「ねえ。」
食事の途中で、アスカが口を開いた。
「ちょっとみんなに、相談があるんだけど・・・。」

ミサトのマンションで、シンジ、レイ、アスカ、ユイの4人が夕食をとっていた。
ミサトは、今夜も帰宅が遅くなるらしく、この中には入っていない。

「私にも?」
ユイが尋ねる。

「ええ、おばさま・・・いえ、司令代行にも、是非聞いていただきたいのです。」
「なにかしら。」

アスカは、何から言うべきか逡巡していたが、
「霧島マナという、女子生徒のことですが・・・。」

「今度、転校してきた子ね。」
「ええ。」
「加持君から、聞いているわ。」

「えっ! 加持さん生きてたの!!」
シンジが口を挟む。
「ええ。まだ、極秘事項だけどね。」

「アスカは、知ってたの?」
「・・・まあね。」

「ひどいや、ぼくだけ知らなかったなんて・・・。」
「私も、知らなかったわ。」
レイはそう言いながらも、食事の手を止めない。

「どうして、アスカだけ知っていたのさ。」
「悪かったわね。ちょっとアスカちゃんには事情があったのよ。
その件については、また後で説明するから。
続けて、アスカちゃん。」

「話を戻しますが、加持さんから聞いたのでしたら、彼女の転校の目的もご存知ですか?」
「ゼーレのスパイではないかという話ね。」

「ええっ!!」
シンジは、思わず大声を出していた。
「ほ、本当なの!?」

「もう、話の腰を折らないでよ!」
いらいらし始めたアスカに対して、
「どうやら、そうらしいわね。」
あくまで冷静に受け答えするユイ。

「・・・・・・・・。」
レイは黙々とポテトサラダを食べている。

「それで、アスカちゃんの相談ごとというと?」
ユイは表情には出していないが、どこか楽しそうだ。

「彼女は、カヲルの監視役として派遣されてきたと思うのです。
それで、カヲルがネルフとゼーレのどちらに付いたか、さぐりを入れてきたときに、
あたしたちは、どのような態度をとればいいのかと。」

「そうねぇ。 あなたたちは、どう思う?」
ユイは、シンジとレイに尋ねた。

「そんなこと、急に言われても、わからないよ!」
「私にも、わかりません・・・。」

「難しい問題よね。
ひとつ言えることは、彼女の両親が人質にとられている可能性が高いということ。
事実関係を確認した上で、加持君が中心になって救出に向かうことになるでしょう。

でも、それまでは、彼女を追い込んだりしないことね。
自暴自棄になられては、元も子もなくなるわ。」

「あたし・・・その自身がないのです。
彼女に、ひどいことを言うかも知れません。」



--- 人 身 御 供  第十八話 -- -
    


「カヲル君のことに、かかわるから?」
と、尋ねるシンジに、
「カヲルのことなんか、どうとも思ってないわよ!ただ、あたしは・・・」

「本当に?」
静かにユイに見つめられて、アスカは下を向いた。

「いえ・・・シンジのいうとおりです。」
ややあって、アスカは答えた。

「正直でいいわ。でも、アスカちゃんはそれでいいのかも知れない。」
「え、でも・・・。彼女を追い込んではいけないと、さっき言われたのでは。」

「それは、そうなんだけど。」
彼女の心を揺り動かさないと、説得することもできないでしょう?」
「説得・・・ですか?」

「そう、両親を救出するにしても、彼女自身の協力が必要よ。
だからアスカちゃんは、あるがままでいいのよ。」

「でも、そのことでその子が傷つくかも知れない・・・。」
初めて、レイが自分から口を開いた。

「そうだよ、ぼくたちではフォローしきれないかも知れないし。」
シンジも言う。

「まあ、フォローにはうってつけの人材がいるから心配しないで。」
「まさか、加持さんを?」
「そうね、必要となれば、彼の登場となるわね。」

「駄目よ! 加持さんはまだ、命を狙われているかも知れないのよ!」
アスカは、かぶりをふって言った。

「ちゃんと選り抜きのガードをつけるわ。
大丈夫よ、加持君だって、今まで一人で生き抜いてきたんだから。

それに加持君には、霧島夫妻救出の中心的な役割を担ってもらうことになってるの。
危険がないとは言わないけど、そのくらいのことをしなければならいほど、
これは重要なことなのよ。」

