突然目の前が真っ白になって轟音が響く

数段強化された結界に守られている筈の超大型帆船『大海原の淑女号』が上下左右に大きく揺さぶられる

 

「!!!」

 

白くそまった視界が晴れ、目が慣れたとき

その光景を見てミサトは絶句した。

魔法兵も加わり全力で張り直された防御結界に守られている筈の船団

その内では比較的弱い結界が貼られていた小型帆船一隻

 

『大海原の淑女号』の側を通っていた船が中央を完全にえぐり取られで真っ二つにされていたのだ。

 

「なななななななん・・・・・・・・・」

 

船体中央が完全に消滅して二つ折りになりながら沈む帆船は

海面より出ている部分で燃えてないところはなく

船体から火だるまの船員が海に飛び込み、あるいは落ちていく

船の沈む勢いに飲み込まれてそのまま船と運命をともにする者が大半で

それでも十人以上もが炎から免れ火傷だらけの身体で必死にこちらの船に泳ぎ着こうとしている。

 

「はやく、はやく救助しなさい!!」

「いけません、結界に守られてないボートなどねらい打ちにされます。餌食になるだけです!!」

「でもっ!?」

「先ほどの惨劇を繰り返したいんですか?」

「くっ・・・・・」

「このまま泳ぎ着いてもらうほうが生存率も高いんです。ロープと浮きを放りましょう」

「そうねっ!?」

 

ミサトがさっそくマコトの提案を呑み行動に移そうとしたとき

そのとき今度は細く赤い光が遥か上空から降り注ぎ

 

「ぎゃっ!」

「ぐぉ!」

「ぐっ!!!」

「ぐぁっ!」

 

・・・・・・・・次々と

次々と手傷を負いながらも必死にミサト達の船に泳ぎ着こうとし、助けを求めていた兵士達を貫いた。

後には沈んだ船の残骸と火傷を負い、身体に大きな穴のあいた死体が漂う

 

「チクショーーーーーーーっ!」

 

ミサトが憎しみと怒りで煮えたぎった溶鉱炉と化した瞳を上空に向ける。

そこでは次の一撃を打つために力をためているのだろう

赤から黄色、そして透明へと変化しつつ明度と大きさを増す光があった。

 

もはや最後の時か?

覚悟を決めたその時

 

「・・・・・・助けてやろう」

 

何処からともなくそんな言葉が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

狼精日記

第十三話

『十六翼・真の黒色』

その4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!」

 

突然

赤い積層魔方陣に覆われたレンの結界内、翼の少女達と船団の間に蒼い幕が現れる。

少女達が束ね放たれた光の柱はその幕にさえぎられ、結界の外枠に届かないかどうかの海面にそれて落ちて行く

ミサトや船団の者たちは再び起きたこの出来事に眼を丸くして驚き

ただ上を見上げるのみ

 

「何を呆けている?」

 

そんな様子をあざ笑うかのように声は響き、変化は続く

突然、海面に黒い影が幾つも現れたと思うとそこから真っ黒い大きな影が飛び出した。

影はそのまま夕日に照らされ宙に上り、少女達の方向に向かう

 

「な、なんなのよあれは!?」

「も、もしや?」

 

もはや自体が理解できないミサト

しかし魔道師のマコトには声の主に思い当たるふしがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり現れたねリヴァイアサン………」

 

レンは狭間の世界で正面を見据える。

そこには暗くわだかまった、ひどく大きな気配と闇があり

そこから爛々と輝く二つの赤い大きな瞳がレンを見ていた。

レンは皮肉に笑いながら話し掛ける。

 

「面白いところだったのに、邪魔してくれるね」

「………そなたが現れ、そしてストラーシャも数千年ぶりに現れたのだ」

一方、赤い一対の瞳から伝わるのは楽しげな笑い

「挨拶をしないのは礼儀に反すると思ったのだがな……………」

「それはどうもご丁寧に、しかし相変わらず………」

「相変わらず?」

 

