リリン〜もう一つの終局〜

◆最終話〜Cパート〜

 今、ミサトと加持の二人はケージ上部の換気ダクトから中の様子を窺っている。
 ケージの中のネルフの部隊の様子を見ている限り、どうやらネルフは初号機を射出システムを使って運び出そうとしているようだ。
「ネルフに持ち込むつもりね」
「そうらしいな……だが、どうする?あまりに多勢に無勢だぞ」
 リリンが投入している部隊と銃撃戦を繰り広げているが、リリン側の方は明らかに数が少ないし、ケージの構造上占拠してしまったネルフ側の方がかなり有利である。
「このビームライフルがどこまで役立つかね」
「やれやれ、それしかないな」
「一二の三で行くわよ」
「ああ、」
「一」
「二」
 ダクトに嵌っていた蓋を蹴破り、ケージ内のネルフ側の兵に向かってビームライフルを発射する。
 突然の奇襲に続けざまに何人も撃つことができたが、敵も流石で直ぐに反撃が始まりダクトの奥に引っ込むしかなくなってしまった。
「他の所に回りましょう」
「ああ、このままいるよりは良いな」
 そう言って二人はダクトの中を移動し始めた。


 地上とリリン本部では激しい戦闘が繰り広げられているが、ここターミナルドグマは静かなものだった。
「お前にとってレイはどのような存在だ?」
「大切な存在に決まっているだろう」
「そうだな、その通りだろう。では、皇レイラはどうだ?同じように大切な存在か?」
「当たり前だ!!」
 何を今更そんな質問をするのか、訳が分からない。
「だろうな。だが、どちらの方が大事だ?」
「どちらの方が?」
「一方を選ばなければいけないとき、一方しか選べないとき、お前はどちらを選ぶ?」
 そんなもの選べるはずがない。どちらも大切な存在なのだから、一方を切り捨てるなどと言ったことはできるはずはない。
「そうだな。そう言う反応を示すのが普通なのかも知れんな。しかし、そう言う時は来る事は十分にあり得る」
「いや、既にどこか近いようなこともあったな。あの時は会長が手を打ったが、所詮その場しのぎのもので本質的に解決したわけではない。だからこそ、こうして今こうなっているのだからな」
 碇はシンジが二人を選ぼうとしたからこそ、今こうなっていると言っているのだろうか?
「一方を選ぶことができないから、両方を選ぼうとする。多少無理をしても両方を選べるときは良い。だが、無理をしていると言うことには変わりはない。その無理が積み重なれば、いつかはそこからひずみが生じてしまいはかなく脆いものに変わってしまう。そして、何かあれば破壊に繋がる」
「更に言えば、自分では意図しないうちに一方を選んでいることもある」
「何が言いたい?」
 さっきから回りくどい言い方ばかりして、結局何が言いたいのか分からない。
「お前はレイを選ばなかったと言うことだ」
「巫山戯るな!そんなわけないだろう!!」
