「遠い、昔の話。
私と、碇君は、戦ったことがあるのよ。」
レイは、静かに言った。
「綾波、それは・・・。」
シンジは、それ以上言葉にできなかった。
アスカも、ミサトも、ユイですら、言葉を発することができなかった。
昔とは、そもそもいったいいつのことか?
誰にも、そんな記憶はない。
いや、ただ一人。
カヲルだけが、やや物悲しそうな顔で、レイを見ていた。
「遠い遠い昔、今の碇君とは違うけど、リアルチルドレンと呼ばれた、少年がいた。
あなたは、その生まれ変わり・・・。」
「じゃあ、綾波は。」
「私も、今の綾波レイではなかった。 ヒトと呼ばれる存在ではなかった。
・・・私は、『リリス』だった。」
「リリス?」
「アダムの妻にして、人類であるリリンの母。
アダムと別れた後に、孤独感を紛らわせるために、
多くの子供たち・・・リリンを生んだわ。」
「リリン・・・人類・・・。」
レイは頷くと、
「でもリリンたち・・・人類は、母たるリリスのもとを離れ、勝手に増殖を始めた。
個々の力は弱いので群体として生き、高度な文明を持つことで地上の覇者となった。
そして、母であるリリスをしだいに疎ましく思うようになった。」
「それは、つまり親ばなれ?」
「・・・そうかも知れないわね。
でも、リリスにとってみれば、それは反目だった。
増長する人類と、君臨しようとするリリス
・・・対立関係がしだいにはっきりしていったわ。
そんなときにリリスと人類の間をとりもとうとしたのが、チルドレンと呼ばれた子供たちなの。
でも、人類の大半はチルドレンの言うことに耳を貸さずに、ますます文明に頼り、
リリスを敬わず不遜な態度をとる様になっていった。
ついにリリスは、ふりむいてもらえなくなった、どうしようもない淋しさから、
人類を粛清しようとした。それが、最初のインパクト。
そのとき、最後まで事態を好転しようとリリスと折衝していたのが、碇君・・・
リアルチルドレンと呼ばれた、当時のあなたなのよ。」
「折衝は、うまくいかなかったの?」
そう聞きながらシンジは、自分がすでにその回答を知っているような、違和感を感じた。
レイは、つらそうに頷いた。
「人類は、リリスから身を守るために、幾つかの要塞都市を建造していた。
当時のあなたは、リリスの怒りを静める様に働きかけていたのだけれど、
人類はそれを、要塞都市の完成のための時間かせぎにしたわ。
そして、あなたは人類とリリスの板ばさみになったまま、インパクトは発動した・・・。」
レイの話は続く。
「いかに文明が高度に発達していたにしても、人類にはなすすべがなかった。
要塞都市は、人々のATフィールドを球状に展開して、リリスの干渉を防ごうとしたけれども、リリスの前にはなんの効果もなかった。
リリスは、人々のATフィールドを個別に消し去っていった。
自我境界線を失った人々は、次々に生命のスープに・・・LCLに戻っていった。
リリスを説得できなかったあなたは、最後は人類側についた。
強力なATフィールドで、人々を守ろうとしたけど、かなわなかった。
リリスは、満足していた。
ききわけのない子供たちに、圧倒的な力を示すことによって、人類・・・リリンは、
素直な子供に戻って自分のもとに戻ってくるであろうと、考えていた。
LCLとなった彼らを吸収して一体となることにより、それまで感じていた淋しさは癒されるだろうと、思っていた。
でも、その力を最後の要塞都市に向けたとき、リリスは凄まじい抵抗にあった。
それは、強力なあなたの思念だった。
そしてそれは、こう言っていた。
『勝手すぎる!』と。
リリスは、悟った。
自分の淋しさを癒すために、自分はとんでもないことをしていたことを。
だれも、そんな形での融合など、望んではいなかった。
唯一、接点を持っていたあなたにすら、拒絶されたことがショックだった。
