見渡すは遥か彼方に続く地平線

満ち満ちた月は煌煌と辺りを照らし

夜空を彩る星星も、このときばかりは影を潜めている。

時折現れる巨大な雲の壁や谷間の合間を、滑るように進んでいた。

彼らははただ、ただ、目的地に向かって闇色の翼を羽ばたかせた。

 

やがて、雲の間から眼窩に暗い藍色の海が広がる。

それを待ちわびていたかのように、それは一挙に降下した。

主の元を飛び立ったときは吹き荒れていた風も

今は嘘のように穏やかで

なにやら物足りなく思いながら、ただ目標に向かって突き進んだ。

人には点すら見えなくとも、彼らにはハッキリといくつかの明かりを見ることができる。

静かなせせらぎの中

12隻の大型商船が、隊列を組んでこの大海原を渡っていた。

船団の遥か直上

その辺りで降下をやめて高度を維持した。

そして、その金色の瞳は海の向こうにさらに五つの船影を捕らえていた。

彼らは二手分かれ、それぞれの上空にて留まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで準備は整った。後は・・・・・・・・・・・」

 

巨大な広間

黒で統一され、窓のひとつも無いそこは外から明かりが入るはずも無く

魔法の炎一つ点いていない今は、ただ床に投影された夜の海原

そして天井に投影された満月の夜空が高原だった。

 

エニシアン島の霧島の城の黒曜の間

レンは鮮血脈打つがごとき鮮やかなルビーの玉座に腰掛け

ワイングラス片手に映し出された海原を眺めていた。

口元にアスカが大嫌いな妖しい笑みを浮かべて

 

現在の映像は二つ

一つは商船団十四隻

あのうるさかった商人、相田ケンスケのもの

一つはマストとフラッグ

すべてを赤で統一し、ハリネズミのように武装した五隻の船

惣流・アスカ・ラングレー率いる海賊“赤き風”である。

 

レンが空いた片手を映像にかざすと

商船団を映し出した映像が十四に分かれ、それぞれの船を大写しにする。

 

本来、これだけ大規模な船団には護衛がつくはずが

しかし商人・相田ケンスケは、もともとそれを形だけしか利用していなかったし

高く売れるはずだった蒼銀の狼をゆすり取られた(この点に関してはレンとケンスケの認識は完全に一致している)ため

一人もレンの部下(正確にはエニシアン島総監たる霧島家の部下だが実質の支配者は事情通の物なら明らか)を入れたくなかった。

そのため、商船を守っているのはケンスケが雇った傭兵団だけである。

もっとも、並みの海賊なら戦いを仕掛けるのすらためらうほどの規模と装備と錬度を誇るが

 

とりあえず見終えたレンが軽く手を振ると、映像は再び遥か上空からのものに変わる。

そしてレンがもう一方にてをかざす。

映像は同じように分かれた。

海賊“紅の風”

こちらはこの航路では有名な義賊である。

常は一隻のみで、それぞれが分かれて行動する彼らは

それぞれの船が速度、旋回能力、搭載武器、乗員錬度ともに同規模の軍精鋭を遥かに上回る力を持つ。

基本的に大金持ちの船団(この航路で船をもち交易する商人が金持ちでないことなど無いのだが)の

さらに高価で人目を憚る品を載せたものばかり、どこから調べたのか襲い

かつ、金の使いっぷりが極めて良く、海賊行為以外おおよそ港で悪事を働かず

豪胆で人好きのする性格のする者達ばかり集い

この航路の島々では極めて人気が高い。

その圧倒的な実力と人気

ネルフ皇国の名門・惣流家の息女が“何故か”頭を務めていることもあって官憲もてが出せず

結果、一年前まで勇名を馳せていたのだが・・・・・・・・・・・・

“何故か”最近は世間の関心も低かった。

それでも、この海路では最強の海賊であることには違いない。

 

