如何?暫く家を空けて何か変わった?」
シンジは何も言わなかった。
「エヴァぁは如何する?・・・今、レイが待機しているけど?」
「・・・乗りますよ。」
「そう、乗りたくないのね。」
ミサトは裏の意味を指摘した。
元々シンジが乗った最大の理由は、なぜか無性に気になるレイが苦しむ姿を見ていられなかったからだったのだが、傍観者のミサトには、只単に、少女を乗せるのが忍びない、又は、重体の人間を乗せるのが忍びないとでも映っていたのか、あるいは、そんな事は忘れているのであろうか。
「当たり前じゃないですか・・・・無理矢理乗せられて」
そう、誰もが、乗れと言った。乗って欲しいと頼んだ人間はいなかった。挙げ句、殴られ、叱られ、連行され、監禁されている。
「だったら、ここを離れると良いわ、ここでの事は忘れなさい。」
「え?」
「いくつかの制限はつくけれど、今まで通りの生活に戻れる筈よ、それじゃ」
ミサトはシンジが言った僕自身が責めるんですよと言う言葉は完全に忘れているようで、出て行った。
恐らく、シンジがエヴァに乗った理由も忘れていたのだろう。
第一、秘密組織の機密事項を知った人間が、本当に元の生活に戻れるとでも思っているのだろうか。
一方、シンジは予想外の展開に呆然としていた。


7月16日(木曜日)、ネルフ本部総司令執務室、
碇の目の前には、サードチルドレンの抹消に関する書類が置かれていた。
「・・碇、」
「・・ああ、」
碇は公印を書類に押した。


7月17日(金曜日)昼、ネルフ本部セントラルドグマ中央回廊。
碇、リツコ、レイが歩いていた。
「サードチルドレンは明日、第3新東京を離れます。」
「そうか・・・・・」
碇はどことなく寂しそうだ。
「宜しいのですか?それで」
「・・致し方あるまい」
「・・しかし、マルドゥック機間によるフォースチルドレンは今だ発表されていませんが・・・」
碇は沈黙で返し、リツコは碇を睨んだ。
「・・最悪、彼を連れ戻し洗脳となった場合、エヴァのシンクロに問題が無いとは・・・」
「いずれ・・・・、まあ良い、ドイツからセカンドチルドレンを召喚する。」
「弐号機の輸送ですか・・・どうなさるおつもりで?」
「丁度良い口実になる、国際連合海軍に輸送させる。」
「初号機のパーソナルの書き換えの準備はしておきます。」
「その必要は・・・・いや・・問題無い、零号機の再起動に失敗した時の準備をしておけ」
「・・・はい」
どうやらこの二人言外の会話が多すぎるようだ。
「レイ、シンジが戻ってからこれをシンジに届けて来い」
レイは碇から封筒を受け取った。
「・・はい・・」


7月18日(土曜日)昼、ネルフ本部、技術部長執務室、
リツコ、マヤ、ミサトがコーヒーを飲んでいた。
「・・・シンジ君・・今日、ここを離れるんですよね・・・」
「ええ、1時丁度の予定よ」
「・・・葛城1尉、見送りには行かないんですか?」
マヤの言葉には少し非難が混じっていた。
ミサトは首を振った。
「今更・・・私が会っても辛い思いをさせるだけよ・・・」
「ヤマアラシのジレンマって知ってる?」
「・・・近付き合えば、お互いを傷つける、だから一定の距離を置かざるを得ない・・・そうですよね」
「シンジ君の状態よ」
ミサトは小首を傾げた。
「彼は人と接する事で疵付き続けてきた。だから、一定の距離を取る。」
それは報告書の記載事項からも想像できる。
他人の右に立とうとしない、その姿勢が結果なのか原因なのかはわからないが、常に集団の隅に身を寄せる事に成っていたはずである。
「そして、ミサトに優しく接してもらい、自分自身その距離を測りあぐねている段階で、ミサトから近付いた。」
「そして、防衛反応に当たったミサトは、彼を突き放した。」
「ミサト自身、急に近寄り過ぎたわけね」
「・・・・・・・」
ミサトは時計に目をやった。
「リツコ、今日、早引きするわ」
「分かったわ」
ミサトは廊下に出て全速力で走って行った。
暫く沈黙が流れた。
「・・・先輩・・・あれで良かったんですか?」
「本当の事を言えば、シンジ君も救われないし、ミサトも罪の意識に悩まされるわ」
「・・・それは分かります・・・でも・・・」
「・・・潔癖症は辛いわよ」
マヤは少し俯いた。
「・・・自分が汚れたと感じた時・・・それが分かるわ・・・」
リツコは過去の忌まわしい記憶を思い出しているようだった。