人々は尚、LCLになってさえ、自分を恐怖こそすれ、一体となることを好しとしなかった。
永遠に満たされぬ孤独・・・そのことが、リリスの存在理由を無にした。
リリスは無に還り、抜け殻だけが残った。
たった一つの願いを、あなたに託して。」
「願い?」
シンジは、それが何かと尋ねた。
「憶えてないの?」
レイは、悲しそうな顔で言う。
だが、生まれる前の、それもはるか昔のことを憶えている者などいまい。
ヒトで、あるかぎり。
「リリスの願い・・・それは、自分もまた、ヒトとして生きたい・・・。
だけどその願いは、ヒトの助けがなければ、かなえられないものだった。
最後の要塞都市の、生き残った人々によって、リリスの亡骸(なきがら)はその地下深くに封印された。」
「それって!」
「ターミナル・ドグマ・・・。」
極力、口をはさまないようにしていたミサトとユイは、思わずつぶやいていた。
レイの言う『要塞都市』とは、ジオフロントのことだったのだ。
「亡骸になっても、リリスは待ち続けた。
いつか、ヒトの手によって、自分自身が生み出される日を。
自分の分身が、ヒトとしての生を受けるその日を。
そして・・・あなたに、ヒトとして愛される日を。」
「綾波・・・。」
「そして私は、碇司令の手によって、リリスから生み出された。」
「本当なの、かあさん!」
思わずユイに尋ねるシンジにユイは、
「本当よ。」
覚悟を決めて答えた。
「今の綾波レイは、リリスから人工的に生み出されたもの。
リリスの分身であり、同時に私たちリリンの祖先と等しき存在でもあるわ。」
ユイは、科学者としての顔でそう言った。
「それって・・・。」
シンジは何かいいかけて、口ごもった。
ユイは、今度はふっと表情をゆるめ、やさしい顔で言った。
「シンジの言いたいことはわかるけど、これだけは言えるわ。
私から見れば、今のレイちゃんは、間違いなく『ヒト』であると。
たしかに、その肉体はヒトから生まれたものではないけれど、
私たち人類は、もともとリリスから生みだされたものだもの。」
「うん・・・。」
「そして、その精神は紛れもなくヒトのもの。
リリス本体から受け継いだ、過去の記憶と一部の能力があるだけ。
長い年月を経て、レイちゃんはあなたを待っていたのよ。
そんなレイちゃんを、シンジは受け入れてあげられる?」
シンジは少し考えたが、やがて力強く頷いた。
「ごめんよ、綾波。 ぼくのことを、ずっと待っててくれたんだよね。
過去の記憶はないけれど、綾波が好きだという気持ちに変わりはないよ。」
「本当に?」
レイは不安そうに尋ねる。
「本当だよ。
とうさんが、どういうつもりで綾波を生み出したのかは知らないけど、
きっと、ぼくが綾波に出会うのは、運命だったんだよ。
だったら、ぼくは綾波を大切にする。
約束するよ。」
「うれしい・・・。」
レイは、涙を浮かべて微笑んだ。
やがて移動ベッドが到着し、レイとカヲルは、それぞれ医務室に運ばれていった。
それを見送りながら、アスカはつぶやくように言った。
「シンジ。あんた、変わったわね。」
「そうかな。」
「以前のあんただったら、レイの生まれを聞いた時点で、逃げ出すか、
落ち込んでいたわよ。」
「いろいろ、あったからね。
また、エヴァに乗ると決めたんだし、もう逃げないことにしたんだ。
それに、この気持ちは本当なんだし。」
「うらやましいな。」
アスカの声は小さくて、シンジにはよく聞こえなかった。
「なに?」
「なんでもないわよ!」
「・・・アスカは、カヲル君のこと、どう思ってるの。」
さきほどの一件で、だれが見てもわかりそうなことを聞いてしまうあたりは、
シンジはちっとも変わっていなかった。
案の定、アスカは爆発する。
「うるさいわね!!
他人のことに、いちいち首を突っ込むんじゃないわよ!
