リリン〜もう一つの終局〜

◆最終話〜Aパート〜

 12月7日(月曜日)、第3新東京市、リリン本部司令執務室、
 衛星から送られてくる映像や写真を蘭子と榊原の二人が見ていた。
「動きが活発化してきていますね。……明日か明後日には来るでしょう」
「そんなに早く、どうなります?」
「そうですね。既に通常戦力は向こうの方がかなり上回っています。が、かといって、これだけで決着がつくような戦いではありませんし、向こうもそう思っているでしょうから、通常戦力での戦いにめどがつけばエヴァを投入してくるでしょう」
「9機のエヴァですね」
「ええ、そして同時に、第3新東京市とその周囲の陸上部隊に対して攻撃を仕掛けてくるでしょう」
 艦載機や爆撃機による空爆、艦艇からの巡航ミサイル、戦艦などからの艦砲射撃……そう簡単に当たるものではないが、大質量兵器である戦艦の艦砲はエヴァに対しても有効かも知れない。
「戦艦の数はどのくらいですか?」
「12隻ですね。これをどれだけ減らすことができるかが結構大きくなるかも知れません」


 ゼーレ、
「準備は順調だ。明日には行動を起こす事ができる」
「すべての力を注ぎ込む戦い。まさに決戦だな」
「いよいよ明日か……」
「約束の時は目前ですね」
「その通りだ。皆のこれまでの努力とその結果としての活躍あってこそここまでくることができた」
「最後のステップでも、同じように上手く動いてくれることを期待している」
 ………
 ………
 すべての光源が消え漆黒となった部屋に照明がともり、再びキールの姿が浮かび上がる。
「ここまでの道のりは長かったな……」
 バイサーをはずしながらゆっくりとつぶやく。
「お祖父様、」
 キールの後ろで会議の内容をずっと見ていたエリザベートが声をかけてきた。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「お祖父様達の活躍の結果。もうすぐ本来の道を歩むことができるようになります」
「自分はその中でどれだけ役に立ったのかか?」
「……はい、」
 キールは口元に笑みを浮かべた。
「エリザベート。おまえもちゃんと立派に役に立っている。お前がいてくれたからこそ、バランスを保つのが容易になったのだしな」
「けれど、私がいなくても、誰かがその代わりを行うこともできましたし……」
「確かに、エリザベートがいなければここまで来ることができなかったと言うことはなかった……決定的な役を担いたかったか?」
「やはり、そう言った気持ちはあります」
「だろうな。だが、大事なことを忘れてはいかん」
「大事なこと?」
「そうだ。誰しも人類という種の一個でしかないと言うことだ。儂がこんな体になってもゼーレの議長の座に座り続けていたのは、自らの手で補完計画を達成したかったからなどではない。それが計画にとって最も良かったからなのだ」
「……そうでしたね」
「そう言うことだ。ここまできてしまえば、大きな事はもうできない。だが、小さな事でも積み重なれば大きくなる」
「はい」
「……そして、もう一つ、エリザベートには非常に大事な役目がある」
「もう一つ?」
「そうだ。この計画が失敗に終わったときは、エリザベート。お前がすべてを継ぎ、再び計画に挑戦するのだ」
 エリザベートは決意の目をしてゆっくりと「わかりました」と答えた。


 リリン・ネルフ、ゼーレ、そしてその他の多くの組織が目前まで迫っている戦いに備えているとき、リツコは自分の研究室で端末に向かいプログラムを組んでいた。
 神業的なキーボード捌きによって物凄い勢いでプログラムが組み上げられていく。
「ふぅ」
 組み上がったようで、キーボードを打つ手を止めて煙草を灰皿に押しつけて火を消した。
(これで完成。マギ、私に力を貸してちょうだい)
 リターンキーを押しプログラムがマギにセットされた。後は条件がそろえばプログラムが発動する筈である。
 一仕事終えたリツコは、新しい煙草を取り出してゆっくりとした動きで咥え火をつける。
「……体には良くないけれど、止められないわね、」
 軽く苦笑してから煙を吐き出した。


