「ふ〜ん、せっかちなんだ」

「何を見てるのですか?」

 

本当に仕事をしているのか?

そんな風に疑いたくなるほど度々休憩している二人

昼下がりの庭で真っ白なパラソルを立て、テーブルと椅子を運ばせて

御茶とお菓子でくつろいでいるレンとマナ

何時もの深い紺と白のエプロンドレスにキャップのメイド服なマナは心底嬉しそうに紅茶を入れて、テーブルのレンの前に差し出しながら聞いた。

 

「ま、これ見てよ」

 

椅子に腰掛けたままのレンは手のひらに映し出していた幻影をそのまま大きく開く。

そこには小さな島に港に街、そしてその小ささに似合わない立派な帆船が26隻集まっていた。

そして町の広間、通路等いたるところに正規兵らしい完全装備の騎士達が配置されている。

 

「レン様、確かここってアスカさんのアジトじゃぁありませんでした?皇国か連邦の軍隊に負けたんですか?」

「いや、違うよマナ、あれはアスカを討伐するためにあそこにいるんじゃない」

「と、いうと?」

「多分取引と合同演習ってところかな・・・・それをしにきたんだろう・・・・・・・」

「でも、どこの軍隊です?あれ・・・・・」

「ふむ・・・・・・・・帆船にはネルフとゼーレの両方のシンボルの入った旗がある」

「なら両方でしょうか?」

 

マナの問いにレンが対した感慨も無く淡々と答えていく。

幻影はさらに町の個所個所を写す。

すると街外れの屋敷の前で赤に統一された鎧を着る戦士達が武器を手に争っている。

しかし傍で幾人かが大声で指導しているのを見ると訓練の一環らしい。

その、実戦さながらの様相から外れて屋敷の庭。

そこでレンが良く見たこと有る4人の人物がいた。

 

「あ、あそこにいるのアスカさん!あと鈴原君に・・・・・・・! あれって!?」

「うん、どうやら例の人物みたいだね」

「何をにしに・・・・・・・皇国の命令で動いているのでしょうか?」

「なら、よいよアスカも彼らと手を結ぶんでのかな?」

「さぁ」

「ついでになんか鬱陶しい商人もいるみたいだね」

「ええ・・・・・・相田ケンスケ、今度は何たくらんでんだか・・・・・・・でもこれではまるで・・・・・・」

「態々集まったみたいだね、ぼくに恨みを持つものが、ここに洞木の家の者がいれば完璧だけど」

「盟約でも結ぶつもりでしょうか?」

「かもね」

 

マナが用意してくれたクッキーと紅茶を楽しみつつ、たまに小首をかしげるレン

こんな動作をするとき、なんだか酷く幼く見えることが有る。

マナは思わず微笑みながらそんな様子を眺めている。

 

「ともかく、せっかく集まってるんだし、嫌がらせにいくとしよう!準備してきて」

「へ?今から行くんですか?」

「そだよ、すでに散歩中のレイには向かってくれるよう頼んだから、あんまり遅れると獲物無くなっちゃうよ」

「しかし・・・・・大丈夫ですか?まだ完全では・・・・・」

「まぁ、無理しない程度にやるよ、それよりマナこそ気をつけて。まだ力は不足してるはずだよ」

「だ、大丈夫です!!」

「本当に、なんだったらここに残っていても良いんだよ?」

「え、一緒に行きます!きっとお役に立ってみせます!!」

 

どこから取り出したのか?

それまで影も形も無かった二メートルの銀製のハンマーをメイド姿で舞うように振りながら

マナはレンを説得に懸かる。

レンの心配しているつもりが、逆に気を使われて残るように言われ

盛んに自分が大丈夫であること、そして戦えることをアピールするのだ。

 

「・・・・・・・・わかった。くれぐれも無理しないようにね」

「レン様も・・・・・・・・」

「じゃ、用意して」

「・・・・・・・すぐ着替えてきます!!」

 

レイに対抗意識を掻きたてられてもいたマナは一目散に自分の部屋へと駆けて行く。

それを見送った後、レンは幻に再び目をやり嘲笑う。

 

「慎重さがたりないねぇ、それともボクを誘っているのかな?だとすると・・・・・・・・・・・・・・」

 

紅の瞳が苛烈な意思を宿す。

 

「後悔するよ・・・・・・・・・“碇シンジ”君・・・・・・・・」

 

そして幻影を消し、穏やかな表情に戻ってまた紅茶を味わい出した。

 

 

 

 

 


 

 

狼精日記

第六話

『会合』

 

 


 

 

 

レンが紅茶を楽しみつつ嘲笑い

マナが自分の部屋をひっくり返して用意しているそんな少し前

強い日差しが照りつける夏の日

遠い地平線に立ち上る入道雲が見える。

アドリア海、エニシアン島の西南、航路から少し離れたブリデン島

その小さな港町のはずれに赤い鎧に身を固めた戦士達が集められ、盛んに剣や斧を振っていた。

 