レンはそこで言葉を区切り

大写しにした幻影の中で己の端末たる赤き翼の堕天使に襲いかかろうとするくらい影を見る。

それはシュモクザメによく似た暗き影は大きさは三メートルぐらいと少し大きい

しかし眼はハンマーの如き頭の両端だけでなく頭上に四つ下に二つあり、背鰭が二つに分かれ刺々しく

真っ黒な身体からは時折全身から針を出し翼の少女達に飛ばしている。

なによりストラーシャの眷属にはありえないのは口が無いこと、よく見れば黄門も無く性器も無い

なあにかをとりえ入れて活動するわけでも植物のごとく栄養を生み出すわけでもない

命を紡がず、海の食物連鎖の中に無い存在

それこそが水界にも所属しない彼らは古の者・リヴァイアサンの眷属の証だった。

 

「相変わらず、趣味が悪いのも変わらない………………嘗ての『はじまりの竜』の記憶にもまず、悪趣味なものとして残っている」

「それは失礼した、しかしよいのか?このままではそなたの端末群は皆殺しになるやもしれんぞ」

「もとより、今回限り命達。気遣っていただき有難いが余計な御世話だね」

 

レンのオーラが再び赤く変わり、そのプレッシャーで暗き闇の赤き瞳を包み込もうとする。

 

「やれやれ、せっかちな………、今回は一度挨拶に来ただけなのだ、あの我が眷属はその余興、楽しんでくれ」

 

それだけ言い残すと、赤い瞳は静かに閉じ

そして暗くわだかまった闇もかすみのごとく消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方現実世界ではまさにリヴァイアサンの眷属と堕天使達の死闘が始まっていた。

堕天使達はさらに結界に携わるものの数を増やすと十数人ずつで光の柱を紡ぎ生物とも言えない敵にぶつける。

一方、数百現れた海魔の眷属達はその光に次々と打ち減らされるものの、すばらしい速度で上空に上り

翼の少女達の防御フィールドに体当たりをし、少しずつ削って行く

三分の一がずたずたに焼かれ貫かれた時、ついにフィールドは消え去りそこからは直接戦闘になった。

少女達は赤き大剣で切りかかり、あるいはフィールドで防御しつつ他の者が後ろから光で貫くなど、組織戦を繰り広げる。

数の不利をあえて結界を背に敵眷属を囲むようにして展開してなんとか有利に戦いを進める

しかしもともと相手のほうが多く、しかも巨体を生かした体当たりや無数のとげによる絶え間無
い攻撃にさらされ、そして針の雨をからくもしのぐも少女達は確実に打ち減らされて行く

 

「……!!今よ、魔法兵団、上空の堕天使たちを狙いなさい!!」

 

呆然と見上げたいたミサトもわれに帰り、指示を出す。

すぐに各船から魔力弾が打ちあげられ、翼の少女達はほとんど為す術も無いまま打ち減らされて行く

そんな様子をみながら、ある不安を感じたミサトはマコトに耳打ちした。

 

「………ねぇ、日向君、あれ大丈夫かしら?こっちに襲ってきたりしない?」

「多分……大丈夫だと思います。アレは恐らくストラーシャと敵対関係にあるリヴァイアサンの眷属です」

「リヴァイアサン?」

「そう、海魔リヴァイアサン、海に生きるもののなかで唯一ストラーシャ・水界に属さない存在。彼らはいわばリヴァイアサンの細胞、欠片なのです、海魔がワタシ達を襲う理由は・・……」

「そう、確かにないな。言っただろう?『助けてやろう』と」

 

また唐突に先程の声が船団全てのものの脳裏に響く

 

「さぁ、味方が来たようだ。この結界のなかに入れておいてやる」

 

ミサト達の船団を守ったものの心話

なぜかひどくノイズが多く聞こえにくい

 

「刻限も近くなった今はそこまで・・・・・」

 

心に直接響く声がそれだけ告げると遠のいていく

すると、船団から見た前方、夕日の方角の赤い巨大な多層魔法陣の一部が切り崩され敵の結界が綻びる

そこから太い水の柱が幾本も天に向かって伸び

そして光の鞭の軌跡が宙を舞う

そこには

 

「味方だっ!」

 

