超人機エヴァンゲリオン

最終話+

まごころを、君に

 「あ…綾波…綾波っ…。」
 「碇くん…碇…くぅん…。」
 星の煌めく赤い海の上で、大人の階段を昇り始めたばかりの少年少女の睦み合いが続いていた。
 “綾波…すごく不思議だ…君とこうしていると、何故かとても心が安らぐ…。”
 “碇くん…私に生きる事の意味を教えてくれた人…ずっとこの時を待っていたの…。”
 二人は互いの心を確かめ合うかのように口付けを交わした。
 “綾波…とっても綺麗だ…。”
 “碇くんも…とっても素敵…。”
 「あ…あ、綾波、僕は…僕は…。」
 「碇…くん…碇…くぅん…。」
 互いを愛しく想う故に、二人の身体は急激に昂ぶりに近づいて行った。
 「あ、あ、綾波いいぃっ!」
 「碇…くふぅんっ!」
 二人は互いを抱き締め合い、絶頂に達した。
 LYLISと選ばれた者の交合はその後更に二回行われ、新たな‘命’を三つ手に入れたLYLISは、満足して転寝を始めた。

 「どうやら終わったみたいだし、そろそろ行くか。」
 クミがそう言った直後、その姿はエントリー・プラグの中から一瞬にして消えた。
 「い…イクって…。」
 ミサトはつい要らぬ事を言ってしまった。
 「ミサト…あんた、溜まってるの?…あ…。」
 リツコも注意しようとして要らぬ事を言ってしまった。
 「葛城にリッちゃんまで…。」
 唖然とする加持、そして日向と青葉。
 「行くって、どこに?」
 マヤの質問の意図が、本当に気付かないで発せられたものなのか、それとも本当に言葉そのものの意味に対して発せられたものなのか、もはや誰も判断できなかった。
 “碇…こんな時にお前は何をしているのだ…。”
 冬月はどうしようもない展開に天を仰いだ。