「事実だ。レイを選んだのではなく、二人を選んだのだろう?それがさっき言ったとおりに破壊をもたらしたのだ」
「だから、その破壊とは何なんだ!?」
 碇はその問いには答えずに別の話をゆっくりと語り始めた。
「全てはユイの事故から始まった」
「……」
「ユイはエヴァに取り込まれ、サルベージも失敗した。その状態でユイを取り戻す最後の手段は、インパクトを使って一度世界を還し、再構成すると言うことだった」
「一方、私の手元にはお前とレイが残されていた。私にはユイを追い求める道と、手元に残ったお前達と共に在る道の二つの選択肢があった」
「インパクトを起こすには多大な犠牲が必要だった。そしてその過程ではレイも犠牲にすることも必要だ」
「両方を選ぶことはできない。ならば、どちらかを選択しなければならない。そして、私はユイを選んだ。その事についてはお前達にどれだけ非難されようとも仕方なかろう」
「……あるいは両方を選ぶ道もあったのかも知れない。しかし、それは一層厳しい道のりであるし、目の前で辛い思いをしているお前達を見るのは私には耐えられないことだった」
 何を血迷ったことを言っているのか、その辛い思いをさせてきたのは碇自身ではないか
「だからこそ、お前は私を嫌っていなければいけなかった。いっそ憎んでいれば、辛い思いをさせたとしても、寂しさは感じるだろうが、辛い思いにあわせることを辛いと思うようなことはないからな」
 又、何を言っているのだろうか?
「最も……それでも、結局は上手くいかなかったようだがな」
 そうか、本来であったならばの話。つまりあの世界での話のことだ。今更こんな所で嘘や誤魔化しをするとは思えないから、少なくとも碇から見ればそれが本当なのだろう。
 だが、それは余りにも勝手すぎるのではないか。そして、そんな事を言っていても結局の所、碇にとってユイ以外はさしたる価値がないのだろう。そうでなければ、全てを引き替えにした博打などできるはずがない。
「結局、母さん以外は大した価値がなかっただけだろう?」
「それは違う。私の中でよりユイが大きかっただけだ。お前にとっては同じ事のように思えるかも知れないが、ある意味歴史のifそのものであるお前なら、その差の意味を理解して欲しいかもしれないな」
 歴史のif……あの時、こうなっていたら……確かにこの10年それを実行してきたとも言える。
「まあ、もし初めからそうであったとしたら、とうの昔に敗北が決まっていただろうし、私にとってはこれで良かったのかもしれんな」
 もし、言っていることが真実ならば、シンジにしてみれば碇の心理を利用した作戦で追いつめていけば良かったと言うことなのかも知れないが、
「……起こらなかったifについて考えても仕方ないさ。もし、もう一度機会が与えられるようなことがあれば、考えるかもしれないけれどね」
「そうか、」
 そう短く返した碇はどこかさびそうにも見えた。


