「アイツったら、最近マユミに馴れ馴れしいのよ」

(なんでアタシじゃなくて・・・・・!?なに考えてるのアタシは)

 

アスカは自室で息巻いていた。

相変わらず男装だが、上は上着を脱いで下着にシャツの軽装である。

 

「おまけにマユミの寄せてる気持ちに気付いてないし・・・・・・・・・」

(気付いて欲しくない・・・・・・なぜ?)

 

来て以来友達になった(マユミにとっては奇跡だったが実際はアスカが半ば強制的に友達にした)マユミを思い

その気持ちに気付かない“シンジ”に苛立ち、そして何故かほっとする。

 

「ホント、鈍いところまでアイツそっくりね。顔や仕草だけでなく」

 

思い出すのは嘗ての幼馴染の少年

 

「まったく、“アイツ”だったらどうしてたかな?やっぱりまったく気付かなかったかな」

(もし”アイツ”だったらアタシどうしてたんだろう?)

「お嬢様、御風呂の用意ができました」

「ん、ありがとう、カリン」

 

服を脱ぎ散らかし、その服を集めて片付けてくれている明度が用意してくれた風呂に向かうアスカ

かなりの日ノ本”フリークなアスカは風呂も”日ノ本”式の湯をはったものである。

適当に体を流し、ヒノキの匂いを吸い込みながら

そして乱暴に湯船につかる。

 

ザバーーーーーーッ!

大きな風呂から大量の御湯が流れ落ちていく

 

天井を見つつ、その音を聞きながら

アスカはかつての幼馴染を思い出していた。

 

少年はとても鈍かった。

優しく、心も容姿も綺麗でなんでも出来て身分が高くて

欠点のほうが少なかったが、しかし

 

「ホント鈍かったし、マナのやつが寄せてたアブノーマルな思いも気付いてなかったしね・・・・・・」

(アタシもだし、他にもいたけど・・・・・・・)

 

少年は伝説的なまでに鈍かった。

永久保存版ほどの朴念仁だった。

 

「でも、気付いたら・・・・・・・・・やっぱ答えてたのかな?」

(気付くわけないじゃない。こちらから言わない限り、あの”シンジ”が)

 

それは言えなかった思い

ずっとともに王都で過ごし

そして”シンジ”がエニシアン島に実質流されてからも自分もアドリア海に出て足げく通っていた。

 

「“アイツ“好意寄せられるのに、なれてなかったけど、人を絶対傷つけようとはしなかったものね」

(でも、同情なんてマッピラ)

 

だから恐くて聞けなかった。

だから決して言えなかった。

ただでさえ辛い運命に苛まれ、霧島の城から寂しげに海を眺めていた”シンジ”にこれ以上負担になるようなことはしたくなかった。

自分が同情されるのも、愛されるわけでもなくやさしくされるのもイヤだった。

 

「なんで、アタシが苛つくのよ」

(なんでアイツを思い出すのよ!?)

「あぁあ!イライラするわ。カリン!!ちょっと遠乗り行ってくるわ」

「いってらっしゃいませ、お嬢様」

 

碇シンジがマユミと並んで歩いている。

二人が仲睦まじく一緒に歩いている。

“恋人達の時間”を過ごしている。

そんな想像をして、どうにもならないモヤモヤを心に抱いてしまったアスカは

勢いよく態々造らせた檜造りおの風呂から上がると、メイドのカリンに支度をさせて

服が整うとそのまま遠乗りに向かった。

 

(バカシンジ・・・・・・・・・・)

 

自分の中で、次第に幼馴染と今この島にいる“碇シンジ”の区別があいまいになってきていることを

そして嘗て幼馴染の“バカシンジ”に寄せていた淡い想いが蘇るのを

しかしアスカはまだ気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

狼精日記

 

第九話

『恋の黄金率作戦』

後編

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「なかなかやるみたいだけど、まだまだケツが蒼いわね、やっぱり」

「年寄りはやっぱり年寄りね、何が”ケツが蒼い”よ、亀の甲より年の功って感じの癖に」

「バアさんは用済み・・・・・・」

「せいぜい吼えていなさい。でもあなた達は負けたのよ。ホホホホホホホ♪」

 

