文明の章

第参拾九話

◆Rei U

3月24日(木曜日)、朝、第3新東京市市街跡、
ネルフ職員が爆発の調査とエントリープラグと零号機のコアの捜索を行っていた。
「赤木博士、此方へ・・」
職員はリツコを発見されたコアに誘導した。
コアは表面がかなり破損してはいるが、深部は無事のようである。
「これならば・・時間は掛かるけど復活させられそうね。直に本部に運んで」
「はい」
職員達はコアの周りを取り囲み、色々な機材を持ちこんで固定している。
「・・・エントリープラグに関しては、未だに発見されておりません」
「・・・射出は確認されていないわね・・・蒸発したのか・・・未だ見つけていないだけなのか・・・・或いは・・・」
リツコは暫く考えた。
「・・・・捜索範囲を広げて見て」
「はい」
(・・・3人目か・・・)
(でも・・・何故、自爆したにもかかわらず、コアが残っていたの?)
リツコは不可解な事の理由を考えた。
だが、その答えを導く事は出来なかった。
そうこうしている内に大型ヘリがコアを固定した台を吊り下げ、飛行していった。
「・・赤木博士?」
「ん?・・何でも無いわ・・・プラグは?」
「いえ、未だ・・・」
「・・・そう・・・」
リツコはどこか淋しげな顔でヘリに向かい歩き始めた。


運良く、ミサトのマンションは、爆発の影響から逃れていた。
今、シンジは部屋で音楽を聴きながらベッドに寝そべっている。
見た目無気力で、放心しているようでもある。
(どうして涙が出ないんだろう・・・・変だな・・・・)
(綾波が死んで哀しいはずなのに・・・・)
レイが死んだ・・・それも、自分を助ける為に・・・それなのに、涙が流せない事を不思議に思っていた。
部屋の外では僅かに開けた襖の隙間からアスカがシンジの様子を覗いていた。
(流石に来てるか・・・・・あいつ、もしアタシが死んだら、涙を流すのかな?)
それは、二つの意味があった。
シンジは自分を涙を流し嘆くくらいに大切に思っているのか、否か・・・或いは、レイと同じように、余りの哀しさで涙を流す事すら出来なく成るのか、否か・・・
(・・・・・私はあんまり悲しくないのよね・・・あいつとの付き合いあんまし無いから・・・)
シンジを巡る争い?に関しては、レイが戦線を離脱した。
だが、シンジはこの状態に成っている。
死んだ者には勝てない・・・例え勝ったとしても、虚しさと悔しさが残る・・・
そして、現時点では、明らかに、自分の方がシンジとの距離は遠い・・・
絶対にレイには勝てない・・・シンジの為に死ぬなんて・・とても出来ない・・・
(・・・今は、そっとしておいて上げた方が良いわね・・)
アスカはそっと襖の隙間を閉めた。


第3新東京市市街跡、
ミサト率いる戦術作戦部は、その職員の80%以上を駆り出してエントリープラグの捜索を行っていた。
ミサトは泥だらけに成りながらも、瓦礫の中にエントリープラグが埋まっていないか、瓦礫を取り除く作業をしている。
日向が紙コップを持って近付いてきた。
「・・葛城さん、どうぞ」
紙コップを差し出した。中の液体は、スポーツ飲料か何かの様だ。
「・・ありがと、」
ミサトは紙コップを受け取り中身を一気に飲み干して、再びスコップを瓦礫の隙間に入れ、作業を再開した。
「・・葛城さん・・」
「・・・探さなきゃなん無いのよ・・・絶対に・・・」
まるで何かに憑かれたかのような表情をしている。
勿論自分が自爆を指示したわけではないとは言え、自分の指揮下での戦闘であった。
何故、こんな結果になってしまったのか・・・もっと、何か自分が出来た事は無かったのか・・・
何もしていない・・・何もできなかった・・・そして、レイを・・・
一体、何の為の作戦指揮官なのか・・・・
自分の無力さ情けなさ、レイへの罪の意識・・・・・
そして、彼女を失った事で、それも自分を庇うと言う形で・・・シンジへの精神的な打撃は、どうであろう・・・セカンドインパクトで、父、葛城秀樹が自分を庇い命を落とした、その時のミサトに近いかもしれない・・・
あの時、ミサトは精神的なショックから失語症に陥った。
そして、復讐の道を歩んだ。
シンジのレイに対する思いはどれほどのものなのかは分からない、
だが・・・最悪の事態・・・シンジが壊れてしまう・・・シンジが復讐に身を染めてしまう・・・
・・・・・そんな事態への恐怖・・・・・
それらから少しでも逃れようとする為に、
「・・手伝います」
日向もスコップを手に作業を始めた。
二人だけでなく周囲の職員も、同じように無言で只黙々と瓦礫を取り除いている。
只、作業の音だけが響いている。
皆、ミサトほどではないものの、似たような気持ちである。
善意からと言うよりは、罪の意識、良心の呵責による行動であろうと言えるだろう。
暫くして、ミサトのスコップがかなり硬い物に当った。
鉄やコンクリートとは全く違った金属の音が響く、
「皆、手伝って!!」
周囲に居た作戦部の職員達が集まって来て、その場の瓦礫を取り除く作業を始めた。
「もっと力入れなさい!!」
ミサト達は懇親の力を込めて大きな瓦礫をどかした。
そして、その下にあったのは、大きさ1メートル弱のエントリープラグの破片だった。
ミスリル・オリハルコン合金であり、桁外れの強度を誇っている筈である。
それが、こんなに・・・・しかも、内側も若干融解してもいる・・・
レイの生存は絶望視された。
その場は、完全に冷え切り、重い重い沈黙が支配した。


