文明の章

第弐拾八話

◆命の価値は

1月28日(木曜日)、A.M.7:12、太平洋上空を一機の大型輸送機が参号機をぶら下げて飛んでいた。
前方に巨大な積乱雲が見える。
「前方に積乱雲が見えますが」
『レーダーで確認した。大した事は無い嵐だ、進路を維持して到着時間を厳守せよ』
「了解」
輸送機は積乱雲の中へ突っ込んだ。


A.M.7:46、第3新東京市、ミサトのマンション、
「じゃあ、松代まで行ってくるから」
ミサトは靴をはいた。
「はい・・・でも、あの、四号機が消えたって・・本当なんですか?」
シンジはケンスケから得た情報を口にしたのだが、ミサトは、結局知ってしまったのか、ならば、自分で知らせた方が良かったと思い、顔を顰めた。
「ええ、ネルフ第2支部ごとね・・・SS機関の実験中にね・・・」
「ああ、ここは大丈夫よ、3機ともちゃんと動いてるし」
ミサトはシンジが暗い表情をしているのを払拭しようとしたが、シンジが暗い表情をしているのは四号機の事ではない。
「・・でも、あの、参号機が来るって・・・」
「ええ、でも、大丈夫よ、ここには、あの、マッドだけど世界最高の科学者、赤木リツコ博士に、リツコ率いる優秀な技術部があるんですから」
どうも、ミサトは話を逸らそうとしているようにも思える。
「・・いえ、誰が」
シンジが問おうとした時チャイムが鳴り、ドアが開きケンスケが現れた。
「おはよう御座います!」
「本日は、葛城3佐に御願いに上がりました!」
「自分を!自分をエヴァンゲリオン参号機のパイロットにしてください!」
ケンスケは開口一番にその様な言葉を発し頭を直角に下げた。
「「へ・・・・」」
「クエ・・・」
ミサト、シンジ、ペンペンは突然の事に呆気に取られた。


A.M.8:51、第1中央自動車道、トレーラー、
ミサトは先ほどから外の田園風景をどこか遠い目で眺めている。
暫くして深く溜息を付いた。
「如何したの?」
「皆の事を考えていたのよ・・・・・」
「初めは嫌々だったシンジ君、初めっから乗る為にいたようなレイ、エヴァぁに乗る事を誇りにしているアスカ・・・」
まさに三者三様である。
「そして、妹さんを施設の良いネルフ中央病院に移す事を条件に乗る鈴原君、只乗りたい相田君・・・」
「動機は皆様々ね」
「難しいもんね・・・・相田君みたいなのだったら・・・私も気が楽なんだけどね」
それはそれで問題があるとは思ったが、リツコは敢えては言わない事にした。
「余り悩み過ぎるのはどうかと思うわよ」
「そうは言ってもね。使徒襲来以来色んな事が有ったし・・」
「加持君の事も?」
「・・・こんな事になるなんて1年前は予想だにしなかったわ・・」
普段ならうっさいとか、何とか言い返す筈なのに・・・かなり思い詰めている事が手に取るように分かった。
「でしょうね・・・・ところでシンジ君にはもう言ったの?」
「いえ・・・・未だ・・・・帰ったら話すわ・・・・それに、起動に失敗したら・・」
「・・そうね」
確かにそうだろう、失敗すれば、参号機パイロットには成れない。だが、フォースチルドレンである事には変わりない。そして、3人のチルドレンの活躍や、数多くの実験によってエヴァテクノロジーも大きく進化しており、起動確率は90%を超えている。まあ、使い物になるかどうかは分からないが、トウジは元々喧嘩も強いし、接近戦ではかなりの戦力と成る事も見込まれている。
だが、この事はミサトに伝える必要も無いし、伝えて何も良い事も無い。リツコは手元のノートパソコンに視線を戻した。


