生誕、そして消失の理由
 
-  二人の想い その後 -



『子供の名前、考えてくれた?』

ユイが、楽しそうに尋ねた。

『ああ…。男だったらシンジ、女だったらレイと名付ける。』
ゲンドウが答えると、

『シンジ…。レイ…。』
ユイは繰り返し、その名をつぶやいた。
そして、満足そうに頷く。

『いいわ、それにしましょう。わたしたちの子の名前。』


「本当に、【わたしたちの子】なのか、とそのとき私は思った。」
広大な総司令室の椅子に座ったまま、ゲンドウは当時を振り返ってそう語った。

「どういうこと?」
シンジが訊ねる。

シンジ、レイ、アスカの三人はゲンドウの前に並んで立ったまま、次の言葉を待った。
量産機との戦いを終えて、三人はここに来ている。
すべてを語るという約束を、ゲンドウがしていたからだった。

「ユイとリリスとの間にできた子ではないか、と思ったのだ。」
ゲンドウの言葉に、シンジは驚愕した。

「ぼくが、母さんとリリスの間にできた子?」
『碇君は、わたし同じ?』
シンジは声に出して、レイは胸の内で、そうつぶやいた。

リリスのことは、さきほど説明を受けている。
ここ、ジオフロントの地下深くの、ターミナルドグマで発見された第二の使徒であり、
人類補完計画の発動のトリガーとなるものだということだ。
ここが、人工進化研究所と呼ばれていた頃から、ユイとゲンドウはそのリリスのことを
研究していたということだった。

「子種は、私であることに、間違いはないだろう。」
ややあって、ゲンドウは言った。

「シンジの頭髪は、私と同じ質だからな。
 だが、それ以外のものは、性格を含めてまるで違う。」

「そんなこと、珍しいことではないじゃないの!」
アスカが、思わず大きな声で口走ってしまう。

シンジに人外の血が流れていると、ゲンドウが思い込んでいることが許せない気が
したからだった。だから、あんなにシンジに対して冷たい態度をとっていたのでは
ないかとも思った。

「男の子が、母親の方に似るというのが、一般的じゃないんですか。」
少し気を静めて、言葉づかいを直してそう言った。

「たしかに、そうかも知れん。だが…。」

ゲンドウはアスカに視線を移した。
サングラスの向こうの目が、ぎょろりと動く。
それだけで、圧倒されてしまいそうになり、アスカは両のこぶしを握り締めた。

「だが、あの日からユイは、変わってしまったのだ。」




その日、西暦2000年9月13日。
数日前から、ユイの挙動がおかしいことに、ゲンドウは気づいていた。

南極の葛城調査隊を現地に残し、ゲンドウとユイはここ、箱根の人工進化研究所に
二人で戻ってきている。
南極のアダムと、箱根のリリス。
ほぼ同時に発見された、第1と第2の使徒は、計画では先に第1使徒…アダムの方から、
大規模な「接触試験」を行う筈であった。
ゲンドウとユイも、葛城調査隊に加わってその調査の一端を担う筈であったが、数日前に
突然、ユイが帰国すると言い出した。

『リリスから、重大なメッセージが発信されている。』
そうとしか、ユイは言わなかった。
当然、関係者はみな、それに反対した。
特に、リーダーである葛城博士はほぼ準備が整った今回の試験で、重要なスタッフが
欠けることの不合理性を順を追って説いた。

ゲンドウもはじめは、ユイの言うことに半信半疑であったが、最後にはユイについた。
葛城博士の理論よりも、ユイの直感をなぜか『正しい』と感じたからだった。
これまでも、ユイについてきたのは彼女の選択・判断が正しいと思ったからだ。
ユイの、何かを信じて突き進む姿勢が、ゲンドウにとってはまぶしいものでさえあった。

だが、二人で人工進化研究所に戻ってきてからは、本当にこれでよかったのかと、
ときおり不安になる。
もし、自分たちの判断が間違っていたら、次回からは主要メンバーからは外されることに
なるであろう。
それを避けるためには、ここで何らかの成果を出さなければならなかった。
ゲンドウには、彼なりの野望がある。ユイについてきたのは、賭けであった。

さいわいなことに、ユイの直感は正しかった。

リリスから、未知の波動が発せられているのが測定された。

だが、それは電波でも音波ではなく、その他の通常のエネルギー波でもなかった。
きわめて特殊な計器でしか検出されない、重力波に近いもの_。
あえて言うなら、『念波』とでも呼ぶべき代物であった。

「これか、ユイが言っていた『メッセージ』とは。」
「そうね。」

「もし、何らかのメッセージだとして、だれに、何を伝えるものだ?」

「生体コンピュータでもないと判らないわね。
 『何かを、呼び寄せる』ものかも知れないし、
 『人類に対して、警告を発している』のかも知れない。」

「生体コンピュータは、実用までまだ時間がかかる。
 赤木博士をメンバーに引き込めたとしても、完成に数年はかかるだろう。
 それよりも、このメッセージが警告であるとして、もっとも可能性が高いのは…。」