淡い瑠璃色のポニーテールを魔法光を背負って輝かせ

勝ち誇った笑いをあげ、勝者の権利に対する期待にアンバーの瞳を輝かせたリナは

ドームの床に這いつくばり、必死に顔を上げて悔しげに呟くレイとマナを見下しつつ

その瞳を賞品たるレンに向ける。

 

「あんまり考え無しに暴れないでほしいけど」

 

そのレンは余計に疲れていた。

先程ふらついてきていたより今度は顔色まで悪い。

何故なら

 

「・・・・・・・・・・3人とも自分がどれだけの力持ってるのかわかってる?」

 

幾ら己の結界内、しかも護りの魔法がかけられているとはいえ

伝説にもなっている初代ネルフ皇国女帝

自分が力を与えた、名門の血を色濃く引く腹心

そして神とも崇められる巨大な蒼銀の狼

そんなものが全力でぶつかり合っては島自体が壊滅しかねない

結局レンは自分の力でさらに数重の結界をドームに張り巡らせ、3者の力を落とし

さらにドーム自体に護りの魔法をかけ、内側に封じ込めの結界をはることで何とか周りに影響が出るのを防いだのだった。

それらの力の放出で疲れ果てたレンと、負けたショックとダメージであまり動けないレイとマナを余所に

さすがに一日の長どころか数百年かもしれない経験の差を持つリナは平然と立って笑っていた。

ちなみに年は間違い無くレイのほうが上のはずだが

すでに再び人の姿に戻っているレイはまったくそれを感じさせないしみなもそれは問題にしない。

なにせ、性格が幼すぎるから・・・・・・

 

「さ、すでにここに張り巡らせた魔法陣と魔法は起動してるわ」

「はい?」

「その影響で準備が整いつつあるの、早速始めましょう」

「・・・・・もしかして、マナとレイを挑発して戦い、ついでにボクに結界を貼らせたのも、これからの実験のための力を溜めるため?」

「あら、気付いちゃった?」

「・・・・・・そういうことはちゃんと言葉にして言ってほしい」

「そう?」

「そうすればボクもレイもマナも無駄な力を使わずにすんだのに」

「あら、どんなときでも遊び心は必要なものよ♪」

 

どこかやつれた青い顔で苦情を言うレンに答えると、リナは魔力を宿らせた右手を軽く振る。

すると、ドームの床が割れてリナとレンが立つ中央とマナとレイがへたっている入り口付近以外がそのまま壁面に引き込まれて行く。

覗いた真っ暗な穴はかなり深く、微かに届く魔法光から妖しげな機械とうごめくゴーレム達が見える。

 

「遊びの為に、こんな大げさな装置を造るかなぁ、ほんと」

「あら、今回の実験はこの装置の試運転みたいなものよ。時空と運命に干渉するコレの・・・・・」

「試運転は運命?」

「そ、本命は時空。アナタがマナちゃんに盗ってこさせたアレと使ってね♪」

「なるほど・・・・・・・・」

「必要だったでしょう?」

「確かに・・・・・こちらのほうがずっと早そうですね」

「当たり前よ、いくらあの神殿の神官長だったからってアレ一人と魔方陣じゃぁ足りないでしょう?」

「そうですね」

 

二人の会話を聞いていたマナが辛そうに顔をしかめうつむく

思い出すのは一人の老人

自分が彼の神殿を襲った際、目的の物を奪うと同時に連れてきて幽閉されている背の高い神に仕えるもの

 

「どれだけ苦痛と絶望と憎しみを搾り出しても“あれ”の”復活”には時間がかかるわ」

「まぁ、あの男の使い勝手の悪さにはこまってましたからね」

 

背の高い神官長は拘束具で体の自由を奪われ、体には幾つもの針が打ち込まれ

さらに頭にも打ち込まれた針が脳内物質の分泌を抑制し、決して和らぐことの無い痛みが絶えずおそい

魔方陣にとらわれた彼はただひたすらに吊り上げられた自分の下に置かれたまがまがしい黒い球状の石

脈動するように赤い文様の走る彼の神殿にあったその忌まわしいものに祈りをささげるように呪文を唱え続けている。

古い血の匂いと埃まみれの空気の中

それは邪神に憑かれたように祈りをささげているようで、もはや嘗ての面影はどこにも無い。

 

