第2章 最終話 選択、出来なかった決断
 
 
一隻の巨大な空母
その甲板にはこれまた非常識なまでに巨大な二又の真紅の槍がつなぎ止められていた。
この槍があまりに大きすぎるため飛行甲板は全て埋め尽くされ、さらに艦首と艦尾に魔ではみ出している。
いや、空母の甲板が埋め尽くされているのではなく空母でしか運べないからこんな船を持ち出してきたのだ。
艦橋からその様子を眺めるゲンドウと冬月。
「ロンギヌスの槍か・・・」
「ああ、始源にして終末の槍。手にする物は・・・・」
「よせ、老人どもの繰り言だ、所詮これはただの道具でしかない。そう、老人どもの野望には必要不可欠のな。我々には不要な物だ。」
「ああ、とくにシンジ君には必要ないだろう。たしか参号機のバスターランチャーだったか、アレの方が遙かに役に立つだろう。」
意外そうな表情でゲンドウの方を見た冬月だったがそこでは意外にも滅多に表情を変えないゲンドウが厳しい顔をしていた。
「ついさっき本部から連絡があった。初号機と参号機によるバスターランチャー相互の対消滅による使徒殲滅作戦が決定したそうだ。」
「なっ!なんて無茶を!一つ間違えたらNERVどころか第三新東京、いや甲信越一帯が消し飛ぶぞ。」
「解っている、それも考慮した上での判断だ。全てはシンジに任せてある。」
「ふむ、それなら問題はないか?」
「ああ、問題ないはずだ。・・・・・・だが、何故かは知らんが妙な胸騒ぎがしてならん。まるであの時のように・・・・」
「あの時?・・・・・・・碇、まさか!」
冬月にも思い当たる節があった。そしてどんな悲劇があったかを思い出した。
「シンジ、無茶はするな。」
 
 
だが、そのゲンドウ達の願いは届かなかった。
 
「マスター!バスターランチャーからパターン青、使徒バルディエルです!」
「まさか!しまった、バスターランチャー廃棄、浸食阻止・・」
「バスターランチャー破棄・・・・ダメです、既に両腕から浸食、両腕のパージ失敗!中枢に向け浸食中、局所的にATフィ−ルドを展開!」
 
初号機と弐号機の目の前で参号機まるで激痛に耐えるかのように苦しんでいた。
それも無理はない、参号機の両手にはびっしりと白い菌糸状の物が覆い尽くしていた。
既にその浸食は手から腕、そして肩に進もうとしていた。
急展開していく事態に取り残されたレイとアスカにシンジの声が届いた。
 
「レイ、アスカ、急いで参号機を破壊しろ!このままじゃあ参号機が丸ごと使徒に取り込まれる。」
「だ、だめだよ出来ないよ。早く機体を捨てて脱出して!」
「無理だ、かろうじて押さえ込んではいるが手をゆるめれば一気に浸食される。脱出する時間は無い。」
「なら、これでどう!」
 
シンジの非情とも思える一言にレイはただ動揺するばかりだった。
そしていち早く立ち直ったアスカは諸悪の根元が参号機の持つバスターランチャーにあると判断して予備にと持ってきたスマッシュホークを振り下ろす。
狙いを違わずアスカの攻撃は参号機の持つバスターランチャーを真っ二つにした。だが、そのとたんバスターランチャ−はまるで飴細工で出来ていたかのようにドロドロに溶けてしまった。
 
「無駄だよアスカ、バスターランチャーは感染源に過ぎない。既に本体は参号機にとりついている。」
「じゃあ、腕だけ切り落とせば・・・・」
「それでも間に合わない・・・・・二人とも今押さえ込んでいるフィールドの出力を落とすから・・・その瞬間に参号機の首を刎ねろ!」
「なっ!」「で、出来ないよそんな事」
「出来なければ今度はお前達がやられる!参号機が乗っ取られ出もしたら初号機と弐号機じゃあ一瞬でやられるんだぞ!」
 
シンジの言うことは間違いない。何より現状の初号機と弐号機は参号機の技術を元に強化しているのであって大元である参号機にはその性能は遠く及ばない。
それだけにシンジは参号機の制御・管理を徹底してきた。万が一にでも暴走すれば誰にも止められなくなる。
その為バスターランチャーだけでなくフレイムランチャーやブーメランユニットにも厳しい使用基準を日本政府やNERVと取り決めていた。
幸いな事に浸食中ではあったがアスカのとっさの行動でバスターランチャーの使用だけは防げた、だがこのまま参号機自体が浸食されてしまえばそれこそ大惨事になるだろう。
そして浸食中とはいえ参号機を破壊するのは初号機と弐号機には荷が勝ちすぎる。
参号機の重装甲の前には初号機や弐号機の攻撃はまともに通用しないだろう。唯一仕留める方法があるとすれば、シンジの言うとおり装甲の最も薄い急所とも言える喉元から首を切り落とすしかない。
だが、レイとアスカにはその選択は出来なかった。
 
