復讐…

◆第拾七話

 朝シンジが部屋から出たとき、今日は珍しくレイラの姿はキッチンにはなく、まだ寝ているようであった。
「レイラさんには珍しいけど…今日は僕が作るかな?」
 少し久しぶりになるが、最近レイラは元気がないし、少しでも元気を取り戻してくれれば良いと思い、精一杯美味しい物でも作ってあげようとエプロンを取りキッチンに立った。


 その時既にレイラは目を覚ましていたが…未だ着替えもせずにベッドの上でじっとしていた…
 今日見た夢は…今までとはある意味わけが違った。
 シンジを使徒から守るために自爆したのだ…そしてその時の一つ一つが全て、到底夢などとは思えない、現実に今起こっているとしか思えないほどに生々しかった…そして、その全てがはっきりと記憶に焼き付いている。
 一体あの夢が何を意味しているのか等はさっぱり分からない…だが、ただ言いようもない大きな不安と恐怖だけがレイラを嘖む…
 どうしたらこの不安と恐怖が消えるのだろうか?
 あんな夢を見たばかりからこんなにも不安と恐怖を感じているだけなのかも知れない…それなら時が経てば薄らぐだろう。しかし、今感じている物は少しでも早く何とかしたいと思わせられるほどの物なのであった。
 いっそのことシンジに全部話してみよう等という考えが頭に浮かぶ…そうすれば、今感じている物は薄らぐかも知れない。
 いや…話したところで実際のところ何になるのだろうか…何にもなるはずがない。確かにレイラの不安と恐怖が和らぐかも知れないが、ただそれだけであり、むしろ直接戦っているシンジを不安にさせてしまう事を考えれば、そんなことでシンジに話して良いことではない……
 だが、前からシンジは色々と心配してくれていた…もし、今こんなにも不安で恐怖に怯えている様子を目の当たりにしたらどうだろう?必ず何があったのか訊いてくるだろう…しかし、そこで正直に話さずにごまかしたら?多分、一体何なのかとその事で本当に心配してしまうだろう…シンジはそう言う子だし、今自分の状態をそう言う風に見せずに誤魔化しきるなどとてもできないと思う…そう考えれば、話した場合と話さなかった場合…どちらでもシンジの心に負担を掛けてしまうことは間違い無いかも知れない。
 だが、もし夢通りに物事が進んでいく部分があるのならば…話しておけば何か、対策が打てるかも知れない。丁度、耕一に話した結果、トウジのこと以外の被害は小さくなったように。確かに逆に言えばトウジのことのように上手く行かないこともあり、場合によっては裏目に出ることもあるかも知れない…だが、それでも、何もしないよりは良いのではないだろうか?
 もし、そのまま行ってしまったとしたら、とんでもないことになる気がする…それが、レイの自爆と言うことになるかどうかは別として…
 例えば、そう使徒のことについてだけは何故か皆ピタリとその特徴が一致していた。恐ろしく強い使徒、精神攻撃を仕掛けてくる使徒、生体融合を仕掛けてくる使徒…どれも一筋縄ではいかない相手であるが、その特徴が一致しているのなら対策もできるのではないか?今まで、正8面体の使徒、マギをハッキングしてきた使徒、影が本体という訳の分からない使徒、参号機を乗っ取った使徒…みんな一致している。なら次からも一緒になる可能性は高いと思う。
 なら別に話しても問題にはならないはず…むしろ、話した方が良いのではないか?
 そこまで考えが及んだとき…ふと、自分はただ、今この不安と恐怖から逃れたい…その手段にシンジに全てを話すと言うことを選び、そしてその理由…否、口実を無理矢理作って答えへと誘導していたのではないだろうか?と言うその考えを否定する考えが思い浮かんだ。
 もし、そうであったとしたら…
 自分の考えが分からなくなってきた…頭を抱えそうになったとき、ドアがノックされシンジの声がドア越しに聞こえてきた。
「レイラさん、起きてる?」
 今…シンジに今の状態を感づかれるわけにはいかない…出来うるかぎり平静を装い返事を返す。
「あ………うん」
「御飯作ったから、冷めない内に来てね」
「ええ…」
 シンジは短い会話だけでダイニングの方に戻っていった。レイラの状態には何も気付かなかったようだ。もう少し長い会話があったら必ずぼろを出していたと思う。
 自分の考えに自信がもてないが、もう実行するしかないのかも知れない…
 レイラは夢のことをシンジに話すことに決め、ベッドから出た。