「・・・・・・・しかしむごいこと考えるわね、貴方も。あれを封じ守ってきたものに拷問して心を壊して逆に封印を解かせるなんて」

「あれを封印してきた一族のものだからですよ、もっとも効果がある。アレの苦痛と絶望に満ち、狂い憑かれた想いを乗せた呪文は」

「アンタも外道よねぇ・・・・・・・・」

「ふっ」

 

リナに外道呼ばわりされたレンはむしろ嬉しそうに笑い髪を掻き揚げる。

一方、彼をそのような運命に導いたマナは嘗て自分がレン、いや皇太子シンジとともに王都にいたころ

なにかと世話を焼いてくれた人物の哀れで無残な姿を思い出し、一層胸が痛む。

レイはそんなマナの様子を見ながら、どうすればよいのかと途方にくれている。

 

「・・・・・・・・・・・・・・判りましたよ。協力しましょう」

「そうでないと♪それに、やるからには」

「楽しみましょう」

 

そんなマナをよそにすっかり乗り気になったレンとリナは

よいよこのドームのシステムを発動させようと力を玉目はじめる。

 

「さぁ、今こそ互いの想いを高め」

「心のベクトルを一つにするとき」

「運命」

「改変」

「ウンメイカイヘン」

「うんめいかいへん」

「unmeikaihen」

 

レンとリナの最後の掛け声と供に、装置が指導し

下で働くゴーレム達が唱和しつつ装置を動かして行く

鈍い音が響き、ドームの壁面と空中に数十の断層に分かれた七色に輝く多層魔方陣が展開し

そしてレンとリナが光の柱に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか雲行き怪しくなってきたわね」

(せっかくひとが遠乗りに出かけたのに)

「気分のっまに飛ばしてたのが、不味かったかしら?」

(さっきまで晴れてたのに、まだ走り足りないわ)

 

遠くブリデン島

その比較的広い草原を馬で駆け抜けていたアスカ

ふと馬を止め、空を見上げた。

雲が出てきて、風が匂う

明らかに雨が降りそうなのだが、何故か帰る気が起きない。

 

「そういえば、こんな日も会ったわよね」

(あれはいつだったか・・・・・・懐かしいな・・・・)

 

思い出すのはずっと昔

王都にみんながいた子供の頃

 

「シンジの奴とアタシとマナとトウジにヒカリ、みんなで遠乗りして・・・・・・」

(シンジが確か乗馬を教えてくれたのよね)

「楽しかったなァ、あのころは」

(なに懐かしんでるのよ、アタシは)

 

少し前からしきりに思い出す幼馴染の“シンジ”

アスカはそれが不快なのか、嬉しいのかも判らない。

 

「アイツ・・・・・・・ホントよく似てるよね」

(アイツ、自分でどうおもってるんだろ?)

「あの時は、よく森に行ったわよね」

(ここの森、似てるから選んだのよね・・・・・・・・)

 

アスカは島の中央部

かつて全体が一つの火山だったこのブリデン島の中央

盆地と森と湖のある場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素粒子安定」

「第壱段階、規定値クリアー」

「第二段階ニ以降シマス」

 

下の暗闇の中で装置を動かしているゴーレム達が状況を知らせる

ほとんど何も見えない暗闇の中から声が聞こえるのは結構無気味だが

しかしレイとマナにとってはそんなことより目の前の光景のほうが問題だった。

 

「なんか・・・・・・・世界が違うの」

「そうね、多分皇国国立錬金術研究所辺りから技術パクってきたんでしょうけど」

「でも、皇国にこんなものないわ」

「多分独自に研究してたんでしょ」

「年寄りだから時間がいっぱいあったの・・・・・・・」

「どうでもいいけど・・・・・・アナタが言うわけ、そういうこと」

「何?」

「あ!?なんでもないよ、なんでも♪」

 

 

いくら長いときを生きてきたとはいえ、今のレイはずっと野生で暮らしてきた巨大な狼

マナも基本的にやっていたのはレンの手伝いの政治と戦略

あまり魔法や科学には縁が無い二人だが、しかし目の前の光景がどこか異質なことは理解できた。

 

