リリン

◆第18話

10月11日(月曜日)第3新東京市、ネルフ本部、総司令執務室、
複雑な表情をした冬月が報告書を片手に入ってきた。
「・・どうかしたのか?」
「微妙な報告だ。」
「・・微妙?」
「碇泰蔵が倒れた。」
碇は片眉を上げた。
あの爺が?
「・・・命に関わる事か?」
「分からん。」
「どこからの情報だ?」
「それがな・・ゼーレ経由なのだ。」
碇はいつものポーズで考え込み始めた。
「・・・・確かに、微妙な問題だな。」
「ああ、どうする?」
「・・・・取り敢えず、明日、碇家に向かう」
「そうだな、いろんな意味で見舞いをするべきだろうな」
「ああ、」


夕方、東京、東京帝国グループ総本社ビル会長室
加持がやって来て、ファイルを耕一に渡した。
耕一はそのファイルに目を通した。
「・・・色々と御苦労だったな。」
「いえ、」
「・・・報酬だ、」
耕一は又5000ドル札の札束を加持に渡した。
「・・・どうでも良いことではあるんですが、一つ聞きたいんですが、」
「・・なにかね?」
「・・・グループ系の銀行を経由して口座に入金すれば良いのを何故手渡しで?それもわざわざドルで・・・」
耕一は少し視線を逸らしてどこか恥ずかしげだ。
(・・おいおい・・・)
「・・まあ、どちらでも結果は同じ事ですからね、」
加持は札束を封筒にしまった。
・・・・
・・・・
「・・で、次の依頼なのだが、」
「なんですか?」
耕一はファイルを加持に渡した。
加持はそのファイルを開いて驚いた。
「・・・本当にですか?」
「ああ、君が適任だろう」
「まあ、そうではありますが・・・」
「御願いできるかな?」
「・・・・分かりました。」


夜、耕一とルシアが3人に関する報告書を見ていた。
「一先ず、上手く行っているようですね、」
「そうですね・・・今週中には、国会に提出されます。」
「それは良い事ですね。」
耕一はルシアが煎れた紅茶を飲んだ。
「ん?少し味が、」
「ええ、ユナさんから、葉を貰いまして」
「そうですか・・・で、3人の事ですが、」
「どうぞ、」
「法案の提出と同時に、マスコミと各団体を総動員します・・・とは言え制度は直ぐにでも変えられますが、実際に社会を変えるには時間が掛かりますがね、」
「・・そうですね、」
「とは言え、表立ってそれを批判する事ができないようにはするつもりです。」
「・・・3人がそのまま結婚するとしても、その時では未だ珍しいと言う事ですか、」
「ええ、そうなるでしょうね」
「まあ、3人が良ければ良いんですけれど、」
「そうですね・・」


10月12日(火曜日)、京都、
碇が乗るネルフの公用車が道を走っていた。
「・・・・」
この道の先に存在する碇邸、嘗てユイが飛び出した家である。
その屋敷に、今、一人で行く、ユイの父親、碇泰蔵の見舞いに・・・
今、泰蔵が死ねば、碇財閥はどうなるのか分からない。
個人資産に関してはありとあらゆる手を尽くせば、その大半を手に入れられる可能性は高い。
理由は良く分からないが、泰蔵はシンジ・・・ユイを憎んでおり、その事から、シンジが遺産を相続するような展開には恐らくはなるまい・・・・
最も手をつけたくない金の一つではある。しかし、今の現状を考えれば、ネルフの必要性を証明し、更にその背後で計画を進めるには余りにも予算が足りない。
泰蔵が生きていれば、碇グループの方からの出資もこのまま受けられ、確かに、前者は多少なりとも有利に成るかもしれない、しかし、後者を実行するのは困難、ましてや、それを実行に移せば・・・・
このまま死んでしまえば良いとも思う・・・本当に・・・
「到着しました。」
何時しか、車は碇邸の駐車場に止まっていた。
「・・・」
碇は無言のまま車を降りた。
広大な敷地に和式の屋敷が立てられている。
歴史をも感じさせるほど趣のある建物と庭園である。
「・・・・・」
「「「「「いらっしゃいませ」」」」」
5人ほどの使用人が出迎えに来ていた。
「ああ」
使用人の一人に案内され、屋敷に上がり、長い廊下を進む。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
そして、奥の部屋に通された。
部屋の中央には、布団が敷かれ、その上に泰蔵が上半身を起こして、待っていた。
「・・御見舞いに上がりました」
「そうかね」
血色もそんなに悪いわけではなく、回復しそうである。
「お元気そうで何よりです」
全く心にもない事を言う。
「うむ、」
碇は、畳に座る。
「・・・ゲンドウ君、リリンの事だが、」
「済みません、何分にも技術力と資金力、特に資金力に差がありすぎますから、」
「それだけではなかろう」
「確かに、しかし、それらは本来、十分な技術と予算に支えられていれば表面化せずに済む物です」
「・・うむ・・」
「・・・・」
「・・・3・・いや、5兆の資金を注入する」
それだけの額の予算をどうやってひねり出すのか・・もはや、碇財閥は終わりだろう・・・
「有難う御座います」
軽く頭を下げる。
「礼は良い、結果を出すのだ」
「承知しております。」
その後、小一時間ほど二人は色々と話をしていた。