「用意、始め!!」

「壱ッ!」

「「「「「「「「エイッ、ハ!」」」」」」」

「弐ッ!!」

「「「「「「ハッ、ハッ、ソリャ!」」」」」」」」

 

八月

前回レンにしてやられてより一ヶ月過ぎ、アスカ率いる“紅の風”はその勢いを取り戻し

さらに団員と船を増やし、勢力を増そうとしていた。

海賊業の傍ら、行っていた海運業、そして交易

皮肉なことに、レンがアドリア海の実質的支配者になってから関税が大幅に下がり

手続きの簡素化、航路安全の確保、港での物資の補給もスムーズになっため利益が増えたのである。

何も知らない一般市民は物価の低下、豊富になった用品に喜び

レンの存在を知らない人々は、霧島家総督府のおかげと交易の活発化を単純に歓迎しているほどに

 

「そこっ!腰が甘いっ!!」

「は、はいっ!」

「なにそのヘナチョコな突きはっ!?アンタやる気あんのっ!」

 

そして、数少ない真実の一端を知るもの

この一年の雪辱をはらさんと闘志に燃えるアスカは、みずから新団員の訓練に立会い、指導していた。

仕事のときは何時も着ている紅の生地に金色で刺繍や飾りのしてある船長服は上着を脱いで

赤金の髪を後ろで束ねて指導する様子はとてもエネルギッシュで美しい。

 

そんな様子を屋敷の庭から眺めている3人。

半ば呆れたように見ていた大商人、相田ケンスケが口を開いた。

 

「・・・・・・なんとも粋が良いなアイツラ、こんな炎天下で良くやるよ・・・・」

「まぁまぁ」

「実際闘うときは環境なんて選べへんからの、どんなときでも闘えんと優秀な兵士やないんや」

「・・・・ご苦労なことで・・・・・」

「な、なやと!?」

「まぁ、まぁ落ち着いて、鈴原将軍」

「チッ!・・・・・・・・・しっかし結構やるな、あの惣流がここまでの指揮官になっとるとは・・・・」

 

この熱い中、白銀の鎧を完全装備しながら汗一掻いていないシンジは

この島に来た皇国と連邦合同軍の主将としてフォローを入れ

副将のトウジはどこか気に入らない商人・ケンスケを睨みつつ

皇国最年少の10将軍としてアスカの指揮官としての能力に舌を巻いていた。

 

「じゃぁアンタ達、これから私は用が有るから上がるけど、気ぃ抜くんじゃないわよ」

「「「「「はっ!」」」」」

「あとでちゃんと訓練官に聞くからねっ!!」

「「「「「は、はい!!(汗)」」」」」

「「「「「「「おつかれさまでした!!」」」」」」」」

「後,たのんだわよ」

「まかせてください」

 

アスカの言葉に少しあせる新規の訓練生

そして彼らと教官に見送られ、額から落ちる汗をぬぐいながらアスカは屋敷に戻ってくる。

 

「まったく・・・・・・このアタシがあんなヤツラと手を組まなくちゃなんないなんて・・・・・・」

 

屋敷の庭

そこでこちらの様子を伺っている3人を忌々しげに睨む。

メガネをかけた中背の男がオドオドしながら視線をそらし

飾り気の無い黒い鎧に身を包んだ背の高い少年が困惑した表情でこちらを見て

そして、白銀の鎧に身を包んだ同年代の少年が微笑みながらこちらを見ている。

 

「・・・・・なによアイツ・・・」

 

アスカは最後に微笑んだ少年をいっそう睨みつけた・・・・・・・

 

「アイツそっくりな顔して・・・・・・・」

 

アスカにはそれがどうしても気にいらなかった。

少年の首を即刻刎ねたくなるほどに・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、先月俺の船団を襲ってくれた海賊と手を組むことになろうとはな・・・・・・・・・・」

「まぁまぁ、そう言わずに」

「フンっ!航海予定の航路も簡単に外に漏らすような無用心な奴と組むわけぇ?なんか不安」

「なんだとっ!」

「なによ!!」

「まぁまぁ、落ち着いて」

 

自分が子の中で一番年長だと思い気を強くしたケンスケはテーブルを怒りに任せてテーブルを叩きつけ

そのテーブルを挟んで反対の位置に座っていたアスカはふんぞり返って椅子に座っていたが

やはりヒートアップして椅子を蹴って立ちあがる。

上等なカップに注がれていた最高級のコーヒーが揺れで少し零れ、受け皿に垂れていく。

 

「相田殿は私達の船団と惣流さんの海賊団に物資を提供したりするだけで、かなりの利益が上がるのでしょう?だから来た・・・・・」

「むぅ・・・・・ま、まぁ・・・・」

「そして、惣硫さんはもっと部下を増やし装備を充実させるため、優秀な流通経路と交易のパートナーがほしかった・・・・・・」

「あ、アタシだってそんなこと判ってるわよ!!でもこんなゲス商人なんかと手を組みたくないだけ」

「なんだとっ!」

 

