超人機エヴァンゲリオン

第6話

決戦、第三新東京市

 「うわあああーっ!!!!!!!」
 シンジの絶叫が発令所に響き渡った。
 「戻してっ!早くっ!」
 ミサトの絶叫と共に、胸を焼かれながら地下に収容されるEVA初号機。すると[使徒]の加粒子砲の光線もそれを追うように下がり、地上に爆発を引き起こした。
 「目標、沈黙!」
 「シンジくんはっ!?」
 ミサトは日向の座る椅子に手をかけ詰め寄って訊く。
 「生きています!」
 『EVA初号機回収。第七ケージへ。』
 「ケージに行くわ!あと、よろしくっ!」
 ミサトはエレベーターに乗り込み発令所を離れた。

 『EVA初号機、固定完了。』
 プラグ内のシンジは気絶しており、身動き一つしない。
 「パイロット脳波乱れています!心音微弱!いえっ、停止しました!!」
 「生命維持システム最大。心臓マッサージを。」
 「はいっ!」
 リツコの指示でプラグ・スーツの電気ショック装置が作動し、シンジの身体が跳ねる。
 だがシンジの鼓動は回復しない。
 「もう一度!」
 もう一回、シンジの身体が跳ねた。
 「パルス確認!」
 「プラグの強制排除、急いで。」
 「はいっ!」
 「LCL緊急排水。」
 エントリー・プラグに小さな穴が数箇所開き、熱せられたLCLが勢いよく噴出された。

 「いいからハッチを開けて、早くっ!」
 まだケージに向かっている途中のミサトがもどかし気にエレベーターの中から内線で指示を出した。
 ようやく到着したミサトの目の前で、エントリー・プラグのハッチが開かれると充満した蒸気が外に溢れ出した。そして、クレーンによりシンジの乗る座席だけが外され運ばれて行く。
 「シンジくん…。」
 シンジは緊急搬送ベッドに固定され、運ばれていく。ミサトは心配そうにシンジを見守りながら付き添うが、シンジが緊急処置室に入ると扉が閉ざされてしまい、赤いランプを見上げるしかなかった。

 [使徒]は第三新東京市の上空で停止し、下部からドリルの様な物を突出させ地面に突き立てた。既に住民は避難しており、静かな街中にドリルが回る音だけが響く。

 湖上を[使徒]に攻撃された筈のEVA初号機が浮きながら進んでいく。と、思ったら、それはモーターボートに誘導された1/1サイズのバルーン・ダミーだった。よくそんなものを準備していたものだ。こんな事もあろうかと、と誰かが言っているかもしれない。
 ダミーが接近しても、[使徒]の反応は何も無い。だが、ダミーが銃を構えた途端、[使徒]から光線が放たれた。
 『敵、加粒子砲命中。ダミー蒸発。』
 「次。」

 [使徒]から随分と離れた位置にあるトンネルから独12式自走臼砲が現れ、[使徒]に向けレーザーで攻撃した。
 だが、そのレーザーは[使徒]の目前であっさりとATフィールドに弾き飛ばされ、逆に[使徒]の光線を受けて破壊された。
 『自走臼砲消滅。』
 「…なるほどね。」
 ミサトの険しい顔が、これで敵の正体はわかったという自信に溢れた笑みに変わった。

 <ネルフ本部作戦課・第2分析室> 
 『これまで採取したデータによりますと、目標は一定範囲内の外敵を自動排除するものと推測されます。』
 「エリア侵入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち。EVAによる近接戦闘は危険すぎますね。」
 報告される現状に対してミサトの副官・日向は自分の意見を具申する。
 「ATフィールドはどう?」
 ミサトはどこか余裕があるのか、考え込んでいるのか、指の上でペンを滑らせて回している。
 『健在です。相転移空間を肉眼で確認出来る程、強力な物が展開されています。』
 「誘導火砲・爆撃等の生半可な攻撃では泣きを見るだけですね、こりゃ。」
 「攻守ともにほぼパーペキ。まさに空中要塞ね…。で、問題のドリルは?」
 『現在、目標は我々の直上、第三新東京市0エリアに侵攻。直径17.5mの巨大ドリルがジオフロント内のネルフ本部に向かい、穿孔中です。』
 「敵はここ、ネルフ本部へ直接攻撃を仕掛けるつもりですね。」
 「しゃらくさい!…で、到達予想時刻は?」
 『明朝、午前00時06分54秒。その時刻には22層、全ての装甲防御を貫通して、ネルフ本部へ到達するものと思われます。』
 ミサトはシミュレーション・モニターの時計を見た。
 「あと10時間足らずか…。」

