リリン〜もう一つの終局〜

◆第13話

 11月28日(土曜日)、
 碇は量産機に関する報告書を読んでいた。
 流石に詳細までははつかめないが、それなりの情報は入ってきている。
 量産機の建造はもう随分進行しているようである。
「…これからすると…もう2週間もかからんな」
 2週間では世界中から集結してきている艦隊はまだ全ては揃わないが、それでもその時には既に十分な戦力が集まっているだろう。
「……約束の時はもう間近だな…」
 様々な想いを込めながらそう呟いた。


「全てのエヴァの完成のめどが付いた」
「して、それはいつに?」
「5日には全て完成する」
「投入することが可能になるのは7日、あるいは8日以降になるだろうが」
「最後の使徒の襲来時期次第ですな」
「あらかじめ準備はしておかねばならん。使徒殲滅と同時に投入できるだけのものをな」
「最悪、量産機で使徒を殲滅するというパターンもあり得るしな」
「そのパターンは、余り好ましいとは言えんな」
「使徒戦の時期、被害などによって様々なパターンが考えられるが、どのようにケースであろうとも対応できるだけの準備をしておかねばならん」
「しかし、そのためにはある程度の距離の場所にあらかじめ配備しておかねばなりませんな」
「万が一の使徒殲滅のことを考えるとしたら、動かせるものから動かしていくべきだな」
「全機完成前に、一部が出撃しなければならないと言う事態は起こらないで欲しいところだな」
「しかし、使徒のことだ。願うしかできんな」
「だが、対策はしておかねばならんな」
「左様。だが、工作を受けると厄介だよ」
「配備されるのは国連軍が使用している基地になる。攻撃をしようものならそれを理由に徹底的に攻撃して後でゆっくりと進めれば良いだけのことだ」
「攻撃されるのなら良い、だが、奪われた場合は危険すぎる」
「SS機関搭載型のエヴァを複数東京が保有することになれば、むしろ東京側に付く国が多いだろう」
「情報の隠密性を徹底させよう。それと、万が一の時の保険もかけておく必要があるな」
「後少しで約束の時が訪れる。つまらぬ失敗で終わらぬように用心をしてしすぎると言うことはないな」


 東京帝国グループ総本社ビル会長室で蘭子が郁美と電話で話をしていた。
「…決裁がかなり遅れているけれど?」
『済みません……どうしても、無理にと言うわけにはいかず……』
 郁美の声は本当に済まなそうである。郁美はレイラと直に接しているだけに、実際のレイラの状況が良くわかっている。それだけ、レイラの状況は悪いと言うことなのであろう。
「……そう、仕方ないわね、サポートを引き続きお願い」
『はい…。それと、一つお願いしたいことが』
「何かしら?」
『親衛隊員を少し増員してもらえないでしょうか?』
「…状況はそんなに厳しいの?」
『いえ…今のところは…ただ、これからのことが気になったもので』
「……分かったわ親衛隊員の増員は直ぐに検討してみるわ、他に何もなければこの辺りで」
『はい、』
 蘭子は電話を切った後、大きな溜息をついた。
「……状況は思わしく無いというのは変わらないか…」
 ドアがノックされる。
「少し良いかな?」
「はい、どうぞ」
 ドアを開けて救也が部屋に入ってきた。
「どうかしましたか?」
「ああ、各軍の配置がだいたいまとまった」
「そうですか、」
 救也は地図を机の上に広げる。
 地図上には各部隊の配置が書き込まれている。
「…東京軍だけを見ると色々と問題がありそうですけど…これに戦自が加わるとしたら、いい感じですね。自衛隊も加わるとすれば、言うことはないですが」
「ああ、だが、それでも大きな戦力差がある。分断工作を仕掛けてはいるが、どこまで効果が期待できるか…」
「…むしろ、こちらの分断も注意しなければいけませんか?」
「そう言うことだな…ネルフはこの意味に限っては問題ないが、自衛隊と戦自の一部が気にならないわけでもないな」
「警戒は必要ですね…」