 どこまでも続く花園。極彩色の絨毯の中にシンジは横になっていた。
 「…シンジ…シンジ…起きなさい…。」
 誰かに揺さぶられ、心地良いまどろみの中にいたシンジはようやく意識を覚醒させた。
 「…誰?…あれ?ここは…どこ?」
 シンジはさっきは海の上にいたのに?と首を傾げた。
 「気がついたようね。」
 その声がした方を見ると、レイが大人になったような黒髪の女性が傍にいてシンジを見守ってくれていた。
 「…もしかして…母さん?」
 母の顔を覚えていた訳ではなかったが、レイがどうやら母のクローンらしいと言う事からシンジはそう思ったのだ。
 「そうよ、シンジ。11年ぶりかしらね、こうやってちゃんと話すのは。」
 ユイはシンジを優しく抱きしめるとシンジの頭を撫でた。
 「うん…でも、いつも傍にいてくれたんでしょ?」
 「そうよ。ゲンドウさんがシンジを選んでくれた時はとっても嬉しかった。」
 「ありがとう、母さん…何度も助けてくれて…。」
 「親が自分の子供を助けるのは当然の事よ。」
 ユイはそう言って微笑んだ。
 「…ところで、ここはどこ?…死んだ筈の母さんがいるという事は…僕は死んだの?」
 「いいえ、違うわ。ここはLYLIS、いえ、綾波レイさんの心の中よ。」
 「心の中?」
 「そう。いつか、シンジがEVA初号機と融合した事があったでしょ。それと同じ状態ね。」
 「じゃあ、綾波は?」
 「今は眠ってるみたい。初めてで3回もすれば満足して当然でしょうね。」
 「えっ!?も、もしかして、母さん…見てたの!?」
 ユイの言葉の意味に気付いてシンジは真っ赤になった。
 「ま、まあ、ね。初号機ごとLYLISの中に入ったんだもの、仕方がなかったのよ。でもシンジは立派だったわよ。ちゃんと男としての勤めを果たしたし…。」
 ユイは自分の子供が初めての情事を上手にできるかどうか見守っていたのだが、改めてその光景を思い出して少々顔を赤らめた。
 「はい、そこまで。」
 「えっ?」
 声のした方をシンジとユイが振り向くと、そこにはクミがいた。
 「真辺先輩!」
 「どちらさま?」
 ユイはここにレイと自分達以外の人間が存在する事に少々驚いていた。
 「シンジ、こちらは?」
 「えーと、学校の先輩で真辺クミさんって言うんだけど…ま、まさかっ、真辺先輩も見ていたんですか!?」
 ユイに訊かれてシンジはクミの事を一応説明したが、クミがここにいると言う事に改めて気付いて慌てた。
 「大丈夫よ、シンジ。外からは見えないんだから。」
 「あ、そうなの?」
 ユイの言葉にシンジは少々ほっとしたが。
 「…まぁね、男女の秘め事は見て見ぬ振りというのがマナーだけどさ。」
 こめかみを押さえつつ、こんな展開になった原因のレイをちょっと恨みながらクミは答えた。
 「や、やっぱり見ていたんですねっ!?」
 シンジは真っ赤になって、クミの視線から逃げるようにユイの背後に隠れた。
 「そんな筈無いわ。レイちゃんの心に溶け込んでいないのに、心の中を見る事ができる訳が…。」
 ユイはそう言って、では何故クミがここにいるのだろうかという疑問も感じた。
 「…貴女、どうやってここに来たの?」
 「テレポーテイションとテレパシー。」
 「…は?」
 ユイはぽかんとしているが、シンジの反応は違った。
 「…それって…超能力っていうものでは…。」
 「そうよ。」
 「それじゃ…真辺先輩って、超能力者…エスパーなんですか!?」
 「そうよ。」
 「そうよ…って…。」
 肯定の言葉を平然と言ってのけるクミにシンジも絶句した。
 「使徒なんて訳のわからないのもいるんだし、今更驚く事かしら?」
 「…すると、今まで不思議に思っていた事は、全て超能力によるものだったんですね。」
 「…シンジ、話がよくわからないんだけど…。」
 ユイは一人仲間外れにされたような気がして少々悲しげな表情をしている。
 「それは後でゆっくり話せばいいわ。それはともかく、これからこの星の今後に関わる大事な話をしたいの。」
 クミはユイの前に一歩進み出た。
 「人類補完計画。ユイさんも知ってるでしょう。」
 「ええ。ゼーレがずっと夢見ていた計画だけど。」
 「ユイさんはゼーレの考えをどう思いますか?」
 「思想としては一理有る事は認めるけど、ゼーレが独善的なところはいけませんね。」
 「やっぱりそうか。それもゼーレは考慮していたのね。」
 「…何を?」
