二 人 の 来 訪 者
 
-  二人の想い Y -



「葛城三佐…。私の部屋に、来たまえ。」
そう言うと、ゲンドウは背を向けて発令所を退出した。

ミサトは、唇を噛んだ。

『人類は、【18番目の使徒】なんだよ。群体として長く生きてきたために…。』
第16使徒、アルミサエルとの戦闘中のシンジの言葉、あれを聞かれたからに相違ない。
自宅に開いたままにしていたノートパソコンを置いてきたことが、致命的な失態だった。

「日向君、悪いけど、あとお願いね。」
そう言うと、ミサトは発令所を後にした。

機密事項の窃視と漏洩…処断されることは間違いない。
二度とここへ、戻ってくることはできないのではないだろうか。
ミサトは覚悟を決めて、ゲンドウの執務室に向った。

ほどなく黒服の男が二人、ミサトの両側に音もなく並んだ。

「保安諜報部の者です。」
男たちのうちのひとりが、前を向いたまま言った。
サングラスで、その表情は見えない。

「司令にあなたを、お連れする様に命ぜられました。」

「私が逃亡を企てるとでも?」
ミサトは横目でちらりと男を見、皮肉っぽく言った。

「いえ…。ですが、これも仕事ですから。」
「そう、ご苦労様。」

ミサトは、男たちに両側を固められたまま、ゲンドウの執務室に入っていった。




「ミサトさんが拘禁されたって!?」
シンジの叫びが、狭い控え室に響き渡った。

使徒との戦闘を終えたチルドレン3人が、プラグスーツから私服に着替えて落ち合った
ところだった。

「大きな声、出さないでよ。」
アスカが、うるさそうに顔をしかめる。

「ど、どういうことなの?」
畳み掛ける様なシンジの問いに、レイが答えた。

「わたしたちも、ロッカールームを出たところで聞かされたばかりだから、詳しいことは
 わからないのだけど…。
 なんでも、機密情報をわたしたちに漏らしたことへの、責任が問われているみたい。」

「あ、あれが…。ミサトさんのパソコンにあった、あれを…!」
戦闘中に不用意に口走ってしまったことが、ミサトを窮地に追い込んだのだと、
シンジは知った。

「でもね、シンジがどうやって、あれを知ったのか知らないけど…。
 そのおかげで、あたしたちが勝てたのは事実よ。」

「そうだよ、アスカ。
 もっと前から知っていれば、これまでの使徒とだって、もっと楽に戦ってこれたかも
 知れないんだ。
 そんなことで、ミサトさんを連れてくなんて、納得できないよ!」

「行くのね、シンジ。」
「もちろん! 父さんに抗議に行くよ。」

「そうこなくちゃ。それに、保護者が監禁されちゃったらあたしたち、あのマンションに
 住めなくなっちゃうし。
 レイはどうするの?」

「わたしも、行くわ。」
「じゃあ、3人で行こう。」

シンジたちは、すぐに控え室を出て、ゲンドウに面会を求めた。




「そんなことは、できん。」
ゲンドウは、即座に却下した。

目の前には、シンジ、アスカ、レイの3人が横に並んで立っている。
シンジが、ミサトの釈放を求めたところだった。

「なんで…!」

「理由は、言わなくてもわかるだろう。
 本当なら、その情報を盗み見たおまえも、処断の対象になるところだ。
 これは、戦闘結果を考慮した上での、寛大な処置だ。」

「本来はこれは、軍法会議ものの背任行為なんだよ、シンジ君。」
ゲンドウの横から、冬月が口を挟んだ。

「軍籍を剥がされても、文句は言えないのだ。
 たまたま、戦果に繋がったということで、それだけは避けるつもりだがね。」

「あたしたち、軍隊なの?」
アスカの問いに、何を今さら、という顔をして冬月は答えた。

「ネルフのスタッフはそうなのだ。
 一応、表向きは国連軍の傘下に入っているからな。」
 
「あたしたちも?」
「いや、君たちは違う。民間人の協力者ということになっている。」

「じゃあ…。」
アスカはにやりと笑って言った。

「ミサトを解放するまでは、あたしたちは、協力を拒否します!」

「なんと!」
冬月は絶句した。

「レイもか?」
ゲンドウは、レイを見据えて尋ねた。

「…はい。」
レイは、動じることなく答えた。

「…勝手にしろ。
 ともかく、葛城三佐は処遇が決定するまで、ネルフの懲罰房に拘留する。
 同時に、初号機及び弐号機のパイロットへの、保護者としての任務も解任する。
 レイを含むパイロット3名は今後、ネルフ施設内の居住区にそれぞれ個室を与えるので
 そこに移り住むように。
 以上だ。」

