「そうか、霧島一佐たちには逃げられたのか。」
キール・ローレンツは、俯いてそうつぶやいた。

ゼーレの地下工場の奥で、彼はその報告を聞いたところだった。
補完委員会の仲間たちのことは、ふがいないとは思ったが、不思議と腹はたたなかった。

「人類補完委員会、いやゼーレもこのままでは終わりかも知れぬ。
あやつらは、権力の頂点で長く生き過ぎた・・・。
会議の席上でいたずらに批判を繰り返し、自分で行動しなくなって久しいからな。

二十世紀後半の長き平和の時代以降に、将来を見越した布石を打つ上で、
部下にまかせずにみずから足を運び、適切な手を下してきたのは、
実際のところ、このキール・ローレンツただ一人だった・・・。」

そして、キールは顔を上げた。
LCLの中にいるのであろうか、彼の髪が一瞬ゆらぐ。

「だが、やはりゼーレを終わらせるわけにはいかぬ。
私にこの力と、ゴーマンの遺産がある限り、終わらせるわけにはいかぬ。

たとえゼーレのメンバーの一部を入れ替えることになろうとも、ゼーレは常に、
世に君臨していなくてはならぬのだ!」

キールは、インダクションレバーを握り締めた。

「そのために、わたしはおまえたちを作り上げた。
行くがいい、量産機・・・エヴァシリーズよ。
忌まわしき碇の息子を依代(よりしろ)として、再生の時を迎えよ。
そして、我らに新たな命を!」

そしてそのキールの思念は、地上にいる3体の量産機に送られた。



--- 人 身 御 供  第 ニ十二話 ---
    


「イーヴだ・・・。あれは、アロマのイーヴだ・・・。」
量産機3体を前にして、シンジは依然怒りに打ち震えたまま、動こうとしなかった。

「碇君、どうしたの。しっかりして!」
レイは、叫ぶようにシンジに呼びかけた。

このまま、TSS(交代制)モードに移行してシンジを切り離すこともできるが、
いかに弐号機の援護があるとはいえ、自分ひとりの操縦で量産機3体を同時に
相手にできるとは思えない。

レイはやむなく席を立ち、前方のシートに座るシンジの肩を背後から揺さぶった。
「碇君!!」
レイにしてみればこれ以上ないと思われるほどの、差し迫った叫びをシンジに浴びせる。

「綾波・・・。」
ようやく、シンジは我に返った。

「碇君、あなたにあれが何に見えるか知らないけれど、あれは・・・ 
いけない、来るわ!!」

3体の量産機が、姿勢を低くして走り寄ってくるところだった。
各々がツインブレードを構え、不気味な笑みを浮かべながら。

「綾波、席について!」
シンジの指示に従って、レイは急いで席に戻る。
つづいて、初号機は高く跳躍していた。

その直後、初号機のいた空間を、量産機のうちの1体のツインブレードがなぎ払っている。
攻撃が空を切った量産機はたたらを踏んで、意外そうに周囲を見廻す。

「今ね!」
アスカが叫ぶと同時に、動きの止まった量産機に向かって、弐号機はバスーカを撃つ。
直撃を胸に受けて、その量産機はコアをむき出しにして後方に吹っ飛んだ。

「お見事。」
カヲルが声をかけるが、
「まだまだよ、次行くわよ!」
弐号機はバズーカを投げ捨て、パレットガンを構えた。

一方で、宙に飛んだ初号機はバーニアで姿勢を制御しながら、
ボール状に発生させたATフィールドを量産機に向かって投げつけていた。
二発、三発・・・ツブテとなったATフィールドが、量産機に向かっていく。

そのうちの一発は、弐号機のバズーカを受けた量産機のむき出しとなったコアに命中した。

「きゅううううっ!」
いやな悲鳴をあげて、そいつは痙攣する。

後の二発は、残った量産機2体の、それぞれ頭部と肩口に命中した。

頭部に喰らった方は、見るも無残に頭部がひしゃげ、噴水のように血を吹き上げると、
仰向けに倒れて動かなくなった。

肩をやられた方の量産機は、ツインブレードを取り落としてその場に蹲る。
タタタタタタンッ!
そこを弐号機のパレットガンの銃弾が襲い、その胸に無数の弾痕ができた。
そいつは、ゆっくり前のめりに倒れる。

