「なに・・・・・・このビジョン」 

 

ハンガーに服と一緒に掛けていた赤い円錐系の石のついたペンダントを取り上げたとき

口元に黒子のある黒髪の少女の頭に走馬燈のごとく映像が駆け抜けた。

 

ブリデン島

いつもの如く巨大な狼たるレイの雷の雨によって半壊した町の復旧作業から帰ってきたマユミ

主に仕出しや怪我人の治療の手伝い

そして未だ家を失って町の寄り合い所に寝泊まりしている人々のシーツや毛布の洗濯など

それなりに重労働な作業で疲れた身体を湯船につけてリラックスさせる。

少し高めのお湯に身体にたまった乳酸が溶け出すようだった。

そしてバスローブを羽織り、丁寧に髪の滴を拭いつつ、ペンダントを取り上げたときにそれは起こったのだ。

 

「な・・・・・・・・・・」

 

浮かんだのは空を駆けめぐる者

黄金色の鷲の翼と頭と胸と鈎爪と尾、そして人間の胴体を持つ赤い目の巨人

そして海を渡る藍色の髪と水色の肌を持つ

深い知性と海の色を表す目を持つ静かな威厳を漂わす居丈夫

 

燃え盛る何隻者大型帆船

その上空で十六の漆黒の翼を広げた完全なる美貌を持つもの

華やかで暗い力に満ちた笑みは燃え盛る炎に照らされて凄みを増していた。

そして海に浮かぶたくさんの死体

マユミはバスタオルを取り落とし

胸の前でお守りでもあるペンダントを両腕で強く握りしめ

部屋に敷き詰められた絨毯の飢えにしゃがみ込み、震えた。

 

「早く・・・・・・早く知らせないと」

 

真っ青に青ざめた顔を上げると、未だ震えの止まらない身体を叱咤し立ち上がり

身支度を整え始めた。

鏡の閉じられた鏡台に置かれた眼鏡が服を片手に慌てもたつくその姿を映し込む

 

ビジョンの中

よく知る人物がいた。

輝きを失いなにも写さない瞳を虚空に向け、下半身を失い漂う

銀のロザリオを下げたミサトが・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁそろそろ約束の時間だ。早速彼の結界を創らなければ」

「彼と呼ぶのか?クァード、ここはやはり姿形に合わせて”彼女”がよくないか?」

「そうかもしれないな。では彼女の結界の準備にとりかかろう」

 

人々の生活する世界とは違う、しかし表裏の如く切っても切れない近くて遠い場所

存在と力の流れだけがあるそんなところ

自分たちの領域から現実世界に干渉しやすいこの場所に二柱の王は集まっていたのだ。

 

「人間が結界を貼っているが・・・・・・まぁこのぐらいなら邪魔にならないな」

「そのままこちらの結界で飲み込んでしまおう」

 

そして界の王達はその強大な力を世界に及ぼし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変だ、空気中のエーテルが濃い」

 

マコトは空を見上げて呟く

船団はすでに陣形を整え、戦闘配置を解き

次なる目的地に進もうとしていた。

その矢先である。

 

「海もだ・・・・・・・・・。なにかがこの空間に干渉しようとしている?」

 

背筋が寒くなる

首筋がチクチクする。

こんな時は決まって良いことがない。

 

エーテルは万物の素、特に魔力が大きく干渉するときその密度は一挙に濃くなる。

先ほどから自分たちもまた船団全体を覆うほどの多層結界を臨時に貼ってはいる。

しかし、それにしてもこの濃さは尋常ではない。

なにか別の巨大な魔力が動いている証だ。

 

「魔力の作用とすると・・・・・・・・・尋常じゃないな」

 

危険を察知したマコトはすばやく船団にいる他の魔導師達に連絡を取る。

 

『エーテルの濃度が急激に上昇している、気付いているか?』

『こちらも確認した。かなり異様だな』

『私たちの魔力、結界の作用にしては多すぎる。何者かこの空間に干渉しようとしているのか?』

『その可能性が高いだろう。何者かは解らないが』

『結界を強化すべきではないか?』

『確かに、供えておくべきだな』

 