 「ゼーレにとってユイさんは邪魔だった。だけど、ゲンドウさんを手放すのも嫌だった。だから、貴女をEVA初号機に融合させ、ゲンドウさんに人類補完計画をスタートさせた。」
 「何ですって!?」
 ユイは自分が否定する人類補完計画をゲンドウがスタートさせたと聞いて耳を疑った。
 「と言っても、ゼーレを出し抜いてユイさんと二人だけで補完される事を願っていた。ただ、ユイさんを失った事で心が屈折してしまった。シンジくんを遠ざける程にね。」
 「えっ!?父さんが僕を先生の所に預けたのは、僕が要らなくなったからじゃなかったの!?」
 「違うわ。シンジくんはユイさんの面影を残している。そしてゲンドウさんはひたすらユイさんを想い続けている。だからこそ、シンジくんが自分の傍にいたら、愛情の裏返しでいつか自分はシンジくんを傷つけてしまうかもしれない。だったら、傍にいないほうがいい。そう思ったのね。」
 「ゲンドウさんたら…そんなに私の事を…。」
 ユイは改めてゲンドウの自分への深い想いを知ってはにかんだ。
 「女は男よりも子供を、男は子供よりも女を大事にする。悲しいけど、それが人間。勿論、子供がいなければ男も女も互いを大事にするわ。だから、レイちゃんはシンジくんを好きになっちゃった。結果、ゲンドウさんの補完計画は頓挫したわ。今頃ゲンドウさんはリリスが磔られていた十字架の前で生きる気力も無くなって黄昏てるでしょうね。」
 「父さんが…。」
 シンジはゲンドウがるるる〜と黄昏ている様子を想像してニヤリ笑いをしてしまった。
 「笑ってる場合じゃないわよ、シンジくん。」
 「え?な、何故ですか?」
 「地上ではアスカちゃんがシンジくんを待っているのよ。」
 「アスカちゃんって?」
 ユイは不審の目をシンジに向けた。
 「あぅ…。」
 シンジはレイと一つになったという事実を思い出して額に極太の汗を張り付かせた。
 「惣流・アスカ・ラングレーと言えばわかりますか?」
 ユイには以前、惣流・キョウコ・ツェッペリンという親友がいた。
 「もしかしてキョウコの?」
 「ええ、そうです。そして、アスカちゃんはシンジくんの恋人です。二人は相思相愛の仲なんです。」
 「あらま!」
 ユイも驚いた。
 「シンジくんと一つになれた事でレイちゃん、いえ、LYLISは満足しちゃいましたから…この後、全てを無くす、なんて言い出すかもしれませんよ。」
 「全てを無くす…って!?」
 「ADAMはLYLISの中に在る。リリンをこのまま存続させるか、サード・インパクトでリセットして第19番目の使徒を生み出すか…。」
 「ちょ、ちょっと待って下さい!それじゃ、綾波は僕さえいれば他の人間はいらない、なんて思ってるって事ですか!?」
 「可能性は無きにしも非ず…アスカちゃんはレイちゃんにとっては恋敵だし…よく言うじゃない、恋は盲目ってね。」
 シンジは真っ青になった。自分がレイの想いを受け入れてしまった結果、人類滅亡の可能性が出てきたのだ。
 「母さん…僕はどうしたら…。」
 「男の子なら責任を取りなさい…と言ってもこの場合はねえ…。」
 ユイは人類滅亡以前にシンジの浮気の始末をどうしようかと思案していた。
 「…貴女も相当のおトボケさんですね…。」
 クミは苦笑した。やはり母親という者は自分の子供の事が第一らしい。
 「そうだ!真辺先輩はエスパーなんでしょ!綾波がサード・インパクトを起こそうとしたら、それを防いでくれませんか!?」
 シンジが安易にクミに助けを求めた瞬間、クミの表情は厳しくなった。
 「苦しい時の神頼みのつもり?」
 そう言ってクミはシンジの頬を張った。
 「…だって…真辺先輩はすごい力を持ってるんでしょ!こんな時の為にその力を役立てるのが…。」
 シンジは張られた頬を手で押さえながらもクミに答えるが。
 「…私がエスパーである事をどうして隠してきたのか、シンジくんはわからない?」
 クミの表情は優しくなっていた。
 「シンジ…苦しい事から逃げてはいけないわ。困難に立ち向かい、それを乗り越えなければ人間は成長しないのよ。」
 ユイが優しくシンジの頭を撫でた。
 「人間がどうしても解決できない困難に直面した時、救いの主が現れる…そういう事じゃないかしら?」
 ユイの言葉にクミは頷いた。
 「…そうか…僕がやらなきゃいけないんですね…僕が綾波に選ばれたから…。」
 シンジは世界を救う決意をした。
 「綾波は今何処に?」
 「一緒に来て。ユイさんも。」
 クミは両手を二人に差し出した。二人がクミの手を片方ずつ取ると、クミは二人を連れてLYLISの傍に転移した。


