「カヲル君。」
複座プラグでの訓練を終え、シャワールームを出てきたところで、
カヲルは呼び止められた。

振り返ると、そこにいたのはミサトだった。
「これから、帰るところ?」
「ええ、そうです。」

「ちょっと、時間いい?」
「そうですね、少しなら。」
「わかってるわよ。アスカを待たせたら、何言われるかわかんないものね。」

「はは・・・。」
カヲルは後頭部を軽く掻いた。

そのしぐさを見て、
『ふーん、けっこう普通のリアクションをするんだ。』
そう思いながら、ミサトは言った。
「まぁ、コーヒーくらい、付き合って。と、いっても自販機のだけど。」
「ええ、いいですよ。」

自販機コーナーでミサトは、缶コーヒーを買ってカヲルに手渡し、
二人はその傍らのベンチに、それぞれ缶コーヒーを手にして座った。

「いよいよ今日から、あなたも葛城家の一員ね。
うーん、どうもそんな言い方、堅苦しくていやよね。」

「いえ、今日からお世話になります。」
「だからぁ、そんな堅苦しいあいさつは抜きだって!
まあ、私がそんな風に言い出したのが悪かったんだけど。」

「どう言えば、いいんでしょうね。」
カヲルも苦笑する。
「自己紹介とか、挨拶とか、この前の綾波さんの『退院祝い会』で、
終わってしまっていますし。」

「簡潔に行きましょ。」
そう言うとミサトは、笑みを浮かべて右手を差し出した。
わざとらしい笑みになっていなければいいが、と思いながら。
「今日から、よろしく。」

「こちらこそ。」
カヲルは、その手を握り返しながら言った。



 人 身 御 供  第十九話 
    


「気には、なっていたのよ。」
缶に口をつけて、一口飲むとミサトは言った。

「同じチルドレンなのに、あなただけ特別扱いしているのではないかと。
訓練も別メニューだったし、何より住むところがみんなと違っていたものね。」

「それは、仕方がないですね。」
カヲルは微笑みながら、静かな口調で応える。

「そもそもが、ゼーレの息がかかった部外者だった訳ですし、疑いが徐々に晴れたところで、戦闘経験がないぼくは、皆と同じ訓練メニューという訳にはいかなかった。

それにちょうど、複座プラグの実用化に向けて、長時間のデータどりを行わなければならない時期でもあった。
監視を兼ねて実験を行うのであれば、本部の個室に置いた方が合理的ですよ。」

「う・・・。」
全て、お見通しというわけか。ミサトは言葉に詰まった。
自分がカヲルに抱いていた感情まで、カヲルは知っているのだろうか。
両親の仇・・・使徒として見ていたことを。

「でも、嬉しかったですよ。」
カヲルは真顔になって言った。
「司令代行ではなく、葛城さんの方からぼくの同居に向けて、働きかけてくれたそうですね。」

「ま、まあ。あなたには悪いことをしたと思っているし・・・。」
実際のところは、それだけではなく、いろんな想いが交錯した上での決断だった。

我が身の危険を顧みず、かってはアスカを、そして今はマナ、そしてその両親を救おうとする加持のこと。

使徒、あるいはそれに近い存在とわかっていながら、カヲルやレイをヒトとして受け入れようとしている、シンジとアスカのこと。

そして、我が子と同じチルドレンとしてカヲルを受け入れ、ひいてはその肉親であるカヲルの母と妹を、救おうとしていたユイのこと。

そうした人たちを見て、
『自分も、変わらなければいけない。』
ミサトは、そう思ったのだった。

チルドレンの親代わりとして、シンジやアスカ、そしてレイを引き取るというのであれば、当然カヲルについてもそうである。
一緒に暮らすことで、これまでの狭量な自分、臆病な自分を変えていけるのではないかと考えたのだった。

カヲルが、そんなミサトの内面を、どこまで把握しているかは、わからない。
だが、同居を決めたことに対してカヲルは、
「嬉しかった」
と言った。
それだけでも、ミサトは決断してよかったと思った。

