背徳

◆第9話

 そして、土曜日ネルフ本部の発令所のモニターには巨大なウニのような物体が映っていた。
 棘を使ってゆっくりと海底を歩いている。大きすぎるためか、上の方の棘は海面に出ている。
「…また早いわね…」
「……何が起こっているんだ?」
『目標は1時間ほどで紀伊半島に上陸します』
「今度は又遠いところに上陸するな…」
 マップ上に予想進路が表示される。進路上には人口10万人以上の都市がいくつもある。
「誘導を試みろ」
『了解』
 付近を潜行していた潜水艦から魚雷を発射して攻撃するがATフィールドによって阻まれる。
 続いて哨戒機から爆雷や爆弾を投下して攻撃するが、これもATフィールドによって阻まれるだけで、使徒の進路を変えることは出来なかった。
「上陸後の攻撃で誘導しろ」
『了解』
『エヴァの配置はどうされますか?』
「…そうだな、誘導を見てからにしたい、誘導できなければ…出来うる限り被害を小さくするためにも早く倒したい」
『分かりました。両方のパターンを考え、最適ポイントを割り出します』
 日向はそう報告した後、作戦部のメンバーに直ちに最適ポイントの割り出しを命じた。
「同時に、進路予想地域の住民に進路予想地域外への強制避難を命じろ」
『『『『了解!』』』』
 やがて上陸し、地上部隊や航空部隊、更に沖の艦船から攻撃が仕掛けられるがこれらも全てATフィールドによって弾かれ誘導することはかなわない。
 使徒は市街地に入り町をビルや建物をなぎ倒し破壊しながら進んでいる。
「大きいな…」
「とんでもない大きさね…」
『作戦ポイントが出ました。作戦ポイントは伊勢湾の対岸、愛知県のこの地点とします』
 マップ上に作戦ポイントが示される。
「許可する。直ちに迎撃準備をしろ」


 作戦ポイントに向かって2機のウィングキャリアーがそれぞれ初号機と02を搭載して西に向かって飛んでいた。
『浮かない顔ね』
「あ、うん…」
『さすがに、これだけ連続してきたらそうなるだろうけど、早く来ると言う事は逆にいえば早く終わると言う事でもあるわ』
 確かに、そうかも知れない…いつ来るのかとはらはらしながらいつまでも待っていると言うのも辛いだろう。
「うん…」
『その事を気に病んでも仕方ないわ、今は目の前の使徒に集中しましょう』
「うん」
 やがて、作戦ポイントに到着し、両機は既に配備されていた自衛隊や戦自の部隊と合流する。
 使徒は伊勢湾をゆっくりと歩いている。そのあまりの大きさに半分以上が海面から出ている。
「お、大きい…」
 あまりの大きさに驚きの声が漏れる。
『攻撃開始!』
 部隊が一斉に攻撃を仕掛ける。02もエヴァ用の対使徒専用ロケットランチャーをぶっ放す。
 初号機は陽電子砲を取り使徒に向けて放つが、これもATフィールドによって弾かれる。
「利かない…ATフィールドを中和しないと…」
『02が先行し、ATフィールドをメインで中和、初号機が後方でサブで中和するように』
 シンジが直接命令を下した。
(…お父さん…)
 どこか、ミクが傷つくことを避けたいと言ったような意志が見え隠れする。
『了解』
 すぐに02が先行し、ミクは慌てて初号機で後を追った。
 膝の辺りほどまで水の中に入りながら中和距離にはいるとすぐにATフィールドを中和する。それと同時に一斉に部隊から攻撃が掛けられすぐに辺りは爆煙に包まれる。
「ま、まずい!逃げて!!」
 ミクが危険に気づいたときは既に遅かった。
『きゃあああああ〜〜〜〜〜〜!!!!!』
 リコの絶叫が響き渡る。
「リコ!!」
『逃げろ!!』 
 すぐに初号機はその場を離れた。
 煙が晴れると、真っ赤な血を滝のように流しながら大きく抉られた使徒がゆっくりと現れた。が、02の姿が見えない。
「リコは!?」
 すっかり煙が晴れたとき…、使徒の棘に02が突き刺さっているのが見えた。
「そ、そんな…」
『使徒には大きなダメージを与えている!!もう一歩だ!!』
 ミクはうなずき、中和距離まで近づいてATフィールドを中和する。
 そして、全力で攻撃が仕掛けられるが、使徒が止まらない。
「え?」
 棘に弾かれて地面に仰向けに倒れる…その直後右足首が貫かれる激痛が走る。
「きゃああああ〜〜〜〜〜!!!!」
 そして、左膝、右太腿、腰と貫かれあまりの激痛に意識が飛んだ。