「レン様の話によれば、あのリナって女は初代皇国女帝、もう何百年以上前の人物よ」

「ワタシあの人見たこと無い」

「縁がなかったんでしょ」

「そうね」

 

幼い外見とせいかくとは裏腹に長老とも言って良いレイが首をかしげ

マナは辺り障りの無い返事をする。

目の前ではちょっと(だいぶ)苛立つ光景が繰り広げられていて

のんきに会話してるようで、体力を回復冴えながらレイとマナは襲い掛かるチャンスを狙っていた。

 

 

 

「さぁ、想いを高めて、今の私は惣流・アスカ・ラングレー、アナタは・・・・・・」

「ボクは“碇シンジ”か、嘗てのボクを演じれば良いんだけどね」

「そうね、アナタのほうは簡単ね、『シンジ』」

「『アスカ』、一身にボクを想って」

「『シンジ』・・・・・・・・・・」

 

ドーム中央では、光の柱に包まれたレンとリナがう役割を演じつつ見詰め合い手を重ねる。

 

「第二段階、運命素粒子上昇中」

「規定値まで、後34ポイント」

「なんかむかつくわね」

「そうね、イライラするの」

 

ドームを覆い尽くす多層魔方陣はその輝きを増し

中央の光の柱が赤から次第に透明に、そして蒼く変わって行く

そんな中

よいよ“碇シンジ”になりきったレンと“惣流・アスカ・ラングレー”に成りきったリナは

互いに身を寄せ合い、瞳を覗き込んで御互いの思いを高めあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天気悪くなってきたな、そろそろ帰るか」

(走り足りないね、まだ)

「想ったより広いよね、この島」

(なんか似てるな、この配置)

 

一方のブリデン島

やはり遠乗りに出ていたシンジも、天候が崩れたのを感じた。

 

「森なんかも会って、海の空気以外も楽しめるのがイイかも」

(行ってみようかな。気分いいだろうし、でも雨降るか・・・・・・・)

 

天候を思ってしばし戸惑う

しかし、なぜか広がる森に心惹かれる。

 

「やっぱちょっと奥に行こう」

(森を見よう、もしかしたら・・・・・・)

 

森に行きたい

なぜかわからない衝動に身を任せ

シンジもまた島中央の森に向かうことにしたのだった。

そして、なにかに期待して

 

「そういえば、“碇シンジ”はこんな森に囲まれた湖でよく幼馴染達と遊んでたんだよな」

(こんなものでも思い出なのか・・・・いや違うな)

 

脳裏に幼い“シンジ”がアスカやマナ、トウジやヒカリといった友達と遊んでいるのが浮かぶ。

酷く苦く、しかし懐かしいような複雑な気持ちで、シンジは森に入っていった。

自分とは縁の無いはずの感情に戸惑うシンジ

 

そして雨が落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方のアスカ

 

「よく、アタシと“シンジ”は湖の中央の島で景色を眺めたのよね」

(森、やっぱり似てるわ。ここ)

「橋が両側からかかかって、湖の真中からの眺めがすごく良かった」

(似てるからこそ、ここ選んだんだから。この場所が戦略的に都合が良いなんてどうでもよかった)

 

とうとう降り出した雨に濡れるのもかまわず

アスカは濡れながら馬を操り、島の中央の盆地

そして森の中の湖に向かっていた。

やがて木々で覆われていた視界が開け、目の前に美しい湖が広がる。

湖の中央には小さな島があり、アスカは幼い頃遊んだ故郷の離宮、皇家の庭園を真似て橋を両側からかけていた。

 

「なんか懐かしいな・・・・・・・・ホントはここじゃないけど」

 

湖のほとり

大きな木の木陰、雨宿りには充分な場所に馬を繋ぐと、西側から橋を渡っていく

雨に濡れて水を含んだ服が、髪が肌や額に張り付く

次第に奪われて行く体温

しかし、なぜか気にならなかった。

いや、むしろ懐かしかった。

 

 

「そうそう、ちょうどこんな感じだったわね」

(なんか、思い出しそうなんだけど・・・・・・・・・・)