 レイを取り戻す方法がまるで思いつかない。……本気で初号機で攻め込む必要があるのだろうか?
 そんな風にシンジが悩んでいると、ドアが開いてレイラがティーセットとケーキをトレイに載せて入ってきた。
「シンジ君、紅茶持ってきたけど、飲む?」
「……うん」
 ゆっくりと立ち上がって机から応接セットの方に席を移動する。
 ソファーに座ってレイラが持ってきたケーキを見ると結構おいしそうだった。
「大丈夫。レイさんはシンジ君のことが好きなんだから……だから、最後にはちゃんと戻ってくるよ」
「……そうだね」
 落ち込んでいるシンジに対してレイラがフォローとサポートをする。丁度少し前までする側とされる側が反対だった。最も、する側のレイラもレイに戻ってきて欲しいと思って居るのは事実ではあるけれど、その理由を考えると……自分の事しか考えていない身勝手で酷い女であると改めて自覚せざるを得なかった。
 一方のシンジは、立ち直ったと言ってもレイラを追いつめてしまった事実が消えたわけではない。あまりレイラに心配をかけさせてはいけないと、レイラの前ではなるべく悩んでいる姿を見せないようにしようと決めていた。
「このケーキ美味しいね」
「良かった。これ、みんなで作ったの」
「へぇ、そうだったんだ。今度僕も一緒に作って良いかな?」
「もちろん」
 二人とも相手の配慮を素直に受け取って、色々なことはいったん置いておいて今の時間を楽しむことにした。


 ミサトのマンションに加持とミサトの姿があった。
 今、リリンのサーバーにアクセスして、現在のゼーレ側の軍隊の状況をパソコンに表示させている。
「加持君はどう見る?」
「おいおい、俺に聞くのかよ、葛城の専門だろ?」
「ま、そうなんだけどね」
 画面に目をやったまま曖昧な返事を返す。
「まあいいか、こりゃどう見ても来るだろう」
「そうね」
「もう時間がないようだが、準備はできているのか?」
「もうちょっとできるわ。何としても間に合わせるから、そっちもお願い」
「ああ、少しでもできることはしておかないとな」
「後でしておけば良かったと後悔するのは、もう嫌だからね」


 そして日付が変わり、朝日が昇る頃、ネルフ本部の下の方のフロアにリツコ達の姿があった。
 通路にある端末に装置を繋げて警備装置の動作を調べている。
「どう?」
「ええ、ちゃんとプログラムは動いているわね」
 ちゃんと監視装置は停止しているし、上にはダミーの情報が流れている。
 機械の目はごまかせるが人の目は誤魔化せない。しかし、そもそもセントラルドグマの下層より下には極々限られた者しか入ることができないために気にせずに済む。
「……あの子は?」
「セントラルドグマの最下層、ダミープラントよ」
「そう。あのブロックね」
「直通エレベーターは使えないから、まだまだ先は長いわ。急ぎましょう」
「ええ、」
 二人は下に降りる階段に向かって歩みを速めた。


 シンジの元に一通のメッセージが届いた。
 差出人は碇である。
(来いって手紙じゃないだろうな)
 記憶に浮かぶのは、あの時この街に来る切っ掛けになった碇からの手紙。殆ど黒塗りで何のことなのかさっぱり分からなかったが、ただ、手書きで「来い 碇ゲンドウ」と記され、来るために必要な物だけが同封されていた。
 果たして今回は……と封を開き中を開けると、殆ど差はなかった。
 一人でターミナルドグマまで来いと記されただけの手紙に、ネルフ本部のパスカード、ターミナルドグマの地図が同封されていただけだった。
 地図も必要な通路以外は黒く塗られていて、又本当に必要な物だけしかない。
 この時期に一人でターミナルドグマまで来いと言うのは、おそらく罠だろう。しかし、何が待ち受けているのかは分からないが、逆に利用することができれば大きなチャンスではある。
 いったいどうするべきか……
「くそっ、」
 シンジの様子にレイラが心配そうな声をかけて来た。
(ああ、やってしまったな……)
「呼び出しだよ、あの男から、」
「行くの?」
「罠だと思う。でも何も動かなければ何も変わらない」
 シンジは迷っているようであるが、レイラにはかけるべき言葉は思いつかなかった。
 暫く沈黙が流れていたが、やがて決断したシンジが立ち上がった。
「レイラ、行って来るよ」
 抽斗から拳銃を取り出しポケットに入れる。
「ちゃんと……無事に帰ってきてね」
「うん、その時は綾波もつれて帰ってくるよ」
 そう言い残し、ゆっくりと特別執務室を出て行った。
「…シンジ君…」