現在は一列に隊列を組んで進むケンスケの商船団を左後方から追うような形で“紅の風”がすすむ。

楽しげに眺めていたレンは、脈打つルビーの玉座の傍ら

深い紫紺の色をした水晶球に手をかざし、何事かをつぶやく。

ちょうどワインが切れていたので、傍に控えたマナが赤ワインを注ぐ。

ちなみに相変わらずのメイド服

レイはといえばものめずらしそうに映し出された映像に見入り

投影された床を行ったり来たりしている。

こちらはちなみに空色のシャツにピチピチで藍色の“じーぱん”と呼ばれるズボン姿だ。

 

レンはそんな様子を穏やかでやわらかな笑みで見守り

そんなレンに拗ねて頬を膨らませ、口を尖らせるマナの頭を苦笑しながらなでたりして

しばし心地よい気持ちに浸った後

 

「さて・・・・・・、今回もせいぜい役に立ってもらうよ。世の為人の為―――――――」

 

さて、レンがそんなこと考えているかどうか?

その面に再び妖しい笑みが浮かぶ。

 

「なにより余の為に・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 


 

狼精日記

 

第三話

『海戦』

 

 


 

 

 

 

ブルブルブッ!!

すでに海は凪いでおり、冷えてきたので見栄を張らずに船長室で愛刀の手入れをしていたアスカは

突如襲ってきた言い知れぬ悪寒に身を震わせた。

 

「・・・・・・・・・・・また、変態シンジが嫌味でもいってるのかしら・・・・・・・・・・・・・・」

 

心底忌々しそうに表情をゆがませて

憎憎しげに呟いて

そこにアスカが言う変態シンジことレンが映っているかのように刀身を睨み付け

その幻影を払うように刀を横に払う。

 

「今回こそ、アタシが全部頂くんだから・・・・・・・・・・・・獲物全て・・・・・・・・勇名も」

 

レイピアやシャムシール、エストック、あるいはトライデント等を獲物にしがちな海賊の中で

珍しい日ノ本の国が誇る日本刀を青眼に構えたアスカは、そこにレンがいるかのように切っ先を睨み付け

悪寒と幻影を振り払うように大きく切り下げた。

 

立ち去った後には、真っ二つにされた椅子

鏡台には赤毛と青い瞳の少女と黒髪黒い瞳の少年が描かれた小さな絵が小さな額に入って立てかけられていた。

 

 

「目標は!? 」

 

甲板に出るとすでに部下達が集まっていて

思い思いの装備を身につけ並んでいた。

赤が基調であること

海賊にしては珍しく、隙無く乱れなく装備も身だしなみもを整えていて

どこか品の良さすらあること以外、まったく統一性のない面々が整列している。

 

「は! すでに彼我の距離はかなり詰まっており、このままの速度で、四十分後には追いつきます」

「火は消してあるでしょうね」

「もちろんです。すでに各艦一切の明かりを消して目標を追っています」

 

最前列左に並んでいた部下が一歩前にでて報告する。

 

「船団の配置は?」

「二番から五番艦まで、すでに左右に展開して後方より目標を囲む形をとりつつあります」

「よろしい! あんなデカイだけの鈍重な船、一隻たりとも逃がすんじゃないわよ!!」

「「「「「「「「「「「YES SIR!! 」」」」」」」」」」

 

アスカの激に右手を胸に掲げ、いっせいに返事をする部下達

妙なところで軍隊式である。

 

「ならば、総員戦闘配置!! 最大船速で目標最後尾の船に食らい付く!!!」

「「「「「「「「「SIR YES SIR!! 」」」」」」」」」

 

もう一度声をあげると同時に、所定の位置について仕事に取り掛かる面々

そして他の船にも指示が伝えられ

よいよ“赤き風“は獲物に向けてその牙を剥いたのだった。

 

どうでもよいが、アスカはこんなとき”サー”を使わせるらしい。

 

 

 

 

一方

 

「ふぁぁぁぁぁぁぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「おい! そんな思いきりあくびなんかするなよ。こっちまで眠くなる」

「だってよぉ、こんな夜更けなんだぜ、眠くもなるよ」

「だったら昼間寝とけばいいんだよ」

「ヘイヘイ、お真面目なこて」

「当然の選択だ」

 

商船団最後尾の船

追いすがる海賊船の1,5倍はありそうな巨大な帆船のメインマスト上

二人の船員が見張りの役についていた。

 