ネルフ本部総司令執務室、
リツコが報告に来ていた。
「・・・エントリープラグが破壊されていた事から、・・・・残念ながら、パイロットは、爆発によって、蒸発したと考えるのが妥当かと思われます・・・」
碇は目を伏せ暫くじっと考えた。
「・・・・3人目の準備を、」
「・・・はい・・」
リツコは退室した。
「・・碇・・」
「・・・・魂がなければダミーシステムによる再生は不可能だ・・・」
「・・・・」
「我々のシナリオは完全に絶たれたか・・・」
「・・・しかし、委員会にばれるわけにはいかんぞ、」
「・・ああ、分かっている」
「結局、ロンギヌスの槍もターミナルドグマに残っているし、アダムもリリスもここにある。ゼーレのシナリオは遅れに遅れているとは言え、順調だな」
「・・形振り構っている場合ではないかもしれんな・・・」
「・・・東京か?」
碇はゆっくりと頷いた。


昼前、東京帝国グループ総本社ビル会長自宅、ルシアの部屋、
耕一は左手を骨折、火傷打ち身捻挫など多数である。
「いつっ」
「全く無茶しないで下さいよ」
ルシアは耕一の包帯を取り替えていた。
「有難う御座います」
「全く・・・」
軽くぶつぶつ呟きながらではあったが包帯を巻き終わった。
「しかし、奇蹟でしたね・・・」
ルシアは溜息を付いた。
「ええ、」
「・・・もう、こんな事は止めてくださいよ」
「・・・」
「・・・」
二人はじっと目を合わせたまま黙っている。
「・・・・はい、済みませんでした」
耕一は頭を下げた。


昼過ぎ、ミサトのマンションに電話が鳴り響いた。
肉体的精神的疲労の為、部屋でぐったりしていたミサトが受話器を取った。
「・・・はい」
ネルフ中央病院からの電話であった。
その内容を聞いた瞬間、ミサトは勢い良く立ちあがり、慌てて部屋を出た。
その時、シンジは未だ部屋でぼ〜っとしていた。
「シンジ君!!」
ミサトが慌てて駆け込んで来た。
その表情は驚きだけ出なくどこか喜びに溢れているような雰囲気もあったため、シンジはゆっくりとミサトの方に顔を向けた。


P.M.3:11、ネルフ中央病院の廊下の長椅子に包帯に身を包んだレイが座っていた。
嬉々とした表情でシンジはレイに近寄り、その左に座った。
「・・・無事だったんだ」
「・・無事?」
レイはその意味が分からないのか聞き返した?
「もう、代わりがいるなんて言っちゃだめだよ」
暫く、レイは考えるそぶりをした。
「・・・いえ、替わりはいるわ・・・だって私が替わりだもの、」
「は?」
理解できない内容にシンジは固まってしまった。
「・・・私は多分3人目だから・・・・」
レイはじっとシンジの顔を見詰めた。
「・・・貴方は碇君・・2人目が好きだった人。」
「綾波・・何を・・」
声が震えている。その先を聞くのが、怖い。
残酷な事実を突き付けられるのが、それを想像してしまうのが、
「・・・私は彼女の替わり、別の肉体、だから、」
ゆっくりと包帯をはずして行く。
包帯の下からは、傷ひとつ無い綺麗な肌が現れて行く。
どこも怪我などしていない。
「そ、そんな、」
恐怖だったのか、シンジは全力でその場から逃げ出した。


