あたしは、負けない!
 
-  そ の 参  -
 

「シ〜ンジ!」
あたしは、上機嫌で、シンジに声をかけた。
「玉子焼き、作ってみたの。味見してくれる?」

今は昼休み・・・お弁当の時間だった。
普段だったら、周囲の目が気になって、とてもそんなこと、恥ずかしくて言えない。
あたしは、マナとは違うのだから。

でも、今日の玉子焼きは、会心のできだった。
シンジに食べてもらいたくて、つい言ってしまっていた。

「ど、どうしたんだよ、急に。」
シンジは、ちょっと面食らっているようだ。

「いいから。ほら、口をあけて。」
あたしの箸で、半ば強引にシンジの口に押し込む。
(だぁれ? 替わってほしいと言ってるのは!)

「どう?」
あたしは、期待半分、不安半分でシンジに尋ねた。

もぐもぐと口を動かし、シンジは、
「うん、上手にできていると思うよ。」

「ほんと? よかった、いろいろ研究した甲斐があったわ。」

「へぇ、アスカさんに、そんな趣味があるとは、知らなかったなぁ。」
マナが、当然口をはさんだ。

・・・趣味ですとぉ?

「ねぇ、わたしもいただいていいかしら?」
「(もちろん)いいわよ!」

あたしは、マナにも玉子焼きをあげた。多めに作ってきてよかった。

「うん、シンプルだけど、なかなか基本が押さえてあって、よくできてるわ。」
それが、マナの感想だった。

何を、えらそうなこと、言ってるのよ!

「よかったら、アスカさんも、わたしの玉子焼きも食べてみてくれない?」
「ええ、いただくわ。」

どれほどのものか、拝見してやろうじゃないの。

シンジは、あたしたちのやりとりを見て、何か言いたそうにしていた。
「あ、ごめんごめん。シンジにもあげるね、はい。」

あたしもマナから玉子焼きをもらったが、それを見て愕然とした。
赤いものと、緑のものが混ざっている・・・。

「何、これ?」
「へへ、マナ特製、オムレツ風玉子焼きだよ。ベーコンとピーマンが入ってるの。」

食べてみると、たしかにそうだ。
ベーコンのうっすらとした塩味と、ピーマンのほろ苦さがアクセントになっている。

「うん、けっこういけるよ、これ。」
シンジは、本当に美味しそうに食べている。

でも、これって・・・。

「邪道だわ!」
あたしは思わず、口走ってしまっていた。

「じゃ、邪道って・・・。」
「玉子本来の味を、ころしてしまっているじゃない。」

「別にいいじゃない、そんなこと。」
「そうだよ、アスカ。美味しければそれでいいじゃないか。
 あ、もちろん、アスカの玉子焼きも美味しかったよ。」
マナとシンジが、口々に言う。

「あたしは、嫌なの!」
そう言い捨てて、あたしはさっさと自分の席に戻った。




「なによ、玉子本来の味を極めもしないうちから、飾りつけに走っちゃって!」
ぶつぶつ言いながら、席に座ると、

「どうしたの、アスカ。」
ヒカリが心配そうに声をかけてきた。

「どうもこうもないわ、せっかくあたしが苦労して見つけた味を・・・。」
いいかけて、あたしはやめた。

何を言っても、ぐちになる。
それに、わかっていた。
マナのやり方が、決して間違っているわけではないことを。

あたしは結局、嫉妬しているのだ。
目先を変えたマナの玉子焼きを、シンジが気に入ったらしいことに。

ひとつのことしか視野に入らなかった、自分自身にやりきれなさを感じた。
『玉子焼きでも、マナに勝てなかった・・・。』
もう、どうでもよくなった。
料理でマナに対抗するのは、もうやめよう。