心話

一定レベルを越えた魔導師達が使う、あまり距離に関係しない意志疎通の手段

マコトはそれを使って盛んに意見を交わし、対応を協議する

 

そして結論はすぐ出た。

状況を危険と判断したのである。

魔導師達は印を切り、己が魔力を高めて船団を覆う結界の強度を高めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狼精日記

第十一話

『十六翼・真の黒色』

その3

 

 

 

 

 

 

 

「ほう・・・・・・気付いたか」

「まぁ、気付くだろう、やせても枯れても魔導師は魔導師だ」

「そうだな、しかし結構な対応の速さだ」

「うむ・・・・・・・・・これでは多少問題が残る」

「約束の時、夕暮れに間に合わん」

「それはまずいな」

「ああ」

 

二王の意識体は早速船団周囲の結界が強化されたことに気付いた。

そして現在すぐに使える力ではこちらがその結界を破るか取り込むか、どちらにしても時間がかかりすぎる。

 

「眷属達を使うか」

「ああ、多少危険だがやむをえまい」

「我らは召還者との契約に基づき力を行使するのだからな」

「しかも、あの者の頼みだ、やり遂げねばならん」

 

いつもどこか醒めたところのあるクァードが随分と熱意を持って行動している。

そんな様子がストラーシャにはおかしく、その意識に笑いの波動を乗せて語りかける。

 

「そんなに気に入ったのか?今代の『はじまりの竜』を」

「その呼び方は不適当だぞ、ストラーシャ。あの者はレンと呼んでほしいとそう言った」

「確かに、気をつけよう」

「そうするが良かろう」

 

姿はないものの、己の言葉に大まじめに応えるクァードに、なにやらウンウン頷くクァードを想像し

ストラーシャはまた笑った。

実態を持って存在していれば、世にも珍しい笑いを堪えるのに苦労している水界の王者の姿が見れただろう

 

「レンの部下、端末があの結界内にもいる。この羽根と眷属達と我らの力を合わせれば」

「それほど時間はかからないだろうな、ではまずは私の界の住人達から行こう」

 

クァードはレンから預かった魔力を秘めた黒い羽根を弄びつつ言い 

ストラーシャはそれ答えると、意識を実態世界と己の水界に向け、幾つかの命を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・と言うわけで、船団に警戒体制を敷いてほしいのです」

 

一方、ミサト率いる船団

その旗・四本マストの大型帆船「大海原の淑女号」ミサトの司令官室

マコトは早速先ミサトに報告と意見具申のため、そこに赴いていた。

本来たいして物が置いていない筈のこの部屋

しかし

 

「あ〜、ちょっと待ってね、今ちょっと・・・・・・・・」

 

下着、服、靴、そしてゴミと書類

様々なものでできた山の中でミサトは何やら探し込んでいる。

その十分に成熟した、ショートパンツに包んだお尻をマコトのほうに向けて振りつつ

頭を突っ込んで何か探しているのだ。

 

「・・・・・・・・・・・」

 

しばらくの間絶句してしまうマコト

もともと皇国軍の中でも最上級に属するともいえる十将軍たるのにまっくそうは見えないミサト

しかも今回の任務でもお付きの少年が軍属として付いてるはずなのに

 

(これはとうとう彼らにも見放されたな)

 

マコトは現在の状況とそれに至る道のりをほぼ正確に想像しながら

多少その様子をに呆れながら、気を取り直し彼はさらに進言を続ける。

 

興味津々な様子で目の前を揺れるモモを観察しつつ

 

「現在、この船団周辺の海と空のエーテル濃度が以上増大しています」

「あなた達の結界のせいじゃないの?」

「違います。我々の結界の影響を遥かに上回る上昇率です」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

さすがに大事だと解ったのかミサトはすくっと立ち上がるとマコトに向き合う。

先ほどまでとはうって変わって将軍としての威厳に満ちた様子だ。

 