 

髪から秀麗な顔を伝って雫が落ちて行く

水面を、木製の橋の上を雨が叩く音があたりに響く

中央の島に着いたアスカはしばらく湖を眺めていた。

なにか頭にひっかかりながら

 

 

 

 

 

 

 

 

「『シンジ』との思い出、離宮裏の庭園の森、そして中央の湖で遊んだ」

 

エニシアン島の城地下

巨大な実験私設のあるドーム

光の柱に包まれたその中央でリナはレンと向かい合い演じる。

『アスカ』の役をこなすリナは、彼女の体の一部、一本の赤毛を媒介にしてアスカの記憶を引き出し

『アスカ』として思い出に浸る。

レンが演じる『シンジ』を見上げて

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでかな、ただの記憶、思い出の無い情報に過ぎないのに」

(どうしたんだ、私は・・・・・)

 

ブリデン島の碇シンジもわからない衝動と想いに縛られていた。

 

「なんでこんなに懐かしいんだろ」

(なんで、こんなに心惹かれるんだろう・・・・)

 

シンジは森の中央、湖の東側についた。

対岸にはすでにアスカが木陰に馬をつないでいたが、激しい雨にさえぎられシンジからは見えない。

シンジはやはり東の木陰に馬を繋ぐと、湖にかかる橋を渡り、中央の島を目指し出した。

 

「ほんとうに、何をしてるんだろう。関係無いのに、私には」

(嘗ての”碇シンジ”の真似をして、足跡をたどってなんになる・・・・・)

 

シンジは東側の橋の上で立ち止まる。

低くたちこめた雲を見上げ、降り注ぐ雨を顔に受け

そしてふたたび中央の島を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

中央の島

そこに正八角形の屋根と床のある、あはりどこか日ノ本を思わせる御堂が建っていて

ほとんど壁の無い、細い柱に囲まれた瓦屋根のその場所にアスカがいるのも

何故かシンジは気がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「『アスカ』との思い出、湖の中央の島からよく眺めた。幼馴染のみんなと広がる景色を」

 

レンは嘗ての自分の似姿、”碇シンジ”を演じる

多少の愁いをその紅の瞳にのせて

本物の懐かしさを、嘗ての想いを一年ぶりにその心に浮かべて

『アスカ』を演じるリナを優しく、哀しく見つめた。

その複雑な想いは実験に使っている“碇シンジ”の髪の毛を媒介に彼に伝わって行く

 

碇シンジと惣流・アスカ・ラングレー

レンとリナ

エニシアン島の地下ドームとブリデン島の湖

遠く離れた彼女達の想いが絡み合い、相互に干渉しあう。

 

しかし、シンジとアスカは気付かない。

ドームに集まり高めれられた魔力がブリデン島のアスカや”シンジ”の心だけでなく空間にまで作用し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、惣流さん」

「・・・・・・・アンタ、どうしてここにいるの?」

「いえ、ちょっと遠乗りに来て」

 

湖の中央の島

その御堂でアスカとシンジは出くわした。

シンジは予想もしなかった人物にあって多少あせり始める。

しかも何故か心に思い浮かべていた相手だ

一方のアスカは笑っている。

なぜか笑っている。

 

「アタシもよ」

「そうですか・・・・・・そういえば、よく昔遠乗りに来ましたね」

「何言ってるの?」

「いえ、だからよく霧島の嫡男や洞木のおさんとか・・・・・・・・・あ!?」

 

己の失言に口を押さえるシンジ

しかし言葉は口をすでに離れている。

 

「・・・・・・・なんでアンタが知ってるのよ、そんなこと」

「いえ、それは、その・・・・・」

「しかも、それが当然みたいに、まるで実際自分がそこにいたかのように」

「・・・・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・」

「だいたい、アンタ何者?アイツそっくりな顔して、性格までどこかにてて・・・・・」

「う・・・・」

「陛下にはアッサリ皇太子”碇シンジ”として認められる」

「あの・・・・・それは」

「おまけにアイツやアタシ達幼馴染しか知らないはずのことを知ってる」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

