「ちょっとぉ、どういうつもりよ!」
アスカが、メカニックの胸倉を掴んで問いただしている。

エヴァ弐号機の格納庫の、アンビリカブル・ブリッジの上である。

一晩見ない間に、弐号機のカラーリングは鮮やかな赤色から、くすんだ薄青色に変えられていた。

いつもの様に、複座プラグの訓練に来た。
ちょっと打合わせ前に、弐号機の様子を見に来てみたらこうなっていた。
そして、たまたま弐号機を整備していたメカニックを捕まえたところだった。

「あたしの弐号機に、何勝手なことしてくれたのよ!
さっさと元の色に戻しなさいよ。」

「し、しかしこれは、技術部長の命令で・・・。」
不運なメカニックは強い力で締め上げられて、それだけ言うのがやっとだった。
「なんですってぇ!」
さらに締め上げ様とするアスカに、

「おやめなさい!」
背後から叱責の声がとんだ。 
振り向くと、技術部長リツコ本人がこちらを睨んでいる。

「貴重なメンテナンス要員を傷つけるつもり?
弐号機の改装は、私が命じたことです。」

「リツコが? 一体どういうつもりで・・・。」

「それを、これから説明するところだったのよ。
プラグスーツに着替えたら、ブリーフィングルームに集合、と言ったでしょう?
他のメンバーは、もうとっくに待機しているわよ。
あなたも、早く来なさい!」



--- 人 身 御 供  第ニ十話 ---
    


「夜間迷彩色?」
アスカは、聞き返した。

ブリーフィングの席上である。
出席しているのは、チルドレン四人と、リツコとミサト、そして加持だった。

ユイ、冬月、マヤは他の仕事で姿を見せていなかった。
支援兵器その他の、準備のためかも知れない。

「そう。目視はもちろん、赤外線にもレーダーにも、感知されにくい塗料よ。」
リツコが答える。

「と、いうことは夜戦を仕掛けるということね。」

「厳密に言うと、少し違うわ。」
そう言ったのはミサトだった。
「行動を起こすのは、視界が確保できる早朝。
夜間迷彩色はあくまで、敵の懐まで夜のうちに侵入し、待機するためのものよ。」

「出発はいつですか。」
シンジは、緊張した面持ちで尋ねた。
ここに全員を集めた以上、決戦が間近であると感じたからだった。

「急な話で悪いけど、明日の日没と同時に出発よ。
だから、訓練は今日が最後。
その後は、ゆっくりと休むのよ。」

「休むったってねぇ。」
いきなり決戦だと言われて、ゆっくりできる訳ないじゃない、
とアスカは思った。

「後で、みんなに薬を配るわ。」
リツコが言うと、レイが、
「私は、いりません。」
静かな声で言った。

「いいから、貰っておきなさい。
休息は、確実にとっておくこと。休むのも、戦いのうちよ。」

「いずれにせよ、万全の体制で奇襲をしかけるということですね。」
ゼーレの巨大さを知っているカヲルは、そう言った。

「そう。敵は油断しているわ。
いっきにたたみ掛ければ、必ず浮き足立つ。そこが付け目よ。

『桶狭間の戦い』って知ってる?
わずか三千の将兵で、今川義元の二万五千の軍勢を破った織田信長の話よ。
戦闘時間は、わずか2時間と言われているわ。

奇襲をしかけ、たったそれだけの時間で義元の首をとったことにより、
今川軍は士気を失って総崩れになった。
私たちも数の上では不利だけれど、勝機は必ずあるわ。」

「たしかにね。」
カヲルは認めた。

「ここで篭城したところで、物量で圧倒的に差をつけられているぼくたちは、
長期戦に持ち込まれると不利だ。
それよりは、こちらから不意をついた方が、有利にことを進められるだろうね。

それに、ゼーレの老人たちは、攻められる立場にならなくなってから久しい。
ぼくの様な、裏切り者が出ることも考えてなかったようだし、
平穏の上にあぐらをかき過ぎて、どこか抜けてるみたいだからね。