 順調に掘り進んでいた[使徒]のドリルの動きが鈍った。

 『敵ドリル、第1装甲板に接触。』
 「で、こちらのEVA初号機の状況は?」

 <ネルフ本部内・第7ケージ>
 「胸部第3装甲板まで見事に融解。機能中枢をやられなかったのは、不幸中の幸いだわ。」
 EVA初号機の胸部装甲板の取り外し作業をコーヒー片手に眺めているリツコ。
 「あと3秒照射されていたらアウトでしたけど…。」
 リツコの隣でマヤが初号機の破損データを見ながら、リツコの言葉をフォローする。
 『三時間後には換装作業、終了予定です。』
 『零号機は?』
 「再起動に問題は無いわ。ただ、フィード・バックにまだ誤差が残ってるの。」
 『実戦はまだ無理か…。』

 <ネルフ本部作戦課・第2分析室>
 「初号機専属パイロットの様態は?」

 <ネルフ本部内中央病院緊急処置室>
 「身体に異常はありません。神経パルスが0.8上昇していますが許容範囲内です。」
 緊急処置室のモニターにカプセルの中で眠るシンジが映っている。

 <ネルフ本部作戦課・第2分析室>
 『敵、ドリル到達まで、あと9時間55分。』
 「状況は芳しくないわね。」
 「白旗でも上げますか?」
 「その前にチョッチ…やってみたい事があるの。」
 直立不動で冗談をかます日向。が、右手を顎に当て不敵な笑みを隠す感じのミサトは、ゲンドウのニヤリ笑いに引けを取らない怖さ。この上司にしてこの部下あり、という事か。

 <ネルフ総司令官公務室>
 「目標のレンジ外、超長距離からの直接射撃かね?」
 「そうです。目標のATフィールドを中和せず、高エネルギー収束帯による一点突破しか方法はありません。」
 ミサトは自信満々な表情を浮かべている。
 「MAGIはどう言っている?」
 「スーパー・コンピューターMAGIによる回答は、賛成2、条件付き賛成1でした。」
 「勝算は8.7%か…。」
 「最も高い数値です。」
 「反対する理由は何も無い。存分にやりたまえ、葛城一尉。」
 ゲンドウはいつものポーズで了承した。
 「はい。」

 <ネルフ本部・エヴァンゲリオン武器庫>
 「しかし、また無茶な作戦を立てたものね。葛城作戦部長さん。」
 「無茶とはまた失礼ね。残り9時間以内で実現可能、おまけに最も確実なものよ?」
 呆れた言い様のリツコに心外なとばかりに反論するミサト。
 「これがね…。でも、うちのポジトロン・ライフルじゃ、そんな大出力は耐えられないわよ?どうするの?」
 「決まってるでしょ、借りるのよ。」
 「借りるって…まさか…。」
 眉をひそめるリツコ。
 「そ、戦自研のプロト・タイプ。」

 <戦略自衛隊新筑波技術研究本部・第4待機格納庫>
 「以上の理由により、この自走陽電子砲(ポジトロン・ライフル)は本日15時より特務機関ネルフが徴発します。」
 「かと言って…しかし、そんな無茶な…。」
 「可能な限り、原型を留めて返却するよう努めますので。」
 書類を突きつけ、渋る戦自の技術者達を無視して話をドンドン進めるミサト。
 「では、ご協力感謝致します。いいわよ〜、レイ!」
 と、格納庫の天井が開き、EVA零号機が顔を出した。
 「精密機械だから、そうっとね。」
 「しかし、ATフィールドをも貫く、エネルギー算出量は最低1億8千万キロワット。それだけの大電力をどこから集めてくるんですか?」
 「決まってるじゃない。日本中よ♪」
 日向の尤もな質問に楽しそうな笑顔で応えるミサト。

