ダブル チェンジ 第30話

- トライデント -


「第二陣はたぶん、相当厳しい敵が現れるわよ。」

「「相当厳しい敵?」」
マリの言葉に、あたしとミサトは同時に訊き返した。

「あなた、何か知ってるの?」
ミサトが、さらに問う。

「特に多くを知っているわけではないわ。
 エヴァシリーズに代わる切り札として、あいつらは戦自で開発中だったものに何かを提供し、それを完
 成させた。
 あと、知ってるのはそいつのコードネームぐらいよ。
 葛城さんも、名前くらいは知っているんじゃないの?
 ”トライデント”の。」

「トライデント…。」
ミサトのつぶやきに、緊張感が込められているのを、あたしは感じた。

「ミサトさん、お願いがあるんですが。」
そこへ、シンジが回線に割り込んできた。

「なあに? シンジ君。」

「今のうちに、弐号機を複座プラグに換装したいんですけど。」
「複座プラグ? アスカと組むというの?」

弐号機用の複座プラグは、あたしとシンジのペアで乗るのが標準仕様となっている。

(ちょっと! 今出撃しているあたしの初号機はどうなるのよ?)
あたしはそう思ったが、

「いえ、綾波を乗せたいんです。だめですか?」
本部で待機している、レイを乗せたいとシンジは言った。

「相当厳しい敵だというなら、悔いのない様にしたいんです。」

これが、最後の戦いとなるかも知れない。
だからシンジは、レイとともにいたいということなのだろう。

「どうなの? リツコ。」
「構わないわよ。」

ミサトの問いにリツコは即答した。

「アスカとシンジ君のシンクロが最高であるには違いないけど、レイとシンジ君はそれに次ぐ結果を出し
 ているわ。パイロットを温存せずに戦力をアップさせるのであれば、悪くない選択肢よ。」

「オーケイ、シンジ君。許可するわ。 いったん、帰投しなさい。」
「ありがとうございます!」

弐号機は本部に向かうリフトで去り、後にはあたしの初号機、カヲルの零号機、マリの3号機が残った。





「ねえ、そろそろあたしたちの敵の正体と、その目的を教えてくれない?」
あたしは、だれに言うともなく言った。

「わたしが知りたいところよ。前面に出ているのが戦自で、その背後にゼーレがいることは分かる。
 わたしたちが邪魔な存在になりつつあるということも、わからないではない。
 でも、何故いきなり過激な方法でわたしたちを排除しようとするのか…。」

ミサトの答えに対し、さらにあたしは訊ねる。
「その、ゼーレって何よ?」

「各国のネルフを束ねる、その上部組織よ。」
ミサトの代わりにマリが答えた。

「各国の支部を束ねていたのは、日本のネルフ本部ではなかったの?」

「答えてあげてもいいけど、ここから先はエヴァどうしの専用回線にするわよ。
 今のところ、わたしは”協力者”だけど、つまらないことで後で取り調べを受けたりするのはごめんだか
 らね。」

「わかったわ。ミサト、いったん回線を切り替えるわ。急用があるときは、”緊急コール”して。」
「しょうがないわね、いつ敵が現れるかも知れないのだから、手短にね。」

「わかってるわよ。」
あたしは、回線を切り替え、

「さ、いいわよ。もうこれで、あたしたちの会話に聞き耳を立てる者はいないから。」
マリに返事を促した。

「表向きはね、ネルフは国連直属の非公開組織ということになってるけど、実態は世界をウラから動かす
 ゼーレという組織の、実動部隊にすぎないのよ。」

「え? そんな話、聞いてないわよ!」

「ゼーレが生まれた背景やその目的は、おそらくだれも知らない。
 有体に言えば、秘密結社ね。
 わたしはそこの直属だったけど、それ以上のことは知らないわ。」

「あんた、そんな怪しげな組織に属していて、よく平気だったわね。」
あたしは、あきれて言った。

「わたしは、自分の目的さえ達成できればよかったもの。
 それに、生え抜きというわけでもなかったし…まあ、傭兵みたいなものね。」

「これも、シナリオのうちかも知れないね。」
それまで黙っていたカヲルが、はじめて口を開いた。

「なによ、シナリオって。」
「ゼーレと戦うってことがだよ。」

「なにか、思い出したの?」

「まあね。前回もゼーレはネルフに仕掛けてきている。
 シンジ君を精神的に追い詰め、そして病みあがりの君にとどめを刺しに。
 たしか、”補完計画”を発動させるのがその目的だった。」