 親衛隊員や保安部員に護衛されながらレイラが蘭子とともにリリン本部への連絡通路を先ほどとは逆に進んでいる。
 その途中で発令所との通信も切れてしまい、状況がより拙くなっているというのが分かる。
 連絡通路は無事に通り越すことができたが、リリン本部に入ってまもなくネルフ側の兵達と遭遇するようになった。
「陰へ!」
 レイラを取り囲んで護りながら現れた兵を撃破していく。
 銃弾を浴び、血を吹き出しながら通路に倒れていくネルフ側の兵……
 リリン本部を侵攻しているネルフの兵。彼らの手によってリリン側でも多くの者が既に命を落としている。
 今もまさに自分を護っていた親衛隊員の一人が銃弾をその身に受けた。彼女も血を吹き出し、通路に崩れ落ちる。
「…急ぎましょう」
 すぐ横の蘭子がゆっくりと力強くそう言ってきた。
 このままここに留まっていれば、ネルフ側の兵がやってくるかもしれないし、意図に気づけば零号機のケージを固められてしまうかもしれない。そう、急がなければいけないのだ。
 通路に倒れている者をその場に残し道を急ぐ……
 そんな中、レイラは倒れている者に目をやり(この人達、何を考えていたんだろう)等と言ったことを思っていた。
 ネルフもゼーレも実際に戦っているこう言った末端の人間は本当のことは何も知らない。組織が進めている計画に賛同しているから等と言ったことはあり得ない。
 それなのにどうして、戦っているのだろう?
(私は?)
 そして、レイラは何のためにこれから戦おうとしているのだろう?
 傍観者でいたくなかった。自分にできることがあると分かったからこうして零号機に向かっている。
 けれど、それで何をするのかと言うことを考えていなかった。
 ゼーレと戦い補完計画を防ぐため?……それはあるかもしれない。けれど、上で行われている戦いにレイラが零号機で出て行ってもまともなことはできないだろう。
 なら、もう一つのネルフを相手にする……そう、ネルフ本部にいるシンジを助ければいいのだ。それならレイラにもできるし、レイラ自身シンジを助けたい。シンジを取り戻したい。
(シンジ君、待ってて)
 目標が明確になったことで自然、レイラの足取りが軽くなっていた。
 何度も銃撃戦があったものの、途中でリリン側の部隊とも合流できたために、最初の倍以上の人数で零号機のケージに辿りつくことができた。
 零号機をネルフ側は殆ど重視していなかったのだろう。ケージを抑えていた人数は少なく、突入した人数で容易く制圧することができた。
「準備を!」
 レイラは頷き搭乗のためにケージ上部に上がり、蘭子は司令室に入り起動の準備を始めた。
 しばらくして準備が整い、レイラがプラグに入ろうとしたとき、通路からネルフの部隊がこのケージに突入してきた。
 ケージ内の各所に向けて銃弾を放ってくる。
「きゃっ!」
 プラグにも銃弾が向けられ跳弾が腕を掠めた。すっと掠めた所に赤い血が滲むが、幸いその程度で済んだ。
「早くプラグの中へ!」
 ケージ内で待機していた者達がすぐに反撃に移り、侵入してきたネルフの部隊に向かってライフルを撃ちまくる……丁度初号機のケージとは逆の状況になっていた。
 プラグがアームに捕まれ零号機に向かって移動を始めた。向けられている銃弾が硬質的な音を連続して立てる。しかし、対人用のライフルくらいでプラグをどうこうすることはできない。
『零号機起動開始』
 零号機にプラグが挿入され起動が始まった。省略出来るステップは片っ端から省略して最速で起動まで漕ぎ着ける。
『起動を確認。シンク』
「あぶない!」
 モニターに映る蘭子の後ろにネルフの兵士の姿が映っていた。
『え!?』
 反応し咄嗟に躱そうとしたが、躱しきれずに被弾し倒れる。
「蘭子さん!!」
『くっ』
 何とか蘭子は起きあがり、残りの手順を自動で進めるためのボタンを押した。お腹のあたりが真っ赤に染まっている。蘭子はそれだけで再び崩れ落ちた。
 モニターに映っているネルフの兵士の方は数が増えているが、蘭子にとどめは刺そうとしていない。
 おそらく蘭子を目の前にしてどうするべきか指示を上に仰いでいるのだろうが、それがどういう形になったとしても、このままでは蘭子が……と思ったとき、二つの陰が司令室に現れた。
「え?」
 ネルフの兵を次々になぎ倒していくその二人はミサトと加持だった。
「葛城さん!?」