「もう終わり? なんだか、あっけないわね。」
アスカがつぶやく。

カヲルがそれに応える。
「長期戦になると不利だからね。早いにこしたことはないよ。」

「ごめん、綾波。助かったよ。」
3体の量産機が、動かなくなったことを確認すると、シンジはそう言った。

「いいの。でも碇君、一体なにが・・・。」
レイが何かいいかけるが、そこへミサトから通信が入った。

「油断しないで! 量産機は今のが全てじゃないわ。
レイとカヲル君は、ワイドアングルモードに移行して索敵、いいわね。」

「「了解!」」
初号機、弐号機ともに、高シンクロモードからワイドアングルモードに移行した。



初号機のプラグ内ではレイのシートが後方に移動し、『管制室』に入る。
その間にシンジは、敵に不意をつかれることを想定して、シンクロ率100%を
自分一人で維持することにした。

ワイドアングル(広角対応)モードとは、パイロットの一方が索敵と火気管制に
専念するものであり、初号機ではレイがその役を担っているのだった。

レイは、全周スクリーンと操作パネル内の各モニタを素早くチェックする。
・・・異常はないようだ。
ほっとして報告する。
「今のところ、量産機がすぐそばに潜んでいる兆候はない様です。」

「そう。でも、油断しないで。奴らは間違いなく・・・。」
ミサトがそこまで言いかけたときだった。

レイは、操作パネルの下方モニタ脇に、急に赤い警告ランプが点灯するのを見た。
「碇君、下!!」
レイが叫ぶ。

「えっ!?」
シンジはいぶかりながらも、跳び下がろうとした。

宙に跳んだ初号機を追って、地中から何かが飛び出してきた。
物凄いスピードだった。
出現と同時に、大量の土砂を吹上げている。

それは、あっという間に初号機の左腕に命中し、根元からもぎ取っていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ううっ・・・!」
シンジの悲鳴と、レイの呻きが同時に響く。

「シンジ! レイ!」
アスカが叫ぶ。

初号機は地上に落ちて、動かなくなった。
アスカは駆け寄ろうとした。

「待って!」
それをカヲルは止める。

「どうしてよ!!」
アスカが噛み付かんばかりに抗議する。

「来るよ、奴らが。」
カヲルはモニタを見ながら言う。

「奴ら?」
アスカが聞き返そうとして、硬直した。
先程、量産機が現われた穴から、新たな量産機が頭を出していた。
おぞましい笑みを浮かべている。

ぞろり、と地上に姿を現す。
そしてそいつが出てきた穴からは、次の量産機が頭を出していた。

先に地上に出た量産機が、片手を高くあげる。
すると、虚空から何かが舞い降りてきてそいつの手に収まった。

「ロンギヌスの槍?」
アスカがつぶやいた。

アラエルを殲滅するときに、零号機が投擲したものと同じ形をしている。
ひとまわり、小さいようにも見えた。
先ほど初号機を襲った武器は、ロンギヌスの槍だったのだ。

その間にも量産機は次々と地上に現われている。
先に地上に出たものは、その場で待機しているのか、動かない。
どうやら、勝利をより確実なものとするために、全機そろうのを待っているようだ。

「碇君、碇君!」
レイの叫ぶ声が聞こえる。

「レイ、無事なの?」
アスカが問いかけた。

「私は、大丈夫。でも、碇君が気を失ってしまって・・・。
それに、左肩からすごい出血なの。」

「レイちゃん!」
ユイの声が、割って入った。

「シンクロ率100%が災いしたわ。
TSS(交代制)モードに移行して、輸送機まで戻れる?
すぐに止血しないと、危険だわ。」

「わかりました、やってみます。」
レイはそう応えた。

TSSモードに切り替えて、初号機とのシンクロはレイがメインとなった。
すぐに初号機は動き始め、弐号機の背後まで後退する。

「追ってこないね・・・。」
カヲルがつぶやく。
地上に出た量産機が傷ついた初号機に、留めをさしに来ないことを言っているのだ。

「いつでも留めをさせるという、自信かしらね。
それとも、この弐号機を先に片付けようという気なのかしら。」
アスカが言っている間にも、量産機は次々に這い出てきている。
全機そろうまで、本当に動かないつもりのようだ。