「南極で行おうとしている、アダムとの接触試験でしょうね。」

「しかし、警告と断定できないうちから、中止を呼びかけるわけにはいかない。
 それ以前に、途中で抜け出してきた私たちに、彼らは耳を貸さないだろう。」

「そうね。
 それにわたしは、これが警告だとしても、接触試験を阻止するだけのものとは
 思えないの。」

「また、君の『勘』か。」
「ええ。」

そういうとユイは、思わせぶりにゲンドウを見上げた。
そのきらきら輝く瞳になぜか、ゲンドウは背筋を這い上がるものを感じた。


そしてこの数日間、ゲンドウとユイはリリスの『メッセージ』の解析に没頭した。
繰り返し発せられるパターンを信号としてとらえ、死海文書に似た表記がないか
調べたり、その他の古代の言語と突き合せたりするのは、けっこう骨が折れた。

ゲンドウが疲れ果て、寝室に入ってもユイは貪欲に研究を続けた。
ゲンドウは素直に感心した。

『よく、体がもつものだ。』

就寝の挨拶を交わした後、再び研究施設に戻っていくユイの後姿を見ながら、ゲンドウ
はそう思った。




そして、その日が来た。

その夜、ゲンドウは胸騒ぎがして目覚めた。
傍らに、ユイの姿はない。
まだ、研究室でデータの解析を行っているのだろう。

『いいかげんにしないと、体をこわすぞ。』
そう言おうと思い、研究室に足を運んだが、そこにもユイの姿はなかった。

「ユイ! 何処に行ったのだ、ユイ!』
不安にかられて施設内を探し回った。

「まさか…。」
最後に覗いたのが、ターミナルドグマだった。

ヘブンズ・ドアが、開いていた。
間違いない、ユイはこの中にいる。
だが、測定器のある作業台には、明かりが灯っていなかった。

事故にでも遭ったのではないかと思った。
ここ数日、憑かれたようにユイはリリスのことに没頭していた。
まさかとは思うが、リリスに直接触れようとして、足を踏み外したのかも知れない。

「ユイ!!」
思わずゲンドウは叫んだ。

そのときだった。

リリスの胸の中心部が、突然もりあがる様に膨らんだ。
そして、ぐぼっという音とともに、そのもりあがった中心に穴が開いた。
中から球状の光に包まれた、人影の様なものが現れた。

球状の光は、ゆっくりと降下し、人影を地に降ろした。
固唾を飲んで見守るゲンドウの前で、人影を包んだ光が消えると、中から現れたのは
ユイであった。

「ユイ! …どういうことだ?」

「リリスに呼ばれた、それだけのことですわ。」
「呼ばれた、だと?」

「リリスは、わたしたちに、何かを伝えようとしています。
 それが何かはわからないけれど、未曽有の危機が今日にも起きると。
 でも、それは新たなる危機の予兆に過ぎないということですわ。」

「何を言っているのだ、おまえは。」

「リリスは、契約を履行しようとしています。」

「おまえは…巫女にでもなったというのか。」

「そんな、大層なものではないですわ。」
ユイは可笑しそうに笑った。

「ユイ…。」
彼女は、これまでこんな笑い方をしただろうか。それに、言葉づかいも変わっている。
ゲンドウの中で、不安が膨れ上がる。

「望めばいつでも、リリスはわたしたちを受け容れてくれますわ。
 そして繰り返し耳を傾ければ、その云わんとすることが少しは判るようになります。」

「繰り返し? おまえは、何度もあの中に入ったというのか。」
「ええ。」

「私は、知らなかったぞ。」
「言えばあなたは、止めたでしょう。」

「当然だ。…何とも、ないのか。」
「たしかに、最初は不安でした。
 でも、大丈夫。リリスは生命の長として、人類を選んだのですから。」

「リリスに呼ばれた、と言っていたな。」

「ええ。南極にいたときから、声なき声が、わたしを呼んでいる様な気がしていました。
 3日前、あなたがお休みになった後、再びわたしを呼ぶ意思を感じました。
 わたしがここに来ると、リリスはわたしをその胎内に招きました。
 それからです、こうしてリリスと対話を行うようになったのは。」