見た目酷く冷静にシンジを問い詰めるアスカ

しかし、内心では複雑な心が嵐のように渦巻く

そして何時もと違い、露骨にあせりシドロモドロになるシンジ

何かが違う状況だった。

 

「黙ってても判らないわ。さっさと吐きなさいよ」

「そう言われましても」

「それともアンタがアイツとおんなじ顔してるのも、さっきみたいなこと知ってるのも、仕草まで似てるのも」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ついでに”あの”レンと係わり合いが深そうなのも、みんな関係無いとでも言うつもり?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「どうなの?」

 

静かに、しかし強い意思を込めてアスカはシンジを見つめ

シンジはその瞳から目をそらせず、次第に逃れられなくなる。

アスカ自身は自分がなぜこうも拘るのかわからないが

しかしここでで逃がして成るものかと食いついていた。

 

「・・・・・・・・・・・確かに、私とレン、そして嘗ての“碇シンジ”には深い関係があります」

「へぇ?」

「そして私はあなた達のことを、惣流さんのことをよく知っています」

 

何故自分は彼女相手にこんなこと話してるのだろう?

何故アタシはこんな奴相手にムキになって問い詰めてるんだろう?

“碇シンジ”とアスカの二人は心の奥から沸きあがってくるような衝動に任せて行動しつつも

それが何故なのかどうにも判らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「運命素粒子レベル、第二段階規定レベル突破」

「第3段階ニ入リマス」

「素粒子ハ引キ続キ安定」

 

装置の稼動は今のところ順調で

様々な音が暗闇の中から聞こえ、そして光が見えてくる。

 

「なんかわからないけど、上手く行ってるわね」

「ええ・・・・・・・・・・でも何故?」

「結局あの二人、御互い気にしてたのかしら」

「上手く行ってるのは良いけど、やっぱり不愉快なの」

「そうね」

「『シンジ』・・・・・・・」

「『アスカ』・・・・・・・・・・」

 

(しかも、レン様は今も”碇シンジ”として、アスカを気にしてる?)

 

自分の予想はマナを苛立たせた。

 

ドーム中央

ドームの装置と多層魔方陣が織り成す場で、レンとリナは“碇シンジ”と“惣流・アスカ・ラングレー”の役になりきって互いを抱きしめ

レンはリナの瑠璃色の髪に顔をうずめている。

どうもドーム中央に写るブリデン島に実際いるアスカとシンジとは様相が違うが

しかし確実に影響は与えているようだった。

レイとマナにとってどれだけ不快でも

 

 

 

 

 

 

 

ピシャッ!

ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

雨脚が強まり、さらに雷が鳴り出す。

 

「参りましたね。雷ですか・・・・・・・・・・馬が逃げないといいですけど」

「・・そ・・・そんなに気になるなら・・・・み、見に行けば・・・・・・」

「そんな青い顔した惣流さんを置いて行けませんよ」

「な、なんですって!?大きなおせ、」

 

バーーーーーン!!

バキバキバキ・・・・・・・・

バチバチバチバチ・・・・・・・・・・

 

「キャッ!」

「ツッ!」

 

突然目の前を覆った閃光にアスカは思わず悲鳴を上げ

そしてシンジは咄嗟にアスカの頭を抱き、覆い被さるようにして庇う。

湖には中央以外に幾つか島がある

その比較的近いものにあった楠の木に雷が落ち、真っ二つに引き裂かれ燃え始めていた。

 

「な、な、な・・・・・・・・・・」

「大丈夫ですか?」

「アンタ!何してるの、キャァ!!!」

 

バーーーーーン!!

 

さらにこれでもかというほど、近くの島の木々に雷が落ちていく

そのたびにアスカは身を震わせ、シンジの腕の中で小さくなる

 

「よくそんなことで、あのレイと名乗る巨狼が島全体に雷を落としたとき指揮できましたね」

「あ、アタシが、雷ぐらい、で、責任放棄するわけないじゃ、ない!!」

「こんなに恐がってるのに?」

「し、仕事があるときは、大丈夫なのよ!!!」

「器用ですね」

 

雨に濡れたアスカの服ごしに伝わる彼女の体温

何時もの勝気で自身過剰な彼女で無い、小さくなって自分の腕の中で震える彼女

シンジは己の中の知らない想いがさらに激しくなるのを感じた。

 

(なんか、これも懐かしい・・・・・・・・・・何故?こんなこと、“前”にあった?)

