ダブル チェンジ 第4話
- 親友との巡り合い -
使徒は、再三に亘る砲撃をものともせずに、第3新東京に侵攻してきていた。
飛空形態のときは、特に反撃するそぶりは見せなかった。
国連軍に思いっきり弾薬の無駄遣いをさせはしたが、すべてA.T.フィールドではじき、あたかも無人の
荒野をいくかの様に飛行を続け、やがて第3新東京の市街に降り立った。
「”委員会”より入電。エヴァの出撃を要請しています。」
「うるさい奴らね。言われなくても、出撃させるわよ。アスカ、準備はいい?」
発令所からのミサトの声に、あたしは答えた。
「いつでもOKよ。」
「じゃあ、行くわよ。エヴァ初号機、発信!!」
その直後、ものすごいGを感じた。
前回の出撃と同じように。
ただ、今回はプラグスーツを着用しているせいか、何とか耐えられた。
この前は、制服のままだったし、下手をすると失神するところだったのだ。
まさに射出という感じで、初号機は市街地に到着した。
急制動でシートから体が跳ね上がるかと思ったが、LCLの中にいるおかげで意外とショックは少ない。
使徒は、リフト口の正面にいた。
「なに、こいつ。気持ち悪いわね。」
前回の使徒も黒々として気持ち悪かったが、今回の紫色のやつはそれ以上だった。
胸の部分に昆虫の脚を思わせるものが幾本もあり、それをもぞもぞと動かしているのにぞっとした。
「先手必勝ね。訓練の成果を見せてやるわ!」
パレットライフルの一連射を浴びせる。模擬訓練のときのとおりに。
だが、模擬訓練とのときと明らかに違っていたことが、ひとつあった。
「なに。これ?」
発砲による、爆煙が発生していた。
「なによ、訓練のときは、こんな爆煙なんてなかったわよ!」
あっという間に、視界が塞がれていた。
このままでは、敵が見えない。
『冗談じゃないわ、実戦を模した訓練なら、そういうことも設定しておきなさいよ!』
その文句を言う前に、敵が反撃してきた。
いまだ晴れぬ爆煙の向こうから、光る触手があたしの初号機を襲ってきた。
「やばっ!」
役に立たないパレットライフルを放り出して、あたしは後方に飛び退る。
その直後、ライフルは触手に真っ二つに切断されていた。
さらに逃げる初号機を、触手は周囲のビルを分断しながら追ってくる。
武器庫ビルから、次のライフルを受け取る暇もなかった。
鞭の様にしなる触手は二本あり、どこから襲ってくるのか、まったく予想がつかない。
躱すのが精一杯で、とても反撃するだけの余裕がない。
「ちくしょう、どうすれば…。」
一瞬、焦りを感じたのが拙かった。
最小限の動きで攻撃をかわしたつもりが、アンビリカルケーブルを切断された。
「しまった!」
さらに、そちらに気をとられた隙をついて、足首を掴まれてしまう。
そのまま、空中に放り投げられた。
それまでの攻撃のスピードがそのままパワーに切り替わったかのように、エヴァの巨体が軽々と山腹に叩き
つけられた。
「くうぅっ…。」
呻きながらも、あたしは必死に起き上がろうとした。
内部電源に切り替わり、その稼働時間の残数カウンタが目紛しく動き出している。
こんなところで、休憩しているわけにはいかなかった。
そのとき、うめき声の様な音が聞こえた。
「あわわわわっ…。」
そら耳かと思ったが、間違いなくエヴァの外部から拾った音声だった。
見ると、エヴァが地面についた左手の指の間に、三人の人影がうごめいていた。
どこかで見た姿だとよく見ると、鈴原、相田、そして洞木さんの三人だった。
「どうして、あんたたちが、こんなところにいるのよ!」
「す、すまん。惣流、これにはわけが…。」
「わ、わたしはただ、この二人を連れ戻しに来ただけなのよ。
…な、なによ、あれは!
いやぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
泣き叫ぶ洞木さんの顔に、当たっていた日の光が翳っていく。
あたしたちの上空を覆うようにして、あの使徒が接近してきたのだ。
空中から、二本の触手がエヴァを襲う。
あたしは、思わず初号機の両手を伸ばした。
…だめか?