「私には、理解できない話だ。」
ゲンドウは、疲れた様にこめかみに手を当てた。

「二つ、はっきりしていることがありますわ。」
ユイは、いたわる様にゲンドウの肩に手を置いた。

「なんだ?」

「ひとつは、さっきも言った、未曽有の危機のこと。
 アダムとの接触でそれは起き、人類の何割かはそれによって失われることになる…。」

「なんだって!」
ゲンドウは目を見開いてユイを見た。

「それは、避けられない運命。」
ユイは真剣な眼差しで見つめ返す。

「リリスが、そう教えてくれました。それを為すのが、葛城博士たちの使命なのだと。」
「そんな、馬鹿な…!」

「人類が、次のステップへと進むために避けられない道なのです。
 そして、その道標として、あなたとわたしが選ばれた…。」

「どういうことだ?」

「もうひとつの事実。
 このことも、リリスが教えてくれました。 …今日、あなたの子を、受胎したと。」

「ユイ…。」

そのとき、地を揺るがす振動を二人は感じた。

「あっ!」
よろめくユイを、ゲンドウはしっかりと抱きしめて支える。

その振動は、世界各地で同時に発生していた。
セカンド・インパクトの、胎動であった。




「未曽有の危機、セカンドインパクト…。」
レイは思わずつぶやく。

「でも、それは新たなる危機の予兆だという。
 それが、サードインパクト。
 その発動によって、すべての人類は死滅することになっていたのね。」

「そうだ、少なくとも死海文書では、それに近いことが書かれていた。」
ゲンドウが、低い声で応えた。

「だがそれは、シンジによって阻止された。
 その執行者であるエヴァシリーズの、S2機関を消滅させることによって。
 …すべては、仕組まれていたのだ。
 ユイとリリス、どちらの意思によるものかは判らないが。
 人類補完計画…私とゼーレの、死海文書に沿ったそれぞれの目論見は、いずれも
 潰えた。
 ユイに再会することも。
 死と再生によって、永遠の命を手に入れることも。」

「母さんが…。」
シンジはがっくりと膝をついた。

「ユイは、人類を守ろうとしたのだ。
 おのれの身をエヴァに捧げ、その後の世界を息子に託して。」

「どうして、ぼくなの!」
シンジは、かぶりを振り、叫ぶ様に言った。

「ぼくはそんなこと、望んでなどいないのに!」

シンジの嗚咽を聞きながら、アスカは思った。

『後の世界をわが子に託す?
 いえ、それだけじゃないわ。
 司令も、奥さんも、魅せられていたのじゃないかしら。
 その、リリスとかいう、とてつもないものに。
 あたしは部外者だけど…そんな、気がする。』

「碇君…。」
レイは、シンジの肩に手を置いた。
「今日のところは、帰りましょう。」

シンジが落ち着くのを待ちながら、レイは胸の内でこうつぶやいた。

『仕組まれた子ども…そう、わたしも、碇君も、同じなのね…。』




数ケ月後。

場所は、ミサトのマンション。
時刻は、夕食後のひととき。

「あげると言ってるのに、なんでいらないなんて言うのよ!」
アスカは、いらいらとした口調で、シンジに喰ってかかっていた。

数日後のシンジの誕生日に、新しいチェロの弓を買ってあげようか、とアスカが
言ったところへ、シンジが
「別にいいよ、そんなこと。」
と言ったからだった。

「あんた、まだあのときのこと、うじうじと考えてんの?」
「アスカには、関係ないだろ。」

ゲンドウから全てを聞かされた、あのときのことである。

「関係ないなんてことないわ、同じエヴァのパイロットとして!
 昨日、あんたが久しぶりにチェロを弾いていたりしたから、やっとふっきれたのか
 と思ったのに。
 だからこのあたしが、誕生日プレゼントをあげようと言ってるのよ。
 素直に喜びなさいよ。」

