文明の章

第弐拾六話

◆虚数

1月15日(金曜日)、ネルフ本部総司令執務室、
碇は机の上にある1つのファイルを開いた。
一応、秘密裏に処分された事になっている先のロボット兵器の脱走、一連の戦闘、そして、消滅に関する戦自の処分と大人事異動の報告書を纏めた物である。
「・・・自作自演か?」
「・・いや、機会を利用しただけだろう・・・」
今回の事に主に関わっていた戦自の過激派グループが一掃され、ネルフやその上位組織ゼーレの手の者は左遷や栄転で中央から遠ざけられていた。
もし、一連の事件はこの目的の為に、日本政府によって引き起こされたものだったとすると、相当なものである。
「・・・日本政府か・・・」
しかし、いずれにせよ、ここまでの諜報能力を持っていたとすれば、これまで、ネルフが得た日本政府に関する情報は偽物だった可能性がある。
今回、陸自と戦自の間でどのような遣り取りが有ったのか結局分からなかった。
ネルフ諜報部は、加持を抜きにしても、世界有数の諜報能力を持っていた筈である。
だが、まさかそれ以上とは・・・


1月17日(日曜日)昼過ぎ、第3新東京市、ネルフ本部実験棟でハーモニクスの実験が行われていた。
「ハーモニクス検出開始」
マヤの声と共にモニターには次々に数値やグラフが表示されて行く。
・・・・
「先輩、凄いですよ、シンジ君。」
リツコはディスプレイを覗き込んだ。
《EVA−00 56.245 EVA−01 69.240 EVAー02 68.556》
「・・遂に、アスカを抜いてしまったわね。」
「本当に凄いですよ。」
「そうね、ハーモニクスも、かなりの数値を叩き出しているし、」
「ほ〜、やるじゃない」
モニターを横から覗き見たミサトが感心した。
「・・霧島マナの件、どうやら良い方向に向かったようね」
ミサトはリツコの呟きに絶句した。
「・・何を驚いているの?第3新東京市は、マギの管理下に有るのよ」
「・・霧島さんは?」
「北海道のどこかで名前を変えて暮らしているんじゃないかしら?もうネルフの管理下からは離れたから分からないわ」
リツコの言葉は、ネルフはマナを見逃したと言う事を示していた。
東京の支援もあったようであるし、マナの身の安全は間違い無い。
ミサトはほっと息をつき、メインモニターに視線を戻した。
・・・2時間後・・・
「実験を終了します。」
『ミサトさん、さっきの実験の結果は?』
「は〜い、ユーアーナンヴァーワン!」
ミサトの声に、シンジの表情がぱっと明るくなったが、一方アスカの表情には当惑のような物が見られた。


その後、アスカとレイは第7女子更衣室で着替えをしていた。
アスカは着替えの途中だが、もうレイは殆ど終わっている。
「あ〜〜あ、参っちゃったわよね〜、わずか半年であっさりと抜かれちゃった。」
アスカは半分やけくそになっているようだ。
「こうまであっさり抜かれちゃうと、正直言ってちょっと悔しいわよね」
「凄い凄い、凄過ぎる強い強い無敵のシンジ様ぁ〜ん」
「これで私達も楽できるってもんね」
「ま〜ね〜、私達も置いてきぼり食わないように、もっと頑張らなきゃ駄目ね」
「・・さよなら・・」
本心とはかけ離れた事ばかりのたまい、怪しい動きをしているアスカをレイは見捨て、さっさと更衣室を出て行った。
「くっ」
アスカはロッカーを殴った、たった一発で扉が凹みもげた。
「何で、何でよ・・・」
続いてもう一発。ロッカーが御釈迦になった。