 「シンジ…シンジ…起きて…朝よ…。」
 心地良いまどろみの中にいたシンジは、誰かに肩を揺さぶられてやっと重い目蓋を開けた。そこには、自分の顔を覗き込んでいる可愛らしい赤毛の少女の顔があった。
 「ん…何だ…アスカか…。」
 シンジは寝惚け眼を瞬かせながら上半身をベッドから起こした。
 「何だとは何よぅ。学校に遅刻しないように、可愛いフィアンセが起こしに来てあげてるんだから、少しは嬉しくしてよぅ。」
 アスカは少々口を尖らせて文句を言うが、心底怒っている口調ではない。
 「うん…だから、もうちょっと眠らせてくれたらもっと嬉しいんだけど…。」
 シンジは捲くられていた掛け布団を掴んで頭まで引っ被りながら再びベッドに横になった。
 「そ、そう…わかったわ…じゃないってば!もう、起きてようっ!」
 一瞬、愛するシンジからのお願いを聞き届けようとしたが、それではいけないと思い返したアスカはシンジの掛け布団を力任せに剥いだ。
 「きゃ!…シ、シンジったら…もしかして、それで起きれなかったの?」
 この年頃の男子には当然の朝の現象を目の辺りにしたアスカは顔を赤く染めたが、成熟度ではアスカの方がシンジより上だった。
 「わあっ!ア、アスカ!起きる!起きるってば!」
 何をしているのか定かではないが、シンジの声はダイニングまで聞えてきた。
 「シンジったら、せっかくアスカちゃんが迎えに来てくれてるのにしょうのない子ね。」
 シンジの母、ユイは洗い物をしながらなかなか起きてこない我が子に嘆いていた。
 「ああ。」
 シンジの父、ゲンドウは新聞を見ながらただ相槌を打つばかり。
 「あなたも新聞ばかり読んでないでさっさと仕度してください。」
 ユイはそんなゲンドウに少々小言を漏らす。
 「ああ。」
 だが、やはりゲンドウは新聞を見ながらただ相槌を打つばかり。
 「もう…いい年してシンジと変わんないんだから。」
 ユイの嘆きは続く。と、ゲンドウが逆に聞き返してきた。
 「君の仕度はいいのか?」
 「はい、いつでも。…もう、会議に遅れて冬月先生にお小言言われるのは私なんですよ。」
 「君はモテルからな。」
 ゲンドウは少々拗ねた口振りで答えるが、ユイは動じなかった。
 「バカ言ってないでさっさと着替えてください。」
 「ああ。わかってるよ、ユイ。」
 と言いながら、まだ新聞を読んでいるゲンドウだった。