「レイ、いまのうちに輸送機に戻って。
あたしたちが、ここはなんとかするから。」

「ええ、ごめんなさい。」
初号機はバーニアを吹かせて、初号機専用輸送機を目指して上昇する。

ロンギヌスの槍が追ってくるかと思い、レイは緊張したが、とくにそんなこともなく、
無事に初号機は輸送機とドッキングすることができた。

一方でユイはゴーグルをして、初号機用支援機の最下層にいた。
機体の床が大きく開いており、そこから見下ろすと初号機専用輸送機の上面が見える。

「では、お願いします。」
「はい。」
ユイに応えたのは、がっしりした体格の若い尉官だった。

ユイがその尉官におぶさり、二人はロープに吊るされた状態で支援機から降りていく。
「大丈夫ですか、陸奥三尉。」
「おまかせ下さい。」
陸奥と呼ばれる尉官は、ユイを無事に初号機専用輸送機に送り届けた。

「シンジ・・・。」
ユイは急いで、シンジの手当てに向かう。



地上では今、最後の量産機が穴から這い出てきたところだった。
全部で、6体いる。

「カヲル・・・。」
アスカは、ワイドアングルモードのまま『管制室』にいるカヲルに呼びかけた。

「なんだい、アスカ。」
カヲルは全周スクリーンとモニタ類から目を離さずに、応えた。

「出発前に、あんた、あたしに『帰ってこれたら伝えなきゃいけないことがある』
と言ってたわよね。」
「ああ、言ったね。」

「・・・聞けないかも知れないわね。」
アスカは、あせりもおののきもせずに、静かにそう言った。

「今、言っておこうか?」
「いいわよ! そんな安っぽい言葉なら、聞きたくない。
そのかわり、もし帰れるようなことがあったら、そのときは・・・。」
「ああ、全身全霊をこめて、必ず伝えるよ。」

「オーケイ。」
アスカは不敵に微笑んで言った。
「随分、余裕見せてくれるけど、これで全部?」
量産機のことだ。

『そうだ。』
予期せぬ回答があり、アスカは大きく目を見開いた。

「だ、だれよ! 今しゃべったのは!!」
「さ、最後に出てきた量産機からだ。それに、今の声は・・・。」
めずらしく、カヲルが戦慄している。

「キール・ローレンツだ!」

『そのとおり。』
「あなたは、エヴァが操れるのか。」

『だとしたら、どうする?』
「・・・・・・・・・。」
カヲルは、戦慄のあまり、声が出ない。

『こわいか? ・・・だろうな。
それに、操れるのはエヴァばかりではないぞ。
こういうこともできる。』

声の主の量産機は、手にしたツインブレードを、
一瞬にしてロンギヌスの槍に変えてみせた。

「な・・・! だれよ、こいつ。」
「キール・ローレンツ・・・ゼーレのトップだよ。」

「へぇ。」
ゼーレのトップと聞いて、かえってアスカに少し余裕ができた。
「じゃあ、こいつを倒せば目的達成ってこと?」

アスカはミサトから聞いた、今川義元の首をとって勝利した信長軍の話を 思い出していた。

「そうかも知れないけど、そう簡単にはいかないだろうね。
ぼくの知る限り、今のゼーレはこの男がいるからこそ、強大なんだ。

その彼が、こうして前線に出てくるということは・・・
自分は決して負けないという、自信があるからだろうと思う。」

『よくわかっているではないか、渚カヲル・・・いや、蓮華カヲルよ。』
「その名は、呼ばないでほしいね。」
蓮華という名でカヲルは、母カグヤと妹サクヤのことを思い出す。

カヲルにしてみれば、肉親をキールに殺されたも同然である。
ふつふつとした怒りが、黒雲のように湧き上がってきた。
いっとき抱いた恐怖心のようなものは、とうになくなっていた。

『裏切り者のおまえを、わたし自身の手で葬ってやるのも一興かも知れぬ。
おまえたちが、どれだけエヴァをパワーアップさせたかは知らぬが、
究極の武器であるロンギヌスの槍と、ハルピュイアの翼の前では、
何の役にもたたないことを、思い知らせてやろう。』

キールの言葉が終わると、量産機たちは一斉に動き出した。



ユイがシンジが施した処置は、第一に止血であったが、それよりも重要なことは、
パニックに陥らないようにきちんと覚醒させることだった。

エヴァは、その肉体に受けた衝撃を、操縦者にフィードバックする。
しかも、シンクロ率が高いほど、その衝撃はよりリアルなものになる。
だが、操縦者がそれを擬似的なものと認識することによって、
やや時間をおいてではあるが、その刺激からは解放されるのだった。

サキエル戦で左腕を損傷したとき、シンジに向かってミサトが
「あなたの腕ではないのよ」と言ったのもそのためだったし、
ゼルエル戦で両腕を切り飛ばされたアスカが、しばらくした後
再び攻撃に出ようとしたのも、それが理由だった。