「別に、いいよ。
 チェロを弾いてみたのも、気まぐれなんだし。」

「ちょっと!」

「放っておいてくれよ、もう!」
シンジは自分の部屋へ行こうとする。

「待ちなさいよ、まだ、話は…。」

「勉強するんだから邪魔しないでよ。
 大学出てるアスカと違って、ぼくは受験生なんだから。」

そう言うとシンジは、部屋に籠ってしまった。

「何よ、せっかくひとが…!」
「逆効果よ、アスカ。」

何か言いかけるアスカを、見かねてミサトが制止した。

「これでも、シンジ君、ずいぶん復調してきたのよ。
 チェロの件もうそうだけど、リモートプラグの実験にも参加してくれるというの。」

「リモートプラグの? 
 あれ以来、エヴァに関わることを、あれほどいやがっていたのに。」

「どうでもよくなったのかも知れないけどね。
 でもなんであれ、行動する様になったことは悪いことではないわ。
 あせらずに、今しばらく様子を見た方がいいわ。」

「…わかったわ。」




シンジは、自室のベッドに仰向けに横たわり、目を閉じていた。

『あんなこと言って、よかったのかい。』
何処からとも知れぬ声が、シンジに呼びかける。

『いいんだよ。』
答えるシンジに、

『他人の好意を無にするのは、よくないんじゃないかな。』

『………。』

シンジの耳に、ピアノの旋律が蘇る。
それは昨日、何の気なしに訪れた、草むらの中の一軒家で聞いた音色。

不思議に思って覗き込んだシンジはそのとき、いる筈のない人影を見かけた。
グランドピアノを弾くその後ろ姿は、銀髪のその後ろ姿は…。

聞いたことのある曲だ。
曲名は覚えていない。が、昔のビデオで見たことがある。
たしか、演奏者はリチャード・クレイダーマンとかいった筈だ。

不意に、銀髪の演奏者が振り返り、シンジを見た。

『やあ、シンジ君。』

驚愕に見開かれた目は、次の瞬間には違う景色を見ていた。
無人の廃墟を。
天井と壁の一部を失ったその居間の中の、弾く者のない壊れたグランドピアノを。

ふらふらと家に帰ったシンジは、自室の椅子に呆然と座り込んでいたが、やがてチェロを
取り出すと、弾き始めた。
さっき聞いた曲を、なぞる様に。

だが、チェロはピアノとは音程が違う。
思う様に再現できないことに、焦りを感じ始めたとき、

『さすがだね、シンジ君。』
再び、声が聞こえた。

はっとして、シンジは周囲を見回す。
だが、どこにも求めていた姿はなかった。

『君と一緒に演奏できたら、よかったのにね。』

「だめだよ、カヲル君。」
シンジは、声に出して言った。

「チェロとじゃ、合わない。ぼくも、ピアノが弾けたらよかった…。」




「ほんとうに、いいのね。」
気が進まなさそうな顔をしているシンジに、ミサトはもう一度たずねた。

「かまいませんよ。」
シンジが応える。

翌日の朝、ネルフのハーモニクステストを行う一室である。
傍らには、レイもアスカもいる。
シンジが出したテスト結果が良好であれば、いずれは彼女たちも同じテストを行う筈
であった。もっとも、今日のところは出番はないであろうが。

「じゃあ、始めるわよ。シンジ君、プラグに入って。」
「はい。」

リツコに言われて、シンジはテスト用のプラグに入る。
「リモートプラグ、テストスタート!」

一見、今までのテスト用プラグと同じ様に見えるが、機能はまったく異なるものだ。
シンジのいるテストルームとは離れたところに、エヴァの疑似体が置いてあり、それにも
エントリープラグが挿入されていた。
疑似体の方のプラグのベースは、ダミープラグである。
リモートプラグとは、本部内に設置されたプラグから、遠隔操作でダミープラグに信号を
送り、エヴァをコントロールするというものであった。

その目的は、パイロットを本部内に配置することにより、その身の安全を確保することで
ある。また、最終的には複数のエヴァを操縦することも可能になるということであった。

「今のところ、順調なようね。」
テストが進んでいく中で、ミサトはほっとしてそう言った。

「そうね。でも、どうしてシンジでなくちゃいけないの。
 パイロットの精神状態からいけば、あたしかレイの方が間違いないのに。」

「レスポンスの問題なのよ。」
「???」

「アスカ、かってあなたとシンジ君がユニゾンの特訓をしたとき、最初はまるで息が
 合わなかったシンジ君が、急にぴたりと合わせられるようになったでしょ。」

「そりゃ、あたしが合わせてあげるようにしたもの。」

ミサトはかぶりをふった。
「シンジ君とあなたでは、運動神経がまるで違うわ。幼いときから、そういう方面の
 訓練をしてきた量が違うもの。
 努力でそれを補ったとしても、そう簡単に埋まるギャップではないわ。」

「それじゃ、どうして?」

「予知能力よ。」
「はあ?」

「シンジ君には、コンマ数秒先の、相手の動きを予知する能力があると思われるの。
 だから、なんとかあなたについていける様になったのよ。」

「それと、リモートプラグとどういう関係があるのよ。」
「遠隔操作には、タイムラグが生じるから、ですか。」
レイが口を挟んだ。

「あっ!」
アスカは思わず声をあげた。何でそこに気づかなかったのだろう、と思った。
そして、先にそれを口にしたレイを思わず睨んだ。

「そう。リモートプラグには、わずかながら通信時間というタイムラグが生じる。
 コンマ数秒以下の世界にしろ、実戦ではそれが命とりになることもあるわ。
 ぎりぎりのところで、敵の攻撃を躱してこちらの攻撃を当てる。
 レスポンスが悪いということは、そういうことができなくなるおそれがあるの。
 それを補うのが、シンジ君の予知能力なのよ。」

「もう、使徒はこない筈です。なぜ実戦を想定し、今さらこんな開発をするのですか。」
レイの問いに、

「あんた、大事なこと忘れてるわよ。」
アスカはにんまりと笑って言った。

「ゼーレの存在よ。カヲルや量産機を送り込んできたあいつらが、いつまでも大人しく
 しているわけないじゃないの!」

「まあ、当面は大丈夫でしょうけどね。」
勝ち誇るアスカの態度に、ミサトは苦笑して言った。

「手駒がなくなった彼らは、そうすぐには動けない。水面下で、何らかの準備を整えて
 いると思われるわ。もちろん、潜伏している彼らを捜し出す手は打っているけれど、
 将来のことを考えるなら、応戦の準備はしておくにこしたことはないの。
 このリモートプラグ、けっこう開発に時間がかかるかも知れないし。」