決まった人がいるだれかさんと違って、
あたしは、いろいろと複雑なんだから!」
そう言うと、アスカは足早に初号機の格納庫を出ていった。
「複雑?」
シンジは呆然とそれを見送る。
ユイは、額に手をあててため息をついていた。
一方でミサトは、暗く沈んでいた。
『使徒・・・エヴァ・・・それって、いったい何なの。』
もう、使徒を仇(かたき)と思うのはやめよう、とも思う。
使徒と直接戦ってきたシンジもアスカも、カヲルやレイを受け入れている。
ヒトと使徒との境界線自体が、あいまいになっている。
なにより自分の父を殺したアダムが、胎児の状態とはいえ、
今は目の前の初号機の中にいるというのだ。
これでは、復讐もなにもあったものではない。
ミサトは初号機を見上げた。
右手を高くふりかざしたまま、完全に停止状態にある。
『エヴァに頼って、私たちはここまで来た。
これも運命というのなら、もう少し付き合ってみるか。』
そう思うミサトであった。
アスカはネルフの食堂で、一人朝食をとっていた。
クロワッサンを、手でちぎらずに噛り付く。
半ば、やけ食いである。
パンの皮がぼろぼろと落ち、あまり恰好のいいものではない。
「まったく、なんだってのよ!」
まわりに誰もいないのをいいことに、ぶつぶつとひとりごとを言っていた。
アスカが不機嫌なのは、自分自身に腹をたてていたからだった。
それは、つい先程の自分らしくない行動だった。
使徒タブリス・・・カヲルが、アダムと融合しようとしたところを、
レイが不思議な力で阻止し、カヲルはいっとき気を失った。
それをアスカが助け起こしたところ、カヲルはアスカにこう言った。
『いつかまた、君たちに害を及ぼすかも知れない。
だから、君たちの手で、ぼくを消し去ってくれないか。』
『だめよ!そんなの、悲しすぎるじゃない!』
アスカは、カヲルに抱きついていた。
今思い出しても、顔が赤くなる。
それを、シンジを始めとする居合わせた者たちに見られてしまった。
あげくのはて、シンジには、
『カヲル君のこと、どう思ってるの。』とまで言われてしまった。
あたしは、加持さん一筋だった筈よ。
そりゃあ、シンジのことも少しは好きだったかも知れないけど、
あいつはやっぱり頼りないし、今シンジには、レイがいるものね。
だから、あたしにはやっぱり、加持さんしかいないの!
それなのに、どうしてあんなこと、してしまったんだろう。
そこから、アスカの思考は複数のチャンネルで同時進行を始める。
やはり、相当に「複雑」なようだ。
加持さん・・・。
あれから、どうしているのかな。
相当な強敵に追われているようだったけど、無事なのかしら。
ミサトに相談するのも癪だし、『葛城には言うな』と言われてるしね。
・
・
心配だなぁ。
シンジ・・・。
あたしと違って『真にエヴァに乗るために生まれてきた子供』なんでしょ。
だったら、もうちょっと、しゃんとしなさいよね。
でも、あいつといると、妙に安心するのは、どうしてかな。
だけど、あいつにはレイがいるんだし、もうあたしの出る幕はないわよね。
このあたしが身をひいてあげるんだから、レイを泣かしたら承知しないわよ。
まあ、今でもいざというときの能力は認めるけど、この先あいつがもし、
リアルチルドレンとして真に目覚めたとしら、どうなっちゃうんだろう。
カヲル・・・。
あいつとはまだ会って数日なのに、どうしてあんなことしちゃったんだろう。
たしかに、あいつは見た目はシンジより数倍カッコいいし、
初対面のときは、どきどきしちゃったわよ。
でも、中身はシンジと同じ、バカだと判ったはずよ。
シンジに似てるんだ・・・あとそれから、レイにも。
でも、やっぱり、どこかが違う。 あたしの琴線に触れる、何かがある。
なんだろう。
そう、あいつには、翳(かげ)があるのよ!
とぼけたことを言ってる裏に、悲しみが見えるのよ。
だから、あたしはそれを『放って置けない』と思うんだわ、たぶん。
でも、それって・・・あたしが、あいつのこと、好きってことなの?