「ど、どういうことだよ!」
「あたしたち、民間人でしょうが。なんでそんなまねができるのよ!」

「これは、司令権限に基づく命令だ。」

「そんな命令…!」
「…無駄よ。」
アスカが何か叫ぼうとしたが、レイは静かにそれを遮った。

「第3新東京をも統括する、司令の命令は絶対。
 それは、民間人に対しても同じこと。」

「なんですって!」
アスカは、急にゲンドウに加担し出したと思ってレイを睨みつけた。
 
「でも、エヴァに乗ることまでは、強制はできない。
 たとえ無理やり乗せたとしても、パイロットが納得していなければ、
 エヴァはシンクロしない。
 碇君が納得しない限り、わたしも協力するつもりはありません。」

「レイ、あんた…。」
いっときでもレイを疑ったことを、アスカは恥じた。

「好きにするがいい。 話は終わりだ。」 

ゲンドウがそう言うと、部屋の入り口のドアが開いた。
出て行け、ということだった。

「ちょっと待ってよ、父さん!」
ゲンドウに詰め寄ろうとするシンジの右腕を、レイはとった。
シンジが振り返ると、レイは黙ってかぶりを振った。

「綾波…。」
「碇君、いったんここは、退出しましょう。」

シンジはしぶしぶ、レイ、アスカとともに退出した。

「いいのか、碇。」
ややあってから、冬月がゲンドウに尋ねた。

「チルドレン全員が、エヴァへの搭乗を拒否しようとしているのだぞ。
 ダミープラグが未だ完成していない今、ことを荒立てるのは得策ではないが。」

「わかっている…。だが、組織というものは、戒律なしには成り立たん。
 特例を認めるには、それなりの状況の変化が必要だ。」

「…そうだな。」




状況の変化は、すぐに現れた。

ゲンドウへの直談判から二日たち、本部からの正式な通達に基いて、シンジとアスカが、
ネルフの施設内への引越しの準備を始めたときだった。

「あたし、ここでの暮らし、結構気に入ってたんだけどなぁ。」
ダンボールに荷物を詰めながら、つぶやく様にアスカは言う。

「ねぇ、シンジ。 このまま、何処かへ逃げちゃおうか?」
「綾波は、どうするの。」

「ちゃんと、連れてくわよ。心配しなさんな!」

「綾波は、うんと言わないよ、たぶん。
 それにうまく隠れていられるのは、最初だけだと思うな。
 保安諜報部は、抜けてるところはあるけど、
 彼らが本気になったら、すぐに見つかっちゃうよ。」

シンジは、以前家出してケンスケのテントに泊まっているところを、
取り囲まれて連れ戻されたときのことを、思い出して言った。

「冗談よ、冗談。 バカね、本気にして!
 だいたい、あたしが、エヴァを置いて逃げるわけないじゃないの。」

電話が鳴ったのは、そのときだった。
「はい…。」

電話に出たアスカの顔が、みるみる険しくなる。

「…えっ、どういうことですか。
 …それは、そうですけど…。
 …わかりました、とりあえず、中止ということで…。
 はい、わかりました。待ってみます。」

受話器を置いたアスカに、シンジは、
「どうしたの、何があったの。」
心配そうに尋ねる。

「引越しは、中止よ!
 明日、ミサトが帰ってくるそうよ。」

「本当?」
にわかには、信じ難かった。

「まあ、素直に喜ぶべきかどうか…。
 作戦部長の職を解かれるようだし、また一尉に降格されるみたいだし。
 日本語で、何ていったっけ、ほら。」

「左遷?」
「そう、それそれ。」

「でもまあ、帰ってこれることになったんだ。よかったよ。」




翌日の午後_。

「心配かけて、悪かったわね。」
自宅に戻って早々に、ミサトはシンジとアスカに頭を下げた。 
テーブルの正面にはレイも座っている。

「正直、ほっとしていますよ。」
シンジが言った。

「ミサトさんが『いなくなった』ら、どうしようかと思いました。
 ぼくが余計なことを言ったから、こんなことになってすみません。」
今度はシンジが謝った。

「ううん、シンジ君が悪いわけじゃないわ。
 全ては私の火遊びと、不注意が招いた結果よ。」

「それにしても、碇司令の処断にしては、釈放が早すぎるわ。」
レイが、ぽつりと言う。

「それよ、それ。
 あまりに急な決定の、ウラにあるものは何なのよ。」

「実は、私、作戦部からはずされたのよ。」
アスカの問いに、ミサトは神妙な顔で答えた。

「それは、聞いてるわ。で、どこに配属されたの。」
「…保安諜報部よ。」

「「ええぇーっ!!」」

「意外かも知れないけど、考えてみれば当然の処置かもね。
 私が、機密情報を盗み見たのも、使徒出現のときにあなたたちをロストしたのも、
 保安諜報部がしっかり機能していなかったから、ということになったのよ。」