屋敷の一室

アスカの執務室(この辺りが海賊を自称するもののほとんど運輸、軍隊の乗りである)で調印

その後、応接用のテーブルで色々と条件などを積めていた。

しかし、取引が終わるや否や、先月襲われたケンスケと襲ったアスカは言い争いを始めた。

 

「まぁ、どちらも結局レンに嵌められ痛い目に合わされたんだしそんな意味では仲間じゃないですか」

「「だ、誰がこんな奴と!?」」

「息もあってますし、仲良くしましょう?」

「そやそや」

 

シンジの意見に見事にユニゾンし反論したアスカとケンスケ

そしてさっと御互いの顔をみて、忌々しげに反対方向にそむける。

シンジはニコニコ笑いながら

トウジはうんざりした様子でそれを見ている。

 

「ともかく、これで我々の協力体制が一応カタチになったんです。これからよろしくお願いしますよ」

「アンタ達が陛下の命令を受けてなければ、親書を持ってこなければ叩き潰してやれるのに」

「それは怖い」

「馬鹿にしてるの?」

「いえいえ、そんな滅相も無い」

「むぅぅぅ〜〜〜〜〜」

 

怖がるどころかまったく笑みを絶やさないでシンジが答える。

そんなシンジの様子が、自分の知る“シンジ”と重なり、離れて

アスカの神経をいっそう逆なでする。

そんな様子をしばらく見守ったシンジは部屋の片隅で壁にもたれかかっているトウジに目を向ける。

先程の相槌以外一度も話していない彼を見ながらシンジはしばし考えるように首を傾げ、そして

 

「鈴原君、ひさしぶりに会ったのでしょう?積もる話しもあるでしょうから私達は失礼しますよ」

「な、なんやて!?」

「だから、私達がいたのではお邪魔でしょうから退散しますよと言っているのですけど?」

「な、な、何勘違いしてんのよっ!?コイツと私は別に関係!?」

「そうよ!?なんでアタシがこんな奴と関係有るわけ?」

「そうですか?先程から二人ともなんだかソワソワして落ち着かない様子ですから大事な御話しでもあるのかと思って、邪魔者は先に下がろうかと・・・・・・」

「誰がソワソワしとったゆうねん!? なんかお前えろう勘違いしとらんか!?」

「アンタ目腐ってんじゃないの!?」

 

どこかずれたことを言い始めた、少なくとも他3人がそう感じる妙なことを言い出したシンジにアスカとトウジが食って掛かる。

が、シンジはのほほんとした笑みを崩さない。

 

「勘違いって?」

「だ、だからコイツとワシは別になんの関係も・・・・・」

「そうよ!! こんな“じゃーじ”男関係無いんだから!!」

「ワイの“じゃーじるっく”を馬鹿にすんな!?」

「なによっ!昔から鎧も私服もいつも真っ黒でのっぺりした変なのばかり着てたくせにっ!!」

「いやぁ、仲良いんですね」

「「誰がっ!?」」

「ほら」

「「ぐっ!」」

 

今度はトウジとアスカがユニゾンして反論し、そして言葉に詰まるタイミングまで一緒だ。

 

「じゃぁ、私達はちょっと庭でも散歩させてもらいますね、それじゃぁ・・・・」

「ちょ、ちょっと待ちなさい・・」

「ま、待てや、さっきの言葉取り消して・・・・・」

 

がたん!

 

さらにトウジとアスカが食い下がったが

”シンジ”は先程から馬鹿馬鹿しいといったようすで見ていたケンスケを連れて出ていってしまった。

 

「まぁ、ホント私達は幼馴染同士の会話には邪魔でしょうからね、相田さん?」

 

と、表向きは久しぶりに会った幼馴染達に気を聞かせたようだが・・・・・・・・

 

ドアを閉め、余り背の高くないケンスケの背中を押しながら、微笑みながら廊下を進むシンジ

そんな様子にケンスケは困惑と動揺の色を隠せない。

シンジの笑みがいつのまにか寒さを感じさせるものに変わっているからだ。

 

「まぁ、そんなに怯えないでください。なにも取って食おうというんじゃないんですから」

「・・・・・・・お、俺になんのようだ?」

「ちょっとご相談があるんですよ・・・・・・聞いてくますね」

 

穏やかだが、なぜか逆らえないなにかの篭ったシンジの言葉

ケンスケは脂汗を流しながら頷いた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・それで、最近ヒカリはどうなのよ?」

「ああ、元気でやっとるで・・・・・今のところ王都は平和そのものや」

 

しばらく二人で息荒くしまったドアを眺めていたアスカとトウジ

二人とも共通して頭に血が上りやすいが、そこは多くの人間を従えているものである。

長く息を吐くと互いの気持ちを落ち着けて話し出す。

 