 状況は極めて芳しくなかった。参号機伍号機共にダメージを受け、しかも伍号機の残り電源は少ない。
『伍号機を回収する!両機は支援を!』
 日向の指示に従って伍号機の支援に回る。伍号機は既に右肘から先を失い、その他に大きなダメージはないものの全身傷だらけになっている。
 伍号機の再出撃は、実質不可能かも知れない。
 参号機の方は、伍号機と違って大きなダメージは見えないがそれでもあちらこちらにそれなりの傷を負っている。そして、アンビリカルケーブルは切断されており、残り電源もそう長くはあるまい。
 操作系の問題なのか量産機の攻撃が比較的消極的なため、この程度の被害ですんでいるとも言えるのかもしれないが、逆に量産機にも大きなダメージは与えられていない。
(……結局、アタシ一人だけになるか)
 九号機は量産機から奪ったロンギヌスの槍のコピーを振り回して、伍号機に襲いかかる量産機を追い払う。
 伍号機が回収ルートで急速回収されたとき、発令所から悲鳴のような声が聞こえてきた。
『攻撃機編隊を確認!!』
「え?」
 見るとまさに空を埋め尽くさんばかりの大編隊がここに迫ろうとしていた。
「……マジ?」


 加持が蘭子を抱え起こす。
「どう!?」
「……急所は外れているようだ。出血が酷いが、直ぐに手当ができれば、」
「病院に急ぎましょう」
「ああ。歩けますか?」
 蘭子はゆっくりとうなずき、加持が肩を貸して立たせる。
「……零号機は?」
「大丈夫ですよ」
 コンピューターが制御し、拘束具が次々に外されていく。
 いくらシンクロ率が低いとは言え、束縛から解放されたエヴァを通常軍で止められるはずがない。零号機の拘束がある程度外されると、ネルフの部隊は蟻の子を散らしたかのようにさぁ〜っと退いていった。
『蘭子さん!』
「私は、大丈夫」
『よかった……』
 モニターに映るレイラは本当にほっとしたと言う表情をしている。
「直ぐに病院に行かなくちゃいけないのですが。後は一人でできますか?」
『大丈夫。蘭子さんをお願い』
「任せてださい」
 回線を切って直ぐにケージを出る。
「二人とも、ありがとう」
「いいえ、とんでもない。それより伝えなければいけないことが……初号機がネルフの手に落ちました」
「……そうですか、」
 拘束が解除された零号機がゆっくりと動き出す。


「未だに詳細は不明か、」
「艦隊だけではない。初号機についてもだ。射出系統の故障と言うことだが、これはネルフの方からの情報だ。リリン側からの情報がいまだにない」
「この段階で突然一斉に消されると言うことも考えにくい。リリンに何か起こったのは確実のようだな」
「約束の時を目前にして不確定要素が増えてきたな」
「これで、九号機を葬れればいいのだが……」


 空を埋め尽くさんばかりの大編隊が攻撃態勢に入る。量産機の方は中和距離ぎりぎりを保って、それより近づきも遠ざかりもしないようにしてきている。
『くそったれ!振り切れへん!』
 地上を走る九号機と伍号機に対して量産機は空を飛ぶことができ、しかも数が明らかに多い。とても振り切ることができない。
 爆弾やミサイルが両機を狙って放たれた。ミサイルは勿論、爆弾も誘導式のものだろう。ATフィールドを中和されてしまう以上、防ぐことができない。
 激しい動きでミサイルを振り切ったり、ビルの陰に回り込んだり、ビルの残骸などをぶつけたりことで攻撃から逃げる。
「……拙い!?」
 暫くして気付いた。逃げられる方向を限定することで追い込んでいるようだ。このままではいずれ逃げようが無くなってしまう。
「突っ込むしかないか?」
 多少被害を食らったとしても……と、思ったとき、一つの案がひらめいた。
 九号機のATフィールドが中和されていると言うことは、上空の量産機のATフィールドも中和されているのである。
 ならば、攻撃編隊・量産機・九号機を直線上にピタリ一致させれば……
 実行してみたところ、狙い通りに多数の爆弾やミサイルが量産機に直撃した。
 直撃を受けた量産機が飛行能力を失い、真っ逆さまに地面へと落下していく。
「もらったぁ!」
 ロンギヌスの槍のコピーを振りかぶり落下した量産機に襲いかかる。他の量産機は間に合わない。
 やっと一体つぶせる……そう思った瞬間、複数のミサイルを脇腹に食らって吹っ飛ばされた。
「くぅ!」
 直ぐに体制を立て直し、降り注ぐ攻撃をATフィールドで防ぎ、量産機が中和距離に入って来る前に逃げるしかなかった。相手にしなければいけない数があまりに多すぎるのだ。