案外、『夜は早く寝ている』から夜間迷彩で接近するのは正解かも知れない。」

「それに、兵装も施設の規模の割には大したことはないようだ。」
と、加持も言う。

「俺が出入りしていた本部施設の一部に限ったことしか言えないが・・・。
奴らの対空防御の兵装など、第2次大戦以後、大して補強されていないんじゃないかな。
最も、重要施設は全て、地下だ。
地上施設は、古城を改装した程度の居住区だが、地下に立て篭もられたら、
N2爆雷でも使わないと、完全な破壊は難しいだろうな。」

「今回の目的は、施設の破壊ではないわ。」
と、ミサトが言う。

「と、いうと?」
加持が尋ねる。

「第一に、霧島夫妻の救出。
これには加持君と、内部事情に詳しいカヲル君にあたってもらうわ。」

「了解だ。」
「わかりました。ですが、作戦内容としては、どの様に?」
カヲルの問いに、ミサトは具体的な内容を告げた。

「・・・なるほど、妥当なところですね。で、その任務が完了したら次は?」

「量産機の全機殲滅ね。
でもね、それよりも大事なことがあるわ。」

今度はシンジが尋ねた。
「なんですか、それは?」

ミサトは、一度、深呼吸すると答えた。
「生き延びること・・・。」



ブリーフィング終了後、初号機と弐号機は、最後の戦闘訓練を行った。
訓練、というよりは、各システムの最終チェックと言った方がよかった。

複座プラグのオペレーション自体には、もう何ら問題はない。
あとは、万一長期戦となった場合の、耐久性と信頼性の検証くらいだったが、
これも特に問題は見つからなかった。

訓練が終わりに近づいた頃、ユイが様子を見に戻ってきた。

「順調のようね。」
「ええ。」
リツコが答える。

「司令代行。」
ミサトがユイに近寄ってきて、声をかけた。
「ロンギヌスの槍のレプリカの件ですが・・・。」

「諜報部の調査結果が出たの?」
「ええ、やはり司令代行が危惧されたとおりでした。」
「そう・・・。」

「南ドイツの『黒の森』と呼ばれる地方で、ゼーレの下部組織と思われる者たちが、
それらしきものを発掘していたという報告があります。
それも、ひとつやふたつではなく・・・。」

「完成品、もしくは試作品が、複数個存在したということね。」
「そういうことになります。」

「『裏死海文書』とその関連書籍は、ゼーレが掌握している。
もしそこにレプリカの製法があり、サンプルを入手したとなると、
彼らは間違いなく、究極の武器として、それを作り上げるでしょうね。」

「ゼーレはあくまで政治結社であり、実行部隊であるネルフほどの科学力はないと考えます。
ですから、試作品をサンプルにして同じものを作り上げるなどということは・・・。」

「侮ってはいけないわ。
たしかに、近代設備という面ではそうかも知れない。
でも、西欧で古くから伝わる技術は、恐ろしいほどに蓄積されているのよ。
ことによると、黒魔法や錬金術でさえ、伝承されているかも知れないわ。」

ミサトは、少し背筋が寒くなるのを感じた。
魔術師たちを、相手にしているような気がしてきた。
まだ、使徒の方がわかりやすいかも知れない。

「でも、私たちは、私たちがやれることをやるしかない。」
ユイの言葉に、ミサトは頷いた。
「そうですね。
人類全体のことを考えれば、そう簡単に諦めるわけにはいきませんものね。」



最後の訓練/チェックを終え、初号機は今、格納庫で冷却されていた。
作業員も皆引き上げ、あたりは静まりかえっている。

そんな中でユイはひとり、アンビリカル・ブリッジの上に佇み、初号機を見上げていた。

『あなた。』
声に出さず、初号機に呼びかける。
『やっと、ここまで来ました。』

『ごくろうだったな、ユイ。』
初号機の中からゲンドウが、それに応える。

『やれるだけのことは、やりました。
あとはシンジと、あなたに委ねるしかありません。』

『ああ、わかっている。
思えば、シンジがリアルチルドレンとして、覚醒したのも、
私が、こういうことになったのも、
このときのため、与えられた使命を果たすためだったのかも知れぬな。