 「それじゃオバさま、行って来ます。」
 「行って来まーす。」
 「はーい、行ってらっしゃい。」
 朝食を済ませたシンジと共にアスカは挨拶をして二人して中学校に向かった。それに応えの声を掛けたユイが振り向くと、ゲンドウは未だに同じポーズだった。
 「…ほら、もう、あなた!いつまで読んでるんですか!」
 「ああ、わかってるよ、ユイ。」
 ユイの小言を聞きながらも、ゲンドウは幸福感を噛み締めていた。



EXTRA HUMANOIDELIC MACHINARY EVANGELION

EPISODE:ONE MORE FINAL  I need you.



 下りのエレベーターに乗り込むと、アスカがシンジの背中に寄り添った。
 「ねえ、シンジ…。」
 「な、何?アスカ。」
 「今日、ママは帰りが遅いんだって…今日は始業式だけだし、場所と時間はたっぷりあるから…。」
 まだ一日が始まったばかりだというのに、積極的にシンジにモーションを掛けるアスカ。
 「ア、アスカ…何を朝から…。」
 シンジはアスカの言わんとしている事にすぐに気付いて慌てた。
 「朝から元気だったのはシンジのほうじゃない…。」
 「いや、あれは、朝だから…。」
 双方の親が認め、婚約までしている間柄ではあるが、奥手のシンジが相手である為、アスカが積極的になっても、二人の仲はA以上C未満のままだった。
 「シンジが望むなら、わたしはいつでもOKの三連呼よ…。」
 アスカはそう言いながら、今では頭一つ大きくなったシンジの背中に頬を摺り寄せた。そこまで言われると、シンジも嬉しくなって、振り向きざまアスカを優しく抱きしめる。
 「嬉しいよ、アスカ…。」
 「シンジ…。」
 見つめ合った二人がキスしようかと思った瞬間、静かに停止したエレベーターのドアが静かに開いた。
 そこにはトウジとヒカリが待っていた。
 「よう、お二人さんお早う。相変わらずイチャイチャしてるやないけ。」
 「もう、トウジったら!なんて挨拶してるのよ!」
 「イテテテ、冗談、冗談やヒカリ!」
 名前で呼び合うようになったが、トウジのボケにヒカリが突っ込むというパターンは以前と全く同じだった。
 「どっちもどっちだよな。」
 トウジとヒカリの後ろにいたケンスケが纏めた。

 「あーあ、いよいよ俺達も受験生か。」
 ケンスケが青空を見上げながらこれから勉強三昧の日々が始まる事を嘆いた。
 「惣流はえーな、大学出てるさかい、今更高校受験なんざ楽勝やろ。」
 トウジはアスカに羨ましそうに言う。
 「うん。まーね。」
 もっとも、アスカにも国語という弱点はあるが。
 「でも、やっぱり碇くんと同じ所を受けるんでしょ。」
 相思相愛の仲ならそれも当然であろう。
 「ヒカリだって鈴原と同じ所を受けるんでしょ。」
 「ええ。トウジ、どこ受けるの?」
 「入れるんやったらどこでもええわ。」
 「シンジはどこ受けるの?」
 「まだそんなの決めてないよ。だって三年生になったばかりじゃないか。」
 今日は新武蔵野市立第一中学校の第一学期の始業式。
 シンジもアスカもトウジもヒカリもケンスケも同じ3年A組だった。
 担任は社会課の加持ミサト(旧姓・葛城)、副担任は国語課の日向マコト。
 ちなみにネルフのスタッフのほとんどがネルフの解散後、同校の教職についた。
 赤木リツコ:保健課
 伊吹マヤ:理数課
 青葉シゲル:音楽課
 加持リョウジ:体育課
 冬月コウゾウ:新東京大学理事長
 碇ゲンドウ:同理事
 碇ユイ:同理事・形而上生物学教授
 これは偏に冬月の尽力の賜物であった。

 「起立、礼。」
 「お早うございまーす。」
 ヒカリは3年になっても級長を務めていた。元々責任感が強いせいもあるが、その実は2年A組がそのまま担任ごと進級しただけだった。
 「はーい、お早う。みんな元気だったようね。それでは、そんなみんなをもっと元気にする為に、新しいクラスメートを紹介しよう。…一部の人は顔馴染みかもしれないけどね。じゃあ、入ってきて。」
 ミサトの呼び掛けで引き戸を開けて入ってきたのは何とカヲルとレイ。
 「渚カヲルです。よろしく。」
 「綾波レイです。よろしく。」
 美少年、美少女の登場に生徒達はどよめいた。
 んが。
 「あ、綾波!?それにカヲルくん!?」
 シンジは思わず立ち上がっていた。シンジに二人もすぐに気づいた。
 「やあ、シンジくん。久しぶりだね。」
 「碇くん!碇くーん!」
 カヲルは手をあげて挨拶したが、レイは笑顔でシンジの傍に駆け寄ってきた。
 「綾波…。」
 「会いたかった…碇くん。」
 レイは嬉しくてシンジにいきなり抱きついた。周囲のお囃子の声が沸き起こる中、慌ててアスカが立ち上がった。
 「ちょ、ちょっとファースト!あたしのシンジに何してんのよ!」
 アスカは文句を言いながらレイをシンジから引き離す。
 「あら、いたの、セカンド。」
 「いたの、じゃないわよ!あたしはシンジのフィアンセなのよ!」
 「…フィアンセ…。」
 レイはアスカの言葉を鸚鵡返しに呟いた。
 「そうよ!勝手な事、許さないからね!」
 以前は鞘当争いという状況だったが、シンジの婚約者という事実がこれ以上ない程の勝ち誇った表情をアスカにさせていた。だが、レイは相変わらずだった。
 「…フィアンセって、何?」
 一瞬、3年A組を静寂が支配した。
 「フィアンセというのは結婚を許された人の事だよ、綾波。」
 ケンスケが綾波に後ろから説明してやった。
 「その通り。あたしとシンジは将来結婚するの。あんたの入り込む隙間なんてこれっぽっちも無いんだからね!」
 だが、レイは動揺する事無く言い放った。
 「関係ないわ。私は碇くんが好き。そして、碇くんも私の想いを受け入れてくれたわ。」
 「わーっ!綾波!あれはっ!」
 思い当たる所があるシンジは大慌てでレイの口を塞ごうとする。
 「シンジ、何の事?」
 アスカの視線が痛い。
 「事と次第によっては、俺にも考えがあるぞ。」
 ケンスケの視線が怖い。
 「やっぱり、こうなると思ったんだ。」
 カヲルが呟く。
 「そこまで!そこまでっ!!そこまで〜っ!!!」
 騒動を収拾しようとミサトの声が響いた。