その日のテストは、結局昼近くまでかかった。




「ありがとう、貴重なデータがとれたわ。」
テスト終了後、リツコはシンジに笑いかける様に言った。

「そうですか。」
シンジの応答は、どこかそっけない。

「おかげで、実用化の目処はついたわ。
 レスポンスの問題は残るけど、今のシンジ君なら十分に使用可能ね。」

「予知のおかげ、ですか。」
ミサトとリツコは、目を見開いた。

「…知ってたの?」

「ええ。」
シンジは、どうでもいいというふうに応えた。

「ぼくは、S2機関を消失させたり、ちょっとした予知能力があったり、リリンの特質
 をいくつか受け継いでいるみたいですからね。」

「シンジ君…。」

「いいですよ、やりますよ。この能力が、人類の役に立つというのなら。
 母さんが、ぼくをそんな風にしたというのなら、ぼくはそれに従うまでです。」

そう言うと、シンジはテストルームの出入り口に向かう。

「ちょ、ちょっとシンジ君!」

「それが、ぼくの使命なんでしょうから。」
そう言い残し、シンジはドアの向こうに消えた。

「あちゃあ…。」
「やっぱり、開き直ってるんだわ。」
ミサトとアスカは、顔を寄せてささやき合った。

「碇君…。」
レイは心配そうに、シンジが去ったドアを見つめていた。




その夜。

伊吹マヤは、オペレータールームで一人居残って残業をしていた。
ふと、人の気配に気づいて振り向くと、そこにレイがいた。

「あら、レイちゃん。忘れ物でもしたの?」
笑顔を振り向けて言うと、

「お願いがあるのですが…。」
神妙な顔で、レイが言う。

「なあに?」
「わたしを、初号機に乗せてほしいのです。」

「初号機に?
 機体相互互換試験はひととおり、終了している筈だし、私の一存では…。」

「わかっています。そこをあえて、お願いしたいのです。」
「なぜ?」
「理由は、聞かないでください。」
「そう言われても…。」
「お願いします! 
 乗るだけでいいのです。それ以上は望みません。」

レイの真剣な眼差しに、何か事情があるのだろうと思い、

「わかったわ。先輩…赤木博士には、内緒よ。」
マヤは応諾した。

プラグスーツに着替えたレイは、初号機のエントリープラグに乗り込む前に、
マヤを振り返り、言った。
「もうひとつ、お願いがあります。」

「なにかしら。」

「何があっても、騒がないでほしいのです。」
「え? それってどういう意味なの。」

「そう、何かあっても30分だけ待ってください。わたしは、必ず帰ってきますから。」
「………。」

マヤは、どう応えていいかわからなかった。

「それでは、行ってきます。」
「あの、レイちゃん?」

レイが初号機に乗り込み、マヤは仕方なく神経接続のオペレートを開始した。

『来たわ…。』
レイは、胸の内でつぶやいた。

『わたしを、待っていたのでしょう? わたしに、何かを伝えるために。』

異変は、すぐに現れた。
マヤの目の前のゲージで、レイのシンクロ率が、ぐんぐん上がっていくのが見て取れた。

「こ、これって…?」
パイロットの意思だけで、そこまで急激に上昇するものではない。
まるで、エヴァ側からパイロットを迎えにいく、あるいは引きずり込もうとしている
かの様だった。