「でも、そんな事したらお兄ちゃん達も・・・・」
「そうよシンジ、神経切断してても腕や足の比じゃないのよショック死するわ!」
「いいから早くするんだ!」
 
二人がためらう理由はアスカの言うとおり神経接続を強制切断すればEVAを動かしている以上その痛みや衝撃はパイロットであるシンジと綾にもろに帰ってくる。
腕や足でもかなりの物だが首ともなればただではすまない。
 
「シンジ君、アスカの言うとおり腕や足ならともかく首の神経接続なんて認められないわ。」
「リッちゃんの言うとおりよシンジ、それだけでも脳や神経にショックが大きいし、もし・・・・・」
「それでもしなきゃいけないんだ!」
 
司令部の二人もシンジをとどめようとするがシンジはいっこうに効く気配を見せない。
なぜなら参号機の中では今も綾が必死になってバルディエルの浸食を食い止めていたが、それも時間の問題だ。
「マスター、概算で後3分55秒、それ以上は私たちはともかく機体の制御を奪われます。」
「そうか・・・・・」
シンジの手元には浸食の状況と残りタイムリミットが表示されていた。
そして、その数字は既に200を切ろうとしていた
 
 
司令部でもリツコを筆頭に全員が必死になって参号機にとりついた使徒の駆除方法が調べられていた。
だがその方法を考えれば考えるほどシンジの言うとおり参号機を破壊するしか方法が見つからなかった。
そんな中、司令部に一つの知らせが入った。
「先輩!太平洋上から高速飛行物体が接近中!・・・・・・・えっ?アメリカ第二支部所属EVA四号機・・・・ユイさん!アメリカから四号機が駆けつけてきてくれました!」
「何ですって!すぐにシンジ君達に知らせて。」
その連絡に司令部は一縷の望みを託し、すぐにシンジ達に連絡を取った。
だが、それも全ては無駄になりそうだった。
 
 
「お兄ちゃん!アメリカから四号機が来てくれるって。」
「いや、間に合わない。四号機エンゲイジのランドブースターではここまで後5分はかかるだろう・・・・こっちは後二分しか持ちそうにない・・・・・・綾、デミフレアナパームの準備を。」
「・・・・イエス、マスター。デミフレアナパーム展開のための場所を検索します・・・・でました。北西方向へ、そちらですと本部並びに周囲への被害が最小限になります」。
「データ回線以外をカット!こっちの機体の様子は全て本部に送れ・・・移動する。」
「おにいちゃん!」「シンジ!」
「来るな!!、お前達が参号機を破壊できない以上こうするしかない・・・・綾、制御を一時的でいいこっちに回せ!」
「了解」
 
 
うろたえるレイとアスカの目の前で参号機は不安定になりながらも機体をひるがえし、本部とは逆の方角に向かって移動を始めた。
あわてて追いかけようとした二人だがシンジの口調の厳しさにその場を一歩も動けなかった。
参号機は一瞬だけ安定を取り戻すとこれが最後の力とばかりに全速力で駆け出した。
そして、初号機と弐号機だけはその場に取り残された。
その取り残された二人の元に聞き慣れない女性の声が聞こえた。
 
「こちらEVA四号機エンゲイジ。初号機・弐号機、参号機はどうしました。連絡が取れないんですが。」
「わかんない・・・・いきなり走り出して・・・・・どっかいっちゃった」
「なんですって!・・・・まさか、急いで追ってください。」
「ちょっとどういう事なの、説明しなさいよ。そもそもあんた誰なのよ!」
「今説明している暇はありません、急いでくださいシンジさんはデミフレアナパームを展開する気です!」
「デミフレアナパームですって!!」
「二人ともすぐに参号機を追跡しなさい!はやくっ!」
 
 
謎の女性の言葉に首をかしげる二人だがその最後の言葉に反応したのは本部のユイとリツコだった。
同じように本部部でもユイやリツコを中心とする技術部の人間は皆顔を青ざめさせていた。 
それは過去に一度だけシンジが参号機の説明をする時に最後の保険と言っていた装備のい事だ。そしてその保険の意味を今ようやく思い出した。
「シンジ君は参号機を自爆させるつもりよ!」
リツコのこの言葉にレイとリツコは一瞬その言葉の意味が理解できなかった。しかしすぐにそれぞれの機体を参号機の走り去った方角へ走らせた。
 