 「それでは、2―Aのクラスメートの再集合を祝って乾杯!」
 ケンスケが音頭を取る。
 「という事は、僕はお邪魔虫かい?」
 拗ねるカヲル。
 「それなら、チルドレンの再集合のお祝いも兼ねる事にしようよ。」
 シンジがフォローする。
 「と、とにかく、乾杯!」
 「かんぱーい!」
 と言ってもお酒ではなく、ジュースでの乾杯だ。
 第一中の生徒食堂は急遽彼らのパーティ会場となった。テーブルには注文したパーティ・メニューが並んでいる。
 「あら、愉しくやっているみたいね。」
 リツコがミサトと加持を伴って現れた。
 「ビールある?」
 相変わらずのミサト。
 「ある訳無いだろ。中学校なんだから。」
 やれやれと首をすくめる加持。
 「そ・れ・が・1本だけあるんですねー。」
 ケンスケがテーブルの下からYEBICHUビールを取り出した。パーティ・メニューの注文時についでに頼んでいたのだ。ちなみに1本だけ、というのはケンスケのミサトへの良心である。
 「でかした、相田くん!次のテストは安心していたまへ。」
 「ありがとうございます、ミサト先生!」
 「冗談もほどほどにしろよ、ミサト。」
 加持が嗜める。
 「はい、シンジ。あーんして。」
 アスカがポテチをシンジに食べさせてあげようとすると。
 「ダメ。」
 横からレイが出てきて食べてしまった。
 「な、何するのよファースト!」
 「私が碇くんに食べさせてあげるの。」
 が、今度はレイがシンジにあげようとしたポテチを横からカヲルが食べてしまった。
 「うわははは!渚、ナイスなボケやのう!」
 トウジが大笑いする。
 「山田くん、座布団一枚。」
 ミサトがボケを重ねる。
 「ミサト先生、山田くんって誰ですか?」
 シンジ達がこのギャグを知る訳も無い。
 「ミサトが言うんだったら、山田くんじゃなくて日向くんじゃないかしら。」
 「リツコ、うまいっ。」
 「可哀相な日向先生。」
 ヒカリがちょっぴり同情する。
 みんなを見ていた加持は感慨深げに心の中で呟いた。
 “クミ…おまえのおかげで俺達はこんなにも幸せだ…ありがとう…。”