(あ、前もこうだった・・・・・・・・・・)

 

記憶しかない“碇シンジ”

そしてアスカが以前の同じような状況を思い出す。

 

 

 

 

 

 

「『アスカ』は”以前”もこうだったよね、ホントは雷が凄く恐いのに、みんなの手前で強がって見せて」

「う、うるさいわね」

「それでもう雨が降ってて、遠くで雷も鳴ってたのに湖の中央に行くってきかなくて」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「それで、みんな恐がって行きたがらなかったから、ボクだけ無理やり連れ出した」

「ふ、フン!」

「雨でずぶ濡れになるし、みんなの目が無くなった途端『アスカ』は震え出すし・・・・・・・」

「五月蝿いの、『シンジ』!!」

 

小さく蹲って震える『アスカ』を演じるリナは多少越えを震わせながら反論し

そして『シンジ』を演じるレンがその頭を胸に抱き、語り掛ける。

 

 

 

「運命素粒子、第3段階クリア」

「目標値到達」

「状況安定」

 

ステージはよいよくクライマックスに近づいている。

ゴーレム達の動きもあわただしかった。

 

「なんか妙な気分ね」

「ええ・・・・・」

「完全に成りきってるわ。二人とも」

「レンはそれほど難しいことじゃないの・・・・・・ところで、何を握ってるの?」

「あ、これ?あのリナとかいうバアさんが持ってろって・・・・・・なんか光ってるわね」

 

小さな円錐型の赤い石

リナから渡されたそれが、いつのまにか光だし

半ば熱を帯び始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・どうすればいいんでしょう・・・・・・」

 

占いや予測で狼なレイの襲撃を予測しばしめて以来

すぐにでも呼び出せるようにと、アスカの屋敷に部屋を与えられたマユミ

彼女はシンジの突然の誘いに戸惑っていた。

 

『私とともに着てほしい』

 

彼に付いて行きたい。

彼の役に立ちたい。

しかし・・・・・・・・・・・

 

「私が付いて行って大丈夫なんでしょうか?」

 

蝋燭の火がともった燭台がおかれたテーブルにタロットカードを並べながら

しかし占いにすらマルで集中せず、シンジの部屋でのことを想いだし悩むマユミ

 

『是非とも私達の艦隊に来て欲しい。だめかな?』

「ぜんぜんこちらの気持ちにも気付かない、鈍い人ですし・・・・・・・・・」

はぁ・・・・・・・・

 

並び終えたタロットカードを見ながら溜息をつく

それでも、気を取り直してカードを捲ろうとした。

そのとき

 

「キャッ!」

 

胸元、ずっと持ちつづけていたペンダントの赤い石が強く光った。

目の前が真っ白になる。

そして!

 

 

 

 

 

 

 

「キャッ!」

「・・・・・・!」

 

マナの手の中でマユミの物に似たペンダントについた赤い石

その石が強く光ったと想うと粉々に弾ける。

とっさに目を庇うマナとレイ

そして、目を開けたとき

 

「ななななななっ!」

「レンッ!!」

 

『シンジ』を演じるレンが『アスカ』を演じるリナに口付けをしていた。

『アスカ』に成りきったリナは呆然としていて、頭の中は唇に触れる『シンジ』になりきったレンの唇の感触で一杯で

そしてレンが離れた後も呆然としていた。

 

「『アスカ』は、あの時もこうやって口付けしたら落ち着いたよね」

「な、な、な、な・・・・・・・・・・・・・」

 

雷とは別のおそれから震え出す『アスカ』に成りきったリナ

 

「なにすんのよっ!!!!」

「なにすんのよっ!!!!」

 

エニシアン島のドーム

そしてブリデン島の湖の島

そこで、“シンジ”はアスカに頬を叩かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

マユミは旧にまばゆいまでに輝いたペンダントを握り締め、呆然としていた。

白一色になった視界の向こうに見えたビジョン

 

「・・・・・・・そうですよね、これが当然なんですよね・・・・・・・・・」

 