 11月29日(日曜日)、ネルフ本部、会議室、
 重要な連絡があると言うことで、チルドレンは会議室に集められていた。
 ヒカリとトウジ、ヒロとマナがそれぞれ並んで座り、レミは一人で腕組みをしながら座っている。
「なんやろ?」
「う〜ん、分からないわね」
「ヒロ君はどう思う?」
「う〜ん、僕もちょっと…」
 レミの存在はネルフのチルドレンの中ではある意味浮いたものでもあるようだ。
 それも当然なのかもしれないが…
 暫くしてリツコと日向が入ってきた。
「…今日は皆には重要なことを伝えなくてはいけないわ、」
「なんなんですか?」
「5大国は、自分たちの国のために、エヴァを戦略的な兵器として使おうとしていた。これは知っていると思うけど、それを更に利用していた組織があるのよ」
「「「「え?」」」」
 レミ以外はみんな驚きを覚えるが、直ぐに黙って続きを聞く。
「ゼーレといわれる組織で、自分たちの望む世界を作るために大国を唆してエヴァを作らせた組織が存在するのよ」
 みんな又驚いたようだが、特にマナの驚きが大きいようだ。
「そして…このネルフさえもそのゼーレが大国を唆せて作ったようなものなのよ。そのゼーレの望む世界を作るための実行機関としてね」
 それは更に大きな驚きを与えたようであり、レミ以外は戸惑い、他のメンバーの反応を見るためにきょろきょろとしている。
 暫く待ってから続ける。
「ネルフの上位機関である人類補完委員会は大国の代表とは言え、実際にはそのメンバーはゼーレの幹部によって構成されているのよ」
「使徒を倒して人類の世界を守らなければいけない。そう言う意味ではゼーレや大国とも利害が一致していたから協力していたわ。でも、その目的が違う以上、使徒戦が終盤になった今、意見の食い違いが起こってだんだん対立が大きくなってきているの」
「今、世界中の軍隊が日本に向けて集結しているわ。名目上は使徒を攻撃するためだけれど、実際には、ネルフと日本、そして東京帝国グループとリリンを攻撃するためね…使徒相手に使いようのない、大きなミサイルも詰めない戦闘機や、強襲上陸部隊なんかも来ているのがその証拠ね」
 戦闘機が整然と甲板の上に並んでいる空母とそれを護衛する艦隊や、陸上部隊を満載している輸送船や強襲揚陸艦、基地に配備されている爆撃機、そう言った類のものが写っている衛星写真を見せて手渡す。
 マナは食い入るようにドイツやイギリス、フランス等と言ったヨーロッパの国々のマークを付けた戦闘機が写っている写真を食い入るように見つめている。
「…なんで、なんですか?」
「彼らにとっては私たちが邪魔なんでしょう。だから、邪魔者は纏めて滅ぼしちゃえ、多分そう言う考えなんでしょうね」
 ヒロの問いにリツコは苦笑を交えながら答える。
「…でも、どうしてもこんな最後の使徒だなんて時にこんな事を?」
 今度は、マナがたずねる。
「理由はいくつかあるけれど、一番大きいのは混乱を避けるためよ。下手に情報が流れれば憶測が憶測を生みさまざまな混乱が起きるわ、更に言えば行動に走りゼーレと戦ったらどうなるかしら?人類同士の対立で力を使い、その結果使徒に対抗する力を失いかねないわ。そんなことでは本末転倒…だから土壇場まで伏せておきたい、いえ伏せておかなくてはならないことだったのよ」
「…その通りでしょうね。だけどこれ以上隠しておけば、準備が不十分になる可能性が高くデメリットの方が大きくなると判断した」
 レミがリツコが言いたい事を先に言った。但し、どこか棘のある口調だったためにリツコは少し眉をひそめた。
「…その通りよ、そして、ゼーレの主力はエヴァになるわ、」
「「「「エヴァに!?」」」」
「そう…但し、私たちが使っているエヴァとは違って操縦者はいないわ」
「「「「え?」」」」
 4人が4人全く同じ反応で揃う。
「ダミーシステムと呼ばれる操縦者なしでエヴァを動かす技術、ゼーレはそれを完成させている。いえ、完成させなくては彼らの計画の実行は難しいわ」
「つまり、人はのっとらんって事でっか?」
「ええ、思い切りやってもらって良いわ、いえ、そうして…もし戸惑えば自分がそうなっているわ」
「「「「……」」」」
 暫く沈黙が続く。
「…それが、最後の戦いになるでしょうね。世界の運命は貴女達にかかっているわ。お願い」
 リツコがチルドレン達に頭を下げる…その行動に多少ならずの驚きと戸惑いを感じつつも皆はうなずく。レミだけは反応を返さなかったが、
「今日は対ゼーレ用の訓練をすることになるわ、様々な条件で行って貰うけれど、これまでの者よりはうんと厳しいものになるわ…」


 訓練が終わり、リツコがその結果の報告にやってきた。
「量産機相手の訓練の結果ですが…」
「どうだった?」
「綾波レミが圧倒的な強さで次々に撃破しました」
 簡単に纏めた戦績を二人に渡す。
「これは凄いな…」
「これに、初号機もあわせられれば、量産機戦の勝利は容易いのですが……」
 しかし、計画の遂行に初号機は必須不可欠であり、それが戦力となるような状況であってはならない。
「手は考えている。おそらく上手く行くだろう」
「…そうですか…」


 11月30日(月曜日)、
 レイラの状態も漸く回復してきたようで、今レイラは執務室で仕事をしていた。
 溜まっていた書類が執務机の上に高く積まれているが、どんどん片付けていく。最も、これでも全部というわけではないのだが…
 シンジが紅茶とケーキを持って入って来た。
「紅茶とケーキ持ってきたけど、少し休憩する?」
「うん、」
 ケーキが見るからに美味しそうだったので、より一層弾んだ声になる。
 レイラはペンを置いて立ち上がり、シンジと一緒にソファーの方に移動した。
「これ、郁美さんが東京に行った帰りに買ってきてくれた物なんだけど、かなり美味しいって評判の店のケーキらしいよ」
 早速ケーキを口に運ぶ。
「ホント、美味しい」
 シンジもケーキを食べる…本当に非常に美味しい。
「そうだね。流石に僕なんかが作るものとは比べものにならないや」
「私はシンジ君の作るケーキも好きだけど…」
 今感じている美味しさはシンジが作るケーキの方が好きという風にも言えないほどの美味しさであったため、はっきりとは言えなかった。
「はは、そう言ってくれると凄く嬉しいよ」
 ケーキを食べながら色々と談笑するが、その内容には細心の注意を払っていた。今、漸くレイラが良い方向に向かい始めた。今こそがここが肝心であり、ここでその方向を安定させなければならない。


 司令執務室で榊原が報告書を読んでいた。
 ネルフの方で対ゼーレ用の訓練が始まったようである。
「本来なら、合同で訓練させるべきなのだろうが…」
 現在リリンは、そんな合同訓練が出来るような状況ではない。いやそれ以前に単独での訓練も行えるような状況ではない。純粋に対ゼーレという意味で考えれば、レミがネルフで九号機に乗ることになったと言うことは、色々と好ましいことなのかもしれない。だが、それで良いとは言い切れない面が多々あるのは事実である。
「…難しいな。だが、やれる限りのことはしておこう」
 対人戦闘用のことを考える。現在日本に集結しつつある世界中の軍隊。これが、更にゼーレ戦において厄介なものになる。これの上手い対策が出来れば、ゼーレ戦においては大きなプラスになるだろう。
 圧倒的な戦力差があるが、地の利や質はこちらに分がある。それらを少しでも生かすことはできないだろうか


 もぞもぞっと暗い部屋の中で動く者がある。
 それはレイであったのだが、ここのところまともに食べていないと言うことがあるのだろう、やつれて見えてしまう。
「……碇君……私はどうすればいいの?」
 これまでどれだけ孤独に苛まれていたのだろうか、もう涙も枯れてきた。
「私、何か間違っていたの?私、どうしてこんな辛い目に遭うことになったの?」
「……碇君……」
 シンジの名を呼ぶが、シンジはその場にはいなかった。
 今日もたった一人でこの暗い部屋の中で過ごすことになりそうである。