 言われた通りに一人でネルフ本部のゲートまでやって来た。
 前回はこちらから押し掛けたが、今度は呼び出された……
(例え罠だったとしてもいい、絶対に綾波を連れ戻すんだ)
 決意を新たにしてスリットにパスカードを通すと、ゲートがゆっくりと開いた。
 シンジはゲートを越えて本部の中へと入っていった。


 そのころ、使徒殲滅後も日本南海に待機。否、集結しつづけていた多国籍艦隊が北上を始め、同時に迎え撃つために待機していた東京軍、戦略自衛隊、海上自衛隊の各艦隊もそれを察知して南下を始め、更には各基地や航空母艦から次々に航空機が出撃したり、その準備を行い始めた。
 リリン本部の発令所のメインモニターには日本列島とその周辺の地図が表示されているが、表示されている情報が爆発的に増えていく。
 ほんの数分で表示されている情報が多すぎてはっきり言って見難い状況にまでなってしまった。もはや実際の開戦までは時間の問題、それも直ぐの話だろう。
「ついに始まったか」
 榊原が呟いたとき、レイラが郁美と共に発令所に入って来た。
「蘭子さん」
「最後の戦いが始まります」
「……ところでシンジ君は?」
 姿が見えないことをちょっと不思議に思ってレイラに尋ねると、はっと何かに気付いたようで目を大きくした。
「どうしました?」
「あっ、し、シンジ君は、今ネルフに……」
「え?」
「ネルフに行っているんですか?」
「なんだか、呼び出されたみたいで」
 蘭子と榊原はお互い顔を見合わせる。こんなタイミングで呼び出すなどとはいったい何が目的なのだろうか?
「大人しく、彼女を引き渡してくれる。という可能性はまず無いでしょうね」
「そうですね、でも……意図が読めませんね」
 シンジ・初号機の戦力が使えないと言うことは、ゼーレ戦での損失は測りしてないほど大きな物になると言うのに……
 特に今の戦力が劣勢である以上尚更。
「何が目的なのか……」
「まさか、そのままと言う事は無いと思いますが……」
 二人には碇の意図はどうにも把握しかねる様子である。
「……或いは初号機が狙いなのかもしれませんね」
「初号機ですか?」
「初号機を起動させない事が目的なのかも」
「初号機が起動しなければ、奪うこともあるいは可能……か、しかしそれは目的ではないでしょう。せいぜい手段です。しかし念を入れて、東京軍の部隊にきてもらいましょう、正規軍が常駐していればそうそう手を出す事はできないはずです」
 早速東京軍に部隊を少し回して貰すように要請する。
「シンジ君自身はどうしましょうか、」
「判断に迷いますが……先ずは、相手側の反応を見ましょう」


 ネルフ本部第1発令所、
 碇は下に降りているため今は司令塔には冬月一人しかいない。そして、メインフロアにはリツコの姿も無く、最終決戦を目前に控え主要メンバーの半数、実質的な能力的価値から言えばそれ以上を欠いた状態になっていた。
(赤木博士はこんなときにどこへ行っているんだ?)
「赤木博士は見つかったのか?」
「いえ、まだです…」
 マヤが不安そうな声で返してくる。今朝から突然リツコを完全にロストしてしまっている。マヤにも伝えずにどこかへ行ってしまったのか、それとも何かあったのか……いずれにせよ、この局面でリツコを欠いていることは痛い。もし、マギーコピーによる一斉ハッキングなどが行われた場合、それを防ぎきれるかどうか、
「副司令、リリン側から通信が入っています」
「こっちにまわせ」
「はい」
 冬月が司令席についている電話を取る。
『冬月副司令ですか?』
「ああ、榊原君かね、長官の事かね?」
『はい』
「今…いや、これからかな、家の司令と会う事になっている」
 レイの場合とは違いあっさりと認めた事をどう思っているのであろうか?その意味を考えているようで、暫く黙ったままである。
『……緊急時です』
「分かっている。こちらも、最高司令官が不在と言うのは喜ばしい事ではないしな。とは言え、この戦いは今すぐに二人が必要になるわけではないだろう。現在の状況に関しては伝えておく」
『分かりました。ただし、碇司令とは違い、こちらは長官であると同時にエヴァのパイロットでもありますので、準備などを考えるとぎりぎり到着では困ります』
「そのくらいの事は分かっているし、彼らも分かっているだろう」
『必ずきちんとお伝えください』
「分かっているよ、又何かあればいつでも呼んでくれたまえ」
 冬月は受話器を戻し、モニターに目を向けた。
 リリンの発令所と同じく、今の状況が映し出されている。今のところまだ戦闘は起こってはいないようだが、艦隊・航空部隊同士の間隔はもう随分迫ってきており、開始も時間の問題だろう。


