ダブル チェンジ 第29話

- 共 闘 -


「ま、つもる話もあるんだけどね。」
3号機の外部スピーカーから聞える聞えるマリの声は続けて言った。
「どうやら、先に片付けなきゃいけない仕事があるみたいなのよね。」

3号機は、残る3機の戦闘ヘリに包囲されていた。

「さあて、どうするつもりなのかしら。」
完全にこの状況を楽しんでいるようだ。

「今のうちに、本部に向かいます。」
運転手はあたしたちにそう言うと、再びスピードを上げた。

前方の地下道入り口のシャッターが開き、車はその中に入る。
マリの3号機がどうなったかは、これでわからなくなった。
すぐにシャッターは閉じ、あたしたちはカートレインに乗って本部施設に向かった。

到着するやいなや、あたしだけが初号機への搭乗を命ぜられた。

その理由を訊くと、マリがこちらの「ただちにエヴァを降りるように」との指示に従おうとしないこと、エヴァ
を止められるのはやはりエヴァであること、最後にあたしがマリと関わりがあることが挙げられた。

気は進まなかったが、あたしに拒否できる理由はなかった。
そして発進準備が整うまでの間に、これまでの経緯と3号機の現在の状況が、無線回線を通して断続的
にあたしに伝えられた。

どうやらマリはMAGIへのハッキングと前後して本部に侵入し、3号機を乗っとったらしいこと。
マリの当初の目的は不明だが、現在は戦自の戦闘ヘリと敵対しており、あたしたちを守ってくれたらしい
こと。
あたしたちを無事に本部に本部に向かわせると、残りの戦闘ヘリをなんのためらいもなく瞬殺したこと。

現在3号機は、何かを待つかの様にそこで待機しているという。
再三、ミサトがマリに3号機を降りる様に勧告しているのだが、まるで訊く耳を持たないとのことだった。

おかしな動きをすれば、いつでも3号機の電源の供給は止められるが、まずはあたしがエヴァで出向い
て説得するようにということだった。

何度も言うが、気の進まない任務だ。
だが、あたししか適任者がいないのも事実だった。

「ずいぶんと、嫌そうね。」
発進準備を待つあたしの表情に出ているのか、ミサトにそう指摘された。

「そりゃ、まあね。」
「でも、この映像を見たら、そうも言ってられないわよ。」

発令所から送られてきた映像を見て、あたしは凍りついた。
3号機が、戦闘ヘリを屠るシーンだった。

前方と左右から、3機の戦闘ヘリに3号機は囲まれていた。
3号機は何事か説得されているのか、最後通告を受けているのかよくわからないが、ヘリの方から先制
攻撃はしかける意図はその時点ではない様だった。

仕掛けたのは、3号機の方からだった。
左の方の戦闘ヘリに向き直ると、右腕を水平に振りながら半円を描く様に回転し、最後に右側のヘリの
いた方向を向いた。
そのときには、3機のヘリが、次々と爆発していた。
墜落ではない、爆発だ。
あたしたちの目の前でゆっくり墜落した最初のヘリと違って、あれでは脱出することができない。
人命をなんとも思っていないのか。

あたしは戦慄したがそれ以上に驚きだったのが、マリが使った手段がA.T.フィールドだったことだ。
そう、あたしにしかできない筈の、あの技だ。

「…これで、アスカが行くしかない理由がわかったかしら?」
「ええ、そうね。」
あたしは、強張った顔で頷いた。




ヘリを瞬殺した後、ようやく指示者からマリに向けて通信があったが、それは指示ではなく、マリの単独
行動に対する非難だった。

『どういうつもりだ。』

「それは、こちらの台詞よ。」

『別命あるまで、待機せよと言った筈だ。
 それを無視したばかりでなく、先遣隊を全滅させるとはきさま、裏切ろうというのか。』

「先に裏切ったのは、そちらよ。
 ネルフを無力化すれば、最後に出撃してくる筈の最強のエヴァと戦わせてくれる…そういう約束だった
 筈よ。
 それがなによ、パイロットの暗殺なんてセコイこと考えて!」