夜、ネルフ本部、赤木博士研究室、
ミサトはリツコを問い詰めに来た。
「リツコ、説明してちょうだい・・・あの子は何者?」
リツコはコーヒーの入ったカップを机に置き、少し言葉を考えてから口を開いた。
「・・レイのバックアップよ、普段は、全く別の場所で別の生活をしているわ」
「バックアップって・・・」
ミサトは言葉に詰まった。
「・・・レイも言っていたでしょ、私が死んでも代わりはいるものって・・・」
「・・・」
「それに、貴女が知っているレイ自身、2人目、綾波レイの代わりに過ぎないわ」
妙な沈黙が流れた。
(それが、レイの無機質性の原因?)
(自らの存在を認められず、他者の代わりとして生きる・・・いえ、生かされる。)
それがどんなに辛く、そして、酷い事か・・・
しかし、自分も、レイを、そして、シンジをアスカを、復讐の道具として使った。
そして、多くの者を、苦しめ、その命をも奪った。
そんな自分には、レイの事に関してとやかく言う資格は無いだろう・・・
「・・・三つ子かなんか?」
「似たようなものよ」
「・・・・」
(3人目か・・・折角上手くいっていたのに)
リツコは煙草に火をつけ、紫煙を吐いた。


ミサトのマンション、
シンジは部屋のベッドに寝そべって・・いや、倒れるていると言った方が適当かもしれない。
(・・綾波は・・・・同じ顔をして、同じ声をしていても・・・僕の知っている綾波じゃないんだ・・・・僕の知っている綾波はもういないんだ・・・・)
哀しさ、虚しさ、無力さ・・・全て、更に大きくなってしまった。
「・・・やっぱり・・・・涙・・・・出ないや・・・・」
シンジはそのまま眠りにつくことにした。
せめて夢の中なら・・・
シンジの知っているシンジを知っているレイに再び会えるかもしれない。


リビングでは、ミサトがリツコから聞かされた事などをアスカに話していた。
「・・・ファーストが三つ子か・・・で、一人目の代わりをしていたって事か・・・・だから存在が希薄だった訳ね」
(んな馬鹿な事ある訳ないじゃないのよ・・・考えられるのは、クローン・・・・)
「リツコはそう言っていたわ」
「任務に徹する・・・自分の人生を完全に犠牲にしていた訳ね」
「非人道的よ・・・・でも・・・・」
「分かっているわよ・・・使徒を倒す前ではそれすら小さな事でしかない」
ミサトは加持暗殺以来禁酒していたのだが、今日それを破り、既に2ダースは飲んでいた。
アスカは、もし自分の方が先に選出されていたらと思い、ぞっとした事を思い出した。
・・・・そんな程度ではなかったのだ・・・
レイには悪いが、自分がセカンドであって良かった、ファーストでなくて・・・本当に・・・
「・・アタシにもちょうだい」
嫌な考えを振り払う為に、アスカはビールに手を伸ばし、一気に飲んだ。


3月25日(金曜日)、A.M.10:02、ミサトのマンション、シンジの部屋、
シンジの携帯に電話が掛かってきた。
外部操作でスピーカーの電源を入れられた。
『シンジか、レイを助けた。今、東京帝国グループ総本社ビル会長宅だ今すぐ来い』
スピーカーから流れる耕一の声にシンジは跳ね起きた。


今、作戦部長の権限でネルフのヘリを飛ばしている。
アスカは掴まらなかったので、連絡できなかった。
ミサトもシンジも最後の希望に縋ろうとしていた。
二人の表情には大きな不安が浮かんでいる。
早く、レイに会いたい・・・耕一が言った以上、嘘ではない。
だが、・・・もし、それが、シンジの知っているシンジを知っているレイで無かったとしたら・・
シンジの知っているシンジを知っているレイは、2人目らしい。
そして、病院であったのは、3人目・・・
1人目だったら?
或いは、4人目や5人目だったら?
それを知るのが怖い。
二つの気持ちに苛まれている。
ミサトはシンジほどではないが、似たような気持ちである。
ここで、下手に励まして期待を持たしてしまい、それが裏切られたとしたら・・・シンジは壊れてしまうかもしれない。
とても、シンジに掛ける言葉は思い付けなかった。
ミサトは真っ直ぐ正面に広がる、東京の超高層ビル群、そして、その中央にひときわ高く聳え立つ東京帝国グループ総本社ビルをじっと見詰めた。


軍用ヘリである為、東京特別区境界線の前で待機命令が出された。
今、その場に滞空して待機している。
もどかしい、シンジもミサトもイライラして来た。
漸く東京航空管制局から、東京上空への進入が許可されヘリは東京帝国グループ総本社ビルを真っ直ぐに目指した。
ビル群の合間を抜けながら更に高度を上げていく。
そして、東京帝国グループ総本社ビルのヘリポートへの着陸許可を求め、暫くして下りた為、最上層のヘリポートに着陸した。
下級秘書官達が出迎えに来ている。
二人はヘリを降りた。
中から榊原が出て来た。
「ネルフ本部戦術作戦部部長葛城ミサト3佐と、サードチルドレン碇シンジです」
「どうぞ、こちらへ」
榊原は、二人を中へと案内した。
そして、エレベーターに乗り、最上階を目指した。
シンジはエレベーターの隅で俯き、軽く体を震わせている。
短い筈の時間だが酷く長く感じられる。