「それにしてもよぉ、なんだって俺らこんなに警戒してるんだろうなぁ」

「そりゃぁ、もちろん海賊なんかに備えてるのさ」

「こんな大船団襲う海賊なんているのか?」

「どうかなぁ? 」

 

二人とも寒さに備えてか

そろって、薄汚れた毛布に包まり、手に火酒のボトルを持っている。

口の周りを豊かなひげで覆った壮年の船乗りはヤケになったのか一気にボトルの中身を煽る。

 

「そうだろ!! なんていったて十四隻だ、十四隻!! それに傭兵団丸々一つ三百人雇ってんだ」

「まぁ、よほど大きな海賊でもない限り襲わんわな。返り討ちが落ちだ」

「そうとも! それがなんだってこんな寒空の下、しかもメインマストの見張り台なんいなきゃなん無いんだよ」

「そりゃぁ、おまえ・・・・・・・・・・ねんの為ってやつさ」

「ケッ! 酒でも飲んでなきゃやってらんねぇゼ」

 

少しやせ気味の青年が適当に答えるのに

ますますヤケになってひげ面の男が酒を煽る。

 

「まぁ、そのへんにしとけよ、これも一応大事な役だし、見なきゃ何無いのは海賊だけじゃねぇ」

「わかってるよ、雲の様子に海の様子、ついでに暗礁なんかの確認だろ? 」

「お? わかってるねぇ〜」

「だからって、最後尾にいる俺達に関係あるかよ!! 」

「まぁ、そんなこと言わないで仕事しようぜ、ここの船団うるさくて三十分に一度は定期報告あるんだから」

 

ケンスケが神経質なのか?

見張りには逐一まわりの状況を報告させ、しかも見張りの言うことが著しく違う場合

即ちどの見張りかがサボって嘘をついた場合、容赦無く罰するのはこの船団では有名だ。

 

「ハイハイ、どうせなんにも無いぜ、こんな海域・・・・・・ッ!? 」

「ん? どうした」

「オイ! あの船いつからいる? 」

 

ひげ面の男が急に真剣な面持ちになったのを見て、青年も慌ててそちらを見る。

 

「ホントだ、いつの間に・・・・・しかも早い」

「どこの船だ? 」

「わかんねぇよ。まだ船影以外なんにも見えねぇ」

「とにかく、俺は下の連中に知らせてくる」

「わかった」

 

さすがに長い経験を持つ海の男なのだろう。

ひげ面はこれまでの様子とは打って変わった機敏な動作でマストを下りていく。

一方、青年は身を乗り出して後方の船影を見て

それからふと考えて、周りを見渡す。

すると、船の進路に向かって二時、四時、八時、十時の方向にも船影が見え、いずれも船団に近づいてきている。

船足はこちらより遥かに速い。

 

「大変だ!? 囲まれてる!! 」

「なんだって? 」

「五隻の船が船団の周りを囲んでるんだ、あれは・・・・・・・・・・」

「俺はとにかく宿直の奴らと一緒に船員と傭兵をたたき起こす!! 」

 

すでに下に下りたひげ面はそれだけ言うと船内に消えていった。

 

「畜生! どこの阿呆だ、この船団に喧嘩ふっかけるなんて・・・・・・・・・・・・」

 

かなり大きく影が見え始めた。

ぐんぐん近づいてきているはずだが、月明かりだけでは一向にどこの所属かは分からない。

また、統一の取れた艦隊行動から、ただの海賊にも見えないが・・・・・・・・・・・

 

「いったいどこの連中だ。ゼ―レか? でもあそこがこの船団襲うはず無いし・・・・・・・まさか!? 」

 

そのとき、真後ろよりずば抜けた速さで追いすがっていた船から火が走る。

それは四方八方に飛んでいき、流れるように海面に落ちていった。

そして船首を真っ赤な炎が彩る。

 

「・・・・・・・・“紅の風”・・・・・・・・・・・・・・」

 

この船

そして前を行く同僚の船からけたたましい鉦の音と怒号が響き出したのを

呆然とした青年は他人事のように聞いていた。

 