『その場その場で、最も有効な手段をとるのは当然のことだ。一兵卒が口を出すことではない。』

「そこまでしないと勝てないわけ? そんな情けない組織の兵隊になった覚えはないわ。
 わたしは、わたしの思うようにやらせてもらうわ。」

『それが本音か。ならばきさまも、これよりは攻撃目標のひとつだ。後悔することになるぞ。』
そう宣告すると、指示者からの通信は一方的に切れた。

「ふん、なによその台詞。悪党そのものじゃない!」
マリは、吐き捨てるようにそうつぶやいた。

「さてと、これからどうしますかねぇ。」
孤立無援の状態になりながら、マリはその状況を楽しんでいるようだった。

戦自の本隊が来るのか、ネルフからエヴァが来るのか、どちらが先か分からないが、そのときになって
から考えよう、マリがそう思っているところへ、近くにあるエヴァ専用リフト口の一つが開いた。

先に動いたのは、ネルフの様だった。




初号機が発進し、地上に出ると、3号機はまだその場を動かずにいた。
まるで、あたしのことを待っていたかの様に。

あたしは、初号機がリフトオフした後、すぐに武器庫ビルからパレットライフルを取り出して構えた。

「そこの3号機、動かないで!」
とりあえず、そう言っておく。

「抵抗する気はないわ。今のところはね。」

その応答に、あたしはほっとしながら、
「あんた、マリよね?」

「そうよ、アスカ。お久しぶり♪」

ああ、間違いない。あたしにこんな口をきく奴なんか、一人しかいない。
ため息が出る思いを堪えて、一応訊いた。

「どうして、こんなことをしたの?」
「こんなことって?」

「混乱に乗じて潜入し、3号機を盗み出したことよ!」
「あなたと、エヴァで勝負がしたかったからよ。」

「あ、あんたねぇ…。」
あたしはあきれた。

「ばっかじゃないの! 
 こっちはその気になればいつでもエヴァとのシンクロをカットできるし、外部電源を断つことだってでき
 るのよ。部外者が興味本位でエヴァを動かせるとでも…。」

「試してみる?」
「え?」

「発令所からコントロールできる直結回路はすべてコロしてあるわ。
 外部電源はたしかにどうしようもないけど、そのときはそのときで、内部電源で3分もあれば勝負をつ
 ける自信はあるわ。」

「ミサト!」
あたしのその一言で、ミサトには通じた。

だが、マリの言うとおりだった。
3号機のシンクロカットを試みたが、失敗に終わった。
そればかりか、LCLの濃度を変更することすらできなかった。

「あなたの望みは、何かしら。」
すべての試みが失敗したことを認めた上で、ミサトが直接訊ねた。

「さっきも言ったとおり、アスカとエヴァで決着をつけることよ。
 あいつらを利用してこの作戦に参加したのも、それだけがわたしの目的だったから。
 でもその前に、それを邪魔する要素はすべて取り除いておきたい。」

「どういうこと?」

「具体的に言うと、戦自がもうすぐ、ネルフ本部の占拠を狙って一大戦力を投入してくるわ。
 そのときのターゲットに、裏切り者としてのわたしも含まれている。」

「え…。」

マリはそこでにっこりと笑って言った。
「そいつらが片付くまで、当面は共闘といきましょうか?」




マリからもたらされた、戦自の部隊が接近中という情報に基づき、エヴァ全機が出撃した。

幸いというか、カヲルもレイも、そしてヒカリも無事に本部に到着しており、死にそうな目にあったのはあ
たしとジンジだけだったらしい。
カヲルが零号機で、シンジが弐号機で戦列に加わり、レイとヒカリは本部で待機ということになった。

同時に、長尾峠方面から歩兵による潜入部隊が本部施設への侵入を狙っているということだったので、
その近辺の通用口は完全に閉鎖し、屋外に歩哨を置くこともやめた。
ミサトが言うには、相手が一般人ならともかく、専門部隊である場合は歩哨の配置はかえって侵入を招
く危険が増すからだと言う。
よくは分からないが、物理的に完全に閉鎖した方がいいということなのだろう。

そして、第3新東京自体も戦闘形態に移行を終えていた。
これまで後手を踏んでばかりいたが、マリからリークされた戦自の作戦行動の指示内容によって、初め
て迎撃態勢を整えることができたのだった。 