アスカの思考は、加持、シンジ、カヲルについて同時進行の筈だったが、
そのプロセスの長さから、まず加持が消え、続いてシンジが消えた。
最後まで考えていたのは、カヲルのことだった。
『それって・・・あたしが、あいつのこと、好きってことなの?』
アスカは自問する。
「バカね、そんなこと、あるわけないじゃない!!」
つまらない想いを振り払うように、アスカはオレンジジュースを一気に飲み干していた。
午後になって、レイとカヲルの診断結果が出た。
結果報告はリツコが行い、それを聞くためにレイとカヲルのほか、
シンジ、アスカ、ユイ、ミサトの四人も集まっていた。
二人とも、少し消耗してはいるが、特に異常は見られないということであった。
今は栄養剤を点滴して休ませているが、明日にも退院できるという。
レイの場合は、「異常がない」ということが、異常だった。
使徒の力を使ったためか、左肩の傷がすっかり回復していた。
カヲルについては、使徒の力が使えなくなっていた。
そのことが、即「使徒でなくなった」と言えるわけではない。
ただ、以前はできた『手を使わずに小物を動かす』ということが、
できなくなっていたのだった。
もちろんレイもカヲルも、ブラッドパターンは元の「人間」のままである。
「二人とも2、3日して落ち着いたら、
もういちどシンクロテストをしてみる必要があるわね。」
リツコの言葉に、二人は異存はなかった。
「あの、ひとつ聞きたいことがあるんだけど・・・。」
アスカが言いにくそうにリツコに尋ねる。
「なにかしら。」
「先日たしか、エヴァを介さずにATフィールドを使いすぎると、
生身の体がその負荷に耐えられなくなると、聞いたと思ったんだけど。」
アスカは控えめな表現をしたが、実際は、
『エヴァを介さずに強力なATフィールドを使えば、
おそらく数日とたたぬうちに、人の体を維持できなくなる。
四肢が崩れ落ちるようなことになるかも知れない。』
そう、リツコから聞いていた。
さすがにアスカは、本人たちの前でそれを言うことはできなかった。
「そうね。」
リツコは認めた。
「ヒトが生身で長時間、あるいは強烈なATフィールドを展開した場合は、
たぶんそうなるでしょうけど。
今回、レイとカヲル君が使った力は、ATフィールドとは少し違う。
どういうものか興味はあるけど、私たちには未知のものなのよ。
だから、体力の消耗だけで済んだのだと思うわ。」
「ああ、なるほどね。」
アスカは、ほっとして言った。
『それに・・・。』
リツコは、心の中で付け足した。
『レイも、カヲル君も、今回力を使うときは、
厳密にいうとヒトの姿をしていなかった。
だから、ヒトの身であれば耐えられなかった負荷にも、
耐えられたのかも知れない。』
ひととおりの説明が終わると、レイとカヲルは病室に戻ることになり、
シンジとアスカは帰宅、ユイは執務室へと、別れていった。
ミサトはひとり、リツコのもとに残った。
「ねえ、リツコ・・・。」
「なあに、ミサト。」
リツコは、書類を片付けながら応えた。
ミサトが、リツコの仕事中に少しおしゃべりしていくのは、珍しいことではない。
最近は、ミサトも仕事が忙しいらしく、その頻度は少なくなっていたが。
「使徒って、何なんだろうか。」
「なによ、今ごろになって。
あなたにとっては、人類にとって相容れない敵であり、
さらに、両親の仇ではなかったの。」
「うん、そうなんだけどさ。
レイやカヲル君をみるかぎり、そうとばかりは言えなくなってきたし・・・。」
「人類は、十八番目の使徒・・・アダムからではなく、
アダムが生んだ第二使徒、リリスから生まれたもの。
・・・サキエル以後の使徒から見れば、甥や姪にあたる。
そこまでは、あなたも調べたんでしょ?」
「知ってたの? 私がMAGIにアクセスしていたこと。」
「わかるわよ、そのくらい。」
リツコは笑いながら言った。
「うまく誤魔化したつもりかも知れないけど、痕跡がいっぱい残っていたわよ。」
「あちゃあ・・・。」
「まあ、それに気づくのは私か、マヤくらいでしょうけど。
あと、ユイさん・・・司令代行もそうね。
一番先に私が気づいたから、痕跡は全て消しておいてあげたわ。」
「ごめん。」
「たしかに、カヲル君は危険な存在だったし、私も最初は司令代行に受け入れを反対したわ。
今でも危険には違いないけど、司令代行の考えもわからないではないわ。
いえ、むしろ正しいのかも知れない。」
「使徒と共存できるってことが?」
「ヒトの心を持った、使徒とならね。」
「そっか・・・。」
「あなたの気持ちもわからないではないけど、人類はもっと理性的でないといけないんじゃないかしら。
ふた昔前まで、人類は人種差別という、馬鹿なことをやっていた。
そのことでいろんな紛争が起きたけど、対話と思いやりで、ようやく人類はそれを乗り越えた。
使徒に対しても、対話ができるなら、同じことが言えるかも知れない。」
「そうね、考えてみるわ。」
なんとなく、気持ちが軽くなったように感じるミサトだった。
翌日__。
シンジは、初号機とのシンクロテストを、自分から申し出ていた。
「よく、その気になってくれたわね。」
ユイは、少しうれしそうだった。
「それより、迷惑じゃなかった?