1月19日(火曜日)、昼、第3新東京市Dエリア
街中に突如黒い影と球状の物体が現われた。
人々は逃げ惑っている。
所々、親と逸れた子供が泣き喚いている。
『第3新東京市に緊急避難勧告が発令されました。直ちに住民の皆さんはシェルターに避難してください。』
・・・
・・・
P.M.3:51、
富士の電波観測所は探知せず、ATフィールドも観測されず、マギも判断を保留していた。
ビルの影から初号機が様子を覗っていた。
『作戦は、可能であれば、市街地上空外へ誘導。1機が先行し残る2機がそれをサポート、援護する。良いわね』
「はい」
『問題ありません』
『はいは〜い!先生、先鋒はシンジ君が良いと思いまーす。』
突然アスカが良く分からない事を言い出した。
「はぁ?」
『何と言っても、シンクロ率、実績共にナンヴァーワンの無敵のシンジ様だからねぇ』
「何言ってるんだよ」
アスカが自らそんな事を言い出すはずは無いと思っていたシンジは戸惑いながら尋ねた。
『それとも怖いの?』
「こ、怖くなんて無いさ、御手本見せてやるよ、アスカ」
ムカッと来たシンジは嫌味で返した。
『ぬわぁんでぇすってぇえええ!!!』
アスカの額に青筋が浮かび、アスカの怒顔がドアップで通信モニターに映し出された。
「初号機先行します」
初号機は使徒に向かった。
『あの子達・・勝手に』
『くっ、弐号機サポートに回ります』
『零号機もバックアップに』
『随分シンジ君逞しくなったじゃない』
『駄目よ、後でちゃんと叱らなきゃ』
相変わらず、発令所には緊張感が足りないようだ。
・・・
・・・
初号機は使徒の進行方向に回り込んだ。
「アスカ、そっちは?」
『未だよ、そんなに早く移動できるわけ無いじゃないの』
「綾波は?」
『・・こっちもよ・・』
・・・
暫くじっと待っているうちに、シンジは何かじれったく成って来た。
「こっちで足止めだけでもしておく」
初号機は球状の物体に対してハンドガンを発砲した。
しかし、物体は消滅し、弾がすり抜けた。
『消えた!』
「なっ」
『パターンブルー!反応初号機の直下です!!』
『シンジ君気をつけて!』
シンジは、初号機の下に黒い影が現われた事に気が付いた。
「あっ」
初号機が影の中に沈んで行く。
『碇君!』
『シンジ!』
『アスカ、レイ、直に初号機を救出して!』
初号機は既に腰の辺りまで沈んでいる。
「くそ、何だこれ!」
初号機は影に対して何度も発砲したが無効だった。
シンジは上に再び球状の物体が現れた事に気付いた。
初号機はその大半が沈み込んでしまった。
『プラグ射出されません!』
『シンジ君!』
「うわぁああ!!助けて!ミサトさん!綾波!!アスカ!!父さん!か・・」
初号機は完全に沈み込み、通信その他が一切途絶えた。
零号機、
零号機は球状の物体にライフルを撃ち込んだが、又消え、ビルに直撃した。
『アスカ、気をつけて!』
『影!?』
弐号機は影から逃げ回っている。
ビルが飲みこまれていく。
弐号機はスマッシュホークを足場に、屋上に上った。
零号機はライフルを球状の物体と影に打ち込んだが、球状の物体は消え、影には表面で弾かれた。
『アスカ、レイ、退却よ』
ミサトの声は震えていた。
『まっ』
「待って!・・未だ中に碇君が」
『命令よ、退却しなさい』
レイは唇をかみ、命令に従い退却した。


待機室に戻ったレイは、何故自分が命令に反しようとしたのかを考えた。
命令は絶対、末端のパイロットごときの独断で作戦に支障があっては成らない。
「・・何故・・・何故・・・私は退却したくなかったの?」
「・・作戦なのに・・・・命令なのに・・・」
「・・そう・・・・碇君を失いたくなかったのね、私、碇君を失いたくないのね・・」
「・・・・碇君・・・・」
自らの行動の理由を導き出したレイはうなだれた。


技術部長執務室、
リツコは待機室のモニターから外の使徒の映像に視線を移した。
「レイの方は計画通り、でも、シンジ君は・・・」
「拙いわね・・」
リツコは煙草の火を揉み消した。