「碇君、大丈夫ですか。」
レイが、止血の処置をしているユイの背後から、心配そうに尋ねる。

「大丈夫、心配しないで。
衝撃を受けたまま気を失ったから、肉体が過剰に反応しただけ。
実際に受けた傷じゃないから、もう回復に向かっているわ。」

「よかった・・・。」
レイは、ほっとした。

「それよりも、シンジを目覚めさせることの方が大事だわ。
レイちゃん、手伝ってくれる?」
「はい。」
レイはユイの横に並んで、跪いた。



「ねぇ、カヲル。」
また、アスカはカヲルに尋ねた。
弐号機の複座プラグは、ワイドアングルモードのままである。

「なんだい、アスカ。」
カヲルは、微笑んで応えた。
アスカの言いたいことは、察しがついた。

カヲルは全周スクリーンから目を離していない。
そこには、等間隔に弐号機を取り囲む6体の量産機の姿があった。

「悪いけど、あんたの命、あたしに預けてくんない?」
「いいよ、こんな命でよければね。
複座プラグが、ぼくたちの柩(ひつぎ)になっても、後悔はしないよ。」

「ばか! 縁起でもないこと、言うんじゃないわよ!
誓ったじゃない、必ず勝って帰ろうと。
あたしは、あんたから約束した言葉を聞くまでは、ぜったい死ぬ気はないからね!」

「そうだったね。
葛城さんも、言っていた。一番大事なのは、生き延びることだと。
君にまかせるよ、アスカ。」
「・・・わかれば、いいのよ。」

「アスカ、早まらないで。」
弐号機支援機のリツコから、通信が入った。

「初号機が戦線に復帰するまでは、無理をしないで時間を稼いでちょうだい。
焦っては、相手の思うつぼよ。

それと、量産機からあまり離れてもだめよ。・・・ロンギヌスの槍を、投擲されるわ。
離れれば離れるほど、槍は投擲した者の意志を継ぎ、加速しながら追ってくるのよ。

あの初号機ですら逃げ切れなかったのは、槍が地中深くから投擲されたから、
その存在の察知とスピードが予測できなかったため・・・そう推測されたのよ。」

「空には逃げるな、ということね。わかったわ。ありがとう、リツコ。」
アスカはそう応えるた上で、

「カヲル、作戦よ。」
管制室のカヲルに伝える。

「合図とともに、正面右30度と、背面左30度の敵に対して同時に、
陽動としての中距離攻撃。
相手が怯んだすきに、左90度の敵に素早く接近し、近距離攻撃を行う。
以後は、接近戦によって一体ずつ確実に数を減らしていく・・・いいわね?」

「了解。」

カヲルの応答を確認してから、アスカは短く深呼吸し、自分に言い聞かせた。
「・・・いくわよ、アスカ。」

「今よ!」
合図とともに、アスカは右斜め前の量産機にパレットガンを連射する。
同時にカヲルも、後方の量産機に向けてランドセルからミサイルを放った。

一瞬にして2体の量産機がそれぞれ、劣化ウラニウム弾とミサイルを受けて 後方に吹き飛ぶ。

その直後、弐号機は左方向に跳んでいた。
水平方向に最大出力でバーニアを吹かせ、そこにいる量産機にタックルする。

そして、量産機ともども倒れこんだと思われた次の瞬間には、
素早くマウントポジションをとって、プログナイフを振りかざしていた。

爬虫類を思わせる醜い量産機の喉元に、プログナイフを突き立てる。
「くぇぇぇぇっ!」
短く叫んでそいつは痙攣し、動かなくなった。

弐号機は起き上がるときに、そいつが手にしていたツインブレードを奪いとった。
そこへ、背後から忍び寄ろうとする別の量産機がツインブレードをふりかざす。

「甘いね!」
カヲルがそう言うと、ランドセルから無数の刃が飛び出し、そのことごとくが命中する。
その量産機も、弐号機に攻撃をしかけることができずに、前のめりに倒れた。