 
「このあたりで限界か。」
「はい、この子ももう限界です。ありがとう、ここまで良くがんばってくれたわね」
「そうだね、短いつきあいだったけど御苦労様。」
シンジと綾はそれぞれに参号機LEDに感謝の言葉を述べると最後に機体の状況を再確認し始めた。
既に機体のほとんどはバルディエルに浸食され、参号機自体まともに立つことすらかなわず大地に膝をついていた。
もう動く余力など欠片もない、四肢はおろか脊髄まで浸食され、頸元のコックピットの一歩手前にシンジと綾が積層ATフィールドを展開してかろうじて機体の制御を奪われないようにしているような状態だった。
「シンジさん、早まらないで!」
「マユミかい?どうやらエンゲイジは調子良さそうだね。こっちの回線に無理矢理割り込んでくるなんて、相変わらず大人しそうな顔して無茶をするね」
「そんなことよりも、もう少しでそちらに到着します。それまで何とか・・・・」
「ごめん、もう無理・・・・・それより後の事、特にレイのこと頼めるかな?マナは暫くこっちに来れないだろうから。」
「そんな遺言みたいな事聞けるわけ無いです!」
「それでも聞いてくれ。マユミ、参号機の残骸はアメリカに送り直して組み直してくれ、プランは以前に僕が廃案にしたAUGEを。」
「やめてください!そんな縁起でもないこと・・・・シンジさんがやってください。」
「すまないね、君たちには迷惑をかけっぱなしで・・・・・綾、デミフレアナパーム展開カウントダウンスタート。・・・・さようならマユミ。」
「待って!シンジさ・・・・・・」
 
シンジは通信回線を切ると綾に最後の指示を出した。
そのとたん目の前で僅か十秒足らずのタイマーがカウントダウンされ始めた。
そしてタイマーがゼロになる瞬間、シンジと綾はシートから離れると互いの身体を抱き締め合った。
その瞬間、全てが閃光に包まれていった。
 
 
全速力でEVAを走らせるレイとアスカの目の前に参号機の姿がかろうじて捉えられた。
だが二人が喜んだのも束の間、参号機から閃光が放たれあたりは一瞬でモニターを焼き尽くす高温の炎で包まれた。
その瞬間レイとアスカの機体は爆風に吹き飛ばされ二人とも気を失った。
 
それはまるで地上に太陽が降りてきたような光景だった。
参号機を中心として半径100メートルは跡形もなく燃え尽くされ、巨大なクレーターとなっており、その中心にはかろうじて元が人型であったであろう、参号機の残骸だけが残されていた
 
意識を取り戻したレイは真っ先にその参号機と思われる残骸に駆けよろうとした。
するとそこには一足先に見たことのない純白の甲冑に身を包んだEVAの姿があった。
まるで純白の乙女とでも表現すればいいのだろう、とても女性的でしなやか、それでいて力強く美しい機体がそこにあった。
その機体から一人の女性が降り立ち参号機の残骸を調べていた。
機体の色と同じ純白のスーツに身を包んだ女性は振り返ってレイの姿を確認するなり、その手を振り上げた。
パシッ!
レイは頬を叩かれただけで10メートル近く後ろに吹き飛ばされていた。
「あなた達の判断の甘さがシンジさんをこうしたのですよ!」
だがレイにその言葉は届かなかった、女性の一撃で再びその意識を失った。
意識のとぎれる瞬間、参号機のその無惨な姿だけが目に焼き付いて離れなかった。
 
『お兄ちゃん・・・・』
 
 
レイが意識を失って暫くするとあたりはNERVの車両や航空機で埋め尽くされた。
 
「こ、これはっ!」
「見ての通り参号機です。この残骸は至急全て回収してアメリカに搬送してください。ネジ一つ塗料の欠片まで全てです」
「貴女は?」
シンジの身を案じてやってきたリツコの目の前には参号機の残骸と始めて見る純白の機体、そして意識がないまま横たわるレイともう一人謎の少女がいた。
「私は山岸マユミ、アメリカ第二支部所属EVA四号機エンゲイジパイロットフォースチルドレンです。」
「あ、貴女があの機体、四号機の?」
「はい、参号機の件よろしくお願いします。私はこれから碇指令に挨拶に伺いますので。」
そう言うなりなぞの少女、山岸マユミと名乗った少女は純白の機体に乗り込むとリツコ達を尻目に本部へと向かうべく純白の機体を空へと踊らせた。
呆然とするリツコ達の目の前には骨格だけに成るほどまで徹底的に焼き尽くされ、かろうじて外部装甲とエンジン部と思われる部品だけが焼け残り、その無惨な姿をさらしていた。
 