「それで、あの“碇シンジ”はなんなのよ・・・・・・?ホントそっくりだけど」

「ワシも知らん、ただ四ヶ月前連邦からブラックアーケードの書状と一緒に来たんや」

「それで?」

「今じゃあアイツがネルフ皇国第一王位継承者、“シンジ皇太子”や。社交界でも前のシンジより受けエエで、なんも知らん民衆にもな」

「・・・・・・・・・・・本当に陛下が認めたわけ?」

「少なくとも表向きはな・・・・・ま、なんか連邦との間で取引でもあったんやろ」

「それで、態々こんなところ来たわけ、あいつの目的はなに?」

「さあな」

 

部屋の中央の魔法の氷でできた雪山のミニチュアを人差し指でつつきながらトウジは答える。

氷はまったく解ける様子を見せず、部屋を涼しくしいている。

二人は執務室の脇に有る応接用のソファーに座った。

 

「・・・・・・・ヒカリは最初あいつ見て仇が来たと粋まいとったわ。暗殺者雇うだの決闘だのと息舞いとったわ」

「やっぱり・・・・」

「そんでもアイツがワイと、頼まれて案内したんや、一度洞木の屋敷に行って半時ぐらい二人きりで話した後、とたんに協力的になりおった」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ホンマ、あんな変わるもんかって感じやったわ・・・・・ホントの仇討つのに協力でもするんかのう」

「あんまり前向きな変化じゃないわね」

「まぁ、ワイはヒカリが明るうなったあけでもエエわ」

「それで、あんた等いつ結婚するのよ?」

「な、なんや急に、ワシとヒカリは別にそんな・・・・・・・」

「バレバレよ、あんた達のことなんて。もう皇国中に知れ渡ってんじゃない?」

「な、何ぃ〜〜〜〜!?」

「知らぬは本人達ばかり・・・・・てね」

 

二人は昔からの幼馴染に戻って互いの共通の友人の様子を話し合い

笑い合い

そして楽しんでいた。

しばらく、そんな柔らかな時間が過ぎていく。

そんな時

 

ダンダン!

 

「入れっ!」

「失礼します」

 

ドアが強く叩かれ、アスカの許可とともに身なりを整えた赤い鎧をまとった戦士が入ってくる。

アスカとトウジは瞬時に気持ちを切り替えて幼馴染に会った少年少女から指揮官の顔になる。

 

「どうした?」

「はっ!港に停泊中の我が方の船団が襲われていますっ!」

「なにっ!」

 

二人はすぐに立ちあがり、アスカは愛刀の小太刀二振りを持って外に向かい出す。

トウジも並んで走り出し、その後ろから慌てて戦士が追いかけてきて、アスカの後ろにつく。

 

「それで、相手はどこ?数は?」

「それが・・・・・・・その・・・・・・・・・・」

「はっきり言いなさい」

「は、申し訳ありません。相手は巨大な狼一匹です!!」

「「狼!?」」

 

それまで黙っていたトウジとアスカがまたはもり、二人とも立ち止まる。

 

「急いでください!今は連合艦隊の魔法兵団がなんとか押さえているのですが、押されています」

「魔法兵がでても押されとるんか?」

「ハイ、相手も魔法らしき攻撃を度々繰り返し、海面を地面を蹴るように走り抜けています」

「・・・・・・・・・・・・陸に上がってる部下全員集めて」

「すでに屋敷前に集合してます」

「よろしい」

 

バン!

 

玄関の扉を思い切り開くと、すでに海賊とは名ばかりのアスカの私兵による軍隊が集まっていた。

すでに馬まで回してある。

アスカは素早く馬に飛び乗った。

 

「これからすぐに港に向かうわ。相手は魔法を使う。全員気を引き締めてかかりなさい!!」

「「「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」」」

「出陣!」

 

掛け声と供に誰よりも先にアスカは屋敷を飛び出し、馬を飛ばして港に向かう。

その後を赤い鎧にみを包んだ屈強の兵たちが追っていった。

そのころトウジは部下に主将であるシンジを探させていた。

部下の一人が屋敷から出てくる。

 

「おいっ!アイツはどうした?」

「は、皇太子様はこれから大事な用件があるのでしばらくの間、鈴原将軍の指揮に従うようとのことです」

「何ぃ!?」

 

トウジはシンジのいるであろう屋敷を睨みつける。

が、すぐに頭を切り替えると自分も馬にまたがる。

 

「おい、お前等、ただちに町に散会している騎士達を広間に集めぇ、ワイも行く」

「「「「はっ!」」」」

「急げやっ!」

 

部下達は四方に散り、そしてトウジもまた屋敷を飛び出していった。

晴れていた空は次第に曇り始めていた。

 

 

一方屋敷の広間

そこでシンジとケンスケは立ち話をしていた。

シンジは相変わらず何を考えているのか判らない薄い笑みを浮かべている。

 

「おい・・・・・本当に行かなくて良いのか?」

「ええ、もうすぐ御客さんがここに来ますからね、あなたも屋敷から離れたほうがいいですよ」

「・・・・・・こ、ここに来るのか? じ、じゃぁ俺は用も済んだしいくからな!」

「約束、忘れないでください」

「わかってる!! と、とにかく俺は逃げるからな」

「ええ、お気をつけて」

 