「じゃあ、今回の一連の仕掛けも、それが目的だというの?」
「たぶんね。」

「でも、あたしとシンジを殺そうとしたのよ、戦闘ヘリで!」

「さて、そこだ。君たちを殺してしまったら、”補完計画”は発動しない。
 それなのに前回も、シンジ君は射殺される寸前までいった。」

「………。」

「何らかの抑止力が働くことが、織り込み済みだったとしか思えない。
 今回についても、そうだ。
 地上を走る車を戦闘ヘリで追いながら、発砲した銃弾がことごとく外れるなんて不自然だろう?」

「たしかに、そうね。」

「だから、君またはシンジ君を、精神的に追いこむのが奴らの目的だと思う。
 逆に言うなら、その手に乗らなければ、ぼくたちは勝てるってことさ。」

「そうは言ってもねぇ。」

たとえあたしやシンジが、あいつらの攻撃を撃退したとしても、戦闘の中で大切なもの…たとえばカヲル
を失ったりしたら、とても平静ではいられない。

「大丈夫さ。これまでも、ゼーレが目論む補完計画はことごとく失敗している。」

「いつも思うんだけど、あんたのその知識はどこから来てるの?
 あたしと違って、使徒を目の当たりにして思い出すわけでもなさそうだし。」

「こいつが教えてくれるのさ。」
そう言うとカヲルは、眼鏡ケースのようなものをあたしに見せた。

「それは…?」

見たことはある。
カヲルの部屋にセキュリティカードを届けに行ったとき、チェストの上にあったものだ。
ついでに、そのときに見た、他のモノまで思いだしてしまった…。

「? 何、赤くなってるの?」
「な、なんでもないわよ! それより、それが何なのか、思い出したの?」

あのときたしか、カヲルはケースの中身について『何かはわからない。それを持っている理由もはっきり
しない。』という様なことを言っていた。
ただ、『少なくとも、持ち主を選ぶ”鍵”である。』とは言っていた。

「名前は、思い出したよ。」

そう言うとカヲルは、ケースを開けてモニタごしに中身をあたしに見せた。
前回見たときと同様に、何かの神経組織のようなものが透明なカプセルに納められている。

「”ネブカドネザルの鍵”だ。それもオリジナルではなく、レプリカだね。
 完全な偽物というわけではなく、一部の機能は持ち合わせているらしい。
 そいつがぼくに、古(いにしえ)の記憶を呼び覚まさせることがあるのさ。」

「なんか、それって、やばいものじゃない?
 あんたは以前、”あたしたちには関係のないもの”とか言ってたけど。」

「オリジナルなら、それを狙う者もいるだろう。
 どんな役に立つのかは、わからないけどね。
 こいつは一部の機能しかないみたいだし、ぼくにしか使えないようだから…。」

「ばか! あんたごと引っ攫って、研究しようとする奴が現れたらどうすんのよ!」
「あ、そうか。」

「これだからねぇ。マリ、あんたは大丈夫でしょうね。」
「なんのこと?」

「今の話を聞いて、カヲルと何とかの鍵を手土産に、またゼーレに舞い戻ったりしないでしょうね。」

「ゼーレもわたしも、そんなお人好しじゃないわ。」
「ふうん、どうだか!」

「それに、オリジナルがあるのなら、ゼーレはそちらの方を何とかするでしょ。
 ゼーレが、その”鍵”とやらの存在自体を知らないとは思えないし。

 もし、ネルフにそれがあり、しかも重要なアイテムだとゼーレが考えていたなら、わたしが本部に潜入
 した時点でそれを奪取する様に命じていた筈よ。
 だけど、わたしにその命令はなかった。
 そこから考えられることは二つね。」