この惨状からシンジ達の生存は絶望視された。
そしてその日のウチにこの知らせは南極から帰還中のゲンドウ達の元にも伝えられた。
「冬月、シンジがデミフレアナパームを使って参号機もろとも使徒を殲滅した・・・・
展開ぎりぎりまで機体に居続けたためシンジ達の生存は絶望的。」
「な、馬鹿な。アレは機密保持用で脱出後の使用限定だったはず。一体何があったんだ!」
「二体の使徒による連鎖攻撃、一体目を倒した直後参号機のバスターランチャーから機体に浸食。その後シンジ達の判断で機体ごと消却・・・・」
「なんて事だ。・・・・碇、おい、しっかりしろ!」
冬月はあまりに淡々と報告する碇の様子に心配になった。
だがゲンドウからはきちんと返事が返ってきた。だが・・・・
「大丈夫だ、どうやら老人どもは焦りのあまり計画に手を入れたな。二体目の使徒はバルディエル。本来来るはずのない使徒だ。」
「そんなことよりも・・・・シンジ君達のことだ。」
「問題ない。シンジは自分の仕事をしただけだ。」
「碇!本気で言っているのか・・・・・」
あまりに非情な言葉に冬月はゲンドウの胸ぐらをつかんだ。
だがそこには普段と変わらぬ表情のまま静かに涙を流しているゲンドウの姿があった。
「次は俺たちが自分の仕事をする番だ。老人達の好き勝手にはさせん!シンジと綾君に誓ってな!」
その鬼気迫るゲンドウの誓いに冬月も静かに首を縦に振った。
 
 
 
 
薄暗い部屋の中、円卓を取り囲んだモノリスからはそれぞれNERV本部であった今回のして撃退に関して報告が行われていた。
否、使徒の事は報告だけで参号機の自爆のことばかりが話題の中心になっていた。
「諸君、参号機が使徒バルディエルを道連れにサードチルドレンもろとも自爆した。」
「キール議長、本部が虚偽の報告をしているのでは?」
「いや、本部に送り込んだ工作員からの確度の高い情報だ。本部の方も碇不在で大騒ぎになっている。」
「では、これでイレギュラーはなくなったというわけですか。」
「それとこちらも朗報ですがタブリスによるダミープラグの実験が成功したとのことです。」
あたりから一斉に歓声が上がる。
最大の問題であったNERV本部の問題人物の死と計画の鍵となるダミープラグの成功、喜ぶのも無理はない。
そして、周囲の声をまとめるようにキール議長は声高らかに宣言した。
「我々の障害となるモノは居なくなった。これからは計画の遅れを取り戻さねばならん、皆それぞれの役目を果たせ!」
その言葉にモノリスからは次々と気配が消え去り最後にはキール議長だけが取り残されていた。
「計画に大きく手を加える事になったが、あの小僧さえいなければ碇も好き勝手は出来まい。そしてアメリカも牙を抜かれたも同然。一気に始末をつけるか?いや、今は無駄な警戒を生むだけだ、まだ機会は幾らでもある・・・・・そう、全ては計画通りだ。」
 
 
 
闇の空間に男が二人
その目の前にはゼーレの老人達の会話、そしてNERV本部の状況を事細かに映し出されていた。
 
「ふぅ、ご老体はろくな事を考えてないね。」
「仕方がない、それが彼らの存在理由なのだから。」
「それよりも本部は大騒ぎらしいね、君は行かなくて良いのかい?」
「今はまだその時ではありません。今は最後の天使のほうが重要です、彼が墜ちるかどうかで全ての自体がひっくり返るでしょうから。」
「なるほど、ところで君の愛しの彼女は?」
「今はまだ眠っています。時が来れば目覚めるでしょう。それじゃあ引き続きお願いします。」
「了解、君も少しは休むんだよ。」
二人の内一人は影の中にとけ込むかのようにその場から姿を消した。
その場に取り残されたもう一人は目の前に映し出された光景を眺め続けていた。
そして、その男の髪はまるで白銀のような白髪だった。
 
「さあ、終末の始まりだ。」