「では、加持さんの登場のタイミングが問題ですね。」
レイが、そう指摘する。
「そうね、そのことについて、この際だからじっくり話し合いましょう。」

その後、四人の話し合いは夜遅くまで続いた。
ようやく一定の結論が出て、シンジ、レイ、アスカが床につくのを見届けてから、
ユイは電話の受話器を取り上げた。

「作戦部を・・・。」
ユイが呼び出したのは、ミサトだった。
今や、技術開発以外の組織運営のかなりの部分の権限を、ユイはミサトに委譲していた。
ユイは、いくつかの指示を与えてから、電話を切った。



翌朝__。
カヲルは、第一中学校の2年A組に、一番で登校し、自席についていた。
そこへ、マナが登校してきた。

「おはよー、カヲル君。」
「やあ、霧島さん、おはよう。」

マナはそっと周囲を見回し、アスカたちがまだ登校していないことを確認すると言った。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけれど。」

「なんだい。」
「カヲル君と、惣流さんとの関係だけど、実際のところ、どうなの?
惣流さんが言ってた、『仕事上の大事な話』というのが気になるんだけど。」

ついに来たか、カヲルはそう思った。

「どうして、そんなことが気になるんだい?」
「うーん、うまく言えないけど、カヲル君のことは、何でも知りたいのよ。」

マナはそう言うが、これが相手がシンジであれば、シンジは顔を赤くしていただけだろう。
だが、相手はカヲルだった。

「知っているかも知れないが、ぼくたちはエヴァのパイロットだ。 
『守秘義務』って知ってるかい?」

「え、そうだったの?」
マナは、驚いたように言ったが、どことなくわざとらしい。
「ごめんなさい、知らなかったわ・・・。」

カヲルは、ふうっとため息をつくと、後頭部をがりがりと掻いた。
「霧島さん、もう終わりにしようよ。」
「え、なにを?」

「何を調べたいのかは知らないが・・・いいや、おおよその見当はつくけどね。
ゼーレについていても、ろくなことはないよ。」
「な、何の話をしているの。」

「あんたがゼーレのスパイだってことは、ばればれだってことよ!」
突然、アスカの声がし、マナはびくりと体を震わせた。
硬直しているマナの前に、教室の前方の引き戸をがらりと開けてアスカが現われた。

「惣流さん!」
マナは驚くと同時に、自分の運命を悟った。
この二人は、最初から、知っていたのだ。
昨日の昼、席を外したのは、このことを打合わせていたのだろうか。」
「ひ、ひどいわ。私を騙していたのね。」
そう言いながら、マナはじりじりと後退する。

「あきれた・・・。よくそんなことが言えるわねぇ。
騙そうとしていたのは、あんたじゃないの!」

「アスカ、やめなよ、そんな言い方は。」
今度は、教室の後方の引き戸が開いて、シンジとレイが入ってきた。

「碇君、綾波さんも・・・。」
マナはもう後退することもできず、突っ立っている。
途方に暮れている、という感じだった。

シンジは、教室に入ったところで立ち止まっているが、レイはすっと窓際の方に移動した。
マナは、窓から逃走することもできなくなった。

「私を、どうしようっていうの。」
マナは、力なく言った。

「別にどうもしないわよ。」
アスカは、そう言うと、ため息をついた。

そして2、3歩マナに近づくと
「近寄らないで!」
マナが悲鳴に近い声をあげる。

アスカは当惑した顔を、カヲルの方に向けた。
「ちょっと、脅かしすぎたようだね、惣流さん。」
カヲルは、小さく首を振って言った。

そして、マナの方に向き直ると、
「霧島さん、ぼくたちは君を捕虜にしようとか、脅迫しようとかいう気は、
さらさらないんだ。」
少し悲しそうな顔で言う。
「いや、なんとか力になれないものかと、思っている。」

しかし、マナは聞いていなかった。
「どうして・・・、どうして誰もこないの? 誰も登校して来ないの。」

「ごめん、カヲル君の合図で、臨時休校にさせてもらったんだ。」
シンジが、すまなさそうに言った。

「家の遠い君が、昨日はともかく、早めに登校することはわかっていた。
そこにカヲル君がいれば、なにかさぐりを入れてくるだろうということも。
何かあれば、すぐに校門と校舎の入り口に臨時休校の案内を出して、
他の生徒には帰ってもらうことにしていたんだよ。」

シンジが話している間、レイは窓の外に目をやった。
校門の立て札を見て、生徒たちが引き返していくのが見える。
万一に備えて、あちこちに黒服の男たちも控えているようだった。