いや、なんとかその触手を、二本とも掴むことができた。
さっきは逃げることすら、ままならなかったのに。
「くうぅぅぅっ!」
両手が、焼け爛れる感触がある。
だが、触手を掴んだことで、使徒の動きを封じることができた。
思ったとおり、この触手は加速を与えないとあのスピードやパワーを発揮できないようだ。
『今よ、アスカ。その三人をエントリープラグの中に収容して!』
ミサトの指示に、
「わかったわ。」
あたしは、エントリープラグをエジェクトし、ハッチを開くとワイヤーリフトを降ろした。
「三人とも、乗って! 早く!!」
ぐずぐずしてると、内部電源の稼働時間が終わってしまう。
「わ、わかった。」
鈴原が、いくぶん冷静なので助かった。
パニックに陥っている洞木さんと、腰を抜かしている相田を促がしてくれた。
なんとか三人をエントリープラグの中に収容でき、これで気遣いなく使徒と戦える様になった。
「何なのよ、あれ! 信じられない!! 夢でも見ているの、わたしたち。」
洞木さんは、まだ混乱しているようだ。
「委員長、静かにせんと、惣流が戦えんやろ。」
鈴原が、背後でそう言っている。
あたしは、使徒の触手を掴んでいる初号機の両手を思いっきり振りおろして、使徒を前方に放り投げた。
『アスカ、今のうちに、いったん撤退して!』
ミサトから再び、指示が入る。
あたしは、稼働時間の残数カウンタに目をやった。…残り一分余り。
「大丈夫、いけるわ。」
あたしは、プログナイフを引き出して初号機に構えさせた。
『だめよ、アスカ!
一般人を乗せているのよ。異物とみなされ、エヴァとのシンクロに、異常をきたすわ。』
「一般人だからこそ、あたしが守らなきゃいけないのよ!」
斜面を駆け降り、使徒に向かって突進する。
「お、おい、惣流。逃げろって言ってるんだぜ。」
相田があわてて言うが、
「今、避難させたって、あんたたちを守りきれるとは限らない。
エヴァの中が、一番安全なのよ。
だから…!」
そこまでであたしは口を閉ざし、目の前の敵に集中した。
『シンクロ率が、逆に上がってきています!』
『なんですって? …あの、バカ。』
発令所で、何か騒いでいる声が聞こえたようだが、もうあたしの耳には入らなかった。
使徒の触手が二本、たて続けに初号機を襲ってきた。
でも、街中での戦闘時に比べ、敵の動きが格段によく見える。
ためらいなく、突進しながらそれらをプログナイフで撥ね上げた。
そのまま突っ込むようにして、使徒の胴体、コアと思われる部分にプログナイフを突き立てる。
凄まじい火花が生じ、使徒は痙攣し始めた。
インダクションレバーを握りしめる、あたしの両手も痙攣しているようだ。
電源が切れるのが先か、使徒が力尽きるのが先か…息詰まる時間が続いた。
やがて、使徒のコアがはぜ割れ、それに続いて初号機の電源も落ちた。
終わった…。
あたしは、俯いたまま、動けなかった。
両手の痙攣が、全身に広がっているようだった。
「惣流…。」
背後で、三人のうちのだれかがそうつぶやいているのが聞こえた。
「惣流、わしら、おまえのこと完全に誤解しとったわ。」
本部のケイジで、エヴァから降りたときに、鈴原が声をかけてきた。
「すまんかった。」
そう言って鈴原が頭を下げた。
「ほら、おまえらも謝れや。」
「惣流さん、ごめんなさい。何もあなたのこと知らないで、あんなことしてしまって…。
ほんとうに、ごめんなさい。痛かったでしょう。」
洞木さんは、涙ぐみながらそう言った。
「気にしないで。あれくらい、どうってことないわよ。」
「ごめん、今回、一番迷惑をかけたのは、おれなんだ。」
そう言ったのは相田だ。
「おれ、どうしてもロボットが戦うところが見たかったんだ。
それで、トウジを誘って避難所を抜け出したんだ。
山の上から見てる分なら、安全だろうと思って。
そこへ、委員長がおれたちを連れ戻しに来て…それで、あんなことになってしまった。
ほんとうに、ごめん!」
「まあ、これに懲りたら、避難命令にはちゃんと従うことね。
もういいわ、あたしは、気にしていないから。」
あたしがそう言ったとき、
「その君に、『命令違反』で出頭するように、お達しがきているよ。」
かけられた声に振り向くと、カヲルの奴が笑みを浮かべてあたしを見ていた。
「発令所で、葛城一尉がお呼びだよ。」
「何よ、その笑みは。あたしのことが、そんなに可笑しい?」
「とんでもない。むしろぼくは、君のことを称賛しているよ。ひょっとして、天才なんじゃないかとね。」
「心にもないこと、言うんじゃないわよ。じゃあ、あたし、行ってくる。」
三人にそう言うと、
「あの、惣流さん。」
洞木さんが、不安そうに声をかけてきた。
「あたしたちのせいで、惣流さんがひどく怒られるのなら、あたし…。」