 主要装置は片付けられ、その跡が残るだけの広い部屋の中央にレイが一人で椅子に座っていた。
 ここで来るべき時を待っていたのだが、二つの足音が近付いてきた。
「だれ?」
「レイ、ちゃんといたわね」
 リツコ達が中に入ってくる。
「……赤木博士?」
 リツコだけでなく、本来ここにいるはずもない人物がいた事でいぶかしむような表情を向ける。
「レイ、付いて来てくれる?」
「……ターミナルドグマですか?」
「いえ、別の場所よ」
「……何のために?」
「理由は後で話すわ、時間が無いの、急いでくれるかしら?」
 リツコの目をじっと見つめていたが、暫くして「……分かりました」と答え、二人に従いダミープラントを出た。


 冬月は喉を潤すために近くに置いておいたお茶が入ったカップを取り口に含んだのだが、その時ちょうど、モニターに戦闘が開始されたことを示す物が次々に映し出された。
「始まったか、」
 すぐにオペレーター達が状況の分析を進める。
 最初の衝突は特別な指示があった物ではなかったかも知れない。しかし、その一発が一瞬にして日本を取り巻くまでに広がるまでは5分とかからなかった。
 凄まじい勢いで戦果と損害が積み重なっていく。現在の所こちらが押しているが果たして……
 一番規模が大きくなる艦隊決戦も始まった。両軍の艦艇が大量のミサイルを相手の艦隊に向けて発射している。
「さて、どのくらい持つかな」
 カップの残りのお茶を一気に喉に流し込んだ。


