もうひとつの姉妹の形 -another story-
 どうしてこんなことになってしまったのだろう?
 今、私は危機に瀕している。今までにたびたび経験してきたことではあるけれど、危機は危機。経験したいものでは決してない。
「ねぇ、令ちゃん」
「ねぇ、令」
「は、はい……」
「どっちの方が良い?」
「どっちを選ぶの?」
 ずいずいっと迫ってくる由乃とお姉さま……
「私よね?」
「私よね?」
 同じ言葉を口にして両側から迫ってくる……問題は二人ともが手に持っているリリアンかわら版。
 いったい、どうすれば良いというのだろうか。
 助けて、マリア様。



『ひざまくら』

 ぽかぽか陽気がすばらしくて、ここは一つとお昼休みに祥子を誘って外で一緒にお弁当を食べることにした。最初は私が教室にやってきたのを驚いていたけれど、誘ってみると久しぶりに二人で食べるのを祥子も喜んでくれた。そうして、中庭にシートを敷いて一緒にお弁当を食べることになった。  ……そこまではよかったのだけれど。  ……お弁当を食べながら、時折うつらうつらと。普通、何か食べているときはわりと目が覚めるものだけど……。これはよっぽど眠いのだろう。  今の時期、なぜそうなっているのか予想は付く。一年前は私もそうだった。それでも、あくびをしたりしないのは、さすが祥子というべきなのかもしれない。 「祥子」 「あ、はい。なんでしょうか?」  お弁当をつまんでいたはしを止める。表情を引き締めようとしているけど、眠たげな目元までは隠し切れてない。  どうしよう? そのまま「眠いの?」なんて聞いても、この子が「はい、そうです」なんて認めるわけがない。  せっかくの陽気だったけれど、祥子にすまないことをしてしまったかもしれない。いや待てよ。これはチャンスかもしれない。  ならばと、この千載一遇の機会を生かすべく考えを巡らす。 「……お姉さま?」 「あ、ごめんなさい。ところで祥子」 「はい?」 「今、ものすごく眠いでしょ?」 「!……そんなことありませんわ」 「そうかしら?」 「そうです」 「そう」 「そうです」  見破られてしまったのを何とか取り繕うと必死になっているのがかわいい。  私があっさり引いたから、うまくごまかせたと思っているようだけれど、あなたのお姉さまはそんなに物わかりが良いわけでもないし素直でもないの。  それ以上何を言うこともなく、お弁当を食べ始めた私を見て、どこかほっとしたような表情を浮かべながらも祥子も続く。  それにしても本当に良い天気。これでは祥子でなくても眠くなろうというものだ。  少し眠たげにしているふりを見せてできた隙を突いて! 「眠いでしょ?」 「っ。そんなことありません」 「そう」  良い線行けたと思ったんだけど、残念。でもあきらめない。  あ、この肉団子、我ながら絶品かも、おもわずうっとり。  ……と、見せかけつつ慎重に祥子の様子をうかがう。(本当においしかったけど)  ……今だ! 「眠いでしょ?」 「ふぉんなこと……。不出来な妹で申し訳ございません」  あくびになりかけた瞬間を突いたのだから、さすがに言い訳のしようもない。  まるでこの世の終わりのような顔を浮かべ、肩をふるわせながらうつむいてしまった。  もう遠くない日に卒業しまてしまう私……お姉さまに情けない醜態をさらしてしまった。こんなことでは……エトセトラエトセトラ。おおかたこんなところだろう。うつむいているから見えないけれど、この子のことだから悔しさと情けなさのあまり涙を浮かべてしまっているかもしれない。  本当にこの子ったら。  江利子あたりは姉バカと言うかもしれないけれど、そんなところが可愛くて仕方がない。でも、今はそんな姿を見るのが目的ではないのでさっさと本題にはいる。 「いいのよ、祥子。ささ、ここにいらっしゃい」  膝をぽんぽんと叩く。  ゆっくりと私の方に振り向き数秒。