P.M.4:46、第3新東京市市街、出張ネルフ司令部、
「使徒は直径720メートルで行動、拡大共に完全に静止しました。」
「あの球体と影・・・明らかに大きさがおかしいわ。」
日向の報告に対して、リツコが呟いた。
「では、空間が歪められているとでも?」
碧南が尋ねた。
「恐らくは・・・ただし、上空の球体が影、そして、地面の影のように見えるものこそが本体ね」
この、常識では考えられないようなものがリツコの分析結果である。
扉が開かれ耕一と蘭子、榊原、ミユキ、ユナ、コトミが入って来た。
(上級秘書官が全員だと・・・)
信じられない事に日向は目を丸くしている。
「何か・・御用でしょうか?」
「ちょっとな・・・初号機の事が心配でな」
碧南が椅子を持って来た。
「いや、いい」
「作戦はどうするつもりですか?」
「葛城3佐に聞いて下さい」
蘭子の問いにリツコは視線で影の淵を飛んでいるヘリコプターに注目させた。


ミサトがそのヘリから身を乗り出しながら、眼下の真っ黒な使徒を見ていた。
(・・・・・・・・・・・どうすればシンジ君を・・・・)
「しかし、あんな相手に戦車なんか役に立つんですか?」
職員が尋ねた。
「私達にプレッシャーかけてんのよ、使徒相手には効果は無いわよ」
ミサトは、愚かな陸自の戦車部隊を睨んだ。


P.M.5:42、ネルフ出張発令所の外、
日が沈みかけていた。
「笑っちゃうわよ」
「ヘン、御手本見せてやるですって?」
シンジの悪口を言われて不快になったレイがアスカに詰め寄った。
「何なのよ!シンジの悪口を言われるのがそんなに不愉快!?」
「・・貴女は人に誉められたくて、エヴァに乗っているの?」
アスカはレイにめいいっぱい顔を近づけた。
「違うわ!他人の為じゃない!自分の為よ!」
「止めなさい・・」
少し離れた所にいたミサトが使徒を見ながら呟くように言った。
「確かに独断先行して失敗したわ。・・・だからこそ、戻ってきたら叱ってやらなくちゃ」
そう言ったミサトの表情は哀しそうだった。


P.M.9:15、リツコが大きなホワイトボードを持ち出してきて使徒と作戦を説明していた。
ホワイトボードは様々な数式や記号・グラフで5台は埋め尽くされていた。
「つまり、あの使徒は、直径720メートル厚さ2ナノメートルという極薄の空間を内向きのATフィールドで支え、内部に虚数空間を作り出しているわ。つまり、次元の境界を貫通していると言う点ではワームホールやワープホール、ブラックホールに近いわね。虚数空間の広がりを我々の次元に換算すると推定で、0.03立方光年から6.2立方光年程度よ。」
「キロじゃなくて、光年?」
「はい」
耕一は何かぶつぶつ呟いている。
「で、具体的にはどうするの?」
「残存するNN兵器全てを虚数空間中心部に投下、同時爆発させ、一時的にATフィールドを突き破り虚数空間を開放させ、同時に零号機弐号機のATフィールドを干渉させ浸食、初号機を強制的にこの次元に弾き出すわ。」
「ちょっと待ちなさい!!」
ミサトがリツコに詰め寄った。
「それじゃシンジ君はどうなるのよ!!」
「今回の作戦は初号機の機体回収を最優先としパイロットの生死は問いません。」
「ふざけないで!!」
ミサトのビンタがリツコに炸裂しリツコのサングラスが地面に落ちた。
「全ては貴女のミスから始まったのよ」
リツコはサングラスを拾いその場を立ち去ろうとした。
丁度二人が並んだ時に上空をヘリが通り過ぎた。
「私だって・・・折角・・・」
言葉を続けず、リツコは振り返ろうともせずに司令室に戻って行った。