 クミに起こされたLYLISは目の前にシンジがいるのに気付き、シンジに抱きついた。
 「あ、綾波…。」
 「碇くん…。」
 見つめ合う二人。
 「あー、イチャイチャはそれくらいにして貰える?」
 「………何故、貴女がここにいるの?」
 自分に声をかけてきたクミの顔をしばしじっと見て、やっとLYLISは反応した。
 「そんな事はどうでもいいのよ。それより、シンジくんと愛し合えて満足した?」
 「ええ。」
 「それじゃ、こちらからもお願いがあるんだけど?」
 「いいわ。何をすればいいの?」
 「シンジくんの想いを叶えてあげて。」
 「わかったわ。碇くんは何を望むの?」
 「綾波…僕と母さんを地上に戻して。」
 それは予想外の言葉だった。やっと想いが叶ったというのに。
 「…ここに…いたく…ないの?」
 LYLISは俯き、言葉も途切れ途切れになった。
 「僕は…みんなにまた会いたいんだ。母さん、父さん、友達、ネルフの人達…。」
 「私…碇くんと離れるのはイヤ。」
 「じゃあ、あなたも戻ればいいのよ。」
 「えっ?」
 「LYLISとしてではなく、人として生きるのよ。」
 「そんな事…できるのかしら?」
 「大丈夫よ。また、綾波レイとして生きればいいんだから。今度は心の容器ではなく、心の宿った人として、ね。」
 クミの説得にLYLISは応じる気になったが、そこにユイが口を挟んだ。
 「ちょっと待って。ADAMが胎児に還元する時のエネルギー放出でセカンド・インパクトが起きたのよ。もし彼女が人間サイズまで還元されるなら、今度はサード・インパクトが起きてしまうわ。」
 「大丈夫。エネルギーを別のところに逃してあげればいいのよ。」
 「そんな事、できるんですか?」
 「私を信じて。」
 「…私がさっき碇くんから貰った‘命’はどうしよう?」
 「エヴァのコアに取り込まれた人達の依り代にしたらいいわ。シンジくんとアスカちゃんとトウジくんのお母さん、ちょうどピッタシ三人分。」
 「わかったわ。」
 かくして、ユイの新生は始まった。LYLISは己の子宮の中から赤く輝く小さな星を取り出すと、EVA初号機のコアの中に入れた。すると、コアの中にユイの姿が浮かび上がった。
 「母さん!」
 “シンジ。”
 コアの中で、ユイはシンジに微笑んでいた。あとは、地上についてからコアから出ればいいのだ。
 「シンジくん、行きましょう。」
 「はい!」
 シンジはEVA初号機に乗った。クミは水晶体、いや‘鏡’を作る。
 “あら、それって…そう、あの時のあれも、貴女だったのね。”
 ユイは以前、この水晶鏡を見た事があった。EVA初号機がディラックの海に飲み込まれた時、外にこの水晶鏡が浮かんでいるのをEVA初号機の中から見ていたのだ。
 EVA初号機と水晶鏡はLYLISの中から抜け出すと地上へ向かった。リリスはクミを信じて微笑んでいた。

 「…この時を…ただひたすら待ち続けていた。ようやく逢えたな、ユイ。」
 ゲンドウは自分の傍に現われたユイに語りかける。
 「俺が傍によると、シンジを傷つけるだけだ。だから、何もしない方がいい。」
 「ただ、逃げているだけだったんだね。自分が傷つく前に、世界を拒絶してる。」
 「人の間にある、形も無く、目に見えないものが―――。」
 「怖くて、心を閉じるしかなかったんだね。わかるよ、父さんの気持ち。」
 ゲンドウはようやく自分の後方にいる人物の声に気付いた。
 「シ、シンジ!?何故、お前がここに!?私が望んだのは…。」
 「父さん、勘違いしないでよ。母さんがそこにいるのはサード・インパクトが発動したからじゃないよ。母さんは復活したんだ。」
 シンジはゲンドウを抱え起こした。
 「復活!?」
 「まあ、その話は後でゆっくりすればいいわ。とりあえず、戦闘は終了したから。」
 「お前は!?」
 いつのまにかそこにいたクミにゲンドウは驚いた。
 「ようやく親子三人元どうり。お幸せにね。」
 クミはテレポートで消えた。