P.M.0:40、第3新東京市、第3新東京市立第壱中学校、屋上、
ケンスケとシンジが手すりに凭れていた。
「あ〜あ、ミサトさん俺乗せてくれないかなぁ〜、やる気だけなら俺が一番なのに」
ケンスケは天を仰いだ。
それはそうだが、ケンスケは只、エヴァに乗りたいだけ、その為にどれだけ酷い目に会うか、全く考えていない。そんなケンスケがどこか腹立たしかったが、その一方で、エヴァに乗るには、ある種の素質が必要であり、その持ち主は極まれである。別にその事は嬉しくは無いが、ケンスケがその素質の持ち主であり、エヴァに乗れる可能性は限りなく0に近いと知っているので、戯れ言として流す事ができる。
「参号機誰が乗るんだろ?トウジかな、今日休んでるし・・・」
「まさか?4人目のパイロットもクラスメイトだなんて」
シンジはそんな事はありえないだろうと軽く笑いながら言ったが、ケンスケの眼鏡が光った。
「偶然じゃなかったとしたら?」
「それ・・どう言う事だよ」
「既に一度選抜が行われて、その合格者が、一箇所に集められていたとしたら」
「でも、そんな」
「綾波、シンジ、アスカ、皆このクラスに転校して来た。アスカの時はともかく、綾波とシンジは、2−Aに入った。他のクラスもあったのに」
「・・・」
「変だと思わないか?俺達のクラスは、転出が極端に少なかった。」
「・・・・まさか・・・」
余りにもおかし過ぎる状況に、シンジも一つの可能性に辿り着いた。
「トウジがパイロットの可能性は十分だ」
「で、でも、そんなのいったい、いつ?」
ケンスケは考え込んだ。そんなテストなんか受けた記憶は無い。だが、一つ思い出した。
「・・・いや、俺達は、一度初号機に乗っている」
シンジは目を大きく開いた。
「それならば、俺達の行動に対する刑が軽いのも頷ける」
「・・・」
ケンスケは何か企んだような顔をした。
しかし、その結論は先の事と矛盾するのではないのか?


ヒカリは教室を見まわした。
「鈴原来てないわね」
「でしょうね」
その理由を知っているアスカは、かなり腹が立っているのだが、ヒカリを邪険に扱う事も出来なかった。
「御弁当食べる?」
ヒカリはトウジの為に作ってきた弁当をアスカに渡した。
トウジにとっては少ないのだが、普通の男子よりも良く食べるアスカにとっては丁度良いサイズである。


P.M.1:11、松代ネルフ本部付属実験施設付属滑走路、
ミサトは青筋を浮かべている。
「遅れる事2時間・・・漸くの御到着ね」
輸送機が着陸体制に入った。
「私をこんなにも待たせた男は始めてねぇ」
「デートの時は怒って帰ってたんでしょ」
いらついているミサトに対してリツコは呆れたような声で返した。


P.M.4:14、実験ケージには、黒色のエヴァ、エヴァンゲリオン制式機2番機である、参号機が拘束されていた。
トウジは黒いプラグスーツに身を包み参号機を見上げた。
「・・・なんや、凶悪な顔やな・・」
トウジはタラップを使いエントリープラグに入った。
そして、参号機にエントリープラグが挿入された。


司令室、
リツコはデーターを見ながら手元のファイルに数値を書き込んで行く。
「流石はアメリカね・・パワーだけはあるわ。それにこのシンクロ率、直にでも実戦に使えるわ。」
出力が公開スペックよりも高い。リツコは、どうせアメリカの事だから、正しい測定を行っていなかったのだろうと暗に皮肉った。
流石に、それに気付いたものはいなかったが、
一方、言葉を聞いたミサトは複雑な表情をしている。
「どうしたの嬉しくないの?貴方の管轄に配属されるのよ」
「色々とね・・・・でも、エヴァぁを4機も独占か・・・その気になれば世界を征服できるわね・・・」
ミサトはエヴァシリーズの事を思い出した。
「リツコ」
「何?」
「エヴァシリーズ、確か拾参号機まであったわよね」
「ええ」
「委員会は、使徒を全て倒した後、世界を支配するつもり?」
司令室が固まった。
アメリカから来ている下級職員は単に驚愕で、上級職員は、まさか、委員会が?と言う驚きと、それとも、これは、アメリカへの牽制なのか?と、本部の2人の真意を量り兼ねていたことで
「・・・・否定する根拠も肯定する根拠もないわね、ただ、14機もエヴァを保有していたら、赤子の手をひねるような物よ、そう言った意味ならば、SS機関の搭載実験を早まったのも頷けるわね、戦場は第3新東京市のみにあらず」
第2支部での一件を知っている上級職員は、やはり、後者なのかと、汗をかいた。
だが、リツコは、今のアメリカに、委員会を差し置いてとか、委員会に逆らってなどと言う力も勇気も無い事を知っている。アメリカの権威は地に落ちている。
「・・・そうね・・・」
警報が鳴った。
「如何したの!」
「分かりません!」
「主電源カット!エントリー」
突如辺りが光に飲まれた。