最上階に到着し、会長自宅の方に案内された。
到着したミサトとシンジを耕一と蘭が迎えた。
「御邪魔致します」
シンジも一礼して上がった。
「こっちだが」
耕一は左手をギプスで固定しており、又、四肢の彼方此方を包帯で巻いていた。
「統監、その怪我は?」
「これはレイを助ける時にな」
「えええ!!!統監自ら!!!」
「ああ」
シンジは、耕一がレイを助ける為に怪我をしたことが分かり、少し申し訳無かったが、その反面、そこまでしなければ助けられない・・・つまり、零号機に乗っていたレイ、シンジの知っているシンジを知っているレイである可能性が高い、それが分かり、シンジは笑みを浮かべてしまった。
それを見た耕一は、軽く笑みで返してくれた。
シンジとミサトは耕一に従い耕一の部屋に入った。
ルシアが椅子に腰掛けていた。
3人の姿を確認したルシアは視線でベッドの方を示した。
その視線の先、ベッドにレイが横たわっていた。
胸が上下しているので息をしているのが分かる。
彼方此方に包帯を巻いているが、ここは、ネルフではないのでわざわざ偽装する必要など無い。
第1、耕一がそんな事をする筈は無い。
心から喜びがあふれ出し涙が自然に零れる。
2人はシンジを残し、ミサトを連れて静かに部屋を出た。


リビングダイニングに戻りソファーに座った。
「さて、何があったのか話そうか」
ミサトは興味津々と言った様子である。
耕一は一息ついてから、レイ救出の事を話し始めた。


 3月23日(水曜日)、第3新東京市の外れにあるビルの屋上、
零号機の腹部に妙なラインが浮き上がった。
『使徒が零号機と生体融合をしています!!』
イヤホンからマヤの悲鳴が聞こえる。
「・・拙いな」
『初号機の凍結を現時刻を持って解除、救出に向かわせろ』
『パイロットの自我境界ラインに侵食!精神を犯しています!!』
『緊急精神防壁展開!シンクロ率をフィードバックで10%下げて!』
初号機が直に射出された。
初号機が零号機に近寄っていく、
『・・・シンジ君・・』
「むっ」
使徒が初号機に反応したのか、反対側の部分が初号機に襲いかかった。
『シンジ君!!』
初号機はぎりぎりではあるが、使徒を交わした。
次々に襲い掛かり追い詰めて行く。
『シンジ君と一つになりたい・・・・これは私の心?』
「拙い!」
耕一は、このままでは最悪の結果に成る可能性があることに気付いた。
魔力を放出して、宙に浮き上がる。そして、直ぐさま零号機に向かって飛んだ。
侵食が零号機の頭部にまで侵食が広がった。
『だめ』
零号機のATフィールドが今までに観測された事が無い域にまで強まり、使徒のATフィールドを侵食して押さえ込んでいる。
「くっ、自爆するつもりか」
どこから取り出したのか、エクスカリバーを抜きエネルギーを凝縮させ始めた。
『これで、シンジ君は守れる』
『レイ!!早く逃げて!!』
『綾波!!』
『だめ、私がいなくなったらATフィールドが消えてしまう。』
(今のネルフの予算ならば、外部装甲版にまでミスリル系合金が使える状況には無い筈、だが、エントリープラグは、ミスリル・オリハルコン系合金、全力で行くしかない)
『それに・・・私が死んでも替わりはいるもの』
零号機の後ろに回りこむと、その全てのエネルギーをエクスカリバーに集中させた。
刀身が眩い光を放ち、周囲の全てを光の海に飲み込んで行く。
『レイィ!!』
「聖光剣!!」
耕一の剣から凄まじい聖属性のエネルギーを帯びた剣波が無数に迸る。
『綾波ぃ〜〜!!!!!!』
零号機の外部装甲版を消滅させ、内部装甲版を砕き、生体組織を蒸発させ、エントリープラグに到達した。
しかし、エントリープラグの装甲はそれまでの物とは比較に成らないくらいの強度である。
更に、対魔法効果もある金属である。
「うおおおおおおおおお!!!!!!」
全力で放ち、何とかエントリープラグの上部を貫通した。
耕一は開いた穴からエントリープラグの中に飛び込み、先の衝撃で意識を失っているレイの手を掴み、外へと引っ張り出した。
レイの全身を覆っていた妙なラインがすうっと消えて行く。
罅が無数に入っているがなんとか未だ機能している壁面モニターの表示は僅か3秒、
「くっ」
耕一はレイを抱え全力でその場から離脱した。
しかし、安全圏まではとても辿り着けない。
零号機が自爆し、周囲が光の海になる。
「シールド!!!」
今度は全魔力を防御魔法に注ぎ込んだ。
しかし、余りに強烈なエネルギーは、そのシールドに小さな穴を次々に開けて行く。
「くっ」
受ける圧力が小さく成って来た。何とか防ぎ切ったようだ。
しかし、耕一とレイは高速で弾き飛ばされており、山へと飛ばされている。
耕一は全力で減速させようとしたが、とても仕切れず、レイをしっかりと抱き抱え庇い、そのまま山の木々の中に突っ込んだ。
・・・・
・・・・
・・・・
「・・会長・・会長!大丈夫ですか!!?」
少しずつ意識がはっきりして来た。
全身が痛む。
「・・助かったのか・・」
周囲を取り囲んでいた親衛隊員達が喜びからか涙を流した。
「・・レイは?」
「無事です」
「・・・そうか・・・」
安心した耕一は目を閉じた。 