「まさか、ネルフにそんな権限があるっていうの!」
「コード707だから、ここは・・・。」
レイが、つぶやくように言う。

コード707・・・シンジたちの通う第一中学校の別称であり、ネルフの管轄内にある。
とりわけ、2年A組はマナが転校してくるまでは、チルドレン候補生のみが集められていた。
もっとも、この中でそれを知っているのは、レイだけであるのだが。

「私をどうしようと、いうの。」
もう一度、マナは尋ねた。

「どうもしないよ。ただ、協力してほしいだけだよ。」
シンジがそう言う。
「わたし・・・。」
マナは、カヲルをすがるような目で見た。

アスカは、それが気にいらなかった。
「あんたまさか、今になって、『わたしはスパイなんかじゃありません』
なんて、いうんじゃないでしょうね!」

「惣流さん!」
カヲルに咎められて、アスカは唇をかみしめた。
カヲルは続ける。
「悪いようにはしない。
霧島さんも、こんなことはしたくなかっただろうと思うけど、
なにか事情があったんだよね。
よかったら、聞かせてくれないかい。」

マナはかぶりを振った。
「無理よ・・・。今さら信じろと言ったって!」
弱々しく、そう言う。

「ま、無理だろうね。」
その声とともに、教室に入ってきた者がいた。

「加持さん!」
アスカの声に、マナは振り返った。
「加持・・・さん?」

「よう、久し振りだな。」
加持はマナに対して片手をあげ、人懐っこい笑みを浮かべた。

「オレを、憶えているかい?」
「あんた、加持さんと会ったことがあるの。」
加持とアスカの言葉に、マナは小さく頷いた。

「なら、話は早い。君たちは、席を外してくれ。」
「え、でも・・・。」
躊躇するシンジに加持は、
「わからないかい、大勢で取り囲めば警戒するのは当然だろう?
いくら言葉を選んだところで、信じろという方が無理なんだよ。」

「ここは、この人の言うとおりにした方がいいだろうね。」
カヲルがそう言い、シンジたちは教室を出て、廊下の端で待機することにした。



シンジたちは、その教室から離れた廊下の片隅で、加持がマナを連れて教室を出てくるのを待っている。
10分・・・15分・・・何の音沙汰もないまま、時間が無為に過ぎ去っていく。

「・・・あたし、やっぱり、いやな女だよね。」
アスカは、ぽつりとそう言った。
「あの子が、好きでもないことをして、つらい思いをしているのを知っているくせに、ついつっかかってしまう。」

「気にすることはないよ。」
カヲルはやさしく微笑んで言った。
「だれしも、自分に正直であれは、そういうこともあるさ。
君自身が、それに気付いたというのであれば、いつかそれを乗り越えていけるよ。」

「ありがとう、カヲル。」
「それよりも・・・。」
カヲルは、真顔に戻って言った。
「彼女はとうとう、ぼくの前では心を開いてくれなかったね。
まあ、あの人が言うように、あんな状況で信じろというのが、無理なんだろうけど。」
「カヲル・・・。」

「アスカは、母さんが言うように、あるがままでよかったと思うよ。」
シンジは、腕を組んで話し始めた。

「攻撃的だったからこそ、霧島さんはしらを切ることができなかった。
だから、結果的には加持さんの説得を受けることになった。
それで、よかったんじゃないかな。

あと、加持さんの登場が予定より早かったけど、あのまま霧島さんを追い詰めるよりは、よかったと思うんだ。
カヲル君の気持ちはわかるけど、やっぱりぼくたちでは説得は無理だよ。
女の子との接し方というよりも、その世界に手を染めた者でないと、その気持ちはわからないんじゃないかと思う。」
いつになく、シンジは饒舌にしゃべった。

「シンジ君?」
カヲルは少し驚いて尋ねる。

「うん?」
「君は、あのシンジ君かい。」
「どういうこと?」
「いや、君の言うとおりだと思うんだが、君の口から聞くとは、思わなかった。」
「そ、そうかな。」
「うん、それだよ。その調子が君のキャラクターだと思う。
さっきの君は、まるで別人の様に思えたよ。」

レイは、その通りだと思った。
ターミナル・ドグマから帰還するリフトの中で、
『全てを思い出した。』・・・そう言ったときのシンジに、酷似していると思った。

「そうかも知れない。このところ、いろいろ、あったんだよ。
自分でも自分のことが、わからなくなることがある。」
シンジがそう言っているところへ、教室の扉が開いて加持とマナが出てきた。