ケンスケはそれを聞いて転がるように出ていった。

ドアの傍まで行ってその様子を見送り、そして静かに目を閉じ

そして誰もいないはずの広間に振り返って言った。

 

「御初にお目にかかります。“もと”皇太子様」

 

黒字に銀の刺繍を施された男物にも見えるズボンと上着を着て、緋色のマントを纏ったレンがいた。

シンジの声は、その時から複雑な感情が隠しきれずに滲み出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、港は見たことも無いような巨大な狼に襲われ混乱状態だった。

町の住人や港で働く人夫達は早々に逃げ出し、今は“紅の風”の戦士達と連合艦隊の兵士達が集まっている。

そして、どちらの船団も港周辺の部隊も防戦一方になっていた。

 

蒼銀の巨狼が港周辺の海を駆け巡り

ブリザードブレスで船や港の岸壁を凍りつかせ、突風を巻き起こしては兵士達を薙ぎ倒し

その体毛が逆立つと針のように飛び出し一本一本が太い氷の矢になって兵士達を襲う。

船団に残っている連合艦隊の魔法兵や魔道師は魔法の盾で船を守るので手一杯である。

また、港に集まった兵達は、それでもそこに踏みとどまって反撃を試みる。

騎士達が盾を掲げて前に並び、間から軍の兵士と“紅の風”の戦士たちが次々と矢を射掛けるが

しかし一向に当たらずとどかす、間違い無く直撃するはずの矢も銀狼の体の少し手前でそれてしまう。

 

ウオオオォォン!!

 

巨狼が立ち止まり一声いななくと、その体を中心に凄まじいまでのブリザードが港全体を覆うように吹き荒れる。

すでに海面は半ば凍りつき、兵士達も寒さと己を吹き飛ばさんとする風に耐えながら立っているのがやっとになる。

そんなとき

 

「「「「「ブロスト・ボム!!」」」」」

 

響き渡った声と供に幾つもの巨大な炎の塊が吹荒れるブリザードを無視して巨狼に向かう。

何十もの炎の巨弾が炸裂して、吹雪が爆風によって吹き消される。

狼のいた辺りは炎の海で、熱が凍りついた海面や港や船を溶かしていく。

 

「ふん!これであの化け物も丸焼けねっ」

 

アスカがたどり着くと同時に四人の魔道師と供に唱えていた同時詠唱魔法を解き放ったのだ。

兵たちは未だ巨大な銀狼、吹雪と氷、そして爆風のショックから覚めやらぬまま呆然して

海面で燃え盛る炎を見ていたが、次第に自分を取り戻し沸きかえり出す。

だが

 

『・・・・・・・・・五人掛りとはいえブロストボム使うとは思わなかった・・・・・・・』

 

淡々として涼やかな、感情の起伏を感じさせない声が、その場にいる全員の頭に直接響く。

兵士達は武器を構えて周りをきょろきょろと見渡すが何も見つからない。

 

「ま、まさか・・・・・・・」

 

アスカの呟きと同時に、なぜか港と船団の者たちが一斉に燃え盛る炎に再び眼を向ける。

すると、突然炎が渦を巻き始め、そして始めるように消し飛んだ!!

後にはなんら変わらぬ様子で巨大な銀狼が立ち、見下ろしている。

十メートルの巨体

その紅の瞳が圧倒的な威圧感に棒立ちとなった兵士達をを睥睨する。

そして、港に入る通路の所で立ち止まった、馬に乗るアスカを目に留めた。

 

『・・・・・・・あら、おサルさん久しぶり・・・・・・・・・アナタ達だったのね』

「・・・・・・・・・誰よアンタ?」

『判らないの? やっぱりおサルさんは物覚え悪いのね・・・・・・』

 

ぷっ!

お、おサルさんだと・・・・

クスクスクスクス

 

「ちょっとアンタ、化け物なんかにサル呼ばわりされる覚えないわよ」

『だって、アナタ覚えてないのでしょう?』

 

巨大な狼は哀れむように目を閉じ、頭に響く声も幾らか沈痛そうなものになる。

銀狼の威圧感で縮み込んでいた兵士達も思わず失笑するものが出てきて、アスカが怒りに沸騰する。

 

「失礼な犬ね! だからアンタ誰よっ!?」

『しょうがないおサルさん・・・・・・いいわ』

 

すると、目を閉じたままの狼の巨体が発光し始め、前にボンヤリと影が浮かぶ。

影はやがて、狼の眼前に浮き人の姿を取った。

 

「あ、アンタは!?」

『改めて御久しぶりね、惣流・アスカ・ラングレー・・・・』

 

そこには珍しく白のワンピースを着て、相変わらず犬耳を頭につけた綾波レイがいた。

 

 

 

 

 

 

巨大な狼からレイの姿が現れる少し前

ブロストボムの膨大な火炎が港から離れた町に続く道からも確認できた時

皇国10将軍で連合艦隊の副将たるトウジは馬を走らせいた。

 