もっとも、私の場合、贖罪という意味もあったかも知れぬが。』

『あなた・・・。』

『心配するな、私は大丈夫だ。
おまえには、他に考えねばならぬことがあるだろう。
その中で、最善を尽くせ。

ひとつ、約束しておこう。
何があっても、シンジとレイは無事に帰す。
だからおまえは、おまえの好きなようにやればいい。』

「ありがとう、あなた。」
ユイは声に出してそう言い、頭を下げるのだった。



ミサトのマンションで、シンジ、レイ、アスカ、カヲルは思い思いの時間を過ごしていた。

ユイとミサトは、まだ帰ってきていない。
出撃の準備で、今夜は遅くなりそうだということだった。

手持ち無沙汰であり、また出撃を翌日に控えて不安な夜だった。
それでも、明日に備えて休息はとらなければならない。
夜が更ければ、リツコに渡された薬を飲んで眠ることになっていた。



アスカは、ヒカリに電話していた。

「ごめんね、ヒカリ。
しばらくネルフで、泊りがけの訓練をしなくちゃならなくなったの。
うん、明日から。」

本当は、海外に出張するとでも言いたかった。
だが、ゼーレに盗聴される恐れがないわけではない。
しばらくは会えないが、ネルフに留まっていることにしなければならなかった。

「それでね、ペンペンのことなんだけど。
うん、そうなの。
もう少しの間、預かってもらえないかって。
ごめんね、こっちの都合ばかりで、押しつけちゃって。」

「うん、学校の方も、明日からしばらくお休みするわ。
そう、カヲルと、シンジと、レイもよ。
急な話で、本当に悪いんだけど、先生には、そう伝えておいてくれる?
ありがとう。
うん、戻ってきたら、また電話するね。
それじゃ、おやすみなさい。」