 12月1日(火曜日)、
 榊原の元に届けられた報告書の中に、レイの状態に関する報告書が入っていた。
 それを見て榊原は、金槌で頭を殴られたかのようなショックを受けてしまった。いくら何でもこのような状況は拙い。最近ずっとシンジがレイラのサポートばかりを行い続けてきたため、もう一方のレイの方がかなり拙い状況に陥っている。
 こんな状態に至るまでに当然報告しなければいけないのだが、レイに付いていた親衛隊員もレイラのことを考えたのだろう。ここでシンジの意識がレイに向いてしまえば、レイラの方が……と言うことになってしまう。だから、この報告は絶対にあげたくなかったのだろう。すると……この報告自体が甘めの可能性もないではない。そうだった場合、非常に拙すぎる。
 レイを失ってしまうようなことになれば、その後は恐ろしい展開が用意されてしまうことになる……
「……」
 しかし、榊原は直ぐにシンジに知らせると言う行動が出来なかった。この事の方が榊原にとっては大きなショックでもあった。榊原も親衛隊員達と同じ理由である。
 自分もである。こんなのは組織の上にいる人間としては完全に失格である。
 半時間ほど悩み続けたが、結局知らせないなんてことはできないと言うことで、席を立ちシンジとレイラがいる特別執務室に向かった。
 もし自分が止めてしまえば本当にレイを失ってしまう。それは決してレイラのためにならない。それだけではなく、今レイを失うのはレイラにとっても不幸な結末を導きかねないから……


 特別執務室のドアの前で一瞬だけ二の足を踏みかけたが、強く自分に言い聞かせドアをノックした。
「はい」
「榊原です。長官はこちらにいらっしゃいますか?」
「あ、はい、います」
「失礼します」
 ドアを開けて特別執務室の中に入った。
 ちょうど二人はソファーに座っていて、紅茶を飲んでいたようである。
「長官少し緊急のお話があるのですが…」
 視線で外でと言うことを示す。
「わかりました。じゃあ、レイラちょっと行ってくるね」
「うん」
 ここで、レイラが素直に微笑んだままシンジを送り出してくれたことで榊原はほっとしていた。もし、ここでシンジに行って欲しくないと言うことを全面に出したような表情をしたとしたら、間違いなく話すのに戸惑ったことだろう。結局話せなくなってしまったかも知れない。


「何ですって!!?綾波が!!?」
「はい、かなり寂しがっているようです」
 確かに最近レイラのことばかりに関わっていて、レイのことがかなり思考の外になっていた……いや、敢えて外にしていたのかもしれない。
 レイはレイラ以上に…いや、レイラとは比べものにならないほど接点のある人間が少ないのだ。レイラと違って、陰から支えてくれるような存在がいない。そして、絆を持っている者も、レイラはこの状態だし、シンジはレイラに付きっきり、アスカも…そしてレミも…となってしまえばレイと接点を持つ人間がいなくなることは必然のことでもあった。
 レイはかつてのレイではない。今のレイが孤独に耐えられようはずもない。いや、普通の人よりも孤独に弱くなっているかも知れない。
「知らせてくれてありがとうございます」
 シンジは榊原に深く感謝し頭を下げた後会議室を出ていった。
「…私も怨まれこそしても、感謝される様なことは何もしてないのです……」
 榊原は呟きを零し、天井を仰いだ。


 部屋に戻ったシンジは早速レイラに切り出した。
「レイラ、今日は久しぶりに帰ろうかと思うんだけど……」
 流石に言い辛い。良い方向に向かっているが、まだまだであり、レイラのシンジへの依存は強い。
「え?どうして?」
 一瞬理由を言うのに戸惑ったが、正直に言うことにする。
「うん。綾波が一人になっちゃって随分寂しがっているみたいなんだ……それで、ね」
 その理由にレイラは眉を顰め、ちょっと考え込んでしまった。
「……、そうだね。最近シンジ君私とばっかり一緒にいてくれたもんね…」
「うん…」
「私なら大丈夫、シンジ君は帰った方が良いよ」
「ありがとう、レイラ」
 その言葉が出たのは考えの中心が、レイラからレイのことに移っていたからなのかも知れない。
 漠然とレイラはそんな風に感じ取ったが、又シンジは戻ってきてくれる。今までずっとシンジは一緒にいてくれたのだ。少しの間くらいレイといても良いじゃないか、そんな風に思ってシンジを送り出した。


 ドアが開く音に反応して、ドアの方を振り向くとシンジが立っていた。
 シンジの姿を見たレイの目が大きく開かれる。一方のレイの姿を見たシンジも驚きで目を大きく開いた。
 想像していたよりも遙かに拙い状況だった。
「綾波!」
「碇君!」
 シンジはレイに走り寄りぎゅっとレイを抱きしめる。
「綾波!ごめん!ごめん…」
 自分はバカだった。レイラのことばかり考えてレイのことを疎かにしていた結果がこれか……いくら何でも余りもバカだった。榊原が教えてくれたから自分は帰ってきた。榊原に教えられなければ自分は帰ってこなかった。もし榊原が教えてくれなければ、レイを失っていたかも知れない。今までの事への後悔とレイへのすまなさから涙を流した。
 そしてレイの方はシンジが来てくれた。それに、自分のために涙してくれる。その事からさんざん流し続け遂に枯れてしまった寂しさからの涙ではなく、うれしさから涙を流した。
 その夜、久しぶりに二人は同じベッドでお互いの暖かさをしっかりと感じながら寝ることになった。