「それで?」

「はい、もしこれが何者かの魔力干渉によるものなら、単純に比較しても我々の結界の二十倍の力が働いています。危険な兆候と見て良いでしょう」

「結界は?」

「現在のところ、なんら問題なく展開されています。私とその中まで臨時に強化しておきました。ただ・・・・」

「ただ?」

「ただこれだけの魔力の干渉が続けばいずれは影響が出ます」

「具体的には?」

「このまま事態が推移すれば明日には結界は綻び消滅します」

「ふむ・・・・」

 

ミサトはまた腕を組みしばし考え込む

 

「船団を移動させたのでは駄目かしら?」

「無理でしょう、エーテル濃度の異常上昇はどうやら我らの結界内だけでのみ起こっています」

「逃げたところで変わらない・・・・か」

「いずれ結界は根本的に張り直し強化しますが、それには我らだけでなく上級魔法使い、魔法兵の力も必要です」

「わかったわ、そのことに関してはあなた達専門家にまかせる」

「あと、現在の警戒も怠らない方がよいかと」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

それだけ聞き終えるとミサトは散らかった司令官室の中をいったいりしながら

いつもの癖で胸から下げたクリスをいじりつつ考え込む。

マコトはその様子を見ながら立って待ている。

ミサトの邪魔をせぬよう、静かに立ったまま

 

グラグラグラ

ガシャーーーん

 

すると、突然船体が激しく揺れ幾つか物が落ちる

 

「な。なに!?」

「イタタタタタタ・・・・・・」

 

少しよろめきながらもすぐバランスをとったミサト

一方マコトはローブを巻き込みながら思いきりゴミと物の山に倒れ込んだ。

 

グラグラグラ

 

しばらくするとまた大きく船体が揺れる。

 

「嵐でもないのにこの大きな『大海原の淑女号』がこんなに揺れるなんて、なにが・・・・・・・」

 

バンっ!!

 

「大変ですっ!!」

 

マコトがよろめきながら立ち上がると同時に司令官室の扉が開き

一人の数少ない正規海軍の水兵が飛び込んできた。

 

「何事?この揺れは?」

「鯨です」

「「鯨?」」

 

マコトとミサトは思わぬ応えに思わず声を合わせて聞き返す。

 

「そうです、マッコウクジラの群が急に表れました。ほぼ真下から一挙に浮かんできてぶつかってきます」

「被害は?」

「今の所とくには・・・・・物が落ちる程度ですんでいます。浸水の恐れもありません」

「そう・・・・・・・・」

 

ズーーーーーン

グラグラグラ

 

報告を聞いている間にもまたクジラが掠めていったらしく大きな船体が揺れる。

それを聞きながら、マコトは怪訝に首を傾げる。

 

「変だな・・・・・・頭の良いクジラが、こんな大きな船団に、しかも群でぶつかってくるなんて」

「単にちょっと苛立っていてその気晴らしじゃないの、それとも縄張りの主張とか」

「『出ていけ〜』ですか?そんなことでわざわざ大きな船団にちょっかいかけますか?彼らが」

 

ミサトはうまくバランスを取りながら、あっけらかんと言い放つ

しかし、マコトはなにかが引っかかるらしく盛んに首をひねり考え込んでいる。

 

ズーーーーーン

グラグラグラグラグラ

 

そんな間にもクジラはひっきりなしに船にぶつかってくる

 

「・・・・・・・・ちょっと見てきます、どうにも気になりますから」

「あ、私も行くわ」

 

マコトは未だ起こる揺れにふらつきつつも急いで甲板に向かい

そしてミサトもその後に確かな足どりで付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズーン

グラグラグラ

 

相変わらずクジラは遠慮なしに船体にぶつかるらしく船はその度に容赦無く揺れる。

転がるように船内から飛び出してきたマコトと、確かな足どりで走り出たミサトは、そとを見て呆然とした。

 

三列にならんだ船団の合間、その直ぐした、まわり

それらをマッコウクジラの群が併走するように泳いでいるのだ。

 

その大きな頭でまるでこづくように横から下から、船団の船にぶつかる。

己自身を傷つけるつもりもないのであろう、それは船体を壊すほどの勢いはないが

しかし揺れることは揺れるし、いつ思い切りぶつかってきて沈められるかと気が気ではない。

 