「だから、ミサトさん自身にそれを改革しろと?」
「陰険ねぇ、考えることが。」
シンジとアスカが口々に言い、ミサトは苦笑する。

「でも、それだけでは今、釈放される理由にはならないわ。」
「さすがは、レイ。 そのとおりよ。」

ミサトは真顔になって言った。

「実は明日、ゼーレからある二人の人物がネルフにやって来るの。
 私の本当の任務は、彼らの監視ということらしいわ。」

「ミサトの知っている人?」

「二人とも、会ったことはないわ。でも、そのうちの一人の身内はよく知っている…。
 私が選ばれたのは、たぶんそれが理由ね。」

「だれよ、それ。」
「加持ユウジ…。 加持君の弟よ。」

アスカの目が、大きく見開かれた。
「加持さん…。」

「そして、もう一人は、フィフス・チルドレン。
 何の前触れもなく、ゼーレから派遣されてきた『五人目の適格者』。」

「五人目が?」
シンジは、レイと顔を見合わせた。
今、この時期に、なぜ五人目を必要とするのか、わけがわからない。

「なんて名なんですか。」
「『渚カヲル』よ。」




その少年は、一見して病弱であると知れた。
ともかく、色が白い。
着ているワイシャツとそう変わらないと思えるほど、肌の色が白かった。
それに足が悪いのか、それとも他のどこかの具合が悪いのか、車イスに座っている。

「渚カヲルです、よろしく。」
自己紹介して軽く会釈すると、人懐っこい笑みを浮かべた。
柔らかい銀髪が揺れ、レイと同じ紅い瞳が細められた。

「加持ユウジだ。」
その背後で車イスを押していた男が、こちらも笑みを浮かべて名乗った。

確かに、加持リョウジに似ていた。
無精ひげはなく、長髪が半顔を覆っている。
だが、その笑みはリョウジのそれとは異なり、ぞっとさせる冷たさがあった。

実際、アスカは一瞬、背筋が震えるのを感じた。
『爬虫類?』
そう思わせるものがあった。
加持の面影がありながら、似ても似つかない笑みを浮かべる_。
別人だと、思った。
できれば、かかわりたくないと思った。

寒気がしたのは、冷房が効きすぎていることもあるだろう。
彼らがいるのは大会議室の一つである。
かなり大きな部屋だというのに、今いるのはチルドレン4人と、ミサト、ユウジの
6名のみだった。

ひととおり挨拶をすませると、カヲルが口を開いた。
「ここは、寒いね。」

そう言うとシンジを見つめ、再び笑みを浮かべた。
「できれば君たちに、施設を案内してもらえると嬉しいんだけど。」

「それがいいな。」
ユウジが、頷いて言った。

「せっかくの機会だ。チルドレンどうしで親交を暖める意味でもどうだい?」
「ぼくは、かまいませんけど。」

「じゃ、決まりだ。主だったところを、一回りしてもらえるかい。
 おれはまだ当分ここにいるから、ゆっくり回ってくるといい。
 シンジ君、車イスの後押しをお願いできるかい。」

「わかりました。」

シンジがカヲルの車イスを押し、アスカ、レイとともに部屋を出て行った。

それを見送ったあと、
「さてと…。」
ユウジは、ミサトに向き直った。

「おれに何か、言いたいことがあるのじゃなかったのか。」
「よくわかったわね。」

「あれだけ、敵意のこもった様な目で見つめられてはね。」
「敵意なんか、ないわよ。」

「じゃあ、何だい。」

「…あなた、本当に加持一尉の弟さん?」
ミサトは、真剣な表情で尋ねる。

「ああ、そうだよ。」

「でも、加持君は、『弟がいたが子供のときに死んだ』と言っていたし…。
 同じドイツから来たというのに、あなたのことを知らないというのは不自然だわ。」

「おれがドイツに赴任したのは、ここ最近でね。
 その前は、アメリカの第2支部にいたんだ。
 だから、顔を合わせたことはない。」
 
「じゃあ…。」
「察しのとおりさ。運良く支部消滅のとき、そこに居合わせなかった。
 で、職場を失った俺は、めでたくドイツに転任となったのさ。」

「でも、どうして加持君と連絡を取り合わなかったの。」

「兄貴が、おれがとうの昔に死んだものと思うのは当然だったし、
 おれも、その方が都合がいいと思ったからさ。」

「どうして!? 兄弟じゃない! 身内じゃないの?」
ミサトは、信じられないというふうに、かぶりをふって言った。

それに対してユウジは、
「あんたにはわからない、事情があるんだよ。」

そう言うと、ぞっとする笑みを浮かべた。




施設をひととおり案内するうちに、シンジはカヲルに好感を抱くようになった。
その柔らかな物腰と、落ち着いた語り口調は、これまでの人生では出会ったことが
ないタイプだった。