 レイラは郁美達と一緒に東京に行き、そして今帰ってきたところだった。
 車は第3新東京市の市街を走っている。
「レイラさん、今日のこの後の予定は…」
 郁美が手帳を広げて予定を長々と読み上げる。今日は又ずいぶんと予定が多いなと思いながら窓の外に視線を向けると歩道を手を繋いで歩いているシンジとレイの姿が目に飛び込んできた。
「止めて!」
 車を止めさせて直ぐに降りる。買い物の帰りなのか二人は紙袋を手に提げて、空いた方の手を繋いでいる。
「シンジ君!」
 直ぐに二人、否、シンジに向かって駆ける……しかし、なかなか二人との距離の差が縮まらない。
「シンジ君!!」
 大きな声で呼びかけるが、聞こえていないのか、二人の間でおしゃべりをしながら振り向きもしない。
 全力で走るが、ただ単に普通に歩いているはずの二人との距離が縮まるどころか徐々に広がっていく。
「どうして、どうして!シンジ君!!まって〜〜!!」
 突然、何かにつまずき、盛大こけることになってしまった。……擦り剥いた膝が痛い。多分血が出ているだろう。
 顔を上げると、二人が振り向いてはいたが……どうしてか興味のなさそうな視線をレイラに向けてきていた。
「……え?」
「綾波、夕飯何食べたい?」
 レイラの存在など意に介さず、再び歩き始め夕食の話を始めた。
「ラーメン」
「うん、美味しいのを作るね」
「…シンジ、くん……?」
 やがて二人の姿が見えなくなる。
「シンジ君〜〜〜!!!!」


「シンジ君〜〜〜〜!!!!」
 目に飛び込んできたのは暗い空間と白い壁だった。
「……え?」
 周りを見回してみると、ずっと寝泊まりをしているリリン本部の特別執務室であった。ジオフロントから月光が差し込んで部屋の中を照らしている。
 自分の服装を見てみると…ネグリジェを着ているが、汗でびっしょりになってしまっていた。
「ゆ、夢だったの……?」
 先ほどのものが夢……悪夢であると分かってほっと息をつく。しかし、だんだん不安になってきた。
 もしも、あれが現実になったら?……そんなことは、余りにも恐ろし過ぎる。シンジを失ったら、もうとても生きてなんかいけない。
「……シンジ君……」
 シンジの名を呼んだその声は涙声になっていた。


 12月2日(木曜日)、
 早起きをしたシンジはこれからのことを考えていた。
 レイも自分が支えなければならない……かといってレイラを疎かにするわけにはいかない。それでは又意味がない。
 どうすればいいのか……暫く考え、その中で二人を一緒にとも考えたが、今の二人をくっつけてみたところを考えてみると非常に心配になってしまった。
 今、二人には余裕が殆どない。何か二人の間で事が起これば収束することなくどんどん大きくなっていくしかないだろう。
 そして最終的にはいずれかがある程度回復し余裕が出来てくるようになるまで、交互にサポートしていくしかないだろうと言う結論に達した。
 シンジは電話で今晩はそっちに泊まるが、夕方まではこちらにいると言うことを秘書に伝え、朝食を作り始めた。
 暫くしていい匂いが漂い始める。


 シンジのベッドでシンジと一緒に寝ていたのだが……朝起きるとそのシンジの姿はなかった。
 あれは夢だったのだろうか?シンジのぬくもり、シンジが作ってくれた食事…そんな物は全て幻想だったのだろうか?
「……碇君……」
 もう、涙も流れない……けれど、ふと何か違和感に気付いた。
「……何?」
 部屋を出てみると良い匂いがキッチンの方から漂ってきていると言うことが分かった。
 キッチンに走り込む……そこではシンジがちょうど鍋を火にかけていた。
「ああ、綾波、おはよう。もうすぐ御飯出来るから座って待っててよ」
 涙がこぼれてくる。勿論嬉しさからのものである。
「…うん?綾波、どうかしたの?」
「ううん、何でもないわ」
「そう?じゃあ早速食べよっか?」
 レイは幸せそうな笑みを浮かべて頷いた。


 レイラは郁美からシンジが今日はここに泊まるが、来るのは夕方であると言うことを聞いた。
 シンジが戻ってくると言うことを聞いて、初めは嬉しさを感じていたのだが、徐々に不安が大きくなってきた。逆に言えば夕方まではレイと一緒にいるのだ。……その間に何かあったら……
 更に言えば、シンジがいざ来ようと言うときにレイが例えば涙を浮かべて、行かないで等と言ったらシンジがどういう行動をとるのか……
 そんなことを考えていると、不安で不安で全く仕事が手に付かない。
「……シンジ君、」
 ドアがノックされ、郁美がドアを開けて入ってきた。
「…郁美さん…」
 郁美は机の上を見て仕事が全くはかどっていないことに気付き、持ってきた書類はそのまま持って帰ることにした。
「あ、あの、お昼御飯を秘書課のみんなで、作ろうと言うことになったので……良かったら」
「…お昼御飯をですか?」
「はい、」
 そうしては昼はレイラは秘書課のみんなが作った料理を一緒に食べる事になったのだが、その間意識は常にシンジのことに向いていた。


 やがてどんどん大きくなってゆく不安に耐えられなくなり、レイラは思い切ってシンジのところに行くことに決めた。
「郁美さん、今からシンジ君のところに行くことにするね」
 その事を付けられた郁美は驚いたが、暫くしてゆっくりと頷いた。
「わ、わかりました。車を用意させますね」


 シンジとレイは昼食は秘書官達の間で美味しいと評判の店で取り、今は街で買い物をしていた。
「綾波、これも良いんじゃないかな?」
 薄山吹色のシャツをレイに見せる。
「着てみる」
「うん、」
 レイは何着かの服を持って試着室に入っていった。
 しっかり御飯も食べていたし、微笑みを良く見せてくれる。シンジと一緒にいることで一気に随分良い方向に回復してきたようである。
(うん、これなら大丈夫だな)
 試着室のカーテンが開き、先ほど選んだ服をしたレイが姿を現す。
「うん、似合ってるよ」
 シンジの言葉にレイは素直に笑みを浮かべた。