「何だっていうのよ。」

「ネルフにはそれがないと認識していたか、
 あったとしてもゼーレには利用価値のないものなのか、どちらかね。
 そんなこともわからないの?」

「あたしに、喧嘩売ろうっていうの!」
「へえ、今ここでやる気なんだ?」

「まあ、まあ。決着はあとでゆっくりつければいい。」
カヲルがすばやく間に入った。

「それより、ほら、お出ましのようだよ。」
カヲルがある方向を向いて、顎をしゃくる。

思わずそちらを見るが、無人の道路と街並み意外は何も見えない。

だが、その直後に
『小田原方面から敵が接近中。強羅絶対防衛線、突破されました!』
日向ニ尉の緊迫した声が、”緊急コール”で伝達された。

「なに、それ…。抵抗する間もなかったってこと?」
敵のあまりの侵攻の速さに、あたしは愕然とした。




「シンジ君は…、間に合わなかったか。」

カヲルがそうつぶやいた直後に、近くのリフト口が開いた。
二本のレールがせり出し、続いて弐号機が姿を現す。

「お待たせ!」
やや焦りを含んだ、シンジの声がそれに続いた。

「大丈夫よ。まだ敵は現れていないわ。」
あたしはそう言った。が、シンジと同乗しているレイが、

「いえ、来るわ。」
あっさり否定してくれた。

カヲルがさきほど視線を向けた方向で、砂塵が舞っていた。
ちょうど街の入り口で、全てがコンクリートか、あるいは舗装道路となった部分でその砂塵は消えた。
巻き上げる土埃が存在しなくなった為だ。

そこに現れたのは、3体の機影だった。




「用意できたのは、3体のみか。」
姿なき声が、つぶやく様に言った。

「仕方あるまい。急造品である上、パイロットの確保にも一苦労したのだからな。」
闇の中から浮かび上がったモノリスが、それに応える。

「そんな有様で、これまでの対使徒戦を戦い抜いてきたエヴァに勝てるのか。」

最初の声が、問いとともに姿を現す。
こちらも、モノリスの形態をしていた。
”SOUND ONLY”の文字が赤く浮かび上がっている。

「勝てるであろうな。」
別のモノリスが現れ、そう言った。

「相手をするのは、使徒ではないからな。
 使徒としか戦ったことのない奴らには、勝手が違うであろうよ。」

「だが、あの小娘が、いらぬ助言をしないとも限らぬ。」

「確かにな。
 ならば、真希波・マリ、彼奴を最初のターゲットとして片付けるとしよう。」




晴れてゆく砂塵の中から浮かび上がった3体の機体は何処となく恐竜を思わせるシルエットをしていた。

「これが、”トライデント”…。」
シンジが、そうつぶやいた。

「見た目に騙されてはだめよ、ワンコ君。結構、俊敏な動きをするらしいわよ、こいつ。」

「何よ、あんた、名前を知っているくらいじゃなかったの?」
あたしはつい、マリの上げ足を取る様に言った。

「思い出したのよ。
 軽量化できなかった弱点をカバーするために、とてつもなく強力なホバー・クラフト・システムを搭載して
 いるらしいわ。」

どうやらそれが、強羅絶対防衛線を瞬殺し、あっという間にここにたどり着き、先程まで砂塵を巻き上げ
ていた理由らしい。

「”距離”が、掴めないわ。」
レイがそう言った。

たしかに、そうだ。
レイが言う”距離”とは、とるべき間合いのことを指している。
相手はスピードがあるらしいが、その攻撃手段はまだ分からない。
接近戦で対応すべきなのか、狙撃を中心とした手段で対応すべきなのかを決めなくてはならなかった。

それによって、こちらが装備する武器も変わってくる。
今、各自が手にしているのはパレットライフルだが、これが一番多く配備されているからだ。
だが、これは中距離用の武器だ。
スピードのある敵と接近戦をするなら、ソニックグレイブの方がいいだろう。
近距離と中距離の両方というなら、汎用性の高いマステマということになるが、これはまだ配備されたば
かりで、それを格納している武器庫ビルはそう多くはない。