電話を置くとアスカは、
「ふう。」
と、ため息をついた。

そして、つぶやいた。
「これでいいわよね、ミサト。」



カヲルは、そのとき自室のベッドの上にいた。
制服を着替える気にもならず、両手を頭の後ろに組んで天井を見上げていた。

「ねぇ、サクヤ。」
カヲルはつぶやいた。
「とうとう明日、決戦を迎えることになったよ。」

カヲルは目を細めた。
蛍光灯の光が、滲むように広がる。

その光の中に、白い顔が浮かんだ。
『サクヤと母さんの、カタキを討つ・・・ことになるのかな。』

『悲しいことを、言わないで。』
そんな声が、聞こえた様な気がした。

白い顔の、銀髪の少女は暗い瞳でカヲルのことを見つめている。

『にいさんには、今と未来だけを見ていてほしいの。
過去のことを、ひきずらないで。』

「ぼくは、それほど器用ではないよ。」
カヲルは苦笑するように言った。
「それに、今さら未来に期待するほど、楽天家でもないさ。」

『昔のにいさんは、そんな皮肉家ではなかったわ。』

「そうかも知れない。
ぼくは、この紅い瞳と引き換えに、期待と希望を捨て去ったのかも知れない。」
そう言うと、カヲルは淋しげに微笑んだ。

『今からでも、遅くはないわ。』
銀髪の少女は、悲しそうにカヲルを見た。

『今のにいさんを、見ていてくれている人がいる。
その人といっしょに、未来を見ることはできない?』

「惣流さ・・・アスカのことか。」
カヲルは真顔に戻ってつぶやいた。

「そうだね。生きて戻ったら、考えてみよう。」
『本当?』
「ああ、約束するよ。」

カヲルは、その白い顔の少女が、微笑んだように思った。



シンジとレイは、ベランダに出て月を見上げていた。

いつかも、こんなことがあったなと、シンジは思った。

「とうとう、この日が来たね。」
シンジが、声をかけた。

「ええ・・・。」

シンジは、何を話したものかと思い迷った。
そのまま、しばらく沈黙が続く。

何か、話すべきなのだろうか。
だが、何を話していいか、思い浮かばなかった。

それなら、それでいいかも知れないと、シンジは思った。
とくに、気まずいということもなかった。

『綾波と、ずっとこうしていられたら、それもいいかも知れない。』
そう思っているところへ、

「碇君は、後悔していない?」
不意に、レイが言った。

「ん、何を?」
シンジが聞き返す。

「・・・・・・・・・。」
レイは、言葉につまったようだが、
ややあって、
「いろんなことを。」
と言った。

「ぼくは、綾波に会えて、よかったと思っているよ。」
「私が、ヒトでなくても?」

「でも、ヒトになろうとしている。」
シンジは確信を持って言った。
「たとえ、出自がヒトでなくても、今の綾波はまちがいなくヒトだよ。
少なくとも、ぼくにとっては。」