「何?零号機?」
 初号機の確保には成功したが、零号機を起動を許してしまった。
 と言うよりも、零号機の存在をまるで忘れていた。
(……詰めが甘かったな)
 初号機は既にネルフの射出システムに入り今ジオフロントからセントラルドグマに下ろそうとしているところである。初号機自体を抑えることはできたが、今零号機に当てることができる戦力をネルフは使うことができない。
 伍号機は丁度回収して応急的な修復も行っており、本部の直掩に回すこともできると言えばできるが、そのためにしなければいけないことを考えると、とても不可能と言うしかないし、地上の状態はいつまで持つかと言った感じである。九号機はまだ広い範囲を逃げ回っているが、参号機はその範囲が急速に狭くなってきている。
「拙いな、」
 両方の意味で拙い。零号機の件は最悪、セントラルドグマを破棄しなければいけなくなるかも知れない……そして、それはその時職員は今まで騙されていたことに初めて気付くと言うことを示している。そして地上の件は、九号機までが破れれば、ターミナルドグマまで侵攻される可能性もある。
「撃墜するしかないが、何か……」
 ネルフには試作品も含めてこのようなケースで使える兵装はない。リリンにあればそれでも良いかも知れないが、逆行者が作った機関。そう言ったもの物がある可能性は低い……が、調べてみるとそこそこ使えそうな試作品が一つだけあった。試作で終わっているが兵器庫に入っている。
 直ぐにそれを抑えて射出システムを使って地上に上げるように命じる。
(上手くつかえるか?)


 初号機のケージの壁を破壊して中に入ったときには、既にもぬけの空だった。
「遅かった……」
 ならば、直接ネルフに乗り込むまで、
 更に壁を破壊してジオフロントへとでる。しかし、リリン本部の外に出た途端、ジオフロント中の支援兵器から集中攻撃を受けてしまった。
「きゃああ!!!」
 ……突然のことで不覚を取ったが、ATフィールドを一度展開してしまえば、シンクロ率が低くてもこの程度の攻撃は防ぐことはできる。しかし、攻撃が激しすぎてなかなか前に進めなかった。
 電源はアンビリカルケーブルが接続されているから、このまま電源切れになると言うことはないが、このままでは何もできない。
 勿論弾薬には限りがあるのだから、それが切れるのを待つというのも一つの手かも知れないが、そんな悠長なことをしていて間に合わなくなってしまうなんて事にならないとも限らない。
(行くしかない!)
 エヴァの装甲はそう簡単に破壊されたりするものではない……最低限のATフィールドを展開しつつ、勢いよく横へ飛ぶ、更にそのまま空中で回転して、砲撃を続けていた支援部隊に襲いかかる。ATフィールドを展開したままその面で踏みつぶす。
 流石に使徒用に作られた支援兵器だけあって、照準の修正が早いが、それ以上の速さで動き回れば、被弾はしても少なくとも攻撃を集中されるようなことはないだろう。


『ぎゃあああ!!!!』
『きゃあああ!!!!』
 トウジとヒカリの悲鳴が木霊する。遂に補足され、集中攻撃を受けているのである。
 助けにいきたいが、こちらも逃げるだけで手一杯である。
 直に通信も途切れてしまった……最悪二人とも命を落としてしまったかも知れない。
「ヒカリ……」
 しかし、想いにふけっている暇はない。今まで参号機にも回っていた分の量産機と航空機が全てこちらに向かってくることになるのだから、
『武器の射出ラインが復旧した。マップ上に示した射出口までなんとしても移動してくれ』
 久し振りに榊原の顔を見た。
(何が起こっているのかわかんないけれど、それしかないわね)
 ダメージを受けながら弾幕の中を駆け抜け、射出口に辿り着いた瞬間、大きなライフルが射出されてきた。
『ショットガンのような物だ。これで、撃ち落とせる限り撃ち落としてくれ』
 リリンの正規兵装にはなかった様だから試作品か何かであろうか、とりあえずはありがたく使わせて貰う……上空の編隊に向けてぶっ放すと、無数の子弾によって編隊ごと吹き飛ばすことができた。
(残弾は、3か……)
 弾がない。正式採用出来なかったのはそう言う理由かも知れない。


