復讐…

◆第拾壱話

 朝、シンジは憂鬱だった。
 レイとの一件で、改めて強く意識してしまったからなのか、レイが夢の中に出てきたのだった。
 こんな状態ではレイと会うたびに、その事を改めて意識させられてしまい、悲しくなってくる。今日も、本部で実験があるが、その時にレイと顔をあわせなくてはいけないと言うことを考えると、行く前から少し気分が沈んでしまう。
 とは言え…又愚痴愚痴言われたり何か厄介なことを抱え込まないためにも、行かないと言うわけにも行かない。
 一つ深く溜息をついてからベッドを抜け出し着替えを済ませ、部屋を出た。すると、キッチンの方からいい匂いと炊事の音が聞こえてくる。
「シンジ君おはよう」
 シンジが起きてきたことに気付いたレイラが声を掛けてくれる。
「おはよう」
「直ぐできるからまっててね」
 そして、レイラが作ってくれた朝食がテーブルの上に並ぶ。確かに美味しい料理なのだが、それを美味しいと感じる事は、今のシンジには少し難しい話であった。


 そして、レイラとシンジは一緒にネルフ本部に到着したのだが、ゲートがIDカードを通しても開かなかった。
「あれ?」
 もう一度やってみるが開かない…横を見るとレイラも自分のIDカードを確認してもう一度通していた。どうやらレイラも同じ状態のようだ。
 一瞬故障だろうかと言う考えが浮かんだが、直ぐに前回の停電のことに考えが及んだ
「故障かしら?」
(…停電か…でも、少なくとも使徒が来てないときで良かったな)
 正直なところ、極めて拙い事態は回避されたと言うことがわかってほっとしていた。
 その後、いくつかの方法で試してみたが、全て駄目で、やはり間違いなく大規模な停電が起こっているようである。
「電気が来ていないようね…確か、こう言うときは…」
「発令所に向かう、確かそうだったよ」
「あ、そうね。確かどこかに手動のゲートがあったと思うけど…」
 ひょっとしたら知っている?と言ったことを目で尋ねてくる。勿論シンジは知っている。
「多分、あっちの方にあったと思うよ」
「じゃあ、行ってみましょう」
 そして手動のゲートに到着する。以前は…アスカの半命令で一人で開けさせられて随分苦労したことを覚えている。今回は二人で協力してゲートを開け、中へと入った。
 通常の通路ではないのでやはり通常の通路よりは狭い。そして、停電中なので当然のごとく真っ暗である。目が慣れるまではとても進めそうにない。
 暫く待っていようと思ったら、レイラが鞄からペンライトを取り出してつけた。ペンライトの明かりがレイラの顔を照らし出す。
「ちゃんと点いたわ」
「用意が良いんだね」
「暗い隙間とか見るときに便利なのよ、これ」
 所詮ペンライトの明かりで、十分とは言いがたいかもしれないが、何もないよりは遙かに良い。
「じゃ、いこっか」
「ええ、」
 二人はペンライトの明かりを頼りに狭い通路を進みはじめた。


 どれだけ進んだか…あの時も通った分かれ道に辿り着いた。
「どちらかしら?」
 ペンライトの光で通路を交互に照らすが…当然何も見えない。
「ん〜…左かな?」
「なら、そうしましょう」
 シンジの言葉で左の道を選択し、進む事になった。
(…何のための非常通路なんだろ?)
 途中…凄く狭い通路を進んでいるときシンジはそんなことを考えていた。あの手動の扉はなにか異常が生じるとロックが外れるようになっていたみたいだが…そんな時のための通路をこんな暗く、そして…こんな狭く作るなんて…子供のシンジにとっては苦ではないが、レイラはちょっと狭さを強く感じているみたいである。
 まあ、最もあの時レイの言っていた近道をそのまま通っているのが原因なのかも知れないが…それは他の道は分からないのだから仕方ない。
 しかし、あの時と同じであれば途中で通路がふさがっていて、レイがダクトを壊して…又、レイのことに考えが行っている。何かを思い出すにしてもレイのことが絡んできてしまう。レイのことを考えれば虚しくなってしまうだけなのに…