「ありがとう、シンジ君。君のおかげで、助かったよ。
 右も左もわからなかった施設の中身が、本当によくわかったよ。」

「そう? 多少はお役に立てたかな。
 わからないことがあったらまた、何でも言ってよ。」
カヲルの車イスを押しながら、シンジは少しはにかむ様にして言う。

「なによ、いろいろ教えてあげたのは、シンジだけじゃないでしょ!」
先頭に立って歩いていたアスカが、振り返って不機嫌そうに言った。

「そうだね。惣流さんにも、綾波さんにも、本当にお世話になったね。」
「ついでのように言うんじゃないわよ。」

アスカがぶつぶつ言う一方でレイは、
「…わたしは、特に何も説明しなかったと思うわ。」

「いや、ついてきてくれただけでも、心強かったよ。」
「そう…。」

「ところで、綾波さん。」
「何?」

「君は、ぼくと同じだね。」
「………。」

「プロセスは異なるが、この世界で生きるために、ぼくたちはお互い、同じ結論に
 行き着いたようだ。」

「いいえ。」
と、レイは応えた。

「たしかに、わたしたちは似ているかも知れない。
 でも、決して同じではないわ。」

「「???…。」」

シンジとアスカは、二人が何を言っているか、さっぱりわからなかった。




カヲルとシンジたちは、会議室に戻った。

シンジたちとミサトが帰ったあと、ユウジはカヲルとともに自分たちも宿舎に向う
ことにした。

「どうだ、成果はあったか。」
宿舎に向う通路を、カヲルの車イスの背を押しながらユウジは尋ねた。

「思ったよりもね。」
笑みを浮かべてカヲルは言った。

「チルドレンという肩書きは、便利なものだね。
 頼まなくても、エヴァのケージが何処にあるか、教えてくれたよ。
 さすがに、中にまでは入らなかったが、場所さえわかればね…。」

「…目的は達したも同じか。」
「そういうことさ。」

「決行はいつにする?」
「明後日の晩がいいだろうね。」

「わかった。おれの方も準備を進めておこう。」
「ターゲットは誰にするんだい。」

「とりあえず、作戦部長だろうな。」
「なるほど、指揮系統を無力化しておこうってことだね。」

「それだけでは、ないけどな…。
 おまえも、できたらチルドレンのだれかに、罠を仕掛けておいた方がいいぞ。」

カヲルの顔から、ふと、笑みが消えた。

「…どうした?」
「あまり、気がすすまないのさ。」

「おまえらしくないな。」
「そう、ぼくらしくないかも知れない。」

『碇シンジ君か…。』
カヲルは、しばし虚空を見上げた。
さきほどまで、自分の車イスの背を押していた少年の、屈託ない笑顔が浮かんだ。




翌日、カヲルを含むチルドレンが一堂に集められた。
アラエル戦で実現しなかった、全員によるシンクロテストを行おうというのがその理由
だった。

「そんなもの、やらなくったって、わかってるじゃないの!」
アスカが、あからさまにイヤな顔をして言った。

「シンジが一番。
 調子さえ悪くなければ、あたしが二番。
 順当に行って、レイが三番。
 この前の使徒戦での、シンクロ率の上昇速度から行けば、そんなところでしょう?」

そう言うと、アスカはカヲルをちらりと見た。
「…何の実戦経験もないこの初心者が、割り込む余地なんてあるわけないわ。」

「あなたたち、互いのシンクロ率やその変化までわかったの!?」
リツコが、少し驚いた様に言う。

「あのときだけかも、知れませんけどね。
 なにしろ、使徒を通してぼくたちは、互いに繋がっていたから。」

「それにしても…。」
シンジの言葉を受けて、リツコが何か言いかけた。

「ちょっといいかな。」
それを制したのは、ユウジだった。

「君たちが、非常に優秀なのは、わかった。
 だが、このカヲル君は、ドイツが誇る真の天才パイロットだ。
 ゼーレがお墨付きを与えるその実力を、確かめてみてもいいんじゃないかな。
 乏しい才能を、けなげな努力で補った、自称『天才パイロット』とは、
 根本的に出来が違うかも知れないぜ。」