 <日本各地>
 『ここで、臨時ニュースを申し上げます。本日、午後11時30分より明日未明にかけて全国で大規模な停電があります。皆様のご協力をよろしくお願い致します。
 繰り返しお伝え致します。本日、午後11時30分より明日未明にかけて全国で大規模な停電があります。皆様のご協力をよろしくお願い致します。』
 そのニュースはあらゆる手段、メディアを通じ、日本全国各地に伝えられた。

 <ネルフ本部・総合作戦司令室発令所>
 『敵ドリル、第7装甲板を突破。』
 「エネルギー・システムの見通しは?」

 <神奈川県新小田原市>
 「現在、予定より3.2%遅れていますが、本日23時10分には何とか出来ます。」
 国道を利用して幾つもの赤と青の配線が、ある山を目指し延ばされてゆく。

 <ネルフ本部・総合作戦司令室発令所>
 「ポジトロン・ライフルはどう?」

 <ネルフ本部・技術局第3課電磁光波火器担当>
 「技術開発部第3課の意地にかけても、あと3時間で形にしてみせますよ!」
 EVA零号機によって運ばれたポジトロン・ライフルの部品が技術員達によってドンドン組み上げられてゆく。

 <ネルフ本部・総合作戦司令室発令所>
 「防御手段は?」

 <ネルフ本部・第8格納庫>
 「それは、もう盾で防ぐしかないわね。」
 「これが…盾ですか?」
 リツコの言葉に、目の前にある物体を疑問視するマヤ。
 「そう。SSTOのお下がり…見た目は酷くとも、元々底部は超電磁コーティングされている機種だし、あの攻撃にも17秒は保つわ。2課の保証付きよ。」

 <ネルフ本部・総合作戦司令室発令所>
 「結構。狙撃地点は?」
 ミサトは脇にいる日向のモニターに映る地図に顔を近づけた。
 「目標との距離、地形、手頃な変電設備を考えるとやはりココです。」
 「ん〜。確かにイケるわね。」
 モニターから顔をあげてミサトは宣言した。
 「狙撃地点は二子山山頂。作戦開始時刻は明朝0時。以後、本作戦を『オペレーション・ゴルゴ』と呼称します!」
 「了解!」
 (あとはパイロットの問題ね…。)
 舞台と小道具は揃ったが、一番重要な役者に不安を抱いてるミサトだった。

 <緊急処置室>
 計器のパラメータが全て安全域に達した。少しして、シンジの意識が覚醒した。

 <第7ケージ直轄制御室>
 「シンジくんの意識が戻ったそうよ。」
 「そう。」
 コーヒー片手にリツコがミサトに告げた。
 「でも彼、もう一度乗るかしら?」
 「…二子山決戦急いで!!」
 リツコの問い掛けを無視し、自分自身を誤魔化す様に激を飛ばすミサト。