あっという間に、6体中4体の量産機が、地に倒れ伏していた。
最初に現われた3体の量産機を含めると、既に7体を倒したことになる。

「あと、2体。・・・なんとかなるかも知れないわね。」
アスカは、そうつぶやいた。



『なかなか、やるではないか。』
キールの声が、そう言う。
残った2体のうちの、一方の量産機である。

「おあいにくさまね。
この弐号機は、最初のプロダクションタイプとはいえ、
あんたたちの様な廉価版とは、できが違うのよ!」
アスカが、勝ち誇ったように言った。

『くくく・・・ははは・・・。言ってくれるわい。』
「な、なにがおかしいのよ!」
『これでも、できが違うなどと、言っておれるかな。』

キールがそう言うと、地に倒れ付した筈の量産機のほとんどが、一斉にもぞりと動いた。
「えっ?!」
「む?」

アスカとカヲルが驚愕する中、
体中に無数の刃を受けた奴が、喉元にプログナイフを突き立てられた奴が、
パレットガンの連射を受けた奴、ミサイルの洗礼を受けた奴・・・それぞれが、
いやらしい笑みを浮かべて起き上がろうとしていた。

さらに、初号機のATフィールド塊によって頭部を潰された奴までもが、
仰向けに倒れた状態から、下半身がまず起き上がり、続いて上半身がそれに
引かれるように起き上がった。
潰れて脳漿が見える頭部のまま、ニタリと笑う。

「な、なんで?!」
混乱しそうになるアスカに、カヲルが冷静な声で説明する。

「・・・これが、量産機のS2機関の恐るべき姿だ。
コアを潰さないかぎり、ほぼ無限のエネルギーを持つ奴らは、いくらでも再生する。

アスカ、内部電源も残り少ない。
奴らが回復しきっていない今のうちに、エネルギーチャージして、
態勢を立て直そう。」

「・・・わかったわ。」
そういうと、アスカはバーニアに点火して、輸送機目指して飛び上がった。

そのときだった。

『逃がさんぞ。』
キールの声に戦慄して振り向くと、そこにロンギヌスの槍を構えた量産機がいた。

カヲルにもそれが見えた。
同じ高度で、正面と背後に1体ずつ、そいつらはいた。
その背中から、巨大な白い翼をはためかせて。

「あ、あああ・・・。」
アスカの目は、大きく見開かれていた。

思わず、バーニアによる上昇を止めてしまう。
このまま上昇を続けて量産機を連れていくと、上空にいる味方機が全て、
量産機の攻撃を受けて全滅してしまうと直感的に悟ったためだった。

「こ、これは・・・!」
カヲルも、言葉が出ない。
まさか、量産機が同じ様に空を飛ぶとは、思ってもいなかった。
いや、同じ様に、ではない。
明かに、量産機の方が小回りが利き、運動性が高そうであった。

『驚いたか。』
キール・ローレンツは、勝ち誇って言った。

『これこそが、我がゼーレで量産機に施していた最後の改装、
【ハルピュイアの翼】よ。
できがちがうのは、確かなようだな。
そして、もっと確かなのは、おまえたちは勝てぬということだ。』

キールの言葉を裏付けるかの様に、地上に残っている5体の量産機のうち、
4体の背中から白い翼が広がった。
そしてその4体は、次々に羽ばたいてとゆっくりと上昇する。
弐号機は今度は空中で、6体の量産機に囲まれることとなった。

「これが、完成された量産機の真の姿・・・。」
「そのようだね・・・。」
アスカとカヲルは、茫然とつぶやく。

地上に残った量産機は、最初に頭部を潰された1体のみである。
ツインブレードを構えて弐号機を見上げ、ニタリと笑った。
弐号機が、落とされてくるのを待ち構えているようであった。



「ハルピュイアの翼・・・。」
リツコは、弐号機支援機の中でそうつぶやいた。
その顔面は蒼白で、今にも気を失いそうに見える。

「赤木博士、大丈夫ですか?」
その様子を見て、思わず青葉が声をかける。

「え、ええ・・・。」
「なんなんですか、【ハルピュイア】というのは。」

「・・・【ハーピー】ともいうわね。
西欧の神話などに出てくる、女の顔を持った鳥の様なモンスターよ。
性格は残虐で、ヒトの内臓を好んで喰らうと言われているわ。」
話している間に、リツコは少し落ち着いてきたようだった。