 レイラは郁美とともに車でシンジのマンションを目指していた。
 ふと窓の外に目を向けると、町を歩くシンジとレイの姿が目に飛び込んできた…驚きで目が大きく開かれる。
 二人は楽しそうに紙袋を手に提げ、空いている手を繋いで歩いている。夢に出てきたこととピタリと一致している。
「止めて!!!」
 レイラは直ぐに車を飛び降りシンジの元に駆けた。
「シンジ君!!!」
 まるで悲鳴に近いようなその声に二人は勿論、回りの人までいったい何事かとレイラに視線が集まる。
「レイラ……どしたの?」
 夢とは違ってちゃんと反応してくれた。シンジの目には確かにレイラの姿が映っている。
「……あ…えっと…」
 夢で見たとおりだったので不安になったと、こんな衆目の前で言うのは余りにも恥ずかしい。
 レイもいったい何があったのかと言うような視線を向けてきているし……
「えっと…あのその…その……」
 軽く俯いて両人差し指をつんつんとつきあわせる。
「…えっと…とりあえず、いこっか」
「う、うん…」
 3人は人々の視線から逃げるようにしてその場から立ち去った。


 暫くシンジを挟んで3人で歩いているが、少しシンジが困ったような表情になってきた。
 原因はレイが不満そうな顔をしていたからである。
 シンジと折角一緒にいたのをあんな風に邪魔されたという気持ちが強いのだろう……対してレイラはその事で済まなさそうな表情を浮かべるしかなかった。
 これからどうしようかと悩んでいたシンジだが、漸く答えを出し、レイラの耳元に口を寄せて小声で伝えることにした。
「あのさ…レイラ、夕方には必ず行くから、今は…」
 約束が得られたと言うことと、気まずさからレイラは頷き、歩みを遅くして自然に二人から離れるようにした。
「綾波帰ったら早速、今日買った服着て見せてくれるかな?」 
 シンジの言葉にレイが笑顔で頷く。
 その後二人はなにやら楽しそうに話しながらマンションに向かって歩いていく…今、シンジの目にはレイラの姿は全く映っていない…更に言えば、今シンジの思考は全てがレイに向いている。
 そんなシンジの様子を見て、レイラはただただ呆然とその場に立ちつくした。


 総司令執務室の電話が鳴った。
「何だ?」
 レイやシンジ達に付けていた監視からの報告だった。
「そうか、御苦労だった。引き続き監視を続行するように」
 又、指示を出して電話を戻す。
「…全てシナリオ通りだ」
 碇はにやり笑いを浮かべそう呟いた。
「上手く行っているのか?」
「ああ、わざわざ手を下すまでもなく勝手に都合の良い様に流れてくれた」


 戻ってきたレイラはシンジのことばかり考えていた。
 シンジと確かに約束したのだ。きっとシンジは後数時間で戻ってきてくれる。……だが、来てくれたとしてもシンジはそう遠くない内に又レイの元に行ってしまうだろう……
 そうすれば又こんな不安に捕らわれることになる。……そんなのは嫌である。
 しかし、シンジがレイをいつまでも放っておけるはずがない。どうあってもいずれレイの元に行ってしまうだろう……それが避けられないならば、レイラはいったいどうしたらいいのだろうか?
 それをレイラは考え続けた。


 夕方、シンジのマンション、
 早めの夕食を取った後、シンジは今夜のことを切り出した。
「あ、あのさ……綾波」
 やはり、昨日あんな状態のレイを見ているだけに言いにくい。でも、約束してしまったし、これから交代交代にすると決めたのだから。
「何?」
 飲みかけていたカップをテーブルに戻しながら聞き返してくる。
「その……今夜はレイラのところにいこうかなって」
 シンジの言葉を聞いたとたん、レイの動きがピタリと止まった。
「あ、あのその……明日には、キチンと戻ってくるから」
「……何故?」
「あ、あのさ……レイラも未だ、色々と不安なんだよ……だからさ、交代交代にしよっかなって……」
「……」
「明日には戻ってくるから…」
 シンジに言われてレイは考え込んだ。シンジには行って欲しくない……でも、レイラも不安を抱えていると言うことは知っている。だが…その時、シンジの目にはレイの姿は映っていなかった。シンジの域にはレイは存在していなかった。
 暫く悩んだ結果、明日は必ず戻ってきてくれるんだし……と頷いた。
「明日はちゃんと戻ってくるからね」
 その後用意を済ませたシンジはその言葉を残してレイの元を後にした。


 シンジは特別執務室のドアをノックした。
「…シンジ君?」
「うん」
 ドアを開けて中に入る。
「お帰りなさい」
 レイラはシンジが約束通りに戻ってきたと言うことで嬉しそうな表情をしているのだが、どこか陰がある。何かあったのだろうか?
「うん、何か変わったこと無かった?」
「ううん、特になかったよ」
 何かあったように思えたが、無かったとはっきりと言われたのなら、ここは流しておくべきだろう。
「そう…ところで、夕飯は?」
「えっと…まだ」
「そう、じゃあ、僕が作るね」
 レイラは笑顔を浮かべて頷いた。


 シンジがレイラの元へと言った夜、レイはシンジのベッドで一人で寝ていたのだが、言いようのないような不安と胸騒ぎに襲われていた。
「……何?この気持ち」
 その気持ちがなんなのか分からない。ただ、どうしようもなく不安でたまらない。
 暫く経っても、それは収まらないどころがどんどん大きくなっていってしまった。
「……一人、だから?」
 昨日はこのベッドでシンジと一緒に寝ることができた。昨日はシンジのぬくもりをたっぷりと感じることができた。
 それが、今はないから…そのシンジはレイラの元にいるからなのだろうか?
 シンジはちゃんと約束してくれた。明日にはちゃんとシンジは戻ってきてくれる。そして、明日の夜はここでシンジと一緒に寝ることができる。だから、今日は無理矢理にでも寝てしまおう。
 そう決めたのだが、眠ることもできなかったし、不安はより一層大きくなってしまった。
 やがて、どうしようもなく抑えられなくなってしまい、レイはベッドから起きあがり部屋を出ていった。