 

 

 

「捕らえたっ! 艦首アーバレスト用意!! 」

「イエッサー」

 

船団最後尾を真後ろから追う旗艦では、アスカが燃え盛るかがり火の横で日本刀を引き抜き

指揮棒代わりにふるいながら指揮をとる。

男達が巨大な艦首に二門装備された巨大な備え付けのクロスボウ

アーバレストを巻上げ機で巻き上げ、太いロープのついたクオレルを取り付ける。

 

「続けて第二、第三発射、後にロープを巻き上げなさい!」

「「「「イエッサー!! 」」」」

 

二門のアーバレストについた四人の男は作業を続けながら律儀に答える。

キリキリ音を立てながら、アーバレストの弓が引かれ、そしてロープのついた人間の腕ほどもあるクオレルが取り付けられる。

 

「終わり次第、艦首アーバレストは引き続きクオレルを打ち込んで! 思いきりぶち込んでやりなさい」

「「「「サー、イエッサー!! 」」」」

「一定まで近づいたらクロスボウ隊は三回まで打ち込むこと! 後は脇にさがって援護に勤めなさい」

「橋げたを取り付けたら、一挙に切り込み隊で突入、時間は掛けないわ。半刻ですませる」

「各艦の指揮はそれぞれの艦長にまかせる! 」

 

アスカは次々と指示を飛ばし、それはランタンを使った信号で僚艦にも伝わっていく。

商船団のほうもあわただしく動き出したようだ。

 

「海の女神の微笑みは常に我らの上に!! 行け! 我が精鋭達!!! 」

「「「「「「えい!、えい! オオオオオオオオーーーーーーー」」」」」」

バン! バン!

 

鬨の声とともにアーバレストからクオレルが打ち出された。

 

 

 

 

 

 

「始まったな・・・・・・・・」

 

少し退屈になってマナともに将棋をしていたレンは

ようやく動きを見せた商船と海賊に目をほころばせる。

ちなみにルビーの玉座には座らず

広間に小さなテーブルを置いてその上でやっていたりする。

レイといえば足を所在無げにブラブラさせながら二人の試合を見ていた。

チビチビとワインを飲みつづけていたせいか、ほんのり頬も赤く、酔っているらしい。

頭のうえの犬耳もたれてしっぽのダランとしていて、ふやけてしまっていていつものキレイというより可愛いというのが前面に出ている。

 

「・・・・・・・・・なにが始まったの? 」

「いやなに、ようやく海戦の鑑賞ができるのさ、それにしてもディードにピロテースも長い間飛ばせてしまったなぁ」

「なに、それ? 」

「ああ、ボクが飼ってる鷹。赤茶とこげ茶の翼をそれぞれ持ってて、瞳は金色で、なかなか可愛い」

「ふ〜ん・・・・・・・ワタシも飼いたい」

「そうだな、今度鷹匠に幼鳥を届けさせよう、飼いかたは世が教える」

「ん、アリガトウ」

 

互いに微笑みながら会話を続ける。

しかし、いくら人間の姿をしているといえども鷹を飼う狼っていったい?

 

ちなみに、本来ならこのようなほほえましい雰囲気がレンがかかわり自分抜きで行われると覿面に機嫌が悪くなるマナは

 

「−−−−−−−−−う〜〜〜〜んっ、レンさま、この手待った」

「待った無し」

「そんな事言わずにぃ〜〜〜〜」

「だめ」

「そんなぁ〜〜〜」

 

将棋の次の手を思いつけなくて悩んでいた。

 

 

「さて、すでにこちらの配置も終わった。流した情報も役に立ったし、あの商人も良い餌になってくれた」

 

すでに最後尾の船に真後ろから迫った海賊船が取り付き

戦闘に二隻、七番目に二隻それぞれ船が取り付こうとしている。

進路を塞がれ、中央にとりつかれそうな商船団は船同士がぶつかるのを避けるので精一杯らしい。

 

そして、その遥か先

二十隻の軍船がぐるりと輪を描き取り囲んで、同じ速度でそれらと距離をつめようとしていた。

 

「NOW IT’S SHOW TIME」



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