「加持さん。」
アスカの呼びかけに、
「終わったよ。」
加持はそう言うと、微笑んでみせた。
「彼女は、我々に協力してくれるそうだ。」

俯いていたマナは、その顔を上げた。
目が、赤い。
つい先ほどまで、泣いていたようだった。

「皆さん・・・。」
マナは、肩を震わせて言った。
「今まで騙していて、ごめんなさい。」
そうして、頭を下げた。

「霧島さん、君が謝ることはないよ。
ぼくには・・・いや、ぼくたちには君を責める資格はないんだから。
何か、事情があるんだろう?」
カヲルがそう言うと、

「ああ、やはり両親はゼーレの人質になっているようだ。
必ず救出すると約束したよ。」
と加持は告げた。

「ごめんね、霧島さん。あたし、ひどいこと言ったよね。」
「私も、逃げ場を塞ぐようなことをして、ごめんなさい。」
アスカとレイが謝る。

「本当にごめん、大勢で取り囲むようなことをして。
君の気持ちを考えていなかった。」
シンジが言うと、
「もう、いいんです。
それより、父と母のこと、宜しくお願いします。」
マナはそう言って、もう一度頭を下げた。

「ご両親は、どこにいるか、わかるかい?」
加持が尋ねた。

「一度だけ、両親に付いてゼーレの本部に行ったことがあります。
軟禁されていそうなところは、予想がつきます。」
「わかった、ここから先は、場所を変えて話そう。
おれに、ついて来てくれるかい。」
マナは頷いた。

「じゃあ、今日はこれで解散だ。
カヲル君とアスカは、テストがあるので本部に来てくれとのことだ。
みんな、ご苦労さんだった。」
そう言うと、加持はマナを連れて去っていった。



アスカとカヲルは、加持に言われたように本部に行くとすぐに、
複座プラグに換装された弐号機に乗るよう、命じられた。

「ちょっと、いきなり実地訓練とは、どういうことよ!」
搭乗しながらも、アスカが文句を言う。
カヲルは黙ったまま、アスカの後方のシートに着座した。

「悪いわね。時間がないのよ。
複座プラグの基本的なテストは、昨日シンジ君とレイのペアで済んでいるから、
問題はない筈よ。」
リツコはそう言うと、神経接続の終わった弐号機をジオフロント内に射出するよう命じた。

「どう、調子は?」
「別に、変わったことはないですね。」
「そうね。いつもより、体が軽くなったような感じはするけど。」
カヲルとアスカの感想では、特に問題はないようだ。

「シンクロ率の方はどう?」
マヤがそれに応える。
「現在、95.2%です。」

「うそ!!」
アスカは驚いた。
「それって、新記録じゃない!」

「シンジ君は、一人で100%を出しているわ。」
「え〜っ!! あいつ、そんなこと、ひとことも言ってなかったわよ。」
「シンジ君らしいね。奥ゆかしいというか、なんというか。」
アスカの後ろに着座している、カヲルがそう言った。

「彼は、リアルチルドレンとして覚醒したというから、
まあ当然でしょうね。
でも、あなたたちも、大したものだわ。
この複座プラグの高シンクロモードは、
60〜70%のシンクロ率のパイロットが二人乗ったとして、
大体90%前後のシンクロ率になるだろうと予測していたのよ。」

「どういうこと?」
「つまり、それを5%も超えたあなたたちの相性は、相当にいいということよ。
でも、ここから先、1%を上昇させるのが大変なのよ。
ためしに、右の手の平の上に、直径2mのATフィールドの玉を、
作ってみてくれる?」

「シンジはそれができた、ということね。
わかった、やってみる。 いくわよ、カヲル!」
「了解。」

アスカとカヲルはやってみた。
かろうじて、いびつな球形に展開することはできたが、直径は5m以上もあった。
しかも、球形を維持できているのはわずか5秒ほどで、やがて崩れ去る様にして消えてしまった。

