第二話

妙な展開

〜1〜
 明日は受験日だから早く帰らせてもらうけれど、今日も薔薇の館に顔を出すことにした。
 ここのところ引き継ぎをしているわけだけれど、みんな仕事を覚えるのが早くて内心驚いている。祐巳ちゃんが人一倍がんばっているのが二人にとっても良い意味で刺激になっているようだ。
「ごきげんよう」
 三人が揃っていて、今日することを話し合っていた。
「ごきげんようお姉さま、緑茶でよろしいでしょうか?」
「ええ、ありがとう」
 自分の席に座るとすぐに祥子が湯飲みにお茶を入れてくれた。
「お姉さま、明日は受験だったのでは?」
「ええ、そうよ。けれど、少しだけ顔を出すことにしたの、迷惑だったかしら?」
「そんなことはあるはずがないですわ」
「そう、それは良かったわ」
 祥子とのやりとりが終わると、明日受験だと知った令と祐巳ちゃんもがんばってくださいと言ってきてくれた。
「ありがとう。みんなからこんな風に応援してもらえるなんて嬉しいことだけれど、江利子とは扱いが違うっていうのもちょっと嬉しいわね」
 まあ、あんな受験をしていたらそれも当然。妹の令は苦笑するしかない。
「そういえば、黄薔薇さまは今日も受験でしたっけ?」
「ええ、確か今日は医学部よ。いっそのこと歯学部を受ければいいのにね」
 学部コンプリートを目指す勢いだけれど、歯学部はしっかり外されていた。
「お姉さまは歯医者が嫌いですからね」
 なんともいえない脱力感が薔薇の館におとずれた気がした。
「……さて。みんなは今日は何をするつもりだったのかしら?」
「備品のチェックをしておこうと思っていました」
 備品のチェックか……変なところにおいてあるのもあるから、ちょっと大変かもしれない。
「少し手伝うわ」
「ありがとうございます」


〜2〜
「じゃぁ、悪いけど今日はもう帰るわね」
「今日もありがとうございました」
 受験日の前日なのに手伝ってくれた紅薔薇さまに皆でお礼を言ったあと、祥子さまが外まで見送っていった。
 紅薔薇さまと祥子さまが出て行くのをぼんやりと眺めながら頭に浮かんだのはバレンタインデーのことだった。チョコレートについては図書室で調べることはできそうもないし、ということで横で一息ついている令さまに相談してみることにした。
 それで話を聞くと、去年令さまは江利子さまにトリュフチョコを贈ったそうで、高そうだあぁと思っていたら、なんと手作りということでびっくりしてしまった。
「なんならレシピの載っている本貸してあげましょうか?」
「え? 良いんですか?」
「ええ」
 そんなことを話していると、階段がきしむ音がして見送りから帰ってきた祥子さまが入ってきた。
「何か楽しそうな話をしているようね」
「バレンタインデーのチョコレートの話なんですが」
 そう言いながら戻ってきた祥子さまのためにお茶を入れる。すると何だろう? 祥子さまは「ありがとう」と言ってくれたあと、どこかうんざりとでもいったような感じで「チョコレートねぇ」と続けた。
「私の場合、バレンタインデーのことを考えると、今からげんなりしてしまうわね」
 あれ? 祥子さまはもしかしてバレンタインデーやチョコレートがお嫌いなのだろうか?
 あの時、気が重そうにしていたのは、引き継ぎのことじゃなくてバレンタインデーの方のことだったのか……そうだとしたら、祥子さまにも贈ろうと思っていたけれど、それは取りやめにした方が良いかな。
「くすっ、ありがとう。祐巳ちゃんからもらえるのなら大歓迎よ」
 一転微笑みを浮かべてそう言ってくれたけれど……どういうことかさっぱり分からずに、はてなマークを頭の上に飛ばしていたら、私が考えていたのはね……とげんなりしてしまう理由を話してくれた。
 去年のバレンタインデー、祥子さまにチョコレートを渡そうと大勢がチョコを手に押しかけて来たのだそうだ。確かにそんなの嫌になってしまいそうだ。とても食べきれないし……
「それにね。案の定、私が断った後そのチョコレート片手に令やお姉さま方の方に行った子が結構いたのよ。令は受け取ってホワイトデーにお返しまでしたそうだけれど……」
「それでもせっかくの機会に贈られるんだし、私は受け取らないっていうのはできないかな」
「まあ、令らしいけれど、今年はなかなかそうもいかないんじゃない? こわ〜い妹がいることだし」
「う……」
 山盛りのチョコレートを抱えた令さまの横で、不機嫌のオーラを燃え上がらせている由乃さんの姿が簡単に思い浮かんだ。
 そう、そんな風になったら由乃さんが黙っているはずがない……同じような想像をしたのだろう困ってしまった令さまはどうしたものかって真剣に考え始めた。人気者って大変なものなのだ。そういう意味では同じつぼみでも私は気軽だから、ある意味ありがたいのかもしれない。
「そうもいかないかもしれないわよ」
「へ?」
 またしても顔に出ていたのだろうけれど、そうもいかないってどういうことなのだろうか?
「彼女たちは贈る相手が別に特定の人じゃなくても良かったように、次期薔薇さまに贈りたいというだけなら、祐巳ちゃんも候補じゃないかしら?」
「え〜、でも私なんかに贈りたいなんて人いるでしょうか?」
「さぁ、その時になってみないと分からないわね」
 どこか楽しそうに笑う祥子さま……ひょっとして私たちをからかって楽しんでいます?
「まあいいわ、そろそろ続けましょうか」
「そうだね」
「はい」
今からは私たちだけで引き継ぎに関係する仕事を片づける。引き継ぎは私たちが来年から薔薇さまとして立派にやっていけるように仕事を覚えるのが一番大事なことだけれど、それだけじゃなくて来年からどうするのか私たちで決めておかなければいけないことも結構あるのだ。
黄薔薇さまはちょっとアレだけれど、そうでなくても受験で忙しい薔薇さまたちに連日付き合ってもらうなんてわけにはそもそもいかないのだから、自分たちだけでという風にしていかなければいけない。