 3人はエレベーターの前までやって来たが、そのまま乗ることはできなかった。
 エレベーターの前で碇が立っていた……否、三人を待っていたのだった。
 立ち止まって視線を向き合わせる。
「……気付いてましたか?」
「何らかの行動を起こすという方が自然だろう。後は、何ができるかと言うことを考えれば自ずと範囲は狭まる」
「貴方の計画を完遂させることは、私たちには出来ないです。それが意地でもあるから、」
「……そうか、君たち親子には、当然のことだろな」
「ええ、」
「本当に」
 四人の間に沈黙が流れたのだが、それを破ったのはジュンコだった。
「一つ聞いても良いかしら?」
「なんだ?」
「リツコと関係を持ったのは何故?それを貴方の口から聞きたいわ」
「その事か、別にリツコ君でなくても良かったが、裏切らない優秀な人材が必要だった。私には拒否する理由はどこにもなかった」
「そう。結局は彼女の為なのね」
「そうだ、」
「リツコを愛していたりなどはしなかったね?」
「そうだな。情がない訳ではないが、私の愛は極めて限られた者にしか向かない」
「……そう、」
 リツコが一歩前に進み出て拳銃を碇に向ける。
「そんなことは、分かっていました。貴方の意識は常にユイ博士に向いていると言うことは……でも、でも、私にはそうするしかなかった。その意識が私の方にも向いてくれることを信じて」
「でも、矛盾している以上無理だった。お互いに相反する要素を含むのだから……私は、もう全てを望のはやめました」
「望むのを止めたのは、私か、」
「ええ、そう」
 拳銃を眉間に向けたままリッコリと笑う。
「貴方を望むのは余りにも無理が大きい。一番欲しかったけれど、無理が大きいなら、その他の全てを取った方が良いと考えたの。貴方がその他の全てを捨てでもユイさんを望んだのとは反対ね」
「そうか、それが普通なのだろうな」
「貴方は異常だわ」
「そうだな。私は普通ではない……異常なのだろう」
 代わってジュンコが口を開く。
「私たちは決めたわ。貴方の計画は妨害する。これは貴方を望み、そしてその望みを絶たれた者の意地よ」
「そして、レイをシンジ君とともに初号機に載せてゼーレの計画も阻止するわ」
 ジュンコの言葉を聞いてレイの表情が暗くなったのだが、レイの斜め前にいた二人はそれに気付かなかった。しかし、その一方で向き合っていた碇は勿論それを見ることができたわけで、より一層抱いていた確信を強めた。
「しかし、随分稚拙なシナリオだな。立てたのはどちらかな?」
「言ってくれるわね……二人の合作よ」
「そうか、所詮その程度だったのか、」
「私たちは科学者だからね。貴方のような策謀家とは違うわ」
 碇が見れば科学者の描いたシナリオにしても稚拙である。決定的な要素を完全に欠いているのだから、それに、本来科学者である冬月でも、もっと良いシナリオを描いただろう。
「……まあ良い、で、どうする?私を撃つか?」
 碇に向けた拳銃はそのままにリツコが答える。
「邪魔をしないなら撃ったりはしないわ。でも、貴方は邪魔をするから撃つわ」
「良くわかっている」
 こう言うところはしっかり分かっているというのに、もう少し他に事にもそれだけの物を向けられれば、こんな稚拙なシナリオにせずに済んだものを……そう思うとどうしてもどこかあざ笑うかのような笑みが浮かんでしまう。
「私は貴方のことが好きだった。いえ、今でも好きね……でも、これで終わりにするわ」
 そう言って引き金を引き絞る。破裂音と閃光と共に銃弾が放たれ、弾丸は碇の胸に向けてまっすぐに飛んでいった。しかし、碇の体に吸い込まれていく寸前、紅い光が迸り弾丸が弾かれた。
「…え?」
 今のは間違いなくATフィールド。この場にATフィールドを操れる者は一人しかいない。ジュンコが慌ててレイを振り向く。
 そのレイは無言のまま二人の脇を抜けて碇の傍に歩み寄って行った。
「レイ!!」
「……何故、司令に?」
 リツコの問いにレイは少し目を閉じながら返した。
「……貴女達は私のことを何も分かっていなかったから」
「司令は分かっているというの!?」
「貴女達よりは分かっているわ、」
「シンジ君よりも?」
 ジュンコの言葉にレイは顔を背けてしまった。どうやら応えたくないようである。
「君たちにはどれだけ感謝と謝罪をしても足りないかも知れない。だが、だからといって私は歩みを止めはしない」
「なら、そんなことはしないで下さい」
 ジュンコはもう諦めたと言ったような口調で返す。リツコも似たような思いなのだろうか、軽く上を仰いで口を開こうとはしなかった。
「……そうか、」
 碇は拳銃を抜き、黙ったまま二人の両足を打ち抜いた。
 4つの銃声、そして二人の悲鳴が通路に響き渡る。
「全ての終末をそこで見ていると良い、」
 そう言い残し、レイとともにエレベーターに乗り、ターミナルドグマに降りていった。


 冬月は手元のモニターに漸く下でもステップが進んだことを示す物が現れたのを確認した。
(漸くか……碇、余り待たせすぎると、こちらがやばいぞ)
 技術・兵器・各種支援等で個々の戦いは優位に進めていたのだが、いつまでもその優位を保てるはずがない。数倍する敵の数に武器の不足が出始め、攻撃力が低下したところが一気に押されてしまう。今はまだ一部だが、絶対的な数から考えればこれが広がるのも時間の問題と言える。
「……こちらも、準備をせねばな、」
 手元のパネルを操作し、あらかじめ準備していたプログラムを動作させてから、直接各所に指示を出していく。それらの情報はマギによってシャットアウトされ発令所の面々には伝わらない。
 一通り指示を出し終わると、今度は発令所を介して行う指示を下した。