「まだ、忙しい日が続いて、あなたたちと十分接する時間がとれないかも知れないけれど。」
ミサトは、笑みを浮かべて言った。
先程の握手のときよりも、柔らかい笑みだった。
「全てが終わったときには、みんなでピクニックにでも行きたいわね。」

「ええ、楽しみにしています。」
カヲルも目を細めて、最高の笑顔で応えた。



その頃、加持はネルフの応接室で、マナと応対していた。

「霧島一佐は、ゼーレが進めているN2爆雷にかわる支援兵器の研究を、
技術将校として指示監督するために、招かれていると言っていたな。」

「ええ、今までのN2爆雷は放射能を出さないクリーンな兵器ですが、
生産性が悪いのがネックだとか言って・・・。」

「・・・・・・・・・。
(今さら、N2爆雷でもなかろう。S2機関を内蔵した量産機が実用化されれば、
これまでの兵器論は根底から覆ることになる。・・・あまり意味のない研究だな。)」
加持は黙ったまま、煙草に火をつけると、大きく吸い込んだ。

そして、煙をゆっくりと吐き出すと、言った。
「はっきり言わせてもらって悪いが、前にも言ったとおり、体のいい人質だと思うな。」
「ええ、私もそう思います。」

加持は、マナの正面から、右横の椅子に体を移した。
隣に座るのは、馴れ馴れしすぎて警戒される。
この位置が、相手(特に女の子)に親しみを抱かせる、最適な距離だと知っていた。

そして言う。
「君のお父さん、お母さんは必ず、この俺が助け出す。」
「・・・はい。」
マナは少し顔を赤くして答える。

「だから少しの間、辛抱してくれ。
家に帰りたいだろうが、戦自が提供してくれたその家は、ゼーレの監視がついている。
君は、『行方不明』になったということにして、このネルフ本部で保護させてくれ。

もちろん、ゼーレを欺くために、ネルフ側も君の【捜索活動】をする。
時間かせぎにしか、ならないだろうが。」

「でも、日に一度はゼーレになんらかの形で定時連絡をしないと、父と母の身が心配です。
ゼーレは、渚さんのことを、すごく疑っています。
そのために、私が派遣されたわけですから、私まで音信普通になると・・・。」
マナは俯いて言った。
膝の上でその両手を、祈るように組んでいた。

「心配は、いらない。」
加持は、そのマナの両手に、上から握るように手を置いた。

「もちろん、ゼーレは君を疑いにかかるだろう。
しかし、ご両親に何かあったら、奴らは切り札を失うことになる。
君が姿を現さない限りは、あくまで『疑惑』でしかない。
奴らは決して、手を出したりはしないよ。俺を信じてくれ。」

「わかりました。加持さんを信じます。」
「いい子だ。」
マナはまた少し、顔を赤らめた。

そのとき、応接室のドアにノックがあった。
「ん?」
加持が何か言う前に、ドアは外側から開けられた。
そこにいたのは、ミサトだった。

「な、なんだよ。いきなり・・・。」
加持が少し焦る。
少女の傍に座り、その手を握っているところを目撃されたのだから、
その抗議には迫力がない。

「んー、霧島さんの宿舎が決まったから、案内しようと思って。」
そういうと、ミサトはにっこりと微笑んだ。

「すみません、お世話をおかけします。」
マナは、立ちあがって頭を下げた。

「いいのよ。欲しいものがあったら、遠慮なく言ってね♪
あ、それから、加持君。」
そう言うと、ミサトは加持の耳元に口を寄せた。

「あんた、中学生にまで手を出そうとしていたんじゃないでしょうね!」
小声でそうささやいた。

「おいおい、馬鹿なことを言うなよ。そんなわけ、ないだろ。」
「どーだか。嬉しそうに、手をにぎってたじゃない?」
「あれは、だな。ご両親のことを心配していたから、安心させようと・・・。」
小声で始めた二人のやりとりは、だんだん声が大きくなる。