その日は一日、あたしは気分が悪かった。




それでも、放課後には文化祭のための練習に、音楽室に向かった。
バイオリンケースを持って、廊下を歩いていると、

「アスカ!」
チェロのケースを背負ったシンジが、早足で追ってきた。

シンジは、カヲルや鈴原たちとしゃべっていたんじゃなかったっけ。
文化祭が近づいてきているというのに、えらく余裕があるじゃない。
まぁ、あたしだって、ヒカリとちょっとだけ、おしゃべりしていたけど。

レイとマナは、とっくに音楽室に行っている。
少しでも、練習しておきたいという気持ちなのだろう。
あと、音楽室の使用は早い者勝ちなので、確保したいということもあるのだろう。

「アスカ、待ってよ!」
シンジが追いついてきて、言った。

「なによ。」

「その・・・昼間は、ごめん。」
「はぁ?」
シンジが、何を謝っているのか、よくわからなかった。

「だって、その、アスカが一生懸命作ってくれた玉子焼きに、
 ちゃんとした感想を言わなかったし・・・。」

「上手にできているとか、美味しいとか、言ってたじゃない。」 
「うん、でも・・・。」

「なによ、はっきりしなさいよ!」

「シンジ君は君に、悪いことをしたと思っているんだよ。」
不意に、カヲルの声がして、あたしは驚いた。

いったい、いつの間にそこにいたのか・・・不気味な奴ね。

「君が真剣に玉子料理を研究していて、今日になって『会心のでき』ができたというのに、
 すぐに霧島さんのものに興味を移してしまったってことにね。」

カヲルに続いて、シンジが言う。

「アスカが最近、料理に興味を持ち始めたのは、すごくいいことだと思うよ。
 実際、今日の玉子焼きはとても上手だったよ。
 基本を忠実に守ろうとしているところは、好感が持てるし大事なことだと思う。
 そんなアスカを、ぼくは励ましてあげることができなかった。」

「もう、いいわよ。なにを今さら、そんなことをいうのよ。」

「アスカが・・・あのあとずっと、機嫌悪そうだったから。
 トウジに言われたんだよ。『惣流の気持ちも汲んでやれ』って。」

ま、まさかトウジに、昨日のヒカリとの会話を、聞かれていた?
          ・
          ・
          ・
『どうしたのよ、急に。今までそんなに味にこだわったことなかったじゃない。』
『それは、ええと・・・。』
『碇君でしょ?』
『そ、そんなんじゃ・・・。』
『いいのよ、隠さなくても。アスカのこと、応援してるから。』
『う、うん。』
『霧島さんに、お弁当で対抗しようというの。』
『・・・まあね。』
『けっこう、大胆なんだ。霧島さんもまだ、碇君にお弁当あげたりしていないのに。』
『あたしだって、お弁当をまるまるあげようとは、思ってないわよ。
 鈴原と違って、シンジにはお母さんがお弁当作ってくれてるもの。
 ただ、霧島さんが玉子料理が得意らしいと聞いたから・・・。』
          ・
          ・
          ・
あの後すぐに、トウジが現われてあたしたちの会話に割り込んできたのだ。

「す、鈴原が何て言ったのよ!」
そう言いながら、あたしは自分の顔が赤くなるのを押さえきれない。

「べ、別に。
 ぼくは母さんに弁当を作ってもらえるから、洞木さんがトウジに弁当を作るのとは、
 アスカの場合は事情が違う。
 でも、アスカは今、いろいろと料理を研究していて、ぼくに食べてみてもらいたいらしい。
 とりあえず、マナが得意にしている玉子料理に、自分も挑戦してみようとしていると・・・。」

「それだけ?」

「うん。だから、そんなアスカがもってきた料理は、自信作の筈だから、
 しっかり味わって、適切なアドバイスをしてやるべきだ・・・そう言ってた。」

あたしは、ほっとした。
どうやら、トウジの奴は途中からしか、あたしとヒカリとの話を聞いていなかったらしい。
あたしの玉子焼き作りの本当の動機までは、伝わっていないようだ。
それにしても・・・紛らわしい、余計なことをするんじゃないわよ!