 帰りのバスの中で気になる会話が耳に飛びこんできた。
 普通の会話ならいつも通り聞き流していたのだろうけれど、受験がらみの話で、しかも真剣そうな音を含んでいたから耳を向けずにはいられなかった。
「お姉さま、ずいぶん受験で悩んでいるのよ」
「あれ? でも、かなり成績良いんじゃなかったっけ?」
「ええ、でも、やっぱりうちってエスカレーターののんびりした学校じゃない。進学校でがんばってきた人たちとは全然違うそうなのよ。それで、雰囲気に飲まれてしまって……最初に受けた大学落ちてしまっているのよ……」
「それは大変ね」
「もうすぐ本命の受験日だっていうのに……」
「そんなときこそ妹の出番じゃない。踏ん張らないと」
「そう、そうなんだけれど……何したらいいかなって」
「う……」
 うむむ、かなり深刻そうだ。
「お弁当作って持って行ってもらったりとかは?」
「……その落ちたときの試験でしたの」
 重い沈黙が流れる。相談された側の人はがんばって何かないか考えている。
「あ、そうだ。神社に行って合格祈願のお守りもらってきたら?」
 ヲイヲイ
 ひらめいたって感じで言ったのだけれど……「……リリアンってカトリック系よ?」と返されたその通り。どこを受けるのかは分からないけれど、マリア様のお庭で育ってきた私たちリリアン生がお守りを持って受験って問題ない?
「そういったってそれほど熱心な方じゃないでしょ? たぶん家には神棚か仏壇あるんじゃない? なら、それほど気にしなくても良いわよ。ちゃんとした形になっているもので、しかも試験会場に持ち込めるもの。そんなに励みになるものはないでしょう?」
「なるほど……」
 思わず私も口に出しそうだったけれど、何とかそれはこらえる。そんなの聞き耳たてていましたって全力でアピールするようなものだ。
 それからややあってバスがバス停に着き二人は降りていった。
 再びバスが走り始め、窓の外の景色が動き始める。
 お姉さまも成績はトップクラス。けれどそれはあの生徒が言っていたようにリリアンの中だけ、どこの大学を受けるのか知らないけれど全国から集まってくる猛者を相手にしなければいけないとなると、普段の試験なんかと同じようにはいかないに違いない。
 あの生徒のお姉さまもそうだし、方向性は逆だけれど乃梨子ちゃんもそうだった。同じように試験会場に入ったらお姉さまでも雰囲気に飲まれてしまったりするかもしれない……あのお姉さまが? という気持ちもあるけれど、お姉さまだって人の子。絶対なんてあり得ない。
 もし、そうなってしまったら……それはいけない。そんなのダメだ。
 何か、私にできることはないだろうか……
 あれこれ、思いつくことは色々とあったのだけれど、すぐに自分でみんな打ち消した。どれもこれもぱっとしない……そう、先月あの祥子さまだって、紅薔薇さまの受験のことで悩んでいた。紅薔薇さまにとっては祥子さまが側にいてくれるだけで十分だったけれど、お姉さまはどうなのだろう?
 それに、側にいればといっても試験会場で側にいるわけにはいかない。そういうことを考えるとあの人たちが言っていたお守りというのはなかなか良い案であるようにも思う。
 私もお姉さまもチャンポン仲間。初詣にだって一緒に行ったしなら良いんじゃないかな。
 ……明日にでも行ってみようかな?
 ふとバスが止まったので窓の外を見ると、ちょうど私が降りるバス停だった。
「お、降ります!」
 慌ててバスから降りた。他にも降りる人がいて良かった……いなければそのまま通過してしまっていたところだった。