あるものが叫んだ。

夕日の向こうからシンジ率いる連合艦隊、その旗艦を先頭に素晴らしいスピードで向かってきており

さらにエニシアン島に鳴り響く海賊”紅の風”の赤い帆船群が併走している。

影にしか見えなかったそれらの船の姿がはっきりしてくると、ミサト達の船団から歓声があがる。

 

「「「ゼラス・ブリッド」」」」

 

男装の美少女・アスカの声を中心とした幾人かの唱和が響いたと想うと

次の瞬間光の弾丸が無数に表れ、リヴァイアサンの眷属は避け、上空の美しき墜天使たちを襲う。

さらに

 

「消えろっ、悪魔の分身達め!!」

「死になさい」

 

サキエルが三股の矛を操り青い鱗の愛馬を駆って水面を進みつつ

さらに水の柱を竜の如く上空に打ち上げ翼の少女達を叩き潰し

長い銀髪をきらめかせながらシャムシエルが幾つにも別れた光の鞭で次々と相手を打ち据える。

次々と黒い羽根に戻っていく墜天使達

 

 

 

 

 

 

「なんとか間にあったか・・・・・・・」

 

シンジは旗艦甲板で安堵の声を上げ

その後ろで事態を見守っているマユミが胸をなで下ろす

 

「しかし、もうリヴァイアサンまで現れたんだな……・・」

「なんや?そのリヴァイアサンとかいうのは?それにあの気持ち悪い真っ黒い鮫みたいなんは?」

 

シンジが未だ二百ばかり上空を泳ぐ黒き眷属達を感慨深げに眺めていると

トウジは気味悪そうにそれらを見上げつつ聞く

 

「まぁ、とりあえず敵ではありません。むしろ今後頼もしい見方になってくれるでしょう」

「あんなんがかい?いやなもんやの」

「見方を選り好みできませんよ、私達は。現に葛城将軍の船団もリヴァイアサンが助けたからこそ生き残れたんですから」

「そうかの………」

「そうですよ、鈴原さん」

 

マユミも駄目押しするものの

トウジは未だ納得がいかないように渋い顔をしているがすぐに表情を引き締めてあたりを見渡す。

 

「でも、安心するにはまだ早いでぇ」

 

黒いのっぺりした鎧に身を包んだこの連合艦隊の副将は

早くも気が抜けそうな二人を叱咤する。

 

「わかるやろ、敵の端末つぶしとるようで、その気配はいっこうに消えんのや」

「・・・・・・そうですね、結界が一時的にゆるんだお陰で入って来れたけど、今はしっかりしている」

 

シンジも辺りを見渡しつつそういう

四十隻近く大型、中型の帆船が集まりにわかに人の集まったこの領域

しかし、敵の結界は健在だし、その圧力をひしひしと今も感じる。

しかも

 

「私にはわかる。奴はまだこちらを見てるんだ」

 

シンジは険しい瞳で海域全てを睨み据えた。

そして全ての翼の少女達が羽根に還って

ただ静かに中を舞い続ける。

なんとも言えない、嵐の前の静けさのようなそんな空気を感じる

その強大な力がこの限られた空間

”奴”の結界を渦巻く黒い羽根のロンド

そのとき

 

「来ます!!」

 

マユミの叫びと同時に、宙を舞っていた羽根が一つのところに集まり輝き出す

そして大きく

より妖しく赤く輝く

 

「ふんっ!」

 

シンジは瞬時に手のひらの上に力を集めると

それをさらにレベルアップし直視できないほどに光輝く力の弾丸を光と羽根の舞う中心に向けて放つ。

強大な魔力の弾道はまっすぐ渦と舞い踊る羽根の中心に向かうと、しかしそこでつと動きを止める。

 

そしてそれは顕現した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前にもいった筈だ・・・・・・・。児戯だと」

 

そこには背の高い完璧に整った容姿を持つ美しい女性がいた。

シンジの放った力の弾丸を手の平に納め、軽く握り潰す

 

「それにしても、見事と言うべきか・・・・・・・・・よくもこれだけ集まったものだ」

 