ダダダ、ダダダ、ダダダ、ダダダ、ダダダ、ダダダ・・・・・・・・・・

「惣流の奴、派手にやりよる」

 

馬はそのままの勢いで町に入り、部下達の待つ中央広場に向かう。

しかし、そこには

 

「なんやこりゃぁ・・・・・・・」

 

死屍累々と積み重なる騎士達の死体

鎧ごと真っ二つにされたもの

頭部を潰されたもの

民家の壁に叩きつけられ、半ばめり込んでいる兵士

そして怯えてながらクロスボウを構え、遠巻きに騎士達を殺した犯人を囲む騎士や兵士達

噴水を中心にした円形の広場は血の海である。

その中央に

 

「・・・・・・・・・霧島・・・・・・・・・・」

「あら、鈴原君」

 

トウジに気づいて振り向く影

鈍い灰色のボディに金の衣装をふんだんにつかった繊細で豪奢なボディー・アーマー

刃の部分が黒く光る2メートルは有りそうなハルバード

華奢な体格と女性用の鎧を身に纏っているため女性騎士にしか見えないが実は立派な男の子

霧島マナが美しいながらも血に飢えた笑みを浮かべながらそこにいた。

 

「・・・・・・・これ、みなお前がやったんか?」

「何言ってるの?鈴原君」

「お前がこいつ等殺したんかと聞いとるんや!!」

 

馬から下り、マナを囲む輪に近づきながらトウジは叫ぶ。

すると

 

「フフフ、へんな鈴原君♪」

 

急にご機嫌な声でマナが笑う

次の瞬間、瞬きほどの間に包囲の一角の前に移動し、持っていたハルバードを一閃する。

悲鳴を上げる間も無く八人もの兵士達がどうから真っ二つに切り裂かれ、さらにマナは他を料理にかかる。

この間ほんの二十秒弱

15の死体が加り、再びマナが笑いかけるまで、トウジは身動き一つ出来なかった。

 

「今ここでそんなことするの、私以外以内じゃない♪♪」

 

返り血一つ浴びてない麗しい姿でそこに立つマナが笑った。

 

(綾波さんが魔道師、魔法兵みんな引き付けてくれてるから結構仕事がしやすいわね)

 

内心そんなことを考えながら

 

 

 

 

 

 

 

「ホント、会いたかったですよ、元第一王位継承者の方。こうやってお目にかかれて光栄です」

 

屋敷ではシンジが現れた客・レンと立ち会っていた。

 

「本当にお美しいですね。昔は私そっくりだったと聞いていたのですが・・・・・・」

「さあな」

「つれない方だ。でも顔の造りは面影有りますね。王都の陛下、“母上”にそっくりでいらっしゃる」

「・・・・・・・・・・・・」

「でも良かったのでしょうかね、王位継承権も、いや“碇シンジ”という存在自体を私に奪われて、幸せですか?あなたは」

「幸せだな」

「チッ!」

 

皮肉がまるえ通じず、シンジは舌打ちをする。

一方のレンといえば興味深気にシンジの様子を眺めていた。

焦りと怒り、嫉妬

その他もろもろの感情をひた隠しにして愛想笑いを浮かべて話している碇シンジ

なんの感情も交えず、ただ淡々と受け答えしシンジに相対しているレン

どこか好対照な二人

表向き皇太子として迎えられている碇シンジを名乗る者

元はネルフ皇国皇太子”碇シンジ”だった者

 

 

「そうですか・・・・・・・・・・でも大丈夫ですかねェ、アナタの大事な人達」

「何がだ?」

「だって、この島に来てるんでしょう?行ってあげなくていいんですか?殺されちゃうかも」

「あんな輩何人集まったところで無理だな」

「ほ、ほう・・・・素晴らしい自信・・・いや信頼ですね」

 

会って以来、シンジがこの調子でずとしゃべっている。

ただ、四ヶ月以上行動を供にしたトウジなら、このシンジの笑みが何時もの韜晦したもので無く

憎しみや怒りを押し隠したものだと気づくだろう。

 

「でも・・・・・・・・・アナタは、どうですかねっ!!」

 

それまでの薄笑いすらかなぐり捨てて憎しみを剥き出しにするシンジ

最後は叫ぶように言うと同時に瞬時に無数の火炎弾をレンに向けて叩きつける。

しかし

 

「・・・・・それで?」

 

火炎弾はレンに届くかしないうちに掻き消えてしまい

レンはその場にただ泰然と佇んでいる。

周りの家具もちょうどもまるで変化無い。

そんな中レンは佇んでいる。

その、まったく感情を含んでいない落ち着き払った視線と声がシンジを逆なでする。

 

「それなら、コレならどうだっ!!」

 

今度はシンジの周りの空間が歪み、それが広がってレンを襲う。

しかし、レンの手前でそれも消えてしまう。

だが

 

「食らえぇ!!」

 

機を逃さずシンジがレンを貫かんとライトニングボルトを放つ。

光の帯は今度はかき消されること無くレンに届かんとする!