 <中央病院・第3外科病棟>
 回復したシンジは既に緊急処置室から病室に移され、眠っていた。
 夕日が射し込むその病室に誰かがワゴンを押して入ってきた。
 それに気付いたかのように、目を開けるシンジ。
 「………綾波………。」
 レイはスカートのポケットから手帳を取り出した。
 「明日、午前0時から開始される作戦のスケジュールを伝えるわ。
  碇・綾波の両パイロットは本日20時30分にケージに集合。
  21時00分エヴァンゲリオン初号機及び零号機起動。
  21時05分出動。
  21時30分二子山仮設基地に到着。
  以後、別命あるまで待機。
  明朝日付変更と同時に作戦行動開始。」
 それだけ言うと、レイはワゴンの下から密封された真新しいプラグ・スーツを出してシンジの上に放った。
 「新しいスーツよ。それと、食事…。」
 「何も食べたくない…。」
 レイの言葉が最後まで終わらないうちにシンジは呟いていた。
 「…僕は嫌だ…またあれに乗るなんて…。」
 シンジは胸を押さえて俯いた。
 「あんな怖い想い…二度と御免だ…。」
 「…じゃあ、寝てたら?」
 レイはシンジを突き放すように言った。
 「寝てたら…って…。」
 「初号機には私が乗る。赤城博士が、パーソナル・データの書き換え準備をしてるもの。」
 「リツコさんが!?」
 シンジは驚いた。
 「食事…ちゃんと食べてね。」
 レイはそう言い残してドアへ歩み寄る。
 「綾波…。」
 「…サヨナラ。」
 シンジの呼び掛けに答えもせず、一方的に別れの言葉を言ってレイはシンジの病室から出て行った。
 “どうして…初号機は、僕しか乗れなかったんじゃ…。”
 レイはシンジが乗らないなら自分が乗ると言った。その表情に不安の欠片さえなかった。という事は、レイでもEVA初号機を操縦できるという事だ。
 “…何だよ…僕にしかできないとか言っておきながら、やっぱり誰でもいいんじゃないか…。”
 EVAの秘密を知らないシンジがそのように思うのも無理無かった。
 “もう…EVAの事なんか知るもんか!”

 <第7ケージ直轄制御室>
 かかってきた電話を受けたリツコの表情が変わった。
 「ミサト…シンジくんがいないそうよ。」
 「何ですってぇ!?」
 ミサトは驚きのあまり立ち上がって椅子を引っ繰り返した。
 「レイが食事を運んだ時は居たそうだけど…。」
 「あいつめぇ〜。」
 ミサトの不安が的中した。
 「どうするの?防御が無くなる分、勝算は低くなるわよ。」
 「まだ時間はあるわ!諜報部に連絡して!大至急、シンジくんを探すのよ!首に縄引っ掛けても連れてくるの!」
 「は、はい!」
 日向がミサトの剣幕にビビりながらも連絡を開始した。

 <第三新東京市・某所>
 「あのボーリング・ドリルはどうなってるのかしら?どう考えても本体より長いわよね。オッパイ・ミサイルみたい。」
 クミは避難もせず、いつものようにバイクに乗ってオペラグラスで[使徒]を観察していた。
 「弱点というか、攻撃するなら上か下よね。何で攻撃しないのかしら?後の先って言葉を知らないのかな?葛城さんは…。」
 [使徒]は本体中央の黒いスリット部から加粒子砲を放つ。つまり上と下には撃てないのだ。
 しかも、直接攻撃の為にドリルを地面に突き刺している今なら、[使徒]は身動きが取れないだろう。攻撃するには今が絶好のチャンスだとクミは思うのだが…。
 「あれ?」
 ふと[使徒]から目を離したクミは、意外な人物が地上に居るのを目撃した。すぐにバイクをスタートさせてその人物の元へ向かうクミ。
 自動販売機でジュースを買っていたその人物は、背後にバイクが止まる音を聞いて振り向いた。
 「…真辺先輩…何してるんですか?今はシェルターで待機の時間じゃ…。」
 「シンジくんこそ、こんなトコで何やってんの?エヴァンゲリオンのパイロットでしょ。」
 すると、シンジは俯いてしまった。
 「…EVAの事なんか…先輩、後ろに乗っていいですか?」
 「…わかったわ。乗んなさいな。」
 「すみません。」
 シンジはタンデム・シート後ろに乗って、クミのおなかに手を回した。
 「で、どこに行きたいの?」
 「どこでもいいです。どっか遠くへ。」
 「オッケー。」
 クミはバイクをスタートさせた。



