マリア様の悪戯

第七話

姉と妹と…孫

 お昼休み。山百合会幹部全員+祐巳の計8人での昼食と相成った。もっとも、内容は学園祭の劇の打ち合わせなので、談笑と言うわけには行かなかったが。…もっともそれに近いものでもあるが…
「ということで、祐巳ちゃんには『姉B』の役を正式にお願いするわね」
 ゆっくりとした空気の流れる薔薇の館で、劇の打ち合わせの声が続いているのは…結局の所、時間が迫ってきているのが本音だからなのだろう。もっとも、火の車と言うわけではないので、まだまだ余裕の薔薇さまがたなのだが。
「はぁ………
 でも、私みたいな素人が山百合会主催の劇なんかに出ていいんでしょうか?」
「大丈夫よ。そんな主役クラスの役どこを、演技してもらおうなんて誰もおもっていないから♪
 もっとも、主役になる可能性もまるっきりゼロって訳じゃないから、それなりの役を選んでもらってもいいけど」
 その発言に黄薔薇さまが乗ってきた。
「あら?
 じゃあ、祥子をいじめる『小母』役の方がよかったかしら?」
「ええっ! そんなの絶対無理です! 祥子さまをいじめるだなんて!」
 その言葉に、全員から笑いが漏れる。
「お芝居なのだから、演技よ。え・ん・ぎ。
 とはいえ、流石に祥子を本気でしかれる役なんて出来るのは、紅薔薇さまくらいしかいないかもね〜」
 白薔薇さまが苦笑しながらそう答える。が、
「それって嫌味ですか? 白薔薇さま」
 そんな祥子の視線も全く気にしないあたり、さすが薔薇さまといったところだろうか。

「そうねぇ、小母役というのも悪くないわね。今ならまだ間に合うから、そうしましょうか?」
 意地の悪そうな笑みを浮かべながら、紅薔薇さまが言う。
「そ・そんな役、絶対無理ですっ! せめて姉Bの方を!」
「じゃあ決まり♪」
「あ…」
 しっかりと口車に乗せられた事にいまさらながらに気づく祐巳。
「それじゃあ、予備の台本を取ってきますね」
 黄薔薇の蕾である令が、1階に保管してある予備を取りに行くために立ち上がろうとした時…
「令、その必要はないわ。
 はい、これを使って。『姉B』の所には、印をつけておいたから」
 そういうと祥子は、自分が使っていた台本を祐巳に手渡した。
「あっ、あの…祥子さまの台本をお借りすると、祥子さまは…」
「心配しなくても大丈夫よ。シンデレラ役の台詞は全て覚えたから。
 それとも、私の使った台本より、新しい方が良かったかしら? それだったら、新しいのを…」
「そっ、そんなことないです! 喜んでお借りしますっ!」
 そのまま自分の胸の中へしまうしぐさを見ながら、祐巳以外の館の住人は笑みを浮かべていた。
 ただ1人の瞳を除いて………



「祥子」
「何でしょうか? お姉さま」
 紅薔薇である祥子と蓉子だけが薔薇の館に残っていた。
「あなた、いつの間に台本にマークをつけたのかしら?」
「? 今日の休み時間ですが何か?」
「………………」
 蓉子はその答えを『納得できない』という表情をしながら聞いていた。
 しばらくの沈黙。流石に姉に頭の上がらない祥子は、その空気を察して、
「私が何か変な事をしましたでしょうか? お姉さま」
「………」
「お姉さま?」
「………」
「おっしゃって頂かなければ、何が言いたいのかわかりません!」
「………」
「お姉さま!」
 祥子のいらつきを流すように、蓉子は沈黙を守った。
「祥子」
「はい」
「あなたがあの子を大切にしているのはよくわかるわ。
 でも…あなたは私達の想像もしない事・いいえ、普通じゃありえない事を行っている。
 わたくしが言いたい事…わかる?」
「………いえ」
 姉にそういわれて、自分が何か間違った事をしただろうか? と自分のとった行動を思い直す。頭の中で今までの行動を省みるが、別段おかしな行動をしたつもりはない。
 確かに前よりは祐巳に依存している事は、自分自身でもわかっている。しかし『妹は彼女しかいない』と発言している以上、これくらいは…黄薔薇の蕾と妹に比べれば、他人から見てもそれほどではないと感じている。
「本当にわからないの?」
「はい」
 祥子の答えを聞いた蓉子は、さらに怪訝な表情になる。