「うふ、うふふふふふふふふ・・・。」
マナがくすくす笑っていることに、二人は気付いた。

「はは・・・、恥ずかしいところを、見せてしまったな。」
加持が頭を掻いて言う。

ミサトも、極り悪そうに微笑みながらも、
『まあ、いいか。これで少しは、打解けてくれればいいんだけど。』
そう、思った。



翌日の早朝__。
とある、ネルフの地上施設の一つで、大きな鞄を抱えた伊吹マヤが、ユイとリツコの見送りを受けていた。
マヤはこれから、既にエンジを始動しているVTOLに乗り込むところのようだ。

「松代に着いたら、一度連絡を頂戴。」
リツコが、マヤに伝えた。
「わかりました。・・・でも、こんな重要な役割が、どうして私なんですか。」

「ゼーレは参号機の使徒化の際、エヴァの実験施設は壊滅状態になったと知っているから、まさかそこで、支援兵器の開発をしているとは思っていないでしょう。
それでも、私やリッちゃんが行くと、さすがに何かあると疑われるわ。」
ユイの説明を聞いて、マヤは頷く。

「それにもう、マヤは私の手助けがなくても、十分やっていけるわ。
とくに今回のような、兵装の最終チェックやステルス機能の確認なんかは、
手抜きを知らないマヤの方が適任よ。」
リツコがユイの言葉を引き継いで言った。

「それって、褒めてくれてるんですかぁ? まあ、いいですけど。
それより、葛城三佐、私がいなくて大丈夫でしょうか。」

「大丈夫よ。 いざとなったら、自分でなんとかするわよ。
まったく、なにかというと、マヤをシステム関係の『便利屋さん』がわりに使おうとするけど、一人でMAGIにアクセスしたこともあるんだから、あれで結構才能はあるのよ。」

「そうなんだ・・・。」
今度から調べ物を頼まれたら、マヤは本気で断ろうと思った。

「それじゃ、気をつけてね。」
ユイは、促すように言った。
あまり長居をすると、重要な案件ではないかと、どこにいるかわからないゼーレ側の監視に気付かれるおそれがあると、思ったからだった。

「ええ、行ってきます。予定では一週間ですが、なるべく早く片付ける様、努力します。」
「無理はしなくていいわ、じっくりやって頂戴。」
「わかりました、それでは。」
マヤはVTOLに乗り込んだ。

ユイとリツコは、発進に備えて機体から離れる。
VTOLのエンジンの轟音が大きくなり、ふわりと機体が浮き上がった。
二人が発進の際の風を受けて見守る中、マヤを乗せたVTOLは飛び立って行った。



それから一週間、チルドレンたちは初号機『シンジ+レイ』組,弐号機『アスカ+カヲル』組に分かれ、複座プラグの実戦訓練をみっちり行った。

最初のうちは、初号機と弐号機は、同じメニューをこなしていた。
それが4,5日たってフィードバックが安定してきたとわかると、別々のメニューに変えられることとなった。

初号機は、主に「高シンクロモード」による接近戦の訓練を。
弐号機は、「ワイドアングル(広角対応)モード」による、
索敵と搭載武器による中距離攻撃の訓練を。

明らかに、弐号機の主な役割は『支援攻撃』の様だった。

「どうして、弐号機が支援攻撃なのぉ!」
ある日の訓練中、アスカはとうとう、不平を口にした。
「カヲルはともかく、スマッシュホークなんか持たせたら接近戦はまだまだ、
あたしが一番なのにぃ。」

「ごめんなさいね、アスカちゃんの気持ちはわかるんだけど。」
ユイの声がスピーカーから聞こえた。
「弐号機は、S2機関がないぶん、長期戦には不利なのよ。
効率よく量産機を倒していかないといけないし、
エネルギー切れにでもなったら、真っ先に餌食にされるから。」

「外部電源がないところで、奇襲をかけるからっていうのはわかるけど。
気持ちの問題がねぇ。」
アスカの抗議は、トーンダウンしてきた。
本人も、わかってはいるのだった。

「敵も一筋縄ではいかないわ。
役割分担はしたものの、最終的にはどんな展開になりかはわからない。
いざとなったら、アスカちゃんの格闘センスに頼らざるを得ないかも知れない ・・・そのときは、お願いね。」