「いいの?」
レイは尋ねた。
こんな自分でも、受け入れてくれるのか、という意味だった。

シンジは頷くと言った。
「好きだよ。」

「・・・ありがとう。」

シンジとレイは、どちらからともなく、唇を重ねた。
そんな二人を、月は見守るかのようにやさしく照らしていた。



夜半を過ぎた。
もう、眠らねばならない時刻だった。
シンジは、他の三人を集めると、リツコから預かっていた薬をみんなに配った。

「それじゃ、また明日。」
何かを言わなければならないと思いながら、そんなことしか言えなかった。

「いい夢を見ましょうね。」
そう言うと、アスカは受け取った薬を飲んだ。

レイとカヲルも、それぞれ薬を飲むと言った。
「お休みなさい。」
「お休み。」

そして、四人はそれぞれ、自室に向かう。

部屋のドアに手をかけるアスカに、カヲルは呼びかけた。
「アスカ。」

「うん? なによ。」
「必ず、勝って帰ろうね。」

「なにを、今更。当然じゃない。」
「いや、帰ってこれたら、伝えなければならないことがあるからね。」

「今じゃ、だめなの?」
「そうだね、帰ってきてから、考えようと思っていることだからね。
悪いけど、今はまだ考えている余裕がないから。」

「え?」
「それじゃ、お休み。」
そう言うと、カヲルは自室に入っていく。

「ちょ、ちょっと。それ、どういう・・・。」
アスカが言いかける間に、カヲルの部屋のドアは閉じてしまった。

「なによ、もう!」
アスカは、ぶつぶつ言いながら部屋に入る。
「こっちは薬が効いてきて、眠いんだから、変なこと言わないでよね。」

「すまない、アスカ。」
カヲルは閉じたドアを背にして、つぶやくように言った。
「今は、それしか言えない。続きは、帰ってきてから言うよ。」



次の日の朝、ネルフ本部__。

「それでは、副指令、マヤちゃん。
作戦会議後、留守をお願いすることになりますが、宜しくお願いしますね。」
ミサトは、冬月とマヤを前にして言った。

「ああ、少し早いかも知れんが言っていこう。
作戦の成功を祈っているよ。
気をつけてな。」

「司令代行のお姿が見えませんが、お帰りになられたのですか。」
マヤの問いに、ミサトは答えた。
「シンジ君たちを起こしに、いったん帰られたのよ。」

「それは、大変だな。
君も、ユイ君も、準備作業でほとんど徹夜の状態だろう。」

「ええ、でもこれから先の作戦の成功の可否は、シンジ君たちの双肩にかかっています。
あの人なりに、激励しようと考えておられるのでしょう。」



ミサトの言うとおり、ユイはいったんシンジたちを起こしに帰宅していた。
もう、朝もかなり遅い。

それでも、シンジたちは薬の効果で、まだぐっすり眠っていた。
ユイはそのひとりひとりを、やさしく起こした。

全員が起きてくると、
「朝食の準備ができているわよ。」
そう言って朝食兼昼食を、皆でゆっくりと摂った。

「かあさん、徹夜だったの。」
シンジが尋ねる。
ユイの目の下には、うっすらと隈があった。

「まあね。でも、私は大丈夫。
それより、あなたたちこそ、しっかり食べておくのよ。
これが、最後の戦いなのだから、がんばってね。」

そう言うとユイは、柔らかく微笑みかけた。



13時10分。

ユイはシンジたちを連れて、本部に戻ってきた。
そしてその20分後、最後の作戦会議が開かれる。

「これより、当作戦を『地上の星』作戦と呼称します。
一部の人には、おさらいになるけれども、もう一度、説明しておきます。」
ミサトが、作戦の全体像の説明を始めた。



16時30分。

ネルフのスタッフは、出撃する者とシオフロントに残る者に別れて、それぞれの持ち場に就く。

冬月とマヤが中心となる居残り組は、発令所へ。

ユイ、ミサト、リツコ、日向、青葉、そして加持を中心とする出撃組は、航空機発着場に向かう。

そして、シンジたちもプラグスーツに着替え、それぞれのEVAに乗り込む。
以後は、『別名あるまで待機』ということだった。



17時50分。

第3新東京の空に、航空機特有の爆音が聞こえ始める。

やがて、夕闇を背にして、VTOL5機、EVA専用長距離輸送機2機、そして見たこともない大型航空機3機が次々と現われた。

それぞれ、次々に発着場に着陸する。

ミサトと日向、リツコと青葉は「組み」となって、そしてユイは単独で、それぞれ大型航空機に乗り込んだ。
乗り込んだメンバーから、それぞれ司令機、弐号機の支援機、初号機の支援機ということらしい。

加持は、EVA専用長距離輸送機のうちの1機の機体の下部に設置されている、コンテナに乗り組む。
コンテナの内部は一種の客室のような状態となっており、それなりに快適のようだ。

その間、それぞれの機体は最終的な整備と給油が行われていた。
そして最後に、エヴァ2体が運ばれてきて、それぞれの輸送機に接続された。



19時00分。

時報と同時に、日向の声が響く。
「作戦、スタートです。」

「全機、発進!!」
ミサトの怒号とともに、まずVTOL5機が次々に離陸する。
続いて弐号機用輸送機、初号機用輸送機、弐号機用支援機、初号機用支援機、そして最後に、ミサトの司令機が発着場を離陸した。

10機の機体は編隊を組んで、北西に向けて進路をとった。



「途中、何も問題がなければいいんですがね。」
司令機の中で、日向がつぶやく様に言った。
「油断し切っているゼーレはともかく、近隣の国のいくつかは、
私たちの進軍に気付くかも知れない。」
ミサトは、腕を組んで答えた。

「いくら夜間迷彩色とステルス機能があるといっても、先進技術を持つ国には、 発見される恐れはあるわ。

そのとき、彼らがどう反応するかね。
私たちの意図を察して、通過させてくれればいいけど。」

「攻撃されるか、ゼーレに通報されるでしょうね、普通。」

「ゼーレを快く思っていない国は多い。
誰何してきたら、ネルフであることを隠す必要はないわ。
うまく行けば、見て見ぬふりをしてくれるかも知れない。」

「そんな甘いことを・・・。」
日向の言葉に、ミサトは頷いた。

「そうね。・・・当面の問題は、ロシアね。
12時間後にモスクワの北を通過することになるわ。
きな臭くなる前に、食事をとらせて交代で休むよう、指示してちょうだい。」

「了解しました。」



ネルフの行動に、最初に気付いたのは、アメリカだった。
出発後、3時間ほどたった頃__アメリカでは、まだ早朝だった。

軍事衛星からの映像で、10機の編隊がロシアあるいはドイツに向かっているのが見て取れる。

「目的地は、ゼーレか?」
軍服の男が、そう尋ねた。

「そうだろうな。
我が国の量産機がゼーレに徴収されたのは、対ネルフ用の兵器とするためだと、聞いたことがある。
どうやら、本当だったようだな。」
もう一人の軍服の男が、それに答える。