〜3〜
「ごきげんよう、どなたかいますか〜?って、つぼみがそろっているのがわかっているから来たんですけど」
「………」
 どうしてこの方がここにいるのだろうか?
 新聞部部長の三奈子さまが私の目の前にいる……リリアン通信の一件で自粛中なのではなかったのか?
「ごきげんよう、福沢祐巳さん」
 三奈子さまにばかり目がいっていて気づかなかったけれど、その横にもう一人、山口真美さんがそこにいた。
「ごきげんよう」
「今日は祐巳さんたちつぼみに話があってきたのよ、他の二人は二階かしら?」
「はぁ」
「どうしたの? 私は会わせてもらえないのかしら?」
 自覚があるのか、遠回しに皮肉でも言っているのかは、いまいちわからないけれど、いくら私が話をしたくないといってもそれだけで断るわけにもいくまい。
「いえ、どうぞ」
「じゃあ、おじゃまさせてもらうわね」
「おじゃまします」
 本当にじゃまだと思いながらも、二人を引き連れて階段を上りビスケット扉を開く。
「あの、三奈子さまがお越しです」
「あら、意外な方がいらしたのね。今日はどんな用件かしら?」
 三奈子さま相手には不快感を隠す気はないのか、お客さまとして迎える態度はとらなかったけれど、それを気にするような人ではないのだこの方は……ずかずかと入って、自分で勝手に空いている椅子を引いて座り「楽しく御歓談のところ、お邪魔してごめんなさいね」なんてうわべだけの言葉を口にする。
「いえ、構いませんわよ」
 一方の真美さんは失礼しますと一応断りをしてから三奈子さまの横の椅子に座った。
 お客さまが来たらお茶の一つでも出すところなのだけれど、私は彼女たちにお茶を出す気にはならないし、志摩子さんも由乃さんも動かない。祥子さまだけでなくもちろん令さまも同じで、そのことについて何も言わない。
「そう、それは助かったわ。早速だけれど、つぼみの皆さんはバレンタインデーはどうなさるのかしら?」
「バレンタインデー?」
「バレンタインデーをどうするかという質問に聞こえましたけれど、間違いはないのかしら?」
「ええ」
 コホンと一つ咳払いをしてなにやらバレンタインデーに関して色々と想いらしきものを語り始めた。
 さらにその背景の話云々……ずいぶん長い間延々と演説を繰り広げているけれどいったい何を言いたいのだろうか?
「えっと、単刀直入に申しますと、新聞部が企画しましたバレンタインデーのイベントにつぼみの皆さんのご協力をお願いしに来ました」
 延々と続くかと思った熱弁を遮って真美さんが、思い切りダイレクトに言ってくれた。
 妹に演説を遮られたのが不満なのかむっとした顔をする三奈子さま。しかし、さっきの話をどうすればそんな話になるのだろうか?
「もちろん、その日に山百合会の方で何かイベントをするような予定がないことが前提ですので先ほどお聞きしたのはそういうことです」
 三奈子さまの言葉を解説……翻訳? してくれる真美さん。彼女がいてくれてすごくありがたい。
「日頃お世話になっている一般の生徒にも楽しんでもらおうと企画したもので、もしつぼみの皆さんにご協力いただけるならば、このようなものにしようと考えているのですが……」
 そう言って真美さんが企画書を私たちに配る。さっきから仕事取られてばかりだけれど、部長とお姉さまとしての権威は両方とも失墜してしまっているのだろうか?
 まあそんなことはどうでも良いことだし、とりあえずその企画書に目を通してみることにする。
 校内に隠されたつぼみの手作りチョコレートを探し出すイベント。で、新聞部はその独占レポートをさせてもらうと、そんな企画。
 チョコレートか、元々お姉さまと祥子さまに手作りのチョコレートを贈ろうとしていたから、手間という意味ではそんなに増えるというわけではないけれども……
 あんなことをしでかしてくれた三奈子さまの企画だというのが、やっぱり嫌だし、何か仕組んでいるのではと思うところもあって、頷いたりはしなかったのだけれど、チョコレートを隠すとことについて祥子さまと令さまからそれぞれ反対意見がでてきた。
 確かに、衛生上気になるところはあるし、学校中にチョコレートがあふれている日である以上、このチョコレートはつぼみの隠したものなのかそうでないのかというのがいちいちついて回るようでは大変だ。
 そんな感じで話が却下の方向に傾くと、三奈子さまはチョコレートではなくカードを隠して、見つけ出した賞品には半日デートなんて案をだしてきた。
「反対!!」
 三奈子さまが言い終わらないうちに、由乃さんが立ち上がって叫んだ。
「絶対、絶対、絶対反対! そんなの変! 一個人のプライベートな時間を賞品化するなんて間違ってる!」
 パニックを起こして可愛い猫の皮を被るのをすっかり忘れてしまっていたけれど、それは二人にとっては大きな衝撃だったのか、目を白黒とさせて動揺している。
 しかし、私たち当事者が何か言う間もなかった。言いたいことの結論は一緒だからいいけれど
「志摩子さんだって反対よね!?」
「……バレンタインデーの日は、学校がありますけれど?」
 由乃さんから猛烈な勢いでふられた志摩子さんが発した言葉は、確認の言葉だったのか、それとも学校があるからそんなイベントはできないのではないかという反論だったのか、三奈子さまは後者としてとり説明をしてきた。
 賞品のデートは日曜日ということだそうだけれど……そんなのしたくないという以外に、私としてはもう一つ根本的な問題がある気がする。それが良いか悪いかはおいておいて、祥子さまや令さまとのデートなら、確かに商品としての価値があると思う。けれど私はどうなのだろう? わざわざ日曜日をつぶして私と一緒にどこかに出かけて、その上で新聞部にみっちりインタビューされるなんて、賞品というよりは罰ゲームに近いのではないだろうか?
「どう思う?」
 祥子さまが私たちに意見を聞いてきた。
「ネックは半日デートよね。由乃じゃないけれど、人間を賞品にするって何か気持ちよくない」
「祐巳ちゃんは?」
「あ、はい。反対です」
「私も反対。じゃあ、全員一致で却下ということで良いわね?」
 企画書をひとまとめにして突き返す祥子さま。
「ちょっと待ってよ」
 慌てふためいたのは三奈子さま。返された企画書を再びテーブルに戻して必死に訴えてくる。
「大見得切ってクラブハウス出てきたのよ。その場で断られたなんて、口が裂けても言えないわ」
 媚びるような視線を向けたって、それが三奈子さまでは何の意味も持たない。
「今日のところは黙っていて、明日になったら報告すれば?」
「そんなこと出来ないわよ。みんなから問いつめられたら私きっと口をわってしまうもの」
「それは三奈子さんの都合で私たちには関係ないことよ」
「祐巳さん、先輩がこんなに頼んでいるのよ、何とかして」
 ひえっ、この人先輩としての強権を私に対して向けてきた。
 曲がったことが大嫌いな令さまが口を挟もうとしたけれど、真美さんの大きな溜息の方が早かった。
「全く……つぼみの皆さま、姉が見苦しい真似をしてしまい申し訳ありません。けれど、回答については明日に延ばしていただくことはできないものでしょうか?」
「そうね。回答は変わらないけれど、ここは真美さんに免じて、一日だけ回答を延ばして差し上げましょう」
 それで良いわよねと私たちに確認してくる。三奈子さまだけなら、絶対に待ってあげないところだけれど、真美さんのためなら一日くらい待ってあげても良いかな? と思ってうなずいた。そしてそれは、令さまも同じ。
「ありがとうございます。それでは、また明日、一応訪問させていただきますね」
「ええ、お待ちしているわ」
 さんざんな扱いを受けて不満であろう筈の三奈子さまだけれど、最後に出て行くときそれほど不満そうな顔はしていなかったのが何となく気になった。