 部屋から出てきたレイラは…何か真剣な表情をしていた。
「…シンジ君、話があるんだけれど良い?」
 何となくさっと終わるような話ではないと感じ、それでは折角作った料理が完全に冷めてしまうと思ったが、レイラの表情が真剣であったので、今その話を聞くことにした。
 二人はソファーに向かい合って座る…
「うん…で、レイラさん、どうしたの?」
 レイラは一つ息を付いた後ゆっくりとした口調で喋り始めた。
「最近私が悩んでいた理由についてだけど…それはまるで嘘みたいな話なの…それでも最後までちゃんと聞いてくれる?」
 一体どんな荒唐無稽な話なのか分からないが、レイラが嘘を言うはずがない。なら、それは事実…少なくともレイラから見た真実であり、それがレイラが悩んでいた理由なのだ。ならそれを聞かないなどと言う選択肢は初めからあろうはずもない。
「レイラさんの悩みの理由。話してくれるのならそれをまじめに聞かないなんて事は僕にはできないよ」
 短くありがとうと言ってからその話を始めた。
「…この前、第2支部が消える夢を見たって言ったわよね」
「うん、未だ見るの?」
「ううん、そうじゃないの…その夢を見たのは…第2支部が本当に消えてしまう前なの」
 その言葉が理解できず一瞬にシンジは固まってしまった。
「……、え?」
「それだけなら、ただの偶然と言うことも考えられる…だけど、それだけじゃない。…ヤシマ作戦の時も、マギが使徒にハッキングされた時も、シンジ君が初号機ごと使徒に取り込まれちゃった時も、フォースチルドレンにあの鈴原君が選抜されたのも、参号機が使徒に乗っ取られたのも、全部実際にその事が起こる前に夢で見たの…」
 レイラの声は不安に震えている声で、確かに嘘みたいな話ではあるが、とても嘘を言っているようには聞こえなかった。それが、レイラが不安になっていた理由なのだろうか?
「…それが最近のレイラさんの様子がおかしかったことの原因なの?」
「…そうね…半分…ううん、それは一部ね。殆どは、その夢の続き…今も殆ど毎日のように見るその夢の続きなの」
「それって、どんな夢なの?」
 ある意味当然なのかも知れないが、その内容が気になり余り意識せずに出した言葉だったが、その返答には驚愕させられることになった。
「…とんでもなく強い使徒にみんなやられて、最後は暴走した初号機が倒したけれど、そのかわりにシンジ君が初号機に取り込まれちゃったり…」
「え!!!!?」
「あ、そ、その夢だからね…夢で見ただけだから……」
 シンジの驚きようが尋常ではなかったからだろう、慌ててフォローらしき物をしたが…それはシンジの耳には半分も届いていなかった。
(…僕が初号機に取り込まれた?)
 その発言はまさにとんでもない内容であったのだが…レイラの驚くべき発言はそれだけではなかった。
 その夢の続き…アスカが精神汚染を受ける使徒…その使徒を零号機が槍を投げて殲滅したこと。そして、丁度今朝見たというレイが零号機ごと自爆してしまうこと……シンジが経験してきた歴史に綺麗に一致していた。
「…あ、ごめんね。こんな事話してもシンジ君を不安にさせちゃうだけなのに…」
 シンジの表情が深刻な物になっていたからだろう…レイラは本当に済まなさそうな口調で謝ったが、それは当然の反応かも知れないが、まるで見当違いでもあった。
「……、ううん、大丈夫だよ。何が起こるのか分かっていたら、それを変えることはできるでしょ。そんな未来にはさせないよ、絶対に」
 そう、そのためにシンジは今頑張っているのであるから…シンジの力強い想いが籠もった言葉でレイラはほっとしたみたいで、雰囲気が和らいだようである。
 だが、何故レイラがそんな夢を見てしまうのだろうか?まさか…レイラに予知能力があって、歴史を変えることはできないとでも?そんなことは無いはず…無いはずだが…
 あまりの事態で頭が上手く動いていないような気がするが、どういう判断を下すにしても、情報は必要である。そう、レイラからもっと何かを聞こう…どこか調子の狂った頭を必死に回転させて出した質問をぶつける。
「レイラさん……その夢で見た事って完全に現実になっているの?」
「ううん、違うわ…全て一緒って訳じゃないわ、違う点の方が多いかも知れない…」
「例えばどんな風に違うのかな?」
「…例えば…」
 少し考えるような仕草をしている。色々と違うところがあってその中からどれをあげようか迷っているような感じである。
「そう…例えば夢の中にはお父さんが出てこないこととかかな?」
「う〜ん、忙しくて会えないの?」
 秘書をしているレイラなら忙しくても会えるかと、言った後で気付く。
「ううん、そうじゃなくて…お父さんがネルフにいなくて、シンジ君のお父さんがネルフの司令をしているの」
 何か様子が変わってきた…レイラがそんな夢を見るはずがない。レイラは耕一が司令をしているネルフしか知らないのだから…何故そんな夢を?
「…奴が司令やってるなんて、どうしてそんな夢見ちゃうんだろうね?」
「何故なのかは全然分からないのよ…」
 どこか苦笑混じりの言葉が返ってきた。もうそれだけ余裕が戻ってきているのかも知れない…その事は確かに嬉しいのだが…夢の内容があまりに気になる。
「でも、司令がネルフにいなかったらレイラさんはネルフに勤めてないんじゃないかなぁ…」
「そうね、私がネルフに来たのは半分お父さんに誘われたような感じだったからね」
「そうだったんだ。じゃあ、レイラさんは夢の中で何やってるの?やっぱり秘書なの?」
「ううん…違うわ…」
 否定したは良いが…続きを言いにくそうにしている。どうしたと言うのだろうか?
「えっとね…その、夢の中では、私は別の人になってるの」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「で…その、レイに成っちゃってるのよ」
 恥ずかしげにその事を口にする…何故恥ずかしいのだろう?シンジにはその事が理解できず首を傾げる結果になった。
「…ふ〜ん…で、綾波になっちゃってるんだ…」
「…現実とは違う内容なんだけれど、一致している事も多くて…」
 夢の中で、レイになって…未来の歴史を見る。レイになって未来?
 何かがシンジの頭の中を駆けめぐった。
 レイラはユイにそっくりである。レイはユイにそっくりである。と言うことは、レイラはレイにそっくり…と言うことでもある。未来…それは、シンジにとっては未来ではなく過去である。レイラは子供のころ…丁度15歳頃より前の記憶がない…
 そう言った事から一つの答えが導かれる…しかし、それは……
「…シンジ君?」
「あ?うん、何でもないよ…」
 そんな考えが一端頭をよぎってしまうと、その事が頭から離れず…その後どこか敢えて夢の話をおもしろおかしく話そうとしているような感じも受け取れるレイラに話を合わせるのに非常に苦労することになった。