「わかったわ。」
アスカは、ため息まじりに答えた。

「わかってくれたところでアスカ、今日はもうひとつメニューを増やすわ。」
スピーカーの声が、リツコに変わった。

「今度はなによ。」
「地上に出て待機して頂戴。エネルギーチャージの訓練よ。
地上での訓練は、私の指示に従って。いいわね?」

「そういうこと・・・弐号機はそれが必要だものね。了解。」
初号機は、ジオフロント内に残って訓練を続け、
弐号機は地上に出るために専用リフトに向かうこととなった。

「気をつけてね、アスカ。」
初号機から激励の通信が入る。シンジの声だった。

「ありがとう・・・ってあんた、これからすることの予想がつくの。」
「うん。」

「レイは?」
アスカは一応、聞いてみた。
「・・・わからないわ。」
「カヲルはどう?」
「さあ、具体的なことはわからないね。そんなに危険なことなのかい。」

「まぁ、あたしがすることだし、誘導ビーコンがあるだろうから大丈夫だけど。
でも、そういうこと、予想できるのはあたしの他は、シンジだけかぁ。
・・・ていうか、予想できるようになったシンジが、あたしに匹敵するほどすごいのか。」

「なに、うぬぼれてるんだよ。雑念を抱いてると、ほんとに危ないよ。」
シンジの注意を受け、アスカは苦笑する。
「わかったわよ、じゃ、行ってくる。」

弐号機は地上に出た。

ほどなく轟音が聞こえ、エヴァ専用長距離輸送機が近づいてくるのが見えた。
「最初は、高シンクロモードでドッキング。いいわね。」
リツコの声に、
「了解、より確実だものね。」
答えるアスカと、
「ドッキング? あれとですか?」
尋ねるカヲル。

「そうよ。あたしにまかせて。
カヲルは集中して、あたしとシンクロを合わせてくれればいいのよ。」
リツコのかわりに、アスカが言う。

「わかった。君にまかせるよ、惣流さん。」
「ちょっと待った!」

「なんだい。」
「ここから先は、二人の息が合わないと命とりになるわ。」

「そのようだね、それで?」
「あんたも、あたしのことを他人行儀に『さん』づけで呼ぶのはやめなさいね。」

「わかったよ、惣流・・・いや、アスカ。これでいいかい?」
「オーケイ。じゃあ、準備はいい?」

アスカは上空を見上げる。
輸送機は、ホバリング機能が追加されており、上空の一点で待機している。

「いくわよ。」
アスカは、弾みをつけて弐号機を跳躍させ、空中でバーニアを点火させた。
バーニアの噴射で弐号機は失速することなく、上昇を続ける。
そして、誘導ビーコンに導かれて目指す先には、先程の輸送機がいた。

ガシッ!
輸送機の下部のアームが、弐号機の両肩を掴んだ。
「ドッキング完了。」
「了解、エネルギーチャージ開始!」

輸送機から、2本のパイプが弐号機のランドセルに接続される。
1本は、充電用のケーブルが収められており、もう1本がバーニア用の燃料パイプだった。
みるみるうちに、弐号機にエネルギーが補給される。

「チャージ完了。
エヴァ弐号機、離脱します。」
弐号機は、輸送機のアームから放たれ、地上に向かって落下する。
途中でバーニアを吹かせて落下速度を落とし、アスカは難なく弐号機を着陸させた。

「よくやったわ、アスカ。」
リツコの声に、
「ふう。」
アスカは、息をついた。さすがに、緊張したらしい。

だが、やがてかぶりを振った。
「まだまだよ、これを敵地でやるからには、もっと手際よくやらないと。
それに、実際の作戦中では、高シンクロモードでやれるとは、限らない。
TSSモードでも、ワイドアングルモードでもできる様にしておかないとね。」