シンジは諜報部の車に乗せられて第3新東京駅に向かっていた。
「ミサトさんはどこですか?一言お別れを」
「君は最早ネルフの人間ではない、君には何も教える事は出来ない。」
それから、車が駅に着き止まるまで、諜報部員もシンジも一言も口は開かなかった。
「降りたまえ。」
シンジは車を降り、駅に入ろうとした。
「碇!」
シンジは後ろから呼びかけられて、トウジとケンスケに気付いた。
「ちょっと良いですか?」
諜報部員は腕時計を見た。
「ああ」
シンジは二人に近付いた。
「どうして、ここに?」
「疎開してった奴らは、ここで皆見送ったから」
「碇ィ、済まん!この前は知らんだとはいえ、殴ってもうて、やからわしも殴ってくれ。」
「え?」
トウジの突然の発言に、シンジは一瞬理解できなかった。
「頼むわぁ碇、そうせなわしの気が済まんのや」
「じゃ、じゃあ1発だけ。」
シンジはトウジを殴ろうとした。
「待ったぁ!」
突然言う事を変えられて、シンジは不可思議な顔をした。
「本気でや。」
シンジは頷き、2歩下がって助走をつけてトウジを殴り飛ばした。
「時間だ。」
「さようなら・・・」
シンジは駅に入った。
(こんな僕のために・・・やっぱり僕は殴られなくちゃいけなかったんだ・・・)
ホームにシンジの乗る電車が入って来た。
シンジはそのまま立ち尽くした。
やがて電車の扉が閉じ、電車が発車した。シンジはそのまま俯いていたが顔を上げると、ミサトが見えた。
二人とも色々言いたい事が有ったが、結局1分ほど御互いに向き合った後、
「た、ただいま。」
「お帰りなさい。」
ミサトは笑顔で答えた。


7月20日(月曜日(海の日))、第3新東京市立第壱中学校講堂。
始業式までは体育館で行っていたが、今回の終業式の時には生徒数が、この講堂に入るほど(1年31名 2年32名 3年46名の4クラス)まで減少してしまった。
「皆さん、明日から夏休みに入りますが、常日頃からの生活リズムを維持していれば何の問題もありません。本来ならばこんな事は言いたくは無いのですが、先週、この学校の生徒で電車の無賃乗車が発覚した者がいます。今回の所はJRの寛大な対応で警察沙汰にはならずに済みましたが、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、さて皆さんは、セカンドインパクトの年か、或いはその後に生れたわけですが、今年はセカンドインパクト以来の・・・・・・・・・(この後2時間に話が渡る)・・・・・・・・・・」
シンジはこの学校の式は地獄だと、昨日トウジ達に聞いたのだが、今その意味を理解した。
(講堂で椅子に座っていられるだけましか・・・)
レイは隅の方で早くから居眠りをしていた。トウジ達は回りと何か話をしていて、ヒカリは前で話を聞いていた。
「次は生徒指導の臼井先生からお話があります。」
教頭は拷問の宣告をした。
(まだ続くのぉ!)
延々と式は4時間に渡り行われその後、表彰式に入った。
「春の手芸大会、入賞1年A組・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
講堂に入ったのが9時前だったが出てきたのは2時過ぎだった。
殆どの者が疲れた顔で帰路に着いた。


家に帰るとシンジ宛に河合塾から模擬試験の結果が届いていた。
疲れていて読む気がしないシンジは台所の机の上に置いて自分の部屋に行き寝た。


夕方、ミサトが帰ってくると、台所の机の上にシンジの模擬試験の結果が置いてあるのに気付いた。
(みっちゃお〜)
悪戯心が騒いだミサトは開封して中身を見た。

碇シンジ
   点数  偏差値   平均点  校内順位  全国順位
国語  72 67.7  47.2  31    130692
数学  58 57.0  42.3 213    735640
理科  62 59.3  41.2 164    545281
社会  81 67.8  45.6  29    112456
英語  77 63.4  50.9 101    213651
総合 350 66.0 227.1  72    139404
             受験者  365    2178201
第1志望 信州第3高等学校   普通科   60.2 94.5%
第2志望 長野帝国高等学園   普通科   58.2 97.6%
第3志望 東京高等学校     Aコース  84.9  0.1%
第4志望 名古屋学園高等部   特別進学科 72.6  9.3%

「へ〜、結構良いじゃん。」
ミサトは何かを思い出し、もう一通取り出した。
「レイのもみ〜ちゃお」
ミサトは同じ封筒を取り出して中身を見た。

綾波レイ
   点数  偏差値   平均点  校内順位  全国順位
国語  98 86.3  47.2   1       7
数学 100 75.7  42.3   1       1
理科 100 76.3  41.2   1       1
社会  97 75.9  45.6   1      14
英語 100 75.2  50.9   1       1
総合 495 85.9 227.1   1       1
             受験者   61    2178201
第1志望 東京高等学校     Aコース  84.9 90.2%
第2志望 東京高等学校     Bコース  75.7 99.9%
第3志望 第3新東京高等学校  進学科   65.1 99.9%
第4志望 日本国際連合高校   総合科   64.2 99.9%
           追記 トロフィーを取りに来て下さい。