 お風呂から上がったレイラは、じっと姿見に映る自分の姿を見ていた。
 これから、シンジとの確かなものを手に入れる。
 シンジとの間に確かなものができれば、例え、離れていたとしても、シンジがレイの元に行ったとしたって安心できる。レイラにはこの方法しかない。しかし、それは背徳行為……レイへの裏切りかもしれない。けれども、今のレイラにはもうこれしかないのだ……
「……レイさんごめんなさい…」
 一言、レイへの謝罪の言葉を口にしてから部屋に戻った。
「遅かったね」
 随分長かったから、漸く戻ってきたレイラを見てまず最初に、そんな言葉がでてきた。
 レイラはリモコン手にを取り照明を消した。
 部屋の明かりが消え、ジオフロントから差し込んできている月光だけが部屋をそして二人を照らすようになる。
 確かに寝るには、暗い方が良いだろう。だが、何かおかしい。それがなんなのかは分からないが、何かがおかしい。
「……レイラ?」 
「……シンジ君、」
 レイラはシンジの名前を口にしながら、月光で蒼い輝きを放っているシルクのネグリジェのボタンを一つ外す。
「レイラ?いったい何を?」
 又一つボタンを外す…開けた胸元から双丘が少し覗く。
「…シンジ君…私、もう駄目なの…」
 その言葉は本当に悲壮というような雰囲気を纏っていた。どうしてレイラがそんな雰囲気でそんなことを言うのだろうか?そしてどうして、そんな行動を?……シンジにはまるで分からなかった。
「レイラ…君が何を言っているのか分からないよ」
 レイラは答えずに俯いてしまった。
 暫く沈黙が続く
「……私って嫌な女。ううん…嫌な人間よね…」
 当然肯定するわけには行かないが、否定するにも何について言っているのか分からないでは、否定することも出来ず黙って続きを促した。
 レイラはどこまで言うべきか暫く考えていたが、一番強い部分だけ言うことにした。
「今日、シンジ君とレイさんが仲良さそうに歩いているのを見てたら……たまらなく嫌な気持ちになっちゃった…」
「……レイラ、」
「あの時、シンジ君にはレイさんしか映っていなかった。私の事なんか、目に映っていなかったし、頭の中にも無かった」
「それは!」
 確かにあの時レイのことしか頭になかった。だが、それは、レイのために集中しなければならなかったからで、別にレイラはレイよりも大切でないとかそう言った話では決してない。
「…分かってる……分かってるけど……だめなの…もうだめなの…」
 ぽろぽろと目から涙が溢れ出す。
「シンジ君が…私のことを考えてくれないって言う事だけでもう駄目なの……」
 レイラの様子があまりに真に迫っていたため、シンジには何も言うことができず黙り込んでしまうことになった。
「私って、本当に、卑怯だよね……何もなければ、シンジ君がレイさんを取る事は分かってる。だから……だから…こんな事をしてでも…確かなものが必要なの……」
 最後のボタンを外し、ネグリジェを脱ぎ捨て、その下に隠れていた肌が露になった。
「…こんな事をするなんて、卑怯すぎるよね。でも、私にはもうシンジ君しかいないの!……シンジ君しかいないの……」
 涙がレイラの胸に雫を作り、そこから筋を引いて更に下へと落ちていった。
「…シンジ君、助けて…」
「…レイラ…」
 レイラは本当に助けを求め苦しんでいる。シンジには、その救いを求める手を振り払うことは出来なかった。暫く、それでもと言う想いと悩んだ後、ゆっくりとレイラを抱きしめた。
「…シンジ君、お願い…」
 すこしの間の後、シンジはゆっくりと頷いた。


 不安と胸騒ぎを感じたレイは、シンジの様子を確かめるためにリリン本部にやってきた。
 レイラだって邪魔をしにやってきたのだ。自分だって良いだろう。そんなことを考えながらスリットにカードを通す。開いたゲートを通りリリン本部の中に入った。
 その様子を少し離れたところに立って見ていた守衛が携帯電話を取りどこかにかけた。


 ネルフ本部総司令執務室、
 碇が電話で報告を受けた。
「そうか、では引き続き何か変化があったら報告してくれ」
 電話を置く。
「どうした?何かあったのか?」
 対ゼーレ戦の作戦に関する書類を読んでいた冬月がそれを止めて尋ねてくる。
「ああ、良いことがな」
 碇はにやり笑いを浮かべながら応えた。


 リリン本部に入ったレイは特別執務室に足を向けていた…が、執務室が近付くに連れて胸騒ぎが大きくなってきた。
(…何か、嫌な気がする)
 自然に足が速くなっていき、誰もいない通路にレイの少し早い足音が響いた。
 そして、特別執務室の前に到着する。
 じっと扉を見つめる……何故かこの扉を開けてしまってはいけない気がする。
 開けてしまえば全てが壊れてしまう……理由は分からないけれど、何故かそんな気がする。
 だが、シンジはこの向こうにいるはず。妙な予感と胸騒ぎの間で戸惑っていたが、やがて自然に震えてしまっている手をドアにかけた。
 しかし、そこまで来ても開けるのを躊躇ってしまった。
 このむこうにいったい何があるというのだろう?シンジとレイラがいるだけではないか、それなのに何故?
 なぜか、不安…恐怖…そんなものでレイの心は一杯になっていったが、ここまで来て帰るというわけにもいかなかった。結局ゆっくりとドアを開けた。隙間が空くと共に中の音が二人の声が聞こえてきた。
「…シンジ君…痛い。痛いよ」
「レイラ、我慢して、もうちょっとだから……」
 痛みで零れてきた涙をそっと優しくぬぐいながら、優しい声をかける。
「う゛っ…あああああ〜〜〜!!」
 二人が完全に重なり、レイラが一際大きな声を出す。
 レイはドアの隙間からその光景を見て、完全に凍り付いてしまった。
「……レイラ、大丈夫?」
「…うん……凄く痛いけど、シンジ君が感じられるの。シンジ君と一つになってるって言うのが分かるの……だから、今とっても嬉しいよ…」
 レイラは本当に幸福に包まれていると言うような表情を浮かべている。
「…レイラ、」
 シンジは手でゆっくりとレイラの髪をなで、痛みとそして今度は嬉しさでも溢れ出した涙をぬぐってやる。
「…シンジ君…」
 レイラはキスを求め、シンジもそれに答える。
 その時点になって漸くレイは今目の前で起こっている状況を把握した。
 そして、次の瞬間には全速力でその場から駆け出していた。それなりに音がしていたのだが、中の二人はお互いの世界が全てでありそれに気付く事は無かった。
 レイの通った後の床に点々と雫が落ちていた。


