もうひとつの姉妹の形 -another story-

fluorite b

〜2〜

 今日は祐巳とお買い物。
 祐巳に浴衣を買ってやるために、一昨日銀行に行って引き替えてもらったピンピンの諭吉先生が十人も財布の中に入っている。
 宝くじの換金に銀行に行くなんて初めてだった。今までは宝くじ売り場で換金してもらっただけだし、夏目漱石や野口英世ならともかく、福沢諭吉を受け取ること自体初めての経験だった。
 そういえばどっちも福沢だな……宝くじが当たったのもひょっとしたら祐巳のおかげかもしれないな。浴衣だけで十万もするはずがないし、他にも祐巳がほしいものを買ってやろう。後、夕飯は普段はいけないようなリッチなレストランに行くってのもいいかも。
 まあ、もう一つ使うあてがあるから今日十万全部使ってしまうわけにはいかないのだけれど、せっかくだしゴージャスに行きたいものだ。
 きっと祐巳のことだから、まさかそんなコースになるとは思ってもいないだろうし、高級レストランに連れて行ってあげたりしたら、また思いっきり驚いたり喜んだりしてくれるだろうな。
 そんな祐巳の顔を考えながら待ち合わせ場所のM駅前にきて……思わずギャグマンガばりにずっこけてしまった。
「ど、どうしてここにいるわけ!?」
 起き上がりながらそこにいるはずがない面々に聞くと……
「聞いたわよ、宝くじが当たったそうじゃない」
 と江利子。
「おめでとう。でも、一言言ってくれてもよかったのにね」
 と蓉子。
 そして、二人以外にも祥子、志摩子に乃梨子ちゃん、令に由乃ちゃんと、まさに山百合会のメンバーがM駅前の待ち合わせ場所に勢揃いしていた。
 そして、そんなみんなに取り囲まれている祐巳は、ものすごく恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてうつむいている。あれはひょっとしたら、私が来るまでの間みんなに集中的に冷やかされたり、からかわれたりしていたのだろうか?
「それにしても約束の時間に遅れて妹を待たせるだなんて、本当に相変わらずね」
 早速蓉子のお小言というかお説教が始まってしまった……確かに駅前の時計を見ると約束の時間を過ぎている。仰るとおりだけれど、少なくとも蓉子はその待ち合わせの相手ではないし、そのまま素直に聞く気は起きない。それに早く切り上げたかったから「はいはい。ごめんね祐巳」と直接謝ることにした。
「いえ、私は別に……」
「あら、それだけで許しちゃうの?」
「そう言われましても……」
 江利子め。祐巳はわかってそのまま受け取ってくれようとしていたのに……ここは話を変えよう。
「で、みんなはどうしてここにいるわけ? いくら宝くじが当たったっていったって、みんなにおごったりできるほどの高額当選じゃないよ?」
「ええ、祐巳ちゃんが勘違いしたように一等だったなら別でしょうけれどね。話を聞いて、せっかくだし祐巳ちゃんの浴衣を選ぶのを手伝ってあげようと思ったのよ」
 祐巳が顔を真っ赤にしていたのはそれか。あのとき、誰かが扉の向こうで話を一部始終聞いていたのだろう。盗み聞きしていたというよりは二人だけの世界になっていた部屋に入るに入れなかったパターンなのかもしれない。
 改めて考えてみれば、あの日みんなが来たのはふつうに考えれば明らかに遅い時間帯だ。宝くじのチェックだけじゃなくて、脱力してしまった祐巳の回復を待った上で、今日の約束までやっていたんだから当たり前といえば当たり前かもしれない。
 ……それはあんな時と場所を選んだ私の失敗だったから仕方ないとは思うけれど、何も蓉子や江利子にまで話さなくていいじゃないか。とはいえ、今更ぐちぐち言ってもそのこと自体江利子を楽しませる事にしかならないだろうな。
 はあ、仕方ない……。
「そりゃどうも。これからK駅の近くのあの百貨店に行くつもりだったけど、みんなも来てくれるわけ?」