3月25日(金曜日)、東京帝国グループ総本社ビル会長自宅リビングダイニング、
「まあ、色々と運が良かったんだが、・・・ATフィールドが使徒との間で中和されていたのも幸いしたな」
「それに、ネルフが金欠のおかげで、外部装甲がミスリル系合金じゃなかったからな、あれが、ミスリル合金のままだったら、どうなっていたやら」
(良くは分からないが・・それ以外にも何かあったようにも・・・・コアも発見されたらしい・・・何かまでは分からないが、その何かがレイとコアを守った・・そう考えるのが妥当かな?)
ルシアはじぃ〜っと、責めるような視線で耕一を見詰めている。「あはは、はは・・・」
それに気付いた耕一は乾いた笑い声を出すしかなかった。
(統監って、ルシア皇妃に頭上がらないのね)


耕一の部屋では、シンジがベッドに寝ているレイの手を握っていた。
じっとレイが目を覚ますのを待っている。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
どれほどの時間がたったのか、レイが薄っすらと目を開けた。
そして、その二つの紅い瞳がシンジの方を向き、その姿を捉えた。
「・・・・シンジ君?」
レイの声を聞き、そして、その呼び方が、シンジの知っているシンジを知っているレイである事を確信させ、シンジは歓喜の涙を溢れさせ、俯いた。
「・・・良かった綾波・・・本当に良かった・・」
「・・・どうしたの?」
俯き涙を流している事が不思議だったのか、レイはシンジに尋ねた。
そして、シンジは顔を上げた。勿論その表情はヤシマ作戦の時と同じ・・いや、それ以上の泣き笑いである。
その表情を見たレイは、ヤシマ作戦の後のエントリープラグでの光景を思い出し、その意味を理解した。
「・・・そう、嬉しいの」
「あ、当たり前じゃないか・・」
「・・そう、」
・・・・・
・・・・・
・・・・・
静寂が訪れてから暫くしてシンジが口を開いた。
「助けてくれて有難う」
「・・・・・別に気にするほどの事は無いわ、」
「何言ってるんだよ、命がけで救ってくれたんだから」
「・・・私が死んでも替わりはいるもの・・」
どこか淋しげで自虐的でも有るその言葉を聞き、シンジは表情を歪めた。
「・・綾波の代わりなんかいないよ・・・3人目に会った・・・でも、綾波じゃないよ・・・僕が知っている綾波は、ここにいる綾波だけなんだから・・」
レイはシンジの言葉に驚いたような表情をしたが、その言葉をゆっくりと考え、自らを他の綾波レイと区別し、シンジに唯一の存在としての価値を認められたと言う事が分かり、レイは今までに浮かべた事のない最高の、まさに天使のような笑みを浮かべた。
「ありがとう」
シンジはその笑みに見惚れ、心を奪われた。


ミサトは電話を借りて、家に電話をしていた。
『へ〜、ファースト生きてたんだ』
アスカの声は軽い。
「ええ、もう本部には連絡したけど、今日は帰れそうにないから、適当に出前を取って」
『分かったわ、』
「じゃ」
ミサトは電話を切った。
その時、ターニアがパジャマで奥から出て来た。
ぼけ〜っとしている。
「・・おはよ〜」
「あら?ターニア貴女未だ寝ていたの?」
「目覚まし壊れてたの・・・」
「いくら壊れていても夕方まで寝るかよ普通・・」
「誰かいないと思ったらターニアだったのね」
ルシアはポンと掌を叩いた。
「ターニア取り敢えず着替えて来い」
「は〜い」
ターニアは自分の部屋に戻って行った。