「心配しないで、ヒカリ。」
あたしは、つとめて明るく、笑みをうかべて言った。
「ちょっと小言をもらうだけだから。それに、あたしのことは、アスカでいいって言ったでしょ。」
あたしは、洞木さん…いえ、ヒカリたちに背を向け、片手をあげてひらひらと振って見せた。
彼女たちには見せなかったが、たぶんあたしの顔は少しひきつっていたと思う。
ヒカリに叩かれた頬が、笑みを浮かべるとまだ少し痛かったのだ。
青痣になっているかも知れないなと、思った。
「あんたねえ、いったい、何考えてるのよ!」
発令所に顔を出すなり、ミサトに怒鳴られた。
「エヴァに乗る以上、作戦部長のわたしの指示に従ってもらわなきゃ困るのよ!」
理由も訊かずに、頭ごなしに怒鳴り続けている。
なんだか、いつものミサトらしくない。
ひょっとして、これはポーズなのか。
「命令違反は、たしかに悪かったわ。でも、理由は訊かないの?」
あたしは、少しの間、おとなしくしておこうとも思ったが、やはり反論すべきところはすることにした。
「電源が切れるまでの時間内で、斃せる自信があったからでしょ?」
「ええ、そうよ。」
「根拠のない自信だわ。そのときの気分で、作戦を無視されると困るの。作戦部長は、わたしなのよ。」
「パイロットが、戦局を判断してはいけないの?」
「そういうことは、もっと場数を踏んでから言いなさい。
”やれる”と思うことは、予想にすぎないわ。予想が外れたとき、その責任はだれがとるの?」
「それは…。」
「あなたの命で、贖うわけにはいかないのよ。わたしには、”人類の存続”と同時に、”あなたの命”にも
責任があるの。あなた自身が死して詫びればよいという問題ではないのよ、わかる?」
その点では、ミサトの言うとおりだった。
考えてみれば、紙一重の勝利だった。
一歩間違えば、すべてが終わってしまうところだったのだ。
「たしかに、そうね。あたしが、悪かったわ。ごめんなさい。」
「わかってくれたようね。」
そう言うと、ミサトは、かたわらのリツコをちらりと見た。
「反省しているようだし、実戦経験も浅いので、今回の件は処分保留とします。
本来なら、重大な命令違反は”反省房”に入ってもらうのだから、今後は気をつけるように。」
「…はい。」
「では、家に帰って休みなさい。」
「はい、失礼します。」
そう言うと、あたしは軽く頭を下げて、発令所の出口に向かった。
ミサトの言うことは、正論だったが、あたしには少し不満が残った。
『でも、勝ったからいいじゃないの。』
そう言いたいところが、あった。
どうして、まず、使徒を殲滅できたことを褒めてくれないのか。
それに、あたしを叱責するなら、なにもオペレータたちがいる発令所でしなくても、一対一で別室ですれば
いいことなのに。
ゆっくりと歩きながら、そう思った。
声に出してあたしがそう言わなかったのは、ミサトらしくないという違和感があったからだ。
そのとき、
「アスカにしては、素直に聞きわけたわね。」
リツコがミサトに、そう言っているのが聞こえた。
「…まあね。聡明な子で、助かったわ。」
ふと、思い当った。
ミサトは、わざわざみんなのいる前で、あたしを叱責したんじゃないだろうか。
これからの作戦行動のこともあるから、関係者を納得させるために、そう言わざるを得なかったのではない
かと。
「それにしても、ノイズのある中でのシンクロ率の上昇…これは、早急に調査する必要があるわね。
アスカの、持って生まれた才能なのか。
それとも、あの三人の中に、適格者の資質を持つ者がいたのか。
あるいは、その両方なのか…。」
最後に、リツコがそう言っているのを耳にしながら、あたしは発令所を退出した。
家に帰ってしばらくすると、猛烈におなかが空いてきた。
そう言えば、あたし、お昼を食べていなかったんだっけ。
昼休みになって、すぐにヒカリたちに呼び出されて、一悶着あって、それから使徒がやって来たのだ。
本部から帰る途中で、何か食べるものを買ってくればよかった。
ただ、今日はいろんなことがありすぎて、そこまで気がまわらなかったのだ。
今夜の夕食の当番はミサトだけど、使徒戦の後処理があるだろうから、遅くなるだろう。
どうせ、コンビニ弁当だろうから、あたしが買って来るとしよう。
ミサトには、買い物が終わってから携帯のメールで、連絡を入れておけばいいだろう。
そう思い立って、出かけようとしたところへ、
「ただいま。」
ミサトが、帰ってきた。
「なんだ、早かったじゃない。って、なによ、それ。」
「なにって、夕食の用意よ。」
ミサトが、両手いっぱいに、食材らしきものを買ってきていた。
「今夜は、ぱーっと祝勝会なんか、しようと思ってね。」
「あんた、残業しなくていいの?