「そいつの翼が、量産機に取りつけられたと?」

「そう。どう見ても、生物の翼ね、あれは。
あれだけ滑らかに動かれては、対処のしようがないわ。
まさに、古代の狂気の天才が生んだオーバーテクノロジーね。」

「どうして、今まで温存していたんでしょうか。」
青葉の問いにリツコは、

「温存では、ないでしょう。
最初に出てきた3体・・・そのうちの2体は倒したけど・・・には、翼がなかった。
おそらく、改装が間に合わなかったのでしょう。

初めの3体が時間を稼いでいる間に、工場の奥にいた改装済みの6体の
出撃準備をしていた・・・そういったところじゃないかしら。」

「それにしても、あとの6体は、どうして一気に攻めてこないのでしょう。」
それは、青葉の素朴な疑問だった。

武器を含めた、性能の差は歴然としている。
本気を出せば・・・少なくとも、最初から翼を出して空から攻撃すれば、
弐号機はひとたまりもなかった筈だ。

「わからない。
何かを恐れているのか・・・それならば、こちらにも勝ち目があるわ。
でも、そうじゃないでしょう。

ネコが鼠をなぶるように、遊んでいるのか・・・。

それとも、シンジ君が目覚めるのを、わざわざ待っているのか・・・。
だとすると・・・まさか、ここで起こす気?!!」
リツコは戦慄した。 思い当たることが、あったのだ。



「シンジ、シンジ!」
「碇君、起きて!」
初号機の複座プラグの中で、ユイとレイがシンジを揺すりながら声をかけている。
だが、シンジは目覚めない。

「シンジ、起きなさい。このままでは弐号機が・・・。」
ユイの言葉には、焦りが混じってきている。

『シンジ・・・。』
シンジはそのとき、別の呼び声を聞いていた。

低い声だ。だが、それは以前のように他人を威圧するものではなかった。

「とうさん? とうさんなの。」

声の主は、夕映えの様な紅い光を背にして立っていた。
どこまでも、紅い。
紅い光以外は、何もない空間だった。
逆光となっているため、声の主の顔は見えない。
だが、シンジにとってそれは、久し振りに見る父のシルエットだった。

『シンジ、久し振りだな。』
「やっぱり、とうさんなんだね!」

『元気そうだな。』
「とうさんこそ・・・。 ここは、初号機の中なの?」

『そうだ。
正確に言うと、コアの中にいる私の姿を、おまえは見ている。
だが、残念ながら、今は再会を喜び合うときではない。』

「そんな・・・。とうさん、またどこかへ消えてしまうの?」

『私は、ずっとここにいて、おまえたちを見ている。
おまえの仲間たちに、危機が迫っているのだ。』

「仲間たち? そうだ、ぼくは量産機と戦っていたんだ。
じゃあ、アスカとカヲル君が!」

『早く行ってやれ。
彼らを助けられるのは、リアルチルドレンであるおまえしかいない。』

「わかったよ、とうさん。また、いつか会えるよね?」

『ああ、近いうちにな。約束する。』
「ありがとう、それじゃ・・・。」

シンジは、目を開いた。

「シンジ! 気がついたの。」
「碇君、よかった・・・。」
目の前に、心配そうに見守るユイとレイの姿があった。

「心配かけたね。」
シンジは、体を起こすと言った。
「綾波、弐号機を助けに行くよ。」

「シンジ・・・。」
ユイとレイは、しばし絶句した。
シンジの言葉は、たった今まで気絶していた者とはとうてい思えない。

「・・・ええ。」
短い間に何かがあったのだと悟ったレイは、頷くと急いで後部シートに着座した。

「シンジ、気をつけてね。」
ユイはそう言うと、複座プラグから出ていこうとした。

「母さん・・・。」
それを、シンジが呼び止める。
「エヴァの中で、父さんに会ったよ。」

「あの人は、何か言っていた?」
「近いうちにまた会うと約束しただけだよ。あとは、仲間を助けに行ってやれと。」
「そう・・・。」
「じゃあ、行ってくるね。」
「気をつけるのよ。」
ユイはそう言うと、複座プラグを出てそのハッチを閉めた。

『あなた・・・。』
ユイは、祈るようにつぶやいた。
『シンジとレイを、お願いしますね。』

プラグ内に、LCLが再度注入される。
注入が終わるとすぐに、シンジたちには初号機の視点で視界が開いた。
下の方で弐号機が、ゆっくりと旋回する量産機に取り囲まれているのが見える。

「行くよ、綾波。」
「ええ。」

終焉と始まりの時が、近づこうとしていた。




あとがき

いよいよ、大詰めです。

ゼーレを実質上支え、今また量産機を操ることのできるキール・ローレンツとは、
一体何者なのか。
S2機関のない弐号機は、この窮地を脱することができるのか。

そしてシンジは、完成された量産機に、どの様に対処するつもりなのか。

次回、明らかにするつもりです。
お楽しみに