『あんたは、変に周囲に気をまわさずに、ヒカリのことだけ見てればいいんだから。』
あとで、トウジの奴には軽〜くヤキを入れておこう、そう思った。

「まぁ、いいわ。それでその、適切なアドバイスとやらは、どうなの。」
「どうって・・・。」

「単に美味しいとか、そういうことだけじゃないでしょ?
 とくにあたしが聞きたいのは、このまま工夫をかさねていくべきなのか、
 霧島さんのように、いろんなものを混ぜてみて、変化を求めるべきかってところね。」

「うーん、それはその人それぞれの、考え方だからねぇ。
 でも、アスカはバイオリンでもそうだけど、小手先のテクニックに走るタイプじゃない。
 どちらかというと、自分で、こうあるべきだというイメージを造り上げて、少しでも
 それに近づけようとするでしょ。
 それで、いいんじゃないかな。
 だから今のまま、シンプルな玉子焼きで工夫をしていけばいいと思うよ。」
 
「ふーん、そうかぁ。」
あたしは、少し納得できた。胸の中のもやもやが、少し解消されたようだ。
トウジにヤキを入れるのは、今回はかんべんしてやろう。

「わかったわ、ありがとう。
 後のことは、カヲルに聞くから、シンジ、あんたは先に音楽室に行きなさいよ。」

「え? 後のことってなに。」

「いいから、あたしはカヲルと話があるの!
 霧島さんが待ってるから、あんたはさっさと音楽室に行けばいいのよ。」

「わかったよ。なるべく、早くおいでよ。」
そういうと、シンジは先に音楽室に向かった。




歩み去るシンジの後姿を見送っていると、
「で、話ってなんだい?」
カヲルが尋ねてきた。

「シンジが言ってたこと、あれで全部?」
「全部とは?」

「ふに落ちないのよ。だいたい、鈴原が自分から『惣流の気持ちも汲んでやれ』なんて、
 言うわけないもの。」

「別に、不思議でも何でもないさ。

 『アスカ、元気ないみたいだけど、どうしたんだろうね。』とシンジ君が言い、
 『何があったんや。』と鈴原君が尋ねた。
 それで、昼間の一件をシンジ君が話したところ、
 『惣流のやつ、さいきん料理を真剣に研究しとるみたいやで。
  センセイにアドバイスのひとつももらいたかったところを、出鼻をくじかれたんとちゃうか。
  惣流の気持ちも汲んでやれや。』

 ・・・まあ、そんな展開だね。」

「そう、ならいいんだけどね。」

「でもね、惣流さん。」
「なによ。」

「なにごとも、急ぎすぎるのはよくないよ。これは友人としての忠告だ。」
「あたしが・・・何を急ぎすきているというのよ。」

「たとえば、シンジ君が言っていた、君のバイオリン。
 君は、とりあえずの目標や到達したいイメージを定めたら、一途にそれに向かって
 邁進しようとするだろ?
 そして、わりとあっさりと到達してしまう。」

「それが、急ぎすぎだというの?」

「いや、それだけならいいんだが、とりあえずの目的を達したら、
 君はそこで余裕を見せようとする。
 だけど、他人から見ると、それは余裕に見えないんだよ。
 ただ、生き急いでいるようにしか見えない・・・逆に、必死さが伝わってくるんだよ。
 エヴァに乗っていた頃も、そうだったんじゃないかな。」

「そう・・・かも知れない。」
身に覚えがないわけではなかった。

「もっと肩の力を抜いた方がいいよ。その方が、きっとうまくいく。
 シンジ君のことも、そうだ。」

「え・・・。」
カヲルが言わんとしていることがわかって、あたしは再び顔が熱くなるのを感じた。

「トウジの奴! やっぱり全部立ち聞きしていたのね。」

「それは、違うね。」
カヲルは微笑みながら、わずかに首を横に振って言った。

「おそらく、だけどね。
 君が、シンジ君に気があるのは、見る人が見ればわかる。
 それに気付いていないのは、たぶん鈴原君と、確実なのはシンジ君だ。
 君にかかわっている人物で、わかっていないのはこの二人だけだろうね。」