何を私がしたいのかが分かったようだ。 「そんな……」 「恥ずかしがることも、気に病むことも無いわ。これは紅薔薇の伝統だから」 「伝統、ですか?」 「ええ、ずっと前から続くね」  そう、姉妹は似るというか。  少なくとも私が知る限り、紅薔薇はここ何代にもわたって、特に責任感が強く真面目な人間が務めてきた。その結果として、引き継ぎが本格化するこの時期にその性格からか特に疲労がたまってしまう。そして今の祥子のように寝不足になってしまうことも珍しくはないのだ。 「で、それを見かねた時の姉が妹を代々こうして……ってわけ。だからさっきはごめんね。あなたが疲れているのを分かっていて何度も聞いたの」 「そうだったのですか……」  納得してくれたようだ。  聖と違って普段の行いが物を言うというものだ。  けれど、本当は大部分が創作……人はそれを嘘ともいう。 「さぁ、どうぞ」 「そ、それでは失礼します」  お弁当を手早くしまってから少し頬を染めつつ、体を横にして私の膝の上に頭をのせた。 「予鈴の少し前に起こしてあげるから」 「ありがとうございます」 「あなたも来年、志摩子にやってあげなさいな。きっとあの子もあなたと同じように、この時期、頑張っているはずだろうし」 「そう、ですね……」  よほど疲れていたようで、どれほどもなく静かな寝息を立て始めた。  そんな祥子の頭を軽くなでながらつぶやく。 「本当はね、最近、いえ、志摩子を妹にする前あたりからなかなか甘えてくれたりしなくなってしまったから、正直少し寂しかったのよ」  いつまでも甘えられるようでも困るものの、妹が独り立ちに一生懸命だとほほえましくも寂しくもある。それが複雑な姉心というものだ。 「だから、許してね、祥子」  それに手前味噌でなんだけど、これが伝統になるのは悪いことじゃない気がするし。  来年、祥子が志摩子に伝統なのだと、とうとうと述べたあとに同じことをしている姿が思い浮かび、思わず笑みがこぼれる。  そんなことを考えながら可愛い妹の寝顔を眺め、昼休みの残りを過ごすことにした。  祥子さまが紅薔薇さまに膝枕をしてもらってお昼寝をしている。  静かに眠るお姫様とそれを優しく包むお姉さま……いまさん。うむぅ、うまいタイトルが思いつかないけれど、いずれにせよすごく絵になる。今カメラを持っていたら、蔦子さんでなくてもきっとみんな写真を撮ろうとするだろう。  ……いや、ひょっとしたらむしろ逆に写真には収めてはいけないと思ってしまうかもしれない。 「いいなぁ」  ぽつりと横からそんな言葉が聞こえてきた。それで、そちらを見てみると、指をくわえて、目からうらやましいビームを全開にしている人がいた。  この人は私のお姉さまの佐藤聖。リリアンを代表する白薔薇さまのはずだけれど……アンタは子供かい! 「お姉さま……」 「良いなぁ、蓉子の膝枕」 「ん? ひょっとして単に膝枕ってだけじゃなくて、紅薔薇さまのそれだからうらやましいんですか?」 「うん。だって、あの蓉子が、だよ。蓉子にあんな風に膝枕してもらえる人間なんて祥子くらいのもんだよ。うらやましいよねぇ」 「ですか……」  あんまりにもきっぱりと答えられてしまったからちょっと呆れてしまった。  きっとこの人のことだから、後で紅薔薇さまに自分にもしれくれるようにおねだりしに行くのだろう。  お姉さまが紅薔薇さまにおねだりする光景を思い浮かべると、ありありとその光景が思い浮かんでしまった。予想外のことに驚くけれど、まんざらでもなくて、少し恥ずかしげにしながら膝枕してあげる紅薔薇さま……祥子さまの姿をお姉さまに置き換えてみる。  ちょっとむかむかしてきた。  そりゃ確かに、紅薔薇さまは私なんかとは比べるのもおこがましいほどすばらしいお方だけれど、だからってすぐ側に頼める人間がいるのに、それには見向きもせずに良いなぁって繰り返されたらおもしろくない。  私はお姉さまにとって妹だから、そもそも考えなかっただけだろうか?  