最も危険なゲーム

その予兆は確かにあった。
朝。江利子直伝のタイ結びが何度やってもうまくいかなかった。
昼休み。聖にしかなついていないゴロンタが何故か擦り寄ってきた。
まだ他にもあるのだが、それを含めても最たるものがこの2つ。普段起こる可能性がほとんどないことが重なって起こるなんて、何かあるに違いない。
そんなことを考えながら、蓉子は薔薇の館2階、サロン兼会議室の扉を開けた。
中には2色の薔薇さま。現在、蓉子の頭を悩ませている張本人たちだ。
「ごきえんよう、蓉子。」
「ごきげんよう、まだ私たちしか来てないよ〜。」
どちらもいつも通りの反応なのに、どこか違うように感じられる。これも自分の中にある嫌な予感のせいなのだろうか。
「ごきげんよう。祥子は用事、令は部活、志摩子は委員会、由乃ちゃんは定期健診、祐巳ちゃんは風邪で欠席、ということだから、今日は他には誰も来ないわ。」
一息で言ってしまうと、あからさまにがっかりする薔薇が二輪。十中八九、内弁慶の孫と孫代わりの子狸で遊ぶつもりだったのだ。
「今日は、特に仕事も、話し合うこともないし・・・私たちも帰らない?」
『却下。』
蓉子の提案は、江利子と聖によって一瞬で切り捨てられた。少しくらい考えてくれてもいいだろうに。
「たまには私たちだけで、お茶でも飲もうよ。」
聖の言葉はただお茶に誘っているように聞こえるが、こちらに拒否権は全くない。蓉子はここまで来て、ようやく自らの運命を受け入れた。今日だって本当は、用事があるとでも誰かに伝えてもらって、さっさと帰宅するつもりだったのだ。祥子だけならともかく、一年生も二年生もみんな、私に欠席理由を言いに来た。ここまで重なると、もうマリア様の思し召しとして諦めるしかないではないか。
「これから先は、ここに来ることも少なくなるのね・・・。」
「仕方ないわよ。そろそろ受験勉強に本腰を入れないといけないし、いつまでも私たちがいると、祥子たちもいろいろとやりにくいでしょう。」
「これが楽隠居ってやつですか。」
少し可笑しくなって、三人で笑った。それからしばらく、他愛のない話をして過ごし、そろそろ帰ろうかというところになって、突然江利子が声を上げた。
「あっ・・・!」
突然の出来事に、聖は固まり、蓉子は今まで鳴りをひそめていた嫌な予感を再び感じ出した。
「三学期って私たちはほとんど自由登校よね?」
驚かしてくれた割には普通の内容。だが、頭の中では警鐘が鳴り響いている。
「ええ、そうだけれど・・・。」
「ねぇ、蓉子、聖。期末テスト、勝負しましょう。」
「えっ・・・」
「面白そうだね、罰ゲームとかは有り?」
予感的中。しかもどんどん悪いほうへと話が進んでいる。
「負けた人が勝った人の言うことをなんでも一つ聞く。・・・蓉子。今更何を言っても覆りはしないわよ。じゃあ、聖。後はよろしく、ごきげんよう。」
そう言って機嫌よく立ち去る、江利子。幻聴だろうか、鼻歌まで聞こえた気がした。
「あとはよろしくって言われてもね・・・蓉子、大丈夫?」
大丈夫なわけがない。今年度の三色の薔薇はほぼ常に学年でトップファイブに入っている。蓉子は今まで二人にも負けたことはなかった。だが、今回は別物だ。聖には失礼だが、問題は江利子。江利子がやる気になった場合、どうなるのか六年の付き合いでも全く想像がつかないのだ。更には罰ゲーム!江利子にだけは負けるわけにはいかない。
「あなたが江利子に提案に乗りさえしなければ・・・どんな罰ゲームをやらされるかわからないって言うのに・・・。」
「おや、珍しい。蓉子が弱気だなんて。蓉子だってわかってるでしょ?ああなった江利子は止められないって。要は勝てばいいんでしょ。」
その通りだが、言うは易く行うは難し、という言葉がある。
「弱気になってるわけじゃないわよ。・・・あと二週間あるし、絶対負けられないわ。聖、帰りましょう。」