「そんな・・・!」
なんてお間抜けなんだろう、あたしって!・・・。

こんなふうにシンジについてアドバイスじみたこと言われたら、鈴原あたりだったら
絶対に許さないけど、カヲルに言われたことについては、不思議と腹は立たなかった。

「そんなにあたしって、もの欲しそうだったの。」

「そうは、言っていないよ。
 ただ、もっと肩の力を抜いて自然体でいたほうがいいと言っただけさ。」
そういうとカヲルは、あたしの肩をぽんと、軽く叩いた。

「あ・・・。」
いきなりのスキンシップにあたしは、戸惑った。
叩かれた肩を押さえて、呆然としてしまった。

「じゃあ、ぼくは行くよ。」
そう言い残すと、カヲルはシンジの後を追って行ってしまった。

あたしは、肩を押さえながら、先日公園でシンジに肩を揉まれたことを思い出していた。
『もっと、リラックスしていこうよ、アスカ。』
シンジは、そう言いたかったのかも知れない。

「そうよね、あたしって、何をこだわっているんだろう。たかが、玉子焼きじゃない。」
あたしはかぶりをふると、急ぎ足で音楽室に向かった。




音楽室に入ると、ちょうどレイとマナがタナトスを演っていた。
マナのピアノに合わせて、レイがボーカルをしている。

「ゴメン、遅くなって。」
あたしは声をかけたが、シンジもカヲルも、真剣に聞き入っていて、返事をしなかった。

・・・無理もなかった。
レイのボーカルは、あたしたちの楽器演奏とはレベルが違いすぎる。
何度聞いても、感動してしまう。

あたしは、ため息が出そうになった。
レイの歌を聴くと、何かにつけ対抗意識を出していた自分が空しくなる。

『歌うことが、気持ちいい。』
レイは、そう言っていた。

そう、それでいいのだと、あたしは思った。
表情には表さないが、レイは今、本当にのびのびと歌っているのだと思う。
肩の力を抜くとは、こういうことをいうのだろう。

あたしも、全ての思惑を捨てて、楽しんで演奏してみようと思った。

レイとマナのタナトスが終わると、
「うん、なかなか良かったよ。特に注文するところはないね。
 それじゃ、惣流さんも来たことだし、タナトスの弦楽器バージョンをいってみようか。」
カヲルがそう言った。

あたしとシンジは頷くと、それぞれバイオリンとチェロを構えた。

出だしは、シンジのチェロと、マナのピアノから始まる。
二人の息は、相変わらずぴったりと合っている。

途中からあたしのバイオリンが入るのだけど、これまではどちらかというと、
二人の演奏に対抗するようなところがあった。
割り込んでいくと言った方がいいかも知れない。

でも今回、あたしは楽しんで弾いてみようと思った。
上手く弾こうとか、思わないようにしよう。
シンジのチェロも、マナのピアノも、全て受け容れた上で、あたしも好きなように
バイオリンを弾いてみることにした。

うん、結構楽しい。なにか、すがすがしいものを、あたしは感じていた。

「・・・よかったんじゃないかな。」
演奏が終わると、シンジはそう言った。

「わたしも、そう思う。なにか、すごく弾きやすかったし。」
マナも、楽しそうに言った。

「そう? あんたたちもそう思った? 
 無理に合わせようとか、することをやめたんだけど。」
そう言うあたしも、思わず笑みがこぼれる。

「それでいいんだよ。ひとかわ剥けたね、惣流さん。」
カヲルは、そう言って微笑んだ。

「さて、それでは今度はG線上のアリアをやってみようか。」
あたしたち弦楽器組は頷くと、それぞれ椅子に座って楽器を構えた。

「それじゃいくよ、3,2,1,はい!」
静かに、ゆっくりと、曲が流れ始めた。




そして、文化祭の日がやってきた。

あたしたちの出番は、お昼過ぎ・・・体育館のステージだった。

一曲目は、あたしと、シンジと、マナのタナトス。
春の卒業式で一度披露しているけど、今回はマナのピアノが追加されている。
シンジとマナのゆっくりとした出だしが始まると、会場はしんと静まりかえった。