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION

EPISODE:6 Rei U



 第三東京市内を出て何処へと走るバイク。行き先はクミだけが知っている。
 「真辺先輩。」
 「何?」
 「前から思ってたんですけど…中学生なのにバイクに乗っていいんですか?」
 「法律ではダメな事ぐらい知ってるわよ。だけど、年齢だけで規制する根拠がある?シンジくんだってバイクどころじゃないものに乗ってるじゃない。」
 「それはそうですけど…。」
 「バイクを操縦するのに十分な技術があれば、年齢制限なんて関係無い。私はそう思う。男女交際だってそうよ。」
 話が全然違う方向に進んだのでシンジは訳がわからない。
 「大人達が自分達の感性と倫理だけで私達の恋愛経験を奪っていい筈が無いわ。大人と同じようにお互いを尊重しているなら、それで問題無いの。」
 「問題無いって?」
 「セックスしたっていいって事。」
 クミの大胆な発言にシンジは顔を赤らめた。
 「先輩って…進んでるんですね…。」
 「…なーんて、全部人の受け売りだけどね。」
 「えっ?」
 「でも、私はそのとおりだと思うわ。時と場所と状況によって物事は全て変化する。何が真実なのかは自分自身で確かめないといけないの。」
 クミが自分に何故そんな事を話すのか、今のシンジにはわからない。
 「…それで、シンジくんがネルフから逃げ出してきた訳は?」
 シンジは今度は驚いた。
 「…何で先輩は何でもわかるんですか?」
 「何でもわかるんなら、シンジくんに訊いたりしないよ。」
 いや、本当はわかる筈だ。だけど今はシンジ自身の言葉が重要だ。
 「…僕は…いてもいなくてもいいんだ…僕しかできないと思ってたから、僕はEVAに乗ってたんだ…でも、嘘だった…綾波だって乗れるんだ…綾波がいたから、父さんは僕を捨てたんだ…。」
 「…どうしてそう思ったの?」
 「綾波が言ったんだ…自分でも乗れるって…。」
 「それじゃあ、シンジくんがこの街に呼ばれた訳は?彼女が居れば万事オーケーなら、シンジくんは呼ばれなかったんじゃなくて?」
 「それは…綾波が怪我してたから…。」
 「彼女の怪我が治ったら、もう乗らなくていいって言われた?」
 「…それは…。」
 そんな事は言われていない。昨日も訓練と実験、そして今日は出撃したばかりだ。
 「さっきも言ったように、真実は自分で確かめなければいけないわ。それがどんなに辛い事でも、勇気を出してね。」
 シンジがゲンドウに真実を訊くのにはかなりの勇気が必要だ。
 「…勇気…逃げ出した僕に、勇気なんか…。」
 それっきり、シンジは言葉を噤んだ。
 クミも何も話さず、ひたすらバイクを走らせ続ける。そして…。
 「…着いたわ。」
 クミがシンジに声をかけた。シンジが周りを見ると、そこは新箱根湯本駅。
 「…どうしてここに?」
 つい先日、ここで帰るか残るか激しく葛藤し、残ると決めた筈だった。
 「シンジくん…貴方はあの時、何故残ると決めたの?」
 「それは…。」
 EVAに乗って人々を守る為…トウジの妹を傷付けただけで帰るような、中途半端が嫌だった為…。
 「シンジくんは自分に勇気なんて無いみたいに言ってたけど、私はそうは思わない。」
 「…何故ですか?」
 「…シンジくんは、卑怯で、臆病で、ずるくて、弱虫…。」
 「そ、それは…。」
 あの時の心情の吐露を思い出し、シンジは赤くなって俯いた。
 「あの時のシンジくんはとってもカッコよかった。」
 「えっ?」
 クミの意外な言葉にシンジは顔を上げた。クミはシンジに微笑んでいた。
 「自分で自分の弱さを曝け出すのは、とても勇気が要る事だわ。シンジくんはちゃんと勇気を持ってる。」
 「真辺先輩…どうして僕を励ましてくれるんですか?」
 「シンジくんのファンだから…かな?お迎えが来たようよ。」
 諜報部の黒塗りの車が駅前に入ってきた。
 「じゃあね、シンジくん。頑張ってね。」
 クミはバイクに飛び乗り、一発でエンジンをスタートさせて駅から出て行った。
 シンジは頷き、ちょうど止まった諜報部の車に駆け寄った。
 「急いでネルフ本部へ!」