「伝令!!」

「はっ!」

 

ミサトは状況を見てたちまち決意を固めると、伝令の為魔法兵を呼び出す。

 

「全艦に連絡、直ちにアーバンレスト、及び火縄銃と木砲用意」

「な、葛城さん、なにをするつもりです!?」

 

ミサトの突然のとんでもない命令にマコトは仰天して問いただす。

 

「決まってるじゃない、アイツラを皆殺しにするのよ」

「なんですって!?」

「わかんないの!?このままじゃぁいつ沈められるか・・・・・・」

 

ズーーーン

グラグラグラ

 

再び衝撃で船が揺れる。

船団のいずれもが多少方向をぶらつかせながらなんとか列を保っている状態だ。

マコトは船縁をつかんで身体を支えつつ、とんでもない決意に満ちたミサトの目を正面から覗き込む

 

「解ってないのは葛城さんのほうです!!」

 

あまりに突拍子もないミサトの提案にとうとう絶叫した。

 

「狩りならともかく、身を守る為でも無いのにそんなことをしたらどうなるか、解らないのですか!?」

「なによ、アイツラがぶつかってる来るからいけないんじゃない」

「彼らがこちらを沈めようとしてますか、こちらに攻撃的な態度で望んでいますか?」

「それは・・・・・」

 

確かに、沈めるならいつでもできるはずである。

それに最初、縄張りの主張かと想ったがしかし特に攻撃的でもなく、どこかじゃれ付いている様子さえある。

 

「もし、今ここで彼らを思いのままに虐殺したらどうなるとおもいますっ!」

「なによっ、船団の危険が去るじゃないのよっ!!」

 

ミサトはいきなり正面から怒鳴られ命令を否定され、こちらも唾を飛ばしながら反論する

しかしいつもどちらかといえば控えめなマコトも、今回は引き下がらない

側にいる先ほどの伝令用の魔法兵が二人の激しい言い合いを呆然としながら見ている。

 

「海の王の怒りを買うこと必死です。海で絶大な力を誇る彼の水界の王に睨まれたら・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・!!??」

 

ミサトは自分のしようとしていたことがどんな結果を招くことかようやく理解し

絶句し、真っ青の青ざめた。

どうやら状況を理解したらしいミサトにマコトは表情をゆるめながら、今度はおだやかに語り出す

 

「ともあれ、どうやらまだ大した被害は出ていないですし、彼らからも敵意は感じません」

「・・・・・・・そう」

 

意気消沈したミサトの反応は鈍い

 

「ですから、とりあえずは落ちそうな物、そして武装その他をしっかり固定するよう伝令を出しましょう」

「そうね、伝令今の胸全艦に伝えなさい」

「は、はっ!!解りました」

 

慌てて返事を刷ると意識を集中して全艦に伝令を送る。

心話とまでは行かないものの、信号化された魔力のはどうで連絡を入れるのである。

 

「しかし、この群、なぜ急に表れたのか、そもそもなにをしている・・・・・・・」

 

一方のマコトは落ち込み気味のミサトをかばいつつこの突然の現象に思いを馳せる

気になり出すと止まらなく、結局仲間の魔導師達と心話で連絡をとりはじめた。

 

『エーテルの濃度はさらに上昇している。巨大な、巨大な力が動いているのはたしかだ・・・・・・』

『解析した魔力のパターン、性質からするとかのエニシアン島のレンとは別存在のようだ』

『そうするとあの巨大な銀狼か?あやつならこんな手間は掛けずそのままこの結界に突っ込んでくるだろう』

『ならば誰だと言うのだ。そもそも何の目的があってクジラ達を船団にけしかける?』

『けしかける?やはり何者かのしわざと想うか?』

 

しかし、魔導師達の議論はおおよそまとまりに欠けたもので、いっこうに結論が出ない。

 

『それはそうだろう、エーテル濃度の急上昇、そして突然の鯨の群の出現』

『なにか関連があると見るのが妥当か』

『とりあえず、結界のより強化を、さらに船の一つ一つに中度の防御結界をはる』

『異存はない、なにものが起こしている現象にしろ我らの多層結界に干渉しようとはしていないようだ』

『今の所は、な』

 