「やはり、ちょっと無理のようね。」
リツコの言葉に、
「シンジは、やってのけたのね。」
「ええ、あっさりとね。」

ま、仕方ないかと、アスカは思う。
シンジが真に覚醒したのなら、はり合っても無駄だろう。

「まあ、あなたたちも、初めてにしては上出来よ。
じゃあ、次のテスト、行くわよ。」

引き続き、TSS(交代制)モードのテストが行われた。

アスカ覚醒−カヲル休眠の状態で、71.6%
アスカ休眠−カヲル覚醒の状態で、63.9%のシンクロ率であった。

「いいわ、それじゃ、最後のテストに行くわよ」
「え〜っ! まだあるの?」
「当然よ。
これこそが、複座プラグ開発のもうひとつの主目的。
エヴァの弱点を補うための、ワイドアングル(広角対応)モードよ。」

「エヴァの弱点とは?」
カヲルの問いに、リツコは一瞬ためらったが、すぐに答えた。

「まず、構造的な弱点としては、背面が弱いということね。
エントリープラグの挿入口、アンビリカブルケーブルなど、背面にあるでしょう。
対使徒戦のような一対一の戦いでは、正面を向いていればよかったから、
特に問題はなかったけれど、複数の敵が相手となると、そうはいかないわ。」

「こんなものを背負っているのは、そのためなの?」
アスカは尋ねた。
複座仕様のエヴァは、アスカの言うように首筋から腰の部分にかけて、
プラグやケーブルの挿入口を覆うようにして金属のパーツを背負っていた。

「そう。それに、エヴァはもともと格闘向けの機体だから、
背後から狙撃されるようなことがあった場合、対処できない。
だから、複数の敵と戦うためには、後方の視界を確保するとともに、
中距離用の武器を装備し、さらには機動性を上げる工夫をしなければならなかった。

量産機を相手にすると聞いたとき、まず私は司令代行にそれを進言した。
そして、複座プラグの開発過程で私にまかされたのが、
この『ワイドアングルモード』なのよ。」

「どうりで最近、姿が見えないことが多いと思ったら、そんなものを開発していたのね。」
「なるほどね。そして、実地訓練の理由もそれですか。」

アスカとカヲルの言葉に頷くと、リツコは
「悪いわね。事前にマニュアルを読んでもらうことも考えたけど、
最初に体で覚えてもらった方がいいと思ったの。
とくに、実戦経験がないカヲル君にはね。」

「・・・わかりました、始めて下さい。」
「じゃあ、いくわよ。」
リツコはマヤの方に向き直って言った。
「ワイドアングルモードへ、移行。」
「はい!」



ガクン!!
突然、カヲルのシートがカヲルを乗せたまま、後方にスライドしていく。
アスカから1.5メートルほど離れて停まった。
その部分は、少し室内が広くなっているように感じた。

次に、シートが幾分リクライニングし、続いて180度回転した。
方向としては、弐号機の背後がカヲルの正面に来たことになる。

「これは・・・!」

そこは、ドーム状の小部屋だった。
全周スクリーンと、目の前には幾つかのモニタ類とスイッチが並んだ操作パネルがある。

「どう、カヲル君。 何が見える?」
リツコの問いに、カヲルは全周スクリーンを見回そうとした。
そうすると、カヲルの首の動きに合わせてシートが横に回転し、
先程まで見えていた光景が視野に入った。
「なるほど。」
シートは一回転して停まった。

「丁度今、エヴァの後方が見えている様です。
ああ、パネルのモニタには、正面の映像が写っていますね。
これなら、死角はなさそうだ。
さしずめ、『管制室』という感じですね。」

「うまいこと言うわね。
あなたの役割のひとつは、全周スクリーンによる索敵。
敵を見つけたら、的確にアスカに指示して頂戴。」
「わかりました。」

「それから、武器のテストもしておくわね。」
リツコがそう言うと、弐号機の後方、200メートルほど離れたところに、
参号機を模したダミーバルーンが出現した。

「操作パネルの右側、赤いレバーを握るとランドセルのミサイルポッドが開き、
照準スコープが表示される筈よ。」
カヲルが言われたとおりにすると、確かにスクリーン内に照準マークが表示された。

「レバーを動かして照準を合わせ、撃ってみて頂戴。」
「了解。」

リツコの言うランドセルとは、弐号機の背中に今回取り付けられた、
箱状の装備のことのようだった。
カヲルが照準を合わせ、ボタンを押すとそこから一対のミサイルが発射され、
ダミーバルーンに命中した。