 狭い通路を抜けて更に暫く歩くと…前から複数の足音が近付いてきた。
 その正体は分からないが、何か嫌な気がし足を止める。同じようにレイラも足を止めていた。
「…誰かしら?」
 そして、ペンライトの光に照らし出されたのは、武装した数人の人間であった。手にはライフルらしき物を持っている。
 そして、銃口をシンジに向けてきた。
「…シンジ君!!」
 引き金が引かれ瞬間、レイラがシンジを地面に押し倒す、次の瞬間先行が迸り銃声が狭い通路に木霊した。
「レイラさん!!」
 シンジは相手の発砲には備えていたが…レイラのとっさの行動には反応できなかった。
 レイラを呼びかけても、揺すっても反応はない…粘度がある液体が手に付く…ペンライトの光が当たるとそれが血であることが分かった。再びレイラの陰に体の大部分が隠れているシンジに銃口を向けてくる。
 レイラが撃たれた…その事実が大きな怒りを呼び起こす。銃弾が放たれるがATフィールドを展開して弾き紅い光が宙に散る。
 銃弾が弾かれたという事態で動揺が走ったのが目に取れる。
 レイラの体を横へと仰向けにし、ゆっくりと立ち上がる。
 又銃弾を放ってくるが、これも弾く…今度は動揺ではなく、目の前の理解できない現実に対する恐怖…それをシンジに感じているはずである。
「…覚悟は良いか?」
 シンジがそう言った瞬間、一斉にライフルを撃ってくるがやはり全て弾ききった。大砲やミサイルならともかくも対人用の銃弾でATフィールドが貫けるはずがない。
 力を少しだけ解放し、瞬時に全員を地面に倒れ伏させる。
「…冷静にならないとな、変な証拠を残しちゃ拙い、」
 ライフルを一つ奪い…フルオートでぶっ放してくる者達を確実に射殺していく。数秒後、その場にはシンジ以外の者は立っていなかった。


 目の前が明るくなった。
 目に飛び込んできた景色は…ケージ?
 シンジ君に赤木博士、葛城3佐がブリッジの上にいる。
 体が動かない…と、思っていたら、勝手に動き始めた。白衣を着た医師らしき人が近くにいる。手に包帯が見える。私は怪我をしているの?そう言えば、シンジ君を庇って撃たれたんだったっけ…
 でも、違う気がする。これは、夢?そんな気もするけれど、違う気がする。
 何か誰かが喋っているみたいだけれど、はっきりとしない。
 突然目の前の映像が激しく揺れ、回転する。何が起こったのか分からない。
 目の前がちかちかする…ちかちかが収まるとシンジ君の顔が目の前にあった。
 でも、だんだん目の前が暗くなっていく…
 これは、何?一体何なの?


 シンジ君が地面に倒れている。頬に殴られたような跡がある…どうしたの?
「非常招集、先、行くから」
 私の口が勝手に動いた…
 シンジ君から視線を外し、歩き始める…まだ、続いているみたい。
 これは何なの?


 シンジ君が、眼鏡を掛けている。
 てくてくと詰め寄っていき、手を伸ばし、シンジ君から眼鏡を取る。
 あれ?これ、前にこんなの見たような…と、思ったらシンジ君に押し倒されてしまった。
 シンジ君は慌てて飛び退く…
 確か…前に見たのはレイの部屋に行ったとき?あ、そう言えば回りの光景はレイの部屋…と言うよりも、私がレイにな
っているの??
 シンジ君が何か言っていたけれど…さっさと服を着て…って、男の子の前で…はだか、あああ〜〜!!