「ええ、もちろんよ。そのために準備もしてきたし」
 ……準備? 蓉子が口にした単語が少し気になったけれど、今気にしてもどうにかなるわけではないと思うし、「じゃ、行こうか」とみんなの中に入って祐巳の手をつかんで改札口に向かって歩き出すことにした。
「あ、お姉さま」
 とまどったままの祐巳を半分引っ張る形だったけれど、私たちが手をつないで歩き出したのを見て、即座に反応した人間がいた。
「あらら、仲がいいこと。だったら私も……」
 なんて言って、江利子は令に腕を絡めた。絡められた令がとまどったような声を出したけれど、そんなことをすると……ほら、由乃ちゃんが睨んでいる。
 その由乃ちゃんの方をチラッチラッと困ったように見るけれど、どこかうれしそうなのが私にも簡単にわかってしまう。だからいっそう視線が厳しくなる。江利子が卒業してしまってもあの関係は相変わらずか。
「ふふ、ほほえましいわね。あなたたちは手をつながないの?」
「さすがに四人でつないでは周りに迷惑ですから」
「あら、私も数に入れてくれていたのね。ありがとう」
 紅薔薇の方もか……二人だけで先に行ってしまってもいいのだけれど、それで本当に二人だけで行けるわけもなし。しょうがないので、少し足を止めてみんなを待つことにした。
 それにしても、蓉子の言葉に当然のことですと答える祥子を見て少しうらやましく思う。紅薔薇ファミリーは祥子も、志摩子も、姉が卒業したり妹ができたりしても妹ばっかりになっていない。
 私はできなかったけれど、祐巳はどうだろうか? 姉離れできないままになってしまったら困るけれど、妹ばっかりになってしまったらやっぱり寂しいって思ってしまいそうだ。
 依存のしすぎと離れすぎの関係をこれ以上繰り返してしまったらいろいろとどうかと思う。いい加減に祐巳に迷惑をかけたりせずに自分の中で整理をつけないと。
「でも、せっかくだし……乃梨子ちゃん、ご一緒してくれる?」
「えっ? 私ですか?」
「ええ、少し話もしてみたいしね」
 乃梨子ちゃんは少し考え志摩子をちらりと見た後、恥ずかしそうに手を差し出した。蓉子はほほえみを浮かべながら手をつなぐ。
 蓉子もやっぱり蓉子だけれど、見ていてさっきのは妹の方の問題よりも姉の側の問題の方が大きい気がしてきた。蓉子や祥子みたいにするなんて私には無理だ。よしんば「ふるまう」ことができたとしても祐巳に見破られない自信はない。
「お姉さま、どうかしました?」
 難しい顔をしてしまっていたのだろう、祐巳が少し心配げに聞いてきた。
 でも、さすがに話すわけにもいかないから何でもないよと答えて、祥子と志摩子の二人に目をやると、こちらは「志摩子も」「はい」って感じですんなり手を結んでいた。
 こうして三組が完成したところで、唯一奇数の黄薔薇の方に目を戻してみると……
「久しぶりにお姉さまと仲良くできるせっかくの機会ですし、どうぞご随意に!」
 不機嫌です! って思いっきり顔に書いてある由乃ちゃんが二人の方を見ようともせずに、そんなことを言っていた。それに対する困った令の「よしの〜」って声は結構情けなかった。きりっ
としているときはさすがミスター・リリアンって感じでカッコイイと私も思うくらいなんだけど。
「ほら、由乃ちゃんもせっかくそう言ってくれてるんだし、お言葉に甘えさせてもらいましょう?」
「お、お姉さまぁ」
 あ〜、しかし江利子が困るならともかく令をあんまり困らせるのは、ちょっと罪悪感を覚えるなぁ……しかたない。
「何やってんの! さっさとこないならおいてくよ!」
 それで事態がよくなるわけではないけれど、これ以上悪くなることは防げるだろう。
 私たちを追いかける形で黄薔薇も歩き始め、四組と一人で駅に向かうことになった。
 駅に入り、それぞれ定期なりカードなりを使って改札を抜ける。やっと、改札か……
 まだM駅を出ることもできていないのにこれなのだから、先行きが不安である。
 