夜、耕一の部屋のソファーでシンジが、ベッドでレイが寝ている。


 レイの夢の中、
(ここは・・・・どこ?)
見知らぬ空間である。レリエルの時の夢と似ている。
辺りはどうやらどこかの駅のホームらしい、電車が入って来た。
レイは電車に乗った。
電車には乗客は一人もいなかった。
暫くして、電車は走り出した。
秋の紅葉に赤や黄色に彩られている山々の中を走っている。
「・・秋・・・」
「この国から秋と言う季節が消えてしまったのはとても残念ね・・・・」
何時の間にか左横に女性が立っていた。
「ね、レイちゃん」
レイに優しい笑みを掛けて来るその女性は、碇ユイである。
「どうして貴女が私に語りかけてくるの?・・・・」
レイは、ユイを何と呼ぶか迷った。
(・・以前レリエルの時、見た夢ではなんと呼んでいたか・・・そう、そう言えば、)
「・・・お母さん」
「うふふ、レイちゃんとお話がしたくなったのかな?」
(・・これで良かったのね・・)
「・・そう」
「シンちゃんもレイちゃんも大きくなって、ホント、嬉しい反面・・・やっぱり淋しいわね。」
「・・・分からない。貴女は生き続けているの?それとも私の夢の中に出て来た只の幻想なの?」
「今日は御喋りね。まあ、どちらとも言えるわね」
レイは軽く首を傾げた。
「いずれ真実はわかるわ・・・」
「今日の所は私に付き合ってくれる?現実世界じゃなくて夢の世界だけで申し訳無いけれど」
軽く頷いた。
暫くして、電車は山の中の登山駅にとまった。
二人は降りて登山道を歩き始めた。
レイはユイの右側を歩いている。
「この道は学生時代に良く歩いた道なのよ」
「・・そう・・」
別にそんな説明をされてもレイにはそう答えるより知らない。
「・・・時の流れるのは早いものね・・・」
「時の流れは早くも遅くも無い、通常空間内においては時間の早さは変わらない」
「でも、その流れる時間の感じ方は人によって違うわ、未来への期待度に反比例するらしいし」
「・・わからないわ」
「もう直、別の場所に出るわ・・」
少し進むと辺りの景色が移り変わり春に成った。
目の前には芦ノ湖が広がっている。
「ここには良くシンちゃんを連れてきたわ・・・レイちゃんも有るのよ。覚えてる?」
「・・・知らないわ・・」
「いずれ思い出す事になるわ・・・全ては、未だ、思い出せないだけよ・・・」
レイは無言でユイの顔を見詰めた。
「さてと、」
二人は桜の大樹の傍のベンチに腰を下ろした。
「御弁当でも一緒に食べましょうか」
何時の間にか弁当を手に持っている。レイはこくんと頷き、ユイは弁当を開いた。
弁当には肉や魚を使った料理は入っておらず、レイの嗜好に配慮されている。


シンジの夢の中、
シンジは荒野に立っていた。ここは、かつて、地球連邦の首都であり、また文化、経済の頂点であり中心であった場所である。
誰かの気配を感じて振り返った。
「・・久しぶりだな」
そこには、碇が立っていた。少し老けたか、
シンジは、憎悪を・・・全ての想いを込めて睨み付けた。
「お前がネルフを去ってから7年か」
「父さん、貴方は世界をこんなにまでして!!いったい何がしたかったんだ!!」
開口一番に怒りが言葉に成って出た。
「それがどうした」
「父さん」
シンジの声は怒りに震えている。
「計画の達成に為には必要な事だ」
「ふざけるな!ミサトさんもアスカもトウジもケンスケもリツコさんも・・・綾波も母さんまでも皆皆殺しておいて何を言うんだ!!!!」
「ふん、くだらない、そんな下等な感情に捕らわれているとは」
シンジは拳銃を抜いて、少し呆れ顔をしている碇の頭に狙いをつけた。
「私を撃つつもりか?出来もしないくせに、無駄な事は止めておくんだな」
シンジは躊躇せずに引き金を引いた。
しかし、弾丸は碇に命中する寸前で跳ね返った。
「なっ!」
「葛城2佐も赤木博士も、セカンドチルドレンも、そしてレイまでもが私に逆らった為に処分した。主人の命令に従わぬ部下などいらん。そして、シンジ、今のお前の行為も反逆、死に値する。」
「わあああああ!!!」
シンジは叫びながら何度も引き金を引き、弾が無くなっても未だ引き続けた。
「愚かなる反逆者に死を」
どこからか数十名のネルフ保安部員が現れシンジに狙いを定めた。
「わああああああああ!!!!!!!」
保安部員の中からレイが姿を表した。
「レイ、シンジを殺せ」
「了解」
レイは拳銃を抜きシンジに狙いを定めた。
「綾波!!」
「私は3人目だもの」
銃声と共に辺りが真っ暗になった。 