「今日、あなたは祐巳ちゃんに自分の台本を手渡した。まだ儀式をしていないとはいえ姉妹だといっているのだから、そこまではいいわ。
 でもなぜ…何故『姉Bのセリフに印をつけた』台本を手渡したの?」
「え? それは祐巳にその役をやってもらうかもしれないって、お姉さまが…」
「確かにわたくしは、祐巳ちゃんに姉役を頼むつもりだったし、それもちゃんとみんなに伝えた。もちろん祐巳ちゃん本人にもね。
 でも…
 私は『姉役』とはいったけれど、『姉A』か『姉B』かまでは誰にも言わなかったわ。
 言い換えましょう。祐巳ちゃんが『姉B』を受ける事が決まったのがつい先ほど。本人の同意で始めて決まった。
 それなのにあなたは、それをすでに知っているかのように姉B役にマークをつけた台本を持っていた。
 これは矛盾しないかしら?」
「えっ!?」
 そういわれて、今気がついたかのように驚いた表情になる祥子。
「あなたの行動は、まるで『すでにこうなる事を知っていた』ような行動にしか見えない。
 そう、『未来を知っている』かの様」
「………」
 そこで始めて、自分のとった行動に矛盾がある事に気づいた。当たり前のようにとった行動・それが…


「わたくしはあなたたち2人が姉妹になる事に一切干渉はしない。いいえ、数日だけど祐巳ちゃんを見ていて、彼女が祥子の妹になる事には賛成したくなっている。
 祐巳ちゃんは本当にいい子ね。あなたが惹かれるのも納得できるわ。
 でもね………
 今のあなたは張りつめた糸と同じなのよ。ちょっとした事で切れてしまいそうな…そんな危うさを内に秘めている。
 その糸を引き絞っているのはあなた自身の心・そしてその糸をほぐしてくれるのは、わたくしじゃなくて祐巳ちゃん。間違っていて?

 別に、頼りない姉に言いたくなければそれでもいいわ」
「そんな! お姉さまは私が唯一頼りにしている…」
 その一言は、信頼の証。
「ありがとう。
 でも、あなた自身は今の自分が置かれている状態を他の誰にも言いたくない。そう考えているんでしょう?」
「………はい」
「姉であるわたくしにも?」
「………ごめんなさい」
「いいわ。あなたが考えて答えを出したのですから、わたくしの口からどうこう言う筋合いなんてないでしょうしね。
 それに…あなたもいろいろと考えて行動しているみたいだし」
「………」


「あ、そうだ。わたくしも一つ決めた事があるの。聞いてくれるかしら?」
「?」
 紅薔薇さまがわざわざ自分に『決めた事』をいうなんて、一体何なのだろう?
「あなたが、あの祐巳ちゃんを妹に出来なかった場合………わたくしが、あの子の姉になるわ」
「!?」
「だってそうでしょう。
 あなたが祐巳ちゃんを妹に出来なかった場合、あなたはわたくしにロザリオを返すといった。ということは、わたくしの妹はいなくなる。
 だったら、別の誰かを時期紅薔薇として・妹を選ばなければいけない。その第一候補が彼女・福沢祐巳ちゃんよ」
「そんなっ! お姉さま!!」
「別に1年生を蕾に選んじゃいけない・なんてことはないでしょ。現に白薔薇の蕾も祐巳ちゃんのクラスメートだし。
 それに…祥子、あなたの目は確かなものよ。
 本音を言わせて貰うと、彼女を初めてみた時には『ごく普通の女子生徒』にしか見えなかった。でも、数日付き合っただけで彼女の心の中にあるもの………何故あなたが彼女に対してそれほどまでに信頼しているのか・なんとなくわかった様な気がするわ。
 彼女、もし薔薇さまと呼ばれるようになったら、今のわたくしや今までの薔薇さまと呼ばれたお姉さまたち以上に大輪の花を咲かせるでしょうね」
「………」
 祥子もそう感じている。1年の付き合いから、祐巳が紅薔薇となったときにはきっと蓉子や自分以上になるという事は。
「沈黙は肯定と受け取るわ。今までと同じようにね」
「………私の事に嫌気がさしたのですか?」
 まさか、自分の姉に『妹を狙っている』なんていわれるとは思っていなかった祥子は、何とか回転していた思考でやっとそれだけの言葉を紡ぎ出す。
「いいえ。あなたはわたくしの妹。それは今でも変わらないし、あなたの事を大切に思っているわ。たぶんロザリオを返されてもその関係は変わる事はないでしょう。
 でも、あなたからロザリオを返されて、山百合会から出て行ってしまうとなると…後任が必要でしょう?」
 そこまで聞いて………これは紅薔薇さまの挑発なのだと気づく。
 祥子自身にどちらかの賭けを取り下げさせるための挑発なのだと。