美女はクスクスと笑いながら辺り一帯、四十隻ちかくの大型、中型、小型帆船とそれに目を丸くして

あるいは放心したように、あるいは憎しみをこめてこちらを見るその乗員達を眺める

なにより

 

「碇シンジ君、久しぶり。トウジはこの姿では初めてだな?山岸マユミさん。初めまして」

 

楽しげに笑いつつ、その背の八翼と両腕両足の八枚、計十六枚の翼をはためかす。

 

「アスカも・・・・直接合うのは久しぶりだ。そして葛城家の変わり種・ミサト殿と魔導師日向さん初めまして」

 

黒い翼が揺れる度に黄金色の粒子が広がっていく

少し前とはうって変わってその様子はむしろ楽しげだ。

表に決して出さないが、これから行使する力、その解放にたいするどうしようもない喜びが心を占める。

 

しかし、その黄金の粒子が届いた途端、鮫にも似た真っ黒なリヴァイアサンの眷属は一斉に燃え上がり

灰すらも残さず消えてしまう。

そしてシンジ、アスカ、ミサトの各船団を覆った防御結界とすさまじい反応を起こし揺さぶる。

兵士達は思わず青ざめ、震え上がる。

 

「余がレンだ。初めての方はお見知りおきを」

 

華やかに輝くように笑うレンは

しかし押さえながらもその存在感は滲み出てあたりを制していく

その存在と意志が世界を歪め顕現したヒトにあらざるもの

ミサトの旗艦「大海原の淑女号」の上空に現れた長身の麗人

エニシアン島、アドリア海の実質的な支配者・レンである。

 

依然ブリデン島を襲ったときとは違う、人間からはかけ離れた気配と十六の漆黒の翼

そして纏う空気がどんなに力を押し殺しても、その絶大な存在感を告げる。

 

多くのものが完全にレンの出現に飲まれてしまった中

レンはさらに一度己の結界内

そこにいる各船団を見渡し、笑い、口を開く

 

「まずは葛城さん、日向さん。生き残れておめでとう」

「なんですてぇっ!!」

「葛城さん、落ち着いて下さいっ!」

「放してよ。日向君、あいつに絶対一発ぶちかましてやんないと気が済まないのよ。弓兵、鉄砲隊!!」

「だから止めて下さい。そんなもの効くはず無いじゃないですかっ!!」

「だからってっ!」

 

ミサト達の真上に表れたレンは黄金の光を纏いつつそのばに停止している。

ミサトはそれを見上げ、余裕綽々のレンを睨み付けバカにされたと感じ叫んでいた。

 

「アイツがアタシ達の仲間を殺したのっ!」

 

ミサトはさらに怒鳴る

 

「ようやく話を聞いてくれるようになってた元海賊達もこの一年間私と苦労をともにしてくれた部下達も!!」

「随分と感情的な司令官だな・・・・。よくそんな様子でこの艦隊が率いることができる」

「なにぃ!?」

「まぁ、それが魅力なのか・・・・・・余にはわからんな・・・・・・・」

「余計なおせわよっ!」

 

ミサトはまったく勢いを帰ることなく

増悪に煮えたぎった、そして何かを期待するような眼差しでレンを見る。

 

「だいたい!あなたでしょ、家の神殿襲ったのっ!お父さんどこやったのよっ!?」

「お父さん?」

「しらばっくれる気っ!私だって知ってるんだから」

 

ミサトは唾をとばす勢いで捲し立てる。

 

「アンタ家の神殿に封印されていたもの奪うために襲ったんでしょっ!殺したんでしょ、みんなを!!」

 

思い起こすのはあるところは焼け、あるところは崩れた神殿

そして粛々と行われた葬儀で埋葬されたよく知る、家族同然だった、友人だった神官達

 

「葛城さん、気持ちは分かりますが落ち着いて・・・・・」

「わかってるわよ」

 

マコトの言葉に荒い息を整え

しばらく瞑目していたミサトは再びレンを見上げ話を続ける。

 

「父の遺体はそこにはなかったわ」

「ほう・・・」

「どんなに探しても・・・・・・・どんなに探しても」

 

マコトが心配そうに見守る中、ミサトはやはり高ぶっていく

そして爆発した。

 