「さいわい、敵はまだ一ヶ所に固まったままだ。
 二手に分かれて敵を挟むようにして、徐々に距離を詰めていくことにしよう。」

「オーケイ。」
「了解。」
「わかった。」

カヲルの提案に、あたしたちは乗ることにした。

シンジの弐号機とカヲルの零号機、あたしの初号機とマリの3号機が組むことになった。
ほんとはマリなんかと組みたくなかったのだが、他の二人にマリを組ませるわけにはいかないだろう。

トライデント3機は、まだ動こうとしなかった。
そいつらも、こちらの出方を窺がっているのか、あたしたちが間合いに入ってくるのを待っているのか、
それとも、何か作戦があってのことなのか、それは分からない。

あたしは、ゆっくりと敵との距離を詰めながら、近くにマステマの武器庫ビルがないか探していた。

「なに、きょろきょろしているのよ。」
マリがそう言うので、あたしは正直に答えた。

「接近戦となった場合でも使える武器はないかと思って。」

「今は、目の前の敵に集中しなよ。いつ、どう動いてくるか分からないんだから。
 それにわたしたちにはいきなり接近戦になっても、A.T.フィールドという武器があるじゃない。」

そうだった!

「あんた、どうやってA.T.フィールドを武器として使えるようになったのよ。」

「別にぃ。
 あなたがときどき使徒を相手に使っているのを知ってたから、ちょっとイメージトレーニングをしたら
 できる様になっただけよ。
 ”使ってみせるわよ。あのアスカにできて、このわたしにできない筈がない!”ってね。」

「………。」
あたしは半ばあきれ、半ば感心した。いや、戦慄したといった方がいいかも知れない。
あたしへの対抗意識によって、身につけたものだったのだ。

(もしかしたら、あたしより上手に使いこなしているかも知れない…。)
そう思いかけて、あたしはそれを否定した。
(いや、そんなことあるわけがない! そんなことがあってたまるものか!)

無駄口と雑念で、あたしたちに隙ができたのだろうか。
それとも、始めから奴らはそのつもりだったのだろうか。

3機のトライデントは、一斉にこちらを向き、いきなり突進してきた。
ターゲットにしているのは…マリの3号機だ。

トライデント3機は、縦に整列して一直線で向かってきている。
マリの視点からは、先頭のトライデントしか見えていないだろう。

何かする気だ!
あたしはあわてて、先頭の機体に向けて発砲した。
効いているのか、それを確かめる前にそれは起こった。

二番目の機体が、先頭の機体の背後から横に出た。
眼前の機体がいきなり二体に増え、マリは一瞬、躊躇したようだった。
その直後、三番目の機体が先頭の機体の頭上から、3号機に襲いかかる。

「マリ、上よ!」
あたしは叫びながら、上空のトライデントに発砲する。

間に合わなかった。
上方からのそのトライデントの体当たりを受けて、3号機は後方に弾き飛ばされていた。




その戦闘の様子を、ラングレー司令と冬月副司令は発令所から見ていた。

「いいのか、ラングレー。」
「どうした、冬月。」

「予想されていたこととはいえ、ここまでシナリオが変わってしまって、目的は達せられるのか。」
「この時点での、ゼーレの侵攻のことか。」

「それだけではない。
 ロンギヌスの槍が手元にないことはいいとしても、おまえの娘がいまだに戦列にいること、碇の息子が
 戦意を失っていないこと…これらは当初のシナリオと、あまりに違いすぎはしないか。」

「かまわん。異なる結末こそが、われわれ、そしてあの男が望んだことでもある。
 赤木博士を反発させたために、ダミーシステムの開発はとん挫している。
 S2機関の開発も、3号機の事件で大幅に遅延したままだ。
 その上、どうやら第17使徒は、欠番となったようだ。
 そのことで老人たちは焦り、一枚岩ではなくなった。
 彼らの一部がエヴァシリーズの完成を待たずに代替案を実行し、残りがそれに引きずられるようにして
 今回の侵攻が実施されるに至ったのだろう。」

「老人たちは、時計の針を二つ進めようとしているようだな。」

「ああ。だが、そのようなことが許される筈がない。
 必ず世界のしっぺ返しを喰らうことになるだろう。」
 
「その実現のために、あえておまえは嫌われ役となったのか。」

「………。」
ラングレーはそれには答えず、ただモニタに映される戦況を見つめていた。
                     − つづく −