それとも私のなんか紅薔薇さまの膝枕に比べるまでもないということなのだろうか?  前者であって欲しい……普通の人にとっては後者に決まっているけれど、お姉さまにとっては、お姉さまだけは前者であって欲しい。 「どしたの?」  私ごときが紅薔薇さまに嫉妬しているなんてことを口にするのはためらわれたのだけれど、このお姉さまのことだけは、たとえあの紅薔薇さま相手だって引きたくはない。  ……のだけれど、言い出すのは恥ずかしくて、言うか言わないか天秤にかけた結果、わずかに思い切って言う側に傾いた。 「あ、あの! お姉さま! 私じゃいけませんか!?」 「え? ……何が?」 「だ、だからその……」  膝枕に決まってるでしょうに!  鏡を見なくてもわかる。私の顔はトマトのように真っ赤になってしまっているだろう。  相当に恥ずかしくなってきてしまって、何で言ってしまったのか。いや、最後まで言っていないけど……後悔してしまう。 「ん〜〜〜……ほんとにしてくれる?」  やっぱり、さっきのはなかったことにしようかなと思い始めたとき、お姉さまから返ってきたのは思いもかけない、それでいて望んでいたことそのものだった。  お姉さまはして欲しいと思っているから、私の意志を確認しようとしてくれている。  そんなお姉さまの姿を見る事ができて、迷いなんか彼方へ飛んでいってしまった。 「はい」 「ありがと、じゃ、あそこのベンチいこ」  お姉さまが指さしたベンチに向かってスキップしたくなるほど弾んだ足取りで、お姉さまを引っ張って歩いていく。 『今日のご注文はどっち!?』  そんな見出しがさっきもらったリリアンかわら版の一番上の大きく躍っている。  そして、その下には紙面を左右に分割してそれぞれに『グラン・スールの膝枕』『プティ・スールの膝枕』と小見出しがつけられて紅薔薇姉妹と白薔薇姉妹の写真が載せられている。  もちろん紅薔薇さまが祥子さまに膝枕してあげているところと、私がお姉さまにしてあげているところ。  まさか新聞部に写真を撮られてしまっていただなんて……完全に失態。本気で恥ずかしくて。見た瞬間思わず悲鳴のような声を上げてしまった。  落ち着いてその写真に添えられていた文章を読んでみると、読んだ人が思わず膝枕をお願いしたくなってしまうような内容がずらずらと書かれている。  この記事のタイトルは某テレビ番組から持ってきたのだろう。相変わらずタイトルとしてはどうだろうかと思わないでもないけれど、文章の方は……さすがだ。  深い溜息をつく。 「ごきげんよう祐巳さん」 「ああ、ごきげんよう蔦子さん」  登校してきた蔦子さんの手にもこのかわら版があった。 「なかなか楽しいことになっているわね」 「うん……」 「これで、しばらくブームになること間違いなしね」 「だろうね」  黄薔薇革命の時は姉妹の解消とその取り消しがブームになってしまった。離婚に近い姉妹の解消というタブーがあったにもかかわらず、あれだけの影響力があったのだ。今回はそんなものはないのだから本当にはやってしまう気がする。  この当事者が私でなければ、私もお姉さまにおねだりしてしまっただろう。本当にそう思えるほどに文章もすばらしいし、この写真の雰囲気もすばらしい。  三奈子さまは新聞記者ではなく小説家を目指すべきだと断言してしまえそうだ。  しかし、今回のこと……お姉さまと妹の間に挟まれてしまう人の中には、困ってしまう人がいると思う。そして、私はそうなりそうな人を一人知っている。  本気の妹とあおって楽しむ姉の間に挟まれてしまう人を…… 「令、私の膝枕よね。甘えられるのはお姉さまの場合だけよ」 「そんなの希少でも何でもないじゃない。妹の膝枕、これよ、これしかないわ!」  どっちを選んでも絶対に後でひどいことになるってわかってる。マリア様、私はどうしたらいいのでしょうか? 「「ねぇ、どっち!!?」」