「だったらアンタが連れ去ったに決まってるじゃないっ!!お父さんをかえしてよっ!」

 

さらに必死に言い募るミサトを見つめつつしばし小首を傾げ口元に左手をもっていき考える。

しかし実際は考えるまでもなく思い出していた。

以前あるものを取りに行かせた神殿、そこが葛城ミサトの生家だったことは当の昔に知っており

当然その父親を拉致したことも、ついでにミサト自身の利用方も考えていた。

しかし、そんな様子は欠片も見せない。

静かに、マコト達魔道師が張った結界など最初から無いように極自然にすり抜けて

『大海原の淑女号』の甲板十センチぐらいのところに降り立ち

同時に本当に覚えていないかのように考え込み

そして思いついたように手を打った。

 

「ああ、マナに襲わせたあの神殿だな。ちょっと封印されていたものに用があって赴かせたのだった」

 

それは本当に今思い出したといわんばかりの名演技であり

ミサトは自分と父親と神殿をひどくないがしろにされた気がして歯噛みする。

しかしそれより前に聞かなければならないことがある。

 

「やっぱりアンタ達だったのね。お父さんは?お父さんはどうしたのよ!?」

「そなたの父親なら健在だぞ」

「だったら・・・・・!」

「現在はソナタ達の一族が長きときにわたって封印してきた”あれ”を復活させるための祈りを捧げている」

「なに!?」

「昼夜問わず雨の日も風の日も、ただひたすらに祈ってるよ」

「な・・・・・・・」

「神に祈るより敬虔に、家族に尽くすより真摯に」

「うそよっ!」

「ただひたすら、そのためだけに、”あれ”に苦痛と絶望、呪いと祈りを捧げる為だけに生かされている」

「そ、そんな・・・・・・・・」

 

ミサトは蒼くなって崩れ落ちる

 

「まぁ、役に立ってくれているよ。彼は・・・・・・・君も加わるか?」

 

その前に静かに降り立ち、崩れ落ちたミサトに手をさしのべる。

どこまでも美しく、慈悲深く、情けにあふれた様子で・・・・・・・・・

見上げたミサトが、我知らず魅入られたように手を伸ばす

震えたその手がまさにレンの美しい黄金色のオーラを、先程とは違い暖かささえ感じさせるソレを纏った手に近づいたその時

 

「・・・・・・・・ふざけないでよ」

「なに?」

 

ミサトは小さく呟き、レンは聞き取れずに聞き返す。

 

「ふざけるんじゃないわよ!!」

 

目にも留まらぬ早業で腰のブロードソードとショートソードを左右の手で抜き放つと

そのままの勢いで回転するように二回、レンに切りつける。

 

しかし

 

キィン!

キィーーーーーーーン!

 

甲高い金属音とともに折れたのは二振りの剣のほう

ミスリルで加工され魔法によって高度と切れ味が強化されていたはずの剣は

レンを覆うように広がる黒い翼にふれた途端あっけなく折れてしまった。

 

「ちっ!」

 

ミサトは舌打ちすると、今度は両腕を棟の前で交差させる。

すると手にはめ込んだ手甲が腕ごと変化し、長く伸びて鋭利で巨大な刃となる

 

「ほぉ」

「葛城さん!」

「ミサト、援護するわ」

「葛城将軍!」

 

レンが感嘆しマコトとアスカとシンジがとっさに魔法で援護する

シンジの小さな町を火の海にかえることができるほどの巨大な10の炎弾を腕の一振りでかき消したものの

こちらに無防備に右側面を向けたレンに襲いかかる。

守りと強化の魔法をマコトとアスカからかけられたミサトの腕より伸びた巨大な刃が再びレンを襲う

その速度と質量はミサト自身がリミッターを解放したことと強化の魔法の力で遙かに速く大きくなる

 

しかし

 

キィン!

キィン!