そして再びマコト達魔導師は力を練り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやらうまくごまかせたようだな」

「相手は結界を強化し始めたようだが」

「もはや無駄だ、すでにこれで彼らの結界の中と外が我が眷属によって繋がった」

 

意識体として狭間の世界にとどまるストラーシャとクァード

二柱の王はとりあえずの結果に満足する。

 

「今度はソナタの番だな、クァード」

「ああ、眷属達を行かせよう。次のステップだ」

 

彼らはレンとの約束の夕暮れに向けて確実に準備を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズーーーーン

グラグラグラ

 

「だいぶ揺れなくなったわね」

「船団の仲間と連絡を取って船団全ての船に防御結界を貼りました。これで大した被害は出ないはずです」

「そ、ありがとう」

「いいですよ、そんな」

 

ズーーーーン

グラグラグラ

 

「それにしてもいったいいつまでこんなことしてるつもりなのかしら?」

「わかりません」

「どうにかならない?」

「無理ですね。穏便にすませようとすると・・・・・」

「まいったわねぇ〜」

 

余裕を取り戻したのか、ミサトは頭をかきつつぼやくだけで特に緊張した様子はない

 

「自由意志でやってるにしろ何者かがけしかけたにしろ、今の所大した被害は出ていません」

「まぁね、でもけしかけられている可能性はあるの?」

「それは、まぁ・・・・・・・・・・・しかし防御結界まで貼ったいま、もはや問題も起こりません」

「ふ〜ん」

 

ズーーーン

グラグラグラ

 

未だ時折クジラがぶつかっては、船は小さく揺れる

もはやミサトもマコトもまったく動じることなく、静かに立ってその様子を見ている。

 

「それでエーテル濃度の上昇はどうなったの?」

「続いてます、現在のところ十分に強化した多層結界のお陰か、特に目立った反応もないのですが・・・・・」

 

目的もなにも解らない何者香の行動にマコトも口ごもる。

 

「ともあれ、今は待つしかない訳ね・・・・・」

「そうなります」

 

二人が会話の上ではそう結論を出したとき

しかしマコトは一つの可能性について考えていた。

 

「まさか・・・・・・界の王自体がこの騒ぎを演出してるわけでは・・・・・・いや、そんな筈は・・・・」

 

水界の王者は現在まですでに三千年以上確認されていない

召還できるものがいなくなったのだ。

しかし・・・・・・・・・・

 

「あ!」

「あれはなんだ!?」

 

マコトは思考の海に沈んでいこうとしたその時

正規軍ではないミサトが見つけてきて訓練した傭兵上がりの水兵が天を指さし叫ぶ

 

すでに傾き始めた夕日

赤く赤く輝くその一角に黒い影が表れた。

それは急激に広がりつつこちらに近づいてくる。

 

「The Bird!!」

 

そう、鳥だった。

大小様々な海鳥達が大挙して船団上空をおおいはじめた。

ウミネコ、カモメ、アホウドリ、鵜

その他様々な種類の鳥からなる混成大群

船団上空を多い尽くしたその群から大量の羽根が舞い落ちる。

 

「今度は鳥?どうなってるのいったい?」

 

クジラの大群が表れたと想ったら今度は鳥である

さすがになにが何だか解らず、ミサトを含め多くの船団の構成員は唖然として見上げる中

鳥に覆われた空からその羽根が舞い落ちる

そんななかマコトは一人いやな予感に震えていた。

 

「もしや、クァードまで・・・・・・しかしクァードだって四千年はこちらに表れてないんだ」

 

しかし、空気中も海もより濃いエーテルに満ちあふれて放置すれば間違いなく

結界を突き破り外側から覆い尽くすような動きをみせる。

それでも、

エーテル濃度の急上昇

そして急な鳥とクジラの大群の来襲

彼らを自由に動かせるものは誰か?

だとするとなぜそのようなことをするのか?