 目的地は天満様……複数の宗教にすがる、チャンポンじゃ効果は相殺されてしまうかもしれないけれど、私は元々チャンポンな人間だしお姉さまもそうだから、まあいいんじゃないかな?
 それにそもそも、お姉さまが緊張したりしなくなればっていうのが目的なのだから、あまり御利益は関係ないかもしれない。
 そういう結論を出して本当に電車に乗って来てしまった。けれど、引き継ぎの仕事を終わらせてからだったからずいぶん遅くなってしまった。
 もう日も沈んでしまって辺りは暗くなってきているけれどまだやっているだろうか? と不安だったのだけれど、ちょうど巫女さんが一人歩いているのを見つけた。
「すみません、合格祈願のお守りいただけますでしょうか?」
 早速駆け寄って頼んでみる。
「は、はい、こちらへどうぞ」
 一直線に駆け寄ってきた私にびっくりしてしまった様子……ごめんなさい。
 ともかく、合格祈願と刺繍が入ったお守りを買うことができた。
 お守りを鞄に入れて、石階段に腰を下ろした……あんまり良い行動ではないけれど、疲れてしまった。
 体育の時間のマラソン……まあ実際には単なる長距離走なのだけれど、大変なものは大変に変わりない……に始まって、三奈子さまの襲来。引き継ぎの仕事ときて、その上でここまで来たのだ。疲れてしまうのも当たり前かもしれない。それで、お守りが買えなかったのなら目も当てられないのだけれど、ちゃんと買えたんだし、そのかいはあったかな?
「よし! 帰ろう」
 自分に軽く気合いを入れて立ち上がる。目的は無事はたせたのだから家に帰ることにした。