P.M.4:18、ネルフ本部第1発令所、
『松代で爆発事故発生、被害不明』
「救助及び第3部隊をすべて派遣、戦自が介入する前に全て処理しろ」
冬月が指示を出した。
「了解」
「事故現場に正体不明の移動物体を確認」
「パターンオレンジ、使徒とは識別できません」
「第1種戦闘配置」
『総員第1種戦闘配置』
『地対地戦用意』


第7ケージ、零号機、
『ミサトさんは大丈夫なんですか?』
『未だ連絡が取れないの』
マヤの表情はひどい物だ。リツコも一緒に爆発に巻き込まれているからである。
零初弐号機が付属空港へと運ばれ、空輸された。


夕方、ネルフ本部第1発令所、
「野辺山にて目標の移動物体の光学で確認」
メインモニターに参号機が映し出され、発令所にざわめきが起こった。
「やはりこれか・・」
冬月は呟いた。
「活動停止信号を発信、エントリープラグを強制射出」
「発信を確認」
・・・
「駄目です。停止信号認識しません。エントリープラグも射出されません」
「パイロットは、呼吸、心拍の反応はありますが・・・恐らく」
「厄介だな・・」
「エヴァンゲリオン参号機は現時刻を持って破棄、目標を第拾参使徒と識別する」
碇の宣言にマヤが泣きそうな顔をした。
「しかし!」
「予定通り、野辺山で戦線を展開、目標を撃破せよ」


長野県、某戦略自衛隊航空基地司令室、
「先ほど内閣総理大臣より、正式に謎の移動物体の処理命令が下った。」
「出撃」
次々に戦闘機や攻撃機支援機などが飛び立った。


ネルフ本部第1発令所、
「目標を確認」
『・・・こ、これが目標ですか?』
「ああ、そうだ」
『でも・・・これは、これはエヴァじゃ』
『まさか使徒に乗っ取られたの?』
モニターに映る二人の表情には恐怖が混じっている。
だが、その理由は、シンジはパイロット、アスカはエヴァそのものにあった。
『・・・まさかトウジが・・・』
『そうよ!鈴原がキャアア!!!』
弐号機が参号機に攻撃され、ビルを突き破り山に激突した。
「弐号機、目標により攻撃を受けました」
『アスカ!!』
「弐号機中破、セカンドチルドレンは脱出しました。」
参号機は弐号機に一瞥をくれた後、道を進んだ。
「レイ、目標はそっちへ行った」
『・・はい・・』
「回収順調です」
「戦自の航空部隊に出撃命令が出されています。」
「何だと?」
日向の報告に冬月が驚いた。
「レーダーによると、100機前後と思われます。」
「戦自の航空機を光学で確認。」
「まずい、レイ、直ちに目標を撃破せよ」
零号機は陽電子砲を参号機に向けた。
「零号機、目標をロック」
サブモニターに映るレイの表情が一瞬戸惑いを見せた直後、参号機の姿が消えた。
「目標喪失!」
参号機は上空から零号機を押し倒した。
『きゃあ!』
そして、参号機は何か白い念液状の物体を零号機の左腕に垂らした。
『あうう』
「目標零号機左腕部に侵入、パーツを犯しています!」
「左腕部切断」
「しかし神経」
碇の命令にマヤが反論しようとした。
「切断だ」
「・・・はい・・・ごめんなさい」
『きゃああ!!』
マヤがボタンを押した瞬間、レイの悲鳴が響いた。
・・・
「零号機沈黙、ファーストチルドレンは脱出、目標は初号機に接近中」
「戦自の航空機編隊間も無く作戦ポイントに到達します。」
「レーダーで東京軍の航空機編隊を確認、数およそ4000」
「何ぃ!」
冬月が思わず叫んだ。
「シンジ、目標を撃破せよ」
『でも、トウジが』
参号機は初号機のガードを崩し、首を締め上げた。
「初号機目標から攻撃を受けています」
『ぐぐぐ』
「パイロットの生命維持に支障発生!」
「いかん、シンクロ率を40%カットだ!」
「待て」
冬月の指令を碇が止めた。
「しかし、碇、パイロットが死ぬぞ!」
「シンジ、何故、戦わない」
『トウジが乗ってるんだ、父さんはトウジを殺すつもりなの!』
「お前が死ぬぞ!」
『構わないよ、トウジを殺してまで生きるよりは』
「でもシンジ君、貴方が負けたら、第3新東京市だけじゃない、この地球、そして人類が滅亡してしまうのよ」
マヤが説得しようとした。
「シンジ、お前は、友人一人と、レイやセカンドも含むその他全ての人類を天秤にかけるつもりか?」
碇は、わざわざ2人を含むと言った。これならば・・
『・・くっ』
シンジが迷っているのがサブモニターに映る表情から直ぐに分かった。
1秒、2秒、3秒、沈黙が続いた。
「・・・伊吹1尉、ダミーシステムに切り替えろ」
「し、しかし、ダミーシステムには未だ問題も多く、赤木博士の指示も無く」
「今のパイロットよりは役に立つ!」
「・・・・はい・・・・・」
マヤはダミーシステムに回線を切り替えた。
・・・
『全回線、ダミーシステムに直結完了』
『センサーシステムの41%が使用不能、情報収集が不足しています』
「構わん、システム開放、攻撃開始」
初号機は参号機を突き飛ばした。
『何を、何をしたんだ!父さん!!』
ダミーシステムに切り替わった初号機は圧倒的な力で参号機を撃破した。
拳で頭部を粉砕、胸部装甲版を引き剥がし、素体に直接攻撃、直ぐに骨格が破壊され形が崩壊して行く、腕を肩から引き千切り・・・・参号機の原型を止めているパーツ全てを破壊し尽くした。
余りの惨状に、オペレーターたちは怯え、マヤは吐き、シンジは悲鳴を上げ、碇に懇願を続け、冬月まで額に汗を浮かべていたが、碇だけは、にやりと笑っていた。
初号機に参号機の肉片の中、唯一原型を留めていた白い筒状の物体に手を伸ばした。
シンジの悲鳴が止まり、オペレーター達も、期待と恐怖の入り混じった視線をメインモニターに注いだ。
初号機は、エントリープラグを握り、力を加えた。
『やめろおおお〜〜〜!!!』
オペレータ達は目を逸らし、マヤはがたがたと振るえ、又、吐いていた。
「・・碇・・」
エントリープラグが軋み、そして、握り潰された。
初号機は、全てを破壊し尽くし、そこで、動きを止めた。