 郁美が書類が入った封筒を携えて通路を特別執務室に向かっていると、前方からレイがもの凄い勢いで走って来た。
「あ、レイさ、きゃっ!」
 途中で郁美を跳ね飛ばし、そのままどこへともなく走っていった。
「いたたた……レイさん…」
 レイが通った後に点々と続く雫の跡…そして、あの行動と走ってきた方向から、おおよその事を把握できた。
 そして特別執務室に向かうと、少しドアに隙間が出来ており、中から二人の声や音が聞こえてくる。
 郁美はそっとドアを閉めて、大きく息を吐いた。
「…レイさん、ごめんなさい…」
 今、レイの事を知らせれば、シンジが直ぐに向かうだろう。しかし、それではレイラが壊れてしまう……だから、郁美には今知らせる事は出来なかった。


 レイはあちらこちらを走り回った後、最後はジオフロントの地底湖のほとりにやってきた。
 水面を月光の光が照らしている。
 以前、この世界で、逆行してきたレイと融合する前……シンジとこの地底湖でボートに乗った事もあった。
 近くのベンチに腰を下ろし湖面を見つめる。
「……碇君……」
 前の歴史で人形から人間にしてくれた。そしてこの世界でも、レイの交友が広く深くなるにつれて、レイの中でのシンジの占める割合は、確かに徐々に下がっていた。しかし、それは決して、レイの中のでのシンジが小さくなった事を意味するわけではない。むしろ大きくなっていたと言えるだろう。
 最近様々なことがあり、レイの中での様々なものの存在が小さくなっていった。その結果として、レイの中でのシンジの存在は以前以上に大きく、そしてその割合も大きくなっていた。
 そんな中でのシンジとレイラの行動。シンジのことだから、あれもきっとレイラを支えるための行動なのだろう……それはわかっている。しかし、レイにとってはシンジの裏切りに思える。いや、そうとしか思えなかった。
「……碇君………碇君は私のことは、どうでも良いの?」
 この状況は今のレイにとっては、到底耐えられるようなものではない……又ぽろぽろと涙が零れる。
「……私は……どうすればいいの……」
 まさに助けを懇願するかのような声……しかし、それに一番答えて欲しい人物であるシンジの回答はおろか、誰一人としてそれに答える者はいなかった。
「……だれか……助けて……」
 レイの魂の叫びは静かなジオフロントの空間に吸い込まれていった。


 事が済んで暫く経ったが、まだ二人は抱き合い繋がったままだった。
「レイラ、大丈夫だった?」
「うん……痛かったけど、とっても嬉しかった。シンジ君と一つになっているのが……本当に私がシンジ君で満たされているのが感じられて」
「そう……」
 ゆっくりとレイラの頬を撫でる。
「…シンジ君…」
 もう何度目になるのか、又二人の唇が重なりあった。
「シンジ君、今夜はずっとこうしてしてくれる?」
「うん、いいよ……」
 二人はお互い抱き締めあい、幸福に包まれたまま眠りへと落ちていった。


 もう、辺りが明るくなり始める頃になってきた。月の支配する時間から太陽の支配する時間へと移り始めている。ふとレイが顔を上げると視界にピラミッド状のネルフ本部上部構造物が入ってきた。
「………、碇…司令……」
 何かぶつぶつと呟いた後、どこかふらつきながらも立ち上がり、ネルフ本部に向けてゆっくりと歩き始めた。
 暫くしてレイはネルフ本部のゲートの前に立つことになった。
 持っているカードを確認するが、今持っているのはリリン本部のものだけであり、ネルフ本部のものは持っていない……
 レイはもうネルフの者ではない。ここにもレイの居場所はもうない。その場に泣き崩れてしまいそうになったとき、ゲートがまるでレイを誘っているかのように開いた。
 本当にこのままネルフ本部へと入って良いものなのか?レイはその事で戸惑ってしまって、なかなか足を踏み出すことは出来なかった……
 どれほどの時間そうしていたのだろうか……それは、長い時間であったのか、あるいは一瞬のことであったのか……やがてゆっくりと、しかし着実にゲートの向こうへと歩みを進めていった。


「冬月、」
「どうした?」
「レイが戻ってきた」
「なに!?上手くいったのか!?」
「そのようだ。直にここに来るだろう」
「これで、駒は随分揃ったな……後は初号機だけか?」
「ああ、」
「だが、未だ厄介であることは間違いないがな」
「問題ない。全てシナリオ通りにすすんでいる」


あとがき
レイラ「遂に確かなものを手に入れられたね」
皇レイラ「う、うん」
レイラ「これで、貴女ももう大丈夫ね」
皇レイラ「うん」
レイラ「でも、これで、終わりじゃない。これからが肝心なのよ」
皇レイラ「これから?」
レイラ「そう、シンジ君を巡ってレイちゃんとのやり取り。
    それが、奪い合いになるのか分け合いになるのか、
    冷戦状態になるのか、それは未だ分からないけれど…」
レイラ「それにしたってこれからでしょ」
皇レイラ「うん」
レイラ「だから頑張ってね♪」
皇レイラ「ありがとう」
レイラ「シンジ君かぁ〜私も貴女くらいの時にシンジ君と知り合うことができてたら、
    又面白かったかも知れないわね」
皇レイラ「それって…」
レイラ「ああ、その可能性もあるけれど、友達にだってなりたい子でしょ」
皇レイラ「うん」
レイラ「そんなシンジ君と確かな物を手に入れられて良かったわね」
皇レイラ「レイさんには申し訳ないけれど」
レイラ「レイちゃんが可哀想だとか言って手を抜いちゃ駄目よ、それって哀れみという侮辱になるんだから」
皇レイラ「あ……」
レイラ「どういう結果になるにしても、ちゃんと最後まで全力を尽くす…良い?」
皇レイラ「……うん」
レイラ「頑張ってね。ところで、シンジ君は優しい子だから…やっぱりあの時も優しくしてくれた?」
皇レイラ「え……えっと……」(真っ赤)
レイラ「くすくす。今日は何でも好きな物を奢ってあげるから、色々と話をしてね♪」
皇レイラ「え、ええ〜〜」