 夜、お風呂をあがってから、ベッドに寝そべりながら令さまから借りた本を開けると、付箋が貼られているページにトリュフチョコレートのレシピが載っていた。令さまはそんなに難しくないと言っていた……確かにこのまま作るとしたらそんなに難しくなさそうではあるけれど、そのままというのはどうだろうか? 
手作りであれば十分といえば十分なのかもしれないけれど、初めてお姉さまに贈るチョコレートなのだし何か特別なものにしたい。けれど特別っていってもどうしたものか……
 他のページにもいろんなチョコレートのレシピが載っているのだし、しばらく考えていたけれど思いつかなかったので、そういったものを見ながら何か思いつかないか考えてみることにしたものの、なかなかこれぞといったものは思いつかなかった。
 しかも、祥子さまにも贈るとなれば滅多なものを贈れないのではないだろうか? なんといっても祥子さまはお嬢さまの中のお嬢さま……結構大変かもしれない。
 何もお姉さまと同じものにする必要はないけれども……それぞれ別のものを作るとしたらこれぞといったものを二つも考える必要があるからどのみち大変そうだ。
 色々と考えてみてなかなか良いかなって思ったのは、白薔薇だから白、トリュフチョコレートを普通のチョコレートじゃなくてホワイトチョコレートでというのものだったのだけれど……それって単純すぎないだろうか? それも、それはお姉さまには誕生日プレゼントの時に贈った手袋で使ったから同じというのはいかがなものか……
 チョコレートについてはまだ日もあるし、また考えることにして、今日の分の引き継ぎの復習を済ませてしまうことにした。


〜4〜
「ごきげんよう、白薔薇さま」
「……ごきげんよう」
 どうして、三奈子が三年生の昇降口の前で待ちかまえているのだろうか……
 これは、どう考えても私に話があるって形。いったい三奈子が私に話ってどんなことなのだろうか……気が重いけれど「で、話は?」と聞いてみる。
「実は、白薔薇さまにご協力していただきたいことがありまして……」
「協力ねぇ……」
 やっかいごとを持ってきたんじゃないだろうなぁと思っていると「これなのですが」と言って、なにやら企画書らしきものを差し出してきた。
 軽く目を通してみると、バレンタインデーのイベントの企画だった。
「で、私に何をしろと?」
「実は昨日つぼみの皆様に持ちかけたのですが断られてしまいまして……」
 つまり、お姉さまであり、薔薇さまでもある私たちからつぼみに圧力をかけろということのようだけれども、三奈子の提案をそう簡単に受け入れると思っているのだろうか?
「もちろん内容をしっかりとご覧になってからでけっこうですので」
「ふむ……」
 かなり自信ありげな感じ……性格や行動には問題はありすぎるけれど、能力だけでいうならば確かな人間の一人だ。ならばそれだけ魅力的な内容だということだろうか?
「……考えとく」
「ありがとうございます」
 そういって軽く頭を下げてきたけれどもその表情は、してやったりとでもいった感じか、にやりと笑っていた。三奈子にそんな顔をさせるのは正直しゃくだけれど、それだけの企画ならそんな理由で切るのは勿体ないし、逆ならば、三奈子をがっかりさせてやればいいか

 
 そうして休み時間に改めて企画書をしっかりと読んでみた。やっぱりしゃくだけれど、内容だけでいえばなかなかおもしろそうだと思う。
 それに、祐巳にとっても他の生徒とふれあうということは悪くないと思うし、これから祐巳が薔薇さまとしてやっていくことを考えれば良い機会ではないだろうか?
 こんなイベントに妹を参加させるなんて江利子の食指が動かないわけがないから、私が祐巳を参加させれば、数の上では二対一にできるから祥子が反対しても押さえ込めるはず。
 蓉子と一緒になって拒否してしまえばそうもいかないけれど、たぶんそうはならないのではないだろうか?
 一応蓉子の意見も聞いてみようと蓉子の教室に出向くと、自分の席で赤本を眺めている蓉子の姿を見つけることができた。私に気付くと本に栞を挟んでパタンと閉じた。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、三奈子来た?」
「ええ、これでしょう?」
 と言って私ももらった企画書を見せてきた。ならば話は早い、単刀直入に「で、どうするの?」と聞いてみる。
「祥子に参加させようと思っているわ。三奈子の案だというのにはどうしても抵抗を感じてしまうけれども、つぼみと山百合会にとっても良いことだし、罪滅ぼしという風に好意的に受け取ってあげることにしましょう」
 三奈子はそんな風には万が一にも考えていないけれども、そういうことにしておくのか……
「それにね、私にとっても良い機会かもしれないしね」
 そうか、山百合会と一般生徒との距離を小さくするという蓉子の夢か、なるほど。
「持ってきたのが三奈子じゃなければなおよかったのにね」
「そこまで言うのは欲張りでしょう」
 少し苦笑が混じった笑みを浮かべながらそう返してきた。


〜5〜
 ……まずい。
 今日は二月上旬にしては暖かくて過ごしやすいのだけれど……今の私にとってはそれが逆にまずい。
 まぶたがとっても重くなってきている。
 昨日夜遅くまでやっていたのが原因だけれど……それを言い訳にするわけにはいかない。
 でも、コクって感じで落ちかけてしまった。
 まずい……パンパンって頬を叩く。そんな感じで眠気と格闘していたせいで全然授業の内容が頭に入ってこなかった。
 いや、それだけじゃなくて途中少し意識を失ってしまったりしてしまった……