すでに結界は張り巡らされており簡単に破れる物でなく

このようなことをしても徒労に終わるはずである。

 

「なにを考えているんだ、いったい」

 

界の王が我々を襲うにしても、簡単には船団を覆っている結界を越えることも壊すこともできないはずだ。

いったい己の眷属達を使って彼らはどうしようというのか?

マコトはまったく解らなかった。

ふと舞い落ちる羽根の一つをとってみる。

 

「・・・・・・・・・・!! 葛城さん、直ちに船団に戦闘態勢をとるように言って下さい」

「へ?」

「敵が来ますよ!!」

「なんですって!?」

 

ミサトは慌ててまわりを見渡す

しかし海の何処にも船など見えない。

親友赤城リツコの実験により肉体強化を行われた筈のミサト

その視力は鷲にも近いほどの筈だ

しかし地平線をどれだけ見渡しても敵は見えない。

 

「どこにいるのよ?敵が」

「だから、船で来るんではないんです!そうではなくて・・・・・・・!!??」

 

グゥオヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ルオォォォヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲーーーーーーーーーーー

 

マコトが改めて説明しようとしたそのとき、クジラ達が海面から頭を出し、一斉にほえ始めた。

船団の多くの船員達がたまらず耳をふさぎ蹲るほど、すさまじい音量の鳴き声

まさに大合唱である。

それと同時に、それまで落ちるだけだった鳥達の羽根が急に結界全体に渦をなして舞い始める。

 

「敵はクジラと鳥達を使ってすでに己の一部を我らの結界内に運んでいるんです。そして・・・・・」

 

マコトがすさまじいクジラの鳴き声に耳をふさぎつつ

それに負けないよう大声でどなった。

しかし、変化はそれだけではなかった。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁああぁーーーーーーーーーー」

「キヒィーーーーーーーーーーーーー」

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

捕虜達が急に叫び始めたのである。

相変わらず表情にはなにも出していなかったものの、すでに体力は限界をとうに越えていて

もはや立っているのがやっとといった様子だった彼らが天を振り仰ぎ、髪を振り乱して叫びだしたのだ

すると彼らの口から赤い光りが飛び出し、それはすさまじい速さで伸び、増えていき

マコト達魔導師の貼った結界の内側にドーム状に複雑な文様を描いていく

口から赤い光りの糸を紬だしていた捕虜達は見る見るうちにやせ細っていき

そして最後に自身も全身光りの糸になって文様に紡がれていく

 

「あの羽根一つ一つに魔力を感じます。クジラの声にも、しかも・・・・・・・・」

「しかも・・・・・・?」

 

マコトの独り言に近い説明にミサトは律儀に聞き返す。

いつの間にか鳥達は逃げ出しており、ドーム内を相変わらず舞い続ける羽根

結界の外側に向かいながら大合唱を続けるクジラ達

 

「しかも、その魔力パターンは最近我々魔導師が寝る間も惜しんで研究に明け暮れている者と同一でした」

「それって・・・・・・・・・!!」

 

ミサトは直ぐにそれが誰のものかを理解した。

 

「伝令!!」

「はっ!」

「全艦に連絡、総員戦闘配備、とくに魔法兵は直ちに魔力の充填に入りなさい」

「我々も、結界をさらに強化させます」

「急いで!」

「もっともどうやら敵は我々の結界の中に己の結界を作り上げるつもりのようですが・・・・・」

 

マコトがさすがに打つ手を思いつかず皮肉くると、ミサトは声を大きくして叫んだ。

 

「それでも、なにかできることはあるでしょ!」

「!!」

「敵の結界がここに表れるのなら、さらに内側に結界を貼りなさい」

「解りました」

 

叱咤され自分を取り戻したマコトもまた急いで魔導師達に連絡をとり、来るべく魔法戦に供える。

その間にも赤い糸で紡がれた複雑な文様は見事な積層立体魔法陣となり、一時的な結界を紡ぎ始めた。

そして舞い踊る羽根は全て黒くなり、妖しい赤い光りを宿しつ強い魔力を放ち始める。

 

「・・・・・・・これで見れるな、『十六翼・真の黒色』『はじまりの竜』が」

 