榊原&郁美「「……申し訳ありません!!」」(土下座)
耕一 「全く、揃いも揃って、みんなこんな事をしでかしてくれるとは……」
耕一 「レイラを応援したくなる気持ちは分かるし、むしろ自然なことかもしれん。
    だが、どうして、それがレイへの冷遇に繋がる?」
二人 「………」
耕一 「完全な孤立状態になれば、状況は悪化するのは当然だろう。それまではレミやアスカがいたが、
    それにしても、レイのことを全て任せっきりにしていたのは、怠慢などと言う言葉ではたりんな」
耕一 「レミがネルフに行くことになって直ぐに手を打たなかったのは更に酷い」
耕一 「例えば、郁美君、君がレイをサポートしたり、誰かにさせるといった選択肢もあったのではないか?」
郁美 「……」
耕一 「孤立してしまえば、シンジへの依存が強まる。それを防ぐためであってもだ。
    そうしておけば、今回のような結末には至らなかっただろう」
郁美 「……はい……」
耕一 「そして、その方が結果的にレイラのためにもなっただろう。
    本当に、誰かのための行動とは何なのかを考えて欲しかったな」
耕一 「そして榊原。お前は論外だな」
榊原 (ぐさ)
耕一 「全く…それでも組織を預かる者か?確かに本来は蘭子に預けていたわけで、
    そう言う意味では、それよりも劣って当然だが…
    確か…この話では、東京軍の最高司令官をやって貰っていたような
    気がするんだが、私の気のせいだったかな?」
榊原 (ぐさぐさぐさ)
耕一 「ほんの目先のことしか見えない司令官の下に付いている部下達は可哀想だな……本当に」
榊原 (うう…)
耕一 「それなのに、下手に下から信頼されているから、尚たちが悪い」
耕一 「いっそ榊原がいなければ、みんな自分で動かなければいけないという思いが強くなったのだろうが……」
榊原 (ざくざくざく)
耕一 「それに………」
………
………
………
榊原 (…ぴくぴく…)
耕一 「さて、まあ過ぎたことをいつまでも言っていても仕方ない。問題はこれからだな」
郁美 「は、はい!」(汗)
耕一 「コレが正気に戻ったら伝えておいてくれ、躊躇するな。
    すれば、ネルフに良いようにしてやられるだけだとな」
郁美 「は、はい」
耕一 「言いたいことは言ったから、そろそろ帰ることにする」
郁美 「あ、あの…その前に、一つ…レイラ様の事については、良かったのでしょうか?」
耕一 「ふ…私もレイラの幸せを願っているからな。シンジ君が貰ってくれるのなら歓迎だ」
耕一 「これからも、レイラを宜しく頼む」
郁美 「はい」


ミサト「ネルフって凄い事するのねぇ…」
リツコ「別にネルフは何もしてないわよ、何もしなくても、話が自然に流れていった。それだけよ」
ミサト「まぁ、そうなんだけど」
リツコ「表ではそのままハッピーエンドに進んでいったけれど、元々不自然な形だったのだから、
    そのままの形でいること自体難しいことだったという事ね」
ミサト「確かにねぇ…」
リツコ「人には独占欲がある。それを刺激するだけで、あんな関係は簡単に危機に陥ってしまうのね」
ミサト「それだけじゃ、致命傷にはならなかった筈なんだけどね」
リツコ「それは、リリン…と言うよりも東京帝国グループの特異性の表れね。
    普通ならここまで急激に悪化することも無かったでしょう」
ミサト「リリンに籍を置くことになった私にはちょっち厳しい言葉かもしんないわね」
リツコ「そうだったかも知れないわね」
ミサト「まぁ、良いけど…そう言えば、リツコも哀しい恋をしていたんだったわね…そっちは?」
リツコ「そうね…厳しそうね。正直…道が見えない」
ミサト「そっか…」
リツコ「私は違うと思っているけれど、回りから見たら、今のリリンのメンバーと同じなのかも知れない」
ミサト「それどういう事?」
リツコ「つまり、意図的に情報を考えから外して行動するって事ね…ある意味逃げ。どっちもそれを自覚しているし」
ミサト「逃げ…か」
リツコ「ええ…」
ミサト「そう言う意味では、私も逃げてるのかしら?」
リツコ「でしょうね。でも、逃げること自体が、必ずしも悪いことではないと思うわ。
    その逃げることで起こったことをどう考えるかよ」
ミサト「……、そね」
リツコ「役職給も付いていないからリリンでは、薄給でしょ?今日は特別に私が奢ってあげるわ」
ミサト「ホント!?」
リツコ「ええ、でも、制限はかけるわよ」
ミサト「ありがと〜♪」


レイ 「……ぐすん」(涙)
レイ 「誰も私と碇君が固い絆で結ばれることは望んでいないのね」
レイ 「苦しい…」(泣)
レイ 「こんな事なら、ぬくもりなんか知らなければ良かった。
    人の温かさなんか知らなければ良かった。
    ずっと人形でいれば良かった……」
レナ 「お母さん、そんなこと言わないで」
レイ 「……レナ?」
レナ 「うん…そんなこと言わないでよ」
レナ 「Returnで、私はお義母さんに育てられた。その事は良かったと思っているし、幸せだと思う」
レナ 「だけど…私、お父さんとお母さんの間に幸せな形で生まれてみたい」
レイ 「……ごめんなさい、レナ」
レナ 「ううん、良いよ。だから、お母さん元気出して」
レイ 「ありがとう」
レイ 「レナのためにも私は挫けない」
レナ 「うん」