「ちょっと。どういう意味よ、それ!」
アスカが、噛み付かんばかりに詰め寄る。

「おやおや、別に君のことを言ってるなんて言わなかったがな。」
「なんですって!」

「やめなさいよ、二人とも!」
ミサトが間に入った。

「アスカ、挑発に乗っちゃだめよ。」
アスカを庇うように前に回って、ミサトは言う。

「あんた、何オトナゲないことしてんのよ。
 どっちが優秀かなんて、この際関係ないでしょ。
 私たちが相手にしなければならないのは、パイロット仲間じゃなくて、
 人類共通の敵である、使徒でしょうが!」

そう言って、ユウジを睨みつけた。

「もういいわ、ミサト。」
アスカは、やや落ち着いた声で言った。

「受けてたってやろうじゃないの。
 どちらのシンクロ率が上なのか、この際シロクロはっきりさせてやるわ。」

「やめなよ、アスカ。」
シンジが言う。

「ぼくも、つまらない争いはしたくないね。」
カヲルが口を挟んだ。

「加持さんも、余計なことを言わなければよかったんだ。」

アスカの眉が、ぴくりと跳ね上がった。
「あんたに、その名前を口にしてもらいたくないわ!」

「そりゃ無理だよ、アスカ。
 この人はカヲル君にとっては、『加持さん』なんだから。」

「シンジ、あんたはどっちの味方なのよ!」
「どっちって…。」

「もういいわ!
 ともかく、あたしは渚カヲルに、シンクロ率での勝負を申し込む!!」

「やれやれ…。」
カヲルは、ため息をついた。

ユウジは終始、薄笑いを浮かべて彼らのやりとりを見ていた。




「それじゃ、あたしからね。」
そう言うと、アスカは弐号機設定のテストプラグに入った。
万が一にも負けることはないだろうが、少しでも有利にことを運ぶためだった。

『どうがんばっても届きそうもない結果を出して、プレッシャーをかけてあげるわ。』
一時の不調が嘘の様に、このところ調子がいい。
アスカは、自信を持っていた。

「碇君、止めなくていいの?」
レイはシンジの横に並んで、その様子を見ながら尋ねた。

「仕方ないよ。一応止めたけど、アスカは言い出したら聞かないんだから。」

「でも、あの人…渚君は、かなりできそうよ。
 なにか、絶対の自信を持っているみたい。」

「そうだね、それはぼくも感じる。
 万一、アスカが負けたと思い込む様なことがあって、自信喪失に繋がらなければ
 いいんだけど。」

「そうね…。」

二人がそう言っている間に、アスカの測定は終わった。

『85.2%!』
この値は、今のシンジでもたやすく出せる値ではない。
戦闘中に何かのきっかけがないと、そうそう80%を超えるものではなかった。

「すごいよ、アスカ!」
「ざっと、こんなもんよ。」

率直に感嘆するシンジと、得意満面の笑みを浮かべるアスカ。

「さすがに、素晴らしいね。
 どれだけ近づけるかわからないけど、がんばってみるよ。」

カヲルはそう言うと、車イスから立ち上がり、片足を引きずって、
アスカが使っていたテストプラグに向った。

「あ、渚君。ちょっと待って。
 それはまだ、弐号機の設定のままよ。
 初めてテストを受けるなら、ニュートラルの設定のプラグに…。」

リツコが言いかけるが、

「いいんですよ。」
そう言うと、カヲルはテストプラグに入ってしまった。

「ふん、大口叩いちゃって。お手並み拝見といこうじゃないの。」
腕を組んでそう言うアスカを、ユウジは皮肉な笑みを浮かべて眺めている。

「いいのね。それじゃ、始めるわよ。」
「どうぞ。」
リツコの呼びかけに、カヲルは目を閉じて応える。

『84.6%!!』 
カヲルが出した値に、だれもが驚愕した。

数字の上では、かろうじてアスカは面目を保ったものの、他人の設定のプラグで、
いきなりこの値を出せるというのは、尋常ではなかった。

「ま、まあ、言うだけのことはあったわね。」
そう言うアスカの顔は、青い。

「いや、さすがに君には及ばなかったよ。」
疲れた様な顔をして、カヲルは言った。

「カヲル君、すごいや! ぼく、尊敬するよ!」
シンジは、ぎりぎりの接戦の結果とカヲルのその才能に、素直に感動していた。

「ちっ!」
思惑どおりに行かなかったのか、ユウジはそんな彼らの姿を、苦々しげに見ていた。