 「諜報部が、サード・チルドレンを無事保護したそうです。」
 日向の報告でミサトはほっと胸を撫で下ろした。
 時刻は19:35分。作戦に支障は無い。
 「報告では、例の少女が連れ回していたそうです。」
 「こんな時に彼女と逢引?一体何考えているのかしら?」
 リツコは怒りを通り越して呆れ返った。今回の騒動の一因が自分にもあるとは夢にも思っていなかった。

 『敵ドリル、第17装甲板を突破。本部到達まで、あと3時間55分。』
 二子山、朝日滝付近の坂道に無数の電力車両の列が続いている。その車と車の間には無数の電力供給ケーブルが繋がれている。
 『四国及び九州エリアの通電完了。』
 『各冷却システムは試運転に入って下さい。』

 「精密機械だから慎重にね。」
 EVA零号機の手によってポジトロン・ライフルが砲台に固定される。
 「でも先輩…こんな野戦向きじゃない兵器、役に立つんでしょうか?」
 屋外で使うには精密部分があまりにも露出している事についてマヤが心配する。
 「仕方がないわよ。間に合わせなんだから。」
 「大丈夫でしょうか?」
 「理論上はね…。けど、銃身や加速器が保つかは撃ってみなければ解らないわ。こんな大出力で試射した事、一度も無いから。」

 「本作戦における各担当を伝達します。」
 仮設基地のライトの光を背に浴びたミサトがシンジとレイに背を向けて言う。
 「シンジくんは初号機で砲手を担当。」
 「これは、シンジ君のほうが初号機とのシンクロ率が高いからよ。今回は、より精度の高いオペレーションが必要なの。」
 リツコがシンジを砲手に選んだ理由を説明する。
 「シンジ君。陽電子は地球の自転、磁場、重力に影響を受け直進しません。その誤差を修正するのを忘れないでね。正確にコア一点のみを貫くのよ。」
 「でも、そんな事、まだ練習してないですよ。」
 「大丈夫、貴方はテキスト通りにやって、最後に真ん中の照準マークが揃ったらスイッチを押せばいいの。あとは機械がやってくれるわ。」
 「はい。」
 「それから、一度発射すると冷却や再充電、ヒューズの交換等で、次に撃てるまで時間がかかるから。」
 「じゃあ、もし外れて敵が撃ち返してきたら!?」
 「今は余計な事は考えないで、一撃で撃破する事だけを考えなさい。」
 “大ピンチって事か。”
 シンジは気を引き締め直した。
 レイも自分の任務をミサトに確認する。
 「私は…初号機を守ればいいのね?」
 「そうよ。」
 ミサトがチラリと自分の腕時計を見る。 
 「時間よ。二人とも準備して。」

 信号、街灯、ビル明かり、そして最低限の電力を残し避難所のライトさえも消え、第三新東京市が闇に包まれた。その第三新東京市で生まれた闇は徐々に周囲に広がり、やがて日本列島は全て闇に包まれた。

 夜空にかかる天の川を葛城邸のベランダからペンペンが見ている頃、シンジとレイはEVAの昇降機のタラップの上で月明かりに照らされていた。
 「…僕達…これで死ぬかもしれないね…。」
 「どうして?貴方は死なないわ。私が守るもの。」
 レイは自分が死んでもシンジを守れればいいと思っているのだろうか?
 だからシンジは訊いてみる。
 「…ねえ…綾波は、何故EVAに乗るの?」
 「…絆…だから…。」
 「絆?」
 「そう…絆。」
 「父さんとの?」
 「…みんなとの。」
 「強いんだな…綾波は。」
 「私には他に何も無いもの。」
 「他に何も無い…って?」
 「私はEVAに乗る為に生まれてきたようなものだもの…もしEVAのパイロットをやめてしまったら、私には何も無くなってしまう…それは死んでいるのと同じだわ…。」
 「死んでいるのと同じ…僕も、ここに来る前はそうだった気がする…。」
 将来なりたいものなんて何も無い。夢とか希望の事も考えた事が無い。今までなるようになってきたし、これからもそうだろう…だから何かの事故やなんかで死んでしまっても別に構わない…。
 前の中学校でそんな作文を書いて、国語の教師に怒られた事もあった。
 でも今は…。
 「時間よ、行きましょう。」
 レイは立ち上がった。
 「じゃ、サヨナラ。」
 昇降機で降りていくレイをシンジは黙って見つめていた。