「プラグの射出は確認できました。プラグ自身の行方は分かりませんが……」
「そうか、」
 今、地上で戦っているのは、もはや九号機ただ一機。
 一方ジオフロントの様子は、零号機に蹂躙された支援兵器群が広がっているだけ……もう零号機の動きを止めるだけの力も残されていないだろう。
 分かっていたことではあるが、ATフィールドを中和出来ないと言うのが余りにも大きすぎる。
(通常兵器では足止めも無理だったか、だが、それなりに運が良いのかも知れないな)
 手元のモニターに映し出されているジオフロントの地図に×印がいくつか付けられている。その内の一つを零号機が通ろうとしている。
 そして、その丁度真上に達したとき、仕掛けられていたN2地雷が爆発した。
 直後、本部施設を大きな揺れが襲う。
「何だ!?」
「駿河湾沖で地震が発生しました」
 確かにマギはそう言う分析結果を示している……けれど、さっきのは本当に地震だったのか?と疑問に思う者もいただろう。しかし状況がそんなことをいつまでも考えている事を許さず、誰も気にすることはなくなった。


 全身を火傷してしまったように痛い。
 レイラが火傷をしたわけではない。シンクロしている零号機がN2地雷の直撃を受けたのである。しかし、その痛みもすぐにすうっと消えていく。
 零号機が機能を停止してしまったのだろう。先ほどまでジオフロントの様子を映し出していたプラグの壁面も壁に戻ってしまっている。
「……シンジ君、」
 涙が零れ落ちる。シンジを助けに行くことができなかった。
 結局、自分には何もできなかったと言う無力感と、シンジを助けられなかった……失ってしまったという喪失感が心を満たしていく。


 N2地雷が爆発した時リリン本部の発令所は、各機能の復旧の真っ最中だった。
 そして、又零号機の起動とネルフの主な部隊の撤退……何とかなったと思った時でもあった。
「状況を早く出せ!!」
「N2兵器がジオフロントで使用されたものと思われます!」
 使用される対象は零号機に以外にあり得ない。
「直ぐにレイラ様の無事を確かめろ!!」
 
 
「私が一方を選んだのは私の弱さのためだ。だが、お前もそうではないのか?」
「何?」
「もっと強いか、自分の弱さを認識してどちらかを選択していれば、今のようなことにはならなかっただろう」
 結局ここへ戻ってくる。
「まだ気付かないのか……レイがネルフに戻ってきた夜、何があった?」
 レイがネルフに言ってしまった夜?……レイラと結ばれた日だ。
「レイは、ネルフに来る前にリリン本部に行っていた」
「え?」
「何があったのかは話そうとしなかったから知らないが、お前が皇レイラを選んだという何か決定的な物を見るか聞くかしてしまったのだろうな」
「……まさか」
 レイは顔を背けたまま、シンジを見ようとしなかった。
「そう言うことだ。両方を選んでいるつもりだったようだし、お前はそう言ったつもりはなかったのだろう」
「私が恐れていたことも似たようなことだ。自分では両方を選択しているつもりが、片方を選択してしまっていると言うことがあり得る。その事に気付かずに更に泥沼に嵌れば、両方を失うことにもなり得る」
 ……『二兎を追う者は一兎をも得ず』と言うことか、シンジは二兎を追って既に一兎を失ってしまっていた。まだ、もう一兎は失っていないが、それはこの制約された期間の終わりが来ただけ。泥沼に嵌っていれば、あるいは、そうなっていたかも知れない。
 碇はその事を分かっていたから、初めから一兎を追い続けていた。確実に手に入る方ではなく、遙かに難しく全てを捨てなければならない方を選んだ事は納得出来ないが、行動の意味は理解することはできた。
 そして、それはあまりに自分とは違うものだった。
「お前には先入観があった。レイは決定的なときに自分を選んだ。ならば、又同じように自分を選ぶと……」
「レイの一番近くにいたのに、レイのことが見えていなかった。この事にはリリンの者達の意図的なものも大きいようだし、使徒とゼーレと言う敵の存在もあったのだろう。だが、逆に言えばそれらの事に左右されてしまう程度にしか見ていなかったとも言えるのかも知れないな」
 何も言い返すことができなかった……今のシンジにそんな言葉があるはずがない。