が、

 

「児戯だな」

 

レンは無造作に手をかざすと、ナンでも無いように手のひらでラライトニングボルトを受け止めてしまう。

シンジは万策付きたか、今度は剣を抜き切りかかる。

横腹を切り裂かんと振られた剣は、しかしレンの左手の人差し指と中指に刃をつままれて止まってしまう。

 

「他には?」

 

両手で剣を押し切ろうと力をこめるシンジの顔に自分の顔を近づけるレン

しかし、あせりながら剣に力をこめていたシンジの顔が急に含み笑いになった。

 

「かかったな!!今度こそ、死ね!!」

「覚悟!」

「御命頂戴!!」

 

突然響いた二つの声と同時に、幾つもの水の槍と光の鞭がレンを襲い衝撃で周りが吹き飛ぶ。

レンの姿が吹き上げた大量の埃と土砂と木材などの向こうに見えなくなる。

 

「大丈夫か?シンジ」

「上手くいったわね。これなら幾らアイツだって・・・・・・・・」

 

突如現れた二人の人影

一人は水色の鎧を身に纏った青年でもう一人は太陽を意匠化した紋章のついた鎧をきた女性だ。

二人とも銀髪で瞳が赤い。

シンジは二人を見て何時の薄笑いでもない本当の子歩レンばかりの笑顔を見せる。

 

「アリガトウ、奴もこれなら・・・・・」

「勝手に殺さないでもらおう」

 

涼やかな声と供に煙が消し飛ぶ。

床の石畳が抉れ、土が覗く。

さきほどの衝撃で出来た円形の窪地

その中心にレンは何事も無かったかのように静かに佇んでいた。

 

「ふむ、やはりお前達か、その紛い物の後ろにいたのは」

「「何!」」

 

怪我どころか服が汚れたところも髪が乱れた様子も無い。

しかも今度は微かに笑っている。

それは本来見るものを魅了せずにはいられないほど妖しい魅力に満ちていたが

この3人には逆効果か、判りやすいほどいきり立ている。

 

「それで、もしかしてこれで終わりなのか?こんなので余を殺そうと誘い込んだのか?」

「・・・・・・くっ!」

 

意外だといった様子で話すレンにシンジは歯軋りしながら睨みつける。

後から現れた二人も、警戒しながら次第にレンの左右に周り囲もうとする。

 

「五月蝿いな」

 

レンが一言言ったと同時に、回り込もうとしていた男女もシンジも突然上から叩きつけられたように床に倒れ、めり込む。

 

「本当にこれだけなのか?ならもう死んでもらおうか」

 

3人は薄れ行く意識の中で歯をかみ締めながら立ちあがろうともがく。

3人の方にゆっくりと近づくレン

だんだんとシンジ達を床に押し付ける力が強くなる。

シンジ達が死を覚悟した、そのとき

 

「それは困るな」

 

レンの後ろにさらに複数の影が浮かび上がるように現れる。

振り返ると、みな銀色の髪と赤い瞳を持つ5人の若い男女が思い思いの武装で立っていた。

そのうちの一人がシンジに寄り添って立ちあがらせる。

 

「大丈夫かい?シンジ君」

「カヲル・・・・・君・・・・・」

 

そして残りの二人も方を借りながら立ちあがり、残りがレンを警戒するように囲む。

 

「今回は僕達の負けのようだ。でも君も完全じゃない、このまま戦うかい?」

「お前達ぐらい、今のままで充分だと思うが?」

「そうだろうね、だから手を打ってきたよ」

「ほう・・・・・」

 

シンジが微かに興味を引かれた様に呟く。

そんな様子を見ながら、しかし特に反応することも無く

リーダー格らしいアルカイック・スマイルを浮かべたシンジと同年代の少年が話しを続ける。

 

「だから君の大事な幼馴染の召使君も、あの美しい狼のところにも僕達の仲間を送った」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「召使さんに二人、銀狼には六人送ったよ。まだ何もしていないけど、その気になれば・・・・・」

「・・・・・・なるほど・・・・・」

「僕達八人でも、彼らが目標を始末するまでは君を押さえれるだろう、元皇太子君」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・判った。今回はこれで帰るとしよう」

「話しが早くて助かるよ、また近いうちに会うと思うけど、そのときはよろしく頼むよ」

「楽しみにしている」

「ま、待てっ!!」

 

痛む体を叱咤しながら立ちあがり剣を構えたシンジを余所に話しはついてしまい

今度は透明な笑みを浮かべ、レンは掻き消えた。

 

「・・・く、くそ・・・・・・・・・ぉ」

「シンジ君、大丈夫かい?シンジ君!?」

 

崩れ落ちようとするシンジ

慌てて抱きとめた親友のカヲルの腕の中で、シンジは悔しげにうめいて気を失った。

 

 

 

 

 

「あ、そろそろ時間みたい」

 

一方、斬馬刀を振り回すトウジと丸で一つの生き物のように襲い懸かる彼の六人の部下と切り結んでいたマナ

突然何かに気づいたように声を上げると、ちょうど懐に入っていたトウジの部下3人を弾き飛ばし距離を置く。

 

「なんや、霧島、もう終わりかい!?」

ブン

ガンッ!