10月13日(水曜日)第3新東京市、ネルフ本部、コンピュータールーム、
情報閲覧用のコンピューターが並んでいる部屋の中にマナが入ってきた。
「・・・」
マナは、無言でその中の一つの前に座り、IDカードをスリットに通した。
コンピューターが起動し、情報閲覧用の画面が現れる。
マナは、画面の隅の、ユーザー情報を見詰めた。
霧島マナ・・・セキュリティーレベル2
下士官と同じレベル・・・マナに閲覧できる情報はさしてない。
一通り、情報を閲覧したが、目新しい情報や、悩んでいる事の解決になりそうなものは何も無かった。
マナは、シンジから渡された赤いリリンのIDカードを見詰めた。
「・・・リリンか・・・」
ネルフで得られなかったが、リリンではどうであろうか?
とは言え、本来対抗組織の人間にそんな重大な情報を与える筈が無い・・・
駄目元でリリン本部に向かう事にした。


リリン本部に入り、内部のコンピューターから東京システムにアクセスした。
『霧島マナ様ですね、貴女のセキュリティーレベルで閲覧できるデーターは5863万9984件です。』
マナはその余りの情報量の多さに表情を引き攣らせた。
ちょっと見てみたが、物凄い細かいものまで入っているようだ。
これでは、どこに何があるのかすら分からない。
取り敢えず、セカンドインパクトや使徒、サードインパクト、エヴァなど、思いつく単語で絞込みをして行った。
そして、その結果表示された情報は、ネルフの、マナのレベルで閲覧する事ができるものよりも詳細で、ネルフ側では到底知る事が出来ないような情報まで多数含まれていた。
マナは大きな驚きを受けつつも、それらの情報を読み漁った。


ネルフ本部、総司令執務室、
「碇泰蔵の様子はどうだった?」
「ああ・・・残念ながらな、」
「・・・そうか、これからどうなるかな、」
「・・・分からん。不確定要素が余りにも多過ぎる。」
「確かにな・・・・ゼーレの計画は言うまでも無く、我々の計画の遂行も相当困難・・・いや、不可能の領域が近付いて来たな。」
「・・・・・」
碇はいつものポーズで思考を始めた。
現状の手詰まりを打開し、なんとか、事態を良い方向に持って行き、計画を遂行する方法を・・・


10月14日(木曜日)、第3新東京市、第3新東京市立第壱中学校、2−A
結局、シンジがレイとレイラ両方を取る形になったと判断され、シンジは一般生徒、特に男子から二股野郎、優柔不断等と言う評価を受ける事に成った。まあ、実際そうだと言えば、そうなのだが・・・ね。
今、それを悪徳では無くす為に、東京帝国グループが動いている。
とは言え、内面の反感・不満を消す事はできないが、クラスのメンバーに表立って、今どうこうする勇気も無いし、あぶれた方を、自分が・・・と言う下心があったわけで、した所で結局の所自分が嫌われるだけだと言う事は分かっているので、特に表立った行動はしていない。
一方、クラスの男子で一人だけ大喜びしている者がいた。
相田ケンスケ、掛け金は全て親の総取りとなり、うはうはの状態であった。
「トウジ、昼飯おごるぞ」
「ホンマか!?」
「ああ、結構な臨時収入があったからな、」
窓際の席では、いつものメンバーが集まって何やら話をしている。
話題は、レミとアスカに関することのようだが、
一方、マナは、自分の席で机に突っ伏して、寝ていた。
昨日夜遅く、リリン本部の警備員に、帰るように指示されるまで調べつづけていた。
そのせいで寝不足である。
・・・・
やがて教師が入ってきて、皆、自分の席に戻った。