「き、危険なのでは?」
マニュアルでシンクロをカットしようしたが、マヤはレイの最後の言葉を思い出し、
そこで踏み止まった。

その間に、シンクロ率の上昇はさらに加速し、400%を超えてしまっていた。

「レイちゃん!」
応答はなかった。すでにレイは、LCLに溶け込んでいた。




その一時間後。

シンジはそのとき、自分の部屋で眠りにつこうとしていた。

『お休みのところ、悪いんだけど…。』
呼びかける声で目覚めた。

『なに?』
目を閉じたまま、それに応える。
起こされたからといって、不機嫌になってはいない。
シンジが今、一番信頼を寄せている声だからだった。

『もうすぐ、呼び出しがかかるだろうと思って。
 君に知らせておいた方がいいかなと思ったんだよ。』

『こんな夜中に、だれから?』
『ファースト…綾波さんだよ。』

『綾波から?』
『彼女は、君のことを心配している様だったからね。』

『…わからないな。どこかで、綾波と会ったの?
 そんなふうにも見えなかったけど。
 そう言えば、カヲル君は綾波のこと、自分と同じだと言ってたよね。』

『そうだったね。実のところは、似ているだけだったけど。』

『肉体を失っても、こうしてぼくと話ができるカヲル君。
 そうして、その君に似ているという綾波。
 君たちは、いったい何?』

『「希望」なのさ。
 いつか、ヒトは…いや、ぼくたちは理解し合えるという。』

『ぼくたち?』
『そう、ヒトの意識を持った者たちが…。ああ、連絡が来たようだね。』

声が終わると同時に携帯が鳴った。

「はい。」

「シンジ君? こんな時間に、ごめんなさい。」
電話の相手は、レイではなく、マヤだった。

「どうしたんですか。」

「それが、その…。」
なぜか、マヤの声には落ち着きがない。

「マヤさん?」
「あの、シンジ君、すぐに本部に来れるかしら。」

「かまいませんけど…どうかしたんですか。」
「レイちゃんが、あなたに話したいことがあるって…。」

「綾波が? そこに、いるんですか。」

「ええ…。でも、消耗しきっていて…。
 お願い、誰にも気づかれぬ様にして、私の部屋まで来てほしいの。」

「わかりました。」

ミサトとアスカは、自室で眠っているようだ。
シンジは二人を起こさない様に、そっとマンションを出た。




「綾波!」

本部のマヤの部屋で、レイの姿を一目見るなり、シンジは思わず叫んでいた。

簡易ベッドで、レイは身を起こしていた。
プラグスーツを着ている。

疲れ切った様子で、マヤが淹れたコーヒーをゆっくりと飲んでいた。

「いったい、何があったんですか。」
マヤに視線を移して、シンジは問う。

「よかった…。やっと、血色が戻ってきたわ。」
そう言うマヤの目は赤い。
泣いていたのか、それとも別の何かが原因なのか、マヤも疲れ切った様子だった。

「初号機に乗せてほしいと、レイちゃんが言うもんだから。」
マヤは、ぽつりと言った。

「そうしたら、あっと言う間にシンクロ率が、400%を超えてしまって…。
 LCLに、溶けてしまって…。
 私のせいなの? 私の…。」

安心したせいか、マヤはぽろぽろと涙を流し始めた。

「心配かけて、ごめんなさい。」
レイが、申し訳なさそうに謝る。

「伊吹二尉のせいでは、ありません。それが、わたしの目的だったから。」

「え…?」
マヤは、驚いた様に顔をあげた。

「最初から、LCLに溶けるのが目的で?
 そして、30分で戻ってくるつもりだったの?」

「ええ。」

「ど、どうしてそんな、無茶するんだよ、綾波!」

「碇君。」
レイは、シンジに向き直って言った。
「聞いてほしいことがあるの。」

「う、うん。いいけど。」
シンジは頷いた。
もともと、それが目的でここに来たのだ。

レイは、語り始めた。
何が、あったのかを。




シンクロ率が、急激に上昇しているのが、レイにも判った。
初号機に乗り込み、神経接続をしてすぐのことである。

急激なシンクロ率の上昇は、互いに求め合ったからに他ならない。

エヴァ側に、引き込まれていく感じがある。
だが、それにしても、物理的な距離には限界がある。

エヴァが…初号機がレイとの交感をより求めるのであれば、あとは肉体の「くびき」を
解放するしかなかった。

それは、レイが望むことでもあった。

奈落の底に引き込まれるのに似た恐怖がないわけではなかったが、シンジのためである
とみずからに言い聞かせ、初号機が求めるままに身をまかせた。

そして次の瞬間、レイは「解放」されていた。
何も見えず、何も聞こえなくなった。

自分というものの存在感がない、ただただ広大な空間。
そこに、レイがいた。

距離感というものを失った、と思った矢先に、間近に他人の存在を感じた。
すぐ目の前にいるかの様な、圧倒的な存在感。
何かが、見えるわけではない。
ただ、感じるだけ。
それでもレイは、目的のものに出会ったと、確信した。

『よく、来てくれたわね。』
声なき声が、そう告げた。

『碇…ユイさんですね。』
レイは尋ねる。レイも、声が出ているわけではない。

目の前の存在が、大きく頷くのを感じる。

『あなたに、尋ねたいことがあって、来ました。』

『わかっているわ。あまり、時間がないことも。
 ひとつ、ひとつを話すよりも、まずは感じて。
 それをどう捉えるかは、あとでゆっくり考えてもらえばいいから。』

『感じる? 何をですか。』

『過去の、できごとを。』

『わかりました、お願いします。』

レイは力を抜いて、五感を研ぎ澄ました。

『どう? 何か、感じる?』

『いえ、まだ、何も…。』
そう答えたとたん、脳裏にフラッシュが閃く様な感じがあった。

とある光景が、浮かび上がる。

それはレイ自身も目にしたことのある光景…十字架を背負い、仮面を被った白い巨体。
ターミナルドグマの、リリスであった。

初めてそれを見たかの様な、畏怖と興奮をレイは感じた。
膝が震え、歓喜が湧き上がる。

『やはり、あったのだわ!』
『ああ、死海文書のとおりだ。』

だれかと、会話をしている…。
そうか、とレイは思い当たった。
これはかって、ユイとゲンドウが交わした会話だと。
ユイは、レイにみずからが体験した過去を見せることにより、レイの問いかけに
応えようとしているのだと。

ユイは、なぜレイが自分に会いに来たのか、知っているのだ。
何を尋ねようとしていたのか、知っているのだ。
だから、応えようとしている。
ユイがわが子…シンジに対して、何を求め、何を意図していたのかを。


次に見えたのは、どこかの研究室の中だった。
目の前に、三十代と思しい男がいる。
学者なのか、眼鏡をかけて白衣を着ている。
だが、その白衣は、なぜか似合わない。
どこか、危険な匂いのする、見覚えがある感じの男だった。