P.M.6:11、東京帝国グループ総本社ビル会長室、
榊原が報告している。
「残念ながら、航空機編隊は間に合いませんでした」
「遅延の理由は?」
「司令系統の一部にミスがあった上に、妨害工作を受けたようで、修正に少し時間を取られました」
「しかし、」
耕一は30枚ほどの写真を並べた。
「ここまでとはな・・・」
初号機が参号機を破壊している写真である。
「如何しますか?」
「シンジの精神が心配だな。多分、事を起す。」
「止めますか?」
「いや、やらせてしまおう。」
「何を御考えで?」
「さあな」
「失礼します」
蘭子が夕食を持ってきた。
「防諜・保安を強化するように」
「はい」


夜、松代、事故現場付近の救急基地でミサトが目を覚ました。
傍には加持がついていた。
「・・・私生きてる・・・」
「・・・加持君・・・」
「良かったな」
「・・・リツコは?」
「心配無い・・君よりは軽傷だ」
ミサトは友人の無事に軽い笑みを浮かべたが、直ぐに参号機の事を思い出した。
「・・そう・・・エヴァぁ参号機は?」
「・・・使徒として処理されたそうだ・・・初号機に・・・」
「・・・・私・・・私・・・・・シンジ君に・・・何も話してない・・・」
ミサトは顔を背け、自分の余りの不甲斐無さに全身を振るわせ涙を零した。


あとがき
さて、トウジは生きてるんでしょうか?
ついでに、ケンスケの願いはどうなるのか?
・・・あれ?何時の間にかマヤが出世してる・・・(おいおい)
シンジはどうするのか?

次回予告
トウジの妹の病室を訪れるシンジとレイ。
失われたものを取り戻す為にシンジは耕一に会いに東京に向かう。
その時、最強の使徒が襲来する。
弐号機の総攻撃、零号機の特攻、しかし、使徒にはダメージは無い。
本部内、そして、ジオフロントで戦う初号機と使徒、しかし、初号機の内部電源が切れた。
そして、ジオフロントに駆け付けたネルフ職員が見たものは?
次回 第弐拾九話 覚醒