 休み時間になると志摩子さんが私のところにやってきた。
「どうかしたの?」
「私がどうかしたというわけではないのだけれど、祐巳さん大丈夫かしら?」
 何が大丈夫なのかすぐにはピンと来なかったのだけれど、すぐに教えてくれた。
「最近眠たそうにしていることが多いけれど、無理していない?」
 確かに、最近夜遅くまで引き継ぎの復習をしていたり、昨日なんかはお姉さまと祥子さまに贈るチョコレートについて考えていたりもしていたせいで眠たかったりする。さっきの授業ではうとうととしてしまうだけじゃなくて、ちょっとだけだけれど寝てしまったけれど、その辺りからだろう。
「ううん、でも無理ってほどじゃないよ。ありがとう」
 やっぱり自分のことを気遣ってくれる人がいるというのは嬉しいものだ。
「そう……?」
 けれど、志摩子さんの心配そうな顔は変わらない。
「元気だけが取り柄みたいな私だから、大丈夫だよ」
 力拳なんてできるわけないけれど、そんなポーズをしながら返すと「そう……ならがんばってね」と笑顔で応援してくれた。


 昼休み、お姉さまがやってきて一緒にお弁当を食べることになった。
今日は暖かいし風も殆どないし、屋上に行くことになった。
「お姉さま、珍しいですね」
「そうだね」
 久しぶりにお姉さまと二人のお弁当。一緒にっていうのはこの前薔薇の館で志摩子さんも交えてがあったけれど、やっぱり嬉しかった。
階段を上ってドアを開けて屋上に出る。他にも目をつけている人たちは多かったのか、結構屋上にいる人は多かった。
 適当に空いている場所に腰を下ろしてお弁当を広げる。
 それで、食べ始めたのだけれど、そこで、今日久しぶりに二人でお弁当を食べることにした理由を言ってきた。
「今日はさ、一つ祐巳に話があるのよ」
「はい、何でしょうか?」
「これ、参加してみたら?」
「へ」
 私の前に差し出されたのは新聞部の企画書……まさか、これに参加しろと?
「三奈子が持ってきたものってのがしゃくだけど、なかなかおもしろそうなイベントじゃない」