司令部の裏の斜面にレイは仰向けに寝そべって星を見ていた。
「・・・統監?」
近付いて来た影に問い掛けた。
「ああ」
耕一はレイの左横に腰を下ろした。
「心配か?」
レイは頷いた。
「そうか・・・」
暫く沈黙が流れた。
「少し私の話に付き合ってくれるか?」
レイは、暫く考え後、承諾した。
「人には、全ての物に対する価値という物がある。例えば、レイの目の前で、シンジと、知らない人間が溺れていて、片方しか助けられそうに無い時、レイならどうする?」
「碇君を助ける」
「つまり、レイにとって、シンジは、見ず知らずの赤の他人よりは大事なわけだ」
レイは軽く頷いた。
「では、シンジと葛城君だったらどうかな?」
「碇君」
「うん、では、碇とシンジだったらどっちを選ぶ?」
レイは考え込んだ。
(・・赤木博士は、碇君は、碇司令以上に特別な存在だと言った。碇君は私を見てくれる。碇司令は私を見てはくれない・・)
「・・・・碇君を助けます・・」
「では、その時、碇が、レイ、命令だ、私を助けろとでも言ったらどうかな」
レイはさっき以上に考え込んだ。
命令が加われば、その意味合いは変化する。
耕一は結論を出させないように言葉を発した。
「まあ、例えばの話だ。ここで、迷うと言う事は、両方ともが余りにも大事で片方を選択するのが恐ろしい場合、もうひとつは、どちらの方が自分にとっての価値が大きいのか分からない場合だ。恐らくどちらを選んでも正解とは言えないし、間違いとも言えないだろう。」
「・・・」
「だが、決断しなければ行けない時が必ず来る」
「・・・」
「後悔と言うのは、全くの無駄な行為だ。だから、後悔しないために、その決断が来る前に十分な準備をして、決断の時に戸惑い、結果、両方失うような事は決してあってはならない」
「・・・」
「今、初号機にはATフィールドを張る能力は無い、NN兵器3発でシンジは終わりだ。」
「・・・」
「だが、ATフィールドと何らかの防御手段合わせてをこうじれば、何とかなるかもしれない」
「・・碇君は助かるの?」
レイは顔を上げ真っ直ぐに耕一を見詰めた。
「・・・今、秘書官達がバリアー発生装置を用意している。レイにしか頼めない。レイにはバリアー発生装置を持ってディラックの海に飛び込んで欲しい。シンジを助ける為に。東京に張られている都市バリアーの小型版だ。核でも防ぐ事が出来る筈だ。張る範囲は小さいが出力は大きいからな。これと、ATフィールドを合わせれば何とかなるかもしれない。」
「・・それで碇君を助けられるの?」
「だが成功率は低い・・・これ以上エヴァを失う事をネルフが承認するはずが無い。レイが実行するとすれば命令違反の独断行動となる。」
レイは固まった。
「そして、赤木博士の作戦が成功して、レイの意識が持てば、二人とも助かる、だが・・・・」
耕一は先は言わずに、レイの言葉を待った。
暫くしてレイは決意の表情を浮かべて口を開いた。
「・・・・・碇君は私が護るもの」
レイは丘越しに、使徒を睨みつけた。


1月20日(水曜日)、A.M.0:23、初号機の中でシンジは目を覚ました。
ゆっくりと上半身を起してスイッチを押した。
レーダー、ソナー、光学、など様々な探査結果が映し出された。
「ふぅ、・・・・何も映らないか・・・・・・・・・・・空間が広過ぎるんだ・・・」
シンジはもう一度スイッチを押し画面を消し、シートに上半身を倒した。
《 0:25:36》
「僕の命も後6時間足らずか・・・・・・・・・」
「・・・お腹すいたな・・・・・」
シンジはもう一度目を閉じた。