東京、東京帝国グループ総本社ビル会長室、
ミユキが入ってきた。
「失礼します。」
「どうした?」
「先ほど法案が衆議院に提出されました。」
「そうか、」
「マスコミの方は、既に手を打ちましたが、」
「それで良い、」
テレビ、新聞、ラジオ、雑誌、更にはネットまでを総動員し、社会通念を揺るがす。
勿論、同時に諸団体へも強烈な圧力をかけている。
報道・・・特に、テレビのニュースの影響力は凄い、
番組の中で、賛否両論の意見が並べられて、最後にニュースキャスターやコメンテイター等が付け加えるコメントがいかに大きい影響力を持つか・・・
はっきりとした明確な意見を持たない流され易いような者には、どちらとも判断がつけにくいようなものであったとしても、それによって支持されているものが正しく、支持されていないものが誤っている様に思えてくる。
更に、報道自体が、片方に寄っていれば・・・そして、全てとまでは行かなくても殆どが、同じような傾向であれば・・・明確な意見を持っていたとしても、ある意味作為的な統計やその発言などから、それが多数派の意見である様に思えてくるだろう。
まあ、そうは言っても、何も多くの者が重婚や、同性結婚等をするような社会にする必要は無い。実際にはそれらに関係するのは小数である。しかし、それも一つの形として認められ、社会から迫害され虐げられると言うことを無くし、3人が3人ともが一緒に成ると言うのも大きな選択肢とできればよい。
「春までには成立するものと思われます」
「そうか、」


第3新東京市、シンジのマンション、リビング、
夕食後のデザートにシンジが作ったフルーツシャーベットを3人はスプーンで突ついていた。
「美味しいね」
レイも頷き、シンジは口元を綻ばせた。
「・・碇君、これ、作り方教えて、」
「あっ、私にも」
「うん、良いよ」
「じゃあ、今から教えてあげるね」
3人はキッチンへと移動し、シンジからフルーツシャーベットの作り方を学んだ。


夜、東京、東京帝国グループ総本社ビル会長室、
ミユキが慌てて駆けこんで来た。
「どうした、そんなに慌てて?」
「それが、クィントス・ハーラー、ゼーレ最高委員の一人が保護を訴えてきました!」
「ふむ・・・」
「取り敢えず、これを、」
ミユキはファイルを耕一に渡した。
そこには、クィントスが、ゼーレ最高委員会の会議の内容を東京帝国グループに流すことや、ゼーレ内部の分裂を促進させる事等を条件に、全てが終わった後、クィントスの心身と財産を保障を求めていると言うものである。
「補完計画は不可能だと見切りをつけて放棄したのか・・・・・裏は?」
「7割方は信用できるのではないかと、」
「・・そうか、では、証明してもらおうか・・・保護に関しては特に問題は無い。」
「はい、そう、返答します。」
耕一は軽く頷き、ミユキは退室した


第3新東京市、アスカのマンション、
アスカとレミはテレビを見ていた。
テレビはどの番組も今日提出された法案に関する放送であった。
「・・・メディアを誘導してるわね、」
レミは、報道の内容が程度差はあるものの皆肯定に偏っている。それは即ち、東京帝国グループがマスコミを操っていると言う事である。グループ系のマスコミ各社は元より、国内はほぼ全社に圧力を掛けている様であると言う事に気付いた。
「・・そのようね、」
ゲストとして登場してくる著名人も肯定派が多い、そしてキャスターなどは勿論である。
「「でも・・・ここまでやる?」」
二人は苦笑するしかなかった。


その頃、シンジのマンションでもシンジ、レイ、レイラの3人が、テレビの報道を見ていた。
「・・・やっぱり、これの事なのかな、」
「多分ね・・・お父さんならやれる事だし、」
「まあ、でも、ここまでやれるって事は、随分と前から準備していたって事なんだよね」
シンジは苦笑を浮かべた。
随分と前から耕一は気付いていた。
自分たちはレイの気持ちを考えず勝手な争いをしていただけであった・・と、
(さてと・・・私も努力しなきゃね、折角の事が無意味になっちゃう・・・)
「レイさん、いっしょにお風呂はいらない?」
レイは少しの間の後、頷いた。
「シンジ君、二人でお風呂入ってくるね」
「うん、お先にどうぞ、」
二人は立ちあがり、着替えを取ってくる為にそれぞれ自室へと歩いていった。
その二人の背中を見ながら、シンジは軽く笑みを浮かべていた。
それは、レイの心理状態をレイラと同じように判断しているからなのか、二人の心理状態が安定しているからなのか、単に、二人が仲良くしている様子が嬉しいのかは分からないが、