二週間経過して。
三人が三人とも負けるわけにはいかないとでも考えていたのだろう。結果として、一・二年の間で話題になっている本のタイトルすらテスト最終日まで知らなかった。私と江利子は妹からそれとなく教えられてはいたのだが・・・人間は一つのことに執着すると周りが見えなくなるらしい。
例の勝負の結果だが。
かろうじて私は負けなかった。順位で並べると一番が私。二番が江利子。三番が聖。どれも僅差。総合得点で言っても私と聖の差は10点もなかった。
「少しの差だったのに・・・。仕方ないわ。蓉子、私たちの罰ゲームは何?」
いばらの森騒動があらかた収まった二学期の終業式。一足先に妹たちを家に帰して三人になったところで、江利子が唐突に言った。
「私も気になる。何すればいいの?」
正直言うと、罰ゲームなど全く考えていなかったのだ。
「罰ゲームというより、お願いになるけど・・・いいかしら?」
「それは勝者の意のままに。」
冗談めかして聖が答える。江利子も横で頷いている。
「じゃあ、言うわね。これからは、お願いだから騒ぎを起こさないで。」
二人揃って『え?』っていう表情。無理もない。
「よくわからないけど、それが罰ゲームね?」
「ええ。高校最後の三ヶ月くらいは、大人しく過ごしたいじゃない。」
「そういうことですか、了解。努力しましょう。」
帰り道、ふと気になることを思い出して、思い切って尋ねてみた。
「江利子、罰ゲーム何にするつもりだったの?」
「私には聞かないの?」
不満そうな聖。聞くものですか、大方私の孫へのセクハラの容認といったところでしょう。まあ、今までも容認していたといえばしていたのだが。
「蓉子、本当に知りたい?」
あたりは薄暗いというのに、にっこり笑った江利子の表情ははっきりを見えた。
人間知らないほうがいいことも存在する。そう勝手に解釈して私は首を横に振った。
実際にやらなくてよかったのだから、無理に知ることはない。
普段から得体の知れない江利子の危険な罰ゲームなどは特に。
 
 
黄薔薇放送局 番外編

江利子「ぱんぱかぱ〜ん、罰ゲームの時間がやってきました!」
蓉子 「は?」
江利子「いやね、罰ゲームよ、罰ゲーム」
蓉子 「あなた負けたじゃない。それどころか努力すると言った途端にこれ?」
江利子「いやね、そう言ったのは『上の江利子』、私は『ここの江利子』よ」
蓉子 「また訳の分からないことを…… そうだとしてもあなたは関係ないじゃない」
江利子「実は密かに参加していたのでしたー♪」
蓉子 「(ため息)」
江利子「で、点数はあなたよりも1点上。というわけで罰ゲーム!」
蓉子 「勝手に言っていなさい。私は帰るわよ」
江利子「そんなこと言って良いのかしら? あなたの夢が叶うかもしれないのよ」
蓉子 「……どういうことよ?」
江利子「(ニヤリ)こういう事よ……(ゴニョゴニョ)」
蓉子 「……そんな! 無理よ!(真っ赤)」
江利子「大丈夫だって! そんな蓉子を見たらみんな……」
蓉子 「でも……」
江利子「あぁ、薔薇の館が庶民的になり、人でにぎわう様子が目に浮かぶようだわ……」
蓉子 「やってみる……(真っ赤っか)」
江利子「♪〜♪」

……
……

祐巳 「……それでそんなことになったんですよ」
祥子 「そう、祐巳も大変だったわね」
祐巳 「い、いえ、そんな私は(扉を開けて止まる)」
祥子 「祐巳、どうしたの?(中を覗いて固まる)」
聖  「(石になっている二人を見て)あっれーどうしたの、二人とも(石)」
志摩子「お姉さまに祐巳さん、祥子さままで…… どうなされた……(固)」
由乃 「令ちゃん、なんでみんなあそこにいるんだろうね?」
令  「本当、どうしたんだろ? ねぇ、何かあっ……」
由乃 「令ちゃん? もう、何があったっていうのよぅ(のぞき込んで……)」

その日、薔薇の館には六体の石像ができたという。



乃梨子「……一体、蓉子さまに何を言われたのですか?」
江利子「(まだ笑いが止まらない)私はね、
	『薔薇の館に人が来ないのはあなたの隙のなさに原因があるのよ。
	 隙のある格好さえしてみれば、もう人もわんさか来ること請け合い!』
	っていったわけよ。そしたら蓉子が信じてああなった、と(机を叩いて笑い続ける)」
乃梨子「はぁ、蓉子さま、ご愁傷様でした。
	素敵な作品を投稿してくださった白藍さまに是非感想を」


江利子「それではごきげんよう〜。乃梨子ちゃん、その時の写真があるのだけど見る?」
乃梨子「ごきげんよう。……お願いします
あとがき

ごきげんよう、白藍です。
いつの間にか三作目の投稿となりました。
書いている私自身、江利子さまの罰ゲームだけは想像がつきませんでした。ただ漠然と、とんでもないことをやらされるのだろうな、とは思いましたが。
江利子さまは蓉子さまからの罰ゲーム守れてません。黄薔薇まっしぐらがありますから(笑)
感想・批評とともに江利子さまの罰ゲームも思いついた方は送っていただけると、嬉しいです。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。