『死は、何も生みません。』
自分が、その男にそう告げているのが聞こえた。

『使徒をすべて殲滅することは、決められたシナリオです。
 本来、サードインパクトは、起きないのです。
 だからゼーレは、死海文書の表記を現実のものとするために、みずからの手で
 まがいものの使徒またはそのコピーを作り上げ、リリスと接触しようとするでしょう。
 だけど、それは間違いなのです。』

『リリスが、そう言ったのか。』
男が、聞き覚えのある低い声で尋ねた。

その声で、レイはその男がゲンドウであると知った。

『ええ。昨夜のリリスとの交感で、それを知りました。
 無理やり引き起こしたサードインパクトは、人類を「死滅」させるだけです。
 人々はみな、LCLとなって溶けてしまい、それで終わりです。
 ゼーレが目論んでいるような、すべてをリセットした上での「再生」は起きません。
 それだけは、何としても避けなければいけない。
 リリスも、せっかく群体として生み出した人類を、使徒のような単体生命に作り
 かえることは望んではいません。』

『単体生命としてなら、生きていけるのか。』

『まさか、あなたはそれを望んでいるのですか!
 自分と他人の境目がなくなった存在は、それはもう人類とは呼べないのですよ。』

『冗談だ。私もユイをユイとして認識できない世界には、興味はない。』

『なら、いいのですが。』



また、別の光景が現れた。

目の前に大きな樹と、その向こうに湖がある。
自分の手が、ベビーカーから二歳くらいの男の子を抱き上げるのが見えた。

『この子には、希望の持てる未来を残してあげたいのです。』

そういう自分の頬を、男の子は無邪気に笑いながら軽くたたく様に触ってくる。
幼児特有の、なつかしい匂いがした。

『だからと言って…。』
傍らにいる、長身の男が、言いかけて口ごもった。

ユイから、目をそむけるようにして再び口を開く。

『君、みずからが被験者になることはあるまい。
 万一のことがあったら、この子はどうなる?』

男の年格好は、さきほどのゲンドウよりも、少し年上に見える。
冬月副司令なのだろう、とレイは思った。

『わたしたちに残されている時間は、わずかなのです。
 あと、2年のうちに、最初の接続実験に入らねばなりません。 
 今、エヴァのことを一番よく知っていて、起動の素養があるのがわたしなんです。』

それから、男の子の方に視線を戻す。

『大丈夫、わたしの後は、あなたが引き受けてくれるわよね、シンジ。』

ああ、この子が碇君なんだ、とレイは思った。
男の子は、きょとんとした表情で、その黒い大きな瞳で自分を見上げている。
そのかわいらしさに、なぜか胸が締め付けられる様な気がする。

『自分の子まで、被験者にするのかね。可愛そうだとは思わないのか、君は。』

『あら、シンジは喜んでいますわ。ねえ、シンジ。』
つぶらな瞳で男の子は自分を見上げたまま、にこっと笑った。

それに微笑みかけながらレイは、自分が…いや、自分と意識を同化させているユイが、
必死に涙をこらえているのに気づいていた。



そして、次の光景。

−ほんとうに、いいのだな。−

声なき声が、自分に語りかけている。

黙ったまま、頷く自分がいる。
目にしているのは、見慣れた光景。
エントリープラグの中だ。

−リリスから何かを与えられた様だが、おまえは本当の意味での適格者ではない。
 適格者でない者がわれとの接続を試みるならに、肉体も魂も融合されてしまうだろう。
 二度と、戻れなくなるぞ。
 そこまでして、われから何を得たい?
 もしそれが、何らかの知識であったとしても、持ち帰ることはできないのだぞ。−

『それで、かまいません。』
レイは、自分がそう応える声を聞いた。

『ここに留まるのが、目的なのですから。』

レイは、驚いた。
おそらくこれは、ユイが初号機に対して行った、最初で最後の接続実験である。
そのとき、ユイは初号機に取り込まれ、文字通り帰らぬ人となったのだ。

事故ではなかったのだ。
ユイは始めから望んで、エヴァとの融合を図ったのだとわかった。

−そうか、ならばよい。−

『受け容れてくれるのですね。』
ユイが安堵し、そう言うのが聞えた。

シンクロ率が、急激に上昇していくのが判る。
さっき、レイが経験したのと同じ様な感覚だから。

ふと、測定室の窓に貼りつく様にしてシンジがこちらを見ているのが見えた。
思わず手を振ろうとして、やめた。
シンジは、ここにユイがいることは知っている。
だが、シンジからはユイの姿は見えているのだろうか。
エントリープラグの外から、その中を見ることはできないはずだった。

『シンジ…』
思わず、その名をつぶやいてしまう。

このままではいずれ「ヒトの歴史」という電車は脱線し、人類は滅びる。
だれかが、無人の運転席まで行ってブレーキレバーを引かなければならない。
そしてたまたま、運転席の近くにいたのが自分なのだ。