 目の前にあの使徒がいる…ここは零号機のエントリープラグ?
 使徒が光った…射線上に飛び込む。これ、前に夢で見たことが…
 あの時は熱さも感じたけど、今は感じない。
 目の前が暗くなっていく…前はここで目が覚めたけれど…


 ゆっくりと視界が戻ってきた。
 今にも泣きそうなシンジ君の顔が見える。
「別れ際に、さよならなんて言うなよ…悲し過ぎるじゃないか」
 俯いて涙をこぼす…うれし泣き?
「…何、泣いてるの?」
「バカ、綾波が生きてたから…嬉しくて泣いてるんじゃないか…」
「…そう……ごめんなさい、こんな時…どんな顔をしたら良いのか分からないの…」
 シンジ君が顔を上げて、泣き笑いを浮かべて言った。
「笑えば、良いと思うよ」
 何か、胸が暖かくなった気がする…今まで何も感じなかったのに…これは私が感じているの?
 暫くしてから、シンジ君に支えられてプラグから出た…さっきのことから考えると、ヤシマ作戦の後…でも、レイをエ
ントリープラグから助けたのは待機させて置いて貰った人たちのはず、シンジ君はエヴァを降りていないはず。
 これはなに?レイの記憶ではないはず。あの時私がお父さんに話さなかったら…と言う仮定の世界?でも、そんなのを
夢で見るなんて事は…ありえるの?
 そうすると………


 レイラはゆっくりと目を開けた。
 天井が目に飛び込んでくる…時間はまだ早いようで、目に映る空間はうす暗い。
 手を動かしてみると自由に動かすことができた。どうやら漸く夢から覚めたようである。
 今病院のベッドの上にいるようである…軽く身を起こして病室内を見回してみると、シンジが横の椅子に座りながら船を漕いでいた。

 棚に置かれていた置き時計は午前6時前を示している…シンジはずっと付いていてくれたのだろう…その事を嬉しく思う。

 銃で撃たれたけれど…その傷はどうなったのだろう?そう思い、傷を確認してみようとしたのだが、背中を撃たれたわけで、体の構造上それを見ることはできない。
 そして、無理をしたからか、背中に鈍痛が走った。
「いたたた…」
 しかし痛み止めが効いているのだろうか、無理をしなければ殆ど痛みを感じない。
 傷や起こったことは後で聞けばいい事であり、考えから外し、再びベッドに横になって別の考え事を始める。
 時間は分かるけれど、日付は分からない…どのくらい眠っていたのだろう?あの後どうなったのか…等々色々な事に考えを巡らせていたが…やがてその思考はあの夢のことに戻ってくる。
 あの夢は、一体何なのだろうか?前に見た夢とは違う…なにか、それを見ていると言ったような内容だった。
 ただの夢であれば、気にしないものだが…何故あんな夢を見たのかと言うことが気になり…その事を考えている内に、シンジがゆっくりと瞼を開いた。


 部屋に射し込んでくる陽光でシンジは目を覚ました。
「…朝、か」
「おはよう」
 既に目を覚ましていたベッドに寝ていたレイラから声を掛けられる。
「あ、レイラさん、目が覚めたんだね」
「ええ、ずっとついててくれたのね」
「レイラさんが助けてくれたから…そのありがとう」
「ううん、シンジ君が助かって良かった。…ところで、あれからどれくらい経ったの?」
「大体1日ってところかな?」
 何日も眠り続けたというわけじゃないと言うことが分かりほっと息を付いた。
「そうそう、傷は浅いから近い内に退院できるそうだって」
「そう、」
「あ、そうだ、目を覚ましたって、お医者さんに言ってくるね」
「お願い」
 シンジはどこか弾んだ足取りで病室を出て行った。


 そしてシンジは本部に用があると言うことで、朝食を一緒に取った後いなくなったが、それから暫くしてミサトが見舞いにやって来た。
「元気してる?」
「あ、はい、大丈夫です」
「そりゃ良かった。でも、ホントついてなかったわねぇ、」
「命があっただけ不幸中の幸いです」
「うん、そうねぇ」
 ミサトと少し話をしていると、秘書課の同僚が数人見舞いにやってきた。
「「「こんにちは〜」」」
 そして、その後も入れ替わり立ち替わりと、昼近くになるまで来客が耐えることはなかった。