〜6〜
「まいったなぁ……」
 令さまがこぼした言葉は私たち三人共通の想いだった。
 それぞれが個別にお姉さまに申しつけられたから、自分だけだと思っていたのだけれど……こうして一堂に集まって初めてそうでなかったと分かったのだ。
 黄薔薇さまの方は何となく予感がなかったわけじゃないけれど、紅薔薇さまが三奈子さまが持ってきた案にのるなんてまるで思わなかった。紅薔薇さまが反対してくれれば大丈夫。そんな風に思っていたのに……紅薔薇さままで陥落しているだなんて、三奈子さまはいったいどんな魔術を使ったのだろうか?
「はめられてしまったわね」
 悔しそうな祥子さま。みんな、一日くらい延ばしたところで何も変わるわけはない。三奈子さまが一緒に来るかどうか分からないけれど、ここに来る真美さんに企画書を返してそれで終わりになるとばかり思っていたのに、新聞部だけでなくお姉さま方まで敵に回ってしまった?
 昨日帰るとき、三奈子さまがあまり不満そうじゃなかったのは、あの時にはもうこうするつもりだったのだろう。
 劣勢に立たされた現状をどう打開するのか、由乃さん、志摩子さんも加えて対策会議をすることになったのだけれど……良い案なんてちっとも出てこない。
 ドンと机を叩いて「真美さんにだまされたのよ!」って由乃さんが叫んだけれど、その通りなのかもしれない。三奈子さまの悪印象が強すぎるだけに、真美さんに好印象を感じてしまう。それが、何かものすごい罠であるような気がする。……あの二人の組み合わせって何となくすごい気がしてきた。
「そうだ、この前の一件をつかって新聞部に活動停止処分下すとか何とかできない?」
 由乃さんの出した案がこうしてから初めて出た具体的な案だけれど、それは難しいんじゃないだろうか?
「一区切りつけられてしまったから、いまさら蒸し返すのは難しいでしょうね……それに、いくら実質的に私たちが中心になったと言ってもまだお姉さまたちが薔薇さまなのだから、活動停止のように重い処分を下すなら了解が必要よ」
「そっか……」
 祥子さまにだめな理由を説明されて、せっかく思いついたのに……って感じで由乃さんが小さくなってしまった。
「どうしようもなくなってしまったら、三奈子をはずすという条件を出してみるのはどう? 真美さんの方がさすがにましそうだし」
「……どうかしら? リリアン通信第二号が出てしまうかもしれないわ」
 全員が同じように渋い顔をうかべた。そう、彼女ははずされたらはずされたで絶対に何かするような人間だった。
 令さまの最後の妥協案みたいなもダメ。新聞部の方を何とかするというのはどうやらだめなようだ。つまりお姉さまたち薔薇さまたちを何とかしない。しかし、どうしたらいいやら……
 結局良い案が出てこないまま話がとぎれて嫌な空気が漂い始めた頃、ちょうどその三薔薇さまがそろって登場した。
「お待たせ」
「べつに、お待ち申し上げてなんかいりませんでしたけれど」
 可愛くない台詞を吐いたのだけれど、そのすねた表情は十分に可愛かった。迷惑の種をまきに来たと分かっていても、紅薔薇さまの顔を見れたことが嬉しくないということはないようだ。
 そして、その迷惑の種がまかれた。
 最初は紅薔薇さまが祥子さまに……第一ラウンドが始まった。
 祥子さま劣勢で言い合いが続いていったのだけれど、祥子さまが頑なな態度を取っていると「残念だわ……」とすごく残念そうに紅薔薇さまがつぶやいた。
 お姉さまや、おもしろいものには目がない黄薔薇さまではなく、あの紅薔薇さまがどうしてそんなに残念がっているのだろうか?
 とはいえ祥子さまには効果覿面だったようで、すごく困ってしまっている様子。
「ところで祥子、バレンタインデーにチョコレートをくれるつもりはあるかしら?」
「え? あ、はいそのつもりですが」
 突然話題を変えられて戸惑いながらも返す祥子さま。
「チョコレートは良いわ」
「え?」
「その代わりに、この薔薇の館を一般生徒でにぎわう姿を私に見せてちょうだい」
「…………」
 うわ、すごいプレゼント要求。けれどもどうしてそこまでと思っていると、その理由を説明してくれた。
「私は紅薔薇さまとして、一般の生徒との垣根を低くしようとしてきたけれど……残念ながら、この薔薇の館が一般生徒でにぎわっているなんて風にはできなかった。でも、最後にそんな光景を見たいのよ……それには良い機会だから、ね?」
 紅薔薇さまの願いは叶えたいけれど、だからといってやはりしたくはないから、何もそんな方法をとらなくたってと思いつつも別の案が思いつかないといった感じか、黙り込んでしまった祥子さま……
「でも、私の一存だけでは……」
 と言って私たちを見る祥子さま。祥子さまが助けを求める視線を送って来るだなんて……でも、弱々しい祥子さまってやっぱり可愛い。
「令」
「はい」
 第二ラウンド、黄薔薇の攻防が始まった。
「あなたも私の妹になって、もうじきまる二年なのだから、私が何を言いたいのかは分かっているはずよね」
「はあ」
 勘弁してもらいたいのだけれど、避けて通れそうにはないから、どこかあきらめが入っている感じ。
 もうこちらはやる前から結果が決まってしまっているようだ。
 と、いうことは、残るは私だけになってしまうのか……
「お姉さまのおっしゃるとお」
「反対!!」
 しばらくのやりとりの後、令さまが渋々引き受けようとしたとき、たまらず由乃さんが令さまの声を遮って叫んだ。
「黄薔薇さまそういう圧力のかけ方って汚いです! 紅薔薇さまも、祥子さまが拒否できない方法を使うなんて汚いです!」
 おおう! 黄薔薇さまだけじゃなく、紅薔薇さまにまで口を出した……私にはとてもできない。さすが勇気あるというか、あるいは無謀というのかは分からないけれど……
「あら、蓉子まで言われちゃったわね」
「そうね、少し心外だわ。私は最後に見てみたいって言っていっただけで、単にそれにちょうど良い方法だというだけよ。他に良い方法があるのなら是非とも教えてほしいわ」
「そういうのが汚いって!」
「由乃ちゃん止めて」
「お姉さまのこと、悪くは言わないで」
 由乃さんの言葉を止めたのは祥子さま。参加させられるのはやはり嫌だけれど、お姉さまのことを悪く言われるのはやはり嫌で、そのまま放っておくことはできなかったようだ。
「……すみませんでした」
 祥子さまから言われてしまっては由乃さんには引き下がるしかない。
「蓉子と由乃ちゃんのガチンコ見てみたかったのにちょっと残念ね」
 黄薔薇さまそういうことは思っても口にするべきことじゃないと思うんですけれど……
「まあ、良いわ。さっき私のことを汚いと言ったけれど、令から言われるのなら仕方ないかもしれないと思うけれど、関係ない由乃ちゃんからは言われたくないわね」
「か、関係ないですって」
 挑発に簡単に乗ってしまった由乃さん。
「お願いだからちょっと由乃は黙ってて」
 令さまからも言われてしまって、き〜〜〜っ!! って感じで叫ぶ由乃さんに対して令さまは一言「バカ」ってつぶやいた。それがいっそう火に油を注ぐ……
「由乃がムキになればなるだけ、お姉さまを焚きつけるだけなのにどうしてわからないの……」
「え?」
「ふふ、その通り。まだまだね。由乃ちゃん」
 柳のように受け流そうとしていた令さまの努力を全て水の泡にしてしまったということに気づいた由乃さんは机に突っ伏してしまった。
「さっき、私が決めた方にするって、令は言ったわね。じゃ、イベントに参加してもらいましょうか」
 由乃さんの自爆? であえなく敗北……これで、残るは私一人になってしまった。
 二人から期待の込められた視線が集まってくる。さっき由乃さんの言葉を遮った祥子さまだけれど、やはりしたくないのは変わらないのだろう。
 よし……お姉さまに向き直る。私とお姉さまとの第三ラウンドのゴングが今鳴る。
「じゃ、そういうわけだからがんばってね」
「…………、じゃ、そういうわけだからって、何なんですかそれ!」
 面食らってしまってすぐには言葉が出てこなかったけれど、叫ばずにはいられなかった。
 他の二人が陥落したから最後の私はさらっと流そうって、いくら何でもそりゃないだろう。
「何? 二人とも納得したけれど祐巳はだめなわけ?」
 納得って二人とも全然納得してないじゃないか……そう言いたいところだけれど、言って蒸し返したところで何にもならないだろうから止める。
「ダメっていうか嫌です」
 自分の理由をきっぱり言えたけれど、お姉さまは「どうして?」なんて聞いてくる。
「どうしてって、賞品が半日デートなのに嫌じゃないなんてことあるわけないじゃないですか」
「う〜ん、でも、普通の生徒とふれあえる良いチャンスじゃない」
 確かに、つぼみとして普通の生徒とふれあうには良いチャンスかもしれない。紅薔薇さまが言っていた普通の生徒との間にある垣根を低くできるかもしれない。けれど、その方法というか賞品がデートなんていうのが一番の問題なのだ。
 どうしてお姉さまじゃなくて、どこの誰とも分からない人とデートをしなくてはいけないのか……それにクリスマスの時だって謝りこそしたけれどあんなことをした。単に自分だったらどうかを考えてないだけなのだろうか? それともお姉さまは私が誰か別の人を誘惑したりデートしたりしても嫌じゃないとでもいうのだろうか? 
「でもですね、嫌なものは嫌なんです」
「なんでよ? デートくらいけちけちしないでちゃっちゃっとやってきなさい」
 わざわざそのあたりを言うのも嫌だったし、言葉にしなくても気づいて欲しかった……だけど、お姉さまは全くそんな気配もない言葉を返してきた。
「そもそもそんなに言うなら賞品をお姉さまが半日デートするってのに変えたらどうなんですか!」
 どうして分かってくれないのか、私はお姉さま以外の人とデートなんてしたくないからだっていうのに……自分がそうだったらと考えさせたくて、思わずそんなことを口走ってしまった。けれどそれは失敗だったって気づいて取り消そうと思ったときにはもう遅かった。
「う〜ん、まあ、私はそれでも良いけど」
「お……」
「お?」
「お姉さまの分からずや!!」
 由乃さんじゃないけれど、お姉さまのために買ってきた合格祈願のお守り、もしポケットに入っていたら投げつけていただろう。いやひょっとしたら令さまから借りたレシピの本だって手元にあったら投げつけていたかもしれない。けれど幸か不幸か鞄に入っていたからそれもできず、ただ思い切り叫んで分からず屋のお姉さまの前から駆け出すしかできなかった。
「ゆ、祐巳!」
 お姉さまが呼び止めてきたけれど、止まってやるものか!