 決戦の時は来た。
 『只今より、0時00分00秒をお知らせします。』
 移動指揮車両の日本標準時刻と作戦カウント・ダウンを示す、デジタル時計の数字が全て0に揃った。
 「作戦スタートです!」
 「シンジくん。日本中のエネルギー、貴方に預けるわ。頑張ってね!」
 『はい!』
 ミサトの励ましにシンジも力強く答える。
 「第一次接続開始!」
 「第1から第803間区まで送電開始。」
 『電圧上昇中。加圧域へ。』
 ミサトから日向、日向から各担当へと、作戦伝達指示で俄かに慌ただしくなる移動指揮車両。
 「全冷却システム、出力最大へ。」
 『温度安定。問題無し。』
 『陽電子流入、順調なり。』
 冷却器のタービンもフル可動で加速し、表面に結露が発生する。
 「第二次接続!」
 第一次で803個の変電器で集められた電力が第一次の半数以下の第二次変電器に集められる。
 「全加速器運転開始。」
 「強制収束器作動。」
 『全電力、二子山増設変電所へ、第三次接続問題無し。』
 作戦状況はネルフ本部発令所にも伝えられていた。
 ゲンドウは司令席でいつものポーズ、冬月もその背後で両手を後ろに組み、背筋を伸ばして立っている。