 夜、一人になってから自分の部屋でゆっくりと考え直していた。
 あの後もいくつか夢の内容に関する話を聞いたのだが、その内容は、シンジの知る歴史とまさにピッタリと一致していた。
 レイラが夢で見ているのは、まず間違いなくシンジが経験してきた歴史…今の歴史ではなく、シンジが経験してきた歴史そのものをレイの視点から見たもなのである。
 そして…レイラはレイによく似ていて、15歳頃以前の記憶が存在しない。
 これらから導かれる答えは…レイも、シンジと同じように過去へと戻った。但し、シンジよりも更に過去に…と言う物であろう。他に多くを説明できそうな理由をシンジは思いつくことができなかった。
 だが、それでも解決しないことはある。例えばレイラの髪も地毛だし…そもそも、結局のところシンジの推測だけで、何も確証があるわけでもない。
 そうであったらいい…ただそう思っているだけではないのだろうか?そう、その通りであれば…レイラがレイであれば、潰えたと思っていたレイへの想い…それをかなえるチャンスを得ることができることになるのだ。その事は当然嬉しい。結果上手く行くかどうかは別にしても嬉しい。だからこそ、そうであったらと言う想いが強くなって短絡的にその答えに繋げているだけではないのだろうか?
 逆にもし…いややはり違ったら…レイラはレイとは別人で、何か別の理由で夢を見ているだけだとしたら…又、同じ思いを受けるだけではないだろうか…又、想いが潰えたと言うことを実感するだけでしかない。それはとてもとても辛いことだった…あんな思いはもうしたくはない……だが……
 …希望のようなものと大きな不安がシンジの心の中を渦巻いていた…