途中から、あたしのバイオリンが入る。
あたしは、自分だけうまく弾こうなどと考えずに、曲全体を楽しもうと思った。
誰が突出することもなく、三人の息はぴったりと合った。

演奏が終ると、一拍おいてから拍手が鳴り響いた。
うん、出だしとしては、まずまずね。

そして、二曲目。
レイのボーカルと、マナのピアノによるタナトス。

「Now it's time, I fear to tell
 I've been holding it back so long・・・」

表情を変えずに、せつせつとレイは歌い始めた。
一瞬、会場がどよめきに包まれる。そして次の瞬間には静まり返った。

身じろぎするのも忘れ、みんなレイの歌に聞き入っている。
普段のレイからは想像できないほど、彼女の声はよく通った。

レイが歌い終わったとき、会場は熱狂した。
いつまでも、拍手が鳴り止まなかった。

「まいったわね。」
あたしは、ぼやいた。
「これじゃ、いつまでたっても三曲目に入れないじゃない。」

「準備を始めればいいさ。」
カヲルはそう言った。
「イスに座って楽器を構えれば、演奏が始まるとわかるだろう?
 そのときには、騒ぎは収まるさ。」

「そうだね、じゃあ、準備にかかろうか。」
シンジは床に置いていたチェロを持つと、自分のイスに腰掛けた。

あたしたちも、それに倣う。
騒然としていた会場は、徐々に落ち着きを取り戻していった。

そして、カヲルの合図で三曲目、G線上のアリアは始まった。

ゆっくりだが、息の長い曲だ。
それだけに、調子を合わせるのが難しい。

でも、あたしたちは、精一杯練習したもの。
きっとうまく行く・・・あたしはそう思って、最後まで弾ききった。

予想以上に聴衆の拍手は鳴り響いた。
あたしたちは全員__マナも含めて__立ち上がり、客席に向かってお辞儀をした。

「アンコール!」
だれかが、叫んだ。

「アンコール、アンコール!」
会場のあちこちで、声があがる。

アンコールには、応えなければいけない。
いってみれば、そのために前回演奏したカノンは温存していたのだ。

カヲルとシンジは頷き合うと、再び席についた。
あたしたちも、再びイスに座るとそれぞれの楽器を構える。

弾きなれたカノンを、もう一度演奏する。
まず、シンジのチェロ、そしてカヲルのバイオリン、そしてあたしと演奏は続いていく。
一瞬のどよめきと静寂__。
聴衆にしてみれば、聞き覚えのある曲に違いない。