忙しいところへ、思いつきでこんなことを頼んでしまって。」
シンジの言葉に、
「いいのよ。
それじゃ、始めるけど、いいかしら。」
「うん・・・。」
シンジは、少し緊張した面持ちで、エントリープラグに乗り込んだ。
「では、第一接続を開始します。準備はいい? シンジ君。」
リツコの問いかけに、
「ええ、お願いします。」
応えるシンジ。
そして、シンジのシンクロテストは始まった。
『なんか、久し振りだな、初号機に乗るのは。』
と、シンジは思う。
『でも、思ったほど、違和感はないや。
とうさんに見られている、という感じもないし。
エヴァの中が、妙に落ち着くというのも、これまで通りだし。
そう、「守られている」という感じ・・・以前のままだ。』
シンジが最初のうち感じた不安は、しだいに消えていった。
「順調のようね。」
「ええ。」
ユイと、リツコもほっとした様子だった。
シンジのシンクロ率は、70.2%で安定した。
過去の最高記録には及ばないものの、ブランクと不安要素のことを考えると、
すばらしい成績といえる。
「シンジ君、なにかふっきれたのでしょうか。」
リツコの言葉に、
「まだまだ、伸びるかも知れないわね。
リアルチルドレンとして、シンジが『発芽』したのであればだけど。」
ユイが、ふっと淋しそうな表情をみせる。
リツコはけげんそうな顔をしてユイを見たが、ユイはすぐに笑顔を見せ、
「今日は、このくらいにしておきましょう。」
「了解しました。
シンジ君、ご苦労様。 今日はこれであがるわよ。」
「はい・・・。」
シンジはそれに応え、神経接続が解除されるのを待つ。
そのときだった。
『シ・・・・・・・・・・・・・・・な』
突然、頭の中に声が響いたような気がした。
「な、なに?」
シンジは驚いて、まわりを見回す。
エントリープラグ内には、誰もいなかった。
『・・・・・・・・・・・・・・・のか』
再び、なにかが聞こえた。
「だれ、とうさん?」
声に出して尋ねてみるが、返事はなかった。
ゲンドウの雰囲気も、感じられない。
『・・・・・・・・・・・・・・・いな』
気のせいではない。
何かが、自分に語りかけているようだ。
しかし、神経接続が解除されていく途中であり、シンジはそれを追うことはできなかった。
『・・・・・・・・・・・・・・・な』
『・・・・・・・・・・・・・・・む』
後二度ほど、その声はしたようだったが、それきりとなった。
「シンジ君、どうかしたの?」
スピーカから、リツコの声がする。
「いえ、なんでもありません。」
(とうさん・・・)
気のせかも知れない。シンジは、次の機会があるまで、このことは黙っていようと思った。
「なによ、あんた!