 「最終安全装置解除!」
 「撃鉄、起こせ!」
 森の中、腹這いになったEVA初号機がポジトロン・ライフルの撃鉄を上げ、安全装置表示が『安:空』から『火:実装』に切り替わった。
 エントリー・プラグでは狙撃用ヘッドギアが下りてきて、シンジの頭部に覆い被さった。
 『地球自転及び重力の誤差修正プラス0.0009。』
 ヘッドギア・モニターの照準である丸と三角のマークが徐々に真ん中に合わさってゆく。
 『電圧発射点まで、あと0.2。』
 電圧器は瞬間的にスパークを放ち、冷却機は轟音を上げて回り、導線の所々からは大電流で被覆の焦げる煙が立ち上っている。
 「第七次最終接続!全エネルギー、ポジトロン・ライフルへ!!」
 ミサトは緊張に乾いた唇を舐めて濡らした。
 「発射まであと10秒…9…8…7…6…。」
 その時、[使徒]中央部の黒い溝に線状の輝きが発生し始めた。
 「目標に高エネルギー反応!」
 「気付かれたか!」
 「5…4…3…2…1…。」
 照準の丸と三角のマークがピッタリと重なった。
 「発射っ!」
 ミサトの号令と同時にシンジがトリガーを引いた。
 ポジトロン・ライフルの銃口が火を噴いた。
 しかし、[使徒]も同時に加粒子砲を発射した。
 すれ違いざまに、2つの強大なエネルギーは互いに干渉し、螺旋を描くように軌道をずらした。
 光線は双方とも目標の脇で着弾し、激しい光の柱を作った。
 爆発の衝撃に移動指揮車両のガラスが割れ、立っていたリツコが転んだ。
 「ミスった!」
 やがて衝撃がおさまると、椅子を支えにしゃがんでいたミサトが慌てて立ちあがりモニターを見て叫んだ。
 『敵ドリル、ジオフロントに侵入!』
 ついに[使徒]のドリルがジオフロントの天井を突き破って現れた。
 「第二射、急いで!」
 EVA初号機が急いで撃鉄を引くと、使用されたヒューズが外に飛び出し、新しいヒューズが装填された。
 「ヒューズ交換!再充填開始!」
 「銃身冷却開始!」
 「シンジくん、移動して!時間を稼ぐのよ!」
 「はいっ!」
 EVA初号機は山肌を滑り降りた。ケーブルの中継車が引張られて転倒する。
 が、早くも[使徒]中央部の黒い溝に再び線状の輝きが発生し始めた。
 「目標に再び高エネルギー反応!」
 「まずいっ!!」
 ミサトが叫んだと同時に[使徒]から加粒子砲が発射された。
 「うわあっ!!」
 「シンジくん!!」
 だが、その光線はEVA初号機の手前で拡散し、光の傘が広がった。
 衝撃波が森の木々をなぎ倒す中、EVA零号機が盾でEVA初号機を守っていた。
 「綾波っ!!」
 だが、その盾は徐々に溶けて行く。
 「盾が保たない!」
 「まだなのっ!?」
 「あと10秒っ!」
 シンジは歯を食いしばって照準が合うのを今か今かと待つ。早く撃たなければ、[使徒]の光線でレイがやられてしまう。
 「早く…早くっ…早くっ!!」
 照準が合ったのは、楯が完全に融解して[使徒]の光線がEVA零号機に直撃したのと同時だった。
 ポジトロン・ライフルの第二射が発射され、[使徒]の中心を貫いた。
 「よっしゃあ!」
 ミサトは勝利を確信し、ガッツポーズを作る。
 だが、果たして[使徒]のコアを破壊できたのか?
 ネルフ本部のすぐ上まで迫っていた[使徒]のドリルの先端部が消え、ドリルの沈降は停止した。
 「敵ドリル、本部の直上にて停止!完全に沈黙しました!」
 地上では、[使徒]のドリルが途中で折れ、[使徒]は道路に落下した。
 クミの指摘したとおり、シンジは後の先を取って[使徒]を見事に殲滅したのだ。
 同時に、EVA零号機も地面に倒れ伏した。
 「綾波っ!」
 EVA初号機がEVA零号機の背中のカバーをもぎ取った。エントリー・プラグが排出され、LCLが緊急排水される。
 EVA初号機はエントリー・プラグを抜き取り、地面にそっと置いた。

 <中央病院・第3外科病棟>
 [使徒]殲滅より、約7時間後。
 君っ、大丈夫っ!?しっかりして!!
 “…誰?…碇司令…じゃない…。”
 薄っすらと目を開くと、そこに見えるのは見た事も無い少年の顔…ではなかった。
 “…碇くん…。”
 レイは初めてシンジと出会った時の事を追体験していたのだ。
 「綾波!?気がついた!?」
 レイは無言で肯いた。
 「よかった…。」
 シンジはほっとして思わずほろりと一粒零した。レイは思わずベッドから起き上がって訊いた。
 「何、泣いてるの?」
 「…何でだろう…また、綾波の声が聞けたから…かな…。」
 シンジは俯いて続けた。
 「綾波…自分には、他に何も無いって…そんな事言うなよ…別れ際にサヨナラなんて、悲しい事言うなよ…。」
 それだけ言うと、あとは嗚咽が続いて言葉にならない。
 レイはシンジに何と声を掛けていいのかわからないので、自分の心情を正直に話した。
 「ごめんなさい…こんな時、どんな顔をしたらいいか、わからないの…。」
 シンジは顔を上げて綾波に答えた。
 「笑えばいいと思うよ。」
 シンジは目尻に涙を溜めながらも微笑みを見せた。
 それを見たレイもぎこちないながらも微笑みを見せた。
 おそらく、生涯初めての笑顔…。


 約7時間前。つまり、まだ戦闘中。
 レイの部屋で紫色のレオタードを着た何者かが懐中電灯片手に蠢いていた。



超人機エヴァンゲリオン

第6話「決戦、第三新東京市」―――暗躍

完
あとがき