あたしたちの全てを出し切ろう。
悔いが、残らないように。
これが、中学時代最後の文化祭なのだから。

演奏が終ると、先程にも増して盛大な拍手が沸き起こった。
あたしたちは、ほっとすると、一礼して退場しようとした。

ところが__。

「アンコール!」
「アンコール!」
再び、アンコールの渦が・・・。
聴衆はまだ、満足していないのだ。

「ちょっと、これ、どういうこと?」
「いったい・・・。」
あたしに続いて、シンジが何かいいかけると、

「綾波さん、アンコール!」
「綾波さん、もう一回!!」

そうか。
みんな、レイの歌をもう一度聴きたがっているのだ。

「どうしよう・・・。」
マナが、不安そうに言う。

「やるしか、ないだろうね。 いいかな? 綾波さん。」
カヲルの言葉に、レイは頷いた。

マナがピアノの前に座り、レイが前に出ると、

「待ってました!!」
熱狂的な声援とともに、一際大きな拍手が起こった。

レイはマナに目で合図をすると、歌い始めた。

「やれやれ、『学園のスター』の誕生ね。」
あたしは、軽くため息をつくと、シンジを見た。
シンジは苦笑してあたしを見返す。
あたしも、苦笑するしかなかった。



このあと、以前懸念したとおり、一部の熱烈なファンがレイを追っかけて、
シンジの家までおしかけてきた。
でも、家の前でうろうろしているところを、碇司令に見つかって一喝されてしまった。
それ以来、彼らの姿を見かけていない。

・・・さすがは、司令ね。
あたしたちが、心配するほどのことはなかった。



文化祭は、終った。
祭りの後は、少し淋しい。

これからは、ありきたりの「日常」が始まる。
でも、以前とは少し違う「日常」でありたいと、あたしは思う。

少なくとも、あたしは以前の自分から、少し変わったと思うから。
かってはシンジに、そして最近ではマナに対して持っていた、対抗意識。
完全にではないけれど、かなりの部分を捨てられたのではないかと思う。

ひとつのことに、こだわることもやめた。
肩の力を、抜いていこう。
その方が楽だし、他人を許容することだってできるもの。

思えば、あたしはずっと、他人と張り合ってばかりいた。
そのことで、自分の存在意義を見出そうとしていた。
他人に自分を認めさせる・・・行動の原点は、いつもそこにあった。
エヴァのパイロットであったときも、そうだった。

でも、今回の文化祭、そしてそれに向けてみんなで練習したことの中で、
あたしの考えは少し変わった。

あたしひとり、目立とうとしてもだめなんだ。
そんなことで、他人を感動させることなどできはしない。
気持ちをひとつにして、全員の力でより上を目指す・・・それが大事なんだ。
そして、あたし自身が楽しまなくてはだめだ。
自分に、すなおでなくちゃいけない。

うん、肩の力を抜くことで、いろんなことが見えてきた。
シンジにちょっかい出していたことで、あたしがシンジに気があるってことが、
みんなにばればれだってことまで。
ああ、もう! 恥ずかしいなぁ。

でも、この気持ちは大切にしたい。
マナには負けたくない、という気持ちも。
自分にすなおであればいい、カヲル、あんたはそう言いたかったんだよね。




小鳥がさえずる中、あたしはシンジの家に向かっている。
もうすぐ、中間テストが始まるということで、夕べはつい遅くまで勉強してしまった。
どうしても、古文でわからないところがあったのだ。
だから、今朝は出発が少し遅くなってしまった。

角を曲がったところで、シンジの家の玄関が見えた。
マナがいる!
彼女も、登校途中でシンジを迎えに来たのだ。
ちょうどマナは、玄関のチャイムを押したところだった。

出遅れた!

あたしは、大急ぎで走り寄る。
置いてけぼりなんか、喰らってたまるもんか!

「あら、アスカさん。おはよう!
 今日は、ちゃんとチャイム押したわよ。」
マナは、笑いながら言った。

「・・・はい。」
インターフォンから、ちょうどユイさんの応答が聞こえた。

あたしは、マナには応えず、インターフォンに向かって叫んだ。
「おはようございます、アスカです!」

「あ、ずる〜い!!」
マナの抗議の声が、響く。

「朝なんだから、静かにしなさいよ。」
あたしは、平然と言ってやった。

インターフォンから、笑いを含んだ声が聞こえた。
「アスカちゃんも、マナちゃんもいらっしゃい。すぐにシンジとレイをを呼ぶわね。」

いつもの「日常」が、始まろうとしていた。

                                            




あとがき

やはり、続きを書けという声をいただきました。

途中で挫折していた第3話でしたが、がんばって仕上げました。
応援ありがとうございました。
くだんの短編連作は、とりあえずこれで完結としたいと思います。

次回はまた、違った作品をお届けする予定です。