 夢、シンジは電車に乗っていた。
「ここは?」
電車は夕焼けの中を快走している。
「どこだろ・・・」
やがて小さな無人駅に止まり、幼い男女が乗り込んできた。
「・・・僕と・・・綾波?」
幼いシンジ、3歳くらいと、シンジよりも弱冠幼いくらいのレイが手をつないで、反対側の席に座った。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
幼いシンジが尋ねた。
「ん、いや、何でもないよ、君達は?」
「僕はシンジ、」
「私はレイ」
シンジは2人に合わせることにした。
「僕もシンジって言うんだ」
「ふ〜ん、お兄ちゃん僕と同じ名前なんだ」
幼いシンジは無邪気な笑みを浮かべた。 


A.M.1:00、ネルフ本部総司令執務室、
「いいのか?」
「ああ」
「自分の息子を失ってもな・・・」
「問題無い」
「今、初号機パイロットを失えば今後の計画に大きく影響するぞ」
「いや、」
冬月は納得が行かないと言った顔をした。
「我々が外部から2人を救う事は不可能だ。絶対にな。・・・だが・・・」
冬月は碇が言わんとしている事が分かり漸く納得が行ったと言う顔をした。
「信じているわけだな・・・・・過信でない事を祈るよ・・・」


A.M.1:33、関西国際空港、
ドイツからのNN兵器の輸送機が次々に着陸した。


A.M.1:57、第3新東京市郊外、草原。
レイは耕一に寄り掛かって寝ていた。
(動けなくなってしまった・・・・・まあいいけど)
耕一はレイの愛くるしい寝顔を見た。
(ふぅ・・・・)
今度は夜空を見上げた。
(確かに星が見にくいな、東京のせいで・・・か・・・なんか複雑だな・・)
美しい満天の夜空、その星空を著しく見難くしたのは東京。他でもない耕一の手によることなのだ。
(ルシアさんですか?)
耕一は後ろに近付いて来た気配に対して、テレパシーのようなものを飛ばした。
因みにこの技が使えるのは耕一とルシアの2人だけなので応答があれば当然ルシアである。良く似た技は星の数ほど。
(はい)
ルシアはゆっくりと歩いて来てレイと反対側に座った。
(良い子ですね)
(分かりますか?)
(ええ、耕一さんが好きになった子ですから)
微妙な微笑みを浮かべるルシアに対して耕一は返答しなかった。
(榊原さんや蘭子からこの子の事は聞きました。)
(そうですか・・・)
(私はこの子なら新たな皇妃に加わっても良いと思います。)
暫く耕一は返答しなかった。
(・・・いえ、レイはシンジと一緒になるべきです。)
(そうですか・・・・、でも、シンジ君にはアスカさんがいるんでしょう?)
(レイに勝たせます。)
(そうですか・・・)
(でも・・・・)
(でも?)
(先ず、ここで勝たなくてはいけませんけどね、使徒に)
「そうですね・・・」
ルシアはそっと口に出した。
耕一が本当は何を考えているのか、ルシアはそれが分かっているのか分かっていないのか・・・


 夢、レイは駅で電車を待っていた。
「私、何を待っているの?」
電車がホームに滑り込んできた。
レイは開いた扉から乗り込んだ。
「碇君」
電車には、シンジと、その反対側に、幼いシンジとレイが座っていた。
「あれ?綾波」
「お兄ちゃん僕と同姓同名なんだね」
レイはシンジの左、無邪気な笑顔を浮かべている幼いシンジの前に座った。
「貴方達は?」
「僕、碇シンジ、お兄ちゃんと同じ」
「私は、レイ」
「そう、私もレイというの」
「ふ〜ん、お兄ちゃん達、僕たちと同じなんだね」
(・・・・この2人は、私達の幼いとき・・・・私は碇君を知っていたの?) 