「どうする、ゼーレに通報するか?」

「やめておこう、我々にとって、何の得にもならない。
それよりも、ネルフ本部は今、防衛機能が手薄になっている筈だ。
そちらの方に駒を進めるのが得策だろう。」

「なるほど、ゼーレが勝てば、ネルフ本部を陥落させれば我々の手柄になるし、
ネルフが勝てば、外敵から守ってやっていたのだと言えば、恩を売ることができるか。」

「そういうことだ。
それに、いち早くネルフ本部を占拠できれば、奴等の貴重な技術を、
ゼーレに気付かれることなく、手に入れることができるかも知れぬしな。」

「そうだな。では、そのように手配しよう。」

間もなく、アメリカ海軍がネルフ侵攻に向けて、集結を始めた。



続いて、ネルフの動きに気付いたのは、戦略自衛隊の急進派だった。
日本から、所属不明の航空機が10機飛び立ったことは、記録として掴んでいた。

だが、日本の体質として、未知の侵入者に対しては神経を尖らせるが、
出て行くものには、あまり気に留めないのが常だ。

それがネルフの遠征部隊だったと気付いたのは、アメリカ海軍の動きのせいだ。

船舶が集結を初め、哨戒機が領空ぎりぎりを箱根を窺う様にして飛んでいることから、
先程の所属不明の編隊はネルフから発進したものであり、アメリカの狙いが、
防御が手薄になったネルフの本部施設と推測された。

「ネルフめ、ゼーレに奇襲をしかけるつもりか。」
ネルフの編隊の進路をあらためて確認しながら、将校の一人がつぶやいた。

「早まったことをしたものだな。
米軍の奴等、これを機会に漁夫の利を得ようというのか。」
やれやれという感じで、別の将校がそれに応じる。

「ゼーレに知らせるべきか?」
最初の将校がそう言うと、彼の同僚は少し考え、
「・・・様子を見るべきだろうな。」
と言った。

「と、いうと?」
「今ゼーレに知らせて、ネルフの目論見が失敗したとしよう。
米軍の奴等は、どう動くと思う。」

「一気にネルフ本部を攻め、制圧するだろうな。」
「すると、どうなる?」

「ゼーレは米軍に一目おかざるを得なくなる。」
「そのとおりだ。すると、かなりの利権がアメリカの手に渡ることになる。」

「それは、おもしろくないな。」
「だろう?
ここは、静観しておいて、ゼーレには少々危ない目に遭ってもらった方がいい。
ゼーレがピンチの間は、米軍の奴等はネルフに付くことを考えて動くまい。
その間に、我々はネルフ本部に張りついておく。

そうすれば、ゼーレからの申請があればすぐに内部に侵入し、
米軍よりも早く、ネルフを占拠することができるだろう。」

「なるほどな。」

結局、戦自は静観することを選び、ここでもゼーレに通報することは見送られた。



ネルフの編隊は、南ドイツにあるゼーレの本部を目指している。
第3新東京からの所要時間は、およそ16時間。
19時に発進しているが、8時間の時差があることにより、到着は未明の午前3時の予定だった。

移動時間は夜間を選び、ステルス機能と夜間迷彩色により、極力気付かれぬように近付くつもりだった。
奇襲をしかけ、短期決戦を謀る・・・それをミサトは、『桶狭間の戦い』に例えた。

だが、本当にうまくいくのだろうか。
16時間は、長い。
現に、米軍と戦自には気付かれている。
たまたま打算が働いて、ゼーレには通報されずに済んでいるだけである。

編隊は今、ロシアの領空に入っていた。
ゼーレに向かって最短の航路をとる関係上、午前1時にはモスクワの北を通過する。
いずれ、気付かれるだろう。

そのとき、ロシアはどの様な行動をとるのか。
ロシアは人類補完委員会の一員でもある。

果たして、ネルフは切り抜けることができるのであろうか。
それは、神のみが知っていた。




あとがき

ネルフはついに、行動を起こしました。

ゼーレに対して奇襲をしかけ、霧島夫妻を救出した上で、
一気に量産機を、全機殲滅する腹積もりの様です。

しかし、無事にたどり着けるのでしょうか。

そしてまた、主力メンバーが留守となったネルフ本部は、
米軍と戦自に狙われることとなっています。
この先、どの様な展開が待ち受けてうるのでしょうか。

いよいよ、終盤です。

次回をお楽しみに