「いいわ、使えそうね。
実戦までには、もっと武器の種類を増やしておくわね。
それじゃ、最後にバーニアのテストをしましょう。
これは、アスカの管轄よ。」

「一応、あたしの役目もあるのね。で、なにをどうすればいいの?」
「インダクション・レバーの下に、ボタンとレバーがあるでしょう。」
「ええ、あるわ。」
「ボタンを押すと、バーニアが作動し、レバーで姿勢制御ができるわ。」
「OK、やってみる!」

アスカがボタンを押すと、ランドセルの下部から一対のノズルが出現し、
凄まじい噴射を行った。
弐号機の体が浮き上がる。

「うわっと!」

「今は、動作確認できればいいわ。あまり高く飛び上がらないで。」
「わかったわ。」
アスカはレバーを握った。
すると、ランドセルの横から、姿勢制御用の小型のノズルが現われた。
レバーで調整しながら、水平方向に移動できることを確認する。

「すごい、すごい!」
しばらく移動してから、アスカはゆっくりと着地した。
「慣れれば、ジャンプして敵の攻撃を避けたり、敵の背後に廻ったりできそうね。」

「そうね、ものになりそうで、よかったわ。
あとはいざというときに、自在に操作できる様、訓練するだけね。」

「うーん、なんか、やる気出てきたわ。
カヲル、今日は徹底的にやるわよ!」
カヲルは、苦笑しながらも、アスカに付き合うこととした。



レイは、シンジとともに、買物に出かけていた。
今日から一緒に住むことになるカヲルの、食器や日用品を買い揃えるためだった。

とはいえ、品物の選別はシンジひとりが行っていた。
たまに自分に意見を求めてくれることはあるが、レイはあたりさわりのないことしか言えない。

それでも、シンジについて歩くことは楽しかった。
自分は何の役にもたっていないが、シンジはいろんなことを知っており、勉強になることが多かった。
かっての自分は、エヴァのテストがないときはひきこもって本ばかり読んでいたが、
こうしてシンジについて歩くと、読書からは得られない日常の知識を得ることができる。
シンジもそれが狙いで、自分を連れ歩いてくれるのだろうか、と思った。

ときおり、シンジがとても断定的な判断をすることがある。
たとえば、店員が薦めるデザインにも、はっきりノーと言ったりする。
その場合のシンジからはなにか、信念のようなものを感じた。
以前の、自分の意見が持てないシンジからは、見られなかった姿だった。

その意味では、昨日あたりから、シンジは少し変わったように思う。
それが、いいことなのかどうかは、わからない。
最初は、違和感や戸惑いをレイは感じていたが、今はもう慣れてしまった。
むしろ、懐かしい感じがする。
かって、自分がリリスであったときの、生まれ変わる前のシンジは、
こんな感じだったのだろうか。

とはいえ、自分自身に対しては、シンジは『優柔不断』のままのようだ。

レイが少し疲れた様に見えたので、休憩しようかとシンジが言ったときだ。
二人は喫茶店に入った。

「綾波は、何にする?」
「私は、レモンティを。」

以前、シンジに紅茶を入れてもらって以来、レイは紅茶が気に入っていた。
そして最近、『紅茶には、レモンかミルクを入れるものよ!』とアスカに教えられ、
レモンティばかり飲むようになっていた。

ところが、シンジはなかなか決められない。
「やっぱり、コーヒーが落ち着くかな。いや、冷たいものの方がいいかな。
コーラにしようか、いや、ジンジャーエールもいいかも・・・。」
さんざん迷ったあげく、結局レイと同じものを注文していた。

「ご、ごめん。待たせちゃったね。」
「いいの。」

この『優柔不断』な性格は、ひょっとすると天の配剤かも知れない、
レイは微笑みながら、そう思った。

リアルチルドレン、救世主といっても、他人よりも多少能力値が高いだけである。
全てが終わったときに、「王になれ」といわれたところで、
もともとが、聖人君子であるわけではない。
頭に乗って舞いあがるか、自分の境遇に嫌気がさすだけのことだ。

『平時では大衆の中に埋没することを、碇君は無意識に願っているのかも知れない』
レイはその考えが、なんだか当たっているような気がしていた。




あとがき

マナの説得が、取り敢えず成功しました。
霧島夫妻の救出と、ゼーレの攻略に向けた準備が整いつつあります。

そんな中で、ユイとリツコが進めてきた「複座プラグ」の開発は、
果たして量産機に対して決定打となるのでしょうか。

カヲルも、これで葛城家の一員となりますし、
物語はいよいよ、大詰めに向かいつつあります。

次回をお楽しみに