マコトは危機的状況にあるにもかかわらず、これから表れるだろう最大の敵に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急ぎなさい!ミサトの艦隊がいる海域まではかなり遠いのよ」

 

”紅の風”の象徴たる深紅いマストと旗が夕日にきらめく

特に足の速い八隻の帆船が風と魔力を全面に受けて矢のように海面を進む

それに併走して碇シンジが率いる連合艦隊も全速力で進んでいた。

こちらは水の天使の名を持つシンジとカヲルの仲間、サキエルの力によって

大型帆船を”紅の風”に負けないほどの速度で走らせている。

たくさんの半永久的な魔法と魔法装置が在るからこその荒技である。

 

「ほら、三番艦、五番艦遅れてるわよ。もっと風をうまく利用しなさいよっ!!」

 

何時もの紅の船長服に身を固め、舵を握ったアスカは”紅の風”全員に響きわたる心話で叱咤激励しつつ

その赤金の髪を海風になびかせた。

 

「待ってなさいよ!絶対死ぬんじゃないわよ、ミサト!!」

 

その瞳は強く強く前を、目的地たる場所を遠く見据えていた。

 

 

 

 

 

「すみません、こんな慌ただしい急なことになってしまって・・・・・・・私がもっと早くに気付いていたら」

「いえ、よく予見してくれましたよ」

 

風で乱れる黒髪を必死に押さえながら、マユミはシンジに誤る。

遠い場所で起こることを直前になるまで予期できなかったのだ。

シンジの連合艦隊やアスカの”紅の風”はいずれも超一流にまで訓練されており

おかげで随分速く出航することができたが、それにしてももう少し速く知っておきたい。

こんな時はいつもは半ば疎ましく感じる予知能力がもっと気まぐれでなく発揮されればと想ってしまう。

 

「そんなに自分を責めないで下さい。あなたが予見してくれたお陰で大変助かってるんです」

「そうや」

 

そんな内心を知ってか知らずか、シンジとトウジは慰めの言葉をかける。

 

「葛城将軍の船団でクァード、ストラーシャの援助まで受けたレンとは戦えません」

 

シンジは淡々と告げる

 

「我々が駆けつけないと危ないでしょう」

「その危険を知らせてくれたのは山岸はんなんやで」

「お陰でこうやって彼らの救援に迎えるんです。本当に助かります」

「そんな、私はただ放っておけなくて・・・・・・・・・」

 

トウジに

そしてなにより、淡い思いを抱くシンジに真っ正面から誉められ認められて

例え、アスカとシンジの衝撃的なキスシーンのイメージを見て力を落としているとはいえ

悪い気がしよう筈もなくもちろんマユミは頬を染めつつうつむく

 

「急いで彼らのもとに駆けつけないと、サキエル、これ以上速度は出ない?」

「無茶を言うな、これ以上力をつかったらそれこそ奴との戦いに力が出せなくなる」

「そうか・・・・・・わかった」

 

しかしシンジの頭にマユミのことはもはや欠片もなかった。

 

ミサトの船団は使える

今現在ようやく纏まりつつ海賊や傭兵を吸収した己の予備部隊とは出自が似通っているが別格の強さと訓練度

極めて能力の高い、使える部隊である。

しかしレンのような人外

しかもストラーシャ、クァードと二柱も界の王がかかわってくるといかにも歩が悪い

 

「間に合うか・・・・・・・・」

 

目的地の海域は基本的にレンの領域でも結界内ではない。

臨時に結界を貼ることができてもそう長い時間ではない。

間に合えば対処のしようはある。

シンジは様々な指示を下しながら、これから赴く戦場

そしてなによりレンのことが頭から離れなかった。

 

そんなシンジの様子を見ながら、マユミは風呂上がりに見たビジョンを思い起こしていた。

 

十六枚の黒い翼を広げた完璧な美貌を持つ女性

エニシアン島を中心に暗躍を続ける者・レン

 

「・・・・・・とうとう会うことになるのね」

 

マユミもまたこの喧噪とは場違いなほど、その瞬間を待ち焦がれている自分を感じた。



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