芦ノ湖湖畔、幼いシンジとその左をレイが手をつないで歩いている。
「シンジ君、」
レイがシンジの手を引っ張った。
「シンジ、レイ、迎えに来た」
若い碇が2人を迎えに来た。
「お父さん、お母さんは?」
「ユイは、研究で手が放せない、だから私が代わりに来た」
「レイ、行こ」
レイは頷き、従った。


人工進化研究所、特別研究室、
研究室には数々の最新装置が揃っている。
「じゃあ、中央病院にサンプルを」
「はい」
ユイの指示で、新しい薬のサンプルを研究者がトランクに詰めて部屋を出ていった。
シンジとレイが部屋に入った。
「お母さん」
「シンちゃんにレイちゃん、」
「さっきのは?」
レイが尋ねた。
「東京中央病院に入院してる、光マユミちゃんに投与する薬よ」
「臨床実験ね」
「その通りよ、でも、利いてくれれば助かるはずだけど」
「でも、臨床実験って事は、末期状態なんでしょ、対象の病気以外の病気の併発や、免疫力の低下、体力の衰えに、精神的疲労も極度の物だと思うけど」
シンジが言った。
「・・・そうね・・・でも、苦しみを和らげる事は出来るわ、そう言う薬の配合にしたのよ」
「ふ〜ん」
「お母さん、今日は?」
「団地の方に帰りましょう」
二人は頷いた。


夕方、3人が手を繋いで帰路を歩いている。
右から、シンジ、レイ、ユイの順である。
ユイは左手に買い物袋を下げている。
「で、レイがさ、こけて、目を潤ませて」
「・・シンジ君それは言わない約束」
「まあまあ、駄目でしょ、約束は守らなきゃ」
「う〜〜」
開拓団地が見えてきた。
家は、別にあるのだが、遠いため、近くの開拓団地の一室を買って、良くそこに帰っている。
開拓団地はほぼ満室で人で溢れている。


第3開拓団地16棟402号室、
テーブルの上にユイの作った料理が並んでいる。
レイはシンジの横の椅子に座っている。
「レイちゃん、好き嫌いしちゃ駄目よ」
「お肉は嫌い」
「僕は嫌いじゃないけど・・・」
シンジは美味しそうにハンバーグを食べている。
「だって、牛さんかわいそう」
「う・・・」
シンジの持つフォークの動きが止まった。
そんな二人の様子にユイは苦笑した。 


夢、電車の中、
「綾波、どうしたの!?大丈夫?」
レイが気付くとシンジがレイの肩を揺すっていた。
「・・大丈夫・・・」
「そう・・・」
2人の姿がない。
「・・・・2人は?」
「それが、綾波が気を失ったと同時に、消えちゃった」
「・・そう、シンジ君は、私が助ける」
「いや、助けるって・・・」
「・・私は先に戻る、そして、必ずシンジ君を助ける」
電車が駅に到着し、レイは電車を降りた。
「綾波!」
「信じていて・・・碇君は私が護る」
電車が再び走り出した。
シンジはレイの決意の表情を見て、信じてみる事にした。 


A.M.5:36、ネルフ出張司令部、
初号機の残り電源を表すグラフがもう直0になりそうである。
「初号機の電源、理論値ではそろそろ限界です。」
「作戦の開始を少し早めましょう。未だ、シンジ君が生きている可能性がある内に。」
リツコはタイムスケージュールを組み直した。


A.M.5:41、関西国際空港第3滑走路
出撃命令が出された大型戦略爆撃機が次々に飛び立った。


A.M.6:11、初号機の中でシンジは再び目を覚ました。
シンジはうつろな目をして蹲った。
「・・・さむい・・・」
ヒータも切れ、LCLの温度はかなり下がっている。
スーツの電源の残量が後僅かである事を知らせる発光ダイオードの光が消えた。
「・・・・綾波・・・・早く・・・・助けて・・・・」


 A.S.1年、
真っ暗闇の中、男女の話し声が聞こえる、どうやら男性の方は碇のようだ。
「男だったら、シンジ、女だったらレイと名付けよう。」
「碇、シンジ。碇、レイ」


A.S.4年、芦ノ湖湖畔、
シンジは母、ユイと散歩をしていた。
「もう良いの?」
シンジは赤く光る小さな玉を見つけてユイに見せた。
「綺麗なものを見つけたわね」
「うん」
シンジは無邪気な笑顔を見せた。
「そう、良かったわね。」