 ネルフ本部の総司令執務室でシンジは今回の報告書を読んでいた。
 02は修復不能なまでに大破したものの偶然にもプラグへの損傷は小さく、リコは神経系をかなり痛めている物の、無事であった。
 初号機はほんのわずかな差で助かった。下半身の修復には時間が暫くかかるであろうが、ミク自身は無事であった。
「…不幸中の幸いと言ったところか…しかし………暫くの間戦力を大きく失ったと言うのは事実だな…」
 しかし、最近の使徒の襲来の間隔はあまりに早すぎる。どこか作為的なものを感じずにはいられない。…かつてゼーレは委員会を通じて第十七使徒タブリスである渚カヲルを送り込んできたことがあった…もしかしたら、あれと似たようなことなのであろうか?シンジはボールペンをぎゅっと握りしめる…力がこもりボールペンが砕け散った。
「…そのとおりであれば、必ず来る」
 2時間ほどで今後に関する報告書が届いた。
 02の修復は不可能のため、04にコアを載せ変える。リコは1週間もあれば退院できるので、その辺りに起動試験を持ってくる。一方初号機の修復は5日前後で修復出来るかどうかと言ったところである。
「……厳しいな、」
 現在ネルフの戦力は、03の1機のみである。たった1機で防衛するというのは難しい。そしてその事は今後も降りかかってくる問題である。
「…ダミーシステムか…」
 はっきり言って絶対に使いたくはない……だが、新たなチルドレンの候補も大した能力は期待できない…そうすれば、ダミーシステムを使わない限り活路は見いだせないかもしれない。
「………」
 シンジは電話をとり、ユイにかけた。
『はい』
「母さん、少し相談したいことが…」
『分かったわ、今すぐは無理だけと1時間ほどでそちらに向かうわ』
「いえ、ダミープラントの方に来てもらえますか?」
『…分かったわ…』
 その言葉で何に関する相談か分かったユイは緊張した声で返して来た。


 1時間後、ダミープラントに二人の影があった。
「…ダミープラグのこと?」
「ええ…母さんは、ダミープラグを使うことについてはどう思います?」
「……そうね、ダミーシステムは私たちが作りだした大きな罪そのものでもあるわ。出来ることならば使いたくない物ではあるけれど、逆に、使わなければならない時に使わないと言うのは、又問題がある行為だと思うわ……但し、そのために目的の意義が損なわれるとしたら、それは考えなければならないことだと思うわ」
「……そうですか、」
「ええ、シンジにとって、ダミーシステムがどのくらいの意義が持っているのかは私には分からないけれど…」
シンジはカプセルに入っているレイの素体、大きな水槽に入っているレナの素体へと目をやりそれから天井を仰いだ。
(…結局は僕も同じか…)
 シンジは血が出るほどまでに強く強く拳を握りしめながらゆっくりと口を開いた。
「……ダミープラグの再開発をお願いします……」
 言いたくなかった言葉…まるで、にじみ出すかのような言い方で言葉を出す。
「……分かったわ、」
 ユイのその言葉を聞いた後、シンジはその場を去った。
「ごめんなさいね……」
 レイ、そして、レナに謝罪の言葉をかける。
 

 シンジは車を箱根に向かって飛ばしていた。
「……」  
 やがて箱根に到着すると適当な場所に車を止め、徒歩で更に奥へと向かった。
 泉にたどり着き、中央の小島に渡るとレイの悲しみがシンジの中に流れ込んできた。
「綾波…」
 涙がぽろぽろとこぼれる。
「……ごめん……綾波、ごめん……」
 純白に輝くレイの墓に縋り付き、涙を流し続けた。