 カーテンの隙間から射し込んでくる朝日の光で目を覚ました。
 身を起こし軽く体を動かす…夢は相変わらずだったが、嫌なシーンというようなものはでてこなかったし……。そう昨日シンジも言っていたように、そんな未来にしないために頑張ればいいのである。ただそれだけのことである。
 怖がって何もしないのでは、本当にそうなってしまうかも知れないが、ちゃんと一つ一つ対応していけばあんな未来にならなくても良いはず、その対応が必ずしも上手く行くとは限らない、だが、最善を尽くしてそれだったのならまあ仕方ない。結局のところ、実際にその瞬間が来るまではどうなのか分からない…それは夢で見ていようが見ていまいがそうであり、一番本質的な部分は夢がどうであっても何も変わらないのだ。
「よし、頑張らなくちゃ」
 声に出して自分に言い聞かせてから思い切り伸びをしてベッドから出た。


 シンジはレイラに起こされて目を覚ました。
「う、ううん…」
 目を開けるとレイラの顔が視界に飛び込んでくる。
「おはよう」
「あ、うん…おはよう」
「御飯できたから、できるだけ早く来てね」
「うん…分かったよ」
 昨日遅くまで色々と考えていたため、寝不足である。
 レイラの様子は随分良い。昨日の話はレイラには非常に良い効果をもたらしたのかも知れない…しかし、シンジは結局答えを出せなかった…


 朝食を取っているが…シンジが何か言いたげなのだろうか?チラッチラッと言う感じで時々レイラの顔を見てくる。
「どうかしたの?」
「う、ううん、何でもないよ」
「そう?」
 改めて考えてみればシンジの様子が…昨日からどこか変なような気もする。
「…ひょっとして、昨日の話のこと気にしているの?」
 そう言う考えに行き当たり、済まないと思いながらそう尋ねる。
「ううん、そうじゃないよ、もっと別のこと…」
「そう…」
 しかし、それを尋ねてみても大したことじゃないと返されてそれ以上の答えを得ることはできなかったため、それ以上は何も聞かないことにした。


 レイラのことは凄く気になるが…だからと言って、その事ばかりに気を取られるわけにはいかない。シンジの回りはある意味敵ばかりなのだ。そして、その敵の中でも非常に大変なゼルエルがもうまもなくやってくる。
 本部にやってきたシンジは早速訓練を行い、今は休憩をしていた。
「シンジ君、随分熱心ね」
 マヤがジュースを差し出しながらそう言った風に声を掛けてきた。
「どうも」
 積極的に参加するだけに訓練にも凄い熱の入りようで…と行けばいいのだが、そうはいかなかった。
 時々、レイラのことが頭によぎり、どうしてもあと一歩のところで止まってしまいそれ以上集中することができない。
 数値上は確かに良い、だからこそマヤはさっきあんな言葉を掛けてきたのだ。しかし…次の戦いは…
 今行っているのは所詮シュミレーション、確かに実戦とは違うが……
 不安をうち払うかのようにマヤから受け取ったジュースを一気に喉に流し込む…、
「…そのために今いるんだ。何があっても必ずやり遂げなきゃ」
 空になった紙コップをゴミ箱に投げ入れて、シュミレーションプラグに戻ることにした。


 ベランダに出て夜風に当たりながら月を眺めていた。
 どちらの選択を選ぶのも怖いのだろうか?
 レイラ=レイであると思いそれを何らかの方法で確かめ違ったとしたら…又あの思いを抱くことになる。一方、そうでないと思ってもひょっとしたらという思いは断ち切れない気がする。そう思いこむだけではなく、どんな理由でも口実でも良いそれらを結び付けて信じ込まなければいけないかも知れない。
 結局どちらを選ぶにしても…、レイラ=レイである…あるいはレイラ≠レイである事を確かめなければ、今の宙ぶらりんのようなあやふやな状態を抜け出すことはできない。そう、どうあっても確かめなければならないのだ…確かめられてしまう…その結果を既に恐れているのかもしれない……
 一体自分はどうしたら良いのだろうか?
 空に浮かぶ月にそれを尋ねてもその答えが返ってくることはなかった。