 いつも通り大勢でにぎわう休日のK駅前……人混みを見るといつも思うけれど、これだけの人間がどこからわいて出てくるのだろうか?
「行きましょう」
 蓉子と乃梨子ちゃんを先頭に駅を出てぞろぞろと歩く。
「お姉さま……黄薔薇のほう良いんでしょうか?」
 未だに険悪な雰囲気が続いている黄薔薇の方を軽く振り返りながら聞いてきた。言葉の銃弾は飛び交ってはいないけれど、いつの間にやら江利子は単に腕を組むからさらに発展して、腕を組んだまま令に体を預けるようにしながら歩いていた。
 その姿は遠くから見れば令が美青年に見えないこともないせいもあってか周囲の注目を集めている。普段は令が注目を浴びることは誇らしい、もしくは当然と考えるかもしれないがその相手が問題だ。
 由乃ちゃんの不機嫌バロメーターはもはや限界に近づきつつあると言えるかもしれない。このままでは公衆の面前であることもお構いなしに口論をおっぱじめそうだ。そしてその修羅場な展開はますます江利子を調子づかせることになる。
(う〜ん……さすがに何とかしないとまずいな)
 こういうときは……
 歩みを早めて蓉子に並ぶなり「江利子?」って言葉が返ってきた。
「わかっているなら何とかしてほしいなぁ」
「そうね……江利子、二人をからかうのもそのくらいにしておいたら? 今日は違うでしょう?」
「ああ、それもそうだったわね。はい、由乃ちゃんに返すわ」
 まあ、当然といえば当然だけれど、はいっと返されてしまったら返されてしまったで、複雑だろう。あげく、江利子が手を離したとき「あっ」なんて寂しそうな声を上げたのが致命的だ。由乃ちゃんとしてもこれではとても手をつないだり腕を組んだりする気にはとてもなれまい。
 結局、ツイッと顔を背けたままだった。あれは、後でいろいろとご機嫌取りをすることになるんだろう……ご愁傷様。
 ともかく由乃ちゃんの爆発だけは避けられるようになったのだけれど……何となく江利子のその楽しげな表情をみていると背筋がむずむずして来る。いったい何を企んでいるんだ?
 しばらく歩いて目的地であった駅のそばの百貨店に到着。みんな次々に回転扉を通って百貨店の中に入った。
 せっかくここまで来たのだし、普段だったら直行したりせずにいろいろと見て回っていくのだけれど、江利子の様子が気になるし、蓉子も今のところ止める気がないようだから、寄り道なんかするのは地雷原になんの装備もなく突っ込むようなものだ。
 というわけで、さっさと着物売り場に行って浴衣を選んで帰るべく、早速エスカレーターに向かおうとしたのだけれど、その願いもむなしく蓉子から呼び止められてしまった。
「せっかく来たのだし、いろいろと見ていきましょうよ」
 まあ、予想通りだったけれど、少しため息。
「そうだね。祐巳、見ていこうか」
 祐巳も、あまり気乗りはしないのだろうけれど、特に断る理由もないし「……はい」と答えた。
 浴衣以外のものも買ってあげようと思っていたし、ちょうどいい……そう考えることにしよう。
「じゃあ、そこの手提げ鞄でも見ていこうか」
「いいわね。ちょうどもう少し大きめのがほしいと思っていたところなのよ」
 と、ホントかどうか知らないけれど江利子が乗ってきて、みんなで見ていくことになった。



 つづく