 ネルフ本部の副司令執務室でユイとマヤがダミープラグの再開発に関して話をしていた。
「…ダミープラグのパーツは全て揃っているわね」
「はい、後は実際プラグを作りダミータイプのエヴァにあわせて調整するだけです」
「……1週間もあれば、出来るわね…私がその作業をするわ」
「分かりました。何かあればいつでも手伝いますので言ってください」
「ありがとうね…」
 ユイは大きな溜息をついた。
「…やっぱり、辛いですか?」
「ええ、辛くないと言ったら嘘になるわ…でも、一番辛いのは私じゃないしね…」
「そうですね…」


 翌日、ダミープラントで、ユイはダミープラグの開発を開始した。
 ダミーシステムのパーツがずらっと並べられている。その中には、カプセルに入れられたレナの素体も存在する。
「…ごめんなさいね、」
 何度目かの謝罪の言葉を口にした後、ユイはレナの素体を様々な機器に接続していった。


 どれほどの時間がたったのかレナの素体には無数の管やコード、機器などが取り付けられていた。特に頭部・脳に様々な種類の情報をやり取りするため多くの物が集まっている。完全なパーツ状態である。そして繋がれている多くの機器をプラグに収まるように図面通りに組み立てていく…最終的にはレナの姿は完全に覆われ外から見ることは出来なくなった。
 クレーンを使ってプラグにそれを納める。これでダミープラグのできあがり、これから各種の調整となる。
 ユイは深い溜息をつき一旦その場を後にした。

 
 そのころ中央病院ではミクが一人で退院の準備をしていた。
 今回はシンジもユイも見舞いに来てくれなかった…今回見舞いに来たのはミサただ1人である。今までにはなかったこと…その事にミクは漠然とであるが不安を感じていた。
(……やっぱり、大変なのかな?)
「惣流、ちょっと邪魔するぞ」
「へ?」
 声の方を振り返ると佐々木達3人が来ていた。
「あ、みんな」
「お見舞いに来たんだけど、少し遅かったみたいね」
「どうして、ここに?」
「許可というか見舞いに行ってやって欲しいってお願いが来たの」
「ユイさんから?」
「その通り、」
「ふ〜ん、なるほど」
「退院の準備みたいね。まあ、荷物もほとんどないみたいだし手伝うほどでもないかもしれないけど、折角来たんだし手伝うわね」
「ありがと」


 シンジは中央病院にやって来た。
 ミクの病室の前まで来るとドアをノックする。
「は〜い」
 ミクの元気な声がなかなか返ってくる。
「私だ入るぞ」
 シンジがドアを開けて中に入ると4人が病室にいた。
「…ミクの友達か?」
「うん、」
「ミクが世話になっている」
「いえ、こちらこそ、守ってもらってばかりで…」
「いや、日常の友人とはとても嬉しいものだからな…」
 かつて自分にとっての学校の友人、トウジやケンスケがそうであったように…


 ビルや道路灯の明かりが窓越しに入ってきては車内やシンジの姿を照らす。
「友人か…」
 友人、そして家族…あのときの自分にとって大切だったもの…だが、今はそれを利用している…全てをレイのために…レイ一人のために全てを利用しているのだ。
 今まで利用してきた、そしてこれからも利用していくもの、それら一つ一つかけがえの無いものであった。ミクを見ているとその事を改めて思い出される。
 だが、もう戻る事はできないし戻ってはならない。
「……今更、懐かしんでも惨めになるだけだ…」
 シンジは軽く首を振り考えを振り払った。


 ユイが帰宅したとき既にミクは自分のベッドで寝ていた。
 ミクの部屋に入り、ミクにただいまとお休みを言って部屋を出、今度は自分の部屋に入る。
 そして、大きな溜息をついた。
「…いつまでこんな事が続くのかしら…いっそ…」
 何かを言おうとしてしまい言葉を飲み込む。
「…今は、できるかぎりの事をする…いずれチャンスはくるわ、だからそのチャンスを逃さないように準備は怠ってはだめね」
 ユイは自分にそう言い聞かせた後、ベッドに横になった。

あとがき
もう直ぐこの話でもダミーシステムを搭載したエヴァが出てきそうですね。
数がそろえば一気に戦力が増す事になりますが、それまでの間何事も起こらずにすんなりと行くのか、それとも何か起こってしまうのか…そしてダミーシステムが正式に運用されるようになった後どうなるのか、と色々とありそうですね。
次回はその一端がでてくることになると思います。
それでは又次回で、