苦情処理とか、請求書とか、始末書とか始末書とか始末書とか…。」
「やなこと、思い出させないの!
いいのよ。どうせ、ちまちまやったって、今日のところは次から次へとキリがないんだから。
明日になれば、苦情も多少落ち着くから、それからバリバリやった方が効率いいのよ!
そんなことより、祝勝会よ。
いつもアスカにはコンビニ弁当ばかりで悪かったから、今日は久々の手料理を披露するわ。」
「あたしのために?」
「もちろん。リツコが驚いてたわよ、ノイズだらけの中で、よくあんなに動けたって。」
「…ありがとう。」
あたしは、嬉しかった。
なんだか、わざとらしかったけど、それでもミサトは気を使ってくれているのだと思った。
発令所の職員たちの前で、あたしのことを怒鳴ったことへのフォローのつもりなんだろう。
別に、気にしてなんかいなかったのに。
…ミサトの手料理かぁ。
嬉しいような、なんだか怖いような…。
そして、その翌朝。
『うう…。』
あたしは、明け方からずっと、トイレとお友達になっている。
もう充分付き合っているというのに、なかなか解放してもらえない。
すでに八時はまわっている筈だが、微熱もあるようだし、今日は学校にいけそうもない。
『うう…。』
あれは、料理なんかじゃない。劇物…いえ、凶器だわ。
せっかく作ってくれたのだからと、我慢して食べたのが間違いだった。
ピーンポーン。
個室から出られない状況のところへ、来客を知らせるチャイムの音がした。
当然ながら、ミサトが応対に出ている。
「おはようございます、アスカいますか?」
ヒカリだ。こんな朝早くに、何の用だろう。
あたしは、返事がしたくてもできない状況だった。
「あら、いらっしゃい。アスカのお友達?」
「洞木ヒカリと言います。よかったら、いっしょに登校しようと思って。」
「そう? 悪いわね、アスカは今日はちょっち、体調が悪いみたいなの。
今日一日、お休みさせていただくわ。
先生に、そう伝えてくれる?」
「風邪か、なにかですか?」
「それがねえ、おなかをこわしたみたいなのよ。何か、悪いものでも食べたのかしら。」
『あんたの料理よ! うう…。』
「そうですか…。わかりました、お大事にするように、伝えてください。」
「悪いわねえ。」
「それじゃ、また明日来ます。」
「はいはい、いってらっしゃいね。」
「はい、いってきます。それじゃ。」
せっかく、ヒカリが迎えに来てくれたのに、顔を合わせることすらできなかった。
『もう、金輪際、ミサトの作った料理なんか食べるものかぁ!!』
翌日からは、なんとかあたしは学校に行けるようになった。
ヒカリが、また迎えに来てくれた。
「なんか、やつれたわね、アスカ。」
学校へ行く道すがら、ヒカリがあたしの顔を見て言った。
「ええ、もう、大変だったわ。」
「それに、あたしが叩いたところ、少し青くなってる。」
「こちらは大したことないわ、二、三日で消えるから。」
「あのときは、ほんとにごめんなさいね。」
「もう、その話はいいって。お互いさまなんだから。」
その日からずっと、あたしはヒカリと一緒に登校するようになった。
「ねえ、ヒカリ。」
あたしは、ふと思い立って言った。
「なに? アスカ。」
「ヒカリって、料理とか、得意?」
「そうねぇ…。この間まで、お姉ちゃんと妹とあたしの、三人分のお弁当作ってたから、意外と得意かも。」
「よかった。じゃあ今度、料理教えてくれないかな。」
「いいわよ、いつでも都合のいいときに言って。」
「ありがと。近いうちにお願いすると思うわ。そのときは、よろしくね。」
あたしは、親友と呼べる相手に巡り合えたと思った。
− つづく −