稲光に照らされた二人の男女のシルエットが重なる、

雨に濡れたシンジとアスカが抱き合い

口付けをしていた。

 

マユミは何時までもその場にとどまり、俯いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、アンタ、今度のこと絶対誰にも言っちゃだめなんだからね!!」

「惣流さんが雷が恐いことですか?」

「ち、違うわよ、そうじゃなくて・・・・・・・・・」

「じゃぁ、キスのことですね」

「・・・・・・・・・・!!!!!!! と、とにかく絶対黙ってなさいよ。しゃべったら殺すからね」

「ハイハイ、二人だけの秘密ですね」

「!!!!!!!!!!!!!」

 

雨が上がり、雲の間から晴れ間が覗き始める

気になっていた馬も逃げ出したものの、すぐに戻ってきて

着替えも無い二人は、濡れたまま馬を駆って森を出た。

 

碇シンジは終始上機嫌で

アスカは真っ赤になっていつまでも怒鳴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「機能ダウン、機能ダウン」

「素粒子コントロール、安定シマセン」

「粒子発生装置、停止シマス」

「運命改変作業停止、システムチャック、システムチェック・・・・・・」

 

下のほう

暗闇の中でひばなが圧らこちら得飛び散り

あるいは爆発まで起こっている。

そんな中をなんとか無事すんだゴーレム達が復旧のため動き回っているのがかすかに見える。

 

「あらら、やっぱり壊れちゃったか」

 

予想通りのことでもあってリナはまったくあせる様子も無い。

 

「しかし、これで問題点がわかりますね」

「とりあえず、機能したしね」

「修理と改良を頼みます」

「わかったわ。そして、これで上手くいったわ」

「・・・・・・・・ボクは痛いかな・・・・・・・・・」

「まぁ、勲章だと想って♪」

「誰が?何を・・・・・」

「まぁまぁ、ゴメンね。なんかアスカちゃんよっぽど恥ずかしかったのか動転してたのか?すごい衝動が伝わってきたのよ」

「まぁ、いいですけどね」

「大丈夫ですか?レン様、リナ!!アナタレン様に!!!!」

「御仕置きが必要?そう罰がいるの・・・・・・・」

 

自分を取り戻したリナと頬を晴らしたレン

そして不機嫌そのもので駆け寄ったマナとレイがドーム中央に並ぶ

四人は感情と浮かべる表情は違うが、そろって中空に映し出された二つの幻影を見ていた。

一つは馬で帰るシンジとアスカ

もう一つは部屋で俯くマユミを

 

「リナ、アナタ私達を使ってあのマユミって子に見せたんですね。イミテーションのペンダントと石を利用して」

「そうよ。上手くいったでしょう?面白かったでしょう?」

「でも、レン様の頬をひっぱたいたのは許せない!!」

「御仕置きなの・・・・・・」

 

マナとレンは上機嫌な様子のリナに詰め寄る。

 

バタンッ!

「きゃっ!?」

 

そしてリナを押し倒し、二人ががりで体を押さえ込む。

 

「ちょっとアナタ達、なんで顔を近づけてくるのよ」

「こんなシュチエーションのレン様の唇はどんな感触でした?」

「知りたいの、教えて・・・・・」

「や、やめて、アンタ達はかわいいけど、私襲われるのは嫌いなの・・・・ちょ、ちょっとっ!?」

「「問答無用」」

「たすけてぇ〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

リナにレイとマナが飛びかかる

そんな3人を横目で

 

 

「さてと、ちょと出かけてくる。二人とも程ほどにね」

「判っています」

「大丈夫なの」

「ちょっと見てないで出す毛手欲しいんだけど・・・・・・」

「まぁ、しっかり二人の相手をしてあげてください、“ご先祖様”」

「その呼び方・・・・・・やめないといつかヒドイ目にあわすわよ・・・・・・・」

「わかりましたよ、リナ」

 

自分達より背の高いリナを左右からがっちり拘束してドームを出て行くレイとマナ

そしてレンもまた、ドームをでた。

そして長い階段を上がった後、レイとマナそして拘束されたリナと分かれ

レンは再び黒曜の間に向かっていた。

常とは違う輝きを見せる紅蓮の瞳で正面を見据えながら



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