「そうだよ、タイムアップみたいだからね。また遊ぼ♪」

 

トウジの二メートルはある斬馬刀を簡単に受け止めそれだけ言い残すと

マナはその場から煙のように消えた。

 

『今度会ったときは必ずつぶしてやるよ、高見の見物決め込んでた卑怯者達!!!』

「「!?」」

 

直後にマナの心話が二人の銀髪と赤い瞳の少年達の頭に響き、二人は我知らず身を震わせた。

後には呆然と立ち尽くすトウジと六人の部下

そして死体や怪我人を収容し終え、将軍の戦う様子を固唾を飲んで見守っていた兵士達が残る。

 

「・・・・・・怪我人の収容は終わったか・・・・?」

「は、はい。すでに収容し、手当てもほぼ済んでいます」

「そっか・・・・・・・」

ズンッ!

どさっ!

「しょ、将軍!?」

 

それだけ聞くと当時は斬馬刀をレンガで覆われた公園の地に付き立て倒れる。

そして六人の部下達も崩れ落ちた。

 

「・・・・・・・霧島、シンジ・・・・・・・・」

 

薄れ行く意識の中、トウジは嘗ての幼馴染の名前を呼んだ。

レンガの床は冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

『頑張るのね、おサルさん・・・・・・・』

「・・・・・・馬鹿にするんじゃ無いわよ!!」

『だっておサルさんなんだもの・・・・顔すぐ真っ赤・・・・・』

「ムキぃー――――!!」

『そう、その奇声・・・・・・いかにも猿山のボスみたい・・・・・』

「ヤカマシィィー――――!! 身動き取れない状況でほざくんじゃないわよ、そんなのを負け犬の遠吠えっていうのよ。将にその通り・・・・」

『コレ?でも弾けるよ、そろそろ』

「・・・・・・・くぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

一方、港では膠着状態が続いていた。

すでに人の姿のレイは消えている。

おおよそ使いうる魔法の全てをぶつけても

槍でつこうがアーバレストで特大のクオレルを討ちこもうが全て弾き返してしまう巨大な狼・レイに

アスカは直属の魔道師四人と艦隊の魔道師達

さらに魔法兵の力を束ねて結界に閉じ込めようとしていた。

一方、レイはその結界に内側から力の圧力をかけ、破裂させようとする。

アスカ達が脂汗をうかながら結界を維持しているのに対し巨大な銀狼のレイは余裕といった様子で少しずつ圧力を増していった。

 

「・・・・・・・・もう駄目っ!?」

バァー―――ン!!

 

凄まじい音ともに結界が破れ、あたりに余剰の力が吹き荒れる。

すでに雲が天を覆い、海は荒れはじめていた。

 

『・・・・・・・そろそろ時間なの、おサルさんとその仲間達、また今度遊びましょう』

「な、ちょっと?」

『それに御客さんも退屈してるみたいだし・・・・・・・』

 

突然分かれの挨拶を仕出した狼・レイ

そしてさらに意味不明なことをいいながら、港の一角を見つめるレイに吹き飛ばされ倒れていたアスカが慌ててみを起こす。

 

『今日遊んでくれた御礼上げる・・・・・・・受け取って』

 

頭に響く微かに笑いを含んだ言葉と供に蒼銀の巨体から発生した光が天に向けて立ち上る。

次の瞬間、空を覆った入道雲から島全体に凄まじい雷がふる。

 

「な、な、な・・・・・・・・」

 

落雷であちこちで火が上がり、家が貫かれ、町も港もボロボロなる。

 

『じゃ、さよなら』

 

そんな様子を首を回して確認すると、レイはその巨躯を翻し、走り去っていった。

港に集まった兵士達はしばらくその場に呆然としていた。

アスカのも含めて

 

「どうやら気づかれていたようですね」

「ええ・・・・・でも問題無いわ。私達は仕事を遂行した」

「そうだな」

 

カヲルの指示で港に着ていた六人がそれを見送っていた。

 

 

 

 

 

レン、レイ、マナが去った後

島には雨が降っていた。

そしてシンジ・トウジの部下達、アスカの私兵、そして人々は救助、消火

さらに避難地の確保に身も心もボロボロなところを鞭打って励んでいた。

 

「やはり、戦力増強が急務か・・・・・・」

 

屋敷の客室の一つにシンジを寝かせると、供に来た数人の仲間達に処理を任せ

自分はシンジの看病をしていたカヲルは、雨に濡れる庭を眺めながら呟く。

 

この時の損害は“奇跡的”にも一割にも満たない数ですんだものの

改めて力の差を浮き彫りにしたのだった。

 

「シンジ君・・・・・これからだよ、僕達の戦いは」

 

微かに熱を出し眠っているシンジに朽ちるを寄せたあと

カヲルはその手をにぎりつつ、珍しく感情のこもった声でそう言った。



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