 リリン本部の発令所では榊原が眉間に皺を寄せてメインモニターを睨んでいた。
 戦闘は予想していた以上にもっているとも言えるのだが、一方で未だにシンジと全く連絡が取れない。ネルフの方には何を言っても伝える、伝えたと返ってくるだけで、まるで暖簾に腕押しだった。
 どうやらネルフはシンジを返すつもりはないのだろう。シンジが間に合わないと言うことは、量産機戦の戦力が大幅に減ると言うことも、すでに覚悟の上の行動だと言うことか、
(どう出るべきだ?)
 榊原が厳しい表情をしている後ろでは、レイラがシンジを行かしてしまったことを後悔し始めていた。シンジを行かせなければ、今こうしてシンジの身を案じて不安になるようなことはなかったし、これからの戦いに間に合わなくなるかもしれないなんて心配を抱くこともなかった。
(……私、自分に嘘ついてる)
 それもあるだろう。だが、そんな物は所詮は理由の一端、あるいは単なる上辺だけの口実に過ぎない。
 本当の、一番大きな理由は、今シンジがレイと結ばれているのではないだろうか?そして、そのまま自分の元には戻ってこない……シンジがレイの者になってしまうのではないかという不安なのだ。
 そもそもシンジを行かせたのは、自分がシンジとの確かな絆を持ったという精神的な優越からくるもの。極端に言えば……『私はシンジ君と確かに絆があるの、だから貴女もシンジ君と共にいることくらいは許してあげましょう』……等というとんでもない動機ではないか、
 それを自覚してしまい、大きな不安とそして強い自己嫌悪に苛まれる事になってしまった。
 横で見守っていた蘭子はおおよその意味が分かったが……だからといってどういう言葉を掛ければいいのかは分からず、又困ってしまった。
(会長……貴方ならどうされるのでしょうか?)
 

 本部に入ってからどれだけ経っただろうか?直通のエレベーターでも使えれば良いのだが、ターミナルドグマに繋がるエレベーターがどれなのか分からない。黒塗りになっているところにあるはずのエレベーターを探そうとしたが、危うく迷子になってしまうところだった。
 どうやら、地図にあるとおりに進むしかないようである。
 セントラルドグマのかなり下の方の通路を進んでいると、通路に倒れているリツコとジュンコの姿を見つけた。
 直ぐに慌てて駆け寄る。
「リツコさん、ジュンコさん!」
「……来たのね、」
 リツコの口から痛みを堪えながらの言葉が零れた。
 見ると、二人とも両足を打ち抜かれている……撃ったのが誰かは考えるまでもない。
「……私たちのことは良いわ。だから、早くターミナルドグマに、そして計画を阻止して…」
「あの子は、司令と一緒にいるわ。貴方が、止めて、」
 そう言われても、自分たちで止血まではしたのだろうが、目の前で苦しんでいる二人を放っておくなんて事は……
「早く!」
 ジュンコから一喝され、戸惑いを捨てることにした。今、自分にはどうしてもしなければいけないことがあるのだから、
「行きます」
 二人をその間に残してターミナルドグマに繋がるエレベーターに乗り込んだ。
 ドアが閉じエレベーターが下へ向かって動き出す。
 ターミナルドグマにシンジが入ったのはただ1度……カヲルを追撃したときである。
(カヲル君か、)
 あの時のカヲルは相容れぬ存在、使徒だったが、確かに友人だった。
 まだ、あの時カヲルを握りつぶしたときの感触がこの右手に残っている気がする……忘れようとしても忘れられないあの時の感触が、
 一方でこの世界のカヲルは既に消されているが、間違いなく敵でしかなかった。これもシンジが世界を変えた結果の一つだったのだろうか……
 カヲルの事を一通り思い描くと次はレイの事へと考えが移った。
 レイはこのエレベーターの行き先であるターミナルドグマにいるのだ。そして補完計画を実行しようとしている奴と共に、
(そんなことは決してさせない。絶対に!)
 ぎゅっと拳を握る。
 勿論自らの手で直接人を殺めるなどと言うことはしたくないが、イザとなったら、この手で拳銃を使って奴を撃ち抜く。
 最もこの世界では直接殺めていないと言うだけで、シンジの行動で命を落とした者の数など、もはや数えることすらできないほどに達しているのだから、単なる偽善なのかも知れないけれど……