 リリン本部の付属病院からは、N2地雷の爆発とその直撃を受けた零号機を見ることができた。
 蘭子は手当を済ませて薬で横のベッドに寝ている。
「……アレは酷いな、」
 リリンの部隊が零号機の周りに取り付いてプラグを取り出している。遠すぎてよく見えないが、レイラは無事なのだろうか?
 その事を心配していると、通信機に発令所からの通信が入ってきた。
 それによるとレイラは無事であった。しかし、それでほっと胸を撫で下ろすわけにはいかなかった。上の状況が拙すぎる。

 
 その地上での戦いは、なんとかまだ逃げ回れているが、そろそろ限界が見えてきているかも知れない。
 状態図を見ると、あちこちのパーツが黄色になっており、一部だが赤くなってしまっているパーツも見える。
 弾切れだろう空を埋め尽くしていた大編隊も数少なくなり、再び量産機がメインになるようだ。九機の完全な状態の量産機に環状に取り囲まれてしまっている。
 九号機もSS機関搭載タイプ、自己修復機能で破損は少しずつ回復していく。しかし、量産機ほどの驚異的な回復力はないし、何よりもある程度以上の損害を受ければ高レベルのシンクロをしているレミ自身がやられてしまう。実際、現に今もあちこちが痛いのだから、
「やるしかないか……行くわよ、アスカ」
 久し振りに自分のことをアスカと呼び、九号機を全力で量産機に向かって走らせる。上空へ逃げようとした量産機にロンギヌスの槍のコピーを投げ付けてボディーを貫き、そのまま跳躍し飛び掛かった。
 地面に頭から叩き付け、胸に突き刺さった槍のコピーを引っこ抜き、再び突き刺そうとする振りをして、九号機の隙をついて後ろから攻撃しようとしていた別の三機の量産機の攻撃をひらりとかわす。三機は勢い余って槍で地面に倒れている量産機を突き刺してしまった……その瞬間。猛烈な爆発が起こり九号機も吹き飛ばされた。
 地面を転がり砲撃で空いていた大穴に落ち込んで止まる。
「何!!?」
 何が起こったのか分からず、慌てて穴からはい上がって見てみると、さっきまで量産機がいた場所を中心に巨大なクレーターになっており、クレーターのなかに黒こげになった三機の量産機が倒れている。
 上空にいる量産機を数えても、一機分の姿が見えない……つまり、
(まだ、運は残っているのかもね)
 にやりと言った感じの笑みが自然に浮かぶ。
 六機の量産機が九号機を目指して降下してきた。
「行くわよ!」
 九号機も穴から飛び出て槍を構えて迎え撃つ。


「……やっと来たか」
「え?」
 シンジが打ち拉がれてしまい、沈黙してしまったために続いていた静寂を破った碇の声に、その視線の方を振り向く。すると、そこにはリフトに固定されてターミナルドグマへと降ろされてきた初号機があった。
「初号機!?」
「これで、計画に必要なパーツが揃ったわけだ。レイ、」
「……はい、」
 碇に名を呼ばれたレイは初号機の方に歩いていく、
「綾波!!」
 シンジがレイを呼び止めると、その歩みを止めてゆっくりと振り返った。
 レイが自分の声に反応し、立ち止まってくれた。それは、希望を蘇らせるものだったが、一瞬のことでしかなかった。
「……ごめんなさい、」
 そう一言だけ凄く哀しそうな表情でシンジに告げ、又初号機に向かって歩いていく。
「綾波!!!」
 今度は振り返らなかった。
 初号機の前に立ったレイの姿が光り輝き、全身が白くなっていく……リリスの力を覚醒させているのだろう。
 それと共に初号機がゆっくりと動き出す。
「……シンジ、私は私の道を最後まで突き進む。どのような結果が得られるかは未知だが、良い結果を導くことができればいいな」
 そう言い残して、レイとともにターミナルドグマの奥へと進んでいく。
 シンジの前からみんな姿を消そうとしている。今ならまだポケットに入っている拳銃で碇を撃つことができる……しかし、もはやそれすらする気にはなれなかった。