3月26日(土曜日)、A.M.3:11、東京帝国グループ総本社ビル会長自宅、耕一の部屋、
「っわあああああ!!!」 シンジは勢い良く飛び起きた。
「・・はぁ・・はぁ・・・」
恐怖で全身が小刻みに震え、全身汗でびっしょりになっている。
「・・・どうしたの?」
「あ・・・、・・・うん・・・」
「・・怖い夢でも見たの?」
どこか甘えたくなるような優しい声でレイが尋ねて来た。
「う・・うん」
「そう・・」
シンジはソファーから起きてベッドに座った。
「・・不安なの?」
「・・うん、ちょっと夢が夢だけに・・・ね」
流石にその内容をレイに語ろうとは思わないが、レイの傍、シンジの知っているシンジを知っているレイの傍にいれば、安心でき、穏やかな気持ちになる。元々そんな傾向もあったが、ここの所の出来事、そして、あんな夢の後では、尚一層それが強く感じられる。
レイの方はレイで、シンジをそっとしてあげたいのか、じっと黙ったままシンジを見詰めた。
・・・・
・・・・
・・・・
暫くそのままの状態が続いた。


隣のルシアの部屋、
ルシアはベッドで寝ている。
耕一はパソコンの前の椅子に座っていた。
(気になるな・・・・流石に自分の部屋に監視カメラは無いし)
パソコンを起動させた。
(ルシアさんは電子機器に強くは無いから気付かんだろ)
隣の自分の部屋のパソコンに東京帝国グループ総本社ビル最上層ネットワーク経由で接続してパスワードを入力した。
外部操作でディスプレイを切ったまま、必要な機能だけを起動させた。
(基本OSと最小限の機能だけだから音もそうはせんはずだが、)
カメラを起動させて画像をネットワーク経由でルシアのパソコンに転送させた。
(マイクもON)
レイがベッドの上で寝ていて、シンジが横に座っている。
(ズーム)
(あや、レイも起きてるのか)
何かに気付いた耕一は回線を切り、別の回線を開いた。
ベッドでルシアが上半身を起した。
「・・耕一さん・・・何してるんですか?」
滅茶苦茶眠そうである。
「ちょっと親衛隊に指示を出そうと思ったんで勝手に使わせてもらいました」
「そうですか・・・おやすみなさい・・・」
ルシアは直に眠りについた。
(止めておいた方がよさそうだな)
耕一は念の為に、一応ではあるが本当に親衛隊に簡単な指示を出してからパソコンの電源を切った。
軽く溜息をついてからルシアを起こなさいようにそっと、ルシアのベッドに潜り込んだ。


耕一の部屋、
シンジは再び怖い夢を見ることを怖がっている。
レイは何かシンジの恐怖を取り除く方法は無いかと考えた。
今までに読んだ本に何か参考に成るものは無いか・・・そして、思いついた。
「・・・今度は、怖い夢を見ないように一緒に寝てあげる」
添い寝の事を思い出して、レイは笑みを浮かべながら言った。
只、それは、シンジを安心させる為だったのか、シンジといっしょに寝られる事が嬉しかったのかは分からないが、
「あ、ありがとう」
戸惑いながらも、シンジはレイの横に寝転がった。
レイはシンジにも掛け布団を掛けた。
やはりレイの方は、シンジの暖かさに触れられて直ぐに安眠したのだが、色々と恥ずかしくてシンジの方が、なかなか寝つけなかった。
確かに、悪夢は見れまい・・・


蘭の部屋では、蘭とミサトが完璧に酔っ払って床で寝ていた。
床には日本酒やワインを始めとして世界、いや地球連邦中の代表的な酒の空き瓶が転がっていた。
1本うん千万、うん億と言うのもあり二人で数十億円は軽く飲んでいる。
下手すればそれ以上・・・


ターニアの部屋では、ターニアが大きな蛙のぬいぐるみを抱いて寝ていた。
最近ターニアはぬいぐるみを集めているらしく、部屋には数百のぬいぐるみが置いてある。
「すやすや・・・」