 冬月の視線は現在時刻の表示に向いていた。
「そろそろ、頃合いだな」
 既にこちらの艦隊も壊滅し、各方面の航空部隊も次々に全滅・壊滅に追い込まれている。
 下でのステップの進みが遅いのが気になるが、そろそろ動いても良いだろう。リリン側から銃弾のように要約すると『早くシンジを返せ』と言う内容のものが飛んできている。いくら対応はマギによって作り出された仮想の冬月がしてくれているとは言っても、いつ直接行動に出てきてもおかしくない状態かもしれない。
「艦載航空機部隊が第3新東京市に向けて移動を始めました!到達までおよそ900!」
「迎撃は?」
「航空機は損耗率が既に高すぎ、十分な迎撃は不可能と思われます!」
「地対空部隊が頼りですね」
「艦隊から大量のミサイルが発射されました!巡航ミサイルと見られます!」
「迎撃しきれるか?」
「数が多すぎ困難です!」
(急がねばな)
 手元のパネルを操作し作戦の開始を指示した。
 ネルフの中枢であるはずの発令所にいる者には何も知らされないまま、碇と冬月の作戦が開始される。
「俺の最後の大仕事だな」


 ミサイルと攻撃機の迎撃指示が出された直後、リリン本部の発令所は突如パニックに近い状態に陥った。
 次々に通信回線が遮断されていく。
「どうなっている!!?」
「分かりません!!」
「すぐに原因を!!」
 次の瞬間、凄まじい衝撃が施設を襲い榊原などの立っていた者は床に倒れることになった。
「くっ、何が起こった!!?」
 立ち上がりながら榊原が叫ぶ。
「おそらくこの施設のどこかが爆破されたのではないかと」
「東ブロック一帯が連絡が全く取れません!」
「直ぐに東ブロックに部隊を向けろ!」
「……ゼーレでしょうか?」
「そうだと良いんですが……」
 これがネルフだとかなり拙い。まさかゼーレとの戦闘中に大規模に攻めて来るなどと……
 そんな中レイラは、具体的なことは何もできず、ただおろおろとしながらレイラにとってのシンジの無事を祈るだけであった。


 銃弾が飛び交う音、何かが破壊される音、それに混じって砲撃やミサイルの飛行音、爆発の音が聞こえる。
「……信じられない事するわね」
「まさか、ネルフがここまで大胆なことをするとは思わなかったな……」
 飛んでくる銃弾を自動販売機の陰でやり過ごしているミサトにその横の加持がやれやれと言った感じで返す。
 窓の外に見える攻撃を受けたビルに視線を送ると。大きく破壊され今にも崩れ落ちそうになっている。
 ジオフロントに配備されていた対使徒用の防衛兵器をリリン本部に向けて使用したのだ。同時にリリン本部の指揮下にある防衛兵器も殆ど壊滅させられてしまった。
「全くね……リツコもここまでとは思わなかったでしょうに」
「ほんとだな。と、拙い!」
 ミサイルがこのビルに向かってくる。
 幸いミサト達がいる階は逸れたが、激しい衝撃が二人を襲い、更にガラスが飛び散り破片が降り注ぐ。
「くぅ、」
「大丈夫か!?」
「大丈夫よ!」
「連中は加減てものを知らないの!!?」
 今も尚、銃弾が飛んでいる。味方がいるというにもかかわらず、その建物にミサイルやら砲弾を撃ち込んでくるとは……又大きな衝撃がビルを襲った。
「司令達も、無茶するなぁ」
 加持は苦笑を浮かべつつ揺れが大体収まると同時に自販機の陰から一瞬だけ飛び出し、ビームライフルを通路に立ってこちらにライフルをぶっ放している兵達に向けて引き金を絞った。
 銃口からオレンジ色の光が放たれ、兵が装備していたプロテクターを貫き体を貫通し通路の向こうの方の壁に穴を開けた。
「ひゃ〜凄い威力だ、こりゃ」
「エヴァ用に研究していた奴の小型版らしいわ」
「で、間に合ったのか?」
「さぁ、そこまではわかんないわ、ネルフ予算がまるでないって言っていたから」
 今度はミサトが兵達を撃つ……余りの威力に向こうは尻込みしてしまったのか隙ができる。二人が勿論その隙を逃すわけもなく、瞬く前に死体へと変わることとなった。
「敵がこれを持っていないことを祈るばかりだな」
「ええ、本当に」
 こんな凄いものを渡してくれたリツコには感謝しなければなるまい……だが、碇と冬月は思っていたよりもずっと手強いかも知れない。
「行くわよ、」
「場所は分かっているのか?」
「多分だけど、ケージね。目的は初号機以外考えられないわ」