10月15日(金曜日)、第3新東京市立第壱中学校、2−A、
3人を見るクラスの目が変わっている。
勿論、理由は昨日の一件である。
まさか、自分達の為に、社会の制度を?いや、いくらなんでもまさか・・・そんな、感じの目である。
まあ、最近の事で衆目を気にしていては、とても堪らないと言う事もあって、それなりに耐性はついているようではあるが、流石に今日のはその耐性を上回っている。
物凄く話しづらい。
レイは特に気にしていないようだが、一人で話す事もできないし、積極的に話しかけようとする者でもないので、だんまりに成ってしまっている。
その為、教室は妙に静かになっている。
そんな中、マナはここの所連日膨大な量の資料を読み漁っている為、今日も寝不足で朝から既に夢の世界の住人になっている。
今日はなにやら悪い夢でも見ているのか、軽く唸っている。
ひょっとしたら夢の中でも膨大な量の資料を読んでいるのかもしれない。
やがてアスカとレミが登校して来て、早速大きな溜息をついた。
「・・・まあ、それなりに予測はできたけど・・・」
再び軽く溜息をついてから二人は3人の元に歩み寄る。
「「おはよ」」
「「おはよう」」
「・・おはよう、」


昼休み、5人は弁当を食べるために屋上に上がってきて、時計回りにシンジ、レイ、アスカ、レミ、レイラの順で円を描いて座った。
「さっ、食べましょ」
「そうだね」
シンジは重箱を取り出して中央に並べる。
「今日は、こう言う風にしてみたんだ。」
「アタシも貰って良い?」
「勿論だよ、」
「そんかわり、アタシ達のも食べて良いから、」
「うん、」
そして、色々と楽しげに話をしながら、それぞれの料理をつついた。


東京、東京帝国グループ総本社ビル会長室、
耕一は、様々な報告書に目を通していた。
「・・ふむ・・・」
そんな時、ミユキが報告書を携えて入って来た。
「どうした?」
「はい、碇泰蔵が倒れました。」
「碇の爺が?」
ミユキは報告書を差し出し、耕一はそれに目を通した。
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
「・・・死に至る病か、」
「はい、そう長くは無いとは思われます。」
「・・・泰蔵が死ねば、遺産は、碇が継ぐというのが順当だろうが・・・」
「どうされます?」
「・・・シンジを立てるか?・・・いや・・・そう単純には済まないだろうな、」
「引き続き調査を進めます。」
「ああ、頼んだ」
「はい」


暗い空間に、二人の人影が見える。
一方はキール、もう一方は若い女性の様だ。
「・・エリザベート、」
「はい、」
「今やゼーレは分裂しつつある」
「・・・」
「そして、現政権への反感が強まる事はあっても、弱まる事は無い・・・そして、東京帝国グループは、大きな策と罠を仕掛けてきた。この発動は近付いてはいるが、防ぐのは今のゼーレでは不可能に近い。」
「・・・」
「・・・つまり、このままでは、補完計画の実行は不可能と言える。」
「・・・」
「そこで、一つ手を打つ、」
「・・手、ですか、」
「そうだ・・・こちらから罠に嵌ってやるのだ」
「・・どう言う事でしょうか?」
「罠に嵌れば我々はアメリカを失い、現政権への不満は一気に爆発するだろう」
「・・・・・」
「エリザベート、お前はそれらを率い、クーデターを起こせ」
「クーデターを?」
「そうだ、政権を乗っ取り、組織を一本化するのだ」
「しかし・・」
「補完計画を実行する数少ない方法だ。」
「・・・お祖父様、」
「そして、イスラムの連合と手を結ぶのだ、それに碇財閥の資産をあわせ、補完計画を実行する為の予算を創り出す」
「・・・」
「不満ならば、それに変わる代替案を出せ」
「・・・・・・分かりました。」
「エリザベート・・人類の命運は全てはお前の双肩に掛かっている。必ずや人類を本来の姿へと昇華させるのだ。」
「・・はい、」

あとがき
さて、いよいよ組織が動き始めました。
これからどうなるのでしょうね。