「ひとつ、貸しができたわよね。」
4体のエヴァと戦闘ビルが戦自を待ち受ける中で、マリがあたしに話しかけてきた。

「片が付いたら、わたしとの勝負、受けてもらうわよ。」

「貸し借りは、ここを守り切れたらの話ね。」
あたしは、そう応じた。

「それにしても、どうしてエヴァであんたと戦わなきゃいけないの?
 だいたい、あたしはあんたがエヴァのパイロットになったなんて、聞いてなかったわよ。」

「それが、ママの遺言だからよ。」
「遺言って、あいっ…ママが死んだの?」

「そうよ! 本当は、あたしが初号機パイロットになる筈だった。
 それが長年、エヴァとヒトとのシンクロを研究してきたママの夢だった。
 それをあなたと、その父親に横取りされた。
 …さぞかし、無念だったでしょうね。」

「パパが?」

「知らないのでしょうね。あなたの父親がどういう人間か、何をしてきたのか。
 前妻をエヴァの搭乗実験の被検体に選ぶような人だもの。
 自分の娘たちに何らかの処置を施すのに、何の逡巡もなかった筈よ。」

「しょ、処置って、あたしとあんたに?」

「ええ、そうよ。
 わたしも身に覚えはないし、それはママから聞いた話だけど。
 エヴァに取り込まれずにシンクロするのには、先天的に何かの血を引く者か、幼いときに何かの処置を
 施された者だけがその資格があるそうよ。
 ある時期に、アメリカとドイツでその実験は始まり、後に日本にも伝えられたということだけど。」

「………。」

「話を戻すけど、あなたの父親はママの研究を盗んだのよ。
 いっとき夫婦になったのも、それが目的だったとしか思えない。
 わたしは、自分が”チルドレン”としての被検体に選ばれたのは、ママの研究の成果を証明するために
 なるのだから、当然だと思うし、それを誇りにも思う。
 でも、どうしてあなたもなの? 
 そして、その後とくに訓練を施すこともなく放置されていたあなたの方が、セカンドチルドレンとして選ば
 れた。
 わたしにを英才教育を施し、イギリスの大学にまでやったママの無念がわかる? 
 だからわたしは、あなたより優秀だと証明しなきゃいけないのよ。」

いつもは能天気なマリが、そんな真剣な様子を見せるのは初めてだった。

「わかったわ。その勝負、受けるわ。」
あたしは、そう言うしかなかった。




ほどなく、戦自の第一陣が現れた。

御殿場方面から戦車部隊と、それに歩調を合わせるかのようにVTOLの群れが。
だけどはっきり言って、4体のエヴァと、対使徒戦を想定して配備され、迎撃準備の整った第3新東京の
戦闘設備の敵ではなかった。

彼らは最初から、エヴァの電源施設を狙ってきた。
こちらの唯一の弱点だからだ。
でも、そんなことは始めから想定していたし、相手の手の内がまるわかりだったから、ことごとく先手を
打ってあたしたちは敵を撃破することができた。

「あなた、わざとコクピットと動力部分を外してるの?」
そんな中で、戦闘中にマリが声をかけてきた。

「当然よ! あたしたちは、”人殺し”の集団じゃないんだから。
 相手の戦闘力を奪い、格の違いを見せつけて戦意を奪えればそれで十分でしょ?」

そう言いながらあたしはパレットライフルで戦車のキャタピラを狙い、ついでに路面を抉ってそいつを横
転させた。

「甘いわね、あなた。」

マリはA.T.フィールドを戦車群にぶつけ、一度に3台を吹っ飛ばした。
大慌てで中から飛び出してくる兵卒がいたが、その直後にその戦車は引火・爆発し、炎に包まれた。
飛び出した兵卒は背中に火が付いた様だったが、転げ回ってなんとか消し止め、そのまま逃げていった。

「そのやさしさが、命取りになるわよ。人の命なんか、なんとも思っていない連中なんだから。」
「あんた自身がそうじゃない? 元々が、あいつらの仲間なんでしょ。」

「否定はしないわ。
 でもね、あなたの命が今あるのは、わたしがエヴァで助けたからだけじゃない。
 その前に、戦闘ヘリによる無差別の攻撃で、たまたま黒の乗用車に乗っていただけで命を奪われた人た
 ちの犠牲があったからなのよ。望んでいたわけでもないのに、あなたたちの身代わりになってね。」