そして、ユイは自分の最後の姿を、シンジに見せるつもりだった。
いつの日か、シンジがエヴァに乗ることがあれば、無意識にではあるが母のもとに
帰る様に感じるであろうから。
だが、この日の記憶は、シンジの心に深い爪痕を残すだろう。
そのことで、すまないと思う。
もう、これでシンジとは会えなくなる。
小学校にあがり、友達を家に連れてくる姿を見ることもできない。
中学生となって、初恋に悩む姿を見守ることもできない。
シンジの成長のそばに自分は、い続けることができないのだ。

いや、シンジには友達ができないかも知れない。
自分が、シンジをその様にしてしまうのではないかと思った。

だが、自分がリリスから与えられた何かを、シンジは受け継いでいるに違いない。
選ばれた者がなさねばならぬ、使命があるのだ。
そのことで、シンジは悩むかも知れない。
なぜ、自分が?と。

申し訳ない、とは思う。
だが、他の人間には無理なのだ。
何故かは知らないが、リリスに選ばれてしまったのだから。
だったら、自分たちがやるしかないではないか。

『待っているわ、シンジ。
 母さんはここで、いつまでも。
 あなたが、自分の意思で、わたしのそばに来てくれる日を。』

みずからの意思で、エヴァのコアと同化する。
レイはそれが、ユイの悲壮な決意であったのだと知った。

意識が完全に消え去る直前、レイにはユイの最後の言葉が聞えた。

『シンジ…。もう一度あなたを、この手に抱きたかった…。』




すべてを、レイは語り終えた。

「母さん…。」
シンジは俯いて、その両肩を震わせている。

「碇君。
 碇君のお母さんは、碇君にしてみれば、自分勝手な人に見えるかも知れない。
 でも、碇君を想う気持ちは、本物だったと思うわ。」

「うん…。」

「使命感の強い人だった。
 そして、それ以上に、碇君を愛していた。
 人として、母として、その狭間で苦しんでいた。そのことは、わかってあげて。」

「うん。ありがとう、綾波。」
シンジは、涙を拭って顔をあげた。

「もう、大丈夫だよ。綾波にも、心配かけたね。
 最初は望んで乗ったエヴァではなかったけど、ぼくは、エヴァに乗り続けた。
 そのことは、間違いではなかったと思う。」

そう言うとシンジはレイを見つめ、微笑んでみせた。

「碇君…。」
レイの顔にも、かすかな笑みが浮かぶ。

そんな二人をマヤは、これも涙で濡れた顔で見つめながら、何度も頷いていた。




翌朝。

「おはようございます、ミサトさん。
 ああ、アスカも、おはよう。」

朝食の用意をしながらシンジは、部屋から出てきた二人に向かってそう言った。

「ずいぶん、ご機嫌ね。何かあったの、シンジ君。」
尋ねるミサトに、

「別に。いつもどおりですよ。」
「そう? 何か、ふっきれたって感じよ。」

「どうせ、夢見が良かっただけなんでしょ。」
アスカが、キッチンのテーブルの自分の席につきながら、そう言った。

「まあ、そんなところかな。」
アスカの前に、トーストの乗った皿を置いてあげながらシンジは応じた。

「ほらね、ミサト。こんな、単純な奴なのよ。」

「そうそう、誕生日プレセントなんだけど、欲しいものがあるんだ。」
「何よ、言ってみなさいよ。」

「ピアノ…。」
「えーっ!!」

「だめかな?」
「だめも何も、いったい、いくらすると思ってるのよ!」

「そうね、買ってあげられなくもないわ。」
ミサトが、口を挟んだ。

「本当ですか!」

「あなたたちパイロットに、こんど本部から報奨金が出ることになってるのよ。」

「「報奨金?」」

「使徒を全部斃し、エヴァシリーズも退けたからね。
 中学生だから、その場で全額渡されるわけではなく、大半は『貯金しなさい』
 ってことになる筈だけど。」

「なによ、ケチね。
 それに、遅すぎるわ。あれから何ヶ月経ってると思ってるのよ。」

「組織ってものは、そんなもんよ。
 …まあ、それはともかく、有意義な物を買うのなら、全額支給されるようよ。
 グランドピアノは無理でも、電子ピアノくらいなら十分買えるわ。」

「あたし、ブランドものの洋服がいいな。」
「却下。 有意義なもの、て言ったでしょ。」

「ケチ!
 でも、シンジ。誕生日プレゼントは、どうするのよ。
 本部からそんなもの支給されたら、あたしがあげる物がないじゃないのよ。」

「それなら、シンジ君に、メトロノームでも買ってあげれば?」

「あ、それでいいよ。 どうせ、基礎から練習しなきゃいけないんだし。」

「まぁ、いいか。それじゃ、それにするわ。
 でも、どうして、急にピアノなんて思いついたのよ。」

「さあ、どうしてかな。」

「こら!あんた、何か隠してるでしょ。さっさと言いなさいよ!」


いつもどおりの朝が、再び始まろうとしていた。

アスカの追撃をかわしながら、

『カヲル君、いつか、一緒に演奏できるといいね。』
 
シンジは、そんなふうに思っていた。


                                完