「よくわかってるわね、アスカ。」
「ねぇ、リツコ。」
「なにかしら。」

「一度の充電で、どのくらい保つの?」
「通常の戦闘で30分、激しい戦いになったら20分くらいね。」

「そんなにバッテリー容量は増えてるの?
じゃあ、チャージなんかしなくても、全機を殲滅できるんじゃない?」

「そうなるといいわね。
でも、相手は同じエヴァの量産機。しかもS2機関を搭載しているわ。
一筋縄ではいかない、と考えた方がいいわ。」

「わかった。じゃあもう一度、高シンクロモードでやってみる。
今度は戦闘中を想定して、いかに素早くチャージできるか試してみるわ。
その次は、ワイドアングルモードで、索敵しながらやるからね、カヲル。」
「了解、アスカ。 がんばろうね。」

「焦らず、確実にね。」
リツコは、そう付け加えていた。



一方、ジオフロントでは、ユイの指導のもと、初号機の訓練が続けられていた。
今はワイドアングルモードでの、戦闘訓練を行っている。

「右後方20度、距離150。」
レイがシンジに告げる。

「了解」
シンジの声とともに初号機は振り向きざま、手にしていたボール状のATフィールドの塊を投げつける。
それは、そこにいた参号機を模ったダミーバルーンに命中し、消滅させた。

続いて警告音とともに、レイの操作パネルの「下方モニタ」脇に赤いランプが点った。
「碇君、足元!」
シンジは、咄嗟に初号機を跳躍させる。

その直後、「下方モニタ」には地面の中から現われた参号機の両手が映っていた。
シンジも、それを直視した。もちろん、これもダミーだったが。

シンジは空中で初号機の手の上に、再びATフィールド塊を発生させる。
着地と同時に、地中から半身を現した参号機のダミーに投げつけ、命中させた。

「ふう。」
シンジが息をつく。ちょうど地上で、アスカが息をついたのと同じ様に。

「ご苦労様。」
スピーカーからユイの声が聞こえた。
「どう、シンジ。シンクロ率100%を一人で維持するのは、やっぱり疲れる?」

「そうだね。」
と、シンジ。
「数分間なら、なんとかなるけど。
ある程度、敵を減らしたら、高シンクロモードに移った方がいいかな。」

わかったわ。その方向で運用を考えてみるわ。
じゃあ、今日はこのへんで終わりにしましょう。」

「うん、お疲れ様。」
「お疲れ様・・・。」
シンジとレイはそう言うと、格納庫行きのリフトに向かった。

その初号機の後姿を見ながら、
『弐号機はまだ、エネルギーチャージの訓練中かしら。』
と、ユイは思う。
『輸送機とのドッキングは微妙だから、実機訓練でないと無理だから仕方ないけど、
屋外での訓練は、ゼーレに見られるかも知れないというのが、痛いわね。』

ユイの懸念は、現実のものとなるのだった。



「霧島マナが、音信不通になっただと?」
暗闇の中で、低い男の声が聞こえる。
わずかばかりの光が、声の主を照らし出した。
人類補完委員会の、メンバーの一人である。

「そうだ。」
応じる声があり、淡い光がまた、別の男の姿を浮かび上がらせる。
キール・ローレンツの、苦虫を噛み潰したような顔がそこにあった。

いつものゼーレの、密室での定例会議の席上だった。

「一体、どういうことだ。彼女は、渚カヲルにつけた『鈴』ではなかったのか!」

「さよう、鳴らない鈴では、鈴としての意味がないよ。」

「渚カヲルに続いて、我らを裏切ったのではないのか。
だとすると議長、君の重大な人選ミスだぞ!」

委員会の面々は、口々に不平を言う。

「まあ、待て。」
キールは、片手を上げてそれを制した。
「まだ、霧島マナが裏切ったと決まったわけではない。
ネルフの連中も、彼女を探している様なのだ。」

「それはつまり、彼女は正体がばれそうになって、失踪したということか?」
「あるいは、な。」

「仮にそうだとすると、渚カヲルが我らを裏切ったことの証左ではないのかね。」
「そう考えていいだろう。」

「碇ユイめ、墓穴を掘ったな。
霧島マナが工作員と見抜いたまではいいが、
彼女が大した情報も持たぬことを知らずに捉えんとしたが為に、
そのことが我らに、渚カヲルの内通を知らしめるとはな。」