 

ものの見事に刃は防がれ

腕からそのまま伸びた大刃は腕ごと反作用で大きく弾き返される。

 

「なっ!?」

「ほう、余の翼にあたっても砕けぬか・・・・・随分と堅いなそれは・・・・・・・・・しかも」

 

今度は

 

「くらえっ!」

「させない!!」

 

ミサトの方に向けて右手を伸ばしたレンにサキエルとシャムシエルが巨大な水柱と光の鞭を上下からたたきつけるようとする。

しかしそれも

 

「・・・・・・・・前も通用しなかったであろう?ソナタ達の攻撃は・・・・・なぜ無駄なことをする?」

 

レンの手前で消えてしまっては一撃で100人でも200人でも凪払う二人の攻撃もまるっきり意味をなさない

そしてレンは押さえていたものを一挙に開放する。

すると、周りの者たちはほとんど動けなくなる。

空間そのものを歪め、圧するほどの巨大な存在感がその場全ての者の魂を振るわせ悲鳴を上げさせる。

 

目の前でその変化を目の当たりにしたミサトは呼吸すら困難なほどの根源的な恐怖に襲われた。

レンはちらりと離れた連合艦隊旗艦艦上のシンジとシャムシエル

海上の愛馬に乗るサキエルを一瞥すると

蛇に睨まれたカエルの如く動くことのかなわないミサトの顎に手を当て上を向かせ

そしてその瞳を覗き込む

 

「・・・・・・恐怖と増悪、そして羞恥にそまった美しい瞳だ。それに・・・・」

 

目をいっぱいに開いたミサトの瞳を楽しげに観察し

そして未だ固まったままのミサトの身体をなめるように一度見回す

 

「どうやら色々と混ざってるようだ。後天的・人為的に融合させたか・・・・いい仕事だな」

 

そして手を離すと再び崩れ落ちるミサトから離れ、静かに中に浮かび上がる。

舞台はレンのペースで進んでいた。

 

 

そして人々は死の宣告をまつかのように黙って

ただその場全てがレンを凝視していた

まだ日が落ちるには今少し時間がある。

刻限にはなっていない

 

だが 

 

「今回は楽しかった」

 

よく通る声が海域全体に響き出す。

最初皆レンが何を言い出したのかわからなかった。

 

「リバイアサンの奴が邪魔をしなければもう少し楽しめたのだが・・・・・・どうやらタイムアップだ」

 

夕日に染まり、黄金色のオーラを纏った黒翼と身体は上に上に登っていく

 

「いずれまた会おう、今度はもっと面白い趣向を用意しよう。君たちも精進に励んでほしい」

 

夕日を背に笑うレン

楽しげで憎しみも焦りも蔑む様子もない

 

「さらばだ」

 

彼女はそれだけ言うと忽然と消えてしまった。

至極あっさりと・・・・・・・・

 

人々は安堵よりも助かった喜びよりも

ただ呆然としてレンが先程までいた宙を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとは憎しみをもはや隠そうともしないでレンの消えた空間を睨み付けるシンジ

魅入られたように立ちつくすマユミ

複雑な表情で消えたあたりを見つめるアスカとトウジ

多少自失気味のサキエルとシャムシエル

そして・・・・・・

 

「葛城さん・・・・・・・・」

「ちくしょう・・・・・・・・・・」

 

どうすることもできず立ち尽くし声だけかけるマコトと

すでに腕も元に戻ったミサトが無力感にさいなまれながら座り込んでいた。

そして船団をとらえていた赤い光のドーム

レンの結界が夕日に溶けて消えていく

 

そしてその日も完全に西の海に消え

やがて星が夜空を覆う頃

のろのろと敗者は撤収していったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミサトの船団の損害は中型帆船一隻、小型帆船一隻大破

救命・上陸用のボート多数

82名の水兵

そのほか全ての船は損傷軽微

 

確かにその損害はレンが直接表れたにしては奇跡といってよいほど少なかったが

しかし

兵士達一人ひとりにが受けた恐怖は計り知れなかった。

 

そしてミサトは相手にもならなかったことが余計憎しみを募らせる

 

 

 

彼女は深みに填っていく

憎しみの底なし沼に自ら進んで

抜け出す道は今も彼女に開かれているが、彼女にその明かりは見えない

 

そしてそれこそレンの望みであった。



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