「…私は………祐巳は絶対に渡しません!」
 その言葉には決意が秘められていた。
「そう。じゃあがんばって学園祭までに妹にするのね」
「それは…」
「それと祐巳ちゃんを妹に出来た場合、シンデレラ役を彼女にやらせるかどうかは…あなたに任せるわ」
「えっ?」
 不思議な一言を返す紅薔薇さま。祥子は一瞬何を言われたのかわからないといった表情になる。
「あら、白薔薇さまとの賭けでこういってなかったかしら? 『彼女を妹に出来たら、シンデレラ役を降りていい』とね。
 降りていい・つまり、降りる降りないはあなたの意志に任せる・という事なのよ。別に、祐巳ちゃんを妹にしたからといって『必ずしも降りなければいけない・祐巳ちゃんにシンデレラをやらせなければいけない』わけじゃないわ。
 学園祭前に祐巳ちゃんがあなたの妹になったしても、あなた自身がシンデレラ役を降りる意思を示さなければ………ね♪」

 そこまでいわれて………驚きの表情とともに、祥子の瞳から一粒の涙がこぼれる。自分の姉は、そこまで考えていてくれた。
 自分は確かにシンデレラ役を降りたい。が、降りるつもりはない。例え嫌いな事であっても、祐巳に押し付けるなどという迷惑はかけたくない。そう思って『学園祭前日までにロザリオを受け取ってもらえるかどうか』という賭けを受けたのだ。
 そして、妹に出来なかった場合ロザリオを返す。この提案も自分に『学園祭までに祐巳に妹になってもらう』という枷をかけるために言っただけの事。そして、難題を吹っかけてきた薔薇さま方に一泡吹かせてやろうと思っていっただけの悪戯。
 でも、自分の姉はそれ以上の事をしっかりと考えていてくれた。自分のことも祐巳のことも山百合会のことも…全てが丸く収まる方法を。

「お…姉さま………」
「久しぶりにその顔を見させてもらったわ。いつもの凛々しい姿もいいけど、たまには姉に甘えてみるのもいいものでしょう?」
「…はい…」
 祥子は以前、蓉子にこういわれた。『包み込んで守るのが姉・妹は支え』と。
 いま、それを実感している。別に抱かれているわけではないが、自分は姉に守られているのだと。
「さぁ、お昼休みが終わってしまうわ。行きましょうか」
「はい…お姉さま」


「そうそう」
「?」
 自分達の教室へと分かれる直前、紅薔薇さまは祥子に話しかける。
「さっきのお話なんだけれど…
 もし、あなたが祐巳ちゃんを妹に出来なくて私にロザリオを返した場合、わたくしが祐巳ちゃんを妹にするっていったでしょう?」
「はい」
「あれ…嘘じゃないからね♪」
「!?!?」
「じゃあ、頑張ってね♪ ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン♪」
 
黄薔薇放送局 番外編

江利子「蓉子もなかなかやってくれるわね。おもしろくなってきたわ!」
乃梨子「でも、こんなのが新聞部に伝わったらすごいことになりそうですね」
江利子「それよ! すっかり忘れていたわ。令、早速手配なさい」
令  「お、お姉さま、他の薔薇さま方がなんとおっしゃることか……」
江利子「よそはよそ、うちはうち。 ささ、早く行ってきなさい」
令  「さ、祥子に知られたら……(泣)」
江利子「さぁ、どうなるかしら、明日の一面が楽しみだわぁ〜♪」

……
……

乃梨子「……私、ひょっとして言ってはならないことを言ってしまいましたか?」
由乃 「ちょっぴりねぇ〜(苦笑)」
乃梨子「_| ̄|○ 」


次回予告
江利子「自分に自信がない祐巳」
乃梨子「令さまはそんな祐巳の相談に乗る。つぼみとして、そして祥子さまの親友として。」
由乃 「ひょっとして令ちゃん大活躍!?」
三人 「次回、マリアさまの悪戯『親友』 お楽しみに!」

由乃 「むぅ、少し前に脇役について語ったばかりなのにまた目立つなんて!」
江利子「お仕置きね♪」
乃梨子「(不憫な令さま……)」

……
……

令  「あ、ちょっと、祥子やめてってば! だからお姉さまが……!
	そんなのくらったら本当に…… 話せば分かるって! ……………………?#$%&!