「見なかった事にしよ・・・」
ミサトは元通り封をしてしまった。
【葛城ミサト 大学検定 第二東京大学理科一類】

夕食後、シンジは自分の部屋で結果を見た。

綾波レイ
   点数  偏差値   平均点  校内順位  全国順位
国語  98 86.3  47.2   1       7
数学 100 75.7  42.3   1       1
理科 100 76.3  41.2   1       1
社会  97 75.9  45.6   1      14
英語 100 75.2  50.9   1       1
総合 495 85.9 227.1   1       1
             受験者   61    2178201
第1志望 東京高等学校     Aコース  84.9 90.2%
第2志望 東京高等学校     Bコース  75.7 99.9%
第3志望 第3新東京高等学校  進学科   65.1 99.9%
第4志望 日本国際連合高校   総合科   64.2 99.9%
           追記 トロフィーを取りに来て下さい。

・・・・数分間混乱・・・・
「うっそー!!!!綾波が全国トップ!!!!」
「そ、そそれよりもなんで綾波のが!!!?????」


居間
ミサトはシンジの声に思わずお茶を吹きこぼしてしまった。
(ヤバ!)

碇シンジ
   点数  偏差値   平均点  校内順位  全国順位
国語  72 67.7  47.2  31    130692
数学  58 57.0  42.3 213    735640
理科  62 59.3  41.2 164    545281
社会  81 67.8  45.6  29    112456
英語  77 63.4  50.9 101    213651
総合 350 66.0 227.1  72    139404
             受験者  365    2178201
第1志望 信州第3高等学校   普通科   60.2 94.5%
第2志望 長野帝国高等学園   普通科   58.2 97.6%
第3志望 東京高等学校     Aコース  84.9  0.1%
第4志望 名古屋学園高等部   特別進学科 72.6  9.3%

確認してみるとレイの封筒の中にシンジの個表が入っていた。
(あちゃ〜、どうしよ。)


シンジの部屋
(お、落ち着いて考えてみよう。僕の封筒の中に綾波のが入っていたと言う事は、綾波の封筒に、僕のが入ってると思う・・・・僕のが見られる!!・・・あれ、綾波はここで試験を受けたんだよな。僕は長野県で受けたから・・・混ざるわけは無いぞ。と言う事は、僕に届く前に一度あけられて・・・・ミサトさん・・・)
シンジはレイの個表を持って居間に行った。
「ミサトさん」
シンジは大慌てしているミサトの後ろから声を掛け、ミサトは引き攣った顔でゆっくりと振り返った。
その時呼び鈴が鳴り、ミサトは助かったと言う顔で玄関に小走りで行った。
シンジは腕組みをしてミサトを待った。
青ざめた顔のミサトが戻って来てその後ろにレイがついて入って来た。
「・・碇君、」
シンジの心拍数が跳ね上がった。
「お父さんから」
レイはシンジに封筒を渡した。
「・・それだけ・・・さよなら」
レイはすたすたと帰って行った。
シンジは封筒を開けて見た。中には写真が一枚入っていた。
写真には若い碇と冬月と椅子に座った女性が映っていた。全員白衣を着ていた。
写真の裏を見ると、A.S.4年10/6 碇とユイ君と研究所内にて、と書かれていた。
「母さんか・・・・・・・・」
シンジは思い出の中にあった母の影に写真のユイを重ねた。
ミサトはと言うと自分の部屋に引っ込んだ。



あとがき
リツコの台詞かなり前の方に持って来ました。
単純なミサトは簡単に誘導されています。肝心な問題は未解決にも関わらず、
レイやシンジの成績はまだ、重要ではない、重要なのは、ユイの映る写真をシンジが手にしたということです。

次回予告
碇とレイの関わり合いに対して戸惑いを覚えるシンジ、すれ違う親子の考え、大人の醜い争いに子供を巻き込んでしまった事に罪悪感を感じる大人達。
そして、第四使徒の分析結果は驚くものであった。レイの怪我の理由が明かされ、その事実はシンジを更に困惑させる。
そして、お叱りを受けるミサト、しかし直ぐに忘れてしまい、再びミスを犯す。
恐怖のミサトカレー、その味は、レトルトカレーを元に作り出されるらしい。
何も無い、空虚なレイの部屋、その部屋にあった一つの壊れた眼鏡。
一組の擦れ違う実の親子と一組の信じ合う義理の親子・・・
零号機は起動、しかし、出撃させない碇。
射出と同時に窮地に立たされた初号機とシンジ、果たして人類は生き残れるのか
次回 第七話 レイ、心の向こうに