 シンジの夢の中、
シンジは廊下を歩いていた。
シンジに気付いた男が慌てて頭を下げた。
それに対して軽く手をふり、制した。
(どうも、慣れないなこう言うの)
シンジは軽く苦笑した。
部屋の前で蘭子が待っていた。
「おはよう御座います。」
蘭子が頭を下げた。
「おはよう」
蘭子は扉を開けた。
大きな会議室で和也、ルシア、蘭、ターニア、雷也、レイラ等が座っていた。中には翼をたくわえた天使らしき者まで座っている。
シンジは正面の席についた。
横の席に座るルシアが発言を開始した。
「皆さん、いま、地球連邦には人類や天使を始めとして、数億種もの高等生命体が存在しています。しかし、1等種族及び準1等種族以上は僅か数百種しかいません。そして、殆どは被支配種族なのです。」
「特に4等種族以下の扱いは酷いものです。しかし、我々と同じ高等生命体なのです。この差は解消せねばなりません。少なくとも政治上の差別はしてはなりません。・・・この事について皆さんの意見が聞きたいのです。」
「雷也さんは?」
『僕は種族間の差はつけるべきだと考えています。もし均一にしてしまえば、政治経済全てが進めにくくなります。しかし、現状は酷過ぎるので改革は必要だとは思います。統監はどう思われますか?』
「僕は、文化的生活が可能である種族は全て同一にすべきだと思います。たとえ、その為に人類の相対的地位が下がっても良いと思っています。」
シンジが答えた。
『しかし統監、人類、天使、堕天使とその他の数多の生命体とは根本的に存在意義が異なり、同一にするべき物ではないと考えますが』
天使が反論した。
「具体的にどう異なるのでしょうか?全てはその源が異なるだけ、今となっては、どちらも同じようなものです。確かに、光の存在は大きいかもしれません。しかし、それでも政治上、又一般生活上で差になる事は有りません」
「統監、3皇妃、私は悪戯に混乱を招くだけだと思いますが、それに開放政策の失敗は歴史上無数に存在します。」
「そうですね。エデンの時代にも、開放政策を行った前例がありますが、失敗していますね。」
『完全な開放政策は不可能ですし逆効果になる事も有ります』
「徐々に開放して行けばどうですか?」
「なるほど、それならば、昇格を使うのが良いですよ」
「種族の等級を上げると言う事か」
「そうです。何かその種族に連続して手柄を立てさせれば昇格させれます。急激でもなければ昇格に伴う反感は少ないはずです」
「そうですね。」
・・・・
・・・・
やがて会議が終わり、シンジは又廊下を歩いて、エレベーターに乗って上に上がった。
そして、シンジはエレベーターから降りて自分の家に帰って来た。
「おかえり」
レイの声がキッチンの方から聞こえた。
「ただいま」
シンジはリビングに行ってソファーに座った。
「お邪魔してるわよ」
アスカがソファーに座っていた。
「やあ」
シンジはアスカとは反対側のソファーに座った。
「で、どう?世界最高の椅子の座り心地は?」
シンジは苦笑を浮かべた。
「椅子の座り心地は良いよ。でもね、座っている事が大変だね」
「元気出しなさいよね」
「大丈夫だよ」
アスカはリモコンのスイッチを押すと、空間にテレビ画面が現れた。
『日、救也東京帝国グループ会長は、金大日南中国大統領と会談し、3年後に迫る上海オリンピックに関する合同事業を行う事で合意し』
「でさ、今度の日曜日空いてる?」
『年末頃からオリンピック特需が発生するものと見られています。続いて、』
「うん、空いてるけど」
レイがリビングに入って来た。
「森嵜美樹のコンサート見に行かない?」
レイはシンジの左横のソファーに座った。
『コンサルマフリューン連邦大統領は、光首相と会談し、先100年間の垂直経済構造の見直しに関して』
シンジはレイを見た。
「いいわよ、」
レイは少し笑みを浮かべている。
「う〜ん、でもさ〜」
「ん?」
「スポンサーがコンサートを普通に見に行くの?」
「良いじゃない。歴代ランキング5位よ」
「まっ良いか」
「よしっ、決まり」
『大曾根財務大臣は来年度の防衛費の1%削減を防衛省に正式に要請しました。これを受け防衛省では、来年度の武器購入を控えるなどをして対策を取ると推測されます。』 


3月26日(土曜日)、A.M.10:12、東京帝国グループ総本社ビル会長自宅、耕一の部屋、
シンジは目を覚ました。
「変な夢・・・ん?」
シンジの左横ではレイが静かに寝息を立てていた。
ゆっくりとレイの方へ体の向きを変えた。
「ありがとう」
軽く礼を言ってから、再び目を閉じ、レイの暖かさを身に感じながら眠りについた。

 

あとがき
レイ救出に耕一を使いました。
もう少し伏線を出しておくべきだったかなぁ、とも思っています。
最後の夢はあんまり気にしないで下さい。

次回予告
レイ生存の報を知ったゼーレはレイを召喚する。
だが、ネルフ司令部は、これを拒否し代理人としてリツコを出す。
ゼーレは碇を裏切る様リツコに誘いを持ちかける。
そして、遂に、最後の使徒が現れた。
その正体とは、子供達の運命は?
次回 最終話 最後の使者