黙ってひとりで、シンクロテストに行ったりして。」
夕方シンジが帰宅してから、シンクロテストのことを告げると、アスカは憤慨して言った。
「事前に言ってくれれば、応援に行ったのに。」
「ごめん。」
「私は、碇君の気持ち、わかるような気がする。
アスカと違って、碇君には応援がプレッシャーになることがあるもの。」
レイは、シンジを擁護してくれた。
レイはその日の午前中に退院しており、シンジが黙って出かけるところを知っていたが、
そのことについては何も言わなかった。
「せっかく決心したことを、ギャラリーがいることで逃げ出したくなるのが、
いやだったんでしょう?」
「うん・・・。」
「初号機に乗ろうと思ったのは、私のため?」
「うん、ぼくが本当にリアルチルドレンなのか、綾波にふさわしい男なのかどうか、
確かめたかったんだ。」
「ありがとう、碇君。」
「で、結果はどうだったの。」
アスカの言葉に、
「うん、70.2%だったけど・・・。」
「上出来じゃない!
まったくもう、リアルチルドレンのくせに、小心者なんだから。」
「でも、シンクロ率ではカヲル君にかなわないし、まだこれからだよ。」
「どうかしら、渚君はもう、90%台は出せないかも知れないわ。
いえ、起動させることすら、できないかも知れない。」
「・・・・・・・・・。」
レイの言葉に、シンジとアスカは返す言葉はなかった。
「ま、まあ、明後日からは学校なんだし、今は学業に専念しましょ。」
カヲルがこの場にいなくてよかったと思いつつ、アスカは話題を変えようとする。
「あたしは、一応大学出てるからいいけど、あんたたちの勉強は随分遅れちゃったでしょ。
このあたしが、しっかり教えてあげるからね♪」
シンジは、ため息をもらしながら、レイと顔を見合わせるのだった。
そして、翌々日。
シンジとレイ、アスカは久し振りに学校に行った。
アルミサエル戦で二人目のレイが自爆したときに、校舎が半壊して以来である。
授業の再開に向けて、運動場にプレハブの臨時校舎が建てられていた。
二年A組の生徒は疎開したままの者が多く、その日に集ったのはクラスの約半数ほどだった。
「ヒカリじゃない!」
アスカは早速、ヒカリを見つけて話しかけている。
「お久し振り。」
「ほんと、久し振りねぇ!」
二人はすぐに、話に花をさかせている。
トウジとケンスケはまだ疎開したままであり、シンジは手持ち無沙汰であった。
ただ、ヒカリから聞いた話では、トウジは間もなく疎開先から戻ってくるとのことであった。
シンジにしてみれば、学校が再開したことでうれしさ半分、
友人たちの姿がまだ見えないことで、淋しさ半分といったところであろうか。
そうこうしているうちに、始業のチャイムが鳴った。
これも久し振りに見る老教師が教壇に立ち、学校再開の挨拶を長々とした。
ようやく挨拶が終わると、老教師は言った。
「今日は皆さんに、転入生を二人ご紹介します。 二人とも、入ってきなさい。」
言われて、教室には二人の転入生が入ってきた。
銀髪の男子生徒と、栗色の髪をショートカットにした女子生徒である。
「カヲル君だ!」
シンジが思わずつぶやいたとおり、男子の方は渚カヲルだった。
もう一人の方は・・・見たことがない。
「じゃあ、二人とも、皆さんに挨拶してください。」
老教師の声に、カヲルは頷いた。
「渚カヲルです。 宜しくお願いします。」
一部の女子生徒の間から、ざわめく声が起こる。
『カヲル君、同じクラスになったんだ。』
シンジは少し嬉しかった。
続いて、女子の方の転入生がかわいらしい声で言った。
「霧島マナです。」
そういうと少女は、人懐っこい笑みを浮かべた。
あとがき
レイの出生の秘密が明らかにされました。
そのことで、シンジはリアルチルドレンとしての、自覚を持ち始めたようです。
アスカのカヲルに対する気持ちは、随分と複雑なようです。
素直になれない彼女は、これからカヲルにどの様に接していくのでしょうか。
そしてカヲルはこの先、どういった役割を演じていくのでしょうか。
次回をお楽しみに。