 クミはその後、地上とLYLISとを2往復した。EVA弐号機とEVA参号機のコアに命を吹き込む為である。

 アスカはネルフ本部のすぐ外に横になっていた。
 「…アスカ…アスカ…起きなさい…。」
 誰かに揺さぶられ、アスカはようやく意識を覚醒させた。
 「…誰?…あれ?ここは…どこ?」
 アスカはさっきはエントリー・プラグの中にいたのに?と首を傾げた。
 「気がついたようね。」
 その声がした方を見ると、アスカが大人になったような赤毛の女性が傍にいてアスカを見守ってくれていた。
 「…ママ?」
 「そうよ、アスカ。11年ぶりかしらね、こうやってちゃんと話すのは。」
 キョウコはアスカを優しく抱きしめるとアスカの頭を撫でた。
 「うん…でも、いつも傍にいてくれたんでしょ?」
 「そうよ。アスカはよく頑張ったわ。」
 キョウコはそう言って微笑んだ。
 「…ところで、ここはどこ?…死んだ筈のママがいるという事は…私は死んだの?」
 「うーむ、そこまでシンジくんと同じ反応とは…やっぱり二人の相性はピッタリね。」
 クミの突然の出現にアスカは驚いた。
 「真辺先輩!?い、今、どこから…?…あれ、ここはネルフ本部の前…ど、どうなってるの?」
 アスカには何が何だかわからないようだったが。
 「アスカちゃん。今、貴女を抱きしめているお母さんの温もり、本物だという事に気付かない?」
 アスカははっと気付いた。
 「嘘…ママは…死んだ筈なのに…どうして…。」
 「全てクミさんのおかげよ。私が復活できたのは。」
 「お幸せに。」
 クミはテレポートで消えた。

 そして数刻後、トウジも母:鈴原ハルカと感動の再会を果たした。
 だが、その全てを記すにはあまりにも頁が足りない。
 よって、省略する。

 「始まったわ。」
 人々が見上げる青空の中、LYLISからレイへの還元が始まった。
 目映く発光したLYLISはある方向へその光を放射した。その方向には、巨大な黒い穴があった。それは空間を捻じ曲げて作られる亜空間への扉。エネルギー吸収ホールとも言う。LYLISからの光はその黒い穴の中に消えて行く。LYLISは光を出しながらだんだん小さくなっていった。やがて、光が出なくなると、黒い穴も消滅した。
 「終わったよ、レイちゃん。」
 「ありがとう…。」

 その後、レイはクミに連れられて地上に戻ったのだが、急激にエネルギーを失った為に約半年も眠り続けた。
 ロンギヌスの槍により大ダメージを受けたものの、クミの治癒によって命を取り留めたカヲルも同様に半年のリハビリを要した。
 そして、復活した二人はリツコが保護者代わりとなって、シンジ達のクラスに転入したのだった。


 「あれから6ヶ月も過ぎたのね。」
 「使徒との戦いも、何だか夢だったような気がするわ。」
 リツコとミサトは感慨深気に言った。
 「ゼーレは消滅。ネルフも役目を終えて解散。俺達は冬月先生のおかげで教職にありつけた。人生、何がどうなるかわからないもんだ。」
 「そうね。わたしもあなたと結婚するとは思っても無かったもんね。」
 「おいおい、それはひどいな。」
 「ふふっ、昔は昔、今は今よ。」
 加持とミサトの夫婦漫才を微笑ましく見ていたリツコはふと思いついて話題を変えた。
 「ところで…あの子はどうしてるの?連絡あった?」
 「ん?クミか?わからない。どこに行っちまったのか…。」
 「でも、どこかで、きっと元気に生きてるわよ。」
 「だといいがな。」
 「大丈夫よ。なんたって『超人』なんだから。」



超人機エヴァンゲリオン

最終話+「まごころを、君に」―――復活

完
あとがき