「え…?」

「わかったら、手加減なんかしないで、全力で敵を斃しなさい。
 もちろん、わたしとやるときもね!」

そう言うとマリの3号機は右腕を水平に振った。
接近していた2機のVTOLが、炎に包まれて落ちていく。

直後、あたしは初号機の背中に数発の着弾を感じた。
何かが背後から、初号機の電源ケーブルを狙ったのだ。

何の罪もない人たちの車を撃った、冷酷非情な銃弾で。
あたしは急激に怒りがこみあげてくるのを感じた。

思わず、振り向きざまにA.T.フィールドを放つ。
それは背後にいたVTOLの尾翼に命中し、そいつは煙を吹きながら落下していった。

「そう、それでいいのよ。
 こんなのは序の口なんだから。第二陣はたぶん、相当厳しい敵が現れるわよ。」

「「相当厳しい敵?」」
あたしと、そしてミサトが同時に訊き返した。

「あなた、何か知ってるの?」
ミサトが、さらに問う。

「特に多くを知っているわけではないわ。
 エヴァシリーズに代わる切り札として、あいつらは戦自で開発中だったものに何かを提供し、それを完
 成させた。
 あと、知ってるのはそいつのコードネームぐらいよ。
 葛城さんも、名前くらいは知っているんじゃないの?
 ”トライデント”の。」

「トライデント…。」
ミサトのつぶやきに、緊張感が込められているのを、あたしは感じた。




何処とも知れぬ、漆黒の闇。
その中に集う、老人たちの姿があった。

席についたテーブルのプレートのみが、微弱な光を放っている。
その光に照らされて、老人たちの顔がかろうじて識別できていた。

「やはり、通常兵器では通用せんか。」
老人たちのひとりが、つぶやく様に言った。

それをきっかけに、思い思いの声が続く。

「当然だ。それでなくては、使徒を狩る者を名乗る資格がない。」

「”福音”という名か。だが、それも使徒を相手にする場合でこそだ。
 電源を奪われれば、制限時間つきの操り人形に過ぎぬ。」

「手の内を知る者がいれば、そうやすやすとはいかぬ。」

「あの、小娘か…。」

「そうだ、甘くみていた。ここまで翻弄されるとはな。」

ややあって、最初の老人が再び口を開いた。

「ダミー・システムが完成しなかったのは、痛かったな。
 おかげで、エヴァシリーズを投入することもできぬ。」

「赤木博士の、頑ななまでの抵抗のせいだ。
 当初は、こちらの指示どおりにダミー・システムの開発の準備を進めていたのにな。
 彼女の心変わりの理由が、さっぱり掴めぬ。
 やはり、喚問しておくべきだったか。」

「その必要がないと言ったのは、おぬしであろうが。」

「それに代わる手段が見つかったからな。」

「ああ、エヴァシリーズでなくても作戦行動に十分な稼働時間と出力、それにA.T.フィールドに匹敵
 する防御フィールドをな。
 まさか、市井の一企業団体から、そんなものが出てくるとは思いもしなかった。」

「エヴァシリーズ、現時点で投入しなかったことは逆に我らに好都合かも知れぬぞ。」
中心人物らしき男が、初めて口を開いた。

「どういうことだ?」

「万一、しくじった場合のことだ。
 今エヴァシリーズを使えば、我らの関与を暴かれるやも知れぬ。  
 だが、市井の技術を使う限り、”一部の過激派の暴走”として片付けることはできよう。
 目に見える証拠さえなければ、どうとでもなる。
 次の機会を目指して、エヴァシリーズをゆっくり熟成させればよい。」

「なるほど、MAGIのハッキングは知らぬ存ぜぬで押し通し、戦自による武力行使については、過激派
 の仕業として関係者の首を切れば済むだけのことか。」

「ネルフ自体が非公開組織である以上、世論は奴らの味方にはならないからな。」

「だが、おそらく失敗することはあるまい。
 たとえ互角の性能であったとしても、エヴァに電源と稼働時間の問題があるかぎり、こちらが有利だ。
 この機会に、なるべく早く片を付けたいところだ。」

「そうだ。エヴァシリーズの完成を待たずとも、ネルフのエヴァとMAGIを手に入れてしまえば、時計
 の針をひとつ進める舞台を整えることができるのだからな。」
 
「では、その準備を始めるとしよう。」

その声を合図に、老人たちの席のプレートの光は機械音とともに一斉に消えた。
                     − つづく −