「奴らに見抜かれたために、霧島マナが失踪したと決まったわけではないぞ。
あくまでも、可能性のひとつだ。
いずれにせよ、我らは事を急がねばならぬのにかわりはない。」

キールの言葉に、
「どういうことだ?」
委員の一人が問う。

「渚カヲルがもたらした情報をもとに、奴らは量産機に対してなんらかの対抗策をとろうとしているようなのだ。」
「対抗策だと。」
「まあ、これを見よ。先程届いた映像だ。」

会議室の一角がスクリーンとなり、そこに第三新東京の映像が映し出された。
画面は林立するビルから、さらに上方に移動する。
そこに、ホバリングするエヴァ専用長距離輸送機らしき姿が見える。
「む?」
だれかが、声をあげた。
突然、画面には白い煙を吹いて急上昇していく弐号機が映った。
続いて、輸送機とドッキングする弐号機の姿が見えた。

「これは・・・奴ら、何をしようとしているのだ?」

「わからん。だが、エヴァを使って何かをしようとしているのは確かだ。
それに、今見た映像は、弐号機のものだ。
操縦しているのは、惣流アスカか、渚カヲルの筈だ。」

「渚カヲルは、適性を失った惣流アスカの後任として、ネルフに派遣したのだぞ。
となると、霧島マナを使わずとも、渚カヲルの裏切りは明白だな。」

「ああ・・・奴らに時間を与えるのは、まずい。量産機の最終改装を急がせるのだ。
すぐに、各国の量産機をここに集めろ。
準備ができ次第、日本に・・・ネルフ本部に、侵攻する!」
キールの宣言に、
「「おう!」」
複数の、受諾の声が上がった。

「霧島マナと、その両親の扱いはどうする?」
委員の一人が尋ねた。

「捨て置け。何かあったときの、人質として役に立ってもらえばそれでよい。
今はまず、侵攻の準備が先決だ。」
そういうキール・ローレンツの、ゴーグルが冷たく輝いていた。



その二日後__。
執務室のユイのもとに、冬月がある情報を持参していた。

「どういうことだろうね。」
冬月の言葉に、受け取った報告書に目を通していたユイの眉間にシワが寄った。

「非常に危険ですね。」
ユイは執務室のテーブルの上に、報告書を置くと立ち上がった。

それには、世界各地から量産機が、ゼーレ本部に輸送されつつある旨の情報が、記されていた。
複数の情報源からの報告をまとめたものであり、間違いないようだ。

「ここを攻めるための、『最終的な改装』を行おうとしているのだわ。」
つぶやくように、そう言った。

「『最終的な改装』とは?」
冬月が尋ねる。

「それが、何かはわかりません。
ただ、量産機を本部に集めるということは、本部でしかできない『何か』でしょう。

ことによると、『ロンギヌスの槍』と同様の、裏死海文書で伝承されているオーバーテクノロジーかも知れません。」

「そういうことか・・・。」
冬月の表情も、神妙なものになった。
「よりいっそうの、迎撃体制を整えないとな。」

「いえ、いずれにせよ、ネルフ本部での迎撃は無理です。
エヴァ単独なら、対使徒の防衛体制でなんとかなるかも知れませんが。
シリーズで攻めてこられては、防ぎようがありません。」

「ならば、やはりこちらから攻めるのか・・・。」
冬月の表情は、さらに緊張感が高まったものになった。

「ええ、最大のピンチは、最大のチャンスでもあるということです。
準備が整った方にとっては・・・ですが。
先程、伊吹二尉が帰ってきたところですし、こちらの準備は、ほぼ整いました。」

そういうユイの顔には、やや緊張した面持ちとともに、ある種の決意が浮かんでいた。



あとがき

「戦いのとき」が、近づいてきました。
ゼーレは、ネルフの動きに、部分的に気付いたようです。

量産機の『最終的な改装』とは何か。
マヤが最終チェックをしてきたという、支援兵器とは何か。

先進技術はネルフの方にある様ですが、
ゼーレには古代から伝わるオーバーテクノロジーがあります。

戦いの準備は、どちらが優勢に進めているのでしょうか。

次回をお楽しみに