A.S.4年、
シンジはガラスに引っ付いて零号機のようなものを見ていた。
部屋には碇と冬月ともう1人、赤毛の女性がいる。
「どうしてここに子供がいる?」
「所長のお子さんだそうです」
「碇、ここは託児所じゃない」
『ごめんなさい、先生。』
「ユイ君、分かっているのか今日は君の実験なんだぞ。」
『この子達に未来の希望を見せておきたくて。』


A.S.16年、
「僕は・・・・・母さんがいなくなった時、その場にいたのか」
シンジが呟いた瞬間、辺りが光に包まれた。
シンジが目を開くと光の空間の中をシンジの方へ向かって光の女性が飛んで来た。
レイに似ている。
「綾波?」
光の女性はシンジを抱きしめた。
しかし、シンジを包み込める大きさであるし、何より、レイよりも遥かに母性を感じさせる雰囲気である。
「母さん!!!」  


A.M.6:31、朝焼けの中、第3新東京市市街上空を数千機の大型爆撃機が飛行している。
零号機、
『作戦配置についたわね。』
『作戦か』
「・・待って・・」
何か変化を感じたレイが作戦の開始を止めた。
『どうしたの?』
突如辺りを地震が襲った。
『何が始まったの?』
アスカの表情は多少の怯えが入っていた。
レイは冷静に使徒を見ていた。
「・・シンジ君・・・」
地割れが起き、次々に使徒が切り刻まれた。
上空の影が真っ黒になり、次の瞬間内側から血のような赤い液体が噴出した。
そして、影を切り裂き、影の中から初号機が姿を表した。
初号機は咆哮を上げ、大気を振動させ、ビルを揺らし、地面に着地した。
そして、使徒は消え去った。
辺り一面赤い血のような液体で塗れていた。
赤く染まった初号機はまさに悪魔か鬼のように見えた。


A.M.6:52、ネルフ本部第2ケージ、
初号機のエントリープラグが開けられた。
「シンジ君!」
ミサトは涙ぐみながら横たわっているシンジに抱き付いた。
「・・・助かったの?」
シンジは呟いた後、気を失った。


P.M.2:11、ネルフ中央病院病室、
シンジは目を覚ました。
視界にレイが入った。
「・・綾波」
シンジは上半身を起した。
「・・もう良いの?」
「あ・・うん」
「・・そう、良かったわね。」
レイは微笑を見せ、シンジはそのレイの笑みに魅入った。
暫くして、レイは、ゆっくりと立ち上がった。
「・・今日はゆっくり休むと良いわ。後は私達が処理しておくから・・」
そう言い残すと、レイはドアの方へ歩いて行った。
ドアを開けるとそこにアスカがいて何か吃驚していた。
「くく」
シンジは何だか可笑しくて少し笑った。


P.M.6:18、ネルフ本部第2ケージ、
初号機がシャワーを浴びて血のような液体を落としていた。
碇とリツコがカッパを来てアンビリカルブリッジの上に立って話をしている。
「エヴァの真実をあの子たちが知ったら許してくれないでしょうね。」
「今は良い・・・・今は未だ・・・」
碇の呟きは、シャワーの轟音でかき消された。

 
あとがき
レイがシンジの呼び方を変えました。
しかし、耕一は、何故、レイとシンジを結び付け様としているのでしょうか?
尚、レイとシンジは、ユイがいた時に一緒に暮らしていたという設定になっています。詳しい関係は又後ほど、

次回予告
焦りが破滅を導いた。SS機関の暴走によって、ネルフ第2支部が消滅、参号機の本部移送に合わせ4人目の適格者が選出される。
ケンスケはトウジの不振な様子や行動から一つの答えを導き出す。
そして、参号機の起動試験で松代の実験場が爆発、参号機は使徒に乗っ取られた。
トウジを殺す事を躊躇い攻撃できないシンジに見切りをつけ、碇は、ダミープラグに切り替えさせる。
圧倒的破壊力で参号機を破壊する初号機、トウジの運命は?
次回 第弐拾七話 命の価値