〜7〜
 二人ともいなくなってから、部屋には奇妙な空気が漂ったままになってしまっている。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう?
まさかこんなことになってしまうなんて……考えが浅かったのか妙な展開になって、いえ、してしまったのだ。
もっと、考えてから行動するべきだったけれど、今後悔していても始まらない。これからどうするかを考えなければ……
「面白いことになってきたわね」
 漂っている空気を破ったのは江利子だった。弾んだ声で本当に楽しそうだけれど、そうなるのは1+1は2くらい当然のことかもしれない。けれど江利子……まあいいか、考えなければいけないのは江利子のことではなくて二人のことだ。
「で、どうするの?」
「そうね……」
 祥子、令の二人を一応とはいえ落とせば、祐巳ちゃん一人でがんばりきるなんてことはできないと思った。それは正しかったのだけれど、まさかあんな風な言い方をするなんて……
それなのに聖は殆ど自覚していなかったようだ。そのままでは、追いついたとしてもうまくはいかないだろう。むしろ追いつかなくて、一度考える時間があった方が良いかもしれない……なら今はそっとしておくのが良いのだろうか? それともすぐに動いた方が良いのだろうか?
「私は放っておく方に一票ね」
「その方が面白くなるから? なら、すぐに動くことにしましょうか」
「ええ〜、別に私はそれだけで言っているわけじゃないのよ」
「そう? どういう理由かしら?」
「人の気持ちを考えない聖には良い薬ってこと」
 そういった後、私の耳元で「さらに言うなら、あなただって……ね?」と小さな声で私にだけ聞こえるように言った……私はそれに答えを返すことができなかった。
その時、私の気持ちなんか関係なく「おじゃまします」という声が下から聞こえてきた